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霊界物語あらすじ

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ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第43巻 舎身活躍 午の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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天地惟神の御庇護のもとに口述を開始し、十三か月と十日を費やして、霊界物語第四十三巻を亀岡にて編纂し終わった。
大正十一年十一月二十八日、旧十月十日という因縁の深い吉祥日である。十の月十の日は、円満具足、完全無欠を意味する。
大本秋季大祭の終了後、高熊山参拝を済ませ、その後亀岡にて本巻を講了した。
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フサの国ウブスナ山のイソ館から神素盞嗚命の命により、インドの国のハルナの都にバラモン教の大黒主を言向け和し帰順せしめようと、黄金姫母娘と照国別の一行が旅立った。
その後、玉国別一行と治国別一行が、河鹿峠の南坂においてバラモン軍の先鋒である片彦、久米彦将軍の一隊と出くわし、言霊により敵を坂の下まで追い返した物語である。
玉国別の遭難により治国別兄弟の対面や、五十子姫が夫玉国別の危難を知って祠の森まで訪ねてくる悲痛な物語でもある。信仰の本義、師弟の情誼、夫婦の信愛、兄弟の友誼、朋友の信義等が本巻において説きしめされている。
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01 01 〔1152〕
音彦は、玉国別と名を変えて、道公、伊太公、純公の三人を引率し、イソの館を出立してインドのハルナの都に旅立った。
一行は河鹿峠の難所で暴風に吹かれたが勇気を鼓して急坂を登って行った。山上のやや平坦なところで一行は話に花を咲かせた。道公と伊太公は、風のひどさにもう少し楽な旅を希望し、玉国別がたしなめている。
二人はそろそろ脱線し、狂歌を歌い始めた。ひとりきり話を終えた一行は、玉国別の号令で坂を下り始めた。
坂を下りながら伊太公は滑稽な歌を歌った。一行が河鹿峠の大曲りの山の懐に来ると、天地も割れるばかりの強風が猛然と吹き起こり、玉国別も一歩も進むことができず、木の根にしがみついて神言を奏上しながら風が渡りゆくことを待つことにした。
三人も玉国別にならって木の根にしがみつき、風が過ぎるのを待っていた。
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01 02 〔1153〕
玉国別一行は烈風が静まったのであたりを見れば、すでに闇の帳に包まれていた。度胸を定めて道端にみのを布き、夜が明けるのを待つことにした。
ふと目を覚ますとほんのりあたりが明るくなっている。玉国別は、正しい言霊を使うよう、一同を諭した。一同は黒雲が風を運んでくるのを見て、急坂を下って日当たりがよい谷間へ着いた。
河鹿峠に群生するたくさんの尾長猿は暴風の襲来を前知して、この懐谷を避難所として幾千とも知れず集まってきた。玉国別一行の姿を見て、猿たちは周囲を取り巻いている。
伊太公は猿たちに言霊を聞かせてやろうと宣伝歌を歌い始めた。調子はずれな宣伝歌に、猿たちはじりじりと輪を狭めてくる。
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01 03 〔1154〕
猿たちは時々刻々に数をまし、じりじりと押し寄せてくる。伊太公や道公はどうにもできずに掛け合いをしている。玉国別は訓戒を始めた。
押し迫ってくる猿の一匹を、伊太公が押し倒した。すると猿たちは四方から四人に対して掻きついてきた。いっそう大きな白毛の猿は、玉国別の後ろから不意に目のあたりをかきむしった。
玉国別はあっと叫んでその場に打ち倒れた。三人は猿に向かって金剛杖を打ち振り防ぎ戦ったが、数万の猿は入れ替わり立ち替わり押し寄せ、力尽きてきた。
すると山岳が崩れるばかりの獅子の唸り声が響き渡り、猿たちは悲鳴を上げて一目散に逃げうせた。
杢助宣伝使が獅子を率いて助けてくれたのであった。杢助は宣伝歌に、風に肝を冷やして谷間に隠れ、しばらくの安きを盗んだ愚かさによって、玉国別は天罰を被ったのだ、と厳しく一行を諭した。
一同は、巨大な獅子に乗った時置師神の雄姿を伏し拝んで涙を流した。
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01 04 〔1155〕
伊太公は二人に玉国別の介抱をたのみ、谷川に下って谷水を汲みに降りて行った。玉国別は両眼から血を流して痛さをこらえ、うつむいている。
谷から上がってきた伊太公はしかし、汲んだ水筒をどこかに落としてしまっていた。伊太公と純公は、水筒を探しに戻った。水筒は口を下に落ちており、水はこぼれて一滴も残っていない。
二人は谷底に降り立ち、水を汲んで坂をよじのぼり、ようやく玉国別に水を持ってきて目を洗った。玉国別の痛みはこれでかなり軽減したが、目は依然として見えないままであった。
玉国別の右の目はすっかりつぶれてしまっていた。玉国別は我が身第一で烈風を恐れ、神様への御祈願さえ怠った報いだと自らを省みている。
下の谷道から宣伝歌が聞こえてきた。これはケーリス、タークス、ポーロの一行が照国別の信書を携えて斎苑館に修業に行く途中であった。
三五教の宣伝歌に、道公は助けを求めようとするが、玉国別は宣伝使の身を持って他人に助けてもらうなどは恥ずかしい、何事も神様にお任せするしかないと押しとどめた。玉国別は天に向かって合掌し、天津祝詞を奏上し国治立大神の神名を唱えて罪を謝した。
祝詞を唱え終わると、玉国別の左目が見えだした。玉国別は合掌した。従者の三人は喜び、一斉に合掌して天津祝詞を奏上し始めた。
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01 05 〔1156〕
玉国別は左目が回復した喜びを歌った。続いて道公、伊太公、純公が十回の歌を歌った。
玉国別は先に出立した照国別、黄金姫ら一行の安否を思いつつ、自らの心がけを戒める歌を歌った。
玉国別は三人を従え、神の戒めへの感謝の宣伝歌を歌いながら山を下って行く。続いて道公は足拍子を取りながら猿に囲まれて師の玉国別が片目を失い、神への懺悔によって片目を回復した経緯を歌った。
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02 06 〔1157〕
一行は岩石けわしい急坂を、南を指して下って行く。伊太公はしわがれ声を張り上げて、冷たい風を苦にもせずに滑稽な宣伝歌を歌う。続いて純公が歌った。
一行は八分ばかり壊れた祠の前に下りついた。玉国別は目の痛みは軽減したが、頭がメキメキするといって休息を取ることになった。一行は古祠の前に両手を合わせ、天津祝詞を奏上した。
一行はまた祠の神の前に和歌を歌った。歌い終わって祠の神に別れを告げ、立ち出でようとすると、前方から駒の蹄の音が騒々しく聞こえてきた。これは大黒主の部下鬼春別将軍の先鋒隊が、斎苑館に向かって進軍してきたのであった。
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02 07 〔1158〕
玉国別は物音を大黒主の軍勢だと悟り、森蔭から様子をうかがおうと三人に目配せして祠の裏深く木陰に身を隠した。祠の前は少し広庭があって、森の中からはハッキリと見えている。
道公はバラモン軍だと見てとり、ここで言霊を打ち出して進軍を食い止めようと玉国別に進言した。玉国別は道公をいさめ、自分は今頭が痛んで肉体を修理しないと言霊を完全に使用できないから、様子をとっくりと見定めた上で臨機応変の策を施せばよいと諭した。
どうしても行動したいという道公を、玉国別は叱り、師の権限で押しとどめた。玉国別は様子をうかがいながら、確かに斎苑館へ攻め入るバラモン軍の先鋒隊だと認め、首途の功名を表す絶好のチャンスだと独り言を言った。
はやる道公に対して純公は、玉国別には深い思慮があるのだとたしなめた。純公はやはり道公をなだめつつ、自身の体がうずいて仕方がないと本心を洩らした。
玉国別は、バラモン軍の先鋒隊を通過させてから、後からやってくる治国別の一行とはさみうちにしようとの作戦を抱いていたのであったが、三人の部下に披露しなかった。しかし道公が決死の覚悟でバラモン軍に突撃しようとしているのを知り、道公だけには耳打ちして秘策を知らせた。
バラモン軍たちは、神素盞嗚大神を悪と弾じ滅ぼさんとする進軍歌を声勇ましく歌っている。この歌を聞いた伊太公はのぼせ上り、物も言わずに金剛杖を振りかざして暴れこんだ。バラモン軍はどよめきたち、けわしい谷道を右往左往し喚き叫ぶ声が谷間に響いた。
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02 08 〔1159〕
玉国別は伊太公が飛び込んで行ったあと、バラモン軍が右往左往するありさまを冷然と見守って控えている。純公は玉国別に向かって、なぜ我々二人に伊太公救出を命じないのか、と食って掛かった。
玉国別は純公に勇について説明をして諭した。道公も、玉国別の計略を知っているので、何事も神に任せるようにと純公をなだめた。
玉国別はひとしきり純公に説諭した後、実は治国別の一行とバラモン軍を挟み撃ちにしようという考えを明らかにした。純公はようやく納得した。玉国別は道公を祠のあたりに斥候に出して様子を探らせた。
玉国別は残った純公に、あと一時ほどするとバラモン軍は治国別たちの言霊に打たれて逃げ帰ってくるだろうから、それまでに十分休養して英気を養っておこうと語った。
祠の前にはバラモン軍の目付が二人、関守を務めていた。二人は、伊太公が突然現れて暴れこみ、片彦将軍に一打ち食らわせたために部隊が混乱に陥った事件を話し合っていた。
そのうちに二人は暇をつぶすために馬鹿な夢の話を始めた。その話の落ちのおかしさに、祠の後ろに隠れていた道彦は思わず大きな笑い声をたてた。バラモン軍の二人は驚き、肝をつぶして逃げて行った。
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02 09 〔1160〕
玉国別と純公は、道公が偵察に行った祠のあたりから笑い声がするのを聞いていた。純公はこのような魔軍が通った殺風景な場所に、砕けた笑い声がしたのでその感慨を述べ、玉国別もまた顔をほころばせた。
二人は、そろそろバラモン軍が治国別の言霊に打たれて逃げてくる頃あいだと立ち上がった。祠に近づくと、道公が一人でニコニコしてしゃがんでいる。
三人は言霊戦の準備を整えてバラモン軍を待ち伏せている。道公は待っている間にひとつ話をしようと馬鹿話を切り出した。
先ほどバラモン軍の一人がしていた若いころのロマンスの受け売りで、金持ちの美人に惚れられるが最後にそれが夢であったことがわかる、という落ちの馬鹿話であった。玉国別と純公は笑いこけ、道公はバラモン国舶来の輸入品だと得意がる。
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03 10 〔1161〕
宣伝使亀彦は治国別と名を改めて、万公、晴公、五三公の三人の供を従え、河鹿峠の山麓に進んできた。一行は頂上に着き、あたりの岩に腰を掛けて四方の原野を見晴らし、これまでの来し方行く末を語り合っていた。
治国別は、バラモン軍が峠を渡って斎苑館に攻めてくるという神素盞嗚大神の言を三人に伝えた。そして、宣伝使の組を四つも五つも派遣したのは攻めてくるバラモン軍に対して言霊戦を開始するためであろうと述べた。
万公、晴公、五三公は滑稽なやり取りをしながら腹ごしらえをした。そのうちに人馬の物音が騒々しく聞こえてきた。治国別と晴公は宣伝歌を歌いながら道を下って行った。一行はバラモン軍を待ち受けるのに適切な急坂の上に陣取った。
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03 11 〔1162〕
治国別一行は、バラモン軍の片彦、久米彦両将軍の一隊が馬上にまたがり、困難の態で登ってくるようするを面白げに見下ろしている。
治国別は、先陣を願い出た万公に対して、三人心を合わせて敵の一人一人に善言美詞の言霊を浴びせかけるようにと言い渡した。
バラモン軍がやってくると、万公は細い谷道に飛び出して立ちはだかり、自分は三五教の宣伝使見習いだと名乗って止まるように呼ばわった。バラモン軍の騎士はそこをどけと怒鳴りつけ、万公と言い争いを始めた。
治国別は万公に、争いをしないで言霊を用いるようにと注意したが、万公はさっぱり言霊が出ないというので、晴公に代わりを命じた。しかしバラモン軍はその言霊には耳にもかけずに坂道を登ろうとする。
万公はバラモン軍を怒鳴りつけたので、軍隊の馬たちは荒れ狂いだした。治国別は荘重な声で歌い始めた。三五教の教えに目覚めて真の神の道を悟るように諭し聞かせる言霊に、バラモン軍の騎士たちは馬を飛び下りて一目散に山腹を駆け降り、元来た道を引き返し始めた。
治国別は改心させずに追い返したことを残念がったが、玉国別の一隊がさらに逃げてくる敵に言霊を発射するだろうとバラモン軍の後を追いかけた。万公は得意になって滑稽な歌を歌いながら坂を下って行く。
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03 12 〔1163〕 本文
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04 13 〔1164〕 本文
04 14 〔1165〕 本文
04 15 〔1166〕 本文
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05 17 〔1168〕 本文
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