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文献名1霊界物語 第33巻 海洋万里 申の巻
文献名2第4篇 理智と愛情
文献名3第26章 若の浦〔941〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ若の浦は昔は豊見の浦と言ったが、国玉別たちが球の玉に稚姫君命の御霊を取りかけて一つ島に斎き祀ってから、若の浦と改称したのである。この玉を納めた島は、玉留島と名付けられた。
玉留とは、玉を地中深くに埋めてその上に神社を建て、永遠に守るということである。玉留島は今は陸続きとなって玉津島と言われている。この辺りは非常に巨大な楠の木や杉の木が繁茂していた。
太古の大木からは虫のみならず、風水火の作用によって人が生まれたり、樹の魂が天狗となって生まれたりしたものである。
さて、国玉別夫婦らの奉安により、三五教の教えは紀の国はもちろん、伊勢志摩、尾張、大和、和泉方面まで拡張したのであった。
国玉別は宮殿を造営し、玉を納めて天津祝詞を奏上し祝歌を歌った。続いて玉能姫も祝歌を歌い、夫婦は永遠にこの島に鎮まって神業に奉仕することとなった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年09月19日(旧07月28日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所
OBC rm3326
本文の文字数3244
本文のヒット件数全 1 件/稚姫君命=1
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本文  秋も漸く高くして  四方の山辺に佐保姫の
 錦織出し小男鹿の  妻恋ふ声を聞き乍ら
 心あうたる夫婦連れ  国玉別や玉能姫
 駒彦さまと諸共に  数多の信者に送られて
 球の玉をば捧持しつ  再度山の山麓に
 たちたる館を後にして  少しは名残を惜しみつつ
 生田の森をくぐりぬけ  夜を日についで紀の国の
 若の浦へと着きにける。
 若の浦は昔は豊見の浦といつた。国玉別命が球の玉を捧じ、樟樹鬱蒼として茂れる和田中の一つ島に稚姫君命の御霊を球の玉に取りかけ斎祀つてより、豊見の浦はここに若の浦と改称する事となつたのである。此の島を玉留島と名づけられた。
 玉留といふ意義は玉を固く地中に埋め、其上に神社を建てて永久に守るといふ意味である。今は此玉留島は陸続きとなつて、玉津島と改称されてゐる。
 此辺りは非常に巨大なる杉の木や楠が大地一面に繁茂してゐた。太い楠になると、幹の周囲百丈余りも廻つたのがあつた。杉も亦三十丈、五十丈の幹の周囲を有するものは数限りもなく生えてゐた。自転倒島に於て最も巨大なる樹木の繁茂せし国なれば、神代より木の国と称へられてゐたのである。
 大屋比古の神などは此大木の股よりお生れになつたといふ事である。また木股の神といふ神代の神も大木の精より現れた神人である。
 近代は余り大木は少くなつたが、太古は非常に巨大なる樹木が木の国のみならず、各地にも沢山に生えてゐたものである。植物の繊維が醗酵作用によつて虫を生じ、其の虫は孵化して甲虫の如き甲虫族を発生する如く、古は大木の繊維により風水火の醗酵作用によつて、人が生れ出た事も珍しくない。又猿などは随分沢山に発生したものである。
 天狗を木精といふのは木の魂といふ事であつて樹木の精魂より発生する一種の動物である。天狗は人体に似たのもあり、或は鳥族に似たのもある。近代に至つても巨大なる樹木は之を此天狗の止まり木と称へられ地方によつては非常に恐れられてゐる所もある。現代に於ても大森林の大樹には天狗の種類が可なり沢山に発生しつつあるのである。
 斯の如き事を口述する時は、現代の理学者や植物学者は、痴人の夢物語と一笑に付して顧みないであらうが、併し天地の間はすべて不可思議なものである。到底今日の所謂文明人士の智嚢では神の霊能力は分るものではない事を断言しておく。
 さて国玉別、玉能姫は此島に社を造りて、球の宝玉を捧按し、之を稚姫君の大神と斎祀り、傍に広殿を建て、ここにありて三五教の御教を木の国一円はいふも更なり伊勢、志摩、尾張、大和、和泉方面まで拡充したのである。
 国玉別は宮殿を造り玉を納めて天津祝詞を奏上し、祝歌を歌ふ。其歌、
国玉別『朝日のたださす神の国  夕日のひてらす珍の国
 自凝島のいや果てに  打寄せ来る荒波の
 中に浮べる珍の島  下津磐根はいや深く
 竜宮の底まで届くなり  千引の岩もて固めたる
 此珍島は神国の  堅磐常磐の固めぞや
 皇大神の御言もて  琉球島より現れし
 球の御玉を今ここに  大宮柱太知りて
 高天原に千木高く  仕へまつりて永久に
 納むる今日の目出たさよ  此神国に此玉の
 鎮まりゐます其限り  自凝島はいや固く
 波も静かに治まりて  青人草は日に月に
 天津御空の星の如  浜の真砂も数ならず
 栄えて行かむ神の国  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  大地は泥にひたるとも
 球の御玉をかくしたる  此珍島は永久に
 水に溺れず火にやけず  国の守りとなりなりて
 国玉別や玉能姫  仕へまつりし功績を
 千代に八千代に止むべし  あゝ惟神々々
 御霊幸ひましまして  皇大神の守ります
 三五教は天の下  四方の国々隈もなく
 伊行きわたらひ神人は  いと安らけく平けく
 五六七の御代を楽しみて  鳥獣はいふもさら
 草の片葉に至るまで  各々其所を得せしめよ
 球の御玉に取かけし  稚姫君の生御霊
 木の神国に鎮まりて  押しよせ来る仇波を
 伊吹払ひに吹き払へ  自凝島は永久に
 栄え栄えて神人の  ゑらぎ楽しむ楽園地
 天国浄土の有様を  いや永久に保ちつつ
 千代に栄えを松緑  世はくれ竹の起きふしに
 心を清め身を浄め  仕へまつらむ夫婦連れ
 心の駒彦潔く  神の御前に服ろひて
 恵も開く梅の花  一度に薫る時津風
 松の神代の礎を  樟の木の根のいや固に
 杉の木立のすぐすぐと  守らせ給へ惟神
 神の御前に願ぎまつる  神の御前に願ぎまつる』
と歌ひ終り拍手再拝して、傍の樟の根に腰打かけた。玉能姫は又歌ふ。
『南に広き海をうけ  東に朝日を伏し拝み
 西に二日の月を見る  此珍島に畏くも
 稚姫君の御霊魂  斎きまつりて三五の
 神の司の宣伝使  国玉別や玉能姫
 心の駒彦諸共に  大宮柱太しりて
 朝な夕なに仕へゆく  其神業ぞ尊けれ
 天教山に現れませし  神伊邪諾大御神
 神伊邪冊大御神  日の出神や木の花の
 咲耶の姫の御言もて  天の下なる国々を
 開き給ひし神の道  神素盞嗚大神の
 瑞の御霊は畏くも  高天原を退はれて
 大海原の国々を  巡り給ひて許々多久の
 教司を配りつつ  数多の神や人々を
 教へ導き鳥獣  虫けら草木に至るまで
 恵の露をたれ給ひ  コーカス山や斎苑館
 綾の聖地に天降りまし  仁慈無限の神徳を
 施し玉ふ有難さ  妾も同じ三五の
 神の大道の宣伝使  大海原を打渡り
 山川幾つふみ越えて  やうやく玉能の姫となり
 生田の森に年永く  仕へまつりし折もあれ
 夫の命の若彦は  言依別の御言もて
 琉球の島より宝玉を  捧じて目出たく再度の
 山の麓の神館  生田の森に帰りまし
 ここに夫婦は同棲の  恵に浴し朝夕に
 琉と球との神宝を  固く守りて居る間に
 玉照彦や玉照姫の  貴の命の御言もて
 生田の森の館をば  高姫司に相渡し
 琉の玉をば残しおき  球の神宝を捧持して
 木の神国に打渡り  大海原に漂へる
 堅磐常磐の岩が根に  宮居を建てて厳かに
 稚姫君の御霊とし  仕へまつれと宣り給ふ
 あゝ惟神々々  神の御言はそむかれず
 住なれかけし館をば  後に見すててはるばると
 此島国に来て見れば  思ひもよらぬ珍の国
 木々の色艶美はしく  野山は錦の機を織り
 川の流れはさやさやと  自然の音楽奏でつつ
 天国浄土の如くなり  殊に尊き此島に
 珍の社を建て上げて  いや永久に守る身は
 げにも嬉しき優曇華の  花咲く春に会ふ心地
 皇大神の御恵の  深きを今更思ひ知り
 感謝の涙しとしとと  口には言はれぬ嬉しさよ
 稚姫君大御神  汝が命は此島に
 いや永久に鎮まりて  普く世人の身魂をば
 守らせ給へ惟神  神の御前に只管に
 玉能の姫が願ぎまつる  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』
と歌ひ終り、永久に此島に鎮まり神業に奉仕する事とはなりける。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 松村真澄録)
(昭和一〇・六・一〇 王仁校正)
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