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文献名1二名日記
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名36月4日 於神集殿よみ(新仮名遣い)
著者月の家(出口王仁三郎)
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-08-19 19:43:13
ページ358 目次メモ
OBC B117500c31
本文の文字数2712
本文のヒット件数全 1 件/天保山=1
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本文
晴れ渡る海原渡り朝三時神戸の港に船つきにけり。
朝まだき靄の包める海原を進めば肌に風冷えわたる。
刻々に夜は明け放れ朝の五時天保山の桟橋に着く。
予定より約二時間の速着に出迎ふ人の影も少なし。
茨木の支部長宣使計四名桟橋に来てまてるあるのみ。
少時して内藤宣使夫婦外大阪在住宣使出迎ふ。
上陸後待合室にて少憩し自動車馳せて梅田に向ふ。
梅田駅見送る人の賑はしく汽車一時間まちて乗車す。
明光社井上荘月同夫人亀岡代表なして出迎ふ。
今治市宮田氏態々大阪まで吾見送りて別れてぞ行く。
朝七時五十余人の信徒に送られ梅田の駅を立ちけり。
京都駅見送る人は七十人朝九時前に亀岡につく。
一ヶ月経ちて帰れば神苑は見まがふ斗りに樹木茂れり。
白嶺氏 鳴球 東風 高楽氏午後の汽車にて聖地に帰る。
日出麿は吾を出迎へ総務等と綾の聖地に帰りけるかな。
光月氏海外渡航免状の件に関して東京に行く。
久し振り帰れば宣使まめ人の面会続々いそがしきかな。
綾の里天恩郷を旅立ちて二名の洲の愛媛見しかな。
伊予の国肱川流れ清くして愛媛乙姫あまた坐しけり。
美はしき二名の島の夕映えの景色を一目君に見せ度し。
愛媛ます二名の島に草枕旅の夕べは君の恋しき。
沖に浮く島影さへも常磐木の松の翠の色濃き姫国。
亀岡に帰りて見れば神苑の林茂りて深くなりけり。
聖観音御座のあたり赤々と岩の間縫ふて躑躅咲きけり。
一ケ月経ちて帰れど庭の面の躑躅は紅く咲きてありけり。
アカシヤの新芽は長く生ひ立ちて見る眼凉しく思はるるかな。
明光社建造物の屋根瓦早や七八分並べられたり。
孟宗藪到りて見れば筍は早くも伸びて竹となりけり。
月宮殿工事漸く進捗し早や三段の石を積みあり。
湯の口に邪霊かかりて狂ひたる話をきくぞうたてかりけり。
吾留守に副守の雄猛びありたりとききて信仰なき人を憂ふ。
愛善の教へを日々に聴きながら猛び狂ふぞなさけなきかな。
まちわびし数十人の面会者今日神集殿に集まり来たる。
千代々々と雀の声の勇ましく神集殿に飛び入りて舞ふ。
半日の間雀吾居間にありて花明山栄えを寿ぐ。
一月の間に兎成長して勢ひ強く走り遊べり。
四方の山緑のころも着飾りて吾帰郷をばまつ心地せり。
大公孫樹枝葉茂りて青々と初夏の天恩郷を飾れり。
吾居間に草花色々活けられて旅の疲れを慰めにけり。
大阪ゆ上野公園花明山にわれ見送りて帰りてぞゆく。
東京に御田村主事補病むときき大本神に祈りけるかな。
新居浜の白石母子は両聖地しばらく修業の為に停まる。
郡中の浜に拾ひし五色石月宮台に並べけるかな。
曲神を相手に東に上りたる人の活動思はるるかな。
曲神の猛り狂へる世の中は誠の教も軽視するなり。
大本は不言実行今の世に納れられぬこそ誠なりけり。
信仰の自由を得たる国民は誰憚らず道を開かむ。
金無くば誠の道も通らざる世の行く末の危ぶまるるかな。
何事も金の物云ふ今の世に誠を立つるは難事なりけり。
どこ迄も吾大本は国の為誠つくして進みこそすれ。
金銭と情実のみの世の中に誠の道を開くぞ苦しき。
誠ある人に限りて金は無し金あるものに実物はなし。
如何ならむ妨げあるも真心をつくして進む大本の道。
黄昏れて神集殿に只一人筆執る机に雀飛び入る。
和歌冠句巻に短冊推高く床に待ち居る吾ぞ忙がし。
花明山を囲れる四方の山々はけぶりて淡し夕暮の空。

   ○思ふ事ありてある人の手紙につき

神様を軽んじ大事を為んとする人の心のおろかなるかな。
数年間吾よりいろいろ助けられ最後の短書送り来にけり。
誠らしく忠実らしく云ふ人のてのひら返す現代なりけり。
人らしき人の住まざる今の世は言心行の外れ勝なる。
鬼の首切つて渡すと誓ひたる人の掌返す濁り世。
搾るだけ搾り取るだけ取つた後後足で砂かける曲神。
信用の出来ぬ人とは予てより知れど愛善施し来しかな。
此の後は如何なる事をうまうまと申し込むとも相手には為さじ。
満蒙に出没すなる日本人の浪人何れも御国の白蟻。
我国の信用傷つく曲神は満州浪人蒙古浪人。
支那五郎も注意せざれば日の本の威徳と信用おとす面已なり。


安行山近くなりけり峯の尾の若葉の緑繁り栄えて。
愛宕山杉の木立に薄雲のかかりて夕日落ちにけるかな。
朝日山夕日に映えて峯の尾の木立の繁み黒ずみて見ゆ。
色々と咲きほこりたる千秋苑吹く夕風に花香送り来。
いち公やかん公うさ公機嫌よく吾旅立ちの留守を守りぬ。
いがみたる心に曲の飛び入りて吾留守の間に猛り狂へり。
麗しき千秋苑となりにけり櫟の森の青葉繁りて。
卯の花はいつしか散りて神苑の堀の片辺に月見草咲く。
蛆虫の霊はいつも留守の間を窺ひ猛り狂ふなりけり。

   ○時事

張作霖北京引き上げ奉天に入るその刹那爆弾の音。
張作霖鼻に負傷し卒倒し人事不省としばらくなりぬ。
便衣隊爆弾を投げ張呉等の列車は微塵となりにけるかな。
張副将呉俊陞等も負傷してこはごは奉天城内に入る。
張作霖脳震盪も回復しひそかに自邸に入りにけるかな。
奉天城非常戒厳令をしき万一の用意に備へけるかな。
荷馬車をば曳き居し快漢突然と躍り出だして爆弾投げけり。
孫伝芳やりきれなくて兜脱ぎ遂に職をば辞しにけるかな。
儀我少佐張作霖と呉俊陞話最中に爆弾投げらる。
神様に反抗したる作霖の成りゆく果は哀れなりけり。
五年前神に反きし作霖は今の逆境に思ひ知るらん。
二名島旅より帰れば張作霖いよいよ北京の本城逃げ出す。
北京城立ち出で奉天間際にて思はず胆をつぶす作霖。
駒勇む二名の島の旅終へて帰れば張氏遭難の報。


吾居間に小雀一羽飛び来たり二時間余り遊びて出でたり。
大空に雲ふさがりて風もなく月朧なる十七夜かな。
一ケ月二名の島の旅日記之にて筆をとどめおくなり。

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