王仁DBβ版 出口王仁三郎と霊界物語の総合検索サイト 文献検索 画像検索 単語検索 メニュー開く
表示がおかしくなる場合は、ブラウザのキャッシュやクッキーを削除してみて下さい。

文献名1大地の母
文献名2第3巻「地獄の釜」
文献名3霊界の探険
著者出口和明
概要飯綱使いと間違われ宗教活動に支障。2回目の高熊山修行、霊界(中有界、天国、霊国)を探検。
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-04-17 03:03:37
OBC B138903c01
本文の文字数22853
本文のヒット件数全 5 件/稚姫君命=5
これ以外の情報は霊界物語ネットの「インフォメーション」欄を見て下さい 霊界物語ネット
本文  憂い松こと上田治郎松が無聊で苦しんでいるところへ、由松がとびこんできた。血相かえて、由松は、兄貴の大阪帰りの顛末を語った。治郎松は色めきたった。久しぶりに血が沸き、肉が躍る。しかも、おあつらえ向きのとんまな話題をたっぷり土産に持ち帰ったのだ。
 治郎松は上田家へとびこむなり、思うざま喜三郎を面罵し、毒づき、あとは念入りにいつもの説教をきかせて、あげくにその足で村中駆けまわって宣伝した。足も口もくたくたであった。が、気分はすかっと青空のように晴れていた。さすがのあいつもこたえたろう。だいぶしょんぼりしとったわい。鬼の首でもとったように自然に笑えてくる。帰ってきた時は、もう午後もだいぶまわっていた。
 裏口から入ると、おこの婆が妙な手つきで治郎松を引っぱり、奥を指さす。見れば、おこのが、ものも言えずに震えている。
 奥の仏間では、何のことはない一人娘の阿栗(二十歳)が、臨月の腹をかかえて、しきりに仏壇を拝んでいるだけだ。
「阿栗、どうした、珍しいこともあるのう」と、治郎松はのぞき込んだ。
 振りむいて、阿栗はにやっと笑った。口がひどく大きくみえた。異臭が治郎松の鼻を刺す。よくよく見ると、仏壇に供えてあるのは、雪隠に落とすべきものを捏ねくり丸めた団子ではないか。阿栗はけらけらと笑い声をたてて、汚れた両手をつき出した。 治郎松は腰を抜かさんばかりに驚いた。汚物をとりあげようとすれば、かみつきにくる。髪ふり乱してとびはねる。奥の間をぴったり閉めて、治郎松とおこのは真蒼な顔を見合わせた。
 おこのが、しゃがれた声を出す。
「狐や。高畑の狐がよう雪隠の糞喰らいに来とったじゃろ……喜三が、憑けよったんや。松があんまり邪魔するさけ、仕返ししよったんじゃ」
「ど、どうしょう。何とかせな」
 人の憂いをやたら喜ぶ治郎松も、降ってわいた可愛い娘の不幸に動転していた。
「ともかく、なにしでかすやら分からん。広吉呼んでくるさけ、阿栗が外へとび出さんよう、見張っとりや」
 曲がった腰を泳がせるようにして、おこのが婿の広吉を呼びに出ていった。治郎松が押し殺した声で叫んだ。
「婆さん、気いつけや。近所のもんに言うなや、あいつら、よってたかって松葉いぶしさらしくさるさけのう……」

 喜三郎は、羽織袴で東穴太の斎藤由之助の大きな黒門をくぐった。宇津根村から養子にきた敬三(二十六歳)が、嫁が肺病で死んで以来、感染して床についていた。今朝、近所のおいよ婆さんが、「敬はんがひどう悪いさけ、神さん拝んで救けたっとくれ」と言いにきたのだ。敬三とは年も近く、知らぬ仲ではなかったから、喜三郎の胸は痛んだ。ともかく見舞いに出かけてきたのだ。
 由之助の妻で家つき娘のお悦(五十歳)が、式台から見下ろした。ちょっとした女ボスの貫禄があった。農閑期には人を集めて酒をふるまい、太鼓を叩いて、歌いさわぐのが好き。口が達者で、村人から雲雀のお悦と渾名をとっていた。
 喜三郎は、改まって頭を下げた。
「敬はんがお悪いそうで」
「はい、ぐんと悪おますので。それがどうかしましたんかいな」
 目を怒らし、あるかなしかの短いおとがいをぐっと引いて、にらんだ。不吉な雲行きだと、喜三郎はひるみながら、一心に言い出した。
「今朝おいよ婆さんに聞きましたさけ……あの……何かさしてもらうことはないかしらんと考えましたが、おいよ婆さんも言うてくれましたし、わしのできるこというたら……」
 お悦は、皆まで聞かずさえぎった。
「おいよはんが出しゃばって何いうたか知らんが、うち頼んだおぼえはないで、飯綱使いの喜三やん。誰の頼みかて、あんたなんかうちの敬の枕元にも通すかいさ。ああ、いやいや。神さんのかの字きいても胸くそわるい。うちの親類がな、天理はんに呆けて、家も蔵もさっぱりとられてしもた。別の近はんは稲荷下げに呆けて、相場して、家も屋敷も田畑まで売ってしもた。働きもせんと、神、神いう奴にろくな者はない。あんた、人をひっかけよう思て来たんやろが、このお悦がついとるかぎり、そうはいきまへんで。うちがこう言うたからいうて腹立てて、仇んに飯綱つけて帰る気かしらんが、つけるならつけてみよし。へん、うちは、もったいなくも黒住はんを祀ったるんやで。えらいすまんけど、黒住はんは天照皇大神宮はんや。天狗はんや四つ足とは、てんからお顔の段が違うのや。飯綱ぐらい何じゃいな。ああ、この辺がうさうさして来た。また敬の病気が悪うなったらかなんさけ、去んでいうたら去んでいさ」
「あのう、ちょっとお悦はん……」
「えー、しぶとい男やなあ。蛙切りの子は蛙切りさえしとったらええのんに、どてらい山子起こして、金もないくせして人の金で乳屋をしたり、それもてれんこてれんこで今度は飯綱を使うやなんて、よう恥ずかしないことや。さっきも治郎松はんが来て、何もかもすっぱ抜いたわいな。浪花はどうやったいな。女には逃げられる。未練たらしゅう尻追うてったところが、借りた金は宿屋でふんだくられる。とんびに油揚げさらわれたような面して、手ぶらで戻ってきたやて。色男がさっぱりわややがな」
 この調子で村中さえずり廻られてはたまらぬと思い、今度は喜三郎が神の道を説き出すと、お悦は耳をふさぎ、半泣きの声をあげた。
「うるさい、うるさい。なんぼ口先で、うまいことまるめようたって、だまされへんで。現在身内の治郎松はんが何よりの証人や。けがらわしい、早う去んで。これ、お留、塩もっておいでえ」
「へえい」
 奥から言われた通り、表情のない小女の留が、一握りの塩をもって現われた。頭からふりまかれそうな剣幕に、喜三郎は外へ飛び出した。けたたましい女たちの嘲笑がはじける。大阪での失敗に加えて、悦の嘲笑は深く心に刺さった。この調子では、どこへ行っても、相手にしてはくれまい。同じ株内なればこそ、なおさら治郎松のあくどい妨害が憎い。
 うなだれて、重い足を小幡橋の上に運んだ。
「喜楽先生、どこヘおいでたんです。捜しましたで。ああ、やっと出会えた」
 見ると、治郎松である。まるきり人が変わったようにすがりつく眼をしている。驚いて、立ち止まった。
「どうしたんや、治郎松はん」
「どうしたやて……どうしたやて、よう言わしてもらわんわ。あんまりじゃ……」
 治郎松は、上目づかいに睨み上げた。喜三郎は、むかむかと怒りがこみ上げる。
「あんまりなんはお前やないけ。わしは腹が立って……お前に一発、ぶちかましたっても気がすまん」
「ほれみい、やっぱりそやんけ。まちがいないわい」
 治郎松はくしゃくしゃと涙を落とした。
「わしが何かしたけ。何やいな。言うてくれなんだら分からへん」
 と喜三郎は情けない顔で言った。
「いくらわしが何々したからて、それを何も知らん娘の阿栗に仇んせんかて……」
 治郎松はたまりかね、橋の上で手ばなしで泣き出した。
「阿栗さんが……何かあったんか」
「あの娘は今日明日にもお産せんなんからだや。それが二日も三日も糞を丸めて……あ、あ、あんまりやないかい」
 喜三郎は憮然となった。橋を通る村人たちが、泣きわめく治郎松に耳を寄せてくる。橋の上で弁解していたのでは、またどう誤解されるか分からぬ。
「ともかく行ってみよか」
 泣きじゃくる治郎松の肩を押して、喜三郎は急ぎ足になった。
 おこの婆さんが、待ちかねたように出迎えた。
「これ、喜三郎はん、お腹も立つやろが、こらえてや。ちょっと怒らはって何々したのやろが、なんちゅうても隠居(分家)・主家の間柄やんか。隠居の難儀は主家の難儀、主家の難儀は隠居の難儀や。悪気でしたとは思わんさけ、どうぞ飯綱を連れて去んでえさ。どうぞどうぞこの年寄りにこれ以上嘆きをみせんといて。お前はおもろいか知らんが、たった一人の孫のあのざま……曽孫が無事に産まれなんだら、死んでお前に祟ってやるわい……」
 気丈なおこの婆さんが、吊し柿のような眼をむき、本物の涙を流しながら恨んでいる。冗談やない。本気で祟りかねないのだ。
「無茶いわんといて。わしが何で飯綱を使うのや。自分のうちに置いた奉公人でさえ、なかなかいうこと聞かぬやろ。たとえそんな狐があるとして、人間のいうこと聞きそなはずがないやんか。わしは、ほんまに腹が立つで、村の者に飯綱使いやと悪う言われるのかて、みんなあんたや治郎松はんが言いふらしているからや。わしも迷惑やし、それより救えるかも知れん人まで救えへんのや。神さまに対しても申し訳ない」
「そうや、そうや、お前の言う通りや。何もお狐さまは悪いことないものなあ。正一位稲荷大明神さまや。立派な神さんや。そいでその眷属さまを、ちょこっと阿栗の体からどけて、へえ」
 奥の間から、他愛なくけらけら笑う阿栗の声が聞こえる。夫の広吉が出てきて、何も言わず手を合わせた。助けねば恨まれる。助けてやったら、誤解はいっそう解きにくくなる。この一家にかかっては、逃げ道もないのだ。しかし現実に哀れな病人がいる以上、我が身をかえりみているひまはなかった。
 喜三郎は心を鎮めて、奥の間へ行った。部屋は雨戸に閉ざされて薄暗く、熱気と異臭がこもっていた。広吉に命じて、戸を開け放った。阿栗はすっかり面変わりして、不安げに釣り上がった目をきょろつかせている。
 喜三郎の心は澄んだ。助けたい、の一念しかなかった。病人の前に端座し天津祝詞を奏上、続いて神言を静かに唱え始めると「けん、けん」と鳴きつつ阿栗の体がとび上がり、頭から蒲団の中にもぐり込んだ。
 組んだ両掌の人差指を蒲団の上からかたまりに向けて霊力をこめ、天の数歌を四、五回くり返す。と、かたまりはとび出して庭をつっ切り、閉まった門扉に激しく頭を打ちつけた。「きゃーっ」と悲鳴が上がる。追いかけた三人の目前で、仰向けに倒れて動かぬ阿栗の体内から、すうと浮かび上がった狐の幽体が、ぱっと飛びはなれ、門扉をかけのぼって、外に消えていった。真昼の現実であった。
 喜三郎は、阿栗の体を抱き上げた。誰もかも裸足であった。
「部屋と蒲団を清めてんか……仏壇もや」
 失神している阿栗を抱いたまま、喜三郎が命じた。治郎松と広吉があわてて汚れきった蒲団を代え、仏壇を拭く。
 おこの婆は憤然とした。
「何をしとる。阿栗を早く元の体に戻すのが先や」
 喜三郎の言う通り、広吉は阿栗の顔と手足を拭い、髪を直し、すべてが落ち着いた。
 間もなく、喜三郎の鎮魂で阿栗は目を開いた。蒼ざめていた頬に血の色がさしてきた。半身を起こしてあたりを眺め、何の変わりもない様子にほっとした風につぶやいた。
「なんやうち、おかしな夢を見とったで。ああ、夢でよかった」
 部屋の隅にいる喜三郎に気づいて、恥ずかしそうに笑った。以前の健康な阿栗であった。一同が、阿栗回復の喜びに気をとられている間に、喜三郎は、そっと台所から抜けて出た。
 翌朝、気になって、喜三郎は治郎松の庭先から入り、阿栗の様子をのぞいた。気がつくと、部屋の壁にも襖にも、戸・窓・縁に至るまでベタベタと金比羅さんの札・札・札……。目を丸くして眺める喜三郎を見つけ、治郎松は、縁先に立ちはだかった。
「おう広吉、婆さん、喜三公が庭から来よった。来よったで」
 おこの婆がとんで来て、怯えて立ちすくんでいる阿栗をかかえて連れ去った。その怯えの表情に、喜三郎は、せっかくの阿栗への心遣いも無駄であったことを知った。
「見たかや喜三公。この通り、金比羅はんのお札を仰山貼ったさけ、狐もおそれてよう近づかんど。おい、お前ちゅう男はなんちゅう悪戯さらすねん。阿栗に狐つけて苦しめくさったが、わしらに看破られて、しょうことなしに追い出しよったな。今度だけはこらえたるが、もういっぺんやりよったら警察へ突き出したるぞ。これからは金比羅はん祈って、お前の魔術が効かんようにしてこましたる。お前もええかげんで改心せい。昔から悪の栄えたためしはないのや。元の乳屋なとして、お宇能はんやお世祢はんを安心さしたれや。お前んとこが難儀すると、やっぱり黙って見捨てておくわけにいかんさけ、親切に気をつけるのやで。恩を仇で返すやないぞ」
 覚悟はしていたものの、怒りで、眼の前がくらくらした。何を言う気もしなかった。ただ阿栗が不憫であった。案の定、治郎松の宣伝にはさらに拍車がかかった。
「うちの阿栗に、喜三公がド狐つけて苦しめよった。わしらに責めつけられたさけ、骨折ってつけた狐を、しょうことなしに追い出しくさった。阿栗の体からド狐の抜け出すのを、わしはこの眼で確かに見たぞ。喜三公の命令一つでポンととび出しおった。わしばかりやない。広吉もいっしょに見とる。生き証人や。ほんまやど。親類のおれが言うのやさけ、嘘やないど。みな、喜三公に用心せいよ」
 雲雀のお悦がそれを聞いて、意を強くした。自慢して、会う人ごとにさえずった。
「やっぱりな。うちの敬にも憑けよるところやったで。うちはぴんと感づいたさけ、門前払いくわしてやった。甘い顔したらなめられるさけ、塩ぶっかけて、頭からどやしたるが一番や」
 噂は一日で村内を一巡した。

 浪花行き以来、あまりにも失敗の連続であった。それもこれも自分が至らぬせいよと、喜三郎は省みる。渇した者が水を求める如くむしょうに清い清いものを欲した。
 ――ようし、もういっぺん、高熊山の修行のし直しや。
 けれども、今の喜三郎は昔の喜三郎ではない。喜三郎の周囲には霊学の修行者がいて放置もならず、緒についたばかりの亀岡の霊学会出張所の指導もおろそかにはできぬ。
 ――第二回の高熊山修行は、寸暇を見つけて、不連続的にせねばならん。現界の行もつとめながらや。今度の修行で、わしは、さらに何かを、必ず何かをつかんでみせる。

 時鳥が一声鋭く鳴いて雲の低い夕空に飛び立ち、初夏の風が若葉を渡る。
 松の枝からもれる月影をあびた喜三郎は、高熊山の岩窟の上の千引岩に端座し、幽斎の行に入っていた。
 神を斎き祀るに、顕斎と幽斎の二法がある。
 顕斎とは宮・祝詞・供物・御幣などによって荘厳で美しい形式をととのえ、天津神・国津神・八百万の神を祀って神の恩恵を称え、また感謝の心をあらわすの道である。
 幽斎とは宮・祝詞・供物・御幣などもなく、ただ、おのが霊をもって誠の神に祈るの道である。
 いわば顕斎は祭りの道、幽斎は祈りの道――顕斎にのみかたよるも悪しく、幽斎にのみかたより過ぎるも良くない。
 夜が深まるにつれ、身も心も澄みきって、神人感合の境に入り、喜三郎の霊魂は肉体を離れて霊界に遊ぶ。
 第一回目の高熊山修行の時、喜三郎はすでに霊界を探険しあらましの知識を得ていたが、もっとくわしく知りたい想いがいやましにつのっていた。
 人間は死を境にして霊界に復活し、死後の生活に入る。その霊界は神界・中有界・幽界の三大境域から成る。神界は神道でいう高天原、仏教でいう極楽浄土、キリスト教のいう天国である。中有界は神道での天の八衢、仏教では六道の辻、キリスト教の精霊界だ。幽界は神道の根の国・底の国、仏教では八万地獄、キリスト教のインフェルノ(地獄)にあたる。
 喜三郎の霊界探険は、時間空間を無視しておこなわれる。現界では物質的法則によって時間空間の制約を受けるが、霊界は意志想念のおもむくまま自在に時空を超越するからだ。
 喜三郎の霊身は、瞬時にして、八衢の米の字形の辻に立っていた。
 人は霊魂と肉体とで成り立つ。霊魂は人の本体、肉体はその容器、衣服である。衣服が破損したり、くたびれたりして、つづくろっても縫い直しても使用ができなくなった時、霊魂は「死体」という形で衣服を地上に棄て、独り霊界に復活する。その意味では、死は霊魂と肉体との永遠の訣別といえよう。
 人の死後、霊魂がまず行きつくべき所が中有界、すなわち八衢で、善悪あいまじわる霊魂が集まり、ここでその善悪が立てわけられ、天国行きか地獄行きかが決まる。ただし例外はある。極善極真の霊はただちに天国へ昇り、極悪極邪の霊はただちに地獄へ堕ちる。この八衢で、おおかたの霊魂は、天国または地獄へ行くための情態を経る。
 外分の情態→内分の情態→準備の情態である。
 あらゆる事物に内面と外面が存するように、霊魂にも内面と外面があり、それを内分・外分という。内分とは霊魂そのものの想うところ、偽りのないまことの心である。外分とは表面の心というか、本心をよそおい隠す心だ。現界の事物に影響を受けた肉体的感覚とか、記憶とか、知識とか、その知識をもとにした言語・動作などで形成される。
 現界の人間は内分を外分でおおい、さらに肉体という仮面をつけているため、内分の真の姿は容易にうかがい得ない。「外面如菩薩内心如夜叉」という場合も多々ある。けれど霊的法則の支配を受ける霊界では仮面の役割を果たす肉体がなく、意志想念そのものが霊身の容貌姿態となる。善を想えば善の顔、悪をなせば悪の顔になり、いささかのごまかしもきかぬ。この原則を「内外両面の一致」といい、霊界が「意志想念の世界」といわれるゆえんである。
 死の直後、八衢にくる霊魂の容貌姿態はまだ現界のままであり、貧富教養の差などの外面をとりつくろう習慣も持続している。これが外分の情態である。
 やがて「内外両面の一致」の霊的法則により外分がはがれ、内分が表面にあらわれて次第に変化し、ついにその霊身は内分そのままに美しくもなり、醜くもなる。生前、醜女であったものが絶世の美女となるのも、美女が二目と見られぬ醜女となるのも、その内分次第で、ここでおのずから霊界の境域が定まる。これが内分の情態である。
 天国行きの霊魂は準備の情態に入り、必要な天国の知識を与えられる。地獄行きの霊魂にその情態はない。
 霊魂が八衢にとどまる期間は現界の時間でいえば数日・数週間・数年とさまざまだが、三十年以上いることはない。ふつうは五十日間とされる。この期間の長短の差は「内外両面の一致」の遅速による。偽善者はおのが邪悪な内分の暴露をおそれて抵抗するため、その期間がどうしても長い。やがては外分の鍍金がはがれ落ち、醜陋をきわめた面貌がむき出しとなる。
 生前の夫婦・親子・兄弟・朋友・知己といえど、天国や地獄で再び見え、あい識ることはない。ただし同一の信仰・愛・性情にあった者は、天国においてもあい寄ることができる。
 八衢の辻に立つ喜三郎は、多くの精霊に出会った。死者の精霊ばかりか、生者のもある。
 生きている人の霊魂が中有界にさまようのを見ても、今さら驚かぬ。すでに第一回の高熊山修行において、その理を聞かされていたからである。霊界とは死後に行く世界と思いがちだが、実は現界に即して、一体的・同時的に存在する。現界に生きながら、霊魂は相応する神界にも、中有界にも、幽界にも籍をおいているのだ。
 喜三郎の存在に気づかぬのか、誰も声をかけてこない。ゆっくりと道行く人を観察できた。まだ現界に肉体を持っている精霊は、死者の精霊と明らかに判別できた。彼らは思いに沈みつつ黙然として前後左右に徘徊し、あたりをかえり見ない。もし喜三郎が声をかければ、その精霊は忽然と消え去り、現界に存する肉体に戻るであろう。
 喜三郎は、八方に分かれた道の一つを選び歩き出す。山を越え、谷川を渡り、荒野を過ぎると、青葉の萌える岡に達した。岡の上には千年を経たと思われる一本の老松が立つ。ここはどうやら天国と八衢の境界らしい。岡の彼方からは、天人が奏でるか、笙の音がそよ風に乗り運ばれてくる。
 老松の下の岩に腰かけ、あたりを眺めた。八衢側は小暗く、天国側はまばゆく明るい。八衢が秋の風景ならば、天国は春か夏の風景、地獄は荒原たる冬景色というベきか。
 急に喜三郎は眼を凝らした。八衢側の岡を、さびついた古めかしい甲冑姿の老武者が息をあえがせ、よろよろと登ってくる。
 老武者は喜三郎の前に立ち、弱々しい微笑を投げかけた。喜三郎は思わず問う。
「見かけんお人やが、なんで今ごろ、そんなけったいなもん、つけたはるねん。重たいやろに?」
「重とうござる。重とうて、重とうて……」
 よろける武者の手をとり、喜三郎は言う。
「そんなもん、脱ぎなはれ。敵なんぞ、ここにはおりまヘんで」
「それが今となっては、脱ぎとうても脱げぬ。わしの業の深さが、長い長い時とともに、わが肉に食い入ったのかのう」
「もしやあんたは……」
 恥ずかしげに、老武者はうなずく。
「わしが現界にいる時は、徳川家康と名乗っておった」
「そうか……あんたがあの……海道一の弓取りとうたわれ、天下を統一して江戸幕府の基礎を築かはった……」
「いかにもさようでござる」
「けど、けったいなこっちゃのう。三百年も前に死んだはずの征夷大将軍がなんで今ごろ、八衢なんぞをうろついたはるのや。たしか八衢には三十年以上おることはないはずやが……」
「三百年……おお、永らく地獄に呻吟しており申したが、それにしても三百年とはのう……。このほどようやく地底の闇を抜けてここまで辿りつくことができ申した」
「あんたはんが地獄に堕ちてなはった?……あの血なまぐさい戦国時代とやらを終焉させ、史上まれに見る太平の時代を招いたあんたはんの功績は量り知れぬほど偉大やと思うてたんやが……」
「確かにその功績は認められても、道ならぬ道によって天下を握った罪の重みは……これこの通り、焼印のようにわが身に食いこんで消えんのじゃ」
 老武者の顔は苦渋に満ちていた。
「そうでっか。わしにはまだよう分かりませんが、現界と霊界との価値観はまるきり違うみたいやなあ。けど、あんたの霊は、東照大権現として、日光山に祀られているはず……」
「さよう。汚れた身が神として神宮に祀られ、ひとしお苦しい。祈られる度に、忘れてしまいたい現界での罪業がくり返しよみがえってきて、肉を裂かれる思いでござる」
 皺深い彼の眼から、涙がこぼれ散った。と、あたりの空気が急に清澄度を増して晴れ渡り、闇の向こうから流れてくる妙なる音楽がさやさやと響いたと思うや、きらめく光茫が空を切って走り降る。その光に打たれてか、老武者は骨ばった掌で両眼をふさぎ、うめいて倒れ伏した。
 光輝に包まれ降り立つ神にひざまずき、喜三郎は問う。
「何とぞ、み名をお聞かせ願います」
「この方は、そなたの幸魂・言霊別神である」
 あまりの意外な仰せ言に驚き顔を上げると、すでにそのみ姿はなく、一筋の光が雲のあなたに遠ざかるのが望見された。
 ――そんな阿呆な。あの神々しいお方が、わが一霊四魂の一つ、幸魂の顕現やなんて……。
 喜三郎は呆然となる。
 身を起こした老武者は喜三郎のそばににじり寄り、涙にぬれた面に必死の願いをこめ、言葉まで改めて嘆願した。
「三千世界の救い主さま、何とぞわしを天国へお救い下され」
 無意識のうちに、喜三郎は口走る。
「その方の罪を許す」
 瞬間、老武者の霊身から甲冑がはがれ落ち、精気に満ちた三十前後の若者の姿に変貌する。
 ――そうか、権力の象徴ともいうべき甲冑をはがすことで、ようやくこの男の外分がとれ精霊はよみがえったか。
 はっと吾に返ると、身は高熊山の岩上にあった。松にかかる月はほとんど動いていない。長い八衢探険だと思っていたが、現実にはいくばくの時も経過していなかった。霊界が時間空間を超越し古今のけじめもないことを、身をもって悟るのだった。

 真夜中の月は澄みきり澄みきり、颯々と峰吹く風はいっさいの邪気を吹きはらうかのようだ。松の木の下には、つつじの花が露を含んで咲きにおう。いつとは知らず、喜三郎の霊魂は再び霊界の旅へといざなわれる。
 日も月もなく昼とも夜とも知らぬ枯野原を、喜三郎はとぼとぼと行く。途中、同じ曽我部村に住む夫婦づれに出会った。大地主であり、現界ではぴんぴんして小作人いじめも盛んだから、魂だけが肉体を遊離して、さまよい歩いているのだ。声をかけたが、夫婦はかがみこみ、黙ってうつむくままである。
 あたりは暗さを増した。茅野の奥から青白い大きな火の玉が近づき、夫婦の頭上に落下した。絶叫が上がった。夫婦は二箇の火の玉に変じ、都合三箇が宙空に入り乱れてもみ合う。初めの火の玉が男の妾の生霊だと、喜三郎は感じた。三角関係のもつれで紛糾している現界の状態そのまま、霊界でもこのようにいがみ合っているかと思うと、恐ろしくなる。喜三郎は静かに神言を奏上する。三箇の火の玉は次第に容量を減じ、ついには全く姿を消した。
 道の行手を細く深い泥川がさえぎる。泥川の底から鉢巻きをして眼のただれた大坊主が一人、また一人と浮かび上がり、よじ登って、喜三郎のいる岸に立った。大坊主は六人で、それぞれ長い棍棒をたずさえている。あきれて眺めている喜三郎の目前で、大坊主どもは棒高跳びの要領よろしく棍棒を支えに泥川を跳び越え、向こう岸に単横陣を張る。
 彼らは眼をむき、棍棒をふりかざして口々に叫ぶ。
「こら、喜楽……この川は渡さぬぞ」
「何ぬかしてけつかる。よーし、見事に跳びこえて見せたるわい」
 言うなり喜三郎、泥川ばかりか大坊主どもの頭上をひらり跳びこえていた。
「こいつ、猪口才な……」
 大坊主たちは棍棒をふりかざし向かってくる。天の数歌を宣りながら喜三郎は素手で防ぎ戦う。言霊の威力か、古い壁土がくずれ落ちるように次第に大坊主の肉がそげ落ち、ついには骨と皮ばかりの髑髏になる。髑髏は手をさしのばし、よろめきながら、喜三郎にもたれかかってくる。肉のついている時と違って、おぞけ立つほどいやらしい。たまらず逃げ出した。
 六人のがりがり法師はかたまって一つの青い火の玉と化し、喜三郎の頭上で気色悪いうなり声を上げながら、前後左右に荒れ狂い、襲いかかる。
 六人の法師――ろっぽう……。
 こんな言葉が、せっぱつまったこの刹那に、喜三郎の脳細胞を刺激する。
 手を振り上げ、足を高々と六方に踏んで見得を切る顔、隅取った役者の姿が映じる。――しょせんは虚飾――しょせんは約束事――。
 次に武装した僧侶の集団――奈良の興福寺の六方衆。
 さらには法令の条文を一冊におさめた六法全書の名まで浮かぶ。地中からは、氷のように冷たい骨ばかりの手が幾十本となく生え出て喜三郎の足をつかみ、ひきずりこもうとする。
 震える唇に揮身の力をこめて、喜三郎は、ようやく「カンナガラ……」と言霊を発する。空中の火の玉も地中から生えた手も跡かたなく消え失せ、元の枯野の原である。
 濁流みなぎる大川まで辿りついた。あたり一面、なまぐさい臭気がただよい、大小幾多の蛇が火焔を吐きながら泳いでいる。どうしてこの川を渡ったものかと思案していると、岸辺の草むらから、渋紙面をした背の高い老婆があらわれた。
「やれやれ、今度は婆さんか」と、喜三郎は思わず嘆息する。
「姿さんで悪かったのう。ボボ喜三と言われたお前に、女を選ぶ資格があるかい」と、老婆はしゃがれ声で迫る。
「やあ、よう知ってけつかる」
「お前のことなら何でもお見通しじゃ。さあ、裸になれ」
「む、むちゃ言うな。女日照りのない世に、何を好きこのんでお前などと……それに今は、神の道の修行者や。たとえ絶世の美女に迫られたかて……」
「まだ助平心が治らぬのか。色恋でなら、わしだってお前など選びはせぬ。お前の着物を剥ぎ奪るのは、三途の川守りとしてのわしの役目じゃ」
「ははあ、さては悪名高き三途の川の脱衣婆か。婆のくせに追剥ぎなんて阿漕な稼業からこの川水で足を洗うて、さっぱり改心したらどや。こんな陰気くさい川端でぐずぐずしとらんと、一日も早う天国ヘ行け」
「あいにくと、天国はわしの一番きらいな国……人の着物を剥ぐのが、わしの性に合うとる。いっそお前も改悪して、わしに手を貸さんかい」
「なんとえげつない婆じゃ。おやおや、向こうからお得意さんが来よるで」
「ありがたや、商売繁盛……ひっひっひっ……」
 三人の男の亡者が、婆の手招きによって、魅せられたように近寄る。全くの無抵抗だ。婆の手が亡者の体にふれるやいなや、衣被の皮でもはぐように、衣類がするりと脱げ落ちる。その熟練の業に、喜三郎は見惚れた。
 脱衣婆は裸でふるえ泣く亡者を心地よげに眺め、今度は喜三郎に向いて長い黄色っぽい舌を出し、嘲笑った。
「見たか喜楽、今度はお前の番じゃ」
「この寒空に殺生な、風邪ひくやんか。こらえてくれ、頼む」
 逃げようとあがくが、足に根が生えたのか、びくりとも動かぬ。
 喜三郎もまた、見事に裸にむかれていた。
 裸体の四人は川岸に立ち、寒さに震えながら、大小の蛇の群れ泳ぐ三途の川を心細く眺めた。ふいに一人が悲鳴をあげて前のめりに傾いた。背後から、婆が背を押したのだ。濁流に転落した亡者は、たちまち大蛇に呑みこまれる。
 とっさに喜三郎は一心不乱に神言を唱え、「惟神霊幸倍ませ」と宣り上げた。大蛇がガッと亡者を吐き出したかと見るや、三途の川も婆の姿も消え、花爛漫の野辺にいた。いつのまに身にまとったのだろう。彼らは元の衣服を着用していたが、ことに喜三郎の着物は、以前にまさる美しいものに変わっていた。
 喜三郎の先達で、亡者たちはたどたどしくも感謝の神言を奏上する。
 嚠喨たる音楽につれ、崇高い三柱の女神が舞い降りる。かたじけなさに、彼らは地に伏して涙する。喜三郎の問いに答え、三柱の女神は多紀理姫・市寸島姫・多岐都姫とそれぞれの神名を名乗り、須叟にして三神合し、一柱の女神と化される。
 ――ありがたや、この女神は素盞嗚尊の佩かせ給う御剣から生まれられた三つの御霊、まさしく瑞の御霊や。
 なぜだかむしょうに懐かしく、慕われてならぬ。

 高熊山の岩窟にありと思えば霊界に遊び、霊界にありと思えば現実界に引き戻されて思念をこらす時を待つ。喜三郎の霊魂は、夜明け前の松風の音にふわりふわりと乗って、高山の千引岩の上に安着した。見渡す限り、剣の刃のような岩石だ。谷底を見下ろせば、千丈の断崖絶壁である。寒風吹きすさび、谷底から湧く深霧はふくれ上がって、足を凍らせる。
 祝詞を唱えるうち、たちこめた霧がうすらぎ、展望が開ける。岩山にいるはずの喜三郎は、いつしか百花咲き乱れる花園の中に降り立っていた。のどかで爽快な気分に満ち、しばし恍惚の境に入る。
 目路はるか向こうの空より、紫の雲を押し分け、歓喜に満ちた言寿に包まれ、黄金の光まばゆい神輿が進んでくる。神輿のまわりには、幾百とも知れぬ旗指物が林立している。
 空中を流れるように走る神輿は、喜三郎の前に静かに下る。扉が開き、玉容まばゆいばかりの崇高い神があらわれ給う。
 ――あ、国常立尊さま。
 第一回高熊山修行で、喜三郎はすでに拝顔している。
「上田喜三郎、この方と共に、今より天国に来れ」
 かたじけなさにひれ伏す喜三郎の背を、神はやさしく撫で給う。
 思わず天地開けた心地し、感激の涙が腮辺を伝う。
 この時、空中の一角より、言寿の声に包まれた朱塗の神輿が馳せ来り、紅の扉を押しあけて、きらきらしい女神がほほえみつつあらわれ給うた。
 女神は男神に黙礼した後、喜三郎を見つめて静かに宣り給う。
「わらわは稚姫君命です。そなたには大地の世界を救う重大な使命があります。そのためには天国の模様を知っておかねばならぬ」
 思わず合掌する喜三郎。折しも万歳のどよもす声に顔面を上げるや、銀色に輝く神輿が舞い降る。国常立尊と稚姫君命は左右より手をそえ、喜三郎を神輿に入れた。いぶかしや、風もかつぎ手もないのに、神輿は数知れぬ旗指物に守られて地を離れ、空中に飛翔する。
「弥永久世弥長……」
 祝言を宣る言霊が天地に鳴轟する中、三台の神輿は五色の雲の階段をつぎつぎに登って最奥天国に達する。天国の太陽は現実界の太陽より遥かに明るい。神輿は黄金山上の長生殿にかき入れられた。長生殿は十字形の珍の宮居だが、その荘厳さ、美麗さは言葉でもあらわせず、絵にもかけぬ。
 国常立尊は宣り給う。
「この宮をやがて地上にうつし、汝に授ける。いよいよ豊葦原の全地の上に神の国を築くべき時節がめぐりきた。邪神の荒ぶ澆季末法のこの時、上田喜三郎は至粋至純の惟神の大道をきわめ、神の使いとして全世界に神の道を弘め、人類を神のもとに覚醒させよ。身魂を潔めて、真の勇・真の親・真の愛・真の智慧を輝かし、暗黒の世界の光となり、温みとなり、人心を清める塩となり、身魂の病を癒す薬となれ」
 稚姫君命はのたまう。
「そなたは群芳の中で三柱の女神の姿を拝したであろう。天国に導く前に、そなたの精霊に対面さしたのです。今後は瑞の御霊の神柱なるを自覚し、地上の光となり花となるよう努めなされ」
 神言の一つ一つにいぶかり、驚きつつ、喜三郎は衿を正す。
 長生殿にかかる真澄の鏡には、頭に輝く宝珠をかざした女神の姿が映っている。その前に突っ立ち、とみこうみしながらも、それが自分と気づくまでには間があった。
「これがわしの精霊の姿……あ、つまりその……女や、わしは……」
 二柱の神は長生殿の奥殿の御扉深くかくれられ、女神と化した喜三郎一人、惘然と立つ。吾に返ると、神庭には、神人たちが冴え渡る楽の音に歓ぎ舞う。魅き入れられるように踊りの群に分け入った。神人たちは女神の喜三郎をとりまいて踊る。その姿のおもしろさに、喜三郎は大声で歌った。
 天地にとどろくわが声に愕然として目ざむれば、身は高熊山の岩上――。東の空はあかあかと紫の雲たなびき、清涼な朝風が五体を浄めるよう。樹々の梢には百鳥がさえずり始めた。やがて東の山の端から真紅の太陽がのぼり、朝露の玉を宝石のように輝かせる。そのすがしさ、美しさはそのまま天国の延長かと思うばかり。
 感謝の祝詞を奏上しつつ、喜三郎は、神のもたらしたメッセージの重さに粛然となる。と同時に、心の底から勇みに勇み立つのを押えきれない。
 ――わしの霊魂はどうやら女性らしい。なんやけったいなこっちゃ。おまけに瑞の御霊の神柱……。その尊い神柱には世界を救う使命があるそうな。ということはわしが救世主。どえらいこっちゃわい。ま、それもよかろう。
 だいそれた救世の使命の自覚を、二十八歳の喜三郎は、さして誇大だとは思わなくなっていた。

 高熊山の岩窟は、巨岩が露頭し谷に面して切り立った崖の中腹にある。その岩窟の上には、まるで人工でうがった台座のような、大小四十八個の天然の凹みがある。第一回の高熊山修行の際、その凹みの中にそれぞれ四十八人の天使が坐ってみろくさまのお話を傾聴しているさまを、喜三郎は霊眼で視ている。以来、喜三郎は、その凹みを「四十八宝座」と勝手に名づけている。
 幽斎修行者の指導を琴に任せたまま朝から高熊山に登った喜三郎は、四十八宝座の右手の懸崖から一筋の水がぽとぽとしたたっているのに気づいた。その水を伝って谷底深く下りると、わずかの水たまりができていた。手ですくってむさぼり呑む。渇したのどには甘露とも何とも形容しがたい。
 山腹をよじ登って、再び岩窟のある場所に出た。岩窟のななめ右に崖から身を乗り出し突き出ている岩石を、蝦蟇岩という。下から眺めると、巨大な蝦蟇のように見える。その蝦蟇岩に座して鎮魂の姿勢をとった喜三郎の瞳に、一株の三つ葉つつじの花がとびこんだ。
「朝日照る、夕日輝く、高倉の、三つ葉躑躅のその下に、黄金の鶏小判千両埋けおいた」
 名もしらぬ鳥が里人に告げたという伝説を思い出していた。
 ――黄金の鶏、小判千両。あの三つ葉つつじの下に宝が……。
 その思いが脳裡に閃いた刹那、喜三郎は激しい頭痛に昏倒し、遊離した霊魂が落ちていく。
 見渡す限りの青野原を、喜三郎は急いでいた。いずくともなく、さわやかな声が響く。
「汝、つつじの下を掘れ」
 はっとして立ち止まり、見廻すと、あたり一面、丹つつじの花が咲きにおう。
「つつじの下いうても、どのつつじでっしゃろ」
「三つ葉つつじの下を掘れ」
 よく観ると、咲き誇るつつじはどれもこれも三つ葉――姿は見えず、すがしい声のみが翼をもって乱舞するように「三つ葉つつじ、三つ葉つつじ」と前後左右に響き渡り、喜三郎を責めさいなむ。
 ――そんな殺生な。こんなようけの三つ葉つつじ、とても一人で掘り尽くせへん。
 手をつかね、茫然とたたずむ。
 清爽な楽の音につれ、紫衣をまとった神々しい女神が現われた。どこかで見たことがある。喜三郎はかしこみ、つつじの野にひれ伏す。
 女神は宣る。
「醒めてある時、そなたは物質の宝に迷ったであろう」
「す、すみまへん。迷ったつもりやなかったんですが、岩窟の傍に三つ葉つつじを見つけて、ちらっと……頭の隅にほんのちょっとだけ、千両の小判のことが……」
「よく聞きなさい、喜三郎殿。神界は意志想念の世界、相応の世界ですよ。塵の穢れも許されません。そなたの僅かと思った欲念が、これだけの三つ葉つつじを生んだのです」
「ほんまに恥ずかしい限りです」
 口先では「顕幽一致」などと簡単に言いながら、行うことの困難さを、喜三郎は思い知った。いっかどそうに惟神の道の修行をしているつもりで、心にはまだ体主霊従の穢れがしつこくこびりついていることを悟る。
 言葉しずかに女神は告げる。
「わたしはそなたのまことの精霊です」
 ――そうか、どこかで見たと思うたら、花園で会った三女神の化神やった。
「そなたの心が曇ったが故に居りがたく、たまゆらにそなたから離れました」
 清冽無垢な女神の声を聞くにつれ、喜三郎は、おのが心の醜さ、弱さが洗い流されるような気がする。
「どうやらそなたの心も晴れたようですね」
 女神はほほ笑み、喜三郎の体内に吸いこまれて行く。つつじ野から立ち上がった喜三郎はしなやかな身のこなしで歩き出す。唐紅の薄ぎぬが裾を引いてまといつき、それを包んで紫の雲がたなびいている。
 女神と化した喜三郎は、いつとはなく、天教山の頂きに端座していた。満天晴れ渡り、眼下の海には金波銀波が輝き、最奥天国の紫微の宮にいる心地である。
 天教山頂にいるはずが、気がつけば富士山頂に変わっていた。霊界と現界が合わせ鏡とすれば、霊界の天教山は現界の富士山に相応する。三保の松原が波の上にただよい、息のむばかり美しい。山頂には深い雪がありながら、少しも寒さを感じない。東方を眺めて、はっと心が曇った。武蔵野から立ち上る黒煙が天にみなぎっている。
 ――武蔵野に住む人の心が濁りきっているから、あのような妖雲が立ちのぼるのじゃ。
 日本の将来は、あの不吉な黒霧に閉ざされてはならぬ。
 一瞬の思いが歌となって、唇をついてでる。
   日の光り昔も今も変わらねど
       東の空にかかる黒雲
 裾野から白雲がむらがり起り、視界をさえぎってくまなく喜三郎を包む。ここが天教山か富士山か、けじめがつかなくなってきた。やがて雲を破って真紅の太陽が昇り、白い雲海は茜色の雲の波に変わる。あまりの壮厳さに、喜三郎は四拍手して天津祝詞を奏上していた。と、忽然として、姫神が顕現される。
 姫神はおごそかに名のり給う。
「われこそは富士の神山の守護神なる木の花姫です。いついかなる時でも、そなたは惟神霊幸倍坐世の神文を忘れぬように……」
「ありがとうございます」
 その神文を、喜三郎は夢中でくり返し唱えた。一声、一声が光の波となって、はてしない天界に吸われていく。奥深いところからそれは木霊し、無数に響きあって、天も地も揺れ動くかのようだ。人にも説き、自分でも唱えてきた言霊でありながら、これほど尊い生言霊とは思わなかった。あふれ落ちる涙をそのまま瞳をひらくと、涙の膜の向こうで木の花姫がひざまずき、合掌している。
 気がつくと、光の波はわが身をまぶしく巻きこむ黄金の渦となって、速力を増している。颯っと姫神の姿が消え、喜三郎は中空を翔っていた。
 夢の間に、饅頭形の平担な山上に安着した。青葉のはざまに百花が匂う花園だ。風の薫りも甘くすがすがしい。周囲には形よい山が重なり並ぶ。中空の月は現界の太陽ほどの明るさで、真昼と変わらぬ。それでもしっとりと夜気がただよい、夜露が花々をぬらしている。みずみずしい青い月光にうっとり見惚れていると、突然声をかけられた。
「いかがです、お気に入りましたか」
 驚いてふり返る。その視線に出会ったせつな、喜三郎は元の姿に戻っているおのれを感じた。中有界探険の時に出会った言霊別神が立っていた。
「これは、言霊別神さま、おなつかしう……」
 そして「久しぶり」と続けかけて言葉をのんだ。おのが幸魂と告げられた八衢で言霊別神と別れたのはつい先ほどのような気もするし、遠い昔とも思う。霊界は時間空間がないので、現界みたいにはいかない。喜三郎は、おざなりな言葉で答えた。
「ほんまに天国の月夜はすばらしいですなあ」
「いや、天界には違いないが、そこは天国ではない」
「……とすると?」
「天界には天国と霊国の二大境域がある。あなたがすでに行かれた黄金山は天国だが、ここは霊国です」
「へえ、ここが霊国……天国とはどう違いますのやろ」
「天界は愛善と信真で構成される霊的楽土ですが、愛善中の信真の比重により、おのずから天国と霊国とに分かれます。愛を主とし信を従とする愛主信従の天国と、信主愛従の霊国で、それぞれにかなった天人たちが住んでいます。天人と言いましたが、正確には、天国の精霊を天国天人、霊国の精霊は霊国天人または天使と言別けています」
「天使……ははあ……ところで天国にも霊国にも蓮の池をいっこうに見かけまへんが、極楽浄土に住む仏さんたちが蓮の台に坐っとるちゅうのは、どうなりまっしゃろ」
「仏教でいう蓮華台ですか。それは方便です。天人といえども、日夜歌舞音曲に酔いしれ、遊んで暮らしているわけじゃない。主神が万の物をお造りになったのには、それぞれ目的がある。用です。用のない生物は、霊界にも現界にも決して存在を許されない。ましてや天人にはその霊格にふさわしい天職がある。それを楽しみつつ神業にいそしみます。天国では祭祀がもっとも重要な神業とされる。この宇宙を生言霊によって造り出され、統べられつつ、今もなお不断に活かさせ給う主神のお働きに合して言霊を宣り、天地に湧きおこる罪けがれ、曲津の妖邪の気を祓い清める」
「すべてを活かそうとする神の御意志と、こわそうとする邪神群とのたたかい……そうか、肉体を持たぬ曲津を切るのは、言霊しかない。活かすも切るも言霊や。八衢でわしが見たのもそれやった」
 言霊別神は大きくうなずく。
「すると霊国天使の役割は?」
「主神のみ教えを宣べ伝え、言向け和して悟らせるのが使命です。愛善に充ちた天人と信真に充ちた天使とでは、おのずと役割が違うのは当然でしょう。祭祀は天国でのみ行なわれ、祭典がすむと、霊国の天使が天人たちに愛善を説き信真をさとし、円満なる天人の智慧証覚をいっそう清澄に磨き上げます。また天使はその霊格に応じて、地上のみか地の底まで降りていきます。神の光に背を向け、その声に耳をふさぐ幽冥界の霊魂を、さまざまに身を変えつつ改心させ、救い上げる。天人は、天使のように道を説くことは許されず、天使は天人のように祭祀には奉仕できません」
「へえ、きびしいもんですなあ」
「天国や霊国は最奥天界から第二、第三天界と三段階に大別され、その中にもまたさまざまな段階があって、団体を作っています。大きなのは十万人、小さいのは五、六十人。愛と信との情動いかんで、相応の理により、自然に集い寄ります」
「相応の理ちゅうと……ここは現界と違うて、もともと物質世界やないさけ、今わしの眼に映るこの山や川や草木かて、どうやらあてにはなりまへん。同じ景色かて、仏者が眺めたら蓮華咲く浄土と映るかも知れんのや。ちょっとうかがいますけど、あなたのごらんになってる風景は、わしの見てるのと同じでっしゃろか。つまり霊国のほんまの姿を今わしが見てるのかどうか……」
 言霊別神は笑いかけ、
「失札ながら、この景観そのままは、まだあなたの眼には見えますまい。わたしはあなたの幸魂ですが、あなたの本霊に今以上の神的智恵が備われば、四魂そろうて私と同じ眼でこのすばらしい御園が見られましょう。けれど天界に相応しない霊魂に天界の真の姿をまともに見せたら、強烈な光に眼が焼きつき、絶景を楽しむどころか、激痛に耐えられますまい」
「ぼつぼつ分りかけてきたようやが……、ところでこの輝くような山の御名は?……」
「霊国一の名山とされる月照山です。ちょうど月の大神さまの宮殿の入口にあたります」
「月照山……ほんならそこからのぞいたら、大神さまのお姿が拝めまっしゃろか」
「とてもとても……大神さまのお光が強すぎて、その御本体を誰も拝むことはできない。主神は天国では太陽、霊国では月として顕現されます。ですから天国では日の大神さま、霊国では月の大神さまと称えていますが、元は一つ、主の大神さまのあらわれに他なりません」
「おかげで主の大神さまのお働きの一部が分ってきましたが、その御名は?……」
「神素盞嗚大神と称えています。現界では、この造物主、独一真神について、いろいろな御神名で呼んでいます」
「ところ変われば、呼び名も変わるちゅうわけですなあ。神道では天之御中主大神、キリスト教ではゴッド、ギリシャ神話ではゼウスの神、ユダヤ教ではエホバ、回教ではアラー、支那では天・天主・天帝、易では太極、仏教では阿弥陀如来さまがそれにあたりますかなあ。実は同じ主神を拝んどるのに、互いに憎しみ、争い合う。宗教戦争がいかに無意味でばかげたことか、ようやく悟らせてもろたとこですわ」
 喜三郎は、煌々と輝く月に向い、思わず拝跪していた。
「少し霊国を案内しましょう」
 言霊別神が喜三郎の手を引くや、たちまち身は岩山の上にあった。
 岩の間には常磐木が繁り、枝と枝、葉と葉がふれ合い風琴の音をかき鳴らす。眼下の谷間には青々と水をたたえた池があり、鴛鴦が群れ、魚鱗の波が金色にきらめく、いつのまにか言霊別神の姿は消えている。岩山を下り池畔にたたずむ。足下には五色の菖蒲が咲ききそい、水鳥が親しげに近寄ってくる。
 ふいに池の面に波紋が立つと見るや、大小の島々が巨浪をまき起こしつつ次々と湧き出る。波が静まり、生まれたばかりの大きな島に、荘厳な檜造りの宮居がそびえる。宮のまわりに生えた小松は見る見る伸び、形よく枝を張って宮を覆う。松の枝には、鶴が巣をかまえて千歳を寿ぐ。
 黄金の舟が水面に浮かぶ。神人が舟を岸に漕ぎ寄せ、喜三郎を手で招いた。喜三郎が舟上の人となると、神人は水棹をあやつって舟を大島につけ、汀につないだ。磯辺に下り立って四辺を見廻す。妙なる音楽、魂を洗うさわやかな風、木も草も黄金色に光り輝く。空には数知れぬ鳥が翔し、地には大小無数の緑毛の亀が遊ぶ。
「よくごらんなさい。ここが龍宮島ですよ」と、神人が告げた。
 そうか、龍宮は昔に聞く宝の島やそうなが、その宝はどこにあるのやろと、喜三郎は眼を凝らす。視界が薄暗くかすんでゆき、ものの形がなびくように流れると、身は高熊山の岩窟にいることに気づく。ふくろうが眠たげに鳴き、岩ヶ根の露の冷えた小夜更だ。
 ――しまった。まだ現界の欲が離れんのかいな。
 臍をかむ思いだ。見たばかりの龍宮島を名残り惜しく思い返しつつ、岩にへばりついて生える岩梨の黒い実を頬ばってのどの喝きをしめす。鎮魂の形を正すや、再び精霊は霊界へと戻って行く。

 黄金色の翼をひるがえし、鷹が天翔った。目路の限り百花繚乱の野を、木の花姫の先導で、喜三郎は行く。小鳥は歌い、蝶は舞い、山野は生の息吹きに充ちる。
 ややあって、大きな川に行きあたった。川には金色燦爛と輝く長く大きな反橋がかかり、その遥か先、うち仰ぐ雲のあなたに、煌く宮殿がある。
「あれが月の宮居、この橋を渡れば霊国は間近です」と、木の花姫が教える。
 鏡のように滑らかな橋に映る我が姿に、喜三郎は愕然とした。いつしかわが身が、またしても五色の衣をまとった美しい女神に変じている。
「この橋を黄金の大橋と申します。神界旅行の旅人は、この橋の袂までくると、その美麗さと荘厳さに肝をつぶし、中には反橋を昇ろうとして滑り落ち、川にはまりこむ者もあります。ですからこの橋を渡るには、いっさいの荷物を捨ててはだしになり、足の裏を平たくくっつけて歩かねばなりません。またこの橋は一点の曇りもなく輝いてそれぞれの身魂を映し出し、本性をさらけ出すのです」
 木の花姫の説明によって、「わしの身魂はやはり女性か」と喜三郎は納得した。そう意識したとたん、挙措まで急に女らしくなるのが我ながらおかしい。手ぶらなので荷物を捨てる必要はなく、草履だけを脱いだ。
 黄金橋は十二の太鼓橋でつながっており、勾配が急でつるつると滑るのに、身を支える欄干がない。少し油断すると上りにはつんのめり、下りには仰向けに転倒する。その度に、木の花姫が手を取り起こし、後になり先になりしながら気づかってくれる。羞じらいと苦しさにふき出る汗を、涼しい川風がさっと吹き清める。
 ようやく六つの太鼓橋を渡り切った中間点に、欄干が設けられていた。それにもたれ、ほっと一息入れて、川面を眺めた。浅瀬の清い流れには小魚が群れ、汀には紫の花菖蒲が咲き誇る。そのそばで、五色に輝く川底の砂利を素足で踏まえ、長い黒髪を風になびかせた白衣の女神たちが衣を洗っている。水は女神たちのすきとおるように白い脛にまとわりつく。
「ここが八洲の河原ですよ。ほら、あちらに七乙女があなたをお待ちしています」
 木の花姫が指さす橋づめには、七人の乙女が並び待つ。喜三郎は橋を渡る要領を会得していた。「いっさいの荷物を捨てる」とは単に物質上の荷物を指すばかりでなく、あらゆる執着を捨て去ることだと悟った。足の裏がくすぐったいような、眩しいような心持ちで、喜三郎は橋を渡り切る。
 七乙女たちは、喜三郎を「ウーピーの神」とたたえているらしい。ウーピーの意味は定かには分らぬながら、乙女たちの朗らかな歌声に、天地の開けゆく心地がする。
 七乙女に先導され、木の花姫に手をあずけて恍惚と進む喜三郎の精魂は、天もなく、地もなく、我もなく、有漏路無漏路を超越し、夢にもあらず、現にもあらず――。
 いかばかり刻がたったか、気がつくと木の花姫と七乙女の姿が消えていた。
 吾一人、神界に捨てられた思いを振り捨て、喜三郎は東雲の空に駆け昇った。四方から雲が寄り集まって喜三郎をふわりと抱き上げ、五色の層に輝きつつ、どこへ誘う気か、ぽかりぽかりとのどかに浮かぶ。
 雲のすきまから、下界が垣間見えた。地上では蟻のように小さく見える数多の人々が、せわしなく動き廻っている。瞬間、琴にまかしておいた幽斎修行者のこと、家族の面々などが心をよぎる。と、雲は次第に拡散しかけ、薄れた雲は喜三郎の重みに耐え切れぬのか、つうと落下し始める。
 ――そうや、ここは意志想念の世界やのに、現界に執着を向けたら、せっかくの神界旅行ができん。
 踏み抜きそうな薄雲の上でひたすら神の御名を唱え、祈る。雲は再び寄りきたり、見事な階段を作る。喜三郎は軽やかに雲の階段をかけ昇った。
「上田喜三郎――」
 木の花姫の澄み切った御声に続き、四方八方からウーピーの君と呼ぶ七乙女の声が木霊する。
 空の一角より、崇高く男々しい神人が天馬を馳せて現われた。
 ――日の出別神。
 その神名を直観する。
 いつしか喜三郎は白馬の背にあった。つぎつぎと天馬にまたがった神人が出現し、喜三郎の前後を囲む。日の出別神を先駆に数知れぬ天馬の列が、天高く天翔る。ふり返れば、木の花姫や七乙女や数多のエンゼルが嬉々として従う。風の奏でる音曲に乗って鈴の音がしゃんしゃんと響き、ひずめの音がカッカッと冴え渡る。駒の蹴ちらす雲の小さなかたまりが、虹色に輝いて舞い上がる。眼下には百千万の星がきらめく。喜三郎が勇めば駒もいななき、まさに天馬の群が空を行く。
 この颯爽たる英姿を高熊山に残したわが肉体に見せてやりたいと、喜三郎の胸は熱くなる。そのせつな、駒が前足をはねあげ、狂い出した。夢中でたてがみにしがみつく。駒は天人たちの列を離れ、あがきながら落下していく。
 ――しまった。またや。地上のこと思い出したらあかんのに。
 再び神を念じ神言を奏上するや、駒は足並おだやかに馬首を立て直す。やがて天人の列に追いついた。喜三郎は列のしんがりについて進む。
「ここが霊国の天教山です」
 何者とも知れぬ声が響き、喜三郎は、太陽のように輝く天教山の尾根に、木の花姫と並び立っていた。女神であった喜三郎の身が、いつしか言霊別神の姿に変じている。七乙女は陸離たる七色の光と化して巨大な太陽に吸いこまれる。と見るや、太陽の中から崇高い女神が儼然と現われ給う。稚姫君命であった。
 太陽はたちまち月と化し、稚姫君命は、月を背に雲路ふみつつ尾の上に降る。待ち受ける木の花姫、言霊別――そして三柱の神々が合したと思うや、喜三郎の霊魂は高熊山に立ち返っていた。
霊界物語ネットで読む 霊界物語ネット
王仁DB (王仁三郎データベース、略してオニデビ)by オニド /出口王仁三郎の著作物を始め、当サイト内にあるデータは基本的にすべて、著作権保護期間が過ぎていますので、どうぞご自由にお使いください。また保護期間内にあるものは、著作権法に触れない範囲で使用しています。それに関しては自己責任でお使いください。/出口王仁三郎の著作物は明治~昭和初期に書かれたものです。現代においては差別用語と見なされる言葉もありますが、当時の時代背景を鑑みてそのままにしてあります。/本サイトのデータは「霊界物語ネット」掲載のデータと同じものです。凡例はこちら。/データに誤り等を発見したら教えてくれると嬉しいです。
連絡先:oni_do@ybb.ne.jp(飯塚弘明)
(C) 2016-2018 Iizuka Hiroaki