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霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第33巻 海洋万里 申の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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中津御代から体主霊従の邪な教えがはびこって、世人は悪い風習に移ろい、神の大道を粗略に思う人が多く出た。月日とともに天津神・国津神をまつる神社も衰えて、蕃神は天地の大御祖神をおしこめてしまった。
神の御国をかき乱したことを慷慨し、思うあまり大本の皇大神の御教えを説き明かし、深く由緒をよく諭し、尊い珍の御柱に作り上げようと、瑞月が神の御命を畏みて大正十年九月八日より、神のまにまに述べ立てる。
尊き神代の物語を編み初めたのは嬉しいことだ。この大本に集い来る信徒たちはもちろん、あまねく世人に神界の奇しき消息の大略を悟らせ給へと願い奉る。
信徒たちはおのおの、霊の御柱を突き固め、異議曲論がはびこっても口論することなく、主一無適の信仰を続けて経と緯との教えを信じたまえかし。
国常立大神は三千年の長きあいだ、根底の国深く隠れて現世浦安国と平けくしろしめようと神はかり給うたありがたさ。
信徒たちよ、奇しき神代の物語を心静めて読み上げて、大神の心を悟って一日も早く尊い大神の柱となり、神業に仕えて世界を太平に進め開かせたまえ。瑞月が真心こめて天地の神の御前に願い奉る。
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今日はなんという吉日であろうか。万代祝う亀岡の瑞祥閣の立てられた万寿苑の空は蒼々と澄み切り渡り、初秋の空をかすめてゆるゆると翔ってきた二羽の田鶴。
折から出口瑞月が、富士の高峰に鎮まりいます木の花咲哉姫の御経綸によって述べる物語も、三十三巻を述べ終わった。東の方を見れば、吉祥の瑞をあらわす常盤の松に羽を休め、綾部の方を眺めている鶴の姿も勇ましい。尊い神の開いた教えの花の千載に輝くとき、いや光る功は手に取るごとく思われる。
天の岩戸の奥深くに隠れいませる大神の稜威も出づる神の道を、闇夜を照らす瑞月が歓び勇んで大本の瑞兆をまつぶさに示し給うたものであると、小松の茂る神の園の鈴虫や機織虫、キリギリス、コホロギらの声が清く照り渡るように聞こえてきた。
めでたい田鶴が舞うように、高ねの空に皇神の畏き教えを敷島の大和心の隅もなく照らさせ給え。天地の神の前に謹んで、大正十一年九月二十日の瑞祥を後日のために記しておく。
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01 01 〔916〕
結婚の式が今宵に迫り、松若彦と捨子姫は準備に全力を注いで、信徒たちに指示を出しつつ、いずれも東奔西走していた。
しかし高姫のみは、これまで体主霊従の限りを尽くしてきた国依別が、瑞霊大神様の娘子と婚姻するなどとんでもないと、夜叉のごとき勢いで駆け巡っていた。高姫は松若彦の館にやってきて、門口にて大声で呼ばわった。
カールが出迎えて、軽口で高姫をいなそうとするが、高姫は主人に会わせず門口で門前払いするとはけしからんと、むりやり館に入ろうとする。カールと高姫は言い争いになってしまう。
松若彦は奥からあわただしく走り来て、今は忙しいからまた日を改めてほしいと高姫に懇願した。高姫は、五分でいいから話を聞いて頷いてくれればよいと詰め寄る。松若彦はそれならと頷いて、そのまま奥に走り逃げてしまった。
高姫はいきりたって館の奥へ走り込み、松若彦を探して追いかける。そのうちに、ふと館から外を見ると、松若彦が裏道を逃げていくのが見えた。高姫は悔しがり、松若彦を追っかけて行った。
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01 02 〔917〕
カールは高姫の後を追って館の中へ入って行ったが、裏道を松若彦が逃げ、そのあとを高姫が追っかけているのが見えた。カールは高姫の執念深さにあきれつつ、松若彦が追いつかれることはないだろうと、玄関口へ戻ってきた。
そこへ常彦と春彦が慌ただしくやってきて、高姫の行方をカールに尋ねた。カールは得意の軽口で状況を説明する。常彦と春彦は、高姫がこのたびの結婚に反対で走り回っているのを止めようと、探しているのだという。
カールはそれを聞いて、常彦に代わりに留守番を頼むと、自分と春彦でそれぞれ、高姫の後を追って行くことにし、駆け出した。
二人が駆けてしばらく行くと、横幅三間ばかりの深い川が流れており、丸木橋がはずされていた。見れば高姫が川底にのびて横たわっている。カールと春彦は高姫を助け出した。二人は高姫を、高姫の臨時館に運び込み、鎮魂を施した。
高姫は気が付いたが、助けてもらいながら、カールと春彦に憎まれ口を叩き続けた。春彦は怒り心頭に達し、傍らにあった木株の火鉢を取って、高姫に殴りかかろうとする。カールは必死に止めるが、高姫は憎まれ口をやめない。
ついに火鉢がひっくり返って三人は灰まみれになってしまった。三人は真っ黒けになりながら、金切り声で掴みあっている。
そこへ言依別命が門口の戸を開けてやってきた。
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01 03 〔918〕
言依別命は、激しい喧嘩の後を見て取って、これはどうしたことかと高姫に尋ねるが、高姫はこれも全部、言依別命のせいだと悪態をつく。また春彦と言い合いになるが、やにわに高姫は泡を吹いてその場に倒れてしまった。
春彦はいい気味だと嘲るが、言依別命とカールに諭され促され、三人は禊をして高姫に鎮魂を施した。
高姫は目をさまし、三人は高姫に話しかけるが、高姫は一時的に言霊の使用を神様より許されておらず、身振り手振りで不満と反対をあらわしている。
言依別命は高姫が言霊を再び使用できるようにと神様に祈願したが、なにゆえか言霊の発射がうまくできなかった。しかたなく春彦に高姫の介抱を願いおき、自分の館をさして帰って行った。
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01 04 〔919〕
捨子姫は結婚式の準備に繁忙を極めていたが、松若彦が慌ただしく走り来たった。捨子姫の居間に通された松若彦は、高姫が自分の館にやってきて熱心に反対運動をしに来たことを告げ、捨子姫に注意を促した。
捨子姫は松若彦の報せに感謝し、ただし自分はすでに腹を決めているし、昨日国依別に会った時も、国依別本人が固い決心だから、何が起ころうとも安心するように、と松若彦をなだめた。
そこへ言依別命が松若彦を尋ねてやってきた。一緒に盛典を成功させようと、二人は御殿に向かって行こうとしたとき、高姫は髪を振り乱して捨子姫の館の玄関口にやってきた。いつの間にか言霊停止は解除されて、怒鳴りたてている。
後からカールと春彦がやってきて追いついたが、松若彦は玄関まで出て、取り込み中だから帰るようにと高姫に告げるが、高姫は必死にこの結婚が大神様への侮辱になるからと訴えた。
松若彦は高姫に上がるようにと言った。高姫はカールとちょっとやり合い、松若彦に憎まれ口を叩いた後、捨子姫に意見を始めた。
しかし捨子姫の結婚賛成への意見は堅く、逆に言依別命、松若彦とともに、高姫の反対意見に対して諭して聞かせた。高姫もついに我を折って、ここはおとなしく改心することになった。
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02 05 〔920〕
末子姫と国依別の結婚も、ようやく高姫のしぶしぶの同意を得て、執り行われた。言依別命が祭主となり、めでたく神前結婚の祭典は済んだ。直会の宴に移り、十二分の歓喜を尽くし、各々歌を歌い、舞い、踊りなどして慶事を祝した。
言依別命は恭しく神殿に拝礼し、礼服を付けたまま、声しとやかに歌い始めた。その歌は、自転倒島から国依別とともに出立した経緯を歌い、時世時節によって高くまた低く生まれることは神界の幽玄微妙の御経綸であるが、魂の宿る肉体に尊卑はあれども、その源は同じ御神の分霊であると歌って祝いの言葉を継いだ。
次に松若彦が立って祝歌を歌い、続いて捨子姫が祝歌を歌った。捨子姫の祝歌には、自らの末子姫との出会いからこれまでの経緯を歌い、末子姫夫婦への祝いの言葉で締めた。
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02 06 〔921〕
続いて高姫が祝歌を歌い始めた。その歌は、国依別の若いころの極道ぶりを歌い、また三五教に改心してからのいたずらも明かしていた。
高姫自身はなぜ国依別が瑞霊大神の眼鏡にかなって水晶無垢の末子姫と結婚できたか合点がいかない、と正直に吐露しつつも、このように国依別の過去の行いを皆の前で明かすのも、これからは末子姫を妻として大事に仕えよ、という老婆心から苦い言霊をあえて進呈するのだと歌った。
そして高姫は、これ以降は国依別に対して一切万事、口を出さないと宣言し、三五教の御教えを守って夫婦の道を違えないようにと諫めの言葉で締め、天地の神々に祈りを捧げつつ歌い終わり、元の座に戻ってツンと座り込んだ。
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02 07 〔922〕
続いて鷹依姫が銀扇を開き、これまでの経緯を読み込んだ祝歌を歌った。竜国別の祝歌は簡単であれ国依別への厚い友情を読み込み、感嘆しない者はなかった。
石熊も、これまでの三五教への改心からの経緯を読み込んだ祝歌を歌った。
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02 08 〔923〕
春彦は、高姫に自転倒島から着いてきた経緯を歌い、宴席のめでたい場で国依別の過去を非難するような歌を歌った高姫を皮肉った。そして国依別と末子姫への祝いの言葉で祝歌を締めくくった。
テーリスタンは、鷹依姫のアルプス教から三五教に改心し、高姫に聖地を追い出された経緯からこれまでのことを歌い込み、また高姫への注意を交えて祝歌を歌った。
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02 09 〔924〕
カールは結婚に際して高姫が反対した経緯を歌い、高姫が松若彦を追いかけて谷へ落ちて自分と春彦に助けられた顛末を歌った。祝歌の中で、高姫に対して心の持ちようについて注意を与えた。
続いて常彦は、やはり自転倒島から高姫に着いてきた経緯を歌い、高姫は憎まれ口は叩いているが、国依別に対する皮肉歌の件は、大神様の道を思う真心のあまり国依別に対してきついことを言ったのだと、高姫を擁護した。
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02 10 〔925〕
神素盞嗚大神は、日の大神・神伊邪諾尊と、月の大神・神伊邪冊尊が自転倒島で婚嫁の道を開き給うた古事から歌い始めた。そして国依別と末子姫の夫婦を祝し、瑞の御霊の神柱である自身の名をもって、皇大神に夫婦の幸せを願った。
また言依別命や松若彦をはじめ、三五教の神司たち、信徒たちの真心を愛で、神の代の柱となり礎となるように諭した。永遠に神の大御前に仕えて清き心を濁さないようにと、夫婦の幸を寿ぎつつ、一同に神の心を誓いおいた。
神素盞嗚大神は歌い終わると、欣然としてそのまま奥殿に姿を隠し給うた。
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02 11 〔926〕
高姫は神素盞嗚尊のお歌に感じ、自ら手を打って踊り舞い、心の底から打ち解けて懺悔の歌を歌うと、席に戻った。
国依別は自らの出自を歌に歌いこみ、言依別命の教主に宣伝使に任命されて神業に仕えていた経緯を歌った。そして末子姫との婚礼に際して、高姫をはじめ数多の神司から祝いの歌をもらった喜びを歌い、夫婦の幸を神々に願った。
末子姫は国依別の歌に対して言霊歌で応えた。父大神の御心を継ぎ、夫婦の幸の願いを言霊歌に歌いこんだ。そして、国依別とともに父大神の後を追い奥殿に進んだ。ここに結婚祝賀の歌も終わり、各自館に帰って行った。
後に捨子姫は、国依別・末子姫夫婦の媒酌で松若彦に嫁ぎ、国依別夫婦に仕えて偉功を立てることになるのであった。
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02 12 〔927〕
神素盞嗚大神は、言依別命とカールを連れて天の鳥舟に乗り込み、国依別夫婦一同に見送られてウヅの都を後にし、フサの国の斎苑の館への帰途についた。
大神は、高砂島は殊のほか神が選んだすばらしい場所であり、それゆえ日々固く神の教えを守って人々を導くように、という道歌を残した。
国依別は、大神の歌に応えて決意を歌い、また言葉に尽くせぬ感謝を歌って大神との別れを惜しんだ。末子姫も空を打ち仰ぎ、別れを惜しみ、父大神への感謝とこれからの高砂島の司としての決意を歌った。
末子姫の歌の中には、カールが木花姫命の化身であることが明かされていた。末子姫は歌いまた述懐を終わると、一同に会釈をして神殿に進み入った。
竜国別は歌の中に、大神との別れを惜しみ、自分は今後、母・鷹依姫とともに自転倒島へと帰るつもりであることを詠み込んだ。
高姫も大神との別れを惜しみ、大神への感謝を述べ、国依別と末子姫の前途を祝しまた高砂島での活動を任せつつ、高砂島一同への別れを歌に詠み込んだ。
鷹依姫も大神への思いを述べ、これまでの述懐を詠みつつ、自転倒島への帰還と、まだ果たせぬ玉探しの行く末を思う歌を歌った。
テーリスタンとカーリンスもそれぞれ述懐の歌を歌った。高姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス、常彦の一行はウヅの都に別れを告げ、テル山峠を越えてハラの港に出て、自転倒島に向かって帰ることとなった。
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03 13 〔928〕
高姫ら一行は玉への執着を捨てて、自転倒島への帰還の途に足取りも軽く、テル山峠にさしかかった。竜国別の発案に一同はここで休息を取ることとなった。
竜国別は、ここは桃上彦命の御代に、松竹梅の三姉妹が黄泉比良坂の戦いに赴くにあたり、ウヅの都に別れを告げた古事の場所だという歴史を物語り、また末子姫がウヅの都に行くにあたって休息し歌を歌った場所でもあると語った。
そして、一行の棟梁株である高姫に、歌を所望した。高姫はちょうど何か歌を歌おうと思っていたが、出放題の歌だから笑っちゃいけないと前置きして、歌い始めた。
その歌は、この暑さにかけて国依別と末子姫の夫婦仲を茶化してからかい、また玉への執着を去った自分にも伴侶が得られないかと大神に願うという半ば自虐的な滑稽歌であった。
一同は笑い、常彦、テーリスタン、竜国別は互いに軽口を叩きあった。高姫は、今度は言いだしっぺの竜国別に、歌を所望した。竜国別はテル山峠の歴史を歌い、ウヅの国への惜別の念を歌った。
一行は峠を下ると、石熊が大蛇に魅入られて末子姫に助けられた乾の滝に立ち寄り、禊を修して祝詞を上げ、一昼夜投宿した。続いてハラの港に進み、高島丸に乗って帰国することとなった。
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03 14 〔929〕
テーリスタンは、カール並みに滑稽な歌を歌いながら坂道を下り、一行は腹をかかえて笑いながら下って行った。
一行は乾の滝に着いた。見れば男が一人、禊を修しているのが見えた。高姫はまっさきに滝壺めがけて飛び込んだが、それきり見えなくなってしまった。竜国別たちはあわてて滝壺を捜索したが、高姫は見つからなかった。
滝で禊をしていた男は、鷹依姫の前に来ると挨拶をなした。鷹依姫は男に、一行の一人が滝壺で姿が見えなくなり、探しているところだと窮状を訴えた。
男は高島丸の船長をしていたタルチールだと名乗った。そして、高姫は神様に祈願もせずに真っ先に滝壺に飛び込んでしまったため、神様に修行をさせられているが、命に別状はないだろうと答えた。
やがて、滝壺の捜索から上がってきた常彦は、タルチールを見知っていて、高島丸での道中を思い起こしてしばらく話にふけっていた。
そのうちに、高姫が茂みの中から美しい女二人に手を引かれて姿を現した。高姫は心配をかけたお詫びを述べると、滝壺の中で真っ赤な者が自分の足を加えて引っ張って行き、浅い池に導かれ、その池の岩島から二人の女が現れて自分を導いてくれたのだ、と語った。
女は比沼の真奈井の宝座に仕えていた清子姫、もう一人は妹の照子姫であると語った。二人は琉球の近海で言依別命から高姫や鷹依姫一行の玉探しのことを聞かされ、常世の国の宣伝を命じられた後、この場所で一行が来るのを待っていたのだと語った。
そして、自分たちも修した、結構な乾の滝の水くぐりの修行ができた高姫は、もう大丈夫だと太鼓判を押した。
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03 15 〔930〕
高姫一行は清子姫・照子姫と別れて、ハラの港を目指して行く。
清子姫と照子姫は琉球を出て高砂島にやってきたとき、言依別命の命によって三倉山の谷川に進んで国魂神・竜世姫命の宮に詣で、国人たちを教え導いていたのであった。
そしてヒル、カル、間の国を経て常世の国にわたり、鬼武彦ら白狐神たちに守られてロッキー山の鬼城山に至り三五の道を宣伝した。その後清子姫は日の出神の命によりヒルの都の楓別命の妻となり、照子姫とともにこの瀑布にやってきて百日百夜の修行をしようとしていたところに、高姫一行に出会ったのであった。
後に照子姫は国依別の媒酌によって石熊の妻となった。石熊は国依別から光国別という名を授かり、高照山の館に三五教を開いた。そして楓別命夫婦と合い協力して、ヒル、カルの国にまだ残っていた大蛇を退治する大神業に奉仕することとなった。
ウヅの国に残った春彦は、タルチールとともに常世の国を越えて北方の雪国まで進み、抜群の功名を立てたが、その物語はまた後日とする。
高姫たちはハラの港から高島丸に乗り込んだ。高姫は船中の人々の雑談を聞くともなしに聞いている。松公と鶴公は、高姫が高砂島にやってきたときの無茶な振る舞いを話のネタにして、わざと船中の人々に聞こえよがしに高姫を非難している。
テーリスタンが話に割ってはいると、二人は実はウヅの館の松若彦の命で、高姫を追ってきた三五教の宣伝使だと明かした。二人は、神素盞嗚大神様の御内命で、高姫たちに麻邇の宝珠の誠の御用がさせたいために、付いて教訓を垂れていたのだと語った。
そしてまた、自転倒島に着いたらさらに明かす秘密があると言い、一行は道中を共にすることとなった。
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03 16 〔931〕
日が没してあたりが闇に包まれた中、高姫は宣伝歌を歌い始めた。高姫は、これまでの高砂島での述懐を述べ、最後に乾の滝の水道くぐりの行によって心の雲霧も晴れたという改心を歌った。
この歌を聞いた松彦は、闇の中で歌い始めた。松彦は、高姫の監視を任された自分が、高姫の改心の歌を聞いて喜びに堪えない心の内を歌った。そして松彦と鶴彦の二人は、高姫に付いてその使命を果たさせる覚悟であることを歌った。
竜国別も、暗夜の中、述懐の歌を歌った。そして高姫の心からの改心の歌を聞いて感動し、感謝の気持ちを歌に表した。
本文
03 17 〔932〕
高島丸はテルの国から西へ進んで、現今の日本国台湾島へ戻ってきた。今日の航路から見ると反対方向へ迂回しているのは、三十万年前の地球の傾斜と潮流に関係している。当時は蒸気の動力はないが、先客一同がかわるがわる櫓かいを漕いで進む船で、風の有無にかかわらず航行ことができた。
一行は竹島丸に乗り換えて、由良港の秋山彦の館に安着した。夕餉を済ませた高姫らはくたびれて各自寝間にて寝てしまったが、言依別命から監視役を命じられて来た松彦は、一睡もせずに秋山彦夫婦と、高姫の身の上や麻邇の宝珠に関することを協議した。
聖地からは東助、加米彦らが高姫たちを迎えに由良川を下ってやってきた。松彦は神素盞嗚尊と言依別命からの密書を携えていたので、秋山彦は密書について協議すべく、高姫、鷹依姫、竜国別を招いて意見を聞くことになった。
秋山彦は、竜宮の一つ島から五個の麻邇の玉が出た際、高姫、黒姫、鷹依姫、竜国別がその御用をしなければならない因縁だったのだと明かした。しかし高姫と黒姫は一つ島に来ていながら、この島には玉はないとあきらめて帰ってしまった。
また鷹依姫と竜国別は焦って、見当違いの高砂島に玉探しに行ってしまっていた。そこでやむを得ず、黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫に臨時に御用をさせたのだと明かした。
秋山彦は、今度麻邇の玉の御用をし損なったら末代取り返しがつかないことになるので、神素盞嗚大神様が、吾が子である言依別命に罪を負わせてお膳立てをしたのだと高姫たちに明かした。そして、神素盞嗚大神、言依別命、国依別からの神書を取り出した。
高姫はここで初めて大神の大慈大悲の心と、言依別命と国依別の真心を悟った。そして鷹依姫、竜国別とともにその場に泣き崩れ、神恩に感謝したのであった。
そこへ、筑紫の島から玉治別と秋彦が、黒姫を連れて帰ってきた。ここに四人の身魂は久しぶりに顔を見合わせることになった。
秋山彦は神書を開いて読み上げた。
国治立命は国武彦命と身を下し給い、豊国姫命は国大立命と身を下し給うた。国大立命は再び変じて神素盞嗚尊となった。
国武彦命は四尾山に隠れ給い、神素盞嗚尊はウブスナ山の斎苑館に隠れ給うた。これは神政成就の錦の機を織りなす神界の大準備に着手すべき身魂の因縁である。
稚姫君命の御霊の裔である初稚姫は金剛不壊の如意宝珠を永遠に守護し、国直姫命の御霊の裔である玉能姫は紫の玉を守護し、言依別命は黄金の玉を守護する。
梅子姫命は紫の麻邇の玉を守護し、高姫は青色の麻邇の玉を守護し、黒姫は赤色の麻邇の玉を守護し、鷹依姫は白色の麻邇の玉を守護し、竜国別は黄色の麻邇の玉を守護する。
これがそれぞれの身魂の因縁であり、これより四人は麻邇の宝珠を取り出し、綾の聖地に向かうべし。
万劫末代の神業であるため、なんとしても四人に神業を成就させるべく、高姫以下の改心が遅れた罪を言依別命に負わせて、麻邇の玉の御用を命じるものである。
四人は感謝の涙にむせび、神殿に感謝の祝詞を奏上した。秋山彦は黄金の鍵を取り出して高姫に渡した。そして密かに沓島に至って命じられたとおりに玉を取り出し、聖地に戻って神業に参加するようにと申し渡した。
四人は喜び勇んで裏口から抜け出し、沓島に向かって漕ぎ出した。高姫以下四人は、神素盞嗚尊の無限の仁慈のお計らいによって罪穢れを赦され、身魂相応因縁の御用を奉仕させられることとなった。
本文
03 18 〔933〕
秋山別は東助ら聖地から集まった人々の前に現れ、言依別命が責任を負って聖地から退任された麻邇の宝珠の大事件の顛末について報告した。秋山別は、麻邇の宝珠は高姫たち四人の熱誠によって再発見されたと宣言し、四人は後程宝珠を携えて聖地に戻るだろうと告げた。
一同は高姫らの活躍で大事件の解決がついたことを意外に思いながらも、聖地に戻って行った。東助は聖地に戻り、秋山別の言葉を取次ぎの紫姫と英子姫に伝えた。それを聞いた玉照彦と玉照姫はニコニコと頷き、喜び、祝詞を上げると信徒たちに目礼をして奥殿に姿を隠した。
紫姫は東助に、玉照彦、玉照姫、英子姫の三柱によれば、高姫ら四人は明日、宝珠を携えて聖地に戻るだろうから、歓迎の準備をするようにと依頼した。
開けて九月八日、高姫たち四人は、それぞれ麻邇の宝珠を携えて聖地に現れた。そして神殿に進み、各々玉を奉持して無言のまま控えている。そこへ、玉照彦、玉照姫、英子姫、紫姫が礼装を整えて現れた。
そして各々一つずつ麻邇の宝珠を受け取り、頭上高く捧げて錦の宮の神前に進んで安置した。そして八尋殿に戻ってくると、高姫ら四人を殿内に導き入れ、共に感謝祈願の祝詞を奏上した。
八人は教主殿の奥の間に進んで、互いに神業成就の歓を尽くし、無事の帰国と成功を祝した。英子姫は高姫にねぎらいの言葉をかけた。
高姫は英子姫に対し、神様のお道を思うあまりにかえって道を踏み外し、瑞霊の行いを悪だと思いつめて力いっぱい妨害していたことを心から詫び、身魂の相応の御用を仰せ付けてくださるようにと謙虚に赦しを請うた。
英子姫は、高姫の言を聞いて喜んだ。鷹依姫、黒姫、竜国別もそれぞれ、感謝の思いを披露した。玉照彦と玉照姫は、四人に鎮魂を施した。
高姫は初めて今までの我を払しょくし、青色の麻邇の宝珠の神業に参加することを決意し、金剛不壊の如意宝珠は吾が身の業ではないことを悟ったのであった。
金剛不壊の如意宝珠の御用を務めた初稚姫は、錦の宮の八尋殿の教主となった。紫色の玉の御用を務めた玉能姫は、夫の若彦とともに、生田の森の神館に仕えることとなった。若彦は、後に国玉別という名を賜ることになった。
黄金の玉の神業に奉仕した言依別命は、少彦名神の神霊とともに斎苑の館を立ち出でて、アーメニヤに渡りエルサレムに現れた。そこに立派な宮殿を造り、黄金の玉の威徳と琉の玉の威徳をもって、あまねく神人を教化し給うた。
梅子姫は父神のおわす斎苑の館に帰った。紫の麻邇の玉の威徳によってフサの国の神業に参加した。
高姫は、黒姫、鷹依姫、竜国別らとともに聖地において紫姫の部下となり、神妙に神務に奉仕し、神政成就の基礎的活動に励むことになった。
これらの神々の舎身的活動によって、四尾山麓に時節が到来し、国常立尊と現れて現幽神三界の修理個性を開始し玉うことを得るに至ったのである。これがすなわち、国祖国常立尊が変性男子の身魂・出口教祖に帰神して、大本の教えを神宮本宮の坪の内より現れ給うた原因なのである。
また言依別命の舎身的活動によって、黄金の玉の威霊より変性女子の身魂が高熊山の霊山を起点として現れ、大本の教えを輔助しかつ開くことになったのである。
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04 19 〔934〕
綾の聖地の錦の宮の八尋殿では報告祭がおこなわれた。麻邇の宝珠の神業成就や黒姫の息子が玉治別だと判明したことなど、前代未聞の大慶事に直会の席もにぎわっていた。
竹公、安公、虎公がたわいもない話で盛り上がっていた。やがて東助の一声で直会もお開きとなり、信者一同は上機嫌で家路についた。
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04 20 〔935〕
黒姫の館には高山彦、東助、高姫、秋彦、友彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉、鷹依姫、竜国別が招かれていた。玉治別が黒姫の実子であることが判明し、親子対面の祝宴が開かれていたのであった。
高姫は、黒姫がどのようにして玉治別を生んだのか語ってくれと問いかけた。黒姫は罪滅ぼしの意味もかねて懺悔のためにと、一弦琴を取ってそのいきさつを歌い始めた。
黒姫はペルシャの国の里に名高い烏羽玉彦・烏羽玉姫の娘であった。秋の夕べにふと柏井川のほとりで出会った男と互いに恋に落ちたが、男は一夜でどこかに去ってしまったという。
黒姫はその後、父母の目をしのんで子供を産み落としたが、耐え切れずに辻に捨て、子供が旅人に拾われて行くのを見届けた。子供を捨てたことが苦になって家を飛び出し、バラモン教の教えを聞いたのち、高姫のウラナイ教に入信したという。
一方玉治別は、自分を拾った父母に慈しまれて育ったという。しかし育ての父母に実の子が生まれたことをきっかけに、許しを得て真の父母探しの旅に出たのだと歌った。玉治別ははるばる月の国を越えて自転倒島までやってきた。そして宇都山村の春助の養子となって暮らしていたところ、縁あって三五教に入り、お勝をめとり宣伝使となったといきさつを歌った。
玉治別は最後に、まだ見つからない父への思いを歌い悄然としながらも、神への祈りをささげた。
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04 21 〔936〕
黒姫と玉治別の出自と半生の歌を聞いて、東助は両手を組み頭をうなだれて太い息をつきながらこの光景を見守っていた。
一方、高山彦も自身の懺悔の歌を歌い始めた。高山彦はコーカス山の大気津姫の重臣であった父母の間に生まれたが、黄泉比良坂の戦いで大気津姫一派はコーカス山を追われてアーメニヤに逃げた。
兄が家を継いだので、高山彦は気ままに育ち、若い女と駆け落ちして都を出たという。しかしその途上、女は谷底へ落ちて死んでしまった。嘆き悲しむ高山彦が柏井川に来たところ、その女にどことなく似た女と行き会い関係を持ったが、人の足音に驚いて逃げ去ってしまったという。
それ以来その女を探していたが、黒姫の昔語りを聞いて、まさにそれが現在の妻である黒姫であったと悟り、また玉治別が自分の実子であることを悟ったことを明かした。
高山彦の告白に、ここに夫婦親子の対面はなり、高山彦、黒姫、玉治別は互いに取りすがり、嬉し涙を流した。
高姫はこの光景に驚きながらも、自分はまだ罪障が取れずに悩みが解決しないのだと語った。黒姫は、高姫も若いころに捨て子をしたと聞いたのだが、そのことなのかと問いかけた。そしてその捨て子の守り刀の様子や、幼名や年までも言い当てて高姫を驚かせた。
黒姫は、自分が探索に出かけた筑紫の島で、国の神司である建国別に面会したことを歌って聞かせた。建国別は捨て子であったが国司・建日別の婿となった人物であった。そして真の父母を探しているという。
黒姫は建国別の話を聞いて、高姫の昔語りを思いだし、もしや建国別は高姫の子ではないかと思いながらも、高姫本人に確認しようと筑紫の国では何も語らずに自転倒島まで戻ってきたことを明かした。
玉治別も、黒姫の話を聞いてもしや建国別は高姫の息子ではないかと、筑紫の島までの案内を買ってでた。高姫はしばしうなだれてお礼を述べるのみであった。そしてそんな高姫を東助は顔色を変えて見つめていた。
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04 22 〔937〕
高姫は心の底から悔悟の色をあらわし、自ら立って、自分の過去の一切の秘密を歌い始めた。高姫の誠の素性は、コーカス山のウラル彦、ウラル姫の間に生まれた高宮姫であり、厳の御霊の系統ではなかったと明かした。
娘のときに三五教の本城であるエルサレムを偵察に行ったとき、眉目すぐれた青年に一目ぼれをし、お供の神司たちを追い散らして、青年の後を付いて行ったという。そして山道を行くうちに二人は恋に落ち、黄金山下に庵を結んで同棲をなした。
そのうちに身重となって子供をなした。しかし北照神の信仰調べが始まり、夫は筑紫の国の尊い神人の息子だということがわかってしまった。夫はウラル教主の娘と添うことはできないと言いだし、高姫と子供を置いて逃げてしまったという。
高姫は子供を抱えて夫に逃げられどうしようもなく、守り刀と金太郎という名を添えて、四つ辻に捨て子をした。その後メソポタミヤに出てバラモン教を聞いたが、やはり夫の信仰である三五教を守ろうと心に決めたという。
しかしフサの国で教えを開く折、変性女子のやり方が気に食わず、ウラル教と三五教の教えを合わせてウラナイ教を自ら立てたのだ、と自らの来歴を明かした。
高姫は筑紫の国の建国別は自分の子に間違いないと告白し、わが子を思い、また別れた夫を思って神々に祈りつつ、力なげに歌い恥ずかしさにうつむいてしまった。
黒姫は高姫の告白を聞いて、厳の御霊の系統であると信じてきた高姫がウラル教主の娘であったことに驚きながらも、ウラナイ教時代から力いっぱい反抗してきた神素盞嗚大神、国武彦命、言依別命がそのことを知りながら、自分や高姫の魂を磨いて結構な御用に使ってやろうという御心であったことに思い至り、感涙にむせび声を放って泣きはらした。
高姫は言依別命を疑って反抗してきたことを悔い、これからは聖地の首脳たちの指図にしたがって働くことを誓い、一同の前で懺悔をなした。
秋彦は高姫を慰め場を和めようと、高姫に茶々を入れたが、東助がそれを押しとどめ、自ら今一つの愁嘆場を聞かせようと立ち上がった。
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04 23 〔938〕
東助の父は国治立神の息子であったが、八十熊別と名を変えて世を忍んでいた。日の出神、祝姫、面那芸彦たちが豊の国に現れて父・八十熊別を見出し、高照彦として筑紫の国の国司となした。
自分は高照彦の息子の一人、東野別神であると明かした。父の命を受けて聖地エルサレムに渡ったその帰途に、黄金山へ向かう山道の途中で出会った女性と恋に落ちて、同棲するに至ったと歌った。
しかし北照神の信仰調べに、父の使命を忘れて罪を重ねた自分を恥じ、女を不憫と思いつつも母子を見捨てて庵を逃げ出し、東に進んで自転倒島にやってきた。そして難船した折に翼の生えた神人に助けられ、淡路の国の人々に迎えられて酋長となり、東助と名乗ってお百合をめとって三五教に仕えるに至ったのだという。
東助は、筑紫の国の建国別は確かに自分と高姫の子であると明かした。そして自分の罪深い行為を懺悔しながらも、今は妻ある身として高姫と元の夫婦となることはできないと告げた。
高姫は東助が昔の夫であったと知って、また夫婦としてよりを戻そうと懐かしさに側近くに寄ろうとしたが、東助は威儀を正して厳然とはねのけ、お互いに今の立場を考え、これからは一層厳重に相対するよう諭した。
高姫は東助の厳しい様子に顔も上げられずに泣き伏した。一同はそれぞれの述懐を親子夫婦対面の祝歌に詠んだ。
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04 24 〔939〕
東助は英子姫と紫姫に呼ばれて教主館に向かった。英子姫は、玉照彦と玉照姫を通じて神素盞嗚大神の御用の命が下り、すぐに秋彦を連れてフサの斎苑の館に急行するようにと用向きを伝えた。
一同は玉照彦と玉照姫に面会した。二神は手づから東助に旅の無事を祈って声をかけた。一同は互いに歌を取り交わした。東助は早速旅装を整えて共を連れ、出立した。
これは英子姫のはからいによってフサの都に東助を遣わしたのであった。神素盞嗚大神は喜んで東助を片腕となし給うた。また斎苑の館に詣でてくる建国別に面会せしむるためでもあった。
東助が聖地を去った後は、竜国別が総務となって聖地を守ることになった。一方高姫は、生田の森の館を国玉別(若彦)・玉能姫夫婦に代わって治めるよう、佐田彦とともに出立することを命じられた。同時に東助が聖地を去って斎苑の館に旅だったことも聞かされた。
高姫は東助がフサの国へ去ったと聞いて、未練の念からせめて一目会い言葉をかわしたいと、あわてて旅装を整えて生田の森へ出立した。
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04 25 〔940〕
東助は道中、秋彦とともに生田の森の館に夜明け頃立ち寄った。国玉別夫婦は水ごり中で不在であったが、東助は急ぐたびだからと留守役の駒彦に告げて、さっさと行ってしまった。
水ごりから戻ってきた国玉別夫婦は、駒彦をやって東助に一言お詫びを伝えに追いかけさせた。
日暮れのころ、高姫が佐田彦とともに慌ただしくやってきた。高姫は用向きを伝えると、玉能姫に東助がここに来たかと尋ねた。玉能姫は、東助は朝早くに自分たちが不在のうちに出立してしまったと答えた。
高姫は自分の昔の夫であった東助に一言恨み言を言いたいがために、玉能姫に舟を出すようにとごねだした。そこへ駒彦が返ってきて、すでに東助は淡路島へ帰って支度を整え、フサの国に向かって船出してしまったと伝えた。
高姫はそれを聞いて、もう東助のことは思うまいとあきらめた。翌日、国玉別は琉の玉を高姫に渡して、生田の森の館を引き継いだ。そして自分たち夫婦は球の玉を奉じて紀の国に祀る神業の仕えるのだと伝えた。
高姫は生田の森で琉の玉を守護することとなり、国玉別、玉能姫、駒彦は紀の国の若の浦を指して進んで行った。
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04 26 〔941〕
若の浦は昔は豊見の浦と言ったが、国玉別たちが球の玉に稚姫君命の御霊を取りかけて一つ島に斎き祀ってから、若の浦と改称したのである。この玉を納めた島は、玉留島と名付けられた。
玉留とは、玉を地中深くに埋めてその上に神社を建て、永遠に守るということである。玉留島は今は陸続きとなって玉津島と言われている。この辺りは非常に巨大な楠の木や杉の木が繁茂していた。
太古の大木からは虫のみならず、風水火の作用によって人が生まれたり、樹の魂が天狗となって生まれたりしたものである。
さて、国玉別夫婦らの奉安により、三五教の教えは紀の国はもちろん、伊勢志摩、尾張、大和、和泉方面まで拡張したのであった。
国玉別は宮殿を造営し、玉を納めて天津祝詞を奏上し祝歌を歌った。続いて玉能姫も祝歌を歌い、夫婦は永遠にこの島に鎮まって神業に奉仕することとなった。
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