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霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第54巻 真善美愛 巳の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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そもそも霊界物語は、神代における神々の神示によって著されたものであり、学者の歴史でも歴史家の歴史でもない。世の腐儒者や気魄なき歴史家やデモ宗教家の所説は、ひとつとして宇宙開闢の真相を真に理解したものはない。
今日の新聞においても、記者の眼識の程度によって見解が異なり矛盾と誤謬が多きことは、一昨年の大本事件の記事が無根と虚構によって充たされ、真相を報道した新聞がなかったことによって悟ることができる。
また前後二十有余年間、大本に日々出入りし親しく教祖に接し教示を賜り、その御行動を実地目撃しながら、未だに教祖の御心意がどこにあるかを知らざる者ばかりである。
瑞月が教祖と共に大神の道に舎身的奉仕の誠を尽くしたるを見て、これを何か神慮に背反せる行為のごとくみなし、長年排斥と侮蔑と圧迫を試みながら、自分らの行動は全部神に叶えるものと信じ、妄動を続行している。
一昨冬に初めて本書の口述を始めたときも、重要な位置にある役員の一部は、これをもって取るに足らない悪言となし、極力妨害を加えようとした者さえあったくらいである。神意の存するところを知らず、自分の暗迷な眼識によって身魂相応の解釈を試みようとするから、このようなことになる。
現代人は癲狂痴呆の度が強くなっているのだから、瑞月が神示に由れるこの物語に対して、我関せずの態度に出たり、また反対の挙に出るものあるべきは、当然の帰結としてすでに覚悟の前である。
本書は現代の学者、宗教家、歴史家の思潮を憂慮せる熱誠慷慨の余声として、はたまた神明の摂理の一部として編述したもので、今日の有識者の所説に対して一歩も譲らないことを信ずるのである。
先入思想を全然放擲して従順に神の御声に耳を傾け眼を注ぐときは、遠き神代の世界の史実は言うもさらなり、中古近古の歴史の真相も幾分か捕捉することができるだろうと信じる。
虚空の外に心身をおいて神代の史実と神の意志とを顕彰し、一瞬に転回して宇宙の真相をしめそうと、神示のまにまに物語を現したその苦心は、言うに言われない。
大神の神格を精霊に充たし予言者に来らしめて、万民救治のために明示された神書に対し、ある大本幹部役員の口からも軽侮嘲笑の言が出たことは、ちょっと面喰わざるを得なかった。
しかしながら、天下に一人でも具眼の者が現れて、ひとたび心を潜めてこの物語の真面目に臨めば、必ずや一節ごとに深遠微妙の真理を蔵し、五味の調度よろしき弥勒胎蔵の神意と神智や、苦集滅道の本義を発見し、肯定し、帰依するに至るであろう。
本物語の目的は、霊界現界の消息を明らかにし、諸人が死後の覚悟を定め、永久に天国浄土の悦楽に入るべく、仁慈の神の御賜物として人間一般に与えられたものである。現界に用いては、大は治国平天下の道から、小は吾人の修身斉家の基本となるべき神書である。
昨大正十一年の秋、瑞月は筆録者をはじめ、天声社における編集者は、この物語に対してどこまでの信仰を有するかを試みるため、神示にしたがって、万々一本書の中において教典として採用すべき金玉の文字あらば抜粋してこれを別冊となし、宣伝用に宛て、熱誠な宣伝使や信者に分かつべし、と言った。
全巻みな神の目より見れば金玉の文字、人間の作物ではない。それを真面目に取捨選択し、各自数か月熱心調査の結果として余に示した。神明に伺い見たところ、神は大いに笑わせ給い、人間の盲目と無鉄砲には呆れたり、との御言葉であった。
これを思えば人間は自我心を出さず、何事も聖慮に素直に従順に仕えるより外に道はないと思う。この神書をもって、普通の稗史小説または単なる滑稽物語および心学道話の一分と見ているくらいの程度では、到底この書の眼目点をつかむことはできない。
本文
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誇張なく単純なものほど至高の芸術であると喝破したワルト・ホイットマン氏に、瑞月王仁は賛成する。この物語が単純であり一定の分体が具わっていないと言われようが、少しも意に介せない。
神の著せしものはすべて単純であり、一定の文体無きをもってかえってその博き文想に感嘆するものである。瑞月は決して物好きで口述するのではない。ただ吾が口を通じて著されたその作物に、邪魔物を垂れないように勉めているのみである。
吾々が今表白するところのものは偽らず、飾らず、惟神のままである。本書もまた吾が大本の信仰に対し現代を救うの道として止むに止まれない場合が差し迫ったために神勅によって編述することになったもので、決して瑞月王仁や真澄、隆光、明子、介昭氏らの物好きで作ったものではない。
大本においても、この書を変性女子の遊戯的作物として軽視し、一回も本書を手にしない方々があるのは実に遺憾の至りである。
予言的精神に充たされた本書は、あらゆる形式美を尽くして朝日に輝く雲のように虹色を呈して虚空に架かっている程の覚悟をもって進んでいる。もし人が言わざるを得ないものを持っているならば、石が地に落ちるように、何事もなく単純に率直に漏れ出ずるものである。
すべて現れ出たものの根底には、必然なるものが潜んでいるものであると思う。記してもって総説に代える。
本文
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01 01 〔1387〕
ビク国は治国別一行に助けられて復興をなしつつあった。叛将ベルツとシエールは国法により重刑に処すべきところ、治国別らの斡旋により大赦が行われ、両人は百日の閉門を申し付けられた。
刹帝利ビクトリヤ王は世が治まるにつけて、前途の事を思い嗣子がないことに胸を痛めていた。実際にはビクトリヤ王には前王妃ビクトリヤ姫との間に五男一女があった。それぞれアール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ女といった。
ある夜の夢に五人の男子が自分を放逐して国を分割する、という恐ろしいありさまを見たので、ビクトリヤ姫に男子を殺そうと謀った。ビクトリヤ姫は自分の子に危険を告げ、五人の男子を城から逃がした。その後、ダイヤが生まれたのである。
五人は照国ヶ岳の山谷に逃れ、猟師となって命を保っていた。最後に生まれた王女ダイヤは兄たちの存在を知らずに育ったが、あるとき母から兄たちが生きていることを聞いた。そして十歳になった夜に密かに城を抜け出して照国ヶ岳の谷間にやってきた。
兄たちが猟師となって隠れ住んでいる洞窟の入り口で、ダイヤは兄のオークスと出会った。オークスはダイヤの話を聞いて、自分の妹が訪ねてきたことを確信したが、兄弟は自分たちの生存を隠すため、洞窟にたどり着いた者は決して生きて返さないきまりになっていた。
オークスは、兄たちがきまりにこだわって、妹に危害を加えることを心配した。ダイヤは、兄たちに会えるのであれば命を取られても本望だと答えたが、オークスに促されて、皆が帰ってくるまでつづらの中に隠れることになった。
オークスは妹が訪ねて来たが追い返したと言って、兄たちの気持ちを探った。兄たちは、妹を帰さずに兄弟六人が一つになって仲良く暮らし、非情な父親が亡くなった後に復帰して国を治めるという目的をいつか果たしたいものだ、と心中を吐露した。オークスはやっと安心して、実際は妹を追い返しておらず、つづらに隠しておいたことを明かした。こうして、それ以来兄妹六人はさびしい山住まいを続けていた。
さて、ベルツの乱が治まったビクトリヤ城では、刹帝利の奥の間にヒルナ姫、治国別、タルマン、キュービット、エクスが小酒宴を開きながら四方山話にふけっていた。
その席で世継ぎの話が出た。治国別は、ビクトリヤ王に五男一女がいたことを知っており、もし子供たちが帰ってきたらどうするつもりか、王の意中を尋ねた。
ビクトリヤ王は、悪魔に魅入られて悪夢を見たせいで子供たちを殺そうと図ったことを告白したが、一方で城から逃げ出した子供たちがいつ自分を滅ぼしにやってくるかもしれない、と日々悩み苦しんでいることを明かした。
治国別は、ビクトリヤ王の子供たちは今はみじめな生活をしているが、国を思う温良な王子たちであり、王が改心して招きよせればきっと孝養を尽くしてくれるだろう、ビクトリヤ王を諭した。
治国別のきっぱりとした言葉に、ビクトリヤ王は半ば不安ながら一切を任せることになった。その場にいた重臣たちも賛成し、治国別に王子たちの帰還を頼み込んだ。
治国別は自分の館に帰ると、松彦、竜彦、万公と相談の上、六人の王子・王女を迎える計画をはかった。松彦、竜彦、万公の三人は治国別の命により、ビクトル山を越えて照国ヶ岳の山谷を目指して出立して行った。
本文
01 02 〔1388〕
松彦たち三人は、深山を踏み分けて刹帝利の王子・王女たちが隠れ住んでいる洞窟にやって来た。オークスとダイヤは、松彦たちがビク国王子奉迎の旗をかざしているのを見て、父王が自分たちを捕えに寄越した捕り手かもしれないと警戒した。
そこへ兄王子たちが帰ってきた。兄王子たちは、松彦たちがビクトリヤ城からやってきたと知ると、問答無用で槍を構えて突いてかかった。三人は大木の幹を盾にして天津祝詞を奏上した。すると兄王子たち四人は身体しびれ、その場に倒れてしまった。
長兄のアールは、体がしびれながらも松彦たちを父の捕り手だとみなして口で抵抗している。松彦は千言万語を尽くして、現在のビクトリヤ城の様子や、刹帝利の改心の様を説きたてた。
四人の王子はやっと安心した様子であった。六人の王子と王女は、松彦の言を聞いて兄妹会議を開くことになった。松彦たちは四五十間ばかりかたわらの山腹に退き、六人は相談を開始した。
喧々諤々の会議の結果、六人は松彦たちを警戒しながらも信用することとし、ビクトリヤ城への帰還を決めた。六人の王子・王女たちは、松彦、竜彦、万公に導かれ、まずはビク国の治国別の館に人知れず帰還することになった。
本文
01 03 〔1389〕
治国別は神示により、未明に松彦たちが王子・王女を連れて帰ってくることを悟り、門口を開けて湯を沸かし、座布団を並べるなどして準備して待っていた。
長年の山暮らしで髯も伸びきった王子たちに、治国別は湯を勧めた。王子たちは、三五教の宣伝使たちがビク国を救ってくれたことにお礼を述べた。王子たちは代わる代わる垢を落とし身なりを整えた。すると戻ってきたときの山男の風体とは打って変わり、みな貴公子然たる男ばかりであった。
身なりを整えたダイヤ姫は、治国別の前に手をついて再生の恩を感謝した。万公は、ダイヤ姫の美しさに心を奪われ、一同の前で姫の美貌をほめそやし、惚れてしまったと公言するありさまであった。
松彦と竜彦にたしなめられ、万公は客人の炊事の支度をすることになった。松彦と竜彦は、王子たちを無事に連れ帰ったことを王城に報告に行く役目があるので、万公一人で王子たちの世話をすることになった。
万公は、一人では手に余るのでぜひダイヤ姫に手伝いをしてほしいと頼み込んだ。治国別はまた万公に注意を与えたが、結局万公が炊事をしてダイヤ姫がその他の雑事を手伝うことになった。
松彦と竜彦は城に到着した。知らせを待っていたタルマンは、早速首尾を尋ねた。いたずら好きの竜公は、話をじらして脚色して、タルマンをやきもきさせた。
左守と右守はこの場にやってきて、タルマンの顔が土色になっているが、松彦と竜彦がニコニコと笑っているので、奉迎がうまくいったことを悟った。
一同が話していると、治別と万公に付き添われて長兄のアール王子が駕籠に乗ってやってきた。左守と右守はアールの姿を見ると、うれし涙がこみあげて一言も発せず、左右の手を取って刹帝利の居間へ案内して行った。
竜公にからかわれてやきもきしていたタルマンもようやく胸をなでおろし、アールの後を追って刹帝利の居間へ急いだ。治国別は後に残した五人が気にかかり、万公を連れてすぐに館に戻って行った。
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01 04 〔1390〕
刹帝利ビクトリヤ王と現王妃のヒルナ姫は、アールの帰城に狂喜した。王は、悪神にたぶらかされて王子たちを殺そうと図ったことを懺悔し、涙と共に謝した。
アールは父王の様子を意外に思ったが、悪神のために道を誤ったことを悟り、少しも親を怨む心はなかった。そして山中の暮らしや、妹が訪ねてきて一緒に暮らすことになった経緯などを物語り、うれし涙にかきくれた。
治国別の館には数多の家来が遣わされ、残り五人の兄妹を城内に迎え取った。治国別一行も祝宴に招待され、神恩を感謝した。
ビクトリヤ王は年老いて余命がいくばくもないことを悟っており、アールに王家を継がさせた。そして兄妹五人にはビクの国を六つに分け、それぞれ領分を守らせることとした。アールはヒルナ姫に実の母親のように仕えた。
さて、長兄のアールに妃を迎える必要が迫ってきた。しかしアールは、幾たびも候補者に首を振るのみであった。アールは境遇の変化によって心身に変調を来たし、貴族生活が厭になってたまらなくなってきた。
アールは立派な服を脱ぎ棄てて、たびたび城内を抜け出して田舎をうろつくようになってしまった。そしてたびたびの左守と右守の諌めもまったく聞き入れなかった。刹帝利は困り果てて治国別に相談すると、治国別は、しばらくはアールの好きなようにさせるように、と答えた。
あるときアールが平民の服を着て城を抜け出し、ビクトル山のふもとのパイン林の木蔭に独りで休んでいた。そこへ熊手を持ち籠を背負って枯れ松葉を掻きにきた女がやってきた。女はハンナという二十ばかりの首陀の娘で、とても器量が悪かった。
アールは身分を隠してハンナと話すうち、その心根と言動に感心し、この女こそ自分の妃にするべき者だと考えた。そして、ハンナに自分は実はビクトリヤ王の長子であると明かした。
恐れ入るハンナに対し、アールはどうしても自分の妻になってくれと頼み込み、ハンナを連れて城に帰ってきた。左守はアールの話を聞いて驚き、アールを諌めるが、アールは父王や左守こそ頑迷で国家の行く末をわかっていない、と反論するありさまであった。
アールは、治国別宣伝使の裁定を仰ぐように左守に申し入れた。左守も、このまま刹帝利に報告しても反対されることは目に見えているので、アールとハンナは城内に忍んでもらって、治国別の館に急いで出かけて行った。
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01 05 〔1391〕
治国別は松彦、竜彦を連れて神殿建設の監督に出かけており、留守であった。留守を預かっていた万公は、左守が突然の無理な結婚話を相談にやってきたと聞いて、てっきりダイヤ姫が自分と結婚したいと言い出したのかと勘違いした。
万公は、治国別が留守の間は自分の意見が治国別の意見だと調子のいいことを言って、左守が身分違いの結婚に異議を唱えるのを反論し始めた。万公は、ダイヤ姫が身分の違いを撤廃したいと言っていた、などと自分に都合のよい説を、左守に得々と聞かせている。
左守は、万公がダイヤ姫との結婚話で相談に来たと勘違いしていることに気づき、ダイヤ姫の件で伺ったわけではないと万公に伝えた。
万公は当てがあずれながらも、左守に湯を出しがてら、ありもしないダイヤ姫とのロマンスを作って聞かせた。左守は呆れて笑い、ダイヤ姫が夫に望んだのは竜彦だったが、治国別の許しがまだ出ていないのだ、と万公に明かした。
万公は機嫌を損ねて左守に食って掛かるが、体よくからかわれてしまう。そこへ治国別が松彦・竜彦と共に帰ってきた。治国別は左守に詫びを入れ、左守に失礼な対応をしないよう万公に注意した。
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01 06 〔1392〕
治国別は松彦、竜公とともに左守のアールについての相談を聞いた。治国別は、左守の心配はもっともなれど、恋愛の中にいる両人は恋の殉教者の心境に立っているため、なるべく穏やかに治めるよう考えるのが得策だと答え、対応策を相談に入った。
万公はふすまの外から立ち聞きしてみれば、治国別が恋愛の擁護をしているようである。てっきり、師匠が自分の恋愛に助け船を出していると勘違いし、いつのまにか室内に入り込んで妙な声を出して恋愛擁護論を語りだした。
万公は、ダイヤ姫が自分に乗り移ってあんなことを言わせたのだと弁明したが、治国別は万公を注意して部屋を出て行かせた。
最後に治国別は、自分はアールの恋愛と結婚を支持する、と左守に伝えた。左守は意外の感に打たれながらも、こうなっては治国別の意見を刹帝利にぶつけてアールの縁談を結ぶ方向で進めるより仕方がないと腹を決めた。左守は治国別に礼を述べて帰って行く。
後に治国別は万公を呼び、左守に対する失礼な言動について油を搾った。竜公は、ダイヤ姫の縁談話があったかのように偽って、万公をからかう。
万公は、松彦に説明されて、ようやくアール王子と首陀の娘ハンナの結婚話が話題になっていたのだと悟った。しかし竜彦に、黄金山の御神業が終わるまで女のことから離れるよう諭されると、あくまでダイヤ姫への執着心を起こし、左守の後を追って、ダイヤ姫は他の誰とも結婚させないように頼み込んだ。
左守は、自分はアール王子の縁談を最後に、もう金輪際仲人みたいな気の揉めることはしないつもりだ、とだけ答えてさっさとビクトリヤ城の門を潜って中へ行ってしまった。
治国別は、万公がまた左守を困らせているのではないかと、松彦に言い含めて呼びにやらせた。松彦は、ビクトリヤ城の城門の前でポカンと空を眺めていた。松彦は万公をおどしたりなだめたり、やっとのことで治国別の館へ連れ帰った。
万公は、治国別の懇篤な訓戒を受けて、やってダイヤ姫に対する執着の念を断ち切りることになった。
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02 00 - 本文
02 07 〔1393〕
ビクトリヤ王はさまざまなことが一度に起きて体がぐったりと弱り、ヒルナ姫に足をもませてベッドに横たわり休んでいた。
そこへ左守がやってきて、アールの婚姻話を報告した。ビクトリヤ王は息子が賤しい身分の女を連れてきたことに嘆息したが、ヒルナ姫は、自分も賤しい身分でありながら王によって見出されて王妃となったことを挙げ、家庭が円満に治まり国家が泰平に治まればよいのではないか、と王に意見した。
ビクトリヤ王も、自分が手本を見せたことだから、これも因縁だと思い直し、アールの思うとおりに縁談を進めるように左守に伝えた。左守から、治国別も同じ意見だと聞くと、刹帝利はすぐに準備にとりかかるよう左守に命じた。
一方、アールはハンナに、自分は人間の作った不自然な階級制度を打破し、四民平等の政治するのが自分の本懐だと決心を明らかにしていた。しかし到底この婚姻が認められる見込みはないだろうから、今のうちに裏門から抜け出し、山林に潜んで一緒に暮らそうと相談しているところであった。
そこへ左守がやってきて、二人の案に相違して、ビクトリヤ王が結婚を許可したという報せを持ってきた。左守に促されて、アールとハンナはビクトリヤ王に面会するために王の居間に進んで行った。
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02 08 〔1394〕
ビクトリヤ城の客殿には、刹帝利、ヒルナ姫をはじめ治国別一行、タルマン、左守、右守、ハルナ、カルナ姫ならびに数多の役員が列席し、アールとハンナの結婚式が行われた。このことはだれともなく城下に広まった。そして政治大改革の象徴だと国民一同に期待された。
治国別の媒介で結婚式はつつがなく行われた。祝宴の席で、治国別は祝歌を歌った。今までの道にたがえる形式差別を撤回し、上下心を一つにして神に仕え、ビク国の繁栄に尽くすことを祈った。
左守、右守、タルマンも、金扇を開き、アールとハンナの結婚を祝う祝歌を歌った。
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02 09 〔1395〕 本文
02 10 〔1396〕 本文
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03 11 〔1397〕 本文
03 12 〔1398〕 本文
03 13 〔1399〕 本文
03 14 〔1400〕 本文
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04 15 〔1401〕 本文
04 16 〔1402〕 本文
04 17 〔1403〕 本文
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