王仁DBβ版 出口王仁三郎と霊界物語の総合検索サイト 文献検索 画像検索 単語検索 メニュー開く
表示がおかしくなる場合は、ブラウザのキャッシュやクッキーを削除してみて下さい。

霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第7巻 霊主体従 午の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
- - - - 本文
- - - -
節分祭の四日前、節分までに第七巻を口述せよとの知らせに、王仁は竜宮館の錦水亭に、温泉帰りの身を横たえて口述を始めた。
神界は時々刻々と急迫を告げ、三界の形成は容易ならない時機となった。しかし邪神は神界の経綸を瓦解させようと大本を付けねらっている。
槍の雨、毒舌の風を柳と受けて、今は何も言わない岩の神のようになり、一方で固く結んで解くに説けない物語を口述しつつ、梅香の春が匂う時こそを待っているのである。
三千世界梅の花、錦の機のおりおりに、心をひそめて神意のあるところを味わっていただきたい。
本文
- - - -
本館は,岩井温泉から綾部に帰ってのち、節分祭までの四日間に完成した。その内容は、伊弉諾の大神の御子である日の出神が、大台ケ原から豪州(竜宮島)を経て、アフリカ大陸(筑紫の島)へと渡り、神の道を宣伝し世人を救済するとともに、各国魂の守護職を任命する物語である。
本巻総説にあるとおり、この霊界物語は人智をもって解説することは到底できない。すべて文字のままを拝読し、身魂相応に解釈すれば結構であると思う。
本文
- - - -
神界から示される教えは、現代人の数理的頭脳ではうかがい知ることはとうていできない。神は言霊であり、すなわち道(ことば)である。言葉を主として理解すべきものである。
教祖の直筆であるお筆先を取捨按配して発表したのが、大本神諭である。この神諭を経の筆先といって、変性女子の緯の筆先と区別し、経は信じるが緯は信じない、という人があるようだ。
しかし、教祖は大正五年旧九月八日まではご修行時代であったのであり、それは教祖自筆の大正五年九月九日のお筆先を見れば判然とするのである。そこには、変性女子のやり方を今まで誤解していた、という意味のことを書いておられる。
そもそも大本神諭自体が、変性女子がお筆先を取捨按配して発表したものであるので、その内容を根拠にして変性女子を批評するのは、いきさつを知らない人の誤りなのである。
もはや止むに止まれない場合に立ち入ったので、露骨に事実を告白する。教祖は明治二十五年から大正五年まで、前後二十五年間、未見真実の境遇にあって神務に奉仕し、神政成就の基本的神業の先駆を勤められた。
女子は明治三十一年の入道であるが、未見真実は明治三十三年までの二年間であった。その後は見真実の神業である。
神諭の年月日の数字の解釈にとらわれた説明に、誤られてはならない。要するに、三千年(=無限の年数)の間の大神の御艱苦が出現し、神徳の発揮される最初の年が、明治二十五年正月から、ということなのである。
九月八日は梅で開いて松で治める、という意味である。正月三日とは、神徳が完全に発揮されることを言う。神諭の解釈は容易でないし、筆先と神諭の区別もわきまえて読まなければならない。
この霊界物語を、人智でもって判断することはできない。たとえ編集人、筆録者の解説であっても、肯定してはならない。
ただ単に文句のまま、素直に読むのが第一安全であるので、ここにその旨書き加える次第である。
本文
01 00 - 本文
01 01 〔301〕
中国一の大高山である大台ケ原の中央に、雲突くばかりの大岩窟があった。日の出神は踏み分け踏み分け、この岩窟の前にやってきた。
折から、天地も崩れるばかりの大音響ものすごく、八岐の大蛇を先頭にして大蛇の群れが渓谷を這い、岩窟を指して進んでくる。凄まじい光景の中、日の出神は黙然として瞑目静座不動の姿勢を保っている。
忽然として白髪異様の妖神が現れ、この山は盤古神王・塩長彦の娘・塩治姫が鎮まる霊山であれば、即刻に立ち去るように日の出神に警告した。
日の出神はむっくと立ち上がり、盤古神王は地教山に隠れており、エルサレムには国治立命の従者・紅葉別が盤古神王と名乗って天下の形成を観望している、と明かした。そしてその事実を知らない妖神は、偽盤古神王・ウラル彦の邪神一派ではないかと詰め寄った。
妖神は日の出神に喝破されて、自分は大事忍男であると正体を明かした。そして大蛇悪鬼を呼び寄せ、日の出神に降伏を迫った。
日の出神は刀の柄に手をかけて、あくまで徹底抗戦の意を表した。すると大事忍男はその勢いにおされ、岩窟に逃げ入ってしまった。悪鬼邪神の姿は煙となって消えうせた。
本文
01 02 〔302〕
そこへ、康代彦と真鉄彦が大台ケ原を登ってやってきた。康代彦と真鉄彦は、大事忍男がウラル山の八岐大蛇の化身であり、神山・大台ケ原に立て籠もっていることを歌いながらやってきた。
そして、日の出神、康代彦、真鉄彦は、天の御柱大神の導きによってここにやってきたという。
二神は、日出づる国の礎を照らす日の出大神は、この大台ケ原に永遠に鎮まって、天津日嗣の皇神の御位を守り奉れ、真鉄彦は左守、康代彦は右守となろう、と歌った。
本文
01 03 〔303〕
岩窟の前に集った三神の前に、あでやかな姫神が現れて慇懃に会釈をし、岩窟の中に進み入った。
三神は意を決して岩窟を探検することにした。一同は果てしのない岩窟を進んで行き、天井高く横幅広い場所に到達した。すると岩窟は次第に展開して、処々から朦朧たる光を表した。
その光の中に、荘厳な宮殿が現れた。三神は驚きつつ、警戒しながら宮殿に近づいていく。宮殿には堅固な石門があった。
日の出神が石門を開こうと力を込めて押していると、宮殿の中から邪神の声が、三神がまんまと計略にかかって包囲されていることを告げた。
真鉄彦は石門をねじ上げて押し倒した。すると門内には、幾百千もの大蛇に包まれて、美しい女性が端然と控えていた。
日の出神は声を張り上げて、日の出神が生魂・康代彦が幸魂・真鉄彦が荒魂となり、三つの魂と現れて神素盞嗚の神となり、大蛇を斬りほふる覚悟である、と歌い始めた。
この歌を聞くと、美しい女性の曲津神は白竜と化し、三神の前に帰順の意を表した。宮殿も大蛇の群れも、どこかへ消えてしまった。
本文
01 04 〔304〕
日の出神らはなおも油断ならじと白竜に詰め寄った。真鉄彦が長剣をもって白竜の頭部に斬りつけると、一条の血煙とともに白雲がもうもうと立ち込め、中から最前の女性が現れた。
女性は、自分は天の御柱神(神伊弉諾命)の御子で、石巣比売であると明かした。夫の石土毘古とともに、父大神が松の世の礎として造った岩窟に住んでいたが、八岐大蛇が邪神軍を引き連れて襲い掛かり、我ら夫婦を亡ぼして岩窟の主となろうとしているのだ、と明かした。
そこへ、ひとりの従者があわただしく走り来て、石土毘古が今にも殺されそうになっている、と注進した。
岩窟の奥では、邪神が石土毘古を拷問していた。石土毘古はそれに屈せず、逆に日の出神・康代彦・真鉄彦が岩窟に進んできた今、降伏すべきは邪神の側である、と毅然と言い放った。
怒った八岐大蛇の号令により、石土毘古は邪神の手下どもに攻め囲まれてしまった。
本文
01 05 〔305〕
石土毘古の危急を報せたのは、元は竜宮城の従属であった豆寅である。豆寅は善悪正邪の区別なく、旗色のよしあしによって仕える軽率者であったが、本心は正直であった。大国治立命の御代以来、この男の行動を寛恕していたのも、心中には一片の悪意もないからであった。
豆寅は八岐大蛇の暴虐ぶりに驚いて本心に立ち返り、石土毘古の危急を報せに来たのであった。一同は豆寅の案内で、石土毘古のところに急行した。
そこは固い岩戸に閉ざされていたが、康代彦が祝詞を上げて打ち叩くと、脆くもさっと開いた。この勇気を賞して、日の出神は神名の一字を取り、康代彦を大戸日別を称した。
四柱は中に進み入った。豆寅は勇将たちに囲まれて、意気揚々と歌を歌ってしゃちこ張り、八岐大蛇に啖呵を切った。
八岐大蛇は吹き出して鉄拳で豆寅を打った。豆寅は中空を舞って岩窟に腰を打ちつけた。邪神の手下どもはいっせいに四柱に打ってかかった。
真鉄彦は真っ先に進み出て臍下丹田から息を吹きかけた。岩窟の中は狭霧に包まれ、辺りの様子も見えないようになってしまった。岩窟の屋根は落ち、天上の青雲が現れた。すると大蛇は部下を引き連れて黒雲を巻き起こし、ウラル山さして一目散に逃げ帰ってしまった。
日の出神は真鉄彦に、天吹男という名を与えた。そして東方の山頂に登り、天津日の神に感謝の祝詞を捧げた。この山を、日の出ヶ嶽という。
大事忍男神は大台ケ原の守護神となり、石土毘古・石巣比女はこの岩窟を住処として国土を永遠に守護することとなった。
日の出神は、大戸日別、天吹男とともに、ゆうゆうと大台ケ原を下っていった。
本文
01 06 〔306〕
港に集まる船を眼下に眺めて、四、五の旅人が話しにふけっている。それは、かつて竜宮城の司神であったが、邪神の計略で玉を失ってしまった田依彦一行であった。
大台ケ原の大事忍男神について、「人を食らう邪神だ」、「いや、どんな大事変があっても泰然自若として忍び、世に尽くしてくれる神だ」、と論評している。
そして、田依彦の姉婿の豆寅が、大台ケ原の岩窟に引っ張っていかれて十年経つことに話題が及ぶと、そこへ、日の出神・大戸日別・天吹男の従者となって意気揚々と豆寅が現れた。
道端に潜む田依彦らは、夕闇をいいことに、豆寅のはげ頭に枝を投げつけると、豆寅は驚いて、滑稽な姿で泣き叫んだ。
本文
01 07 〔307〕
日の出神ら三神は、腰を抜かして泣き叫ぶ豆寅を置いて、宣伝歌を歌いながらどんどんと先へ進んでいってしまった。
闇の中で、豆寅をからかう歌声が聞こえ始めた。豆寅は聞き覚えのある声に呼ばわった。田依彦は火打ちを取り出して枯れ枝に火をつけると、ようやく一同の顔が現れた。
しかし折からの烈風に火は燃え広がり、全山を焼き尽くすほどに勢いになってしまった。日の出神一行はこの山火事に驚いて引き返してきた。
このとき、山上を登ってきたのは、黄金山の三五教の宣伝使・国彦の三男・梅ヶ香彦であった。梅ヶ香彦は、満身の力を込めて伊吹戸主神に祈願をこらし、燃え広がる火に向かって息を吹きかけた。風はたちまち方向を転じて、ぴったりと消えうせた。
夜が明けると、山の八合目以下は全部灰の山になってしまっていることがわかった。焼き出された山麓の住人たちは田依彦たちを見つけて取り囲み、犯人を火あぶりの刑に処すると宣言した。
豆寅や田依彦たちが住人たちに責められているところへ、日の出神一行が戻ってきた。日の出神は、豆寅たちを山麓の酋長に預けて、焼けうせた人々の家を再建させた。豆寅は久々能智と名を与えられた。
そして、梅ヶ香彦の功労を賞して、風木津別之忍男と名を与えた。日の出神、大戸日別、天吹男、風木津別之忍男の四柱は山を下り海を渡り、そこで別れて東西南北にいずこともなく宣伝使として進んで行った。
本文
02 00 - 本文
02 08 〔308〕
日の出神を乗せた大船は、熊野の浦を出て東に進んでいた。東海には天教の山を望む、のどかな船旅であった。
たちまち高波に船は木の葉のように漂う危うさ。天教の山もいつしか雲に包まれてしまった。船は難を避けようと、三保の松原目当てに岸に着いた。
人々は岸に上ったが、波はたけり狂って、羽衣の松もほとんど水に没しようという勢いであった。みな小高い丘にかけのぼり、海が凪ぐのを待っていた。そこへ、微妙の音楽が天上より聞こえて、かぐわしい色々の花が降ってきた。
男女の二神が雲に乗って降ってきた。日の出神に会釈をすると、声を張り上げて歌い、天女の舞を舞い始めた。
二神は三保津彦・三保津姫の分霊である、沫那岐神・沫那美神であった。邪神は大台ヶ原を出て常世の国に巣食っており、日の出神が常世の国に渡るべきことを告げ、その旅路の守護を申し出た。
二神は舞い終わると、天教山に向かって姿を隠した。これより、日の出神は艱難辛苦の末に、再び常世の国にわたることになった。
本文
02 09 〔309〕
日の出神は一度天教山に登り、青木ヶ原の木の花姫の宮に至った。これまでの宣伝の旅を木の花姫命に報告した。木の花姫は深く感賞し、常世の国への出発を命じたのである。
日の出神は撞の御柱の神、天の御柱の神に謁し、種々の神勅をこうむり、欣然として再び宣伝の途についた。
田子の浦より出港し、青雲山のある月氏国の浜で、一ヶ月停泊しなければならないことになった。日の出神は無聊のため、山に分け入って宣伝を試みた。
ここは青雲山の山続き、白雪山である。山野は青々と鳥は啼き歌い、のどかな場所である。日の出神は終日宣伝歌を歌い、くたびれて路傍の草花に身を横たえて、空を眺めていた。
そこへ二三の里人が走ってきて、宣伝使を見ると、仰天して打ち倒れた。日の出神は何事かと問いかけた。
里人が答えて言うに、村は三五教の女宣伝使の感化によって皆が三五教を新興していたが、そこへ今日、大中教の宣伝使たちがやってきて、三五教の女宣伝使を誘拐した上、酋長夫婦を木に縛りつけ、村人に改宗を迫って脅迫している、という。
里人たちは何とか逃げてきたが、日の出神を大中教の宣伝使と間違えて、驚いたのであった。日の出神が、自分は三五教の宣伝使であると告げ、村に案内するようにと伝えた
しかし、三五教の加勢がたったひとりであることから、腰が引けている。
本文
02 10 〔310〕
日の出神を案内する里人、甲、乙、丙は大中教の威勢を恐れて情けない会話をしながら、道を先導していた。
甲、乙、丙は、大中教に命を脅かされても信仰を変えないとがんばっている信者を馬鹿にした。日の出神は三人を一喝すると、こんな弱虫にかまっていられないと、どんどん先に山道を進んでいった。
本文
02 11 〔311〕
大中教の宣伝使・健寅彦は、あまたの従者と共に木に縛り付けた酋長夫婦を取り囲み、右手に剣、左手に徳利を握りながら、一口酒を飲んでは改宗を迫っている。
酋長夫婦は目を閉じ口を結んで、心中に野立彦命、野立姫命の救いを祈願している。このとき、木霊を響かせながら三五教の宣伝歌が聞こえてきた。
大中教の宣伝使たちは、この歌を聞くと顔をしかめ頭を抱えてその場に縮んでしまった。日の出神はその場に現れると、ゆうゆうと酋長夫婦をはじめ村人たちの縛を解いた。
村人たちは日の出神とともに宣伝歌を大合唱した。大中教の使徒たちはたまりかね、みな山頂めがけてこそこそと身を隠してしまった。
日の出神は酋長夫婦の固い信仰を激賞し、面那芸司、面那美司と名を与えた。酋長は、三五教の女宣伝使・祝姫が大中教の者らにかどわかされていることを伝え、救出を要請した。日の出神は酋長夫婦を従えて、救出に向かった。
後に村人たちが、日の出神の出現について、あれこれと話し合っている。そこへ、逃げていた八と六がこわごわ姿を見せると、村人たちは口々にその臆病を非難した。
本文
02 12 〔312〕
八は、自分が逃げる途中で腰を抜かしたおかげで、日の出神を村につれてくることができたのだ、と屁理屈を言っている。
村人たちがおかしな会話をしているところへ、酋長の妻の面那美司が戻ってきた。そして、面那芸司は三五教の宣伝使となって旅に出ることになったこと、白雪郷は面那美司がひとり酋長となって治めることになったことを伝えた。
面那美司が、今日は門出のめでたい日だから、特別に酒を飲んでもいいというと、村人たちは先を争って、大中教の使徒たちが残した徳利に群がった。
面那美司はこの光景にあきれつつ、宣伝歌を歌いながら山道へと引き返していった。老若男女は面那美司について山中に入っていった。すると、祝姫はすでに救出されて、日の出神と酋長とともに端座していた。
祝姫が大中教の宣伝使らに取り囲まれて、改宗を脅迫され、今にも打ち殺されようとしたとき、日の出神が現れて、大音声に宣伝歌を歌ったので、大中教の者らは縮み上がってこそこそと四方八方に姿を潜めてしまったのであった。
日の出神、面那芸司、祝姫は山を下り、白雪郷に一泊すると、宣伝の旅に出発して行った。
本文
03 00 - 本文
03 13 〔313〕
白雪郷から三柱の宣伝使が旅立つにあたり、祝宴が催された。面那美司は見送りの歌を歌った。
三柱は名残尽きずと神言を奏上し、美代の浜の埠頭に向かった。
本文
03 14 〔314〕
船客たちが四方山話にふける一方、船中に歌を歌う女があった。それは、遠く常世の国へ旅立った男を思う歌であった。
その歌を聴いて、白雪郷から来た長髪の荒男は、その女が自分の息子の恋人であることを知った。男の息子は、この恋愛が白雪郷の規則を破ったかどで、村を追放されていたのであった。
男は女に、息子の居場所を教えてくれ、と頼み込んだ。そのとき、突然嵐がやってきた。すると女は荒れ狂う海に身を投げてしまった。
男は女を助けようと自ら海に飛び込んだ。
そんな中、暗中に静かに宣伝歌が響き聞こえてきた。
本文
03 15 〔315〕
日の出神の宣伝歌に、恐ろしい嵐もまったく凪ぎ、空には天の河が見えだした。
船中の客たちは、にわかに元気付いて、またもや四方山話にふけった。乙は日の出神のすがすがしい声をもう一度聞きたい、というと、甲はあんな声は苦しくてたまったものじゃない、と悪口を言い、喧嘩が始まった。
するとまたしても暴風が吹きすさび、波が猛り狂い始めた。
本文
03 16 〔316〕
日の出神はふたたび、三五教の教えを織り込み、人々に心の鬼大蛇を戒める宣伝歌を歌い始めた。すると、またしても海面は風凪ぎ、波は鎮まった。
船中から一人の男が日の出神に話しかけた。二度までも船の危急を救ったことと、清き美わしい教えの教示に感謝の念を表し、自分の身の上を語り始めた。
この男は、先の長髪の男の息子であり、海に身を投げた女が探していた恋人であった。男は、むざむざ目の前で父親と恋人を亡くした悩みを、日の出神に打ち明けた。
日の出神はにっこりとして、神は必ずや親子夫婦の再会を得させたまう、ただ本心に立ち返って三五教の教えを守り、天地の神を真心より賛美するようにと諭した。
男は日の出神に感謝し、涙を流しながら宣伝歌を歌い始めた。日の出神は海を指して、あれを見よ、と男に注意を促した。そこには、波の間に漂う男女の姿が見えた。
本文
03 17 〔317〕
船から向こうに見える島影は、ニュージーランドの一つ島であった。大海原彦が鎮まり、真澄の玉が納まる、国治立大神が穿いたもうた沓嶋である。
波に漂っていた男女は、先に身を投げた女と、長髪の荒男であった。日の出神が差し招くと、二人を乗せた巨大な亀は船に近づいてきた。
男女は船に助け上げられ、これまでの来歴を語った。長髪の荒男は国彦といい、女は奇姫と言った。国彦は、船中に息子の高彦を認めて声をかけた。
国彦、高彦、奇姫は再開を果たし、船中にて高彦と奇姫は夫婦の契りを結んだ。そして三人手を取り合って宣伝歌を歌い、神に感謝を捧げた。
船中の客がこの有様をさまざま話し合っているうちに、船は沓嶋の港に無事に着いた。
高彦は天久比奢母智司の前身である。奇姫は、国久比奢母智司の前身である。
本文
04 00 - 本文
04 18 〔318〕
ニュージーランドの沓嶋は、人の上陸を禁じた島である。ただ、飲料水を取るために船が寄港したのであった。
日の出神は、二柱の宣伝使を従えて上陸し、海原彦神の鎮まる宮に詣で、海上の無事を祈願した。
船中で酒を飲みながら四方山話にふけっていたのは、大台ヶ原で山を焼いた、田依彦、時彦、芳彦であった。時彦を芳彦は酔って喧嘩を始めた。そこへ日の出神が戻ってきた。
田依彦は、大台ヶ原で豆寅の奴扱いにされてつらくて堪らないので、日の出神を追ってやって来たことを告げ、立派な名を頂戴したい、と申し出た。三人のおかしなやり取りに、日の出神も苦笑している。
本文
04 19 〔319〕
船は出港し、竜宮島に向かって進んでいく。暗礁が点在する難路である。日の出神は海上の無事を、沫那岐、沫那美の二神に祈りつつ、宣伝歌を歌った。
時彦と芳彦は、しきりに酒を飲みたがるが、田依彦はそれをたしなめていた。船中には、小声でウラル教の宣伝歌を歌う者がある。
時彦と芳彦はその歌を聞いて酒が恋しくてたまらなくなり、踊り出す。田依彦は二人を鉄拳で張り飛ばした。
本文
04 20 〔320〕
竜宮島(冠島)には、潮満・潮干の玉が隠されている。船が着くと、船客たちはみな上陸し、竜宮の宮に詣でた。
日の出神は田依彦、時彦、芳彦を伴って島の山の奥深くへ分け入った。田依彦の案内でたどり着いたところは、芳しい匂いのする酒が天然に湧き出ていた。竜宮の乙姫様が造った、酒の滝であるという。
日の出神と田依彦は、お祭りをしてそれが終わったら酒を飲ませてやる、といって時彦、芳彦をじらし、最後に二人を後ろ手に縛って、酒をひしゃくでくみ上げて、顔の近くに突きつけた。
時彦と芳彦が何とか酒を飲もうと舌を出すうちに、卵のような焼け石が口から飛び出して、滝つぼのなかに落ち込んだ。それ以来、時彦、芳彦は酒の匂いも嫌になってしまった。
時彦と芳彦は、竜宮島の宮の造営を命ぜられ、久々司、久木司という名を与えられ、住家を造る役目となった。
本文
04 21 〔321〕
また海面は波荒く、船の出港は見合わされ、ほとんど一ヶ月逗留することになった。
この島は、潮満、潮干の玉が秘め隠され、豊玉姫神、玉依姫神がこれを守護していた。大洪水以前に、ウラル彦の軍勢のために玉は取られ、二柱の女神は遠く東に逃れて、天の真奈井の冠島、沓島に隠れたという、因縁の深い島である。
その後は、ウラル彦の部下の荒熊別という者が占領して酒の泉を湛えた。神伊邪那岐神がこの島の守護神として真澄姫命を遣わした。そのため、荒熊別は常世の国へと逃げ帰ってしまった。
日の出神は真澄姫命の神霊を祭るために、久々司、久木司に命じて、竜宮島の竜の宮を造営させた。そして、田依彦を飯依彦と改名し、この島の守護神とした。
造営の人夫たちは、目付け役の久々司が行ってしまった後で、酒が飲みたいとこぼしている。そこへ、久木司がやってきて、自然に湧いている酒だから、遠慮なく飲むがよい、と飲酒を許可した。
人夫たちは先を争って酒の泉にやって来たが、大きな岩で蓋をされ、ところどころに人の口くらいの孔があいているのみであった。
人夫たちはその孔に舌を入れて、何とか酒を飲もうとしていたが、そのうちにめいめい喉がごろごろ鳴り出して、腹の中から焼け石が飛び出した。それ以降、この郷の人間は酒の匂いを嗅ぐのもいやになり、神の教えをよく守り、飯依彦の指揮にしたがって楽しく生活を送ることになった。
本文
04 22 〔322〕
日の出神は、飯依彦に竜宮島の国魂・真澄姫の鎮祭を命じた。そして面那芸、天久比奢母智、国久比奢母智を伴い、西南指して船出していった。
飯依彦は埠頭に立って、白扇を開いて船を見送る歌を歌った。飯依彦はかつて田依彦と呼ばれていたときとは違い、真澄姫神の神徳に感じて身魂は向上し、優長な歌で日の出神一行を送った。
久々司はまた見送りの歌を歌い、久木司は面白く踊り狂って一行を送った。
沖へ出ると、船頭はこのあたりは竜宮の大海原で、宝が海の底に眠っている、と歌を歌った。
日の出神が問いただすと、船から海底の宝が見えるのだが、恐ろしい竜神が宝を守っているのだという。このあたりの魚介類は金や銀の色をしているが、一匹でも取ると竜神の怒りを買って、海が荒れる。また、歌なら歌ってもよいが、大きな声で話をしたりすると、やはり竜神の怒りに触れる、とのことであった。
それを聞いた日の出神は竜神に向かって名乗ると、宝を見せてくれないか、と頼みかけた。すると海面には数限りない宝珠・宝玉が浮かび出た。
日の出神が「もうよい」と言うと宝はまたしても海底に沈んでいった。船中の人々は手を打ってその美観を褒め称えた。
本文
04 23 〔323〕
竜宮の海域を出ると、船頭は船客たちに会話を許可した。
船客たちは馬鹿話を始めたが、そのうちに風が変わって船は筑紫の洲へと流されることになってしまった。
本文
05 00 - 本文
05 24 〔324〕
日の出神は、純世姫神が鎮まる筑紫の島に上陸して宝を探る楽しさを歌った。
船中の客たちがまたしても馬鹿話をしている間に、日の出神は面那芸、祝姫を連れて筑紫の島に上陸した。
本文
05 25 〔325〕
三人の宣伝使は、阿弗利加の絶景に足を止めて景色を眺めていた。面那芸は谷底になにやら唸り声を聞いて、日の出神に注意を呼びかけた。
日の出神は奇妙な声を目当てに進んでいく。面那芸と祝姫は後からついていく。やや歩いていくと、大岩石が谷間に屹立し、巨大な岩窟があちこちにうがたれた場所があった。
そこには顔の黒い男たちが、一人の青白い眼の悪い男を取り巻いて、しきりに脅しをかけている。黒い男たちは、ここは大自在天・常世神王の家来・荒熊別の領分であるとし、三五教の宣伝をした廉で、青白い男を罪に問うていた。
青白い男は負けずに宣伝歌を歌いだす。その声に周りを取り巻いていた黒い男たちはたまらず、大地にかぶりつく。そこへまた、森林の中から宣伝歌が聞こえてきた。
本文
05 26 〔326〕
黒い男たちに責められていた青白い男は、元竜宮城の司であった小島別であった。今は三五教の宣伝使となっていたのである。
小島別は宣伝歌に苦しむ男たちに、大喝一声『赦す』とかけると、男たちの頭痛はぴたりと止まった。黒い男たちは大地に両手を突いて謝罪の意を表した。
小島別は諄々として三五教の教理を説きはじめた。男たちは感に打たれて小島別の説教を聞いている。すると、岩窟の奥から何ともいえぬうめき声が聞こえてきた。
岩窟の中から白い怪しげな影がぼんやりと現れ、不思議な声で、ここは八頭八尾の大蛇の隠れ家であるぞ、と怒鳴りたてた。
小島別は単身、言霊でこの声に立ち向かった。岩窟の声は、八岐大蛇の大棟梁・蛇々雲彦と名乗った。小島別は一歩もひかず、勇ましく邪神の声に切り返す。
しかし邪神の声は案に相違して、小島別が竜宮城時代に四天使の邪魔をして、国祖の神業を妨害した行いをあげつらい、非難を始めた。小島別ははっと胸を打たれて思案に暮れてしまった。
本文
05 27 〔327〕
小島別はこれは邪神の声でないと悟り、岩窟の神の御名を問うた。しかし岩窟の声はますます小島別を譴責する。
小島別はしきりに赦しを懇願するが、神の声はますます激烈になる。最後に岩窟は百雷の一時にとどろくような大音響を立てて唸り始め、小島別は驚いて大地にぺたりと倒れこんだ。
本文
05 28 〔328〕
強烈になる岩窟の唸り声に、小島別はほとんど失神状態で、大地に仰向けに倒れて震えていた。
日の出神は合図すると、祝姫と面那芸が現れた。三柱の宣伝使は岩窟の前に現れると、面那芸は石を持って拍子をとり、祝姫は白扇を手に広げて舞い始めた。
祝姫が岩窟の神を鎮める歌を歌うと、大音響はぴたりと止まった。すると小島別はむっくと起き上がり、三柱の宣伝使の姿を見て驚いた様子であった。
日の出神は小島別に、さいぜんの岩窟の唸り声はどうしたことかと問いかけた。
小島別は語って曰く、一ヶ月ほど前に阿弗利加に渡り、立派な岩窟の噂を聞いて参拝に来たが、常世神王を奉じる人間ばかりなので、三五教の宣伝歌を始めたところ、参拝者たちに迫害を受けた。そうしたところ、岩窟の奥から不思議の姿が現れて自分の弱点を並べ立てられてきつく油を絞られたのだ、と概略を語った。
日の出神は厳然として、ここは尊い神様の隠れ家で、建日別という仮の御神名をお持ちだが、本当の御神名は時が来れば明らかになるであろう、と述べた。
そして小島別に、この岩窟の前に純世姫命の御魂を祭って熊襲の国の人民を守るように任命した。小島別はこれより、岩窟の神の名を取って建日別と名乗り、日の出神の任を受けることになった。
日の出神は満足の色を表し、三柱の宣伝使は谷間を登って進んでいった。
本文
06 00 - 本文
06 29 〔329〕
日の出神は、こんな未開の筑紫の島まで曲津神が眷属を遣わして勢力を張っている様を慨嘆した。北の方に五色の煙が立つのを見つけた。
面名芸の神は、あまり進んでいくと船が出てしまう、と心配するが、日の出神はまた次の船に乗ればよい、これも神様のご都合であろう、と諭した。そして建日向別の守る、肥の国に向かって進んでいくことにした。
三柱は人里近くで、住民たちが重い石を担がされて、普請をさせられているのを見た。
三柱は宣伝歌を歌いながら谷間を下っていく。
本文
06 30 〔330〕
谷底には石出しをする人夫たちがあった。馬鹿話のうちに、喧嘩が始まった。
そこへ日の出神一行がやってきて、何のために石を切り出しているのか、問いかけた。人夫たちは、八島別が肥の国の都にお出でになり、城を築くのだ、と答えた。
日の出神は人夫たちに肥の国へ案内してくれ、と願い出た。人夫たちは日の出神の言霊の威厳に感じて、先にたって坂道を肥の国の都へ案内する。
本文
06 31 〔331〕
肥の国の都では、八島別の居城に数万の群集が押しかけた。群衆を扇動する虎転別という大男は、八島別と談判に来たと言って、門を開けさせ城の中に押し入った。
しかし城の中では四五人の絶世の美人が虎転別を出迎え、美酒で酔わせてぐにゃぐにゃにしてしまった。
すると虎転別はどら声を張り上げて、自分の悪巧みをすっかり歌い明かし始めた。
ここは常世神王の家来・虎転別の領分である。
天教山から肥の国を侵しに来た八島別をやっつけるため、国人を欺いて八島別の命令だといって城を築かせているのは自分だ。
その城に籠もって八島別をやっつけるのだ。
自分は金毛九尾の眷属である、頭の白い古狐だ、と自分から白状してしまった。
本文
06 32 〔332〕
日の出神が人夫たちに案内されて、肥の国の都に来てみると、八島別の館は群集に包囲されていた。
日の出神は人夫たちの道案内をねぎらい、水晶玉の宝を三人に上げようとした。この水晶玉を持っていれば世界のことはなんでもわかり、病人も全快し死者もよみがえる宝である、という。
すると一人が、これを見せびらかして威張ってやろう、というので、日の出神はこの宝は威張ると消えてしまう、と気をつけた。
すると人夫たちは、三人が同じ宝をもらってもしようがない、一人に水晶玉を、後の二人には隠れ蓑と隠れ笠をください、という。
日の出神が、隠れ蓑と隠れ笠で何をするのだ、と問うと、姿を隠して八島別の館に忍び込み、首を取って虎転別に差し出し、褒美をもらうのだ、という。
日の出神は、これから自分は虎転別をこらしめに行くのだ、そんな心根なら水晶玉も返せ、と叱り付ける。人夫の甲は改心するから水晶玉を賜りたい、と懇願した。
日の出神は心をまっすぐに持て、と諭して、八島別の館を指して進んでいく。
本文
07 00 - 本文
07 33 〔333〕
月日の駒は矢のごとく速く過ぎ、瑞霊に縁の深い、壬戌の正月五日となった。
思えば去年の今日は、大阪でわざひとに導かれて暗い根の国の門を潜った。大正日々新聞副社長・高木鉄男氏が門前に送って来てはくれたが、月は西天に輝けども、心は曇り、牢獄の中に囚われた、思い出深い夕べであった。
神の恵みの幸いに、神世の物語を説き始めて、外山、谷口、桜井、加藤の四人の御子に筆を揮わせてつづっていく。心の駒ははやるがなかなか進まない口車、ようやくここに三百三十三節を説き明かす。
秋の最中に筆を取って、今は心も清い白雪が一面の銀世界、すべての枉を清めている。錦水亭の奥深くに悩みの身を横たえて、世人のために言挙げるのは、日の出神のご活動である。
日出づる国の礎を永遠に建てて神の教えを敷き、熊襲の国人たちに光まばゆい水晶の三つの御魂を与えたという、実にめでたい物語である。
花咲く春の三月三日、菖蒲も薫る五月の空には、いつかは胸の闇も晴れるであろう。黒白も分からぬ闇の夜が、光となるのは苦しいことだ。証となるのは尊いことだ。
夢か現か、夢ならばいつかは醒めよと、現身のこの世を思う赤心が朱に染めなす紅葉のように、往事を極めようと先を争ってくる人の魂の証と、教え子が先を争い筆を取る、神の守護もいや深い霊界物語。
語りつくせぬ言霊が清いのは、神の心である。この神心よ、世人の心よ、片時でも鏡に映れよ。真澄の空は行く雲の定めなき、昨日に変わる今日の雪。神を力に教えを杖に、身は高砂の尉と姥、尉と姥との御教えを末永く守れよ。
三千年がその間、守り育てた園の桃を、天津御神に奉る。神の化身の西王母が心の花の開く時、心の花の香る時。世を思う心が胸に満ち、三千年の神の教えを開く今日である。
本文
07 34 〔334〕
日の出神は二人の宣伝使を伴って、数万の群集を押し分けて進んでいく。人々は、日の出神の姿がみすぼらしいのに引き換え、その声に威厳がある様を見て噂をしあっている。
日の出神が八島別の館の門前で名乗ると、門番はすぐさま門を開け、日の出神に助けを乞うた。中では酔っ払った虎転別が大暴れしてたいへんなことになっている、という。
八尋殿の中央に、虎転別は真っ裸となって胡坐をかき、仁王のように拳を振り上げていた。そこへ日の出神が鎮魂の姿勢を取ってウンと一声叫ぶと、虎転別は木像のように身体硬直してしまった。
八島別は奥から乱れた髪を直しながら出てきて、日の出神に挨拶した。日の出神は硬直した虎転別を見て、立派な木像だ、とからかっている。
八島別は、同じく硬直している虎転別の部下たちとともに、木像を壊すなり砕くなり、何なりとしてください、とまたからかう。
涙を流し始めた虎転別に、日の出神は諸刃の剣を抜いて目の前に突きつけた。
本文
07 35 〔335〕
日の出神は、木像の眼をくりぬいてやろう、というと、虎転別は目玉を回転させはじめた。また日の出神は祝詞を唱えて宣伝歌を歌うと、木像の虎転別は、両眼から涙を滝のように流し始めた。
日の出神は虎転別に、本心に立ち返り悔改めるよう諭す歌を歌った。虎転別はますます涙をこぼした。日の出神は数歌を歌うと、たちまち虎転別は元の自由の体に戻った。
たちまち虎転別は日の出神に飛びかかろうとしたが、その刹那、再び身体は強直してまたしても木像のようになってしまった。
日の出神が数歌を歌うと、またもとの自由の体に戻った。ついに虎転別は降参し、改心を申し入れることになった。
本文
07 36 〔336〕
日の出神と八島別は、虎転別の改心を喜んだ。虎転別は日の出神に許しを乞い、受け入れられると、館を取り巻く群衆のところへ走って行き、悪を放して善に返れ、と呼ばわった。
群集は拍子抜けしておのおの家路に帰って行った。八島別は純世姫の神霊を祀り、肥の国の守護神・建日向別となった。虎転別は後に豊の国の守護職・豊日別になる。
本文
07 37 〔337〕
日の出神は面那芸、祝姫、豊日別(虎転別)を引き連れて、霧島の山の上から景色を打ち眺めていた。面那芸宣使は、豊日別が治めるべき豊の国を指し示した。そこは一面の大砂漠であった。
面那芸は、大砂漠に草木を植えて五穀を実らせるのが、豊日別の役目である、と伝えた。
どうやて砂漠に草木を繁茂させようか、という豊日別に対して、日の出神は豊日別の頭に毛が生えたら砂漠にも草木が生えるだろう、ただし非常な辛い目にあわなければならない、と言った。
豊日別は、天下のためなら痛い目も構いません、と言うと、日の出神は傍らの樹木の中から、青々とした木の枝を握って帰って来た。そして、木の枝を絞って油を取ると、豊日別の頭を荒砂でこすり始めた。
豊日別は痛さを必死でこらえている。日の出神はそこへ、今絞った油を豊日別の頭に塗りつけた。豊日別は涙をこぼして気張り、頭を抑えて目をふさぎ、息をつめてこらえている。
しばらくしてようやく痛みが止まった。日の出神は、人間は一度は大峠を越さなければならぬ、それはずいぶんと苦しいものだ、と諭した。
豊日別が頭をなでると、はげ頭には毛が生えていた。豊日別は飛び上がって喜ぶ。これは老利留という木の油であった。
豊日別ははげ頭に毛が生えた喜びに、勢いよくどんどんと峠を下り行く。四人の宣伝歌は谷々に響き渡った。
本文
07 38 〔338〕
谷川の傍らに腰かけ、そま人たちが肥の国で群集が八島別の館を取り囲んだ事件の噂を語り合っていた。
そこへ宣伝歌が聞こえてくる。そま人たちは頭を抱えて道に横たわり、ぶるぶる震えていた。一人の勝れて大きな男は、泰然自若として宣伝歌を愉快げに聞いている。
日の出神は、この大男のそま人に声をかけた。大男は熊と名乗った。熊は豊の国の貧しさと惨状を述べて、宣伝使たちを追い返そうとする。
豊日別はどうしても豊の国へ案内せよ、と言い、熊は仕方なく宣伝使を都へ導き行く。
本文
07 39 〔339〕
熊公は大砂漠を越えるために、数十頭の駱駝を連れてきた。一向は駱駝に乗って豊の国の都に着いた。
都では、熊公の帰還を群集が声をそろえて祝した。実は熊公は、八十熊別という豊の国の大酋長であった。
八十熊別は神通力で日の出神が筑紫洲にやってきて、豊の国に来ることを前知し、砂漠の難を救うべく駱駝を引き連れて、そま人の格好をして霧島山麓まで出迎えていたのであった。
都の群集は酋長・八十熊別が連れてきた客人たちを見て、いろいろ話しに花を咲かせている。
宣伝使たちが招き入れられた八十熊別の館には、天を衝いて五色の雲が立ち昇った。群集はあっと驚いてその場に合掌するのみであった。
本文
08 00 - 本文
08 40 〔340〕
日の出神は、自分は神伊弉諾大神の落胤である、と名乗った。
世の大立替に際して撞の大神は天の浮橋に立ち、その後天教山に下って八百万の国魂の神を生ませ給い、日の出神に命じて国魂神を間配られ給うのである、と説いた。そして、今後は自分の指示に従ってもらいたい、と八十熊別に諭した。
八十熊別は日の出神の説示を承知し、自分は国治立命の落胤で、高照彦であると正体を明かした。
高照彦は国祖御退隠の後は、八十熊別と名を変えて、阿弗利加の原野に都を造って時節を待っていたのだ、と明かし、日の出神に出会えた嬉しさに涙をこぼした。
日の出神はこのような地にも仕組みを用意していた神様の経綸に思いを致した。
豊日別は立ち上がり、扇を開いて松葉を左手に持ちながら、自ら歌い舞った。その歌で、自分は醜の曲霊に取り憑かれて虎転別と成り果ててはいたが、神素盞嗚大神の隠し給うた御子・豊国別神であることが明かした。
日の出神、高照彦はこの奇遇に神恩の深きを感謝し、国治立大神、豊国姫大神、伊弉諾大神、撞の御柱大神を鎮祭し、天津祝詞を奏上して宴を閉じた。
日の出神は、澄世姫命の神霊を鎮祭し、豊日別を豊の国の守護職に任命した。日の出神は高照彦、面那芸、祝姫とともに筑紫を指して進んでいった。
この島は身一つに面四つあり、豊国、肥国、熊襲国、筑紫国という。この四つの国を総称して、筑紫の洲という。
本文
08 41 〔341〕
旅の途上、宣伝使たちは路傍の石に腰を掛けて、回顧談にふけっている。
高照彦は、父神・国治立命の勘気をこうむって阿弗利加に退去を命じられ、大洪水後に再び大砂漠を拓いた物語を語った。
そして、父神・伊弉諾大神の苦労をしのび、日の出神に出会えた喜びと共に、大神様に尽くさなければならないという思いを新たにした。
本文
08 42 〔342〕
高照彦の苦労談を聞いて、面那芸は、白雪郷に残してきた女房が恋しい、といったことに悩んでいた自分を恥じ、宣伝使としての役目に決意を新たに表した。
日の出神は面那芸の覚悟に満足の意を表し、今というこの瞬間は善悪の分水嶺であると諭した。
一同が勢いよく駆け出すと、おりしも轟然とした大音響が聞こえた。日の出神は、エトナ山の火山が爆発したのだ、と言った。タコマ山の祭典以来、突然爆発したのは、天の警告であろう、と気をつけた。
高照彦が心構えを尋ねると、日の出神は神言を奏上さえすればいい、と答えた。四人の宣伝使は道々いろいろの話を進ませながら、大野原に出た。すると南方に、白日別司の館が見えた。
本文
08 43 〔343〕
日も沈むころ、筑紫の都の町外れでは、ウラル教の宣伝使が住民たちに囲まれていた。
ウラル教の宣伝使は、元常世城の使臣・蚊取別であった。住民たちは、三五教の教えを守る筑紫の国でウラル教の宣伝をするとはけしからぬと、蚊取別を責め立てる。
蚊取別は責められて歌に自分の履歴を歌った。住民たちは面白がってなおも蚊取別を責め立てる。
すると闇の中から宣伝歌が聞こえてきた。
本文
08 44 〔344〕
一同は突然聞こえた宣伝歌に肝をつぶしている。蚊取別がこのすきに逃げようとするのをまた住民たちに捕まり、腰の酒の入ったひょうたんを割られて酒びたしになってしまった。
するとまた闇の中に宣伝歌が聞こえ、酒は常世の国の少彦名神様が醸した神酒なので、少しはほどほどに飲めよ、と諭す。蚊取別はこの宣伝歌に、ウラル教の加勢が来たと勘違いして、勢いづいた。
住民たちは恐れをなして逃げてしまった。後には、蚊取別は一人威張り散らしている。
そこへまた面那芸の宣伝歌が聞こえてきた。蚊取別はこの歌を聞いてにわかに醒め、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
本文
08 45 〔345〕
日の出神は蚊取別に語りかけた。蚊取別は三五教の宣伝使と聞いて、逃げ出そうとする。
日の出神は蚊取別を引き止めて、実は三五教は民には飲むな、といっておいて自分が飲む教えなのだ、と説示する。蚊取別は、それは本当にようわかった神様ですな、と感心している。
日の出神の共の三宣伝使は、日の出神の言いように合点がゆかず、怪訝な顔をしている。
丑三つ時になると、日の出神は何事か祈願を始めた。すると、あたりを照らす鏡のような火の玉が降り、光の甕となって芳しき酒を湛えた。
日の出神は酒を飲もうとする蚊取別の体を霊縛したため、蚊取別は飲もうとしても飲めない状態になった。そのうちに蚊取別の口から焼け石が三個飛び出して甕の中に落ちた。とたんに甕は消えうせた。
これ以降蚊取別は酒がすっかり嫌いになってしまい、三五教を信じることとなった。蚊取別は後に面那芸司の供となって諸方を遍歴し、生き神になることになる。
本文
08 46 〔346〕
夜明けになって、日の出神一向は、筑紫の司・白日別の館の門を叩いた。一行には、ウラル教の酒のひょうたんを下げた、おかしな格好の蚊取別が従っている。
しかし呼べども白日別の館からは何の返事もない。日の出神は、蚊取別に、塀を飛び越して門を開けよ、と命じた。
不審がる蚊取別に対して、日の出神は蚊取別が下げているひょうたんから酒をすべて抜いてしまい、息を吹き込んだ。するとひょうたんは風船のように浮き上がり、蚊取別の体も宙に浮くほどになった。
蚊取別は邸内に入るとひょうたんを一度に破いたものだから、屋敷の中にドスンと落ちて、腰を抜かしてしまった。面那芸司は仕方なく、ひらりと塀を乗り越えて門を開けた。
一行は開いた門から奥へと進んで行く。腰を抜かした蚊取別は宣伝使たちに助けを呼んでいる。
祝姫が憐れをもよおして蚊取別を抱き起こそうとすると、蚊取別は祝姫を口説き始めた。祝姫はあきれて蚊取別のはげ頭をぴしゃりと叩いて先へ駆けて行く。
邸内はよく整えられていたが、人っ子ひとりなかった。奥殿には筑紫の国魂である純世姫の御魂が鎮祭されている。日の出神は書置きを見つけた。
その書置きによると、筑紫の大酋長・白日別は霊夢に国治立命の御子と神伊弉諾命の御子が降ることを知り、一族を引き連れて高砂島に渡ったという。そして高照彦に筑紫の守護職を譲る旨がしたためられていた。
日の出神はこの書置きに従い、高照彦を白日別と改め、筑紫の守護職に任じた。日の出神は常世の国へ、面那芸司は天教山へ、祝姫は黄金山に向かうこととし、三柱はここに袂を分かった。
本文
08 47 〔347〕
瀬戸の海を東南指して進む船中、ある夜に宣伝歌を歌う者がある。尊き神の恩徳に思いを致せ、というこの歌に、船客たちは耳を傾ける。
また船の一隅から女宣伝使は、先に宣伝歌を歌った宣伝使に対して、歌で名を問いかけた。
するとまた船の中ほどから頭の光った男が立ち上がり、しわがれ声を振り絞って歌うのは、蚊取別が祝姫宣伝使への思いのたけを歌う恋歌であった。
祝姫は蚊取別のこの歌に恥ずかしいやらもどかしいやら、船底にかじりついて息を潜めていた。
本文
09 00 - 本文
09 48 〔348〕
祝姫に名を問いかけられた宣伝使は、北光神であった。北光神はなんと、祝姫に対して、蚊取別の思いを聞き入れて結婚せよ、と歌い返した。
祝姫は何よりも忌み嫌う蚊取別の恋慕を迷惑に思っていたので、北光神が蚊取別の思いをかなえることが、世を救う宣伝使の役目だ、と聞かされて倒れんばかりに驚いた。
祝姫は船中に悩み苦しみつつあったが、宣伝使となって立派な功名を立てようという名誉心のために、数多あった縁談をすべて断ってきた自らの行為に思いを致し、これも吾が身の報いと決心した。
そして、北光神、蚊取別に対して、蚊取別と夫婦の契りを結ぶことを承諾する歌を返した。
後に、祝姫は蚊取別によく仕え、また夫婦東西に分かれて神の教えを宣伝することになる。天の岩戸の変において偉勲をたてた雲依彦とは、蚊取別の後身である。太玉姫は、祝姫の後身である。
本文
09 49 〔349〕
船は、竜宮の一つ島の近くにやって来た。向こうから来る船のへさきにも、被面布をかけた宣伝使がたっている。
北光神は、やってくる船の宣伝使に歌で名を問いかけた。これは広道別であった。これから阿弗利加の熊襲の国に渡って、曲霊を言向け和すという。二人はすれ違いに、被面布を取って互いの安全を祝した。
船中の客たちは、かつてここにシオン山という高い山があったが、大洪水の際に地の底に沈んでしまい、竜宮海と瀬戸の海が一つになったのだ、と昔話をしている。
かつて稚桜姫命が竜宮城を治めていた時代の話に花を咲かせた。甲は、善と悪とが立て別けられたのは大洪水以前の話だ、と三五教の教えを一笑に付している。
すると船の中から宣伝歌を歌う者がある。甲は頭痛がしだした。そして宣伝使に向かって悪態をつく。するとまた別の宣伝使が宣伝歌を歌いだした。
甲は船が岸に着くや否や、船を飛び出して姿を隠してしまった。
本文
09 50 〔350〕
どうしたはずみか、竜宮城の海面に指しかかった船は、エルサレムに着かず、方向違いの岸に着いた。そこには不思議にも、月照彦神、足真彦、少名彦、祝部、弘子彦の五柱の神がずらりと立っていた。そして、北光神、祝姫、蚊取別を差し招いた。
五柱の神司はものも言わずにどんどんと岩山を登っていく。後を追う三人は何心なく汗を流して付いて行く。五柱はときどき後を振り向いて三人を手招きする。
登ってみると、そこには大小四十八個の宝座が設けられている。そして、種々の立派な男神・女神が鎮座して、苦集滅道・道法礼節を説示していた。
五柱の神は、三人をいちいち宝座に案内し、現・幽・神三界の実況を鏡のように写して見せた。
蚊取別は、素晴らしい女房を得た上に、三千世界の有様を写して見せてもらった嬉しさに、踊り狂って千丈の岩の上から岩と一緒にグワラグワラと谷底へ落ち、ひっくり返ってしまった。
その物音に驚いて目を開くと、口述者瑞月の身は、高熊山の蟇岩のふもとの松に、背を当てて座っていたのであった。
本文
- - - - 本文
- - - - 本文
王仁DB (王仁三郎データベース、略してオニデビ)by オニド /出口王仁三郎の著作物を始め、当サイト内にあるデータは基本的にすべて、著作権保護期間が過ぎていますので、どうぞご自由にお使いください。また保護期間内にあるものは、著作権法に触れない範囲で使用しています。それに関しては自己責任でお使いください。/出口王仁三郎の著作物は明治~昭和初期に書かれたものです。現代においては差別用語と見なされる言葉もありますが、当時の時代背景を鑑みてそのままにしてあります。/本サイトのデータは「霊界物語ネット」掲載のデータと同じものです。凡例はこちら。/データに誤り等を発見したら教えてくれると嬉しいです。
連絡先:oni_do@ybb.ne.jp(飯塚弘明)
(C) 2016-2017 Iizuka Hiroaki