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文献名1霊界物語 第57巻 真善美愛 申の巻
文献名2第2篇 顕幽両通よみ(新仮名遣い)けんゆうりょうつう
文献名3第10章 転香〔1460〕よみ(新仮名遣い)てんこう
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじシャルは、寒風吹きまくる四つ辻に、若芽のような弊衣をまとって、唇まで紫色に染め、ふるえながら立っている。路傍の立石にもたれて、シャルは高姫への不平不満をつぶやいている。シャルはやけくそになって四股を踏みながら、早く自分の仕事を手伝ってくれる新入りが来ないかと不満をどなりはじめた。そこへ向こうから寒そうなふうでうつむき気味にやってくる青白い男があった。シャルは男を見つけると大喝一声呼び止めた。男は元アブナイ教信者の鰐口曲冬だと名乗り、懺悔生活のために便所の掃除なりとさせてほしいとシャルに頼み込んだ。シャルは喜んで男を高姫のところに連れて行った。高姫は、この便所は大弥勒様のお肥料様だからなかなか身魂が磨けないと掃除ができない、と言いだした。そして偽善の懺悔生活をするよりも、ウラナイ教に入るようにと曲冬を説きつけた。曲冬は、長らく入信していた天香教の偽善を語りだした。高姫はここぞと衆生済度のウラナイ教に入るべきだと勧める。曲冬は、ウラナイ教の説教をまず聞かせてもらいたいと高姫に答えた。高姫は講釈を始めたが、曲冬はさわりを聞いて上げ足を取り、自分には必要のない教えだと言うとさっさと門口から逃げ出してしまった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月25日(旧02月9日) 口述場所皆生温泉 浜屋 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年5月24日 愛善世界社版131頁 八幡書店版第10輯 307頁 修補版 校定版138頁 普及版62頁 初版 ページ備考
OBC rm5710
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本文  寒風吹き捲くる四辻に若布のやうな弊衣を纒うて唇まで紫色に染め、慄ひ慄ひ立つて居る一人の男はシャルであつた。シャルは道別の立石に凭れてブルブル慄ひ乍ら一人呟いて居る。
シャル『エー糞面白うもない。此風の吹きつ放しに罪もないのに立たされて……石地蔵でもあるまいに……俺等はこれでも血液が通つて居るのだぞ。高姫の婆奴、人を滅多矢鱈にこき使ひやがつて、馬鹿にしてやがる。此の寒いのに斯んな処に亡者引きに来る位なら矢張り泥坊でもやつて居た方が何程男らしいか知れやしないわ。水の流れと人の行末、変れば変るものだな。俺もバラモン教の軍人さまで公然と強姦もやり、強盗もやり、法螺も吹き、喇叭も吹いて来たものだが斯う零落れては、もう仕方がない。腹は空腹となる喉は渇く、着物は破れ虱はしがむ、何処ともなしに身体は慄ひ出す、宛然地獄の様だワイ。一丈二尺の褌をかいた荒男がアトラスの様な面した婆にこき使はれて、アタ胸糞の悪い、糞面白うもない、ケツタ糞が悪いワイ。それにまだまだケツタ臭い事は、高姫の奴己の放れた糞小便を掃除せいと吐しやがる。金勝要の大神さまだつて雪隠へ落されたのだから、お前等が雪隠の掃除するのは結構な御神徳だ等と本当に馬鹿にして居やがる。実に糞慨の至りだ。だと云つて何処へ行く所もなし、八尺の体の置場に困つて居るのだからチツトは気に喰はいでも、あの婆に喰ひついて居るより仕方がないわ。エー糞忌々しい。誰かモ一人俺の云ふ事を肯く奴が来て呉れると雪隠の掃除をさしてやるのだが、来る奴来る奴、高姫と喧嘩して逃げて去にやがるものだから、宛然籠に水を入れて居る様なものだ。何時迄かかつたつて満足な信者は一人だつて出来やしないわ。ウラナイ教か何か知らぬが教祖もし、役員もし、信者も一人で兼ねてるのだから婆も忙しいだらう。此間も信者が幾何あると聞いて見たら四十一人あると吐しよつた。よく考へて見ればアタ阿呆らしい、四十と云ふ意味は始終と云ふ意味だつた。今年で殆ど四十四年も布教してると云ひやがつたが、まだ三人四人と信者が出来ぬのだから大したものだワイ。姑の十八ばつかり朝から晩まで並べ立てやがつて、一人よがりの一人自慢、上げも下しもならぬ糞婆だ。年は幾才だと聞いて見たら四十九才だと吐しやがる。俺の見た所では、どうしても五十五六に見えるがヤツパリ年寄と見られるのが辛いと見えるワイ。何だか知らぬが始終臭い事ばかり吐しやがる。アタ辛気臭い もう厭になつて了つた。誰かよい馬鹿野郎が出て来て俺の仕事を手伝つて呉れる奴があるまいかな』
と自暴糞になり四股を踏み乍ら一人呶鳴つて居る。そこへ向ふの方から寒さうな風姿をして稍俯向き気味に破れ笠を被り臭気紛々たる着物をつけ乍ら、やつて来た蒼白い中肉中背の男があつた。シャルは此男を見るより大喝一声『待てツ』と叫んだ。男は此声に驚いてハツと立止まり、少し尻を後へ出し、両手を金剛杖の上にキチンと載せ乍ら、
男『何用で厶いますかな』
シャル『何用でもない。一寸尋ねたい事があるのだ。貴様の姓名は何と云ふか』
男『ハイ、私は元はアブナイ教の信者で厶いまして鰐口曲冬と云ひ、今は人間の一等厭ふ一等厭と云ふ偽君子の団体へ這入つて懺悔の生活をやつてる者で厶います。どうか小便壺、雪隠壺、塵芥場の掃除をさして頂けませぬだらうかな』
シャル『ヤ、そいつは感心だ。大に吾意を得たりと云ふべしだ。実の所、俺の館はここ三月許り小便、糞は云ふに及ばず、汚い塵芥が庭の隅にかためてあるのだ。どうだ、掃除して貰ふ訳には行くまいかな』
曲冬『謹んで掃除をさして頂きます。十分の活動を致しますから、何卒麦飯でも宜いから饗んで頂きたいものです』
シャル『小便はシシと云ひ、糞はフンと云ひ塵埃はジン埃と云ふから獅子奮迅の活動をやつて見せて呉れ。さうすりや俺の師匠の八釜しやの高姫も麦飯の一杯位は饗んで呉れぬ事もあるまい。兎も角、お前の働き次第だ。芸は身を助けると云ふから屹度お前も高姫さまに重宝がられるだらう。サアこれから一つ帰つて高姫さまに対して信者を造つたのを土産となし、俺の仕事を助けて貰ふ事ともなり一挙両得だ。マアこれで俺も一寸息が出来ると云ふものだ。オイ曲冬とやら、永らく俺の部下となつて雪隠の掃除だけ受持つて呉れ。何と懺悔の生活と云ふものは重宝なものだのう』
曲冬『初稚姫さまは天刑病者の膿血を吸うて助けてやられた事があるでせう。糞小便の掃除位が何ですか。人間は皆糞小便を喜んで喰つて居るのですよ。直接に喰ふ奴は犬だけど間接に喰うのは皆人間です。糞たれては大根、蕪、稲、麦等にかけ、その肥料で野菜が成長し、米麦が実るのだ。云はば間接の糞喰ひ、小便呑み人間だ。糞の掃除位が何それ程汚いものか。喜んで汚い処の掃除をする心にならないと本当の善にはなりませぬよ。これが誠の神心ですからな。己の欲する所を人に施し、己の欲せざる所を努めて行はなくては懺悔の生活ではありませぬワイ』
シャル『イヤ感心致した。サ、来て下さい。お前の事業は何程でも溜つてる、随分好い顧客だよ』
曲冬『ハイ、有難う厶います』
と云ひ乍らシャルの後に従ひ冷い野分に吹かれ乍ら岩山の麓の茅家に導かれた。
 シャルは斜になつた戸を、がたつかせ乍ら漸うに引き開け、
シャル『サ、曲冬さま、此処は大弥勒様の金殿玉楼だ。マア這入つて冷い茶なつと一杯飲つて下さい。モシ高姫さま、よい鳥を一羽生捕つて来ました。サア何卒お前さまの大和魂で、好きすつぽうに料理して下さい。屹度此奴アお気に入るかも知れませぬぜ』
高姫『これこれシャル、結構な人間様を御案内し乍ら何と云ふ御無礼な事を申すのだ。何故善言美詞を用ひないのか。悪言醜詞は禁物だと、何時も云つてあるぢやないかい』
シャル『エ、酢につけ、味噌につけ、何とかかんとか叱言を云はねば気の済まぬ人ですな。此人は一等厭の曲冬さまとか云つて懺悔の生活をして居る偽君子ですよ。貴方の弁舌で一つ帰順させて御覧なさいませ。そして便所の掃除をさして呉れと仰有るのです。何とマア結構なお方もあればあるものですな』
高姫『ア、曲冬さまとやら、そこは端近、マア囲炉裏の側へお寄りなさいませ。嘸寒かつたで厶いませう。此婆は斯う見えても見かけによらぬ優しい者だから安心して下さい。そしてお前、懺悔の生活をしてると云ふことだが、懺悔せにやならぬやうな悪事をしたのかい』
曲冬『ハイ、これと云つて別に悪い事をしたやうにも思ひませぬが、人間と云ふものは知らず識らずの罪を作つてるものですから懺悔のために、人の一等厭な便所の掃除や塵芥場の掃除をさして頂き、其処辺を巡つてるので厶います』
高姫『扨て扨て奇特な事だ。併し乍らよう考へて御覧なさい。便所の掃除をするのは女房や女衆の役ぢやありませぬか。男は男としての立派な事業があるでせう。それに何ぞや、睾丸さげた男が卑怯未練にも便所の掃除をするとは、チト可笑しいぢやありませぬか。お前さま等がそんな事をするものだから此頃の女中は皆増長して了ひ、「私は下女には来たが便所の掃除は約束外だ」と、自分の放いたもの迄主人の奥さまに掃除さす様になつたのも、皆お前等が悪いからだ。世界の男子が、何れも之も一等厭に這入り、便所掃除になつたら如何するのです。自分の放いた糞まで人に掃除させたり、又人の糞まで掃除して歩く様な不合理な罰当りの事が何処にありますかい。それだから世間の人は一等厭の奴はド奴の糞奴計りだと云ふのですよ。何だか怪体な香がすると思へばお前の着物に尿糞塵の香が浸みこんで居る。地獄に籍を置いたものは鼻をつく様な堆糞の場所や便所塵芥場を喜ぶものだ。其臭気をまるで高天原の天香の様に思うて居るのだから困つたものだな。鼻もそこ迄痳痺しては善悪美醜の区別もつかなくなり、却て楽かも知れない。併し乍ら折角神の分霊を貰つてる人間が酔生夢死の生活を送るのも勿体ない、自分の放いた糞は自分で掃除すれば宜いのだ。人の放いた糞まで掃除させたり、したりするものぢやない。他人に糞の掃除をさせるのは赤ん坊の間だ。又その糞を掃除するものは赤坊を負うた母親か、子守の仕事だ。チツト考へて御覧なさい』
曲冬『さう一口にコキ下されては便明の辞がありませぬ。併し乍ら一等厭は一等厭としての主義綱領があります。どうか便所の掃除をさして頂き度いものですな』
高姫『イヤイヤなりませぬ。何と心得て厶る。ここの便所は普通一般の便所とは違ひますぞや。勿体なくも大弥勒様のお尻から出たお肥料様だ。そこへシャルの汚い奴も交つて居るが、然し此館にはシャルと云ふものが居りますから……ここの便所なんか身魂の研けない人に構つて貰ふ事は出来ませぬ。中々大弥勒さまの便所の掃除をさして貰はうと思へば並や大抵の事ぢやありませぬぞや。余程神徳を貰はなくちや出来ませぬ。そんな事云つて麦飯の一杯も饗ばれようと思つてるのだらうが、此の辛い世の中に、誰がそんな糞奴に飯の一杯も食はす者がありますかい。それよりもチツト日の出神の義理天上が申す事を腹へ締め込んで置きなされ。さうすれば結構な出世が出来ますぞや。折角結構な人間と生れて便所の掃除をやつて居つては神様に対しても済まぬぢやありませぬか。お前さまの様な連中が沢山出来て便所の掃除を引受けて下さるのは宜しいが、これが百年も将来に行つて御覧なさい。世間から特種部落扱ひをされて、便族と云ふ名がつきますぞや。さうすりや普通の人間と縁組も出来ませぬぞえ。宜い加減テンコウして置くが宜しからう。特種部落の開祖になる積りだらうが、そんな事するより三千世界を助けるウラナイ教にお這入りなさい何程結構だか知れませぬぞや』
曲冬『それもさうですな。実の所は厭で堪らないのだけど、喰はんが悲しさに人の厭がる便所の掃除をして其日の飢を凌いで居るのです。それでも世間は馬鹿者が多いと見えて一種の態のよい乞食を聖人だ、君子だと崇めて呉れますからな。新聞や雑誌に書き立てて褒めるのですもの、チツト位臭くても辛抱が出来たものですよ。併し乍ら天香宗の教祖様は表から見れば随分立派なお方ですが、ヤツパリ株を売買したり、儲かりさうな鉱山を買占めたり、借つたものは何とか云つて返さず、取り込む事は随分上手ですよ。それでも上流社会から非常に褒めそやされ、沢山な書物が売れるのですから、世の中は妙なものですな。児島高徳が桜の木に「天香雪隠を空しうする勿れ、時に飯礼無きにしも非ず」と云つて、私の狂祖さまの事を予言しておいた位ですもの、余り馬鹿にはなりませぬワイ』
高姫『サ、それが暗がりの世の中と云ふのだよ。善人は悪とせられ、悪人は善人と推称せらるる逆様の世の中だから、それで此度天から大弥勒様が、此地の上にお降り遊ばし、此高姫の肉体を宿として衆生済度の為にウラナイの道をお開き遊ばしたのだ、何と有難い事ではないかな。天香教とウラナイ教と何方が誠と思ひますか』
曲冬『天香教には永らく這入つて居りましたので大抵の教理は分りましたが、まだウラナイ教は何も聞いて居りませぬから、どちらが善いか悪いか、判断がつきませぬ。先づ御説教を聞かして貰つた上でお返事致しませう』
高姫『成程、何程おいしいものでも食つて見ねば味の分らぬ道理だ。お前の云ふ事には一理がある。米の飯と麦の飯と食ひ比べて見れば、米の飯がうまいと誰も云ふだらう。此ウラナイ教は実は農業を基とする教だ。それだから北山村に農園を開いて種物神社を祀つてるのだよ。ウラナイ教の標を見て御覧なさい。八木と書いてあるでせう。八木は所謂米といふ字だ。米国から渡つて来た常世姫の教だからな』
曲冬『日の出神さまの御紋に米の字とはチツト釣合ひがとれぬぢやありませぬか』
高姫『お前は考へが浅いから、そんな事を云ふのだ。
 日の出の日の字は朝日の日の字
 米国の米の字は米と書く
 軈て日の出のままとなる。
と云ふ歌があるだらう。此歌は日の出神の義理天上が世界の人間に知らす為に作つて置いたのだよ。何と理のつんだ歌だらうがな。到底人間の作物ぢやありますまい。それだから日の出の神の云ふ事を聞いて居れば此世の中がままになるのだ。分りましたかな』
曲冬『何と言霊と云ふものは偉いものですな。よく理がつんで居りますワイ』
高姫『エ、又しても、こましやくれた言霊なんて……何を仰有るのだ。言霊は変性女子の緯身魂の云ふ事だ。ここは誠生粋の日の出魂の教を致す経の御用だから、言霊なんか云つて下さるな。ことと云ふ奴ア横に寝さされて、沢山な筋を並べてピンピンシヤンシヤンと誤魔化す奴だ。ここは誠一筋を立通す善一筋の教だから、その積りで居つて下さいや』
曲冬『イヤ、大きに有難う。こんなお話を何時迄聞いて居つても埒が明きませぬから御免蒙りませう』
高姫『コレコレ、さう短気を起さずにジツクリ落着いて聞きなされ。結構な結構な誠一厘の仕組を教へてあげますぞや』
曲冬『一厘も二厘も要りませぬ。左様なら』
と云ひ乍ら足早に門口さして逃げ出す。高姫は、
高姫『此儘逃がしてなるものか、嫌でも応でも後おつ駆けて引捉へ、ウラナイ教の信者になさねば置くものか、シャル、つづけ』
と云ひ乍ら家鴨の火事見舞の様な足つきでペタペタペタと内鰐足で後を追駆けて行く。曲冬は細長いコンパスに身も軽くトントントンと四辻まで引返し、北へ北へと走り行く。
(大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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