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文献名1惟神の道
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3皇典の奥義に徹せよよみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考出典不明
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ304 目次メモ
OBC B123900c094
本文の文字数2566
本文のヒット件数全 2 件/秀妻の国=2
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本文  最近日本国体の神聖幽顕なる所以が闡明されて来ると共に、皇典古事記に対する恭謙真摯なる研究家が段々と多くなって来たことはまことに慶ぶべき実状である。
 我が皇典は西欧における文献の如く、単なる過去の歴史的記録ではないのであって、その中には信仰、倫理、政治、法律、経済、国防に関する万古不易の最高原理が示され、進んでは天文地文、即ち今日のいはゆる自然科学の本源が明らかにされてゐるのである。しかし多くの学者達は皇典を解するのに文字の意義によらむとしてゐるが、それではただにその真義を釈明することが出来ないのみならず、かへってそこに怖るべき誤謬を生ぜしめてゐるのである。
 予は文字なるものが人文の発達に著大なる貢献をなしてゐることを否定するものではないが、他面文字の発達の為に幾多の弊害がもたらされてゐる事実に気付いてゐる人が少ないやうに思はれる。かういふことを云ふと驚く人が沢山あるだらうが、今日の宗教堕落の原因は実に文字の発達にありと言っても過言ではないのである。例へば昔、門外不出と云はれた尊貴なる文献が、今日一円や二円の廉価を以て広く巷間に散布されてゐることは、一面結構なことであるかも知れないが、その為にかへって書物に対する人々の恭敬心を喪失せしめ、いたづらに軽薄なる片文端句の言挙げにはしる輩を続出せしめ、以て玄妙なる大道が如何に今日歪曲され、また玩弄されてゐるかを思はねばならぬ。古の聖賢は学を修めむとして海を渡り山を越えた。また道を伝へむとして地の極を行脚した。然るに今日の学生は東西古今の文献を机上に列べて居り、また日夜全国に説教がラヂオで放送されてゐる。しかし労なくして為される修養や便利手軽に得られる信仰がかへって人間の魂の奥所を腐らしてゐることに気が付かない。
 吾々はただただこの問題に限らず総て些細のことといへども、常に慎重に物の両面を検討し吟味し以てその功罪を研究しなければならない。
 我が国は神代の古より言霊の生ける国と唱へられ、国家幽事の大典はことごとく語り部によって生きながら言い伝へられ、以て真義の万代に誤りなからむことを期したのである。しかして語り部として、例へば稗田阿礼の如き、最も記憶力強き人が選まれたと伝へられるが、これは単に記憶の問題でなく、実に人格の問題なのであって、その高潔なる人格を通じて、神これに懸かり給うて語らしめたものであるから絶対に誤りなきものである。
 憲法発布よりわづかに数十年にして、国体を否認するが如き迷論の百出する所以を熟考して、件の消息を謹みて考察すべきである。「肇国の精神に還れ」とは、法を研究せむとする者は立法の精神に還り経済を学ばむとする者は経世済民の本義に還れとの意である。
 古事記が編纂され文字に表はされるに際し、この意味において如何に絶大なる努力が致されたかは想像に難くない。故に後年の研究者は必ずかかる所以を心底に徹して、文字そのものに囚はれることなく皇国に天照る言霊の活力によりてその扉を開かねばならぬのである。
    ○
 建武の中興を論ずる人が、当時と今日の日本の国状が大層よく似てゐるといふ。明治維新を研究した人が、今日の日本は当時の情勢と少しも違はないと評する。しかし宇宙に一貫した意志があり国家に永遠の生命がある以上、過去に起きた大事が今日に密接なる関係を有し、また今日の問題が未来の事象に重大なる影響を及ぼすことは当然である。しかしてここにこそ歴史研究の尊さがあるのである。
 皇典古事記は皇国日本及び世界人類の未来を開示する一大予言書なのである。それはヨハネ黙示録の如く局部的のものでなく、またダニエル書の如く粗略なものではない。その偉大にして精細なることまことに宇宙そのものの如くである。故に今日の学者の皇典に関する解説は、そのほんの一部分の意を述べてゐるのに過ぎないのである。
 我が国における三十一文字の和歌のはじまりは、素盞嗚尊の御詠みになった
  八雲立つ出雲八重垣妻ごめに 八重垣つくるその八重垣を
といふ歌である。その意味を言霊によって解釈すると、その歌の中に非常時日本の現下の姿が躍如として描かれてゐるのである。
 八雲立つ──とは四方八方に雲が立ち込めて天日ために暗き意であって、今日の世界がまさにその通り八雲立つ状態にあるのである。
 出雲八重垣──とは八雲に対して出雲と掛けたのであるが、いづもはいづくもと訓み、また何処も(何国も)といふ意味を表はしてゐるのである。
 妻ごめに──妻とは我が日本を云ふのである。古来我が国は秀妻の国といはれてゐる。故にこれに掛けて素盞嗚尊が優美に妻といはれたのである。即ち「妻ごめに」とは、日本の国を押込める為にといふのである。
 かくてこの歌の全部の意味は、四方八方に妖雲が立込めて天日ために暗く、どこもここも優しく美しい秀妻の国日本を押込めようとして周囲に十重二十重の八重垣を作る。しかしてその八重垣を果して如何にすべきや……と鏘々たる余韻が残されてゐるのである。
 経済的にも思想的にも政治的にも今日の日本は、如何にして日々激化し来たる内外の八重垣を切り開かうかと悩んでゐるのである。政治家は政治家で、軍人は軍人で、また農村は農村で、妖雲を払って天日を拝し、八重垣を取り除いて自由を享けたい為にこそ、かく苦悩し続けてゐるのである。しかしその御歌に「その八重垣を」とのみ詠はれて、解決の道が開示されてゐないと同様に、今の世がまたその道を見出し得ずして迷ひ続けてゐるのである。然らば時局打開の道を発見する為にはどうすれば良いのか。
 曰く、天祖、国祖の大神を祀りてその御託宣を祈り、畏みて神典を真読してその奥義に徹することである。非常時日本の打開は、上下心を一にして敬神の至誠に帰ることであるは勿論であるが、その大経綸は一に神典古事記の真義を明徴にし、それに示されたる大道に基づいて国家百般の事象を経緯するのほかに断じて道は無いのである。
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大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
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