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文献名1出口王仁三郎全集 第1巻 皇道編
文献名2第6篇 愛善の真意義よみ(新仮名遣い)
文献名3第4章 愛国の本義よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
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ページ448 目次メモ
OBC B121801c50
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本文  満洲事変、上事変があつてから、国民一般に愛国報国の精神が大分はつきりして来た様に思ふ。
 元来人間には国を愛するといふ心はあるのである、日本の国に生れ日本の国に生活してゐる者は、当然国を愛するといふ心はあるのである。自分の身を愛し、自分の家を愛する如く必然の事である。一朝事ある場合、それが顕著になつて来て、愛国から一歩進んで報国といふ形に表れるのである。国民が愛国、報国の精神で一致団結したならば何ものをも恐るゝ事はない。そして大きな事が出来るのである。
 しからば国を愛するといふ事は、如何なる事をいふのであらうか。平凡に云ふと、其の心を尽し力を尽して以て我が国を愛し守る事である。例へば、慈深き母親が其の児を養ひ育つる如く、頻りに国を思ふ事が愛国である。
 我国は豊葦原の瑞穂の国と称へ、畏くも天祖天照大神が皇孫命邇々岐命を降し給ひて、此国の君と定め、以て此国の民草を愛擁し給ひし御国であるから、殊更に尊き国柄で、他に並ぶベき国家は世界に無いのである。但し豊葦原の瑞穂の国とは、我日本のみならす此大地の上のあらゆる国々凡てを指して仰せられたのである。数多の民草は此麗しき御国によりて其生涯を預けて祈るのである、祖父よりして父、そうして子に、また孫に、代々相承け、我国の粟を喰ひ、此国の君に仕へて安く平かに其日を送り得るは、全く天津神の此国を造り給ひし御稜威に依るのであるから、何処迄も此国に成り出でし人たる者は、国を守るためには充分の力を尽して守らねばならぬのである。
 地球上に国があれば則ち人がある。散じては類を分ち、集まりては群をなし、野蛮人と雖も尚宜しく各が住む国を守り愛する事はよく辧へて居るのである。況や我日本の如きは神国とも称へ世界の祖国である。苟も此尊き麗しき瑞穂の国に我の生涯を預け乍ら、少しも神の恩を思はず、又敬神と愛国の心のなきものは、人であつて人といふ事は出来ぬものである。此頃の他国に頤使されて間牒などをやる奴の如きは、実に畜生にも劣つたものといふべきである。又我国体は祖先崇拝教国であるにも拘らず、天祖や我祖先の恩徳を無視して、祖先を祀る勿れなど唱ふる邪教を奉ずるのは、果して愛国の行ひと唱ふる事が出来やうか。我国は祖先を崇拝するを以て国家の礎とせられてゐるのである。国祖を崇め奉るはこれ忠孝の大義にして、百徳の根元である。国を愛するのはどうしても祖先を崇め奉
らねばならぬ。
 人の此世に生れ来るや、等しく之父母の養ふ所にして、其性質又父母に同じく、其身を愛せざるものはないのである。父母は其身を愛する心よりして一入其子を愛するのである。其子も亦我身を愛するよりして其親を敬ひ愛するのである。我身を愛する者は必ずその家を愛する。家を愛する心を以て国に及ぼす時は、即ち愛の至らぬ所はないのである。
 船に乗る者は必ず帆柱の太く強きを選ぶ。車に乗る者は必ず轍や心捧の健かなるものを選ぶ。船車一時に取つて用ふるも其生命を托する事久しからず、而も尚覆へり溺るゝ憂ヘあるを虞るゝではないか。国土に到っては則ち共生を托するや久しくして世々変る事がない。故に国の富み賑ひ、国の権利の強きと安く穏かなるとは、即ち吾生の幸福のみに止まらず、又子々孫々の幸福となるのである。然るに吾国人を見るや、一時の船車にも若かざるが如し。之豈生を托すの道といふべきものであらうか。
 すベてものには遠き、近き、大き、小さきがある。而して近くして小さきものは、遠くして大なるものゝ中にあるのである。遠くして大なるものとは何ぞ。近くして小さきものとは何ぞ。我身体も家宅も既に国土の間にあり、之を如何にして其身其家を近く小さきに愛し重んじて、国土を遠く大きに省みざる者の多きは、実に悲しむべきの至りである。
 人には各自貴賤の分がある。之を以て愛国の道を同じにしてはならぬ。有司には有司の愛国あり、商賈の貿易に於ける、工の技芸に於ける、農の耕耘に於ける、奉道者の布教に於ける如くに、各其分に従ひ以て其業に力を尽すは、之れ愛国の道といふべきである。愛国の道は高卑の不同ありと雖も要は国土を維持して之を富強にし、之を平安にし、世界の強悪なる国をして我神洲に悦服せしめんために、心を一にし、力を合せて国光を宇内に宣揚するのが愛国の本義である。
 国土の広大なること、一人の力を以てどうしてよく之を富強ならしめ、又平静ならしむる事が出来得ようか。要は衆力を合せて以て国土を維持するにあるのである。蟻の蚯蚓を引き去るや、其の身の数百倍の太さと重量とあるにも拘らす、苦もなく己が住家たる巣屈へ運び得るもの、之全く小さき蟻と雖も数十の力を合したるの功に依るものである。我が皇軍が数多の戦ひに於て、に陸に連戦連勝したるは、国民と軍人とが一致したる功に依るものである。今一人の力は小さく弱しと雖も、全国八千萬人の兄弟が心を同じうし、力を尽し、以て国の富強安寧を図つたならば、其国土を維持し国権を伸張すること難き業ではない。
 持統天皇の詔に、尊朝愛国の言葉がある。又藤原基経の文書に、愛国忠誠の言がある。愛国の説は古より已に之を尊重せちれてゐた事を宜しく考ふペきである。明治維新の際に当つて、内は武門柄政の宿弊をうけ、外は萬国の新なる交際を開く。此時に当つて畏くも天皇陛下は、日夜政を務め励み給ひて国家を文明に導き給ひ、百官は犇めき走りて出職分を尽し、遂に今日の如き強国となつたのも、皆愛国の精紳の賜といふぺきである。天皇陛下の御稜威に依つて、維新以来我国は外国と戦ふ毎に勝つて国光を世界に宣揚したのは、皆此の愛国心の国内に溢備せるが故である。忠勇義烈なる我皇軍は、炎熱金を鎔かす如き暑き夏の日も、塞威肌を裂くの厳しき冬の日も、干辛萬古、身を鴻毛よりも軽んじ、国家を泰山よりも重んじて、奮戦奮闘克く連戦連捷し、世界の戦史に未曾有の武勲を奏し、皇国の光栄を宇内に輝かしたのである。此時に当つて農工商の実業に従事するものが、どうして此好機を看過してよからうか。
 戦争の後には平和の戦争がある。此平和の戦争を為すベきものは実業家である。故に我実業家たるものは、宜しく世界と闘ふの勇気と胆力と知識とがなくてはならぬ。而して此勇気と知識を得んとするものは、宜しく皇祖皇宗の御遺訓に依らねばならぬ。我国には天神地祇の祐助と、至尊の御稜威と軍人の忠勇と、国民の至誠とに依つて、国光を宇内に輝かしたりと雖も、農工商の実業家にして之に伴はずして此の干載一遇の好機を逸せんか、光栄ある戦捷の利益は他国の為に大方獲牧せらるゝ事は必定である。事遂に茲に至らば、一日も早く我勢力を満蒙の地に扶植し、東洋百年の平和を維持するの大決心なかるべからずである。此職捷をして有終の美をなすも、亦窮乏に帰せしむるも、一に実業家の感奮与起して、事に従ひ愛国の精神を貫徹するとせざるとにあるのである。実業の振ふと振はざるとは、実に国家の興廃に係はるものである。啻我国の興亡のみならず東洋の平和を維持すると否とは、一に実業の振否に依るのである。
 士農工商の進歩発達するは、之惟神の徳性であつて、生成化育の神慮に叶ふものである。故に神明は日夜に、各自の業務について絶えず保護し給ひつゝあることを忘れてはならぬ。実業の発達を祈るものは、第一に神祇を畏敬しなくてはならない。愛国の理は敬神に出で、敬神の用は愛国に行はるゝのである。宜しく神を敬するものは宜しく国を愛す。能く国土を愛するものは能く神を敬す。敬神と愛国とはその義、一にして二ならずと知るベきである。
 帝国の前途は好望であり、日の出の勢である。此機を逸せず我が皇道を顕彰し、以て国民をして向ふ所を知らしむるは吾人の主旨にして、憂国の青年たるものは一日も猶予するの時ではない。心せよ。昭和の青年諸志。
(昭和七、二号 昭和)
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