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文献名1霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
文献名2第2篇 鬼薊の花よみ(新仮名遣い)おにあざみのはな
文献名3第6章 金酒結婚〔1812〕よみ(新仮名遣い)きんしゅけっこん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-25 09:41:14
あらすじ
主な人物守宮別、お花、カフェーの女中、テク、トンク 舞台カフェー 口述日1925(大正14)年08月19日(旧06月30日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年11月7日 愛善世界社版77頁 八幡書店版第11輯 524頁 修補版 校定版77頁 普及版63頁 初版 ページ備考
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本文  守宮別はお花と共に、お寅の霊城を逃げ出し七八町来た横町のカフエーに入り、此処迄落ち延びれば先づ安心と、コツプ酒をきこし召すべく、嫌がるお花の手を引いて無理に奥座敷へ通り、
『オイ、女房、イヤお花、肝腎の祝言の盃の最中に、お寅の極道が帰つてうせたものだから、恰度百花爛漫と咲き匂ふ花の林に、嵐が吹いたやうなものだつた。殺風景極まる。折角お前の注いで呉れた酒を膝の上に澪して仕舞ひ、気分が悪くて仕様が無いから、改めて此処で祝言の心持で一杯やらうぢやないか』
『如何にも、妾だつて貴方の情のお汁のお神酒があまり慌てたものだから皆口の外に溢れて仕舞ひ、三分の一も入つてをりませぬわ。ここ迄来れば大丈夫です。悠くりとやりませうか。一生一代のお祝ですからなア。併しお寅さまが後追つかけてでも来たら、一寸困りますがなア』
『ナアニ、尻餅ついて気絶して居るのだもの、滅多に来る気遣ひは無い。もし来たつて何んだ。夫婦が盃をして居るのにゴテゴテ云ふ権利もあるまい。そんな事に心配して居ては悪魔の世の中だ、一日もぢつとして居られ無い。神様のお道もお道だが、人間は衣食住の道も大切だから、吾々も夫れ相当にやらねばならぬからなア』
 斯く話して居る所へカフエーの給仕が真白のエプロンを掛け、コーヒーを運んで来て、
『モシお客さま、何を致しませうかなア』
『ウン、先づ第一にお酒を一本つけて呉れ。さうして鰻の蒲焼に鯛の刺身、淡泊した吸物に猪口を一つ手軽う頼むよ』
『芸者はお呼びになりませぬか、何なら旦那さまに適当な別品が厶いますよ』
『ウーン、さうだなア』
『モシお母さま、粋を利かして上げて下さいな。何と云つても、まだお若いのですからな。芸者が無いとお酒が甘く進みませぬからなア』
『ヤ、また必要が有つたらお願ひしませう。兎も角お酒を願ひませう』
と稍プリンとして居る。女は足早に表へ立ち去つた。お花の顔には暗雲が漂ふた。
『これ守宮別さま、一本だけ呑んで此処を立ち去りませうか、本当に馬鹿にして居るぢやないか。奥さまとも云はず、お母さまなぞと、馬鹿らしくて居られませぬワ』
『マア好いぢやないか、お母さまと見られたなら尚ほ結構だよ。人は老人に見える程価値があるのだからなア』
『それだと云つて余り人を馬鹿にして居ますわ』
 かく話す所へ以前の女は酒肴の用意を調へ運び来り、
『お客様甚うお待たせ致しました。御用が厶いましたら何卒手を拍つて下さい』
 守宮別はこの女の何処とも無しに色白く、目許涼しく、初い初いしい所があるのに気を取られ、口角から、粘つたものを二三寸許り落しかけた。此道へかけては勇者のお花、何条見逃すべき、女の立ち去るを待つて守宮別の胸倉をグツと取り、三つ四つ揺すり、
『これや、妄を馬鹿にするのかい、見つともない目尻を下げたり涎を繰つたり、アンナ売女がそれ程気に入るのか、腐つた霊魂だなア、サア此短刀で腹を切つて貰ひませう』
『まあまあ待つてくれ、さう取り違をしてくれると困るよ。涎を繰つたのは喉の虫が催足して待つて居つた酒を呑みたい為めだ。目を細うしたのも矢張り酒が呑みたいからだ。何の立派な立派な、神徳の満ち充ちた、何ぬけ目のないお花さまの顔を見て居て、何うして外に心が散るものか。お前は些とヒステリツクの気があるから困るよ。さう一々疑つて貰つては困る。お寅だつて其処迄の疑惑は廻さなかつたよ』
『さうでせう、矢張りお寅さまがお気に入るでせう。私は余程よい間抜だからお前さまに欺されてこんな所迄釣り出されたのですよ。オヽ怖や怖や、こんな男にうつかり呆けて居らう者なら、折角国許から送つて来た金を皆飲み倒され、売女の買収費に取られて了ふのだつた。あゝいい所で気が付いた。これも全く、竜宮の乙姫様が此男は油断がならぬぞよ、何程口で甘い事申ても乗るでないぞよ、後の後悔間に合はぬぞよ、とお知らせ下さつたのだらう。あゝ乙姫様有難う厶います。私は本当に馬鹿で厶いました。オンオンオン』
と泣き沈む。
『こりやお花、さうぷりぷりと怒つて呉れては困るぢやないか。疑もよい加減に晴らしたら好いぢやないか。酒の上で云ふた事を目のつぼに取つて、さう攻撃せられちや、如何に勇猛な海軍中佐でも遣り切れぬぢや無いか。酒の上で云ふた事はマアあつさり見直し聞き直すのぢやなア』
『まだ、一口も呑みもせぬ癖に酒の上とは能う云へたものです哩』
『「顔見た許りで気がいくならば……酒呑みや樽見て酔ふだらう」といふ文句をお前が何時も唄つて居るだらう。併しあの文句は実際とは正反対だ。私はお前の顔を見ると気が変になつて了ふのだ。それと同じに燗徳利を見ると恍惚として微酔気分になつて了ふのだから、如何かさう御承知願ひたい。さう矢釜しく云はれると酒の味が不味くなつて仕方がない』
『それやサウでせうとも、カフエーの白首を見た目で皺苦茶の妾の顔を御覧になつたつて、お酒の美味しい筈が厶いませぬわ。サアサア貴方悠くりとお酒を召上つて代価を払つてお帰りなさい。妾はもう斯んな衒される所で一時も居るのが苦痛ですわ。貴方はまるで、妾の首を裁ち割るやうな、えぐい目に会はして下さいます。あゝこんな事なら約束をせなかつたら宜かつたになア』
 守宮別は自暴自棄糞になり一万両の金を放る積りで、態と太う出て見た。
『お花さま、夫婦約束を取り消したいと仰有るのですか、何程私が可愛と思つても、お前さまの方から約束するぢやなかつたにと云ふやうな愛憎尽かしが出る以上は取り消し度いと云ふお考へでせう。守宮別もお花さまに海洋万里の空で見棄てられ愛憎尽かされるのも結句光栄です。サアどうぞ縁を切つて下さい。些とも御遠慮は要りませぬからなア』
『これ気の早い守宮別さま、誰が縁を切ると云ひましたか、今となつて縁を切るやうな浅い考へで約束は致しませぬよ。そんな事云つて貴方は此お花が嫌になつたものだから逃げ出さうとするのでせう』
『馬鹿云ふな、お前の方から此処を逃げ出すと云つたぢやないか。売女とお楽しみなさいなぞと散々悪口をつき、此夫に対し愛憎尽しを云つたらう。俺も軍人だ、女々しい事は云はない。嫌なものを無理に添ふてくれとは要求せぬ。此縁が繋がると繋がらぬとはお前の心一つぢやないか』
『やあ、それで貴方の誠意が分りました。何処迄も妾と添ふて下さるでせうなあ、本当に憎い程可愛いわ』
と守宮別の肩にぶら下る。
『これや無茶をすな、お酒がこぼれるぢやないか、余り見つとも好くないぞ。それそれカフエーの女中の足音が聞えて来た』
『ヘン、来たつて何です、天下晴れての夫婦ぢやありませぬか。カフエーの女中にこのお目出たいお安うない所を見せつけてやるのが痛快ですわ。ほんとにお母さまなどと人を馬鹿にして居るぢやないか。ねえ守宮別さま、妾と貴方とは仮令天が地となり地が天となり、三千世界が跡形もなく壊滅しても、心と心のピツタリ合ふた恋の花実は永久に絶えませぬわネエ』
『ウン、それやさうだ、お寅が嘸今頃にや死物狂になつて俺の後を探して居るだらうが、実に痛快ぢやないか』
『お寅の事は一生云はぬといつたぢやありませぬか。矢張り未練があると見えて、ちよいちよい言葉の先に現はれますなあ。エヽ悔やしい』
と力一ぱい頬辺を抓ねる。
『これや無茶をするな、放せ放せ放さぬか』
『この頬辺がチ切れる所迄放しませぬよ』
と益々引つ張る。守宮別は目から鼻から口から液を垂らして、『アイタヽヽヽ』と小声で叫んで居る。其処へ女中の足音がしたのでお花はパツと放した。
『あ怖ろしいお前は女だなあ、今迄コンナ女とは知らなかつたよ。本当に猛烈なものだなア』
『さうですとも、人殺しのお花と異名を取つた強者ですよ。若い時は妾のレツテルで刃物持たずと幾人を殺したか分りませぬもの』
と意茶づいて居る。そこへ女中が、
『お客様、お代りは如何ですか』
と云ひつつ入り来たる。守宮別は慌ててハンカチーフで顔の涙や鼻液を拭きながら、
『アヽ何でも宜いからどつさり持つて来い、兵站部は此処に女房が控へて居るからな……』
『どうか熱燗で沢山淡泊したものか何か持つて来て下さい。お金は構ひませぬから、その代り芸者などは駄目ですよ、女房の妾がついて居ますから』
 女中はビツクリして、
『あゝこれはこれは奥さまで厶いましたか。先刻はお母さまなぞと見そこないしまして失礼しました。それでは芸者などの必要は厶いますまい。ホヽヽヽ』
と笑ひ乍ら出て行く。
『これお花、気の利かない事夥しいではないか。お前と私とは年が母子程違ふのだから、女中がさう云へば夫れでよいぢやないか。俺の目になんぼ十七八に見えても世間から見れば六十の尻を作つたお婆アさまだからなア』
『母子だナンテ、そんな偽りを云ふものぢやありませぬ。又夫婦だと云ふて置けば、芸者なぞ煩さい世話をせうと申しませぬからなア』
『如何にも御尤も、どうしてもお花は俺とは一枚役者が上だわい、エヘヽヽヽ』
 表には労働者が、コツプ酒をあふりながら四辺かまはず喋つて居る。
『オイ、トンク、ぼろい事をやつたぢやないか。あのお寅婆アさまを助けに行つて大枚二十円づつ。これで十日や廿日は気楽に酒が呑めると云ふものぢや。時にあのお寅について居る、蠑螈とか蜥蜴とか云ふ男、あれはテツキリお寅のレコかも知れないよ。お寅の奴、何時も自分の弟子だ弟子だと吐してけつかるが、あれは屹度くつついてけつかるのだらう。その証拠を押えて一つ強請つてやつたら又二十円や三十円は儲かるだらうからなア』
『これテク、ソンナ勿体ない事を云ふな。先方は神様ぢやないか、おまけに吾等三人はお寅さまの神力に一耐りもなく打つ倒され、命の無い所を助けて貰ひ、其上重大の使命迄仰せつかつて居るのぢやないか。金が欲しかつたらお寅さまに云へば幾何でも呉れるよ。あの時も金が欲しけれや幾何でもやると云つたぢやないか』
『それやさうぢや、まあ悠くりとポツポツに絞り取る事にせうかい。時にツーロは何処に行きよつたのだらうかなア』
『彼奴は何だか、ヤクの跡を追ふておつかけて行つたぢやないか。ヤクを捉まへて、お寅さまの前に引きずり出し、褒美の金に有り付かうと思つて、抜目なく駆け出しよつたのだよ』
『併し、裏の座敷に一寸俺が最前小便しに行つた時、チラツと目についた客は、どうも守宮別とお花さまのやうだつたが、箸まめの守宮別さまの事だから、お寅さまの目を忍んで、お花さまと内証で、○○をやつて居るのぢやなからうかな』
『何、お花さまと守宮別が裏に居ると云ふのか、あゝそいつは面白い。サア復二十円だ』
と云ひ乍ら、トンク、テクの両人は裏座敷を指して忍び行く。
(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良秋田別荘 加藤明子録)
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