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文献名1霊界物語 第73巻 天祥地瑞 子の巻
文献名2第1篇 紫微天界よみ(新仮名遣い)しびてんかい
文献名3第14章 神の述懐歌(二)〔1845〕よみ(新仮名遣い)かみのじゅつかいか
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
続いて香具の比女、狭別の比女、小夜子比女が述懐歌を歌った。

こうして、八柱の比女神は日ごろの思いのたけを打ち明けたことにより、心が清清しく改まった。そして、天の刻が至るのを待つこととなった。
主な人物 舞台 口述日1933(昭和8)年10月11日(旧08月22日) 口述場所水明閣 筆録者内崎照代 校正日 校正場所 初版発行日1933(昭和8)年11月22日 愛善世界社版 八幡書店版第13輯 63頁 修補版 校定版118頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm7314
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本文  香具の比女の神は、はるばる高地秀の山に鎮まります大宮に詣で、顕津男の神の御前に静に進みて御声も清々しく謡ひ給ふ。

『天なるや音橘の永久に
  香具弥の比女は御歌まゐらす

 岐美が女とさだまりてより幾月日
  けながくなれど今だにさみしき

 岐美こそは男神にませば雄々しくも
  醜の言葉になやまざるべし

 玉の緒の命を岐美に捧げつつ
  死なまく思ふこの頃の吾

 曲神の醜のささやきしげくとも
  われはおそれじ岐美と逢ふ日を

 岐美を慕ふ心は兎もあれ角もあれ
  神の神業の遅るるをおそる

 吾こそは須勢理の比女にあらねども
  神業かしこみ岐美に計るも

 契りてしその生日より七八年
  経ぬれど未だ音づれもなし

 吾が思ひ夢か現か白雲の
  なかに迷へる橘の香よ

 橘の香具の木の実の名を負ひし
  われは五月の雨にしをれつ

 わが心くませ給へば片時の
  夢の枕を交せたまはれ

 如何にして日頃の悩みはらさむと
  思ひつつなほ曇るわが身よ

 曇りたる世を照さむと岐美は今
  小さき事に心ひかすな

 よしやよし百神達は計ゆとも
  おそれ給ふな惟神にて

 惟神真の神の御言葉を
  守るは司の務なるべし

 花匂ふ春の桜も秋されば
  梢のもみぢ葉散る世なりけり

 この儘に散らむは惜しき香具の比女
  わが若き身を如何に思召すや

 若き身を神の大道に任せつつ
  悩みの淵に沈みぬるかな

 何事も時の廻りとあきらめつ
  苦しき心を忍びつつ生く

 わが命消えぬばかりに思ひつつ
  愛恋の岐美を忘れかねつも

 岐美こそは雄々しき男神よ吾はただ
  かよわき心抱きて涙す

 神業を務めむとして務め得ぬ
  醜の曲世のうらめしきかも』

 ここに顕津男の神は、御歌もて答へ給はく、

『美しき香具弥の比女の心かも
  男の身ながらも涙にくるる

 汝が心汲まぬにあらねど今日の我は
  神代を思ひて黙しゐるなり

 村肝の心はやたけと逸れども
  汝に報はむ術なきをかなしむ

 時来れば花橘の香具の比女よ
  我おほらかに手折らむと思ふ

 男子われためらふ心あらねども
  この世を思ひて時を待つなり

 われこそは浦洲の鳥ぞちちと啼く
  千鳥にも似て啼きさけぶなり

 やがて今朝日昇らば汝が心
  明し照さむしばしを待ちませ』

 香具の比女の神はまた謡ひ給ふ。

『青山に日が昇る世を待たせとは
  あまりにつれなき心ならずや

 若き身をただ徒らに待ち佗ぶる
  こころは苦しき浜千鳥かも

 青山に日の隠ひし世にしあれば
  岐美がなさけの枕恋ほしも

 神業の妨げなさじと忍びつつ
  また神業の後るるをおそる

 世を守る尊き御子の生れずば
  如何で神国の基たつべき

 天界の基を建つる神業を
  おろそかにせし罪をおそるる

 よしやよし曲神達はさやぐとも
  主の言の葉にそむくべきやは

 さりながら岐美の心に従ひて
  吾おとなしく時を待つべし』

 次に狭別の比女の神は、比古神の御前に立ちて御歌詠まし給ふ。

『主の神の依さしによりて神業に
  仕へ奉ると岐美に誓ひし

 契ひてし日より幾年経たれども
  岐美のおとづれ無きぞ淋しき

 八柱の比女の一つに数へられ
  花の盛りをあだに過ぎけり

 春すめば桜の花も散りぬべし
  早手折りませうづの心を

 吾にしてあやしき心持たねども
  神に叛かむことの口惜しき

 比古神の御樋代として仕へ居る
  われに楽しき日はなかりけり

 天界は愛と善との国と聞くに
  たのしみ事を未だ知らなく

 知らず知らず岐美に仕へて年さびぬ
  ほかに心を移さぬ吾は

 若草の妻と御側に侍りつつ
  まだ一度の神業もなし

 神業に仕へまつると主の神の
  みことかしこみ年古りにけり

 不老不死の天津神国と聞き乍ら
  年さびぬかとさびしまれける

 わが涙天に昇りて雲となり
  凝り固まりて雨と降るなり

 汝が岐美の情の雨の露うけず
  わが身の涙のつゆに濡れつつ』

 顕津男の神は憮然として、返し歌詠ませ給ふ。

『汝が悩み我は知らぬにあらねども
  せむ方なさに忍び居るなり

 醜草の言の葉しげき世なりせば
  神のみ業をためらひて居り

 ためらひの心は真の主の神に
  逆ふとも思ひつ未だ果し得ず

 天界の万の業を任けられて
  忙しき我を曲神議ゆも

 美しき優しき汝が真心に
  われはほだされ夜々に涙す

 一時の契さへなきつれなさを
  くやみ給ふな愛恋の比女

 やがて今天の岩戸のあきらけく
  開かむ時を楽しみ待たせよ』

 狭別比女の神は御歌もて答へ給ふ。

『ありがたし勿体なしと思ひつつ
  岐美の言葉のうらめしきかな

 ただ見れば雄々しき岐美の真心の
  奥には降らむ涙の雨は

 わが涙神国の為になるならば
  苦しき月日も喜び忍ばむ』

 小夜子比女の神は、比古神の御前に立ちて静に謡ひ給ふ。その御歌、

『久方の天の峯火夫の神言もちて
  神業のために岐美に仕へし

 岐美がりに朝な夕なを仕ふるも
  主の大神の神宣なればなり

 百八十の日を忍びつつ岐美がりに
  仕ふる心の恋しさ苦しさ

 天界は愛と善との世界なれば
  愛することの罪となるべきや

 天界に厳の教を守らずば
  心の悩みあらざらましを

 年さびし岐美を守りて朝な夕な
  仕へ奉るも神の御ため

 主の神の国魂生みの神業を
  おろそかにせむ事の苦しき

 朝夕に相見仕ふる吾なれば
  心の悩み日々につのるも

 この悩み救はむものは汝が岐美の
  雄々しき心の光とぞ思ふ

 何故にためらひ給ふか主の神の
  厳の言葉の神業なるを』

 比古神はこれに答へて謡ひ給ふ。その御歌、

『小夜砧打つ術もなきわが身なり
  醜のみかみの言葉しげくて

 主の神にはばかる由はなけれども
  醜の魔神の言葉うるさき

 醜神のところを得たる天界に
  真の仕組なすは苦しき

 われも亦ためらひにつつ神業に
  おくれむ事の口惜しく思ふ

 一度の小夜の枕も交へざる
  わが悲しさを汲みとらせませ

 やがていま百神達を言むけて
  神の依さしの神業に仕へむ

 汝が心深くさとりて我は今
  悩みの淵に沈みてぞ居る

 わが胸の焔はしきりに燃ゆれども
  瑞の御霊の力に消しつつ

 千万に月日を悩めるわが心
  覚りて待てよ小夜子比女の神』

 小夜子比女の神はまた謡ひ給ふ。その御歌、

『はしたなき吾の言葉を許しませ
  恋しさ迫りて宣りし繰り言

 この上は岐美を悩まし奉らじと
  こころの駒に鞭打ち忍ばむ

 あきらけき紫微天界のなかにして
  かかる歎きのありと知らざりき

 何事も比古遅の神の御心に
  任せて静に其の日を待たなむ』

 斯く八柱の比女神は、日頃積り積りし思ひのたけを比古神の前に打明け給ひてより、心清々しく改まり大前に朝夕を仕へつつ、天の時到るを待たせ給ふぞ畏けれ。
(昭和八・一〇・一一 旧八・二二 於水明閣 内崎照代謹録)
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