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霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第8巻 霊主体従 未の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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この霊界物語は、全部で五百六十七節で完成しようと、一冊を五十節、全十二冊の予定であった。
しかしこれでは到底一部分も述べきれないことを覚り、本巻からは一冊五十章組みの規定を破り、行き突きばったりに進むこととなった。
この物語は、現・神・幽三界に渉った神人の活動の一部を、神示のままに述べたもので、今日の人々の耳には入りがたく受け取れない点もたくさんあるであろう。
各国の神話を取り入れず、神話から漏れた部分を取り入れている。夢物語と取ってもらってもよいが、読めば読むほど面白く、また精神上に一つの光明を認めうることと信じる次第である。
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第七巻までは各巻五十章ずつ編集していたが、本巻以降は特にそういった章数の制限を設けていない。
第六篇「黄泉比良坂」は、瑞月大先生がかつて五六七殿において講演された、古事記の言霊解である。
本館は南アメリカ(高砂洲)における宣伝隊の活動を口述されたものである。蚊ヶ虎(珍山彦)という木花姫命の化身が面白おかしく誠の道を説き諭す様が描かれています。
栗原古城氏の「青い鳥のおしへ」の序文には、神の霊智と慈愛の極地に達した真の哲人は、われわれ俗衆に向かって説法するとき、夢物語のごとく御伽噺のごとく、架空談のように説くが、それが敬虔な心をもって深く考慮する人の心にとっては、この上ない霊性と霊感の源泉なのである、とあります。
霊界物語もまったくこのようなものであると信じます。われわれの工夫と修省によっては凶を変じて吉となし、禍を転じて福とし、地獄の焦燥・苦悩から、天国楽土へ無事に到着することができるのである。
本文
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第一次大本事件の三日前の夜半、松雲閣に横臥する瑞月の枕元に、忽然として教祖のご神影が現れた。そして指示桿をもって、畳を三四回打ちたもうた。
馬に鞭打つごときその御模様に、瑞月は直ちに起き上がって、いよいよ明日から神界の御命のごとく、霊界物語の口述に着手いたします、と申し上げた。
すると教祖は打ちうなづき、莞爾として神姿を隠したのである。それより、いよいよ昨年十月十八日から着手することとなりましたが、教祖のご加護により、第八巻を口述し終わることができた。
読者の中には、霊界物語は教祖のご意思に反した著述であると誤解されている方々もあるように聞いている。その誤りを説くために、総説に代えてここに本書出版が教祖の神のご神慮より出た理由を簡単に説明したのである。
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01 01 〔351〕
天下の絶景の海を、筑紫から智利の国に向かう船の中で、猿世彦と駒山彦が、来し方を思い互いに相手の失敗をなじりあっていた。猿世彦、駒山彦は常世彦の部下として、大八洲彦命や言霊別命ら天使の神業を邪魔して竜宮城と戦った邪神であった。
猿世彦はスペリオル湖で元照別に捉えられ、凍える湖に投げ入れられて木乃伊となり、言霊別命に助けられて方法の体で逃げ帰った過去を、駒山彦らにからかわれている。
船中の女客が、猿世彦・駒山彦の連れの宣伝使に、三五教の教えを説いてくれ、と頼みかけた。
連れの宣伝使は清彦(清熊)であった。清彦はかつて鬼城山で駒山彦らの仲間として悪事を働いていたが、どうしたわけか三五教の宣伝使となっていたのである。
猿世彦は清彦の昔の悪事を上げたてて、宣伝の邪魔をする。清彦はそれを笑い飛ばして猿世彦の昔の失敗をなじる。
かくして雑談のうちに、船中の夜はふけて行った。
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01 02 〔352〕
同じ船に乗っていた日の出神は、雑談をそ知らぬふりに聞き流していた。自称宣伝使・清彦は諄々として三五教の宣伝歌を歌い始めた。
駒山彦と猿世彦は、それに対してウラル教の宣伝歌を歌ってまぜっかえす。どういうわけか船中の人々は、三五教の教えを聞きたがって、清彦の肩を持って説教を求める。
清彦は知らぬものはない、と大法螺を吹くが、猿世彦が茶々を入れる。清彦が猿世彦・駒山彦を罵り返すと、猿世彦・駒山彦は怒って清彦に飛びかかった。
清彦は一度だけ反撃するが、その後は猿世彦・駒山彦を罵りながらも、殴られる一方になっている。
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01 03 〔353〕
猿世彦と駒山彦は、清彦が立て板に水でしゃべり続けるのに感心して、手を放し、ひとつ宣伝を聞かせてくれ、と頼んだ。
清彦は、頓珍漢な説教を猿世彦・駒山彦に聞かせている。しまいに駒山彦は清彦を怒鳴りつける。先客はおかしな問答にわっと笑いさざめく。
このとき船の一隅より、ひとりの神人が立って宣伝歌を歌い始めた。
日の出神は、清彦が殴られながらも耐えて言霊で返していたその忍耐の真心を賞賛した。
清彦は日の出神の姿を見て伏し拝み、落涙に咽んでいる。
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01 04 〔354〕
明けて、日の出神は船中の人々に対して、天地の神の徳を説き諭していた。そこへ、一天にわかに掻き曇り、ものすごい風が吹きすさんで波は山岳のごとくになった。
日の出神は声を張り上げて、宣伝歌の言霊を風に向かって述べ立てた。すると嵐は忽然と静まった。
船中の人々は日の出神の神徳に感じて、進んでその教理を聴聞することとなった。ここに清彦は今までの罪悪をすべて悔改め、日の出神の弟子となり、高砂洲に宣伝を試みることになった。駒山彦と猿世彦は示し合わせて、追って高砂洲に上陸することになる。
船中の旅人たちの噂話に、面那芸司が船旅の途中、海に沈んでしまったことを知った日の出神は、さっと不安の色を浮かべた。
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01 05 〔355〕
日の出神は、面那芸の司を救うために急遽竜宮城に渡ることとし、智利の都への出張を見合わせる、と清彦に伝えた。そして、自分の代わりに智利の都へ入り、三五教を宣伝するように、と言い含めた。
高砂洲には竜世姫神、月照彦神が守護しているので、勇んで行くように、と述べた。そして猿世彦、駒山彦も改心して神の教えに従え、と諭すと、海中に身を躍らせて飛び込んだ。
船中の人々は、すわ身投げ、と驚いたが、よくよく見れば日の出神は巨大な亀の背に乗って、悠々と彼方を指して行ってしまった。
清彦は、自分が日の出神の代理に指名されたことを、猿世彦・駒山彦に自慢している。三人はおかしな問答を交わしているうちに、船は智利の国の港に着いた。
三人は一目散に船を飛び出して、どんどんと奥深くに進んで行く。
清彦は、ここで三人分かれてそれぞれ宣伝しよう、と提案する。猿世彦は清彦を頼って、泣き言を言う。清彦は闇にまぎれて二人を置き去りにしてどこかへ行ってしまった。
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01 06 〔356〕
清彦は猿世彦と駒山彦を谷間に置き去りにして、自分は谷を降って街道を闊歩していた。黄昏が近づいたところで腰を下ろし、ほっと一息ついていると、猿世彦と駒山彦が、大声で清彦を罵りながら追ってくる。
清彦は、猿世彦と駒山彦が自分が鬼城山で悪事を働いていた過去を暴き立てて宣伝が上手くいかないことを心配し、思わず大声で嘆いた。
猿世彦は清彦の声を聞き取り、辺りを探し始めた。
すると前方から闇を照らして火の玉が飛んできて、清彦の前に墜落した。すると清彦は光を発して、日の出神と少しも違わない姿となって現れた。
猿世彦と駒山彦はあっと言って口をあけたままその場に倒れてしまった。
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02 07 〔357〕
闇の中に光明輝く姿を現した清彦は、絶対無限の神格備わり、眼もくらむばかりであった。猿世彦と駒山彦はしばらく息をこらしていたが、清彦の姿はばったりと消えうせた。
そして闇の中に大きな声が聞こえてきた。
その清彦の声によると、
今まで八頭八尾の大蛇の霊魂にたぶらかされて悪事の限りを尽くした自分だが、三五教の大慈の教えを聞いて、吾が身が恐ろしく、恥ずかしくなった。
日の出神の後を追って真人間になり、悪の改心の模範を天下に示そうと日夜、神に祈った。
そのお恵みで、朝日丸に乗り込んで日の出神にめぐり合い、教訓を賜って霊魂は神直日大直日に見直し聞き直され、今は日の出神のご名代にまでなることができた。
汝ら二人も、我を手本として片時も早く悪を悔い、善に立ち返って世界の鏡を謳われて黄泉比良坂の神業に参加せよ。
汝らの改心ができれば、また会うときもあろう。今は汝らが心の雲に隔てられて、自分の姿を現すことができないのが残念ではある。
そして辺りを照らす大火光となって中空に舞い上がり、智利の都を指して飛んでいった。
猿世彦と駒山彦はこの様を目の当たりにして、清彦の改心に心を打たれ、曲がりなりにも宣伝使となり、せめてもの罪の贖いをしよう、ということになった。そしてそれぞれ分かれてめいめい、高砂洲の宣伝を行うことになった。
猿世彦は南へ、駒山彦は北へと袂を分かった。
猿世彦は、光った頭から湯気を立てて、カン声を振り絞って海辺の村々を宣伝して回った。
ある漁村で漁師たちが猿世彦の姿を見て、大きな蛸が歩いてくると勘違いし、蛸の親分だと思って不漁の相談を持ちかけた。
猿世彦は快諾して、海に向かってカン声を絞って宣伝歌を歌い始めた。すると海面にたくさんの蛸が頭を出した。猿世彦が差し招くと、蛸たちはざるの中に数限りなく飛び込んだ。
このことが漁師仲間の評判となり、猿世彦は尊敬されることになった。この村はそれより、蛸取村と呼ばれるようになった。
蛸取村より数十町西方に、アリナの滝という大瀑布があった。猿世彦はそこに小さな庵を結んで、この地方の人々に三五教の教理を宣伝することになった。
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02 08 〔358〕
漁師たちは猿世彦の言霊に感心して尊敬の念を払い、三五教の教理に服した。猿世彦は教理には通じていなかったため、平然として矛盾脱線の教えを語っていたが、ただ神を祈ることは一生懸命であったので、神徳を授けられたのである。
朴訥な漁師たちにはあまり難しい教理を説く必要もなく、ただ豊漁を与えてもらうことをもって信仰の基礎としていた。
ただ村長の照彦は立派な男であったが、猿世彦の熱心な祈祷の力に感じて、猿世彦を賛美する歌を歌った。
かくして、猿世彦は宣伝使となって法外れの教理を説いていたが、村人たちは信仰を怠らなかった。
アリナの滝から数町奥に、不思議な岩窟があった。岩窟の中には直径一丈ばかりの円い池があり、清鮮な水をたたえていた。村人たちは池を鏡の池と読んでいた。
猿世彦は村人たちを従えて、この鏡の池に禊身にやってきた。村長をはじめ村人たちに池の水で洗礼を施し、そして池に向かって祈願を込め始めた。
その祈願は、村人たちの信仰と救いへの守りを祈り、また自らの過去の罪を懺悔し、日の出神に出会ったことで改心できた感謝を捧げていた。
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02 09 〔359〕
猿世彦は鏡の池で禊をなして、狭依彦と名を改めた。狭依彦の名は遠近にとどろき、洗礼を受けに来る者や教理を聞きに来るものが次第に増えていった。
狭依彦は三五教の教理は船中で聞いたに過ぎなかったので、夜昼鏡の池に祈願を込めていた。
あるとき黒彦という男が信者の中から現れて、質問を始めた。そして、蕎麦やらうどんやら黍の起源やらを尋ねた。狭依彦はそれに答えて、二人の滑稽な問答はどんどん脱線していく。
すると鏡の池の水がブクブクと泡立ち始め、竹筒を吹くような声で、二人の問答をなじり始めた。狭依彦は驚いて、池の神様に黒彦の問答の答えを伺うと、池の神様の声は、黒彦に答えを聞け、という。
黒彦は得意になって、またもや言葉遊びのおかしな問答を始める。すると鏡の池の声は、お前たちの取り違いははなはだしい、と怒りの声に変わり、ほら貝のような唸り声が次第に大きくなってきた。
黒彦は恐れをなして逃げてしまった。また、そこにいた過半数の信者たちも、あちこちに逃げてしまい、後に残ったのは腰を抜かした肝の小さい人間ばかりであった。
狭依彦も腰を抜かしてしまい、その場に祈願をこらしていた。
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02 10 〔360〕
鏡の池の声はようやく鎮まり、狭依彦に対して、知らないことは知らないとへりくだって宣伝をするように、とたしなめた。そして、いろは歌で教えを説き始めた。
まずは、へりくだって理屈に走らず、生まれ赤子の心で祈れ、と狭依彦を諭した。狭依彦は神の説教に泣き言を言うが、鏡の池の声はさらに説教を続ける。
そして狭依彦に心底の改心を促し、自ら月照彦神であると名乗った。またこの高砂洲は金勝要大神の分霊・竜世姫神が守護する土地であると告げ、この国の司となって世界のために尽くせ、分からないことがあればまた尋ねに来い、と宣言した。
狭依彦ら一同は腰が立つようになり、喜び勇んで神言を鏡の池に奏上した。
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03 11 〔361〕
日の出神は、面那芸の司の安否を案じて、海底の竜宮城へとやってきた。門前には、正鹿山津見、淤縢山津見の二柱の神が、仁王のように傲然として守っている。
竜宮城に入ろうとする日の出神に対して、淤縢山津見は打ってかかった。しかし日の出神が乗っていた琴平別の化身の大亀が、二人の間に割って入り、千引きの岩となった。
門内からはなにやら騒々しい音が聞こえてくる。日の出神は声を張り上げて名乗りの歌を歌い、自分は面那芸の司を助けるためにやってきたのだ、と明かした。
日の出神と知った正鹿山津見、淤縢山津見は平身低頭して陳謝した。淤縢山津見は殿内へ日の出神来着を知らせに行き、正鹿山津見は日の出神を案内して別殿に迎えた。
城内の一方には、ますます騒々しい音が聞こえてくる。日の出神はただ事ではないと、その音に聞き入っていたがふと正鹿山津見を見ると、それはかつてエルサレムの竜宮城で天使長を務めた、桃上彦であった。桃上彦はかつてエルサレムを混乱に陥れ、国祖ご退隠の遠因を作った神である。
正鹿山津見は、根底の国に落ち行くところを高照姫神に救われて、正鹿山津見と名乗って竜宮城の門番を勤めている来し方を日の出神に泣く泣く語った。
おりしも、竜宮城内の阿鼻叫喚の声はますます激しくなり、日の出神は正鹿山津見にわけを尋ねるが、正鹿山津見は頑として答えない。
日の出神はどんどん奥殿に進もうとするが、正鹿山津見はあわてて先に立ち、奥殿に姿を隠してしまった。日の出神は後に取り残されてしまった。
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03 12 〔362〕
そこへ淤縢山津見が現れて、日の出神に向かい、大道別命ではないか、と日の出神の旧名を呼ぶ。よく見れば、淤縢山津見は元大自在天の宰相であった、醜国別であった。
醜国別はかつて、聖地エルサレムの宮を壊して神罰により、帰幽したはずであった。醜国別の淤縢山津見は、根底の国に落ち行くときに国治立大神によって救われ、海底の竜宮でその恩に報いるために門番となって勤務している身の上を語った。
日の出神は奥殿への案内を淤縢山津見に促した。奥殿には、海神たちに囲まれて、美しい女神が控えていたが、日の出神を見るより座を降りて差し招いた。
日の出神は堂々として高座についた。日の出神は女神に名乗りをあげ、竜宮城の騒々しい物音について女神に尋ねた。女神は、神伊弉冊命が黄泉国に出でまし、黄泉国の穢れを竜宮城に集めたもうたのだ、と今の竜宮の有様を語った。
日の出神は神言を奏上した。すると辺りを照らす大火光が日の出神の身体より放射し、巨大な火の玉となって竜宮を照らし出した。
すると母神である神伊弉冊命が、身体を雷にさいなまれ、身辺には黄泉神の群れがたかり、目も当てられぬ惨状を呈していることが明らかになった。
竜宮城の女神・乙米姫は自分が身代わりになって伊弉冊命を解放しようと、雷の群れに飛び込んだ。乙米姫の身代わりによって、伊弉冊命は雷の難を脱することができた。
面那芸司は伊弉冊命を救うべく日夜必死の力を尽くしていたが及ばず、連日連夜、闘い続けるその声が、怪しい物音となって門外にあふれていたのであった。
日の出神は神文を唱えて大亀を呼び、伊弉冊命を守りつつ面那芸司、淤縢山津見、正鹿山津見とともに竜宮城を脱して海面に浮き出た。そして常世の国に渡り、ロッキー山に伊弉冊命を送っていった。
その後海底の竜宮城は八種の雷神の荒びがすさまじく、体主霊従・弱肉強食の修羅場と化し、ついに黄泉比良坂の戦いを勃発することになる。
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03 13 〔363〕
清彦の日の出神は智利の都で宣伝に努め、都の中央の高地に広大な館を造り、国魂である竜世姫命の御魂を鎮祭した。その名声は四方にとどろき、国人は徳を慕い教えを聞くために集まってきた。
ある日、清彦が大広前で三五教の教理を説き始めると、末席から眼光鋭い黒い顔の男、弓のように腰が曲がり、酔っ払ってねじ鉢巻をしながら、腕をまくって高座に現れた。
清彦に向かって、蚊ヶ虎と名乗るこの男は悪態をつくと、人々に向かって清彦の昔の悪事を暴きたて始めた。
清彦の説教を聴きに来ていた人々は、蚊ヶ虎の暴露話に去就に迷い、あちらこちらで論争が始まり、喧嘩が始まり、収集のつかない状態になってしまった。
するとそこへ、涼しい宣伝歌の声が聞こえてきた。場内の騒ぎは、この声にぴたりと止んでしまった。
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03 14 〔364〕
表玄関から上がってきた声の主は、日の出神であった。日の出神は高座の前に来ると、清彦、蚊ヶ虎に挨拶した。清彦はこの騒動を日の出神に陳謝した。
蚊ヶ虎は日の出神の後ろに控えた淤縢山津見を見て、かつての自分の主人であった醜国別であることを認め、急に態度を変えて手もみしながら挨拶した。
清彦はまた、桃上彦が日の出神と供に現れたことに驚いて声をかけた。醜国別は一同に向かって、自分がかつて大自在天の宰相として悪事を働いたことを明かし、かつ救われて心を改め、竜宮城の門番・淤縢山津見として仕えてきたことを明かした。
また桃上彦も同じく改心して門番・正鹿山津見となり、日の出神にまた救われて今ここに現れたことを明かした。そして清彦についても、最前蚊ヶ虎が述べたとおりの悪人であったが、やはり改心して日の出神の代理となったことを説き明かし、人々の疑いと迷いを払拭した。
日の出神は宣伝歌を歌い始めた。壇上の四柱も、その声にあわせて面白く歌い、かつ舞った。
群集もまた各自手をうち踊り狂い、今までの騒動は消えてしまった。清彦はこれより紅葉彦命と名を賜り、秘露の国の守護職となった。
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03 15 〔365〕
日の出神、淤縢山津見、正鹿山津見、蚊ヶ虎の四柱一行は、ブラジル峠を上っていく。春とはいえ、赤道直下の酷熱の中を、蚊ヶ虎に荷物を持たせて登って行く。
蚊ヶ虎はちょっと一服させて欲しい、と頼んだが、淤縢山津見は竜宮の底で苦労艱難を嘗めて門番をしてきたことを思えば、どうということなはい、と説教する。
蚊ヶ虎は愚痴をこぼす。淤縢山津見がそれを咎めると、逆に淤縢山津見のかつての悪事を責める。淤縢山津見が昔のことは過ぎ越し苦労するな、と諭しても、何かと理屈をつけて淤縢山津見をからかった。
淤縢山津見が昔の主人に向かって無礼であろう、と返すと、蚊ヶ虎は、過ぎ越し苦労するなとおっしゃったじゃないか、と返す有様。
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03 16 〔366〕
一行はブラジル峠の山頂辺りの風景を眺めながら、四方山話をしていた。風が次第に強くなり、周囲の樹木も倒れんばかりに激しくなってきた。
蚊ヶ虎は側の木の根にしがみついて、泣き言を言っている。蚊ヶ虎を皆でからかい、蚊ヶ虎はそれに負けずにおかしな答えでやり返す。
義太夫調にまぜっかえすその歌の中に、蚊ヶ虎は常世姫の落胤である常照彦であり、稚桜姫命の孫神である、と自分の出自を織り込んでいた。
蚊ヶ虎が一人狂言芝居をして淤縢山津見と滑稽な問答をしている折から、突然幾十万とも知れない声が辺りから聞こえてきた。淤縢山津見は顔色を変えて両手を組み、その場に座り込んだ。
蚊ヶ虎はにわかに前後左右を飛び回り、くにてるひめ、と口を切った。淤縢山津見は天の数歌を唱えて審神に着手した。
蚊ヶ虎は自分は鬼城山の国照姫と名乗り、淤縢山津見に巴留の国から引き返してアーメニヤに戻れ、と託宣した。淤縢山津見は力を込めて、神言を奏上して蚊ヶ虎に霊光を放射すると、蚊ヶ虎は大地に七転八倒した。
淤縢山津見は、自分を巴留の国から追い返そうとする邪神であると断じた。認めない蚊ヶ虎の神懸りに対して霊縛を施すと、霊は自分は八岐大蛇の眷属で、淤縢山津見を高砂洲から追い返すつもりだったのだ、と白状した。そして、ロッキー山へ逃げるから霊縛を解いてくれ、と懇願した。
淤縢山津見はロッキー山への退去を禁じ、変わりに巴留の国を去って海の外へ退去するように命じた。蚊ヶ虎に懸った邪霊はうなずいて承知した。
淤縢山津見が霊縛を解くと、蚊ヶ虎の身体は元のようになおった。そしてまた馬鹿話をしながら先にたって、ブラジル山を西へと下っていく。
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03 17 〔367〕
淤縢山津見は峠を下りながら、蚊ヶ虎が不平ばかりを言って心身がしっかりせぬから、邪霊に取り付かれるのだ、と説教している。二人はまた頓珍漢な問答をしながら下っていく。
すると、傍らに大きな滝があるところへ、四五人の荒くれ男が腰掛けて、なにやらささやきあっている。淤縢山津見と蚊ヶ虎が男たちの前を横切ろうとしたとき、一人が大手を広げて谷道をさえぎった。
曰く、鷹取別のしろしめす巴留の国へは、他国の者は入れない決まりだという。蚊ヶ虎は腕をまくり、ねじ鉢巻で荒男に食ってかかった。荒男は荒熊と名乗り、蚊ヶ虎に喧嘩を吹っかけた。
以外にしぶとい蚊ヶ虎の抵抗に、荒熊は仲間を呼んで、のしてしまおうとする。蚊ヶ虎は得意になって啖呵を切っている。
威勢よく啖呵を切っていた蚊ヶ虎だが、いざ五人の荒男にいっせいに打ってかかられると、たちまち弱音をはいて、淤縢山津見に助けを求めた。淤縢山津見は自業自得、と傍観している。
蚊ヶ虎は荒熊たちに、柔らかく喧嘩しろ、と口の減らない負け惜しみを言っている。荒熊が得意になって蚊ヶ虎をなぶっていると、途端に崖から落ちて谷底に落ち込んでしまった。仲間の四人は驚いて蚊ヶ虎の手足を放した。
蚊ヶ虎は、自分の霊光に打たれて谷底に落ち込みよった、と一人悦に入っている。その間に淤縢山津見は谷底へ降りて、荒熊を助けて引き上げてきた。
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03 18 〔368〕
淤縢山津見は谷底に落ち込んで重傷を負った荒熊を助け出し、鎮魂を施すと、荒熊の負傷はたちまち癒えて元の体に回復した。
荒熊は淤縢山津見の前に両手をつき、命を助けてくれた恩を涙ながらに感謝し、これまでの無礼を謝した。
蚊ヶ虎は自分の威力で荒熊が谷底へ落ちたと得意になってまたおかしな説教を荒熊に垂れている。淤縢山津見がそれをたしなめた。
荒熊は淤縢山津見が醜国別であると認めた。荒熊はかつての醜国別の部下・高彦の後身であった。高彦は、醜国別が帰幽して以来、讒言によって常世神王の元を追い出されて流人となっていたという。
巴留の国は今、鷹取別が厳しく支配し、他国者を寄せ付けないという。鷹取別は、大自在天の部下で、かつては高彦や蚊ヶ虎の同僚であった。荒熊は、自分が高彦であると鷹取別に正体を知られると、また迫害を受ける、と心配している。
蚊ヶ虎は、鷹取別なんか恐くない、吹き飛ばしてやる、俺が貴様を巴留の国の王にするのだ、とまた法螺を吹いて息巻いている。淤縢山津見がそれをたしなめる。
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04 00 - 本文
04 19 〔369〕
淤縢山津見は荒熊(高彦)が恐れおののいているのを見て、邪神に取り付かれたために、臆病者になってしまったに違いない、と診断した。そして天の数歌の神嘉言を奏上して人差し指から霊光を放射し、荒熊(高彦)を照らし出した。
荒熊はたちまち身体動揺をはじめ、荒れ狂って大地に倒れふした。その刹那、今まで憑依していた悪霊は荒熊の身体から脱出してしまった。
荒熊(高彦)は立ち上がると、大地を踏みとどろかして雄たけびした。淤縢山津見は元の勇ましさを取り戻した高彦の様子に喜び、巴留の国の都へ案内するように、と促した。
高彦は、鷹取別が日の出神を巴留の国に入れまいと、軍勢を動員していることを伝え、自分は鷹取別軍の動静を探るために、駆け出して行ってしまった。後に蚊ヶ虎は、幾百万の軍勢も自分が吹き飛ばす、と大見得を切っている。
淤縢山津見がたしなめても、蚊ヶ虎は一向に聞く気配はなく、ますます法螺を大きく吹いている。逆に蚊ヶ虎は怖気を見せた淤縢山津見に、宣伝使の覚悟はいかに、と問い詰めた。
淤縢山津見も蚊ヶ虎の的を射た指摘に、やや反省の色を見せた。そこへ高彦が戻ってきた。高彦の報告によると、鷹取別が動員した軍勢は、不思議にも人影もなくなっていた。
これは計略に違いない、と怪しむ高彦らに対して、蚊ヶ虎は意に介さず、刹那心だ、と嘯いて一人、どんどんと坂道を下って行ってしまった。
本文
04 20 〔370〕
淤縢山津見は高彦とその仲間四人らとともにブラジル山の西へ西へと歩を進めた。前方の原野には、黄昏の闇に燈火が瞬いているのが見える。
その中に、松明の光がこうこうと輝いて、大勢のわめき声が聞こえている。一行がその方向に向かっていくと、それは蚊ヶ虎が数百人の群集に取り巻かれながら、怒鳴りつけていたのであった。
蚊ヶ虎は巴留の国の軍勢に向かって、三五教の宣伝歌を歌い、黄泉比良坂の戦いが目前に迫っており、改心しろ、と説教している。
群集はそれを聞いて、きちがいだ、いや勇気のある宣伝使だ、とさまざまに批評している。
群衆の中から、へべれけに酔った男が蚊ヶ虎の前に現れて、酒を飲むなという三五教の教えにいちゃもんをつけはじめた。蚊ヶ虎は男の因縁を無視して、カン声を張り上げて酒を戒める歌を歌った。
男は怒って蚊ヶ虎を殴りつける。蚊ヶ虎はなおも酒をやめよ、と歌う。酔った男はますます怒って蚊ヶ虎を脅しつけるが、蚊ヶ虎がウーンと一声怒鳴りつけると、男はよろめいて転倒し、傍らの石に頭をぶつけて血を流し始めた。
この男は喧嘩虎と言って、巴留の国の鼻抓み者であった。誰も喧嘩虎を助けるものはいない有様であった。喧嘩虎は自分の悪口を言った仲間に喧嘩をふっかけ始めた。
蚊ヶ虎はそこへ割って入って、喧嘩虎に勝負を挑みかける。喧嘩虎は立ち上がって蚊ヶ虎に殴りかかった。蚊ヶ虎はただ、喧嘩虎の打つままに任せている。
そこへ、声さわやかな宣伝歌が聞こえてきた。
本文
04 21 〔371〕
蚊ヶ虎は喧嘩虎に殴られながら、平然として宣伝歌を歌っていた。群衆の中から喧嘩芳という男が現れ、喧嘩虎の加勢をして、蚊ヶ虎に打ってかかった。
しかし酔いどれの喧嘩芳の棒切れは、間違えて喧嘩虎の頭に命中した。それが元で虎と芳は激しい喧嘩を始めてしまった。
蚊ヶ虎は二人の間に割って入ったが、二人は再び蚊ヶ虎に殴りかかる。蚊ヶ虎はやはり平然として二人のなすがままにされている。群集は蚊ヶ虎の忍耐強さを見て、三五教を口々に褒めたたえた。
そこへ淤藤山津見が高彦(荒熊)を従えて、宣伝歌を歌いながらやってきた。淤藤山津見は蚊ヶ虎が血を流しているのを見て心配して声をかけるが、蚊ヶ虎は『血をもって世界を洗うのだ』とにこにこしている。
高彦(荒熊)は声を張り上げて、自分の改心を引き合いに、群集たちに三五教への改心を呼びかけた。
群衆は悪名高い関守だった荒熊が三五教に改心して力ある言葉で人々に語りかけるのを聞き、三五教を褒めたたえるのであった。
淤藤山津見は中央の高座に登って三五教の教理を説き始めた。これよりこの群集の七、八分は一度に三五教の信者となった。たくさんの駱駝を宣伝使に送り、巴留の都行きを助けた。この村は滝の村という。
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04 22 〔372〕
この日は巴留の国の国魂の祭の後、群集が直会の酒に酔いつぶれていたところ、蚊ヶ虎をやってきて、喧嘩虎との騒ぎに発展したのであった。
淤藤山津見の演説が終わり、宣伝歌を歌っていると、群衆の中から天女のような美人が現れ、地方の酋長の娘・五月姫であると名乗った。五月姫は宣伝使のお供をしたいと申し出た。
五月姫は巴留の国の東半分を治める闇山津見の娘であった。群集は威勢ある闇山津見の娘が宣伝使の供を申し出たことで、三五教の徳をますます思い知った。
蚊ヶ虎と高彦は五月姫と滑稽な問答をするが、五月姫は三人を館に招いて、教えを聞きたいと申し出た。三人は五月姫について闇山津見の館に進んで行った。
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04 23 〔373〕
蚊ヶ虎と高彦は、五月姫の心中を忖度しながら滑稽な問答を交わしている。淤藤山津見と五月姫が門内に入った後、蚊ヶ虎と高彦は締め出されてしまうが、再び招き入れられて館に入った。
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04 24 〔374〕
一行は夕食を振舞われた後、祝詞を奏上した。闇山津見は改めて宣伝使一向に向かい、黄泉国に行かれたはずの伊弉冊命が、ロッキー山に現れたということを巴留の国の棟梁・鷹取別(大自在天の部下)から聞いて、その真偽を確かめたいのだ、と切り出した。
淤藤山津見は竜宮から日の出神とともに伊弉冊命のお供をしてきた際、確かにロッキー山に行くということを聞いた、と話した。すると蚊ヶ虎の身体はにわかに振動し始め、口を切り出した。
神懸りした蚊ヶ虎は淤藤山津見の報告を否定し、ロッキー山に現れたのは大自在天・常世神王の妻、大国姫が化けたものだ、と託宣した。
淤藤山津見は審神にかかり、蚊ヶ虎に懸った神を霊縛しようとしたが、一向に効果がない。淤藤山津見はこれは邪神であるして伊弉冊命はロッキー山にいらっしゃると請合うが、蚊ヶ虎に憑いた神は言霊を使って淤藤山津見をしかりつけた。
淤藤山津見はたまらず神に許しを請うが、どうしても伊弉冊命がロッキー山にいることは確かであると主張した。蚊ヶ虎に懸った神は呆れて立ち去った。
淤藤山津見は自身が見聞きしたこととして、伊弉冊命がロッキー山に鎮まりいますことを闇山津見に請合った。その世は一同は三五教の教えの話に世を明かした。
伊弉冊命は火の神を生みました後、黄泉国にお出でになられたのは、黄泉国から荒び来る曲津神を封じるご神策であった。そのため黄泉国の曲津神たちは海底の竜宮に居所を変えて、再び葦原の瑞穂の国を狙っていた。
そこで伊弉冊命は今度は竜宮にお出でになって曲津神たちを封じていた。乙米姫を身代わりとして曲津神たちを封じた伊弉冊命は、日の出神に迎えられてロッキー山に立て籠もると言い置き、その実は天教山にお帰りになって、伊弉諾大神と合流していたのである。
この間のご経綸を知らない世の神人たちは、伊弉冊命がロッキー山に現れたと思っていたが、その実これは常世神王の妻・大国姫に悪霊が憑依して、伊弉冊命の名を騙っていたのであった。
常世神王は自ら日の出神を偽称して、種々の作戦を立てていた。これが後に、黄泉比良坂の戦いにつながるのである。
ゆえに、黄泉比良坂の故事に伊弉冊命とあるは、真の伊弉冊命ではなく、大国姫の化身なのである。
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04 25 〔375〕
淤藤山津見一行は三五教の教えを闇山津見に詳細に説き明かし、夜明けを迎えた。寝室で休もうとしていた三人の耳に、宣伝歌が聞こえてきた。
闇山津見の館に迎えられた宣伝使は、駒山彦であった。
駒山彦は死んだものと思っていた蚊ヶ虎は、幽霊だと思って恐れるが、駒山彦、淤藤山津見、高彦はそれをからかっている。
駒山彦は、筑紫の国からの船中で日の出神に出会い、三五教に改心した経緯を一同に語った。そして、淤藤山津見一行に加えてくれるようにと頼んだ。
そのとき、門外に幾百人もの人声が聞こえた。
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04 26 〔376〕
一行はすわ敵軍かと警戒するが、これは巴留の国の人民たちが、宣伝使がやってきてから鷹取別の軍勢が退却して行ったので、感謝のために貢物を持ってやって来たのであった。
蚊ヶ虎はこの騒ぎの中でまたもや滑稽なやり取りをして一同を煙に巻いている。
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04 27 〔377〕
空には一点の雲もない青空の下、四人の宣伝使は数十頭の駱駝に荷物を積んで、闇山津見夫婦に別れを告げ、大沙漠を横断して巴留の都に進もうとしていた。
そのとき五月姫は見送りの歌を歌ったが、そこには、神の教えを伝えるために一緒に宣伝の旅に出たいという思いが込められていた。
闇山津見は娘の心を察して、五月姫に駱駝を引き出して与え、宣伝使たちとともに宣伝の旅に行くことを許した。
蚊ヶ虎が出任せの宣伝歌を歌うと、沙漠に吹いていた風はぴたりと止んだ。一行は雑談にふけり、あるいは宣伝歌を歌いながら沙漠を横断し、巴留の都に到着した。
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04 28 〔378〕
一行は巴留の都の入口の森林に駱駝をつないて休息し、作戦を立てていた。淤藤山津見は大軍を持つ敵を言向け和す宣伝使の氏名について語り始めるが、蚊ヶ虎が茶々を入れておかしな問答にしてしまう。
そこへ長剣を提げ甲冑に身を固めた荒武者数十名の駱駝体が現れて、三五教の宣伝使を槍で突こうとする。
蚊ヶ虎は自分は盤古神王の忘れ形見・常照彦であると名乗り、武者たちに向かって大音声で怒鳴り名乗りを上げた。
その権幕に恐れてか、一目散に逃げ帰ってしまった。一同はその場で神言を奏上し、宣伝歌を歌いながら城下に向かって進んで行く。
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04 29 〔379〕
五人の宣伝使は、蚊ヶ虎を先頭に宣伝歌を歌いながら城下に進んで行く。
城下の人々はこの様を見て、噂話をしている。それによると、さいぜん巴留の都へやってきた三五教の宣伝使は、鷹取別の手下によって瀕死の目に合わされた上、沙漠に埋められてしまった、という。
また、先ほど戻ってきた駱駝隊は、真っ青な顔で火の玉が出た、と言って逃げ帰ってきたという。
宣伝歌を歌いながら城下に迫ると、幾千とも数え切れないほどの天磐船が、北方指して逃げていくのが見えた。
高彦が見上げると、城のやぐらには、巨大な火の玉が五色の輝きを見せて空中に揺らいでいた。一同は思わず大地に平伏し、拍手をして天津祝詞を奏上した。
淤藤山津見は高彦を巴留の国の守護に任命し、原山津見と命名した。そして天教山に急使を馳せて、木花姫の認許を奏上した。
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05 00 - 本文
05 30 〔380〕
高彦は、巴留の国の西部の守護職となって、国魂・竜世姫神の神霊を奉斎し、鷹取別の後を継ぐことになった。
一行は数日間滞在して国人たちに宣伝歌を教えた後、珍の国へさして進んでいった。蚊ヶ虎が珍山峠で川の水を飲んだ際、熱くて妙な味がすることから、上流に温泉が湧いていることを知った。
一行は旅の疲れを癒すために、温泉を訪ねることにした。するとはるか向こうに宣伝歌を歌う声が聞こえてくる。蚊ヶ虎は先に立って声のする方に行ってしまった。そして、後から来る宣伝使たち一行をしきりに呼びたてている。
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05 31 〔381〕
蚊ヶ虎の後を追ってやって来た宣伝使たちは、温泉が煙を上げてもうもうと湧き出ているところにやってきた。見れば、蚊ヶ虎は倒れている男の前で神言を奏上し、鎮魂を施している。
蚊ヶ虎は自分の鎮魂が効を奏さないので、淤藤山津見に鎮魂を頼もうと呼んでいたのであった。淤藤山津見は天の数歌を歌い、もろ手を組んでウンと一声息をかけると、倒れていた男は起き上がり、宣伝使たちに礼を述べた。
倒れていたのは、正鹿山津見(桃上彦)であった。正鹿山津見はこれまでの経緯を一行に語った。
正鹿山津見は、秘露の都を宣伝した後、巴留の国へ宣伝に向かったところが、鷹取別の手下によって重傷を負い、沙漠に葬られた。そこから夜陰にまぎれて逃げ出し、峠を越えようとして温泉があることを知り、傷を癒していたが、湯にあたって倒れてしまったところに、一行が来て助けてくれたのだ、と語り、改めて感謝の意を表した。
淤藤山津見は何事も神様のお引き合わせであると語り、一同は温泉の周囲に端座して神言を奏上した。
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05 32 〔382〕
珍山峠の温泉に一同は七日間休息し、またもや珍の国を指して進んで行く。蚊ヶ虎は駒山彦と軽口を叩きながら進んで行く。
正鹿山津見は、珍の国が見える峠に立って、日の出神から珍の国を守るようにと厳命を受けたにも関わらず、巴留の国へ宣伝に旅立ってしまったために、このような目に合い、命を危険にさらしたことの反省を語った。
蚊ヶ虎は五月姫の気を探るようなたとえ話を面白おかしく話して一同の旅の慰めをしている。
本文
05 33 〔383〕
日が暮れてきたところで、一同は夜を明かすことになった。正鹿山津見によると、この先は大蛇峠と言って大蛇がたくさん出るところで、夜に越えるのは危ないという。
一行は宣伝歌を歌い、野宿することになった。
蚊ヶ虎は目を覚まして、寝ている一同の顔を評論しながら、草の汁で落書きを始めた。そして自分には「世界一の色男」と書いて面白がっている。駒山彦が蚊ヶ虎の笑い声に目を覚まして蚊ヶ虎をたしなめるた。
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05 34 〔384〕
夜更けに吹く風が松を揺らす音に五月姫は目を覚ました。そして寝ている一同の顔を批評し始めたが、みな顔になにやら落書きがしてあるのを見て、思わず笑ってしまった。
蚊ヶ虎は寝た振りをして、五月姫の声におかしさをこらえている。駒山彦は五月姫の笑い声に目を覚まして怒ってしかりつけた。蚊ヶ虎はついにこらえきれず、大笑いをしてしまう。
その声に淤藤山津見と正鹿山津見も目を覚ましてしまった。そうこうするうちに夜が明けて来たが、それで一同は、それぞれの顔に落書きがされていることに気がついた。
一同は蚊ヶ虎のいたずらだとわかって呆れている。水のあるところまで行かないと、落書きを落とせないので、仕方なくこのまま大蛇峠へと進んでいった。
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05 35 〔385〕
夏の炎天に険しい坂を登って行き、一同の顔は汗によって蚊ヶ虎の落書きも落ちてしまった。山頂には腰を下ろすのにちょうどよい岩があちこちにあった。
一行は岩に座って休んだ。蚊ヶ虎は、『親子は一世、夫婦は二世、主従は三世』と殊勝なことを言うが、その意味として、おかしな解説を始める。
曰く、親子は一回限り、夫婦は二回まで換えてもよいから二世、主従は三回まで換えられるが、それ以上は換えられないから三世だ、という。
蚊ヶ虎の解説に一同は声を揃えて笑った。
本文
05 36 〔386〕
一同が蚊ヶ虎の講釈に笑っていると、どこからともなく青臭い風が吹いてきた。駒山彦は大蛇が近づいてきたかと警戒している。
駒山彦は空元気を出して、蚊ヶ虎と先を争って峠を下っていった。すると、ものすごい大蛇が道をふさいで横たわっている。淤藤山津見も近くまで寄ってみたが、あまりに大きさに越えることもならず、思案に暮れ、蚊ヶ虎に妙案がないか、と問いかけた。
蚊ヶ虎は大蛇につかつかと進みよると、拳を固めて大蛇の腹を叩きながら、説教を始めた。そして、天津祝詞を奏上して立派な人間にしてやるから、その代わりに一同を乗せて珍の国まで送ってくれ、と語りかけた。
大蛇は涙を流し、幾度となく頭を下げている。蚊ヶ虎は一同を招いて、大蛇に乗るようにと促した。一同は舌を巻いて呆然としていたが、蚊ヶ虎がひらりと大蛇に乗ると、五月姫が続いた。それを見た一行も大蛇の背に飛び乗った。
蚊ヶ虎は出放題の歌を歌っている。大蛇は勢いよく山を降って行った。
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05 37 〔387〕
大蛇に乗った宣伝使たちは、ものすごい勢いで山麓に降ってきた。気がつけば、一同は広い芝生の上に下ろされており、大蛇は影も形も見えなくなっていた。
大蛇を使う蚊ヶ虎の神力に、淤藤山津見、正鹿山津見、五月姫は驚き感心している。淤藤山津見は、これは蚊ヶ虎という名を宣り直さなければ、と言う。
正鹿山津見は、大蛇を使ったから大蛇彦という名を提案した。蚊ヶ虎は珍山彦という名を自ら提案し、一同は賛成した。
正鹿山津見はもうすぐ珍の都が近いことから、神言を奏上して宣伝歌を歌いながら行きましょう、と促した。正鹿山津見は節面白く宣伝歌を歌いながら進んで行く。
ようやく一行は、正鹿山津見の館に着いた。主の正鹿山津見が到着すると、中からは数多の僕が走り出て迎えた。淤藤山津見らは館に世話になることにした。
一同は湯船で旅の疲れを癒し、また珍味佳肴を振舞われ、正鹿山津見の厚意に感謝した。その夜は正鹿山津見を中心に、国魂の神を祀る神前に向かって天津祝詞を奏上し、宣伝歌を歌った。一同は疲れて熟睡し、あくる朝目が覚めると、また旅の四方山話にふけっていた。
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05 38 〔388〕
一同は神前に神言を奏上し、賛美歌を唱えて休息していた。正鹿山津見はふすまを開けて入り来た。そして御飯の用意ができたことを告げた。
蚊ヶ虎は妻のない正鹿山津見の様子を見て、一国の守護職であり宣伝使でもある正鹿山津見に、女房を世話しよう、と申し出た。そして、候補に五月姫を挙げた。
淤藤山津見が正鹿山津見にこのことを伝えた。また、蚊ヶ虎の説き諭しに五月姫は涙を流して感謝の意を表し、承諾した。
ここに一同は盛大な結婚の式を挙げた。直会の宴のさなか、番頭の国彦がやってきて、聖地エルサレムから正鹿山津見を訪ねて三人の娘、松代姫、竹野姫、梅ヶ香姫がやってきた、と伝えた。正鹿山津見は嬉しいことは重なるものだと言って喜んだ。
正鹿山津見はかつて聖地の天使長・桃上彦であった。兄・広宗彦や行成彦の神政を奪って体主霊従の限りを尽くし、地の高天原は混乱の極みに陥った。妻は病死し、自分は常世彦・常世姫によって追放されたのである。
船に乗っていたところ暴風にあって船は転覆したが、琴平別の亀に救われて竜宮城にいたり、門番となって長い間艱難辛苦を嘗めたが、日の出神に救われて、珍の国の守護職となった。
正鹿山津見の三人の娘は、神夢に感じてはるばるここに訪ねて来た。黄泉比良坂の上で黄泉軍を待ち討った伊弉諾命の三個の桃の実とは、すなわち桃上彦の三人の娘の活動を示したものである。
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06 00 - 本文
06 39 〔389〕
伊邪那岐命は天系・霊系に属する神であり、地球を修理固成された国常立尊の後を継いだ御子神である。
古事記にあるように、迦具土神すなわち火の神が現れた。今日の文明は、火によって支えられている火の文明が現れた、ということである。
その火力によって、地球の表現神である伊邪那美命がほとんど死んだような状態になってしまったのである。伊邪那岐神はこれを見て、何ほど文明が進んだとしても、地球には換えられぬ、と言ったのである。
今日の世の中はまったく死人同様で、日本魂が残っているところはどこにもなくなってしまっていたので、泣き悲しみたもうた。これが泣沢女神という。
伊邪那美神は神去り、世の中は乱れて怪しい雲きりが立ち込めている。古事記に比婆の山に葬られたとあるのは、霊と体の分水嶺に立って、神が時機を待たれた、という意味である。
十拳剣を以て迦具土神の頸を斬られた、というのは戦争をもって物質文明の悪潮流を一掃された、ということである。首とは、皇帝や大統領など各軍国主義国の首領を指している。
古事記に、斬られた迦具土神の血からさまざまな神々が現れたというのは、さまざまな暗い思想が勃発して、主義の戦いが始まった、ということを意味している。たとえばここに言われている建御雷之男神は、天神の御使いの神のことではなく、実力行使の暴力思想を暗示した記述なのである。
伊邪那岐神によって迦具土神が殺されたというのは、戦争をもって軍国主義を一掃された、ということなのである。今回の五年にわたる戦争の結果は、火の文明の滅亡を意味しているのである。
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06 40 〔390〕
殺された火の神の頭に現れた神、というのは言論界に現れた悪神ということである。胸に現れた神とは、政治家や大臣など、国を治める立場の人々の悪思想を表している。
同様にして、中流階級、農民階層、実業家などにも利己主義・物質主義がはびこっていることを暗示している。
伊邪那美命が黄泉国の食事を食べたために、元の世界に戻れなくなった、とあるのは、物質文明の毒のために、地球上の霊魂が汚された、ということを現している。
伊邪那岐命は霊で、伊邪那美命は体である。この世は霊ばかりではいけない、霊肉一致でなければならない。日本は霊主体従の教えをもっと世界万民を安育しなければならない。
古事記に言う黄泉国とは、今日の悪化した世の中を指している。そこに霊系の伊邪那岐神が御降りになったということは、精神文明の徳をもって、森羅万象一切のものを愛撫するという至仁至愛の大御心から地球を完成される、ということである。
火力文明のために黄泉国となってしまった世界を、一度元に還そうということである。神の教えにしたがって神が改心し、国魂が改心し、人民が改心して完全な国を造れ、悪の守護神も改心してくれ、ということである。
伊邪那美命がもう少し早くご注意くだされたら、とお答えになった。そして黄泉神と相談するというのは、黄泉国を支配する体主霊従の主権者たちを説き伏せよう、ということである。
しかしなかなか黄泉神たちの議論がまとまらない様子を示している。
本文
06 41 〔391〕
伊邪那岐神が櫛を灯して見たというのは、奇魂の「くし」であって、誠の神の霊智霊光の発動を現している。日の神の御光である。
天津日嗣は一人しかおられない。日の大神の御聖徳を輝かし、その大御心をもって世界を調べたのである。すると世界の人民の心は蛆のようになってしまっていた。
古事記に、伊邪那美命の各所に雷神がいた、というのは、世界の各階層のひとびとの思想が悪化してしまっていることを表している。
大本は一つ火、霊主体従の神教を天下に宣伝していたが、頭に成れる雷神の大圧迫が落下して、各種の妨害を受けたのである。
また大本内部にも、役員信者の中に利己的な目的をもって潜んでいる分子が存在ししている。
伊邪那岐神が伊邪那美神の惨状を見て、黄泉国から逃げ帰られたというのは、世界の惨状、人民悪化のあまりの矛盾撞着に呆れられた、ということである。
本文
06 42 〔392〕
醜い姿を見られた伊邪那美命が、恥をかかせられたと言って予母都志許売を遣わして追わせた、というのは、大本の一つ火の明光に照らされた悪神たちが、逆に圧迫妨害を加えて四方八方から攻め立てる、ということなのである。
伊邪那岐命が黒御鬘を取って投げ捨てると、蒲子が生った、というのは、幽玄な神の御教えを天下に宣伝すると、美しい誠の新信者ができた、ということである。黄泉醜女が、一人一人に圧迫を加える、ということである。
ここにおいて神はついに、神界の一輪咲いた梅の花である経綸を現して黄泉醜女に向かって宣伝した。すると箏という上流貴紳の了解を得て、大本の使命が純忠純良なことが天下に知られる、ということである。
邪神の頭株が大本の経綸を破壊しようと苦心しつつあるうちに、神国の危機を救うべき準備を整えていくことである。
黄泉軍とは、大本にたとえると社会主義者、仏教家、キリスト教徒などが露骨な圧迫を加えてくることである。世界にたとえると、侵略とか利権獲得などの良からぬ目的のために戦いを起こす賊軍のことである。
ヒラサカとは、尊厳無比にして世界全体を照らし、統一し、仁慈を施す神軍である。霊系の大本神である日の大神の徳と万世一系の皇徳を備えている。⦿(ス)に変あるときは、水の精である月光が世に出て皇国の栄を守り、抑え忍んだ公憤を発して向かい戦い、神威皇徳を世界に輝かすという、神軍のことを言うのである。
坂本は大本のことであり、三つの桃は瑞霊の御魂のことである。瑞霊が十拳剣の精なる神の教えによって待ち討つとき、黄泉軍はことごとく敗走した、ということである。
伊邪那岐命は自分の命を救ってくれた、と桃の実つまり瑞霊とその聖なる団体に向かって賞賛された。今後においても、万一危機が出来したら、報国の大活躍をして万民を救え、と言い、オホカムツミと名を賜った。
オホカムツミの言霊は、惟神の大道を天下に宣伝する至誠至忠の聖団、忠良な柱石神である、というご賞賛である。今の世に、麻柱の大道を実行する大神津見命は、今いずこに活躍しているのだろうか。
本文
06 43 〔393〕
そして最後には、世界全体が一致して日の神の御国へ攻め寄せてくるのである。これが最後の世界の大峠である。
千引岩とは、君国を思う勇士の軍隊のことである。国家鎮護の神霊の御威徳、国防軍である。霊主体従国と、体主霊従国は、その国魂相応のやり方で立て分ける、という神勅が、事戸を渡す、ということである。和光同塵的なやり方ではもう行かない、ということである。
古事記に伊邪那美命が一日に千人を殺す、というのは大本の信者を一日に千人妨害して離教させようという邪神の企みを示している。それに対して、生まれ赤子の人民を千五百人養成しよう、と返しているのである。
人民を養成するチイホウブヤとは、神の血筋の因縁の御魂が寄り集まって霊主体従の本領を発揮する聖場である。綾部大本の神示の経綸がチイホウブヤ(千五百産屋)である。
黄泉大神は道敷大神とも言われる。チシキとは外に向かって乱を起こし、正道を妨害する大神、ということである。
それにたえして伊邪那岐命が道に置かれた道返大神は、邪道・邪神を防ぐ神ということである。
古事記に言うイフヤザカ(伊賦夜坂)とは、善悪正邪の分水嶺である。黄泉軍の経綸は惟神の大道に反している。ゆえに大動乱の末に破滅に至るのである。
どこまでも徳を積み重ね、よく隠忍して天下の大徳を保つ日本に対して、世界各国はほとんど争乱の極みに達して、正義人道は地を払い、⦿スに事のある暴国となっている。
ここに、仁義の神の国は、一切の善事瑞祥を発生して、仁慈大神の神世に復し治めるべきである。そうして、暗黒界に光を輝かせて、妖軍に悩まされて滅亡せんとする国土人民に対して、身命を投げ出して救助するべきである。
治国平天下の神の鍵を握るときであり、治乱・興亡の大境界線である現代も、またこれ、古事記に言う「出雲の伊賦夜坂」というべきものなのである。
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