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文献名1霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
文献名2第1篇 毘丘取颪よみ(新仮名遣い)びくとりおろし
文献名3第2章 蜉蝣〔1365〕よみ(新仮名遣い)かげろう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-02-27 19:33:58
あらすじ
ライオン河の下流にあるビクトル山を中心として、ウラル教を信じるビクトリヤ王が刹帝利として近隣を治めていた。東西十里、南北十五里のあまり広くない国で、国名をビクと言った。

ビクトリヤ王はほとんど七十才を越える老齢であるが、不幸にして嗣子がなかった。現在の妃・ヒルナ姫は二十三才である。元ビクトリヤ王妃の侍女であったが、王妃が亡くなった後に王の手がかかり、次第に権勢を得て城内の一切を切り回していた。

権勢のあるヒルナ姫の歓心を得ようとして数多の官人たちは媚を呈し、そのために国政は次第に紊乱して国民の怨嗟の声は四方に満ち、ところどころに百姓一揆のようなものが勃発して、ビクトリヤ王家は傾こうとしていた。

左守のキュービットは忠実な老臣で苦心して国家を守ろうとしていたが、右守のベルツはヒルナ姫に取り入り、刹帝利も眼中におかない横暴ぶりを発揮していた。

ベルツは忠実な家令のシエールを招き、いかにして自分が刹帝利になることができるかと相談している。シエールは、世情不安をあおってビクトリヤ王に責任を取らせ、退隠させようという策を提案する。

二人が計略を練って悦に入っていると、次の間で二人の話を立ち聞きしていたベルツの妹・カルナ姫が入ってきた。カルナ姫は左守の息子・ハルナと相思相愛の仲になっていた。

カルナ姫は、二人が野心の矛先を左守家に向けないように釘をさした。自分がハルナに嫁げば左守家は親戚になる、もし二人が左守家を害そうとするなら通報することもできると、利害得失を交えて、自分の恋愛を邪魔しないよう二人に言い含めて去って行った。
主な人物 舞台右守ベルツの館 口述日1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月8日 愛善世界社版22頁 八幡書店版第9輯 511頁 修補版 校定版25頁 普及版12頁 初版 ページ備考
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本文  ライオン河の下流ビクトル山を中心として、此処はウラル教を信ずるビクトリヤ王が刹帝利として近国の民を守つてゐた。此王国は東西十里、南北十五里(三十六町一里)の余り広からぬ国であつた。国名をビクといふ。ビクトリヤ王は本年殆ど七十才に余る老齢である。而して不幸にして嗣子がなかつた。后のヒルナ姫は元はビクトリヤ姫の侍女であつたが、何時の間にか王の手がかかり、次第に権勢を得て、城中の花と謳はれ、一切を切りまはしてゐた。而して年齢は正に二十三才、女盛りである。ヒルナ姫の歓心を得むとして数多の官人共は媚びを呈し、国政は日に月に紊乱し、国民怨嗟の声四方に充ち、所々に百姓一揆の如きもの勃発し、収拾す可らざるに立到り、ビクトリヤ王家は已に傾かむとするに立到つた。
 左守神のキユービツトは極めて忠実な老臣であり、王の為に苦心を重ねて、国家を守らむとしてゐた。之に反して右守神のベルツは奸侫邪智の曲者にして、ヒルナ姫に取入り、いろいろの入れ智恵をなして、刹帝利も百官も眼中におかない位な横暴振を発揮してゐた。ヒルナ姫の意見はベルツの意見であり、ベルツのすべての画策は、すべて、ヒルナ姫の口に仍つて伝へられてゐた。そして左守神のキユービツトにはヱクスといふ忠良な家令があり、右守のベルツにはシエールといふ奸悪な家令があつて、主人の右守と共にあわよくば、ビク国を占領せむと日夜肝胆を砕いてゐた。ベルツはシエールを吾居間に招き、一間を密閉してヒソビソと協議を凝らしてゐる。
ベルツ『オイ、シエール、どうだらうな、ヒルナ姫は殆ど薬籠中の者となつたが、併し乍ら頑強なビクトリヤ王は何となく某を嫌忌する様子現はれ、キユービツトを近付け吾進言に一々反抗的態度を試みられるのは、実に吾々の目的の一大障害と言はねばならぬ。将を射る者は先づ馬を射るといふから、彼れキユービツトを排斥するか、或は○○して了はなくちや、九分九厘迄成功した吾々の陰謀が水泡に帰するのみならず却て如何なる重刑に処せらるるやも計り難い、何とか可い工夫はあるまいかな』
シエール『右守様、それは御心配に及びませぬ。ビクトリヤ王は已に七十の坂を越えた老人、余り急がず共、余命幾何もありますまい。なまじひに事をあげて、国民の信用を失墜し、悪逆無道不忠不義の徒と言はれるよりは、ここ暫くの御辛抱だから、御待ち遊ばすが上分別と存じます。ひるがへつて国民の状態を考へますれば、生活難に苦しみ重税に怨嗟の声は四方に満ち、何時暴動が勃発するやも計られませぬ、革命の機運は日に日に盛んになりつつある矢先、無理な事を致せば益々天下の紛乱を増やうなもので厶いませう、幸ひビクトリヤ王には嗣子もなく、又ヒルナ姫様は腰元の成上りですから、王の没後は貴方の自由自在で厶いませう。今の内に充分なる画策をめぐらし、ヒルナ姫様が貴方を御信任遊ばすを幸、潜勢力を養つておけば、まさかの時になつて、貴方の願望は自ら成就致しませう。夫れが上分別と考へます』
ベルツ『それもさうだなア、併し乍らビクトリヤ王は至つて身体健全なれば、まだ二十年位は大丈夫だらう。何程時節を待つと云つても、此先二十年も待つ事は英気に充ちた吾々、腕鳴り、胸轟いて、こらへ切れるものではない。モツと手早く埒よく目的を達する方法手段はあるまいかな』
シエール『知識の宝庫と綽名をとつた私、如何なる妙案奇策も持つて居りますが、今日の事情が即行を許しませぬ。如何となれば、今日は国内紛乱の極に達し、極端なるレーストレイントを加へて漸く、現状を維持してゐる状態で厶いますれば、あわてずに時を待つが上分別だと考へます。王の勢力日々に衰へ、四海をコントロールする実力なき今日、何人の神算鬼謀も之を鎮定することは容易の業ではありませぬ。故に吾々は寧ろ、今日の世態を利用し、益々手をまはして国民を煽動し、ビクトリヤ王をして手を施すに術なからしめ、自発的に退隠ささせる方が、最も賢明なる行り方と愚考致します』
ベルツ『成程、それは妙案だ。就いては、シエール、お前に成案があるだらうな』
シエール『ない事は厶いませぬが、後の喧嘩を先にせいといふ事が厶いますから、貴方が刹帝利にお成りになれば、私をキツと左守に任命して下さるでせうか。それが決定せなくちや、働き甲斐がありませぬから』
ベルツ『ハハハハ如才のない男だなア、目的成就の上はキツと重く用ゐてやる。それを楽しみに一つ骨を折つてくれ』
シエール『只重く用ゐると云はれた丈では、朦朧としてをります。キツパリと左守にすると云ふ言質を預かつておきたいものです』
ベルツ『苟もビク一国の刹帝利たる者は、賢臣を選んで国政を任さねばならぬ。何程シエールが悧巧だと云つても、到底国政を料理する丈の技能は未だ備はつて居ない。そんな取越し苦労を致さずに主人の命令だ。実行に着手したら如何だ』
シエール『ハツハハハハ、御主人様、貴方も随分ズルイお方ですな。狩猟つきて猟狗煮らるる様な不利益な事は、賢明なる私には到底出来ませぬ。要するに貴方は私に対し、左守の資格がないと仰有るのですな。宜し、左様の事ならば、かやうな反逆を企てて危い芸当をするよりも、貴方の陰謀を王の前に素破抜きませうか、如何で厶る』
とソロソロ爪を隠してゐた猫が、カギ爪の先をみせかけた。ベルツは驚いて、
ベルツ『あ、ウム、さう怒つちや話が出来ない。実の所はお前を左守に任じてやる事はチヤンと心の中に決定してゐたのだ。併し乍ら、お前の熱心を調べる為に一寸揶揄つてみたのだよ。ハハハハ』
シエール『御主人様、揶揄ひ所だありますまい、千騎一騎の正念場ですよ』
ベルツ『英雄閑日月あり、仮令陣中に於ても歌をよみ、尺八を吹き、悠々閑々として、おめず臆せず、騒がず焦らず、談笑の間に一切万事を解決すると云ふ英雄的襟懐だ。何と智勇兼備の勇将の心事は違つたものだらう。オツホホホホ』
 シエールは悪人の癖に、比較的に馬鹿正直な奴である。ベルツの舌にうまく舐られて、身知らず的に途方途徹もない悪事を遂行せむと腕をうならして、雄健びしてゐる。
シエール『成程、一切万事諒解致しました。かかる名君とは知らず、無礼の申条、何卒御容赦を願ひます』
ベルツ『義に於ては主従なれ共、情に於ては親と子の関係だ。言はば拙者は親、其方は子である。親が子を愛するのは天然自然の道理だ。そして其子の心胆を練り、知識を啓発し、有為の人材となさしめむとして、苦言を吐き、鞭撻を加ふるは、ワイズベアレント・フツドとも云ふべきものだ。今後は何事に係はらず、暫く吾意思のままに、舎身的活動をやつて貰ひたいものだなア』
シエール『ヘヘヘヘ持つ可きものは家来なりけり……否主人なりけりだ。然らば之より君の命に仍つて、千変万化の秘術を尽し、君をしてビク一国の刹帝利たらしむべく活動仕らむ。吾成功を指折り数へ、お待ち下され』
ベルツ『ああ勇ましし勇ましし、汝が雄健び、前途有望、目的の彼岸に達するは間もあるまい、ても扨ても心地よやなア』
と之れ又両手を伸ばし、拳を握り、左右の膝を交々起伏させ乍ら、床もおちよとばかり雄健びしてゐる。
 余りの高い声が聞えるので、ベルツの妹カルナ姫は次の間に走せ来り、両人の談話をスツカリ立聞し、顔を顰め乍ら、さあらぬ態にて、
カルナ姫『お兄い様、御免なさいませ』
と這入つて来た。シエールは両手を仕へ、さも恭しく、
シエール『これはこれは、カルナ姫様、御壮健なお顔を拝し、シエール家令身に取り、恐悦至極に存じます』
カルナ姫『お前はシエールだないか、最前からお兄様と面白さうに話をしてゐましたね、襖に隔てられ、ハツキリ何事か分りませなんだが、容易ならざる事のやうに思はれます。どうぞ聞かして下さいませ』
シエール『ヘ、イヤ何でも厶いませぬ、御主人様とお酒に酔ひまして、つい昔の英雄物語を致して居りました。ヘヘヘヘ、随分面白い話で厶いましたよ』
カルナ姫『昔の物語にもビクトリヤ王様やヒルナ姫様、キユービツトの左守などいふ方がおありなさつたので厶いますか』
と優しい目を光らせ、少しく語気を強めて、睨つけるやうに言つた。右守のベルツは……此陰謀を妹に聞かれちや大変だ。妹の奴、左守神の伜ハルナに秋波をよせてゐよるのだから、もしや内通でも致しはしようまいか、恋愛に熱した時は、親兄弟までも脱線して忘れるものだ、ハテ困つたことだ……とハートに波を打たせたが、ワザと素知らぬ面で、
ベルツ『ハハハハハ、面白い様な……殺伐な昔物語、女の聞くべきものではない、お前は早く奥へ行つて、お前の好きなラムールでも繙く方が可いワ』
カルナ姫『何だか、貴方方のお話を聞くと、胸騒ぎが致しまして、ヒストリア・アモリスなどを耽読する気にもなれませぬ。実に殺風景な貴方の御計画、額に凶徴が遺憾なく現はれて居りますぞや』
ベルツ『男の居間へ女が来るものではない、支那の聖人がいつただらう。男女七才にして席を同じうせずと云ふだないか。サ、早く彼方へ行かつしやれ』
カルナ姫『何とマア、お口は重宝なものですなア。最前からの事情は、実の所はスツカリ聞きました。何程お隠しになつても、最早駄目で厶いますよ』
ベルツ『チヨツ、困つた妹だなア、オイ、カルナ、お前は兄を助ける気はないか』
カルナ姫『ハイ、貴方の出様によつて、お助けせない事も厶いませぬ。貴方は左守司様の御子息ハルナさまと結婚さしてくれますか』
ベルツ『ウーム、さうだなア、又、考へておかう』
カルナ姫『貴方が目の上の瘤、目的の邪魔者と附け狙ふ左守様の御子息、ハルナさまへ妹をやるのはさぞ御迷惑でせう。併し乍ら、恋愛問題と貴方の問題とは別物ですから、御心配なく許して下さいませ。私とハルナさまとの仲には決して忌はしい関係は結んで居りませぬ。相思の間柄で、極めてチヤステイテイーな恋愛で厶います。何時迄も年頃の娘を、セリバシーにしておくのは、兄としての役が済みますまい。ホホホホ』
ベルツ『ヤア、今時の女性の厚顔無恥には実に呆れ返らざるを得ないワ』
カルナ姫『貴方が政治欲に耽り、ヒルナ姫様に秋波を送つて厶るやうなものですよ。併し貴方のは決して正当と認める事は出来ませぬ……が、私の請求するコンジユギアール・ラブは正当の婦人としての権利ですから、此プロブレムに就いては、貴方も無暗に拒む訳には参りますまい。なア、シエール、さうぢやないか』
と言葉を家令の方に移した。
シエール『成程、姫様のお言葉は少しも矛盾はありませぬ。イヤ、私も大に共鳴致します。就いては姫様に考へて頂かねばならぬ事がある。貴方はハルナさまを熱愛してゐられる如く、左守神もヤツパリ愛して居りますか』
カルナ姫『恋しき夫の父君で厶いますもの、愛するといふよりも寧ろ尊敬を払つて居りまする』
シエール『お兄様を尊敬なさる程度に比ぶれば余程の径庭があるでせうなア』
カルナ姫『そらさうです共、兄妹は他人の始まりといふだありませぬか、ハルナさまと夫婦になり、子が出来ようものなら、それこそ親密な親子の関係が実際的に結ばれるのですから、左守神さまを兄に勝つて尊敬するのは当然ですワ』
シエール『イヤ、此奴ア怪しからぬ、モシ、姫様、元を考へて御覧なさい。御兄い様は本当の同胞だありませぬか、ハルナさまはアカの他人ですよ。只結婚と云ふ形式に仍つて、夫婦となり親子と名がついたものでせう。そこをよくお考へにならなくちや、肝心のお兄いさまに対し、血で血を洗ふやうな、惨事が突発するかも知れませぬ。能く胸に手を当てて考へて戴きたいものですな』
カルナ姫『ハイ、何れ熟考の上御返事を致しませう』
ベルツ『切つても切れぬ、同じ母体から生れた兄妹といふ事を忘れないやうにしてくれよ。ああ困つた妹だなア。之だから女に高等教育を施すと困るのだ。俺の両親は新しがりやだつたから、たうとうこんなアバズレ女にして了つたのだ』
カルナ姫『ホホホホ、私ばかりか、お兄い様迄、こんな悪党に、高等教育を施して作り上げて了つたのですよ』
ベルツ『チヨツ、コレ、カルナ、能く思案をして、利害得失を考へたがよいぞや。キツト兄妹の為にならないやうな事をしてはなりませぬぞ』
カルナ姫『ハイ承知しました。何卒兄妹のために兄妹の恋愛を妨害するやうな事は考へて貰つちやなりませぬぞや、ホホホホ、左様ならばお二人さま、十分に御思案をなさいませ。そして良心に恥るやうな事は一刻も早く改めて頂きたいものです。ハイエナ・イン・ベデコーツ的な行動をやつて、呑臍の悔を残さないやう、それのみ何卒も一度御熟考を願ひます』
と二人を諫め悠々として、吾居間に帰り行く。後に二人は呆然として吐息をもらし、暫し無言の幕を開いてゐる。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
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