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文献名1東京読売新聞
文献名2
文献名3昭和10年12月9日 朝刊
著者
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC NPTYc19351209A1
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本文 伏魔殿・大本教へ解散命令
奇怪!神庭会議で恐るべき不穏計画
洋行を前に疾風的検挙

大本教大検挙の嵐は八日早暁の手入れで一段落を告げ検挙された教主出口王仁三郎以下幹部卅名の身柄は全部押収の証拠物件とともに京都地方検事局に集中して被疑内容につき取調べを進めることになつたが今回の検挙につゐて検察首脳部は同教が大正十年の大弾圧のあと依然として類似宗教の名にかくれ、公称六十万(事実卅万)の信者を擁しつつ不敬不穏の言動をあることを探知し過去一ケ年にわたり慎重内偵を進むるうち最近にゐたり同教幹部の組織する秘密会議たる神庭会議の最高指導方針が表面たくみに皇室中心主義を称へながら秘かに皇室に対する重大なる不敬、国体に関する恐るべき不穏計画を企図しつつある事実をたしかめ得たうへ、更に外郭団体の活動と相まつてその布教の実際がやうやく積極的に非合法的活動を濃厚にし来つたのでいよいよ不敬罪、治安維持法違反(別項条文参照)の両罪被疑により検挙する最後方針を固め機をうかがふうち来る十六日教主出口王仁三郎がその主宰する人類愛善会宣伝のため海外旅行に出立することを探知するにゐたつたので当局はすかさず八日早暁を期して一斉検挙を決行したものである、この検察部の重大決意に内務省も呼応して断乎たる行政上の処分を強行する方針のもとに司法処分の決定をまちつつあるが、事態最悪の場合は治安警察法第八条後段(条文参照)に則り大本教に解散命令を発すべく最後の方針に出づるものとみられてゐる、今回の大検挙はその根本方針が根を断つて葉を枯らすことに決定してゐるので今後信者に対しては一切検挙の手は染めないとのことである
関係条文
刑法七十四条
天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ処ス神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同ジ
治安維持法第一条
国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
前項ノ未遂罪ハ之ノ罰ス
治安警察法第八条
安寧秩序ヲ保持スル為必要ナル場合ニ於テハ警察官ハ屋外ノ集会又ハ多衆ノ運動若ハ群集ヲ制限、禁止若ハ解散シ又ハ屋内ノ集会ヲ解散スルコトヲ得
結社ニシテ前項ニ該当スルトキハ内務大臣ハ之ヲ禁止スルコトヲ得此ノ場合ニ於テ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスル者ハ行政裁判所ニ出訴スルコトヲ得

某名流婦人らの恋文
綾部の秘庫から続々現る
乱脈ぶりに当局も唖然

洛北綾部に永年豪華を誇る大本教の大殿堂にまつはる怪奇な噂は今回の大摘発に逢つてやうやく伏魔殿の正体を暴露しようとしてゐるがこの正体を掴むために杭迫京都府警察部特高課長が職を賭して覆面の手兵三人を信者に仕立てて同教の本部奥深く潜入させ内部情勢は刻々手にとる如く内務省に達してゐた、さうとは知らぬ王仁三郎が
「皇道の大本はわが王仁の教義にのみ存す」
と綾部に画ゐた不逞の夢を現実に彼は何時も白馬に跨つて信者大会に乗り出してゐた
また自動車で外出する際はオートバイの護衛をつけ信者が道に拝跪する中を悠然と疾駆するなどの思ひ上つた行動をとつてゐた、かうした常軌を逸した言辞もその私生活の全貌を窺知することの出来ない群盲信者にとつてはただただ随喜渇仰の涙のタネであつた
しかも今回の検挙にあたつて内務省に達した情報によれば各所の家宅捜索によつて同教の秘庫に珍蔵せられてゐたものがなんといかがはしい情痴の世界の書画類または幹部連に寄せられた恋文の束であつたなどさすがの当局を唖然たらしめた、殊に王仁三郎の身辺には常に十数人のよりすぐつた美女が「近侍」と称して侍つてをり、今回の捜索にあたつても、その私室から数十通の恋文が発見され、その中には某名流婦人の信仰に名を藉りて教主に寄せた切々たる恋情、さては世に有名な妾某女からの孤閨を怨じて来たものなどがあり、その裏面生活が想像以上であること思はせた
王仁三郎は今回松江におゐて検挙された際なども旅先まで三名の「近侍」を同行してをり、そのうち一名の同行を哀願してつひに京都府警察部まで帯同を許されて最後まで愛欲図を見せてゐたといふ

「人の道」横浜支部をも調査

【横浜電話】神奈川県特高課でも中込警部指導の下に天雨、伊賀川警部補等右翼思想係は数日前から横浜市中区福富町に本拠を置き信者一千名に陰陽道を説く扶桑派人の道教団横浜支部内に潜入し幹部等の行動を内偵監視を続けてゐる

断乎邪教取締り
内務省の積極策決まる

大本教に断乎鉄槌を下した内務省ではこれを機会に最近社会人心の不安に乗じて簇生し善良な風俗を紊乱多大の害毒を流してゐる諸種の邪教取締にいよいよ積極的に乗出すことになつた
すなはちいかがはしい教義と言動のためしばしば問題を惹き起しがちないはゆる類似宗教団体は年毎に増加してゆき信者数もこれに応じて飛躍的に増加する傾向があるのに対し従来この直接取締の任に当る同省警保局保安課には専門の係官がない有様であつたので、まづ同課に専任の宗教係を置き、全国警察部と緊密な連絡をとつて宗教界の動静を視察し治安風紀を紊す虞れがある団体には容赦なき弾圧を下す一方宗教界の監督官庁たる文部省宗教局と近くこの問題につき合同協議会を開催、いま内閣調査局内の教学刷新委員会で審議中である文部省関係宗教団体法案の付則類似宗教取締法案につき意見の交換を行つて
来議会における同法案の通過を計り従来無届けのまま許されてゐた宗教団体を一切許可主義とし邪教の殲滅を期する方針である

一年間法律的検討
大検挙への陣固め

今回の大本教大検挙に至る経緯は大正十年の弾圧の嵐を浴びた同教が大正十四年人類愛善会の設立によつて、広く世人に呼び掛けると同時に、同教と趣旨を同じうする中華民国の「世界紅卍字会」ドイツの「白色旗団」ブルガリア「白色連盟」などの世界各国の団体と相提携して活発な運動を続けてゐるうち満州事変を契機として果然国家主義の傾向の増大と共に一月には皇道大本教紫雲郷別院を東京に創立
次いで昭和青年会(青年活動)及び昭和坤生会(婦人活動)を新に設立し次第に実行運動に踏み出し遂に之ら同教の外郭団体の首脳機関としての昭和神聖会を昭和九年七月に創立するに至つた
この頃より疑惑の眼をもつて同教の内偵を続けてゐた当局では秘密首脳部会合「神庭会議」の内容探査に必死の努力をつづけるうち
たまたま昭和十年春、国体変革の思想宣伝並に実践の陰謀のもとに「国家革正請願運動」を開始したので当局の態度は検挙の一歩前まで進んで来た
併しこの運動は右翼友誼団体など後援を得ることが出来ずうやむやの中に消滅し実践運動は後退したこの間司法、内務両省ではいよいよ検挙の方針を固め約一ケ年にわたり司法省に於ては刑事局大竹書記官(思想部主任)内務省におゐては警保局永野事務官が専門的に同教関係の大部分の刊行物を読破して同教義の根本思想に対して法律的検討を続けたが一方京都府警察部におゐて「神庭会議」の組織内容を探知し得、これに法律的見地からの大竹書記官、永野事務官の検討結果もまた有罪の結論に達したので不敬罪、治安維持法違反の両被疑罪名の下に検挙するの大方針が確定して疾風迅雷的な大検挙となつたものである

留置場に静坐する教主王仁三郎

【京都電話】八日午後二時京都府〓北隣りの中立売署に連行された出口王仁三郎はそのままは一応の取調べもなく留置場内保護室に収容され薄暗い二畳に満たぬ小房内に端然静坐した、静かに瞑目して眠るともなく寝を取つて居るかに見える、黒無地お召に紬の下着を重ねた教主無言の姿は哀愁の極みだ、信者の殺到をおそれた署員の厳戒にもかかはらず訊ねる人もなく七時ごろ四十がらみの商人風の信者がソツと同署の門をくぐつて毛布と夕飯の差入れを係官に懇請したのがその最初の人、同署では常に懐中に金銭を持たぬ習慣の王仁三郎のため特にこの差入れ願ひを聞き届けたが、さすがに人の情けが身に沁みてか、王仁三郎は「すみません」と低い声で係官に礼を述べたといふ
この日検挙された中心人物卅名は夜半までに中立売のほか堀川、西陣、松原などの各署に留置されたが大本青年信者の一団亀岡町昭和青年団では教主長老等の一大事とばかり白羽二重の布団、毛布、丹前、タオル等の差入品をトラツクに満載、亀岡署員付添の下に京都に来り八日午後九時中立売署を始め各署を歴訪し差入れをなした
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