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文献名1大本史料集成 3 >第2部 第二次事件関係
文献名2第2章 裁判所資料 >第2節 地裁公判速記録(出口王仁三郎)よみ(新仮名遣い)
文献名3地裁公判速記録(7)よみ(新仮名遣い)
著者
概要
備考
タグ データ凡例長いので12ページに分割した。行頭●記号で始まる小見出しは底本にはない(うろーの狭依彦氏作成)。底本は漢字と片仮名だが、読みづらいので片仮名を平仮名に直した。 データ最終更新日----
ページ412 目次メモ
OBC B195503c220207
本文のヒット件数全 11 件/ミロク神=11
本文の文字数18577
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本文 ●争点 大本に於ての立替立直しの実行者
午後一時三十七分開廷
裁判長 出口王仁三郎、大本に於ては此の立替立直しの実行者は誰か。
答 神様です、それは神様がすると仰つしやるのですから、それを詰り、霊代たる出口に知らすと云ふのでありますから。
 さうして、其の教を伝へて、教が伝はつて皆の心が改良して来たら、所謂立替立直しになるのですから、実行者は矢張り神様です。
問 立替は神様がやる、立直は人間がやると云ふ意味ですか。立替も立直も両方とも神様と云ふ意味ですか。
答 どつちも神様でなければ出来ませぬですな。
問 神がやると云ふのは何かね。「大本神諭の天之巻の神が表に現はれて三千世界の立直をする」と、之を言ふのか。
答 さうです。
問 之を根拠にして云ふのか。
答 さうです、「表に現はれる」と云ふことは、「今迄は押込められて居つたが、それが許されて表に現はれる」と云ふのは。神界の表に現はれると云ふことです。
 さうして、それが其の教を弘められたら、所謂世界が……皆の精神が直つて来れば此の世の中の改良も出来ると云ふ意味です。
 表に現はれると云ふた所で、何も神ですから人間の身体見たいに──人間見たいなものが出て来るのではないのですから……。
問 之は王仁三郎を中心にして、大本の役員信者の協力に依つて、立替立直をするのぢやないのか。
答 それは違ひます、迚もそんなことをするやうな力のある者は一人も居りやしまへぬ。
 此の天之巻の神が表に現はれて云ふたことは、「神が人間を霊代として、神の霊代たる人間が此の世の立替立直をする」と云ふ意味ぢやありませぬ。
 それは違ひます。神様が為さるのです。
 此のことを、人間の口を藉りて、人間の手を藉つて、世界に知らせるのです。
 知らせると、神も改心し、人も改心し、皆が改心し、世の中が善良になつて来る。
問 之は王仁三郎の予審の四十回にさうなつて居るが、「神が現はれてすると云ふことが、神が人間を霊代として、霊代たる人間があるんだ」と云ふやうに説明して居りますね。
答 それは、「さうぢやないか」と仰つしやるから仕方ありまへぬもの。
 さう云はなければ堪りまへぬもの。
問 それから、火之巻の四十五頁に、「出口、上田が三千世界の世の立替の御役であるぞよ」と云ふのは……。
答 それは矢張り立替の御役を以て教へをするのですもの。
問 お前さんが「三千世界の立直をする役であるぞよ」と……之は人間がするのですか。
答 さうですとも、立替をする為に教を弘めるのが人間の……。
問 それぢや人間ぢやないか。
答 それは神様が懸つてやらせるのですから……立替ぢやありまへぬ、政権を握るのぢやありまへぬもの。
問 政権のことぢやない……。
答 それは私が神様に使はれまして、さうして神様の教を弘めると云ふ意味なのです。
 さうして、世の中が段々其の教が弘まつて来たならば、改良が出来ると云ふ意味なのです。
 結局は、神様に使はれると云ふ意味です。
 それが立替立直の意味です。
問 神様に使はれると云ふ意味だな。
 人間がやるんだな、霊代として──。
答 さうです。
問 神様の霊代として人間たる上田がやるのですね。
答 教を弘めて弘まつたらさうなると云ふのです。
 まだならないですけれども──。
問 弘める役は……。
答 ……私ぢやと云ふのです。
問 それから此の火之巻の四十二頁に、「世の立替立直は人民の肉体を使ふて致さねばならぬことであるから云々」と云ふことが書いてあるがね、之は人民と云ふのは普通信者と云ふことに訳して居りますが……。
答 人です。
問 之も矢張り人民、人間の肉体を以てやらなければ出来ないと云ふ意味ぢやないのか。
答 併しです、人をして言はしめ悟らしむるのでありますから、それで人間に懸つて人間に語り、人間に言はさにや出来ぬと云ふ意味です、神が直き直きに言うたかつて誰にも判りまへぬから、霊代と云ふ機関を拵へて、さうして書かしたり言はしたりして聴かすと云ふことです。
問 人間も使ふのだな。
答 さうです、人間がいるのです。
問 信者だな。
答 此処で人間と云ふたら我々です。信者です。
問 信者と協力してやると云ふ意味だな。
答 立替をする役と云へばさうです。
 私が教をすると云ふと、皆寄つて来て、さうして一緒こたに、信者も一緒こたに世の中が改良出来ると云ふのです。
 世界と云ふものが全部信者にならなければ出来るものぢやありませぬ。
問 自分が其の役だから、信者もそれに手伝すると云ふのだな。
答 さうです。
●争点 立替立直しの方法
問 立替立直はどう云ふ方法でするのですか。
答 どう云ふ方法と云ふことは、神様がやるので、人間はそれを聴いて知らすだけですわ。
 今迄の精神を改良すれば、心の立替立直です。
 詰り、言ふたら、人間建築と云ふ……今日の言葉のそれなんです。
問 ちよつともう一遍。
答 人間の建築と云ふことを、今のハイカラが言ひまつしやろ。それ見たいなもので立派な人間を拵へると云ふ意味なのです。
 立替立直は、それは人間が……。
問 人間と云ふより世の中を……。
答 それは、人間が出来なければ、世の中の立替なんと云ふものは出来まへぬから──世の中には人間と云ふものがあるのです。
問 併しね、宜いか、此の王仁三郎の四十一回の一問答に依ると、此の手段方法に付て色々言つて居るが、「陣曳さす」とか、「往生さす」とか……。
答 そんなことは……。
問 一番終ひには、戦争をするやうなことをずつと書いてあるが、斯う云ふ手段に依つて兵糧のことまで書いて居るが、兵糧の準備のこと迄書いて居るやうだね。
 斯う云ふ強制手段を採つて立替立直をするやうに書いて居るやうだが、事実……。
答 いやもう判つて居ります。さう云ふことをずつと並べられたりしたことを覚えて居ります。
 此の兵糧を蓄めて置かなければいかぬと云ふことは、外国との戦争が起るから兵糧を蓄めて置かなければならぬと云ふのです。
 之は前から言ふて居る。
問 戦争は外国との戦争か。
答 外国との戦争です。日本と外国との戦争があるから、兵糧を貯へて置かなければいかぬと云ふことを前から言ふて居るのです。
問 外国とか。
答 外国です。
問 「東京に攻め掛ける」と云ふのは……。
答 それは東京に外国が攻め掛けて来るのです。東京にそんなことが起る場合があるのです。
 之は東京へ攻め掛けるのぢやから、外国から東京へ……ロシヤでも何時東京へ攻めて来るかも知れぬから防空演習もやつて居る。
 さう云ふことを予言したのであります。
 なんで大本が東京へ攻めて行きます。攻めて行くだけの力もありやへぬ。
問 「根本から立直して世界が一つに良くなるとか、東京へ攻め掛けるぞよ」と云ふのは……。
答 えゝさうです。
問 さうですとは……。
答 それは、世界を洗濯するには、大戦争なければ、世界の大洗濯は出来ない。戦争が一遍なけひは出来ぬ。
 それから、「世界の洗濯が出来ると。其の替り、洗濯の大戦争の時には東京へ攻め掛けて来て、一旦は日本も敵はぬ所迄行くぞよ」と書いてあるのです。
 「綾部に天子は守護してあるぞよ」とあるのは、東京へ攻めて来るから綾部へ御かくまひしなければならぬのかと思つて神様に聴くと、「此の天子と云ふのは、綾部に日天子と月天子が居て教へをする」と云ふことを聴いたのです。
 東京へ攻めて来るから、教祖が、「天皇陛下を此処へ御かくまひせにやいかぬ」と云ふやうなことを言つて居るのです。
 綾部から東京へ攻めて行くなんと云ふことは、書いても居りまへぬし、思ふても居りまへぬ。
問 中々色々なことを書いて居るね。
 「一つの道に入る」とか、まあ、「最後には攻め掛ける」とか、「兵糧を準備して置く」とか云ふやうなことになつて居るが、どう云ふことになるのだ。外国の戦争のことか。
答 外国から攻めて来ると云ふことは、東京へ攻め掛けると云ふことです。
問 「往生さす」とか、「一つの道」とか云ふことは、之はどうだ。
答 之は、詰り、悪魔を往生させると云ふ意味です。
 今日で云へば、蒋介石であらうが、張作霖であらうが皆城を明渡して居るのです。
問 「一つの道」と云ふのは。
答 一つの道と云ふのは神の道一つになりと云ふことです。又、或る意味に於ては、幽冥界に行くと云ふこともあります。殺されて……張作霖も矢張り殺されました。
問 「城明渡し」と云ふことは。
答 城明渡しと云ふことは、すつかり、満州を張作霖が取られ、或は蒋介石が取られたりさう云ふことを云ふのです。
問 「さう云ふことを目標にせよ」と云ふことは。
答 悪神を目標にして居るのです。皆悪神が付いて居る。
 紅卍会でもさう言うて居るのです、「十六悪魔が付いて居るのである」と。
 張作霖も付いて居れば、蒋介石も付いて居る。総て悪魔が付いて居る。其の悪魔が城を明渡したならば其の肉体も一緒に亡びるのです。
問 外国のことを、其の悪魔の……。
答 世界中を目標にして言うて居るのです。日本だけのことぢやないのです。
●思想 大本信条、大本規程、大本規約
問 大本信条、大本規程、大本規約と云ふのが此処にあるがね。
 さう云ふやうに書いてありますね。之は書いてありますね。
 之は何かね。どう云ふことを書いてあるのか。どう云ふ目的で定めたのか。
答 詰り、矢張り大本の正しき道を世界に弘める為に拵へたものです。大本の誠の正しき道を世界に弘める為に拵へたものです、総て──。
問 大本規程とか規約とかは。
答 それは、大本の、詰り、機構から信者の扱ひ方を書いてあるのです。規約とか信条とかは……。
問 規定、規約、判つて居りませう。
答 規定とか規約とか云ふものはああ言ふたら大本内の政治をやる所の規則見たいなものです、と私は思ひます。さうやと、規則見たいなものやと思ひます。
問 中に書いてあることはどう云ふことを書いてあるのですかね。
答 それは悪いことはちつとも書いてないと思ひます。
 今日はもう覚えて居りませぬけれども、国家の為のことばかりしか書いてないと思ひます。
 大本を弘めることや、国家の為になることより外にない筈です。又、そんな不逞や不敬なことも書いてない筈です、それは──。
問 之は大本信条の昭和八年旧正月一日に改正したのですが、其の第三条の「我等は皇孫命が天照皇大神の御神勅に依り豊葦原の中津国に天壌無窮の宝祚を樹立し給ひ、世界統一の基礎を確立し給へることを信奉す。」之はどう云ふ意味だ。
答 それは其の通りであります。
問 皇孫命と云ふのは。
答 それは瓊々杵尊様であります、皇孫瓊々杵尊が皇孫命であります、それが御延長になつて居るから皇孫命とも言ひますし、今の天皇でも皇孫と申上げることがあるのです。
 さうして、此の天壌無窮の御神勅に依つて日本の国を統治し給ひ、世界の国々を統治し給ふと云ふことを我々は確信すると云ふのです。
問 それから、四条の、「我等は皇上陛下が云々」と云ふことは。
答 同じことです、皇上陛下も皇孫命も同じことです。
 古事記は皇御孫命としてあるから、古事記を本として皇孫命と云ひ、皇上陛下と云ふのであります、皇上陛下と云ふのは今日の人にも判ることであります。
問 此処で言ふ三条、四条に書いてある、皇上陛下とか、それから或は皇孫命と云ふのは、之は恐多いことだが自分を指すんだと云ふことを予審で……。
答 それは私はそんな馬鹿なことを……それで私は、「掛巻くも畏きこと」を申されますから黙つて居りましたと云ひました。
 言うとりまへぬ。
問 違ひますかな。
答 それで、向ふから、「掛巻くも畏き」ことを仰つしやつたと云ふのはさうでございます。
 全部さう云ふ具合に向ふから書いて来られましたから、こんな問題が起つて来たのです。
問 まあ大本規定、或は大本規約と云ふものを見ても、自分が日本を統治すべき趣旨のことが書いてあるやうに説明したことが十三回の予審訊問調書に書いてありますがね。
 同じ様な趣旨のことを、一々細かくは言ひませぬがね。
答 けれども其の本文を能く常識で読んで貰ひましたら、能くそんなことでないと云ふことが判る筈です。
問 判る筈だと。予審で言ふたこととは違ふ。
答 はい、それはずつと読んだら判ることなのです。
●争点 ミロク大祭
問 それから、此のミロク大祭のことを訊ねますがね、被告人王仁三郎が自分の五十六歳七箇月に達した時には、ミロク菩薩として出現して、ミロク神政を成就せしむべき旨を予言して居りましたね。
答 さうです。
 それは、自分も、大抵其の時分になつたら斯う云ふ風になると思つて居つたものですから、前からやつて居りました。二、三年前からやつて居りました。
 同じことならば、あの五十六億七千万年と云ふことがあるから、五、六、七と云ふことを五十六歳七ケ月になつて丁度都合が好いから、之を五、六、七に因んで其の時にしたいと云ふので、之は前から考へて居つたのです。
 それでこの五と云ふことは此のミロクに関係があるのです。五は「いづ」と言ひます、再前申しました「いづ」、五つは「いづ」です、「いづ」は即ち天皇陛下の御稜威です。
 六は「むゆ」です。「むゆ」は草木の萠ゆるが如く、皇威が発展し、皇運が発揚する。之が「むゆ」です。
 七は「な」と云ふこと。「な」と云ふことは地球の地の字、地震を地震と云ふことと同じで、「な」、地が鳴る、愈々此の大地の上は天皇陛下の御威徳が萠え移る。
 草木の萠える如くに、ずつと、此の地上に垂れ備はると云ふことを、此のことを御祝して矢張り五、六、七を使ふたのです。
 それで、五、六、七は「いつ」「むゆ」「なな」です。
問 九年七月一日の神霊界にも出て居りますね。
答 はあ、出してまつしやろさう云ふことは──。
問 それから、役員の方には、口頭で、前から言うて居つた訳だね。
答 さうです、ミロクの出現と云ふことは……。
問 五十六歳七ケ月になつて居るから……。
答 はあ、それで、三年三月三日と云ふことを繰つて見ると、丁度近いのです。
 それで、此の三、三、三のこと、七、七、七のことは前に申上げましたけれども、まあ一遍御訊ね下されば、もう一遍詳しいことを申上げますけれども……
 私は、ミロク祭がこんな問題になるとは夢にも思ひまへぬ。どうも、こんなことは夢にも思はなんだので、びつくりした位です。
●争点 立替立直をする時期
問 ちよつと訊き落したが、大本信条を訊く前に、立替立直をする時期は如何に主張して居つたのか。
答 時期はそれは判りまへぬな。神の御心で判らぬ。
問 色々変つて居るやうだね。
答 教祖の立替……戦争が起る位なことは何年頃起ると云ふことは言つて居りましたけれども、根本の立替と云ふやうなことは誰も言ふて居りまへぬ。
問 「少くとも、王仁三郎の存命中には出来る」と云ふやうなことは言つて居つたのか。
答 存命中に私の教が独立する位より、それより多く望むことは出来ないのです。私の存命中にどうして、此の神政成就と称して、此の小さい方の大本だけの独立がしたいと云ふ意味やつたのです。
問 之は予審の四十二回の一問答に於ては、「変つた色々なことを、十年延びた」とか色々なことを言ふて居りますね。
答 色々なことを言ひました。
問 十年延びたり、又延びたり、それから又昭和十年とか色々変つて居るやうに出て居りますね。
答 さうです。
問 併し、まあ、結局、王仁三郎を中心とする立替立直であるから、「王仁三郎の存命中、九十三歳とか」、まあ、色々なことを言ふて居るやうだな。
 「近く、存命中は立替立直がある」と云ふことを主張して居つたやうに……。
答 さうです、私の存命中には少くともアジヤ全体位は日本のものになると云ふことを思つて居つたのです。
 又、ヨーロツバにも行くと思つて居つたのです。
 之は確かになると思ひます。私が若しも九十になる迄生きて居つたら──。
●争点 昭和三年の三月三日の意味
問 昭和三年の三月三日はだね、被告人の五十六歳七ケ月に相当するのか。
答 さうです。相当するのです。
 又、此の百姓の所に内緒で売りに来る暦では、三年三月三日が私の十二日生にちやんと合ふのです。
 それから、伊勢大神宮さんの暦で見ますと、十日でたつたニ日早いのです。旧で行くとニ日早い。之だけ違つて居る。
 内緒で売りに来る重宝暦と云ふものがある。売れるものだからちよいちよい売りに来るのがある。私が内緒で買ふたのではありませぬけれども、誰か買ふてこちらに呉れた者があるのです。
 それを見ると、十二日になつて居るのです。私の生れが十二日ですから……。
問 十二日になつて居るのだな。
答 さうです、私が此の間申上げましたやうに三、三、三と云ふ字は目出度い字ですから……
 又、経論と云ふて仏教の御経の中に人寿四千台の時から一万台になり、平均人間の寿命が釈迦は人寿平均百歳の時に生れた。
 併し、それが四十歳、五十歳の時には……七年七月七日と云ふ日、即ち六日から掛けて大いなる風、大いなる水、大いなる火、其の時には病気、戦争、之が起る。大惨事か小惨事が起る日であると、斯う云ふことが起つて来るのは、丁度此の現代では印度人は平均寿命二十歳、日本人は平均寿命三十七、八歳、ヨーロツパ人で……。
問 まあ宜しいぢやないか。
答 其の位ですから、愈々七年七月七日と云ふやうなことが起つて来ては大変だから、之に三年三月三日を加へれば十年十月十日と云ふやうなことになるから、斯う云ふ悪い日を直して良いやうにしたいと云ふので三年三月三日を選んだのです。
 綾部では七日……六日からいつも祈祷するのです。神様が御集りになつて……。
●争点 ミロク菩薩
問 それで昭和三年二月の上旬からミロク大祭の準備をして居つたのか。
答 して居つたと思ひます。
 私は直接携はつて居りませぬけれども、やつて居つたと思ひます。
問 さうか、二月の上旬に、亀岡の光照殿に於て出口伊佐男、御田村竜吉、大深浩三等に対して、「三月三日にミロク大祭を執行し自分がミロク菩薩として諸面諸菩薩を率ヰて、此の世に下生して、ミロク神政成就の為、本格的活動を始めることとする」と云ふて話したと云ふことは、三十五回の三問答の三千五百十四丁の裏に書いて居るがね。
答 それを、私は話したかどうか知りませぬ。
問 準備を命じた、と云ふことになつて居るがな。
答 それは誰が準備したか知りませぬけれども、其の時に言ふたかどうかそれを覚えて居らぬのですわ。
 それでも、向ふから「さうぢやないか」と言はれたから、「さうです」と言ふたけれども、大深とか宇智麿とか亀岡に居つたのが若し言ふたら、其の連中が近くに居つたから、さう言ふたらうと云ふ位のことを言ふた……。
問 今見たいな準備を命じたのは違ひないのだな。言ふた言葉も其の通りか。
答 それは判りませぬ。詰り、「お祭りはせぬならぬ」と云ふことを言ふたのです。
 私は此のお祭が別にそんな悪いお祭だとは思ひませぬもの。
問 それでだね……。
答 さうして、別に、ミロクさんとして、私を神さんとして拝めと言ふたのではありませぬもの。天の神様を拝む。
●争点 幹部
問 ミロク大祭のことは段々と訊くが、王仁三郎はミロク菩薩として率ヰて出現すべき諸面諸菩薩は出口伊佐男……。
答 皆十七人ずつとあります。
 私判りました。菩薩と云ふのは……。
問 ちよつと待つて、さう早や過ぎては困りますから、出口の頭の良いと云ふことは判つて居るが、出口元男、出口伊佐男、出口遙、井上留五郎、高木鉄男、岩田久太郎、御田村竜吉、東尾吉三郎、湯川貫一、四方平蔵、梅田信之、中野岩太、湯浅斎次郎、出口慶太郎、桜井同吉、栗原七蔵、西村昂三の十七名と限定しますか。
答 決めました。
問 其の事実は。
答 はあ、併し、申上げますが、其の中に別に之は型を十六神将の型をしたのですから、其の中にはまあ、謂はば、宣伝使として、菩薩としての資格のない者も沢山ありますけれども。
 それは型を拵へたのですから……。
問 それは兎に角として選んだことは間違ひありませぬね。
答 それはまあさうです。
問 それ等の十七名は最高幹部であつて、大本の組織活動等に付てはいつでも協議に参与し、指導する立場にあつた人ですか。
 此の人々は。
答 さうです。殆どさうです。
問 之は間違ひないか。
答 へえ。一人、二人は違ひます。
 さうですね、中野岩太やとか出口遙やとか、梅田信之やとか、其処らの人は別に指図も何もしやしまへぬ。指図したつても、それに服従もしまへぬ。
問 それ以外の者は、大抵、最高幹部として協議に与り、指導の立場にある人ですかね。
 間違ひないね。
答 へえ。
問 それから此の十七名を選んだのは、此の出口元男は被告人の後継者になるべきものとして、其の外の十六名は十六神将に準らへて、ミロクの世になつた場合には八王八頭と云ふて、各部の頭となるべき、と云ふ意味ぢやないのですか。
答 さうぢやありまへぬ。
 之は菩薩となつて教の宣伝……教の柱になると云ふ意味です。
問 兎に角ね、あとは十六神将に準らへたのではないのか。
答 十六神将に準へたのです。布教させる為ですわ。
 仏教の十六神将は仏教を弘める為の十六神将です。
問 準らへたことには間違ひないね。
答 詰り祭りですから準へて……。
問 各部門の頭と云ふ意味はないと。
答 さうです。
問 頭と云ふ意味はないと云ふのだね。
答 頭と云ふのは、三人程は頭と云ふ意味ではありまへぬけれども、教を立てると云ふ上からは一方の頭になると云ふ……。
問 さうか、十六神将の意味は判らないのだが、十六神将と云ふのはどう云ふ意味かね。
答 皆仏教にありますが、皆何々菩薩、何々神将を何人連れてとか、増長天は八神将を連れて居るとか、韋駄天の神は増長天八神の一にして仏法の守護神なり、と云ふやうなことは仏法に書いてある通りで、皆増長天王とか、或は持国天王とか、毘沙門天とか云ふ皆一つの仏です。
 矢張り、それは守り神、守護神を連れて居るのです。十六神将とか、八神将とか皆連れて居るのです、それを守護神と申して居るのです。
問 それは、霊界物語のニ編の第一章攻防の配置と題するところ……。
答 どこですか。
問 霊界物語のニ編の第一章攻防の配置、攻める方と守る方、それから霊界物語三編一章の神々の任命と云ふ所に十六神将のことをちよつと書いて居るやうだが。
答 さうです、書いてありまつしやろう。
問 覚えて居りますか。
答 読むことは読みました。
問 口述したからか。
答 口述した時には覚えて居りませぬもの、神憑りだから。
問 神懸りだからか。
答 そんなことは別に、宗教的に問題ではないと思ひます。
問 さう云ふ所に書いてあるのを読んで見ると判らぬか。
答 頭がもうさつぱり……。
問 十六神将のことだがね。
答 其処の十六神将は、又、違ひまつしやろ。
 神界の十六神将でございませう、神さんの世界の……。
問 書いてあるか知らぬが、今言つた意味だね。
答 えゝ、さうです。
●争点 八王八頭
問 この八王八頭の意味ぢやないのか。
答 八王八頭と云ふことは、それは八岐の大蛇を退治すると云ふのは、頭も八つ尾も八つある──世界中は大八洲国と言ひます、こちらの国にもあちらの国にも頭があると云ふのは……
 王と云ふのは英国あたりでは、米国辺りでは大統領、之は頭です、あちらにも頭があり、こちらにも王がある。
 其の八王八頭を退治する時節が来たと云ふのです。日本以外の各国の主権者です。
問 それはに十五回の一問答に言ふて居るね。
 「八王と云ふのは外国の統治者。八頭と云ふのは宰相のことだ」と云ふ……。
答 なんですか。
問 外国の統治者は八王、宰相、大臣は八頭だと申して居りますが、それと同じことか。
答 まあさう云ふことです。
 併し、王と出して居りますのはちよつと違ひますわ。
●歴史 ミロク祭の準備
問 それから、三月二日の夜綾部町の、右綾部町の本宮の教主殿に右十七名を招きまたしか。
答 それを私ははつきり覚えないのです、二日の日はまだ綾部に居つたやうに思ふのですから、それがはつきりせないから……
 傍の者が知つて居るか知りませぬが。
問 併し、日記に依ると、「伊佐男を連れて帰つた」と書いてあるよ。
答 さうですか。そんならさうでせう。
 長いことやから判りまへぬのや。
問 それは忘れるのも無理もないね。
 ちよつと書いてあつたよ。
答 なんでも、其のニ日の日の暮れ頃に帰つて、岩田さんの所に病人を見舞ひに行つたのを思ひ出しました。
問 伊佐男を連れて帰つたか。
答 帰つたでせう。覚えて居りませぬ。
 其処に書いてある通りです。
問 間違ふたことを言ふても困るが……。
答 いや、間違ふたことは言はぬ積りであります。
問 いやいやこつちで、日記を見ると、之が三月二日の日が金曜日雨降りと書いてあるが、聖師様は午後四時四十分着列車で寿賀麿様、宇智麿様、八重野様、御帰還と書いてあるな。
答 それは其処に書いてある通りに違ひございませぬ。
 それは違ひないのです。
問 さうか、それから病気見舞のこともちやんと書いて居るね。
答 病気見舞……。
問 「松村氏の病気見舞に、それから、云々」と書いてあるがね。
 三日の午後宇智麿、寿賀麿、八重野を連れて亀岡から帰つたやうになつて居るね。
答 綾部へ帰つたのです。
問 教主殿に、今の、選定した此の十六神将の人は之は認めたね、之を集めましたか。
答 それがはつきりせないのです。それが、私どう考へてもはつきりせないのです。
 十六人も来なんだと思ふのです。其の集会もしたかせなんだかそれも覚えて居らぬ。
 其の十六人の中の人に訊いて貰ふたら、記憶も良いから判りませうが、私ちよつと思ひ出せない。
問 三十五回の三問答の三千五百十三丁では「全部招致」と、斯う云ふやうに書いてあるね。
 それから、又、五十二回の一問答に於ては、西村昂三等十七名が来たと云ふ風に予審では言ふて居るがね。
答 それは、私判らぬのです。今申すやうに判らぬけれども、さう書かはつたから書いといて貰ふより仕様がない。
 西村昂三は、私は、未だに判りまへぬ。
問 そんな人のことは……
 大体兎に角十六神将に当る人を呼び集めて、誰が来たかは別問題として、呼び集めたことは覚えて居りますか。招集したことは覚えて居りますか。
答 それが、私無責任のやうでありますけれども、そいつがはつきりと覚にて居りまへぬ。宇智麿辺りに訊いて貰ふ方が判るのです。
 どうも、其の時分のことがなんぼ考へても判りまへぬ。招集したか知らぬけれども……
 来たに違ひありまへぬ。明る日のお祭の打合せをせぬならぬことやから、明る日のお祭の打合せはしたに相違ないのですから、──来たと思ふ方が本当やと思ひます。
問 それが本当と思ふ……
 其の時に、総務会議と云ふものがあつたのか。
答 其の晩にはありまへぬ、別に総務会議と云ふものは……。
問 総務会議日誌に書いてあるよ。
答 それは、総務会議と云ふのでなしに、十六人が皆寄つてやつたのです。
 其の十六人が総務やつたか何だか知りまへぬ。さうやつたら、総務会議です。
問 三月二日総務会議をやつたと書いてあるぞ。
答 それではやつたのかも知れまへぬ。
 大抵、其の十六人は総務ばかりだから……。
問 集つたのが本当だらう、と云ふことにして置きませう。能く覚えて居らぬと、其の位に聴いて置きませうね。
 さうして、其の集つた者に対して、三月三日に愈々ミロク菩薩として諸面諸菩薩を率ヰ、此の世に下生し、ミロク神政成就の為現界的活動を為すこととなつた。
 諸面諸菩薩は参集者十七名なるを以て、「明日至聖殿に昇殿すべき旨、明日以後の大本は立替立直したる大本なるに付、自分及参集者十七名は従来の役職を返上し、同月三日一日間無役となる」等を決めたことは事実でありますか。
答 さうです。
問 ありましたか。
答 それは、此のミロク祭のことに付ては、今迄全部大本には雲が懸つて居ましたから、此の雲が懸つたのも謂はば責任上神様に対して我々が悪いのであるから、此の罪をお詫びする為に一日休むと云ふのが本当の本旨やつたのです。
 けれどもそんなことを皆に、「お前さんも罪がある」と云ふことは言へませぬから、私一人で思つて、さうしてあゝして一日無役になつた。
 それで、私が現界的に活動すると云ふことを言ふのは……。
問 ちよつと待つて、言ふたか言はぬかと云ふことは、其の意味は後から訊かうと思つて居る。
 其の現界を……。
答 言ふとつたのが本当やと思ふのです。私は覚えて居らぬのです。
 けれども、一日休んだことを思ふたら、言ふたに違ひないと思ひます。
問 準備手続に於ても、明かに言ふたやうに言つて居るね。
答 はあ、さうですか。
●歴史 ミロク大祭
問 三年三月三日にはミロク大祭を執行しましたか。
答 しました。
問 ミロク大祭の状況に付て、一々時間が掛るから……
 こちらから訊ねますから、それに答をして貰ひたい。言ひたいことがあつたら……
 状況のことは先づ、この至聖殿には被告人及澄が先に述べた十七名の者を率ヰて昇殿をして、役員信者等はミロク殿の方に参列したのですか。
答 さうです。
問 何名位か、役員信者は。
答 千人居つたか、ニ千人居つたかはつきり覚えて居りまへぬ。
問 千人とニ千人は大分違ふな。
答 そんなことは勘定して居りまへぬ。二千人位居つたかも知れまへぬ。
問 出口家の家族の者も至聖殿に上つたのですか。
答 昇つた者も昇らぬ者もあります。浅野位でつしやらう。
 外の者は全く上つて居らぬと思ひます。それは十六七人が上つたら一杯になつて、神殿の中に誰も入ることが出来まへぬ。
 だから、誰も誰もを許したら大変ですから、主なる人を選んだのです。皆の代表として入れたのです、十六人は総て信者の代表を昇殿さしたのです。
問 昇殿のことは後から訊きたいと思ひますがね。
 それから、被告人及び澄、それから出口家の者、十六神将に準らへ者などはどう云ふ風に着席して居つたのか。
答 兎に角、ずつと、斯う並んだのです。
 斯う云ふ具合に、(と手振りで説明しながら)、斯う並んだのです。
 此の時には、私が一番中心に行きました。真ん中の所へ、さうしてずつと、斯う並んだのです。
問 ずつと並んだと云ふのだが、被告人と澄は至聖殿の階段の上の方にか。
答 階段の上はちつとも上りませぬ。
問 階段の前。
答 階段の下です。
問 後の十六神将とか出口家の者は一段下の傍か。
──答一つしかありませぬ。階段があつて下は一つしかありませぬ。
 それで、ずつと一列に並びまして、又、足らぬ所には二列に……。
問 さうすると、二列に、斯うか。
答 詰り、斯うですね(と説明しながら)、私と家内と、或は日出麿と三代と云ふやうな具合にして、それから後には余つた宇智麿とか井上さんとか並びまして、斯うなるのです。
問 さうか。
答 八人づつ横縦陣を張つたのです。
問 至聖殿に向つて。
答 至聖殿に向つて、至聖殿の中の神殿に向つて……それより場所が取れませぬもの。
問 其の下のミロク殿の……。
答 其の下に、一寸境目がありまして、其の下にミロク殿が建ててありまして、其の下に……。
問 それで、王仁三郎が神政成就を祈願して居つたのか。
答 もう、そないに祈願して居る中に、許可が来るやらう来るやらう、と思つて居つたのです。
問 許可のことは又訊きますがね。
 王仁三郎が先立の下に、昇殿者である澄なり、或は、十七名の昇殿者がだね、一緒に神言を奏上して、ミロク神政成就を祈願したのか。
答 さうです。一緒に祝詞を上げたのです。同じ祝詞ですから……。
問 一緒に口で言ふて。
答 さうです。さうして、別に、神政成就の祝詞と云ふものは私は知りまへぬです。私は上げて居りまへぬ。
 「どうぞ早く世の中が良くなるやうに、神政成就するやうに」と、口で言ふて居りまして、願ふとりまして、殆ど黙祷見たいなことで、それから大本に毎日唱へて居る所の善言美詞を唱へたのです。
問 それは神言だね。
答 さうです。
問 神言を言ふてから祈願したのでせう。
答 さうです。私が真中になつて居ります。
 「高天原に神止まりまして」と云ふてから、皆の身体を浄めて、それから黙祷をして、兎に角、後で又、大きな声で祝詞をずつと上げるのです。
 それは、ミロク殿に居る信者も声を合せて、十六人ばかりぢやなく、信者も一緒こたです。
 それで、本当の祈願すると云ふのは、唯、「この世の中が一刻も早く良くなりますやうに」と云ふことだけで、それが祝詞と云ふやうな立派なものは別にないと思ひます。
問 けれどもミロク神政成就を祈願すると云ふのは口頭で言ふたのか。
答 さうです。
問 皆……。
答 それでも、それは御互に御願ひして居るから、一緒こたに言ふたら宜いのです。
 そんな面倒くさいことは……。
問 それでは、まあ、一緒に言ふたことになるのだな。
答 さうです。それは、又、其の中に勝手に一人でやつて居る人があつたかも知れまへぬ。
問 あつたかも知らぬが、其の時にはまあ一緒に祈願した訳でせう。
答 さうです。
問 そこでだね、此の昇殿をした被告人、澄外十七名はだね、一致団結をしてミロク神政の為に本格的の活動を為す、と云ふことを御互にだね、御互に心の中で誓ひ合つたやうな事実はなかつたか。
答 そんなことはありまへぬわ。
 そんなことを誓はぬで、前からの信者だから皆一生懸命で、そんなことを誓ひまへぬ。
 「どうしやうか、誓ひませうか」なんと云ふことは言ひまへぬわ。
問 「誓ひませうか」と云ふことは言はないが、「愈々本格的活動をしませう」と云ふやうなことを……。
答 それは、まあ、之からミロク祭が出来たのやから、我々もしつかりして、それから布教しやう、と云ふ観念はそれはあります。
 十六人以外の者も皆あります。
問 三十五回の三問答の三千五百十六丁に依ると、御互に心の中に誓ひ合つたと云ふ、一致団結して之から褌を締め直して本格的活動をすることを心の中で誓ひ合つたと云ふことを言ふて居るがね。
答 「それはさうぢやらう」と申されましたから、それは心で誓つたでせう、と言ふたのです。
問 さうでせう。
答 それは判りまへぬがな。銘々口から出しまへから──。
問 それで、むづかしいから、訊いて居るのぢやないか。
 それから、次で王仁三郎被告人は作歌を朗詠しましたか。
答 どう云ふ……。
問 「万代の常世の暗も明離れミロク三会の暁清し」と云ふ……。
答 三会ぢやなく三会です。
問 この歌の意味は。
答 之はですね、常世の暗、万世と云ふことは之は置言葉にしたのです。詰り、枕言葉です。
 総て神様は万の世を治め為さるから万世と。併し、之が常世の暗になつて居つたのです。
 詰り、言へば、大本で、常世の暗とは昼なしばかりになつて居つた。皆閉がれて居つたのです。
 それが明離れて来たのであるから、さうしてミロクの三会の今日は世の中になつたから、ミロク三会の暁になつて清き心になつたと云ふ祝の言葉です。
●思想 ミロク三会
問 ミロク三会と云ふのは。
答 ミロク三会と云ふことは法会です、それで法身、応身、報身と云ふ……。
問 ミロクね。
答 法身と云ふのは教です。
 それから、応身と云ふのは、其の教に応じて働く、と云ふことです。
 それから、報身も、之は働いて効果を現はすことです。
 それで、銘々に、愈々之から神様に尽すことが出来て来た、と云ふので、それで皆が勇んで居るから、暁が、世が明けた如く清く明るくなつた、と云ふ意味で、之は詠んだ。御祝の言葉です。祝歌です。
問 予審の通りだね。三十五回の三問答の中頃に、「此の意味は私がミロク菩薩として、諸面諸菩薩を率ヰて此の世に下生して、之迄の暗黒の世を立替立直をしてミロク神政成就の為に本格的活動を為すことになつたので、世の中が明るくなつたと云ふ意味であります」と書いてあるが。
答 それは、向ふで言ふやはりましたから仕方ありまへぬもの。
 併し、あの気分が非常に嬉しかつたから、其の歌が出たのです。
●争点 林檎、大根、芋
問 あヽさうか、それから此の神饌物の下渡しがありましたか。
答 ありました。
問 其の神饌物を矢張り十七名に分配したのですか。
答 それは其処に居つた者にやつたのですがね。
問 それは、分配する蓮根とか大根とか芋とか、さう云ふ物を与へた意味は……。
答 余り深い意味はありませぬが、何か因んで皆やつたのです。
 さうして、私が林檎三つ取つたと云ふのは、私の心得の為に、三輪を守る為に……。
 林檎と云ふのは、護は守護の護です。輪を守ると云ふことです。人倫の倫ぢやなくて車編のくじき破ると云ふ輪です。
 此の三輪と云ふのは、此の間申上げた身輪、意輪、口輪です。冒頭の身輪と云ふのは、身体の不殺生、不邪淫、不倫盗、盗をせぬこと、殺生をせぬこと、邪淫をやらぬこと、之が身輪です。
 口輪と云ふのは口の輪、不妄語、妄語せざること、濫りに言葉を言はぬ、詭弁を弄せざること、不詭語。それから、不両舌、二枚舌を使はない、不悪口、悪口せざること。
 私、此処でちよつと謝つて置きますが、昨日余り興奮しまして予審判事さんのことをちよつと何か言ひましたけれども、之は私は自ら顧みて不悪口の禁を破つたと思つて……。
 それから、直きに怒りますが、実は直き肚が立ちます。之は不瞋恚と言つて、之が又ちよつとむづかしいのです。之は不両舌、不悪口、不詭語、不妄語。
 それから、意輪と云ふのは、之は意識の意です。之は、貪、瞋、痴と云ふのです。貪慾、それから、瞋恚です。
 腹が立つて怒る。それから愚痴。之は邪見とも言ひます、心の之が無痴と云ふ、白痴も之は心の罪なんです。之も亦一方には邪見とも解してあります。
 之を、私が守らして貰ふ為に、私が林檎を戴いたのです。
問 それから澄には大根とか芋を……。
答 大根をやりました。
問 大根と芋か。
答 芋をやりましたかな。
 大根は覚えて居りますのや。詰り、大根と云ふことは、仏教に言ふ耳根、眼根、鼻根、舌根と云ふ皆総て根と云ひます。
 それで、此の大根と云ふ……家の家内は、ちよつと何ですわ、養子娘の故かなかなか気儘であつて直きに怒るのです。それで、私に、妙な顔をしてふくれることもありますから、大根と云ふのはなんぼ食つても当らぬのです、役者でも当らぬ役者は大根役者と言ふのです。
問 漫談見たいなことは止めて……。
答 漫談ぢやありませぬ。其の意味で、「お前も当つたり何かしないで、おとなしうしろ」と云ふ意味を含んで居るのであります。
 それで、「何ぞやて杓子に当る悪い嬶」と云ふやうな川柳がありますよ。何だと云ふと直きに杓子に当るから……
 私はそれの大根と、もう一つは仏教から出て居る大根、大機諸々の菩薩、利益と云ふことがあります。
 大根、大機と云ふのは、耳根とか此のことを言ふたのです。
 それから、六根清浄と云ふことを言ひますが、総ての六根を大根は云ふたのです。
 六つのことをひつつけると大の字になります、それで、思慮、温情等を与ふと云ふことが十善戒に書いて居るのです。其のことをふつと思ひ出したから、大根を与へたのです。
問 芋は。
答 芋は、唯もう、花も咲かず唯土の中で黙つて居つて居つて黙々として子を生むのです。
 丁度、之は、「ミロクさんは土の中に居つて、さうして土から今頭が出たんや」とかなんとか云ふやうな説があるのですが、昔からミロクさんの教をするのには、矢張り黙つて居つて偉さうにしなければ──花も咲かせにや、芋のやうに唯黙々として居なければいけない。
 教を開くと云ふことです、信者を拵へる……。
問 あ丶さうか。
 此の点に付て三十六回の一問答に言ふて居るがね。
 「林檎三つ取つたのは日、月、地の三輪に準らへて取つたもので、それで澄に大根と頭芋を渡したのは、澄は大本の教主だから、大本の根本、大本の頭と云ふ意味で大根と頭芋を出口が渡したので、それから、又、外の者にも渡したのは、之は大本の最高幹部で活動する人だから、詰り、各部門の頭であるから渡した」と言ふて居るね。
答 それは言ひました。
問 今日のは大分違ふぢやないか。
答 宗教のこと、神様のことを言ふてもちつとも判りまへぬ。あの人の耳に入る様な程度で言ふて置いた。私は、本当は、胡魔化して居つたのです。胡魔化すと云ふことは悪いかも知れまへぬが。
問 胡魔化すと云ふことは……。
答 悪うございました。今言ふた不詭語、不妄語……。
問 欺すとか云ふことは言ふてはいかぬ。胡魔化すなんと云ふことは気を付けにやいかぬ。
 それからね、この大祭が済んでから、参列の信者に対して挨拶なんかしましたか。
答 それはしたと思ひます。
問 どう云ふ具合にですか。
答 どう云ふ具合と云ふてもちよつと思ひ出せまへぬが、私が若し挨拶をしましたら、私の言ふことは一言一句大本の癖として筆記者が居つて書くのですから、それは大本の文献に書いてあるやらうし、書いてなかつたら私はしやべつて居りまへぬ。
 私は演説も何も……この前の神聖運動をする迄は恥かしがりで、人の前で演説したことはないのです。話したことは──。
問 さうですか。
答 はあ、若し私がしやべつて居りましたら、吃度、大本の文献に出て居ります。
●歴史 参列者への挨拶
問 まあ後から調べますがね。
 それから、昇殿した十六神将の中から、参列者に挨拶した者がありましたか。
答 それはあつたでせう。其の中の一番主な人がしやべつたかも知れまへぬ。
問 それから、次に、教主殿に引揚げた時に十七名に対してミロク大祭の意義を説明したことがありますか。
答 それは覚えまへぬ。
 傍の人に訊いたら、それは、覚えて居るかも知れまへぬけれども……。
問 三十六回の一問答の三千二百二十丁に於て説明したやうになつて居るが。
答 それは、もう、其のお祭りがあつたから皆聴いとつたかも知れぬと思ひましたから、「さうだ」位に言ふとかなきやしやうがないと云ふので言ふたのですけれども、実際は覚えて居らぬのです。
 若し、さう云ふことがあつたら、一々大本の文献には書いて居るのです。役員の行動であらうがなんであらうが皆書いて居ります、綜合日誌の中に──。
問 言ふて居るがね。
 「教主殿に帰つてから、十七名の者も教主殿に引揚げて来ましたので、私は其の十七名の者に対して、『今至聖殿に於て自分が林檎を三つ取つたのは、日、月、地三神に準らへて取つたので、二代に[大]大根と頭芋を与へたのは大本の根本、大本の頭と云ふ意味で渡したので、諸面諸菩薩は十六神将又は八王八頭に匹敵するもので、大本の各部門の頭であるから渡したのである』」。
 それから……聴きなさいよ、「今日から自分はミロク菩薩として諸面諸菩薩を率ヰてミロク神政成就の為に現界的活動をなすこととなつたのであるから、皆も其の積りで自分の脇立となつて」と、まあ書いてあるがね。
 「脇立となつてミロク神政成就の為めに活動して貰ひたいと言ひました所、元男以下十七名は私及び澄に協力して、ミロク神政成就の為に舎身活動することを承諾しました」と、斯う云ふことを書いて居りますがね。
答 「それはさうだらう」と仰つしやるから、「さうでせう」と思ひましたから、言ふといたのですけれども、それははつきりして居りまへぬ。
 そんなことを私言ひまへぬわ。
 「自分がミロク菩薩になつたから」なんて、そんな慢心なことを言ふ……私は自分の口から、「今からミロク菩薩になつた」と云ふやうなことを一言も言ひまへぬ。
問 予審判事から「斯うだらう」と言はれたから、さう認めざるを得ぬことになつたのだと斯う言ふのだな。
答 さうです。
問 それから此の状況は、ミロク大祭の状況は、真如の光の、三月五日と三月十五日付の真如の光に書いてありますがね。
答 それは其の通りです。
問 大体こちらから訊いたことだと思ひますがね、大体こちらで訊いたことを……。
答 それで、若し、私が最前お訊きになつた通り十七人の者に訊きましたならば、十七人の中の者が私の言ふことは筆記して居るに、書いて居るに違ひありまへぬ。
 一言一句残さず書くのですから。若し、文献に書いてなかつたら、私は申して居りまへぬ。
●争点 ミロク菩薩として下生の意味
問 それから、訊ねますが、被告人が「ミロク菩薩として諸面諸菩薩を率ヰて此の世に下生して、ミロク神政成就の為に現界的活動をなすこととなつた」と云ふことは、どう云ふことを意味するのですか。
答 それ迄は、私は、生神様として祀られて居つたのです。
 私は、教主とか副教主とか言ふて、そうして傍の人が総務になつたりして居つたのです。
 それを、私は、「昔から言ふたら現界ぢやない神界に祀られて居つて、奥に引込んで居つた」と云ふ形で、それを、「井上さんか何か総務をやつて居つたやつを、私が井上さんの代りに総務になつて現界的に活動をする」とさう云ふ意味なんです。
 私は、ちやんとして、神様になつて祀り込まれて居つたのです。
 それを、「神様らしい形をして居つて、之は今から収つて居つては判らぬから、皆と同じやうに現界的に活動せにやいかぬ」と斯う云ふ意味なんです。
 其の時に、私は、愈々総務になつたのです。
問 「最初生神様に祀られて居つたやつを、今後は自分が出て来て総務になつて布教の方に活動するやうになつた」と、斯う云ふのか。
答 さうです。
問 さうすると、ミロク菩薩とか諸面諸菩薩とか云ふのはどう云ふことなんだ。
答 それは愛の宣伝使と云ふ意味です。ミロクは仁愛ですから。
 それで、ミロクさんは天に居つて帰つて来ては居りまへぬから……愛の宣伝使と云ふことをミロク菩薩と云ふたのです。
 現界的活動と云ひますと、私がなんでも政治家にでもなつて、さうしてやるやうに取られたのです。
 ちよつと私申上げますが、後は……又、おかしうなりましたから、五分間ちよつと休まして下さい。
裁判長それでは五分間休憩。
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