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文献名1霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻
文献名2第2篇 地異転変よみ(新仮名遣い)ちいてんぺん
文献名3第9章 劇流〔1665〕よみ(新仮名遣い)げきりゅう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年07月16日(旧06月3日) 口述場所祥雲閣 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年4月14日 愛善世界社版107頁 八幡書店版第11輯 648頁 修補版 校定版111頁 普及版51頁 初版 ページ備考
OBC rm6509
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本文  セールは吾居間にゐて、愈願望成就の時至れりと、前祝の心持にて、乾児共がそこら内より盗み来れる葡萄酒を傾け、グタグタに酔つて了ひ、その夜は前後を忘れて眠つて了つた。エールは今の間にセールを引括り、牢獄へ打ち込んでやらうと、窺ひ寄つて見れば、用心深いセールは、錠前を固く下ろして、唯一人眠つて居るので、どうする事も出来ず、その夜は治道居士の牢獄の前で明して了つた。これより先エールは、治道居士に向ひ、小声になつて、
エール『もし、治道居士様、貴方のお手紙を持つて参りました所、牢獄の扉の前に一人の大男が立つて居りますので、此奴ア失敗つたと、よくよく考へて見れば、セールの親方でした。夜の目も碌に寝ず、女の前で何だか愚痴な事を云つて、口説いて居つた所と見えますわい。本当に困つた奴ですな』
治道『アハヽヽヽヽ、其奴は面白い。そして手紙はうまく先方へ届いたかな』
エール『はい、確に放り込んでおきました。然し乍らあの二人の女は妙な事を云つてゐましたぜ。私は親分が一時も早く、あちらへ行けと云ふのでその場を立去り、暗がりで様子を聞いてゐますと、ブラヷーダ、デビスの二人の姫が貴方を非常に恨んで居りました』
治道『あ、さうだらう さうだらう。俺もズイ分いぢめたからのう』
エール『エー、本当ですか。随分貴方も悪党ですな……今度はセールの大将に願つて、二人寄つてお前さまを嬲殺にさして呉れと云つて願つて居ましたよ。二人別々に牢獄に入れてあるのを一所に入れ、治道さまをそこへフン縛つて突込み、嬲殺にさしたら、セールの云ふ事を聞くと云つてゐましたが。一体どうしたら宜しう厶いませうか』
治道『ヤ、それは面白い。流石はブラヷーダ姫、デビス姫だ。いや満足々々、アハヽヽヽ愉快で堪らないわ』
エール『もし、治道さま、貴方どうかしてゐますな』
治道『ウン、どうかしてゐるよ』
バット『もしもし治道様、妙な事を仰有るぢやありませぬか。貴方が嬲殺にあつて、吾々をどうして下さる積りですか』
 かく話す所へヤクがコソコソとやつて来た。
ヤク『ヤ、エール、お前ここに居つたのか。あまり大きな声で云ふと、外の小盗人が聞くと大変だぞ』
エール『どうも合点の行かぬ事を治道さまが仰有るので、不思議で堪らないのだ』
ヤク『アハヽヽヽ、智勇兼備の治道様だ。何かよい妙案があるのだらう。マア心配するな。お前等はユツクリ計画するがよい。俺はそこらを廻つて来るから、その間トツクリ相談しとくがいいわ』
と云ひすて、見廻りに出て行つた。
 治道居士は声をひそめて、バット、カークス、ベース、及牢番のエールに向ひ、
治道『二人の姫様は、此治道居士を嬲殺にし度いと云つてゐるのは深い訳があるのだ。今晩は遅いが、いづれ明日の晩の仕事だ。バットが俺の身代りとなり、カークス、ベースの両人が、二人の女と化り、女の声色を使つて暗がりを幸ひ、牢獄に入つて一芝居やるのだな。そして此治道と二人の姫を外へ出すのだ。そしたら言霊を以て、セールを初めその他の奴を一度に帰順させる計画だ。二人の姫はその計画をやらうとしてゐるのらしい。どうだ、バット、お前は俺の声色が使へるのかな』
バット『そりや使へぬ事は厶いませぬが、私が嬲殺にされちや堪りませぬな』
治道『そこが芝居だよ。キヤツキヤツと泣きさへすれば宜いのだ。本当に突いたり、斬つたりするものかい。そして二人の女はカークス、ベースがするのだが、女の声色は出来るかな。些とは使へるだらう』
カークス『そいつア面白い。私は若い時から芝居が好きでしたから、女の声色は婆アでも、娘でも、古嬶でも、何でもやりますわ』
治道『そんならお前はデビスになつて呉れ。デビスは二十二三だから、そのつもりでゐてくれ。何せよ暗がりだから、声丈け出せばいいのだ』
カークス『(声色)「汝は恨み重なる治道居士であらうがな。よくもよくも妾に侮辱を加へよつたな。思ひしれやー……」と之ではどうですか』
治道『アハヽヽヽうまいうまい、それなら秀逸だ。サア之でデビス姫は出来た。オイ、ベース、お前はブラヷーダになるのだ。まだ十六だ。娘の声が使へるかな』
ベース『使へますとも。やつて見ませうか……(声色)「汝は治道居士ではないか。ようもようも妾をさいなみよつたな。天は飽迄も罪人をお許しなさらぬぞや。サア妾両人が刃の錆となれ。恨はつもる、虎熊の山」ヘヽヽヽ。この位でどうですかな』
治道『アハヽヽヽ、上等上等。先づ之でブラヷーダ姫が出来た。オイ、バット、お前は俺の声色を使ふのだ。どうだ、一つここでやつて見ないか』
バット『(声色)「之は心得ぬ、デビス姫、ブラヷーダ姫とやら、拙者はそなたに向つて侮辱を加へた事は厶らぬ。世の中には同名異人が沢山厶るぞ。そなたは暗がりの事とて間違つて思ひひがめて居るのだらう。ても扨ても迷惑千万、如何に暗がりとは云へ、声の色でも分るであらう。誤解せられちや困りますよ……」もし治道様この位で如何ですか』
治道『マア可なりだ。然し乍ら二人の姫が懐剣を以て、グツと、突くによつて、その時は痛さうな声を出さねばならぬぞ』
バット『ハイ、私は勘平の腹切をやつた事が厶いますから、痛さうな声を出すのは何でもありませぬ。安心して下さいませ』
治道『オイ、勘平では落付がない。塩谷判官位の所でやつて見よ』
バット『ハイ、やつて見ませう……。「力弥々々、由良之助はまだ来ぬか。……ハハア未だ参上仕りませぬ……。エー、チエヘー、エ、是非もない……」と覚悟を定め懐剣抜くより早く、左手の脇腹へグツとつき立て……「アー、由良之助に会はぬのが残念だわいイ……由良之助、只今、参上……ヤ待ち兼ねたぞや。近う近う……」ハツハヽヽヽヽ』
治道『オイ、そこは、近う近うと云はずに治道治道と云ふのだよ。然し、芝居になつちや敵に悟られるから、ヤツパリ治道居士でなくちやいかぬぞ』
バット『そんな事に抜目がありますか。マア安心して下さい』
エール『ア、此奴は面白いアツハヽヽヽヽ。私が牢番を幸ひ、うまくすりかへて見ませう。明日の晩が待ち遠しいわい』
 ヤクは慌ただしく入り来り、
ヤク『オイオイ、さう大きな声を出しちや、露見するぞ。今お前のやつてゐた芝居は一丁程向ふへ聞えたよ。幸ひ誰も外に居なかつたから宜いが、もしも人に聞えたら大変だ』
治道『フン、お前はヤクか、ヤク目御苦労、大儀だ。充分心を配つて俺達の世話をヤクのだよ。その代りおヤクが済んだら、ヤク束通り、立派な宣伝使にしてやるからな』
ヤク『はい、有難う』
 かく話す所へ足音高く、一人の牢番がやつて来た。治道居士は此場を誤魔化さむとて経文とも偈ともつかぬ事を喋り出した。
治道『弥勒真弥勒。水銀無仮。分身千百億。阿魏無真。長汀子来也。眼に三角を生じ、頭に五嶽を峭す。好は未だ必ず好ならず。悪は未だ必ず悪ならず。布袋頭開くや、隈々〓々たり、骨々董々たり。軽きことは毫毛の如く、重きことは丘山の如し。拈得して便ち擲ち、拏得して便ち用ふ。払子を竪て、云く猶是れ兜率陀天底。只弥勒未生以前の如きは如何か剖露せむ。床を撃つて云く、雨声を収拾して旧樹に帰す。放教秋色の梧桐に到るを。五祖六祖の像に題して云はく、「恨殺す此の頭陀。山は磨すとも恨磨せず。吾今檐頭重く、汝が為に、松を種うる多し」西巌三十余年、仏鑑の処に所得する底、拈出して人に示す、涓滴の滲漏なし。後の三十年、点眼の薬なり』
 夜は深閑として更渡り、時々かすかな風が、雨戸をゴトゴトと揺する声のみ、ちぎれちぎれに聞えてゐる。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 北村隆光録)
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