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文献名1聖師伝
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名314 高熊山の修行よみ(新仮名遣い)
著者大本教学院・編
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ 目次メモ
OBC B100800c14
本文のヒット件数全 1 件/仁慈の神=1
本文の文字数2552
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本文  高熊山は丹波穴太の山奥にある高台で、上古には開化天皇を祭った延喜式内小幡神社のあったところであります。
 この高熊山における修行は、旧二月九日から一週間にわたって行われたもので、この修行中に喜三郎さんは天眼通、天耳通、自他心通、天言通、宿命通の大要を心得し、過去現在未来に透徹し、神界の秘奥を窺知し得るとともに、現界の出来事などは数百年、数千年の後までことごとく知ることが出来たのであります。
 喜三郎さんの破天荒な修行中の状況は、聖師の著、「霊界物語」に詳しく示されていますが、いま第一巻の中の「現界の苦行」および「現実的苦行」と題する一説を次に抜粋いたします。
「高熊山の修行は一時間神界の修行をさせられると、現界は二時間の比例で修行をさせられた。しかし二時間の現界の修行より、一時間の神界の修行の方が数十倍も苦しかった。現界の修行といっては、寒天に襦袢一枚となって、前後一週間水一ぱい飲まず、一食もせず、岩の上に静坐して無言でおったことである。
 その間には降雨もあり、寒風も吹き来たり、夜中になっても狐狸の声もきかず、虫の音もなく、時々山もくずれんばかりの怪音や、何とも言えぬ、いやらしい身の毛の震慄する怪声が耳朶を打つ。さびしいとも、恐ろしいとも、何とも形容のできぬ光景であった。……たとえ狐でも、狸でも、虎狼でもかまわぬ、生ある動物が出てきて生きた声をきかしてほしい、その姿なりと、生物であったら、一眼見たいものだと、あこがれるようになった。アヽ生物くらい人の力になるものはない……と思っていると、かたわらの小篠の中からガサガサと足音をさして、黒い影の動物が、自分の静坐する一尺ほど前までやってきた。夜眼には確かにそれとわかりかねるが、非常に大きな熊のようであった。
 この山の主は巨大な熊であるということを、常に古老から聞かされておった。そして夜中に人を見つけたが最後、その大熊が八つざきにして、松の枝にかけて行くということを聞いていた。自分は今夜こそこの大熊に引きさかれて死ぬのかも知れないと、その瞬間に心臓の血をおどらした。
 ままよ何事も惟神に一任するにしかず……と、心を臍下丹田に落ちつけた。サアそうなると恐ろしいと思った大熊の姿が大変な力となり、そのうなり声が恋しくなつかしくなった。世界一さいの生物に、仁慈の神の生魂が宿りたもうということが、適切に感じられたのである。
 かかる猛獣でさえも寂しいときには力になるものを、いわんや万物の霊長たる人においておやだ。アヽ世界の人々を憎んだり、おこらしたり、あなどったり、苦しめたり、人を何とも思わず、日々を暮してきた自分は、何としたもったいない罰あたりであったのか、たとえ仇敵悪人といえども、みな神様の霊が宿っている。人は神である。いな人ばかりではない、一さいの動物も植物も、みな我々のためには、必要な力であり、たのみの杖であり、神の断片である。
 人はどうしても一人で世に立つことは出来ぬものだ。四恩ということを忘れては人の道が立たぬ。人はもちつもたれつ相互に助け合って行くべきものである。人と名がつけば、たとえその心は鬼でも蛇でもかまわぬ、大切にしなくてはならぬ。それに人は少しの感情や、利害の打算上から、たがいに憎みねたみ争うとは、何たる矛盾であろう。不真面目であろう。人間は神様である。人間をおいて力になってくれる神様がどこにあるであろうか。
 神界では神様が第一の力であり、たよりであるが、現界では人間こそ、我らを助くる誠の生きたる尊い神様であると、こう心の底から考えてくると、人間が尊くありがたくなって、粗末に取り扱りあつかうことは、天地の神明に対し奉り、恐れありということを強く悟了したのである。
 これが自分の万有に対する、慈悲心の発芽であって、有難き大神業に奉仕するの基礎的実習であった。
 次に自分の第一にありがたく感じたのは水である。一週間というものは水一滴口に入れることも出来ず、咽喉は時々刻々にかわき出し、何ともいえぬ苦痛であった。たとえ泥水でもよい、水気のあるものがほしい。木の葉でもかんでみたら、少々くらい水は含んでおるであろうが、それも一週間は神界から飲食一さいを禁止されておるので、手近にある木の葉一枚さえも、口に入れるというわけにはゆかない。そのうえ時々刻々に空腹を感じ、気力は次第におとろえてくる。されど神のおゆるしがないので、お土の一片も口にすることは出来ぬ。膝は崎嶇たる崖上に静坐せることとて、これくらい痛くて苦しいことはない。寒風は肌身をきるようであった。
 自分がフト空をあおぐ途端に、松の露がポトポトと雨後の風にゆられて、自分の唇辺に落ちかかった。何心なくこれをなめた。ただ一滴の松葉の露のその味は、甘露とも何ともたとえられぬおいしさであった。
 これを考えてみても、結構な水を火にかけ湯にわかして、ぬるいの熱いのと、小言をいって居るくらい勿体ないことはない。
 草木の葉一枚でも、神様のおゆるしがなければ、戴くことは出来ず、衣服は何ほど持っておっても、神様のおゆるしなき以上は着ることも出来ず、あたかも餓鬼道の修行であった。その御陰によって水の恩を知り、衣食住の大恩をさとり、ぜいたくなどは夢にも思わず、どんな苦難にあうもおどろかず、悲しまず、いかなる反対や熱罵嘲笑も、ただ勿体ない、有難い有難いで、平気で社会に泰然自若、感謝のみの生活を楽しむことが出来るようになったのも、全く修行のおかげである。
 それについて今一つ、衣食住よりも人間にとって尊く、有難いものは空気である。飲食物は十日や二十日くらい廃したところで、死ぬようなことは滅多にないが、空気はただの二三分間でも呼吸せなかったならば、ただちに死んで了うよりみちはない。自分がこの修行中にも空気を呼吸することだけは許されたのは、神様の無限の仁慈であると思った。
 人は衣食住の大恩を知ると同時に、空気の御恩を感謝せなくてはならない。しかし以上延べたるところは、自分が高熊山における修行の、現界的すなわち肉体上における神示の修行である。霊界における神示の修行は、とうてい前述のごとき軽い容易なものではなかった。幾十倍とも幾百倍とも知れぬ大苦難的修練であった」
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