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文献名1大本七十年史 上巻
文献名2第1編 >第6章 >3 弥仙山ごもりよみ(新仮名遣い)
文献名3岩戸開きよみ(新仮名遣い)
著者大本七十年史編纂会・編集
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-11-22 03:39:43
ページ246 目次メモ
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本文  一九〇二(明治三五)年三月七日(旧一月二八日)、上田会長とすみとの間に長女が生まれた。その人こそが現三代教主である。ときに会長は三〇才、すみは一八才の若さであった。
 その前年七月に出雲大社まいりがおこなわれたが、その途中因幡の加露の宿で、天候の回復をまって逗留しているとき、会長は霊夢をみた。それは、はてしなく広い野原に、かがやく朝日がのぼり、それがすみのお腹のなかに入るという夢であった。このときすでにすみは懐胎していた。開祖はおなじく前年の一〇月、弥仙山にこもっているとき、「このたびは木の花咲耶姫の宿れる女の子がうまれて世つぎになる」とすみに言づてがあったが、会長ははじめて生まれる子は男の子をと期待していた。しかし生まれた子は、開祖のいったように女の子であったので、さきの霊夢にちなんで「あさ野」と命名された。一年余ののちにには後述するように「直日」と名づけられるようになる。
 一九〇三(明治三六)年になって、開祖と会長の対立もしだいにしずまり、「これからは男子と女子とが和合できて、四魂そろうてのご用となりて、一つの道へ帰りて、このなか楽にご用がでけるぞよ」(明治36・旧4・27)との筆先がでた。四魂とあるのは変性男子・変性女子・金勝要神・竜宮の乙姫のことである。
 変性男子(開祖)と変性女子(会長)との和合ができ、世継ぎをさずかったお礼をかね、弥仙山にお参りせよとの神命で、その一行は、開祖・会長・すみ・直日のほかに四方平蔵・中村竹蔵・福島寅之助・木下慶太郎・村上房之助・後野市太郎・福林安之助・四方与平・田中善吉・四方藤太郎・竹原房之助・井田亀蔵ら一二人と、三代直日の世話係りとして四方とみ・塩見じゅんの両人がえらばれた。
 これよりさき、会長とすみには、あらかじめ三週間の水行が命じられたほど、こんどの行事は重要視された。一行は一九〇三(明治三六)年五月二四日(旧四月二八日)丑の刻に、綾部の竜宮館(大本)を出発し、列を正して粛々と進み、午前三時大石の木下慶太郎宅に到着して、ふたたび出発、八幡社にまいり三十八社に拝礼して、弥仙山にかかり、そのなかほどにある不動の滝で水行しをし山頂のお宮にいたった。
 筆先によれば、一昨年の明治三四年旧九月八日、開祖が弥仙山にこもったときから岩戸がしまり、それからは暗がりの守護であったが、このたび四魂そろっての弥仙山まいりによって、岩戸が開いて明けの烏の日の出の守護となるというのである。そのため深夜綾部出立のときから持参した提燈は、夜が明けて白昼になってもそのまま火がともしてあり、二四日の正午を合図にその火が消された。
 頂上のお宮では、神饌をそなえ、神前で岩戸開きの神事がおごそかにおこなわれた。その祭神は木花咲耶姫命であったが、筆先には「こんどは木の花咲耶姫命どのが、世に出ておいでる神さんと、世に落ちておりた神との和合をさせる御役を、神界から仰せつけがありたのざぞよ」(明治36・旧1・30)とあり、大本では、このたびの和合は、木花咲耶姫命のご用であったとされている。
 一行は神事を終えて帰館した。旧四月二七日の筆先によれば「こんど岩戸を開くには会長は坤の金神に守護が変わりて、善一すじの道へ立ち帰りて、出口王仁三郎と名をいたすから」とあって、これまでは小松林命の守護であるとして攻撃されていたのが、このたびの岩戸開きにより、会長は坤の金神の守護にかわり、またことのときをきして、上田姓をあらためて出口王仁三郎とよばれることになった。その後稲荷講社との関係もたち切って、大本は艮の金神の教ひとすじでゆくことになる。
 また同日の筆先には「こんどいただいた御子は、水晶の種にいたす」とあり、「出口直日と申して、木の花咲耶姫、彦火々出見命どの、神界へお願いいたして下されよ」とあった。王仁三郎の自筆で「明治三十六年四月二十八日、変性男子と女子と於与岐みせん山に天の岩戸を開くとき、上田あさ野、木の花さくや姫のみたま現われて、出口なおひと御名を神界よりたまわりしときのしるし」と書いたものが現存するところからみれば、「直日」という名はこのときに定まったものとおもわれる(「おほもと」昭和37・3・1)
 開祖は直日について「この子は水晶のたねになるのだから灸や種痘はさせられん」といい、また筆先(明治36・10・1)には「何もあらためしてありて二度目の立替えであるから、この種痘の守護は狐霊のちからであるぞよ。日本は天然種痘と申しておられたのを神力がさっぱり無くなりて、世に出ておれた神の規則ももちいんようになりて、この世は無茶になりて仕舞うたぞよ」とあって、役場や警察からしきりに督促にきても種痘させなかった。そのままにしておいたので二〇銭の科料に処せられ、その後の規則改正で二〇円に変更してきた。そこで、大阪の松本留吉から、園部の奥村徳次郎方に滞在中の会長に「種痘の件警察より弐拾銭の罰金如何取計って宜敷や」との伺い状をだしたが、会長はすみと相談して内密に罰金を納入した。後日そのことを知った役員は承知せず、みの笠をつけて警察や郡役所へ押しかけ「罰金を返してもらいたい。科料に処せられたとあっては日本が外国に負けた型になる」と交渉したが相手にされず、福知山の検事局まで押しかけて係の者を困らせたという。係の者が「帰らぬと軍隊を差し向けて大本を取潰すぞ」とおどかすと、四方平蔵は「面白い、艮の金神と軍隊と何方が勝つか勝負をしよう」と強談判をして一歩も動かなかった。そこでも申し入れがとりあげられず、ひきあげることにしたが、このころの役員は艮の金神の教が通らねば、日本が外国に負けて世界がつぶれる型になると、真剣に考えていたのであった。
 五月三一日(旧五月五日)には一七年間居所不明だった開祖の長男竹造が帰ってきたので、竹造に出口の跡をつがし、開祖はすみを大本の世継ぎとした。筆先に「変性男子のお世継は末子のすみ子なり、この大本は代々女のお世継ぎと相定めるぞよ。肉体が女であるぞよ」(明治36・旧4・30)とでて、これより大本の世継ぎは代々女系と神定された。
 その後開祖は、福知山の一宮神社と綾部の産土神社に、岩戸開きのお礼参拝をした。星田悦子の日記によると、開祖は旧五月二六日(新七月二〇日)は雨降るなかを会長・すみ・直日・福島ひさ・その長男の国太郎(一才)ほか、役員・信者一行五四人で、一宮神社(福知山市掘、大国主命をまつる、開祖の産土神)に参拝し、一同社前で禊祓と大祓を奏上し、祈願をおえて綾部に帰った。翌日夕方には熊野新宮社と若宮神社の両産土神社へ参拝、昨日と同様の祈願をした。なおこの時は、神が蜂の巣の如く集まっているといわれた天神馬場の大杉にも立ちよっている。
 綾部市旧市街地には産土神社が七社ある。それは熊野新宮社(祭神伊邪那美命・事解男命・速玉男命・出口家の産土神)、若宮八幡(仁徳天皇)、八幡宮(応神・仲哀・仁徳天皇・神功皇后・竹内宿禰)、二の宮(国常立尊)、三の宮(豊雲野尊)、笠原(大己貴命)、斎(経津之魂・出口家の祖先を祭るともいう)の七社であるが、開祖はその後もたびたび七社参拝をした。とくに熊野新宮社は全国の総産土神として崇敬し、開祖の次男清吉が福知山よりひいて来た白藤を境内に手植えし、この白藤が栄えると綾部は神都になると筆先に示されている。境内大鳥居の額は聖師の書であった。一九三五(昭和一〇)年の第二次大本事件のときに取り除かれ、改森仙吉がひそかに保管していたが、一九六一(昭和三六)年九月一〇日に大本へ返納された。熊野新宮社は例年旧六月二八日(現在は新七月二八日)水無月祭を執行し、人手でにぎわう。夜は和知川に万燈を流す風習があるが、これは大本で一九〇七(明治四〇)年旧九月二八日、竜宮様へ献燈するため、別荘で二八燈を点じ、会長と梅田信之(常次郎)とが川に流したのがそのはじまりである。

〔写真〕
○三代直日の産湯の井戸 金明水 綾部・梅松苑 p246
○金峰神社(山頂) 三十八社(山麓) 八幡社(於与岐) p247
○岩戸開きに関するふでさき p248
○〝で九ちなおひ〟とみ名をたまわりしときのしるし(出口王仁三郎筆) p249
○種痘の罰金を知らせた手紙 p250
○開祖の産土神・一宮神社(福知山市) p251
○綾部・七社の配置略図 p251
○上 熊野新宮社 中 白藤のうた(木の花さとまる-三代直日) 下 水無月祭の万燈流し p252
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