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文献名1神霊界
文献名2大正8年4月15日号(第84号)よみ(新仮名遣い)
文献名3皇道我観(三)よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要神祇の奉斎
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
掲載号1919/04/15号 ページ15 目次メモ
OBC M192919190415c04
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本文の文字数5705
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本文 第四章 神祗の奉斎
 皇国の大道は、神祇を奉斎するを以て最要とす。而して斎に二法あり、曰く顕斎、曰く幽斎、之れなり。道の大原に曰く『幽斎は霊を以て霊に対し、顕斎は形を以て形に対す。故に幽斎は神像宮社無し、而して真神を祈る。顕斎は神像宮殿有り、而して神像を祭る俗学蒙昧にして古義を知らず、混じて以て一と為し、岐して以て万と為し、停止する所無し。実に祭儀の大疵なり』と。然りと雖も、顕斎にして幽斎ならざるも非なり。幽斎にして顕斎ならざるも亦非なれば、祭祀の大道は、一方に偏執せざるを以て中道と謂ふ可し。吾人は茲に慎んで、顕斎即ち祭祀、幽斎即ち祈願の大道を講明し、以て大方の参考に資せむと欲す。
 祭祀
人は祖に本づき、祖は神に本づく。故に人の道たる報本反始を貴ぶ、報本反始、是れ祭祀の由りて興る所なり。恭しく、上古祭祀の興りを稽ふるに、天祖の天孫を下土に降すや、之に宝鏡を授け、以つて斎鏡と為し給ひ、また天之児屋根命、天之太玉命に勅して、神籬を持ち、以つて下土に降して、天孫の為めに之を奉斎せしめ給ふ。是れ祭祀の興る所なり。天孫既に宝鏡を奉じ以て下土に降り、児屋根、太玉二神をして各其職を奉じ、天上の儀に遵ひ、以て祭祀の礼を行はしめ給ふ。此の時に当り、天祖天に在して下土を照臨し玉ひ、天孫群臣を牽ゐて誠敬を下に尽す。祭政維一治むる所の天職、代る所の天工、一として天祖に事ふる所以に非ざるもの無く、天を敬ひ祖を尊び、以て其の民に臨み玉ふ。是に於て乎、君臣の分定まり、父子の親敦し。至恩内に隆くして大義外に明かなり。是れ天孫の国を建て、基を開き玉ひし所以の太端なり。神武天皇の御宇に及びて、親ら天下を平定し給ひ、霊疇を鳥見山に立て、以て皇祖天神を奉祭し給ひ、崇神天皇は深く神祗を敬畏し、殿内より之を外に移し、天祖を笠縫の邑に祭り、天下蒼生と共に是を敬事尊奉し給ひ、垂仁天皇位を嗣ぎ玉ひ、詔を下して曰く、『先皇神祗を礼祭し以て昇平を致し玉ふ、朕が世に当りて祭祀を怠るを得ず』と、乃ち倭姫命に命じて、天祖鎮座の地を求めて、笠縫の邑より諸国を経て、以て伊勢に至り、神勅を奉じ、宮殿を五十鈴川の上に創建し玉ふ。此の事、今を距る既に一千九百五十有余年なり。而して宮城移らず、殿閣巍然として神徳愈々高大無限なり。嗚呼盛なる哉。垂仁帝の後列聖相承け、敬事怠り玉はず、祭祀の礼倍々備はれり。光仁天皇の勅に曰く『神祗を祭祀するは国に大典なり』と。禁秘御抄に曰く『禁中の作法、神事を先にし他事を後にす』、右大臣石川麻呂曰く『先づ神祗を祭り、而して後政事を議る』と。此を以て、皇室歴世祭祀を崇重し玉ひしを見る可し。皇室既に祭祀を尊重し給ふ故に、其の祭祀を掌る者、亦天児屋根、天太玉二臣の後裔なり。児屋根の後に中臣氏たり、太玉の後は斎部氏たり。祭祀の日、中臣天神の寿詞を奉じ、斎部神璽の鏡劔を奉ず。其他百執事、亦皆其の職を嗣ぎ、連葉替へず、駿奔事を承け、当初の礼儀に依り、毫も天祖、祚を伝ヘ玉ひし日に異ること無く、而して君臣皆その初を忘れざるなり。且つ群臣の祖先、亦皆天祖天孫に事へ、民生に功徳あり、列して祀典に在り、而して宗子族人を糾輯し、以て其の祭儀を主どり、入ては以て其祖に孝を述べ、出ては以て大祭に供奉し、子孫継述、万世一日忠孝一に出で、而して政教岐れず、不言の教、無為の化、自ら天下に行はれ、家には忠厚の風あり、人には孝順の俗あり、民は唯天祖を敬ひ、天胤を奉ずるを知るのみ。嚮ふ所一定して異物を見ず、是を以て民志一にして、而して天人合一す。是れ皇統の天壌と与に、相終始して易らざる所以なり。報本反始の義、それ大なる哉。
 祀礼の数五有り。其天祖を祭るは、天を敬ひ祖を尊ぶ所以なり。其の国祖及び豊受姫を祭るは、国土を鎮護し、民生を厚くし玉ふ所以なり。其の山海草木、風火金水、百物の神、及び皇子皇孫、忠臣烈士、世を幸し国家に功労ある者を祭るは、其の功徳に報ゆる所以なり。宮中の八神、座摩等の祭は、天位を保護し、国家を安静ならしむる所以なり。祀典の目に至つては、即ち践祚大嘗祭等、是を大祭と為す。天皇位に即き、大に天祖に報じ玉ふなり。元始祭は天皇親ら、天祖天神及び列聖を祭り以て宝祚の元始を祝し玉ふなり。祈年祭は時令順序を、天下の諸社に祷り玉ふなり。月次祭は庶人の宅神祭の如し。新嘗祭はその義、大嘗会の如くにして、歳々之を行ひ、以て祈年の祭に報賽し玉ふなり。神宮は亦別に、神衣神甞祭あり、以て天祖の嘉穀を頒ち、養蚕を教ふるの徳に報ゆるなり。亦皆中祭と為す。他の大忌、大殿、鎮花、鎮火等の祭皆之を小祭と為す。凡て此の如きもの、皆天に事へ祖を祀り、孝を申べ民を愛する所以にして、一として報本反始の大義に出でざるは無し。夫れ所謂報本反始は、唯に皇室のみに非ず、庶民と雖も、亦宜しく然るベきなり。
 如何とならば、即ち人は祖に本づき、祖は神に本づく、故に人の道たる、報本反始より貴きは無かるべし。吁庶民も、亦豈人の子孫に非ざらんや。父母は我を生み、我を育てゝ、我を長じ、我為に焦慮し、我為に苦労す。夫れ誰か父母なからんや、誰か愛慕の心なからんや。父母没して而して之を祭るは、其の愛慕の心に因りて、以て之が礼を制し、以て其の無極の恩に報ゆるなり。祖宗を祭り父母の心を体し、以て其の恩に報ゆるなり。神祗を祭り祖宗の先に溯り以て其の恩に報ゆるなり、夫れ子孫有れば、即ち必ず父母あり。父母有れば則ち必ず祖宗あり。祖宗有れば則ち神祗有り。試に思へ、末より本を推すに、本亦本有り。本の本を為すものは神祗なり。故に庶人の本、亦皆神に出で、一民として神祗の胤に非ざる者無し。況んや神徳至大にして、神恩の至厚なる、人の世に在る一事一物、悉く神の恩徳に頼る。斯の如くんば、何ぞ夫れ敬祭せざる可んや。蓋し神の数たる八百万在しませり。而して何の神を祭るを以て可となすか。曰く、庶民宜しく祭るベき所のもの三有り。曰く天祖なり、国祖なり、産土神なり。夫れ神は、天祖より尊きは莫く、天祖より霊なるは莫らん乎、古往今来、天子庶民を問はず、皆天祖を敬祭せざるは莫し。
 漢人天子に非ざれば、天を祭らずとの見を以て、庶民の天祖を祭る者を論難して、朝典を僣する者と為す。何ぞ知らん、人は祖に本づく。祖は神に本づく、故に神を祭らざる者は、祖宗父母を祭らざると其理を同うす。皇国の習風、漢人の如き陋習無し。その大公至正や斯の如し。
 庶人亦宜しく之を知り、以て天祖を敬祭す可し。国祖は、地球修成の大功有る神なり。凡て地上に生とし生けるものは、其鴻恩を感謝し、以て之を敬祭せざる可らず。産土神は、諸国土地に鎮まり、各其土地に功徳ある者なり。故に其の土地に住する者は、必ず祭らざる可らず。
 又氏神あり、古の時、各其の氏の祖先を祭り、之を氏神と謂ふ。近世に至り、氏神、産土神相混合して弁別し難きものあり。要は皆其土地に功徳ある者、故に産土神に挙げて之を概括するなり。
 庶民亦宜しく、之を知りて以て産土神を敬祭すベし。凡て祭祀の序たる天祖を先とし、国祖是に次ぎ、産土神之に次ぎ、祖宗父母亦之に次ぐ。
 凡そ祭祀の礼には固より其式あり。天祖国祖、産土神及び祖宗父母、各其の祭る所既に異り、故に其の式又同じからず。且つ人には貴賤あり、家には貧富あり。その儀物に於けるや、精粗厚薄、各その分に随ふを可とす。凡て祭祀の儀は、恩徳を報謝する所以にして、福祉を求むる所以に非ず。然りと雖も、祭祀を怠らざる時は、即ち福祉求めずして自ら至る。祭祀を勤めざる時は、即ち禍殃亦求めずして自ら至る。祭祀の道、夫れ忽諸に附す可ん哉。凡そ祭祀の日には、机席杯皿必ず清潔にし、清酒、稲梁、果物、蔬菜、魚鳥必ず清鮮なるを要す。然して後、斎戒沐浴、斎明盛服以て其の礼を行ふ。而して其の要は、即ち誠敬の心を尽すに在り。誠敬の心を尽さずんば、即ち神必ず諾ひ玉はず。苟も能く誠敬の心を尽す時は、則ち神祗、祖宗父母の霊、各其の祭る所に随つて、感応来格し、洋々乎として其の上に在り、其の左右に在り。而して其の福を降し、祉を賜ふこと疑ひ無し。嗟夫れ人は祖に本づき、祖は神に本づく。
 故に人の道たる、報本反始より貴きは莫し。然らば即ち報本反始の義は、庶民たりと雖も、亦宜しく遵奉すベし。焉ぞ独り、皇室のみならん哉。
 祈願
祭祀や、祈願や、二者混じて明かになし難きが如し。請ふ別けて之を論ぜん。宮殿あり拝所ありて儀物を供奉し、以て神恩を報謝す。之を祭祀と謂ひ、儀物を供奉すると否とを問はず、唯其の願望する所を、宇宙万有の主宰に在します、真神、天之御中主大神始め天祖、国祖、並に八百万神に求むる、之を祈願亦は祈祷と謂ふ。祭祀の礼たる、最も重大にして、祈祷の意たる切実なり。吾人は既に前段に於て、祭祀を論じたれば、今又此処に祈祷の大意を説かんとす。
 夫れ人誰か罪穢無からん、即ち解除を受け祭祀を勤むと雖も、宜しく誠敬の心を尽し、以て真神に祈願すべし。凡そ道を奉ずる者は、始めより終に至る迄、唯々真神に祈願を為すに依りて徳を成す。その日将に没せんとするに及んでや、至清至美至善至楽の、高天原神園に上るを得る者、尤も祈祷の大徳に頼らざる可らず。是の故に祈祷は、実に吾人の急務にして、少時も、忽諸に附す可らざるものたり。祈祷の義は、唯誠敬の心を尽し、以て神に求むるに在る而已。伏地叩頭発声哀願の如きは、是特に其の外貌のみ。徒らに其の外貌を飾りて、中に誠敬の心無き者、固より既に、慢神の罪を犯すものなり。況ん乎邪心妄行の徒を以て、非理の福を願ひ非分の利を望む者、神豈之に災禍を降さざらんや。是故に祈祷の法は、其求むる所、一に公正の願望に出しむ可し、然る後、其の精誠を以て、上は天に通じ、下は地に徹す。則ち伏地叩頭発声哀願を待ずして、神既に之を享け給ふ矣、且つ夫れ祈願は、独り己が躬の為に非ず、又当に国家師友父母兄弟妻子の為に、祈願す可きなり。国家師友兄弟妻子の為にする者は、大抵公正の願望と為す。但其己が躬のためにする者は、動もすれば、名利逸楽の求に出るを免かれず。若し果して然らんか、則ち必ず神の罰を受けむ。故に己が躬のためにする者は尤も宜しく公正の願望に出べし。公正の願望其の目二有り。一は則ち、生前の安寧を求むるに在り。吾人の愚昧にして微弱なる、たとヘ神前の懺解除の力有らしむるも、亦其の日々犯す所の罪悪、固より又尠しとせず。故に宜しく夙夜神祗に乞ひ、以て其の我罪を、宥恕し給ふことを冀ふべし。
 又宜しく、我の悔悟と信誠を堅くし、而して異端邪説に惑はざるを請ふべし。又宜しく、我の智識を明かにし、而して神典の主旨に通達し得ることを冀ふべし。又宜しく、我をして敬神の大道を践み、而して岐路に陥いらざらしめ給はんことを請ふべし。又宜しく、我をして反躬自省し、而して事物当然の理を失はざらしめ給はんことを冀ふベし。又宜しく、己の胆勇を壮にして、己をして障害艱難に遇うて、其志操を変ぜざらしめ給はんことを求むべし。誠に能く、此の如くならんには、神明必ず之に感じ玉ひて、以て福祉を其の人に賜ふ。是之を生前の安寧を求むと謂ふ。一は即ち、身後の永福を求む。身後の永福は、尤も求め難きものと為す。故に独り悪を改め、善を行ひ、功を立て、過を補ふ可し、又唯々として懇願痛望、以て神の我を救ひ我を憫み、我をして根底の国の苦刑を受けずして高天原に安住するの恩栄を蒙らしめ玉ふことを冀ふべし。是之を身後の永福を求むと謂ふ。此二者己の躬の為になすと雖も、亦皆公正の願望にして、名利逸楽の請に非ず、是実に祈祷の要義なり。
 凡て祈祷は、唯に天主、天祖を主とし、国祖之に次ぎ、他神を主とせず。
 而して天主は幽邃の地、閑静の家を撰み、且神心を澄清にして、一意専念我が心魂の上帝の御許に到ることを、暗祈黙祷すベし。亦天祖国祖を祈るは、宜しく至誠の地を首め、各自の神床に於て為すべし。凡て祈祷は、誠敬の心を専とすと雖も、而も身の礼儀、実に心と相応ずるを以て、其の式亦講明せざるべからず、而して其儀式たるや、唯に簡易なるを貴び、而して繁雑なるを卑しむ。既に幽斎則ち祈願の場に於ては、先づ身体を整へ、瞑目静坐すベし。身体衣服を清潔にすベし。而して後、感覚を蕩尽し邪念を断滅すべし。最初先づ再拝し、次で手を拍つこと二回、天主、天祖、天皇、国祖、産土神の尊号を唱ふるもの三回静粛に、其の願望する所を陳べ畢り、数分間の後、我心魂の神明に感合せしを覚ゆると同時に、又両次拍手し、而して後二拝して止むべし。また祈願の時は晨昏を可と為す。晨時には、則ち神の吾に当日を幸し、吾をして其分を守り、過失無からしめんことを請ひ、昏時は即ち、神の吾の当日を庇護し給ふを謝し、亦当に自ら省み、以て其罪愆を懺ゆ可し。凡そ祈願幽斎の度数たるや、多々益々善なりとす。故に晨昏に止めず、余時と雖も事業の閑暇には、又宜しく祈願幽斎を執行すベし。余時は必ずしも礼式に拘泥せず、造次にも顛沛にも、又皆暗祈黙祷し、而して斯須間断無く、久しきを以て倦まず撓まず、真心を捧げて祈願する時は、神の我を佑助し給ふや必然なり。或人難じて曰く、子の祈祷を論ずるや善し矣。
然るに人間万事、悉皆神明の御旨に由る。今乃ち祈祷以て其の願望する所を求むるは、豈神旨に悖らずと為す乎。神旨に悖りて祈祷を勤むるは、恐こからずやと。曰く是徒らに其一を知つて、其二を知らざる者也。天祖の天之窟戸に入り給ふや、六合の中、闇黒にして昼夜を弁せず、而して万妖悉く発りき。茲に八百万神惶み惑ひて、殆ど為す所を知らず。是に於て乎、思兼神の智慮に因りて、始めて祈祷を行ひ、以て能く、天祖の怒を解き和らげ、天之窟戸を出し万妖を伏せ、六合の中再び照明を得たるは、是れ祈祷の明験と謂ふベし。然らば則ち、祈願は神旨に戻らず、又何の不可か之れ有らんや蓋し天地の変、猶ほ祈祷に頼りて以て其常に復す。況ん乎人事に於てをや。故に曰く、急務にして少時も忽諸に附すべからざるものは、幽斎乃ち祈祷なり。
皇道我観(三)
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