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文献名1霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻
文献名2第3篇 阪丹珍聞よみ(新仮名遣い)はんたんちんぶん
文献名3第16章 四郎狸〔1028〕よみ(新仮名遣い)しろうだぬき
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-23 12:02:55
あらすじ稲の植え付けが終わり、麦かちを手伝っていると、三人の男が自分を尋ねてきた。旭村の岩田弥太郎、射場久助、入江幸太郎であった。弥太郎の妻のお藤が二三か月前から霊感者となって一日に飯を五六升、酒を三升も平らげるようになり、養蚕の蚕をつまんで食ってしまう、白木大明神と名乗っていろいろ指図をするようになった。病気を治すので参詣人が集まるようになってきたが、隣村の稲荷おろしから訴えられたりなど、困っているので何とかしてほしいとのことであった。喜楽は頼みを聞き入れ、小末を連れて弥太郎の家にやってきた。小末に霊視させると、お藤には狸がついていることがわかった。お藤は神がかりになって喜楽の姿を見ると、丁寧に手をついて、神界の御用ができるよう大神様に取り次いで欲しいと頼み込んだ。小末が帰神状態になり、白木明神と名乗る憑霊に対して、能勢妙見の新滝の四郎衛門狸であることを見抜いて詰問した。お藤の憑霊は観念して素性を明かした。狸は、人について病気を起こさせ、医者の薬をのませて実地に試験することで薬の知識を得たという。そこで霊界の医者になろうと思ってさらに人の身体を稽古に使っていたが、誤って二人の人間の命を取ってしまったという。その罪によって教会の守護神の役をはく奪されてしまった。たまたまお藤の肉体が薪割に来て、酒に酔いつぶれて倒れていた隙を狙い澄まして取り付いたのだという。そして喜楽に、名を与えてもらって神界のお役目を与えてほしいと頼み込んだ。その夜は射場久助の家に泊めてもらい、岩田藤に修斎を与えた。翌日、小末と一緒に穴太に帰ってみると、四五人の修行者を巡査が引っ張って行こうとしていた。御嶽教太元教会の杉山という男がそこに立っていた。喜楽は巡査と杉山に対して霊学上の議論を闘わして、ようやく巡査は納得して帰って行った。杉山という男は、余部の高島ふみという稲荷下げの若い女の教会の受付などをやっていたが、高島ふみといい仲になり、ふみの夫に追い出された。そこで二人は同じ町に広い家を借りて信者を集めていた。杉山は、喜楽のところへ信者を取られていたので、なんとかたたきつぶしてやろうと巡査を説きつけてやってきたのであった。喜楽は三四年前は父の祈祷を頼むために高島ふみの教会に通っていたことがあり、杉山とも旧知の仲であった。しかしそのときに教会の受付の爺さんから、高島ふみの神がかりは偽物であることを聞いてしまっていた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月10日(旧08月20日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年3月3日 愛善世界社版193頁 八幡書店版第7輯 103頁 修補版 校定版201頁 普及版95頁 初版 ページ備考
OBC rm3716
本文のヒット件数全 3 件/久助=3
本文の文字数4828
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本文  稲の植付けも出来上がり、麦かちをしようと庭一面に麦を拡げて日光に乾かして居た。其日の十一時頃三人の男が、
『喜楽サンは在宅ですか』
と尋ねて来た。此頃は麦かちと田植とで余り参詣者も無いので、麦かちを手伝ふ積りで農夫の姿となつて、朝早くから麦を田圃から運んだり拡げたりして居たのである。其処へやつて来た三人の男は、旭村の印地と云ふ処の岩田弥太郎、射場久助、入江幸太郎であつた。
 其用向きは岩田弥太郎の妻のお藤と云ふのが、二三ケ月前から霊感者となり、一日に飯を五六升も炊いてケロリと平げ、酒の三升も欠かさずに飲み、養蚕を手伝ひ乍ら、折角大きうなつた蚕の虫を、片端から抓んで喰べると云ふ厄介な者である。然し乍ら、
『此方は白木大明神だ』
と云つて、妙な目を剥いて色々な指図をする。種々の病人が此お藤の祈祷や指図した薬によつて誰も彼も全快するので、それが評判となつて朝から晩まで小さい家の中に、参詣人がつまつて居たのである。其隣村に黒髪大明神と云ふ、稲荷を祀つた教会があつて、其お台サンと云ふのが五十計りの婆アサンであつた。其婆アサンが、岩田藤が山子を始めて人を誑らかすとか云つて交番へ届けたので、巡査がやつて来て、
『許可なしに貴様の内へ人を寄せたり薬の指図をしたりする事はならぬ』
と八釜しく云つて来る。されども岩田藤は霊感者の事とて、誰が何といつても聞き入れず、ドシドシと託宣をしたり祈祷をしたり、薬の指図をやつて居る。さうして相変らず毎日大酒を飲み、大飯を食ひ、折角巣につきかけた蚕の虫まで片端から掴んで喰ふので、三人の男が何とかして鎮めて貰ひ度いと相談の結果、田植が済んだ其休日を利用して喜楽を頼みに来たのであつた。
 喜楽は直に神主の小末に命じて、印地の岩田お藤の家や容姿を透視せしめた。其結果其家の瓦葺である事、畳数が何枚ある事、蚕の棚が何枚並んで居る事、お藤の顔に痘痕のある事、家の少し横に氏神の社がある事、裏の方には五六間幅の水の無い川があつて其両方の堤に竹藪のある事等をスツカリ透視して了ひ、三人に其由を告げると、三人は互に顔を見合はせ、
『如何にも其通りで御座います。神様は実に尊いもので御座いますなア』
と感嘆して居た。そこで喜楽は三人の頼みを容れ、神主の小末を従へ五人連れで、昼飯を済ませ炎天の夏の日を浴び乍ら、吉田、小林、小川、川関、八木の大橋を越え、其日の三時頃漸くにして岩田藤の宅に着いたのである。
 行つて見れば数十人の参詣人が座敷に坐つて居た。岩田藤は門口に出で迎へ夫の弥太郎に向ひ小声で、
『弥太やん、喜楽サンは居やはりましたか』
と尋ねて居る。弥太郎は喜楽から、
『留守だつたと云へ、さうして神懸りが俺を喜楽だと云ふ事を知つてるか如何かを調べる必要があるから途中で小林の人が拝んで貰ひに来られたのだと云ふが宜い』
と教へられて居たから、弥太郎は故意と恍けて、
弥太『折角行つて来たけれど、喜楽の先生は留守だつた。エー、仕方がない』
と力なげに首を頷垂れて見せた。お藤は喜楽の八の字髭を見て巡査と思ふたか、小声で、
お藤『弥太ヤン、あの人は巡査ぢやないかい』
と心配さうに尋ねて居る。弥太郎は、
弥太郎『いや、あのお方は小林の井筒屋に泊つて御座る段通屋サンで、俺がお前の神懸りの話をしたら大変賛成して、俺も一つ商売上の事や身体の病気の事を伺つて貰ひ度いと云つて跟いて御座つたのだ。さうしてあの独眼の太い女サンは井筒屋の女中サンだ』
と甘く胡魔化して居る。お藤は別に疑ひもせず、
お藤『アーさうかい。そんなら之から神様にお願ひします』
と云ひ乍ら、御神殿に向つて拍手し、片言交りに神言を奏上し始めた。神言の半分あまり進んだ頃から俄に声がかすり出し、『ガアガア』と鶩の様な言霊の調子になつて来た。喜楽は、
喜楽『何と言霊の濁つた女だ。大方狸が憑いて居るのだらう』
と思ひ乍ら、大勢の中へ紛れて小末に彼の守護神を透視させ乍ら、素知らぬ顔して控へて居た。祝詞が終るとお藤は『キリキリキリ』と大きな歯ぎしりをし、団栗の様な目を剥いて、時々舌をチヨロチヨロ出し乍ら、クレリと神壇を後にし、参詣人の方へ向き直つた。誰が見ても人間の顔とは見えない、狸其の儘の面相になつて居る。お藤は自分の姿を見て俄に態度を改め、両手をついて、
お藤『これはこれは喜楽先生で御座いましたか、私は稲荷山の一の峰に守護致す白木大明神で御座います。今日は麦かちをなさるお考へで御忙しうして御座る中へ、弥太郎外両人がお邪魔を致しまして偉い御馳走に預かりました。能うまあお越し下さいました。私は弥太郎の後について貴方のお宅迄参りました。それ故小林の井筒屋で御休息の時、私を審神する為めに弥太郎にいろいろ仰有つた事も、チヤンと聞いて居ります。何卒私に神名を下さいまして、神界の御用が出来ます様に、大神様にお取次をお願ひします』
とキリキリキリと又もや猛烈な歯ぎしりをする。数十人の参詣者はお藤と喜楽に視線を集中し、息をこらして見詰て居た。小末は、
『ウン!』
と一声飛び上がると共に、忽ち帰神状態になつて了ひ、
小末『其方は稲荷山の眷族白木明神と申して居るが、真赤な詐りであらうがな』
お藤『いえいえ決して嘘は申さぬ。稲荷山の白木明神に間違ひは御座りませぬ。とつくりと調べて下されよ』
と切口上になつて力んで居る。
小末『詐りを申すな。其方は能勢妙見の新滝に守護致す、四郎右衛門と申す狸であらうがな』
と目星を指されてお藤の憑霊は閉口し、
お藤『ハイ、もう斯うなる上は仕方が御座いませぬ。何卒私に何とか名を下さいまして、人助けをさせて下さいませ。何も彼も白状致しますが、実は私は丹波の国多紀の郡○○村○○教会に守護致す、四十八匹の狸の親分で御座いましたが、喜楽先生の前ではチツと申し上げかねる事なれども、斯うなれば仕方がありませぬ。何も彼も白状致します。私は御存じの通り四郎右衛門と申す狸で御座いますが、大勢の人間に憑つて色々の病を起させ、医者の薬を服ませて試験を致しました。それ故此病気には此薬が利くと云ふ事をよく知つて居ます。霊界の医者にならうと思つて、沢山の人の身体を稽古に使ひ、人間の生命を二人まで過つてとつて了ひました。其罪によつて○○教会の守護神の役を剥奪され、只今は悲しき浪人の身の上、誰かよき台があれば憑つて人を助け、自分の罪を亡ぼし神界へお詫びを致さうと、良い神懸りの台を考へて探して居る中、此お藤の肉体が石炭山へ石割りに行つて酒に食ひ酔ひ、山にぶつ倒れて居た其隙を狙ひすまして、とりつきました。此肉体を使ふて一つ思惑を立てようと思ひますから、何卒私に名をお与へ下され。又お藤の肉体にも、それ相当の役目を仰付けて下されまする様にお願ひ致します』
と四郎右衛門狸は自分の懺悔話を諄々と述べ立て、顔一面に涙を漲らし両手をついて頼み込む。何とはなしに喜楽も可哀相な気がして来た。
喜楽『お前サンは今二人の人を過つて殺したと云つたが、それは何と云ふ人だ。差支がなければ聞かして貰ひ度いものだ』
四郎狸『ハイ、仕方がありません、何も彼も白状しますが、○○教会の教導職お鶴サンと云ふ女教師の腹に這入り、種々と病気の試験中到頭お鶴サンは死んで了ひました。それから外に、も一人、これは小さい子供で御座いました。先生様のお身の上に関係のない事ですから、此人の名だけは御免を蒙りませう』
喜楽『○○教会のお鶴サンは俺の従妹であつて叔父の女房だ。それをお前は知つて居るのだらうなア』
四郎狸『ハイ、それだから貴方に神界にお詫をして頂き、罪を許されて天晴れ元の神の座へ復らして貰ひ度いので、態々弥太郎や久助サン、幸太郎サンを先生のお宅に頼みにやつたので御座います。改心の証に今此処で証拠を見せます』
と云ふより早く、コンコンと二回ばかり大きな咳をした。其機に真白毛の毛玉が飛んで出た。よくよく見れば其毛玉は自由自在に動いて居る。風が当つて動くのではなからうかと思ひ、直に硝子蓋のしてある箱の中へ入れて見たが、毛玉は矢張り左右へ自由自在に動いて居る。大勢の者が寄つて集つて毛玉を不思議相に眺めて居る。四郎右衛門狸は口を尖らし、
四郎狸『早く白粉を其毛玉にふりかけて下され。弱ります』
と嘆願してる。お藤の使ふ白粉を弥太郎が探し出して、白い毛玉にブツかけてやつた。毛玉は硝子箱の中心に坐を占め、幾万とも知れぬ細い毛を前後左右に動かして居た。
 其夜は射場久助の家に泊めて貰ひ、岩田藤に修斎を与へ、二人連れ立つて穴太へ帰つて見ると、四五人の修業者を巡査がやつて来て交番所へ引張つて去のうとしてる処であつた。さうして御嶽教の太元教会の杉山某と云ふ男が其処に立つて居る。喜楽は巡査と杉山に向つて種々と霊学上の議論を闘はし、漸く巡査は納得して無事に帰つて行つた。
 此杉山と云ふ男は元は金岐の隠亡であつて、村の戸長を勤めて居た男であつたが、明治十六年の旱魃で、御嶽教の山下と云ふ行者が、亀岡の余部へやつて来て雨乞をして、雨を降らすと二週間の断食を河原の中でやつた。けれども雨はあまり足りになる程降らなかつたが、二週間の上りにバラバラと降つてきたのは事実である。其時に、余部の或家の女房で、高島おふみと云ふ若い女が、山下某の神徳に感じ、毎晩川へ行つて水行をやつて居ると何時の間にやら体が震ひ出し、
『此方は稲荷大明神だ!』
と喋り出した。それから余部のお稲荷サンと云つて、四方八方から参詣する者が出来て来た。其時に参拝したのが杉山藤五郎と云ふ男であつた。此男は相当に学問もあり財産もあり、人格もあまり悪くない。何時も高島ふみの教会へ通ふて受付等をやつて居たが、知らぬ間に妙な仲となつたのを、ふみの夫が嗅つけ、
『ド狐もつて出て行きさらせ』
と一言の許に放り出され、二人はそれより天下晴れての夫婦気取りで、同じ余部の町へ宏大な家を借り、そこへ稲荷サンを祀つて附近の信者を集めて居た。然るに今度喜楽が、あまり遠からぬ穴太で伺ひや祈祷をやり出したので、此教会へうつつを抜かして通ふて居た信者が残らず穴太へ集まるので、何とかして叩き潰してやらうと考へ、駐在所の巡査を説きつけてやつて来たものである。
 喜楽も三四年以前から父が病気なので、祈祷して貰つたり伺つて貰ふ為めに高島ふみの教会へチヨコチヨコ通ひ、杉山とは余程懇意になつて居たのである。けれども杉山は高島ふみに唆されて、穴太の喜楽を何処かへやつてやらうと企んで来たのであつた。余部の太元教会には服部某と云ふ男が受付をして居た。明治二十九年の春の事であつた。春季大祭が行はれると云ふので早うから参拝して見ると、服部某が只一人、玄関口に酒をチヨビリチヨビリ飲み乍ら控へて居た。一見して五十七八か六十二三位に見える爺サンである。喜楽は、
喜楽『服部サン、お早う。今日はお祭りぢやさうで参拝しました』
と云ふと、服部は目をちらつかせ乍ら、
服部『あゝ喜楽サンか、ま一杯やりなさい。此処の祭は午後一時と云ふのだが、皆遠い所から参るので如何しても四時頃にならぬと始まらぬ。杉山サンも高島おふみサンも朝早うから世話方の家へ奔走に行つたので留守だが、稲荷サンも宜い加減なものだぜ。……喜楽サン、お前サンも宜い加減に目を醒ましたら如何だ。尻に狐の尻尾を結びつけて羽織の裏からチヨイチヨイ出し、本当の稲荷サンが憑つて来られた様に誤魔化すので、本気に拝む気になりはせないわ。阿呆らしい、朝から晩まで椀給でこき使はれて堪つたものぢやない。お神酒だといつて一升買ふて置きやがつたから、お神酒徳利に水を入れて、酒は此通り俺が飲んで居るのだ』
と何から何まで秘密を素破抜いて居る。喜楽は、
 ……マサカそんな事はあるまい。服部奴が不平のあまりこんな中傷讒誣をするのだらう……と思ひ乍ら、弁当を出して食ひ祭典の時の至るのを待つて居た。
(大正一一・一〇・一〇 旧八・二〇 北村隆光録)
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