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文献名1霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻
文献名2第3篇 珍聞万怪よみ(新仮名遣い)ちんぶんばんかい
文献名3第19章 婆口露〔1188〕よみ(新仮名遣い)ばくろ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-02-17 19:39:57
あらすじ松彦は山道の傍らの大岩のそばに五人の従者を集めて話にふけっていた。そこへお寅とお菊がやってきた。お寅は万公が自分の長女をたぶらかして夫婦となり、子供を産ませたが母子は出産がもとで死んでしまった話を一同に話して聞かせた。松彦は、万公は今は治国別という立派な先生の弟子だから、万公の改心については心配しないようにと諭した。お寅とお菊は帰って行った。万公は一同にからかわれる。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年12月09日(旧10月21日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年8月18日 愛善世界社版256頁 八幡書店版第8輯 230頁 修補版 校定版268頁 普及版113頁 初版 ページ備考
OBC rm4419
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本文  松彦は山道の傍に屹立せる大岩の傍に、五人の従者を集め息を休めて話に耽つてゐる。
『アクさま、随分危ない事だつたな。マア結構だつたよ』
『婆におどかされて走る途端に足をふみ外し、随分冷つこい目に逢ひました。併し乍ら水泳に得意な私ですから助かつたのですよ。タク、テクの両人だつたら、サツパリ駄目ですわ』
『そらさうぢや。マアよかつた。万公さま、お前は偉う親子の女にやられて居つたぢやないか。随分弱い男だなア』
『ヘーヘ、悪に弱い、善に強い万公ですもの、無抵抗主義の三五教でなかつたら、婆を河へほりこンで了ふとこでしたけれども、成る可く直日に見直し聞直して、無抵抗主義を固く守つてをつたのですよ。さうしたところ婆と娘とが按摩をしてくれました。肩をうつやら腰をもむやら、足を引ぱるやら、おかげで体が楽になりましたよ』
 五三公はふき出し、
『アハヽヽヽ負惜みのつよい男だな。キヤアキヤア云つて泣いて居つたぢやないか』
『ナーニあれはこそばいとこを揉むものだから笑つてゐたのだよ。貴様には泣いた様に聞えるか』
『それでも人殺、助けてくれと云つたぢやないか』
『ウン一寸テンゴに言つて見たのだ。その証拠には婆さまと娘とが泣いてをつたぢやろ。俺は一寸も泣きはせぬよ、大丈夫たるもの女位に泣かされてたまるかい』
 五三公は、
『モシモシ松彦さま、此奴の秘密を探つて来ました。仕方のない奴ですでー』
『ナニツ、秘密をさぐつたと、そりや面白い。どンな事だ、差支なくば聞かしてくれ』
『コリヤコリヤ五三公、他人の秘密をあばくやうな不道徳はないぞ、慎まぬかい』
『それなら仕方がない、五三公も沈黙しようかな、お里がわかると気の毒だからなア』
『コリヤお里の事は云はぬやうにしてくれ。さう親友の事を公衆の前にさらけ出すものぢやないわ』
『松彦さま、あー云つて頼みますから、五三公も友情を以て、或時期まで保留しておきませう。その代りに、万公が私の命令を奉じない時には、さらけ出します。なア万公、その条件附で暫く沈黙を守ることにしようかい』
『どうぞ頼む、万公末代云はぬやうに』
『ヨシヨシその代りに俺の尻を拭けといつても拭くのだぞ。滅多に違背はあるまいなア』
『ヘン馬鹿らしい。誰が貴様の尻をアタ汚い拭く奴があるかい。体ばかりか心迄汚い代物だからなア。吝ン坊で悪口言ひで穴さがしで、奸黠で、狡猾で、不道徳で、権謀術数家で、強欲で丸で旃陀羅のけつに醤油の実をつけて甜つてるやうな奴だ。こンな奴に秘密を握られて居ると一生頭が上らぬから、イツソの事俺の方から松彦さまの前で公開をするから構うて呉れな。オイ五三公さま、えらい御心配をかけました。別に人のものをチヨロマカシたのでも無し、聞いたら涎の出るよなボロイ面白い話だから、別に恥にもなるまい。誰だつて多少のローマンスはあるのだからなア。女なンか胸が悪いと云ふやうな顔をしてゐ乍ら、人の見ぬところでは、女に湯巻の紐でしばかれて涎を繰つて居る奴が多いのだから、多少の恋物語があるのは寧ろ誇りだ。貴様の様な唐変木では、春が来ても花は咲きはせぬぞ』
『何うなと勝手にほざいたが好いわい。俺やもう干渉せぬわ。その代り貴様が失敗しても五三公は高見から見物するから、さう思つたがよからう』
『なンだか様子ありげな口振だな。そのローマンスとやらをアクも聞たいものだよ』
 万公は肱を張り、
『きかしてやらう、謹聴せい』
と今や話の糸口を解かむとしてゐる所へ、以前のお寅、お菊はスタスタとやつて来た。
『モシモシ、万は其処に居りますかなア、あの悪たれ男は』
『そーれ、やつて来たぞ。万公、喜べ、モ一遍按摩をして貰つたら何うだイ』
『お婆さま、モウ沢山で厶います、イヤもうズンと万公も改心いたしました。何卒帰つて下さいませ』
『イヤイヤ未だ改心が出来て居らぬ。娘と二人よつて折檻をしてやるのに結構な按摩で肩の凝が下つたと捨台詞を残して逃げて行くよな男だからな。死なねば治らぬカク病だ、エーエ、骨の折れた事だが思ひ切つて荒療治をしてやらう。オイ万、此方やへ来い』
 万公は小さくなつて慄ひ戦いてゐる。
『アハヽヽヽ、やつぱり何処か心に光明があると見えて、恥を知つて顔を隠しよる。マア頼もしいものだ。コレコレお前さまは万の親方と見えるが、こンな厄介物を連れて旅をなさるのは、嘸お骨が折れる事でせう。此婆が物語をするのを聞いて下さいませ。此奴の欠点をよく呑み込ンでおいて貰ひませぬと、貴方の御迷惑になるといけませぬから、後へ引返して参りました』
『何事か存じませぬが承はりませう。此男には一つの秘密があるさうですなア』
『お寅さま、殺生な、コレお菊、どうぞお前仲裁して止めてくれぬか。あンな事を云はれちや顔が赤くなつて、ついて行く事が出来ぬからなア』
『お母さま、一つか二つ程にして、みんな云はないやうにして上げて下さい。押かけ婿に入つて来た事やら、私を手込にしかけた事は云はないやうにしてねー』
『コラお菊、そンな秘密が何処にあるか。肝腎の事を皆云つて了つたぢやないか、万公さまを馬鹿にするない』
『私は子供上りだから何云ふかしれないよ。気にかけずに許して頂戴ね』
『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ到頭面の皮をむかれよるのか。イヒヽヽヽ』
と五三公、アク、タク、テクの四人は手を拍ち踊り上つて喜ぶ。
『松彦の先生様、此の婆の云ふ事一通り聞いて下さい。此の万と云ふ男は酢でも菎蒻でも行かぬ動物で厶いますよ。一昨年の冬だつたか、凩のピユーピユーと吹く夕間ぐれ、家の門前に見すぼらしい乞食がふるうてゐると、僕の者が奥へ知しに来たものですから、私も小北山の神様を信心して居るのだから、人を助けるのは神様の御奉公だと思ひ握り飯を一つ持つて門口迄出て見れば、若布の行列か、シメシの親分と云ふよなツヅレの錦を着て、蓆をかぶつて慄うて居る奴乞食があるぢやありませぬか。そこでアー可愛相に同じ様に神様の息から生れた人間だ、助けてやるのが神様への孝行だと思ひ、握り飯を一つお盆にのせて、アタ汚い乞食に御叮嚀に、さア嘸おひもじう厶いませう。さあ、これでも食べて帰つて下さいと云ふと、その乞食は黒い黒い顔から、眼をむき出し、吐すことには「アー世界に鬼はない、誠に有難う厶います。此御恩は忘れませぬ」と米搗バツタの様に腰をペコペコ百遍計りも曲げて拝むぢやありませぬか、私も不愍が重なつて何とかして湯巻の古手でも探して被せてやりたいと思つて居りました。お盆に握り飯をのせて突出して居るのに取らうともせず、腰ばつかりペコペコさして居る。辛気くさくて仕方がないから、お前、此の握り飯が気に入らぬのかいと聞くと、その乞食の云ふには今近所で葬式の残りの御馳走を鱈腹頂いて来たところだから、握り飯は欲しくはありませぬ、暖かいお茶が一杯頂きたいと云ふので、私も浮木の村のお寅と云つて仇名を取つた女侠客だから人を助けてやらぬ訳にも行かず、苔だらけの手を握つて奥へつれて行き、たぎつて居つた茶を出して、サア之をお上りなさいと茶椀を添へて出しておきました。而して奥の間へ入つて障子の破れから考へてゐると生れついての乞食だと見えて、アタ行儀がわるい。土瓶の口から煮え切つた茶をグツと呑み込み、喉に焼傷をして目をクルクルとむき、泡を吹き七転八倒してゐるぢやありませぬか。エー怪体のわるい、ド乞食を引張込ンだものだと思ひ、慌て行つて見れば、大切にしておいた青土瓶はポカツと二つに破れ、折角沸かした茶は畳にこぼれ、畳が御馳走とも何とも言はずにけろりとなめて、細い目を沢山ならべて睨ンでゐるぢやありませぬか。ホヽヽヽヽ、そのド乞食が仰向に倒れてゐるとこを見れば、煤で煮〆たような褌を垂らし、吊柿のよな真黒気のものを出して倒れてゐる。サア大変だと家内中がよつてたかつて水をのませ、いろいろと介抱した結果、ようよう息を吹きかへした。併し乍ら舌をやけどしたものだから、舌も口も腫れ上り、国所を尋ねようにも名を聞こうにも物が言へないので、聞く訳にも行かず、筆紙を持つて来て名を書けと云つても、此奴は明きめくらと見えて一字もよう書かず、仕方なしに藪医者を頼ンで来て裏門から灌腸して到頭物を云ふ様にしてやりました。それから虱だらけの衣物を油をかけて、焼いて了ひ、亡くなつた爺さまの一番古い衣物を着せてやつて、行く処もない代物だと云ふから下僕につかつて野良仕事に使つて居りました』
 五三公は首をかたむけ乍ら、
『そら誰の事ですか、よもや万公さまでは有りますまいナ』
『云はいでも知れたこつちや、此の万のことだよ』
『何とマンのわるいとこに出会したものだなア、万公さま』
『アハヽヽヽ面白い面白い、お婆さま、しつかり頼みますデ。千両々々アクアクするワ』
『コリヤ、アクの奴馬鹿にすない、俺は瑞のみたまだ。アクの鏡が映つとるのだから、俺の事ぢやない、世間の奴の悪い事が奇麗なみたまの俺にうつつたのだ。其のつもりでお婆さまの云ふ事を聞けよ。取違ひと慢心は大怪我の基だから、お婆さまの云ふ事をよく味はうて聞くがよいぞよ。人の事だと思へば皆吾身の事であるぞよ。世界中がかうなつて居ると云ふ事を変性女子の身魂にさして見せてあるぞよ。…………と云ふ教をきいて居るだろ、それが俺の事だからのう』
『フヽヽヽヽお婆さま、その次を松彦にお聞かせ願ひます』
『一寸此処で中入といたしまして、又後はゆるゆると御清聴を煩はします。オホヽヽ、万公さま随分耳が痛からうなア』
『チヨツ、万公も万がわるいワイ』
『アーア、こンな事は云ひたい事ないけれど、これも万公の将来の為だから、モウ一息先生のお耳をわづらはしませうかなア。コレ万公さま、お前が決して憎うて云ふのぢやない、たとへ三日でも因縁があればこそだ。お前の為に云ふのだから、聞いて下さい。どうせチツトは耳が痛いのは請合だが、罪亡ぼしだと思つて辛抱しなさい』
『ナント御親切なお婆さまだなア、五三公もこンな親切に云うて呉れるお婆さまに逢ひたいわ。それからお婆さま、後は何うなつたのだい』
『それからお前さま、此の万を野良仕事にやつて置いたところが、鼠かなンぞのよに大根を作つておけば噛ぢつて食ふ。蕪をひいて食ふ、サツマ芋は根からひいて食つて了ふ。まるで土竜を飼うてをるよなものだ。こンなものを飼うてゐちや百姓をせぬがましだと思つて、仕方なしに娘の見守り役にしてやつた。それがサツパリ災の種となつたのだ。此の婆が熱病をわづらつて今日か明日か分らぬといふやうになつたので、孝行な娘のお里が此万をつれて氏神の社へ参拝をしたのだ。ソーすると何時の間にかお里の腹がポテレンと太つて来た。婿も貰はぬのに腹がふくれるといふのは、コリヤ屹度脹満に違ひないと藪医先生を頼ンで見て貰つたら、娘の氏神参りの御かげで私の病気は直つて了うたが娘が脹満になつて了つた。医者も医者だ。脹満だ脹満だといつて矢鱈に苦いものを飲ます、ソレでも十月目にターンクの口が開いてホギヤアと一声、娘はビツクリして其場に気絶して了つたわいのー、アンアン。それから上を下へと大騒動を始め、朝鮮人蔘を飲ましたおかげで、ヤツトの事で気がつき、おかげで娘の生命はとりとめたが、肝腎の乳が出ぬものだから、生れた子は骨と皮とになり、到頭死ンで了つた。アーンアーン』
『ソリヤどうも気の毒な事だなア。そしてその子は一体誰の子だい』
 婆はところまだらに残つた歯をかみしめ、イーンイーンと頤をつき出し、妙な手つきで万公の肩をこづくやうな手振りをして、
『此奴だ此奴だ、此のガキだよ。アーンアーン』
『オイ万公さま、まンざらでもないのー。エー、アクにも一杯おごつて貰はうかい』
『ウン』
『それからいろいろと詮議の結果、お里が言ふには万さまの子だ。こうなるのも前生の因縁づくぢやから、何卒乞食上りの万さまでも私の夫に違ひない。此人と添はしてくれなければ死にます死にますと駄々をこねるのだ。此道ばかりは親が何うする訳にも行かず気に入らぬ男だと思つたが、何を言うても肝腎の娘がゾツコン惚こンでゐるのだから、此婆も我を折つて泣き寝入りにしたのだ。所が運の悪いお里は産後の肥立ちが悪うて、帰らぬ旅に行きました。アーンアーン』
と涙を拭ふ。
 五三公はホツと息をつぎ乍ら、
『ナント万公といふ奴は罪な事をしたものだなア。刃物持たずに二人も人を殺しやがつたなア。道理で野中の森で暗うなるとビリビリふるひよると思つた。やつぱり斯う云ふ原因があるのだから、怖ろしがるのだワイ』
 万公は、
『コリヤ五三公、批評はやめてシツカリきけ。これからが性念場だぞ』
と焼糞になつて怒鳴り立ててゐる。
 お寅は言を次いで、
『それから此万の恩知らず奴、増長しよつて、まだ蕾の花のお菊を手込めにし、二代目の女房にしようと企みをつたのだ。流石に偉い女だからお菊はポンと肱鉄をくはした。すると万公奴、妹に肱鉄をくはされて逢はす顔がないと遺書を書いて吾家を出た切り、膿んだ鼻が、つぶれたとも、河童の屁がくさくないとも云つて来ず、本当に困つたガラクタ男だ。妾は今日小北山の神様に、浮木の森の村に一時も早く軍人が居らぬ様になります様と祈つて居る所へ、娘に神憑があり「今早く行けば万公に出逢ふ」との御指図で、実の処は万公に意見をしてやらうと思つて出て来たのだ。此上の神様には沢山な人がこもつて居るが、まだ三人や五人寝られぬ筈はないが、万公の様子を探らうと思つてあンな事を云つて居つたのだ。……松彦の先生さま、私の家では斯ういふ事をやつて居ましたから、嘸世間でも悪い事をして歩くでせう。何卒気をつけて真人間にして下さい。因縁あればこそ娘の腹をふくらしたのですから、娘の惚て居つた男を憎いとは思つて居ませぬ、何卒一人前の人間にして貰ひたいと思つて再び引返して来ました』
と涙乍らに語り終る。
『何もかもわかりました。何卒御安心なさいませ。私ばかりか治国別様といふ立派な先生がついて居られますから、万公の事は御案じ下さいますな』
『ハイ有難う厶います、何卒よろしう御願ひいたします。サアお菊、失礼して一足お先へ行きませう。お竜さまが待つてゐられますから』
『皆さま御面倒いたしました。菊はお先へ失礼いたします』
『左様ならば御機嫌よう』
五三『アハヽヽヽ』
アク『オツホヽヽヽ』
 タク、テクは飛び上つて、
『ワツハヽヽヽ面白い面白いオツホヽヽヽ』
『アーア、悪い夢を見たものだ。薩張り俺の顔は台なしだ。ドーレこれから一つ花々しい功名をして万公末代世界に名を残し、お里の霊を慰めてやらうかなア』
『アハヽヽヽ、五三公にまで、万公、到頭お里が解つたぢやないか。イヒヽヽヽ』
(大正一一・一二・九 旧一〇・二一 外山豊二録)
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