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文献名1霊界物語 第8巻 霊主体従 未の巻
文献名2第5篇 宇都の国よみ(新仮名遣い)うづのくに
文献名3第35章 一二三世〔385〕よみ(新仮名遣い)いちにさんせ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-06-07 15:41:44
あらすじ夏の炎天に険しい坂を登って行き、一同の顔は汗によって蚊々虎の落書きも落ちてしまった。山頂には腰を下ろすのにちょうどよい岩があちこちにあった。一行は岩に座って休んだ。蚊々虎は、『親子は一世、夫婦は二世、主従は三世』と殊勝なことを言うが、その意味として、おかしな解説を始める。曰く、親子は一回限り、夫婦は二回まで換えてもよいから二世、主従は三回まで換えられるが、それ以上は換えられないから三世だ、という。蚊々虎の解説に一同は声を揃えて笑った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年02月10日(旧01月14日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年6月15日 愛善世界社版240頁 八幡書店版第2輯 237頁 修補版 校定版244頁 普及版107頁 初版 ページ備考
OBC rm0835
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本文  樹々に囀る百鳥の声、眠気なる油蝉の声に送られて、夏の炎天を喘ぎ喘ぎ嶮しき坂を登り行く。汗は滝の如く流れ、彩られた顔はメチヤメチヤになつて赤い汗さへ流るる無状さ。一行は汗を拭ひ拭ひ、漸くに山頂に達したり。山頂には格好の岩が程よく散布されてありぬ。宣伝使一行は、各自に岩に腰打かけ息を休めたり。
蚊々虎『ままになるなら此涼風を、母の土産にして見たい』
駒山彦『オイ、蚊々虎、殊勝らしい事を云ふね。「ままになるなら此涼風を母の土産にして見たい」随分孝行者だなア。夫れほど親孝行の貴様が放蕩ばかりやりよつて、両親に心配をかけ、子が無うて泣く親は無いが、子のために泣く親は沢山あるとか云つてな、ソンナ優しい心があるのなら何故親を放つたらかして其辺中を迂路つき廻るのだ。口と心と行ひと一致せぬのは、神様に対してお気障りだぞ』
『人間の性は善だ。誰だつて親を思はぬ子があらうか。浮世の波に漂はされて止むを得ず、親子は四方に泣き別れと云ふ悲惨の幕が下りたのだよ。親子は一世、夫婦は二世、主従は三世と云ふ相なからのう』
 駒山彦は、
『ヘン、うまい事を云ひやがらア。親は如何でも良いのか、夫婦は二世なんて、死んでまで添うと思ひよつて二世も三世も夫婦だと思つて居るから情ない。如何に五月姫ぢやとてお前の様な腰屈りに、誰が心中立をするものかい』
 蚊々虎は
『故郷の空打眺め思ふかな、国に残せし親は如何にと』
 駒山彦
『オヤオヤ又出たぞ。何だ貴様、今日に限つて殊勝らしい事を並べ立よつて、一角詩人気取りになつて「アヽ、蚊々虎さまはああ見えても心の底は優しいお方だ。たとへ腰は曲つてもお顔は黒うても、男前はヒヨツトコでも、チツとくらゐ周章者でも、心の底のドン底には両親を思ふ優しい美しい心の玉が光つて居る。アンナ人と夫婦になつたら嘸や嘸、円満なホームが作れるであらう。おなじ夫を持つなら、あの様な優しい男と夫婦になつて見たい」などと五月姫さまに思はさうと思ひよつて、貴様よツぽど抜目のない奴だワイ。アハヽヽヽ』
 淤縢山津見は、
『ヤア感心だ、人間はさう無くてはならぬ、山よりも高く、海よりも深い父母の恩を忘れる奴は人間でない。お前もまだまだ腐つては居らぬ、頼もしい男だよ』
 駒山彦は、
『オイ鼻を高うすな、貴様は直に調子にのる男だから余り乗せられるとヒツクリ返されるぞ。天教の山ほど登らせておいてスツトコトントン、スツトコトンと落される口だぞ。貴様、親よりも女房が大切だらう。親子は一世、夫婦は二世なぞと云ひよつて、之ほど大切な親よりも「五月姫殿、お前が女房になつたらモツトモツト大切にするぞ」と遠廻しにかけよつて、うまい謎をかけよるのだ。本当に巧妙なものだね』
 蚊々虎はしたり顔にて、
『オイ、駒、貴様わけのわからぬ奴だナ。俺がいま宣伝してやるから尊い御説教を謹聴しろよ。親子一世と云ふ事は、何ほど貴様の様な極道息子の親泣かせでも、親が愛想をつかしてモウ之つきり親の門口は跨げる事はならぬ。七生までの勘当だと云つた処で、矢張り親子は親子だ。お前が俺に勘当するなら勘当するでよい、又外に親を持ちますと云つた処で生んで呉れた親は矢張り一つだ。親子は一世と云ふ事は、泣いても笑つても立つても転んでも一度より無いのだ。それだから親子は一世と云ふのだ。断つても断れぬ親子の縁だよ。貴様の考へは大方生てる間は親子だが、死んで仕舞へば親でも無い子でもない、赤の他人だと云ふ論法だらう。ソンナ訳の分らぬ事で宣伝使が勤まるか』
駒山彦『能う何でも理屈を捏る奴だな、夫婦は二世とは何のことだい。親よりも結構だ、死んでからでも又互に手に手をとつて三途の川を渡り、蓮の台に一蓮托生、百味飲食と夫婦睦じう暮さうと云ふ虫の良い考へだらう。さう甘くは問屋が卸すまい。貴様極楽に行つて、蓮の台に小さくなつて夫婦抱合つて、チヨコナンと泥池の中で坐つて見い。どうせ碌な事はして居らぬ奴だから、「貴様が金城鉄壁だ、お前と俺との其仲は千年万年はまだ愚五十六億七千万年の後のミロクの世までも、お前と俺と斯うして居れば之が真実の極楽だ、ナア五月姫さま、現界に居つた時は駒山彦の意地悪に随分冷かされたものだが、斯うなつちやア、もう占たものだ」なぞと得意になつてゐると、娑婆に残つて居る貴様の旧悪を知つた奴が噂の一つもせぬものでも無い。噂をする度に嚔が出てその途端に、蓮の細い茎がぐらついて二人は共に泥池の中へバツサリ、ブルブルブル土左衛門になつて仕舞ふのだよ。一旦死んだ奴の、もう一遍死んだ奴の行く処は何処にもありはせない。さうすると又娑婆へ生れよつて、ヒユー、ドロドロ怨めしやーと両手を腰の辺りに下向けにさげて出て来るのが先づ落だな。夫婦は二世だなぞとソンナ的の無い事は、まあ云はぬが宜からう』
蚊々虎『エーイ、喧しい、俺のお株を取つて仕舞ひよつて、能うベラベラと燕の親方の様に喋る奴だナ。この蚊々虎さまの説教を謹んで聴聞いたせ。夫婦は二世と云ふ事は、貴様の考へてる様な意味で無い。夫婦と云ふものは陰と陽だ。「鳴り鳴りてなり余れる処一処あり、鳴り鳴りてなり合はざる処一処あり、汝が身の成り余れる処を我身の成り合はざる処に、さしふたぎて御子生んは如何に」と宣り給へば「しかよけむ」と応答し給ひきと云ふ事を知つてるかい。夫婦と云ふものは世の初めだ。誰の家庭にも夫婦が無ければ、円満なホームは作れないのだ。さうして子を生むのだよ。其子がまた親を生むのだ』
『オツト待て待て、脱線するな。親から子が生れると云ふ事はあるが、子が親を生むと云ふ事が何処にあるかい』
『貴様、分らぬ奴だな。男と女と家庭を作つたのは夫は夫婦だ。そこへ夫婦の息が合つて「オギヤ」と生れたのだ。生れたのが即ち子だ。子が出来たから親と云ふ名がついたのだ。子の無い夫婦は親でも、何でもありやしない。此位の道理が分らないで宣伝使になれるかい。さうして不幸にして夫が死ぬとか、女房が夭折するとかやつて見よ。子が出来てからならまだしもだが、子が無い間に女房に先だたれて仕舞へば、天地創造の神業の御子生みが出来ぬでは無いか。人間は男女の息を合して、天の星の数ほど此地の上に人を生み足はして、神様の御用を助けるのだ。そこで寡夫となつたり寡婦となつたり、其神業が勤まらぬから、第二世の夫なり妻を娶るのだ。之を二世の妻と云ふのだい。貴様の様に此世で十分イチヤついて、又幽世に行つてからもイチヤつかうと云ふ様な狡猾い考へとはチト違ふぞ。さうして二世の妻が、又もや不幸にして中途で子が出来ずに先に死んで仕舞つたら、夫はもう天命だと諦めるのだ。三回も妻を持つと云ふ事は、神界の天則に違反するものだ。それで已を得ざれば、二人目の妻までは是非なし、と云つて神様が御許し下さるのだ。其を夫婦は二世と云ふのだよ。あゝあ一人の宣伝使を拵へ様と思へば骨の折れる事だ、肩も腕もメキメキするワイ』
 淤縢山津見は感じ入り、
『ヤア、蚊々虎は偉い事を云ふね。吾々も今まで取違をしてゐた。さう聞けばさうだ。正鹿山津見さま、如何にもさうですね。何でも無い事で気のつかない事が、世の中には沢山ありますなあ。三人寄れば文殊の智慧とやら、イヤもう良い事を聞かして貰ひました。南無蚊々虎大明神』
 駒山彦は、
『親子は一世、夫婦は二世、そいつは貴様の、オイ蚊々虎先生の懇篤なる、綿密なる、明細なる、詳細なる、正直なる……』
蚊々虎『馬鹿、人をヒヨツトくるか、蚊々虎大明神だぞ』
『ヒヨツトコ ヒヨツトコ来る奴もあれば、走つて来る奴もあるワイ』
『困つた奴だなア、主従三世だ。今日から貴様は蚊々虎の家来で無いぞ』
『家来で無いもあつたものかい、誰が貴様の家来になつたのだ。ソンナ法螺を吹かずに主従は三世の因縁を聞かして下さらぬかイ』
蚊々虎『下さらぬかなら、云うてやらう。人に物を教へて貰ふ時には矢張り謙遜るものだ。からだに徳をつけて貰ふのだからな。オホン、主従三世と云ふ事は、例へて云へば此蚊々虎さまは、もとは此処にござる淤縢山津見様が醜国別と云うて悪い事計りやつて居る時に俺が家来であつた。然しコンナ主人に仕へて居つては行末恐ろしいと思つたものだから、如何かして暇を呉れて与らうと思うたのだ。さうした処がネツカラ良い主人が見つからぬのだ。探してゐる矢先に日の出神と云ふ立派な宣伝使が現はれたのだ。それで此方さまは、第二世の御主人日の出神にお仕へ申して居るのだ。さうして淤縢山さまは、蚊々虎々々々と云つて家来扱ひをされても、俺の心は五文と五文だ。その代り一旦主人ときめた日の出神の前に行つた位なら、ドンナ者だい。臣節を良く守り、万一日の出神様が俺の見当違ひで悪神であつたと気がついた時は、其時こそ弊履を捨つるが如くに主人に暇を与るのだ。さうして又適当な主人を探して、それに仕へるのだ。それを三世の主従と云ふのだよ。三代目の主人は醜国別よりも、もつともつと悪い奴でも、もう代へる事は出来ない。そこになつたら、アヽ惟神だ、因縁だと度胸を据ゑて、一代主人と仰ぐのだ。三回まで主人を代へ、師匠を代へるのは、止むを得ない場合は神様は許して下さるが、其以上は所謂天則違反だ。主従四世と云ふ事はならぬから「主従は三度まで代へても止むを得ず」と云ふ神様が限度をお定めになつて居るのだよ。どうだ、駒、俺が噛んでくくめるやうな御説教が、腸にしみこみたか、シユジユと音がして浸み込むだらう。賛成したか、それで主従三世だよ』
 一同は声を揃へて、
『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』
(大正一一・二・一〇 旧一・一四 北村隆光録)
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