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文献名1霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
文献名2第2篇 貞烈亀鑑よみ(新仮名遣い)ていれつきかん
文献名3第12章 鬼の恋〔1375〕よみ(新仮名遣い)おにのこい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-03-09 17:14:34
あらすじ鬼春別は剣のつかを握って久米彦を叱責した。久米彦は、女を追い出せと言うなら辞職する、と売り言葉に買い言葉になった。カルナ姫は、久米彦が軍籍にいるから自分は気に入ったのだが、辞職するなら鬼春別に仕えることにする、と発言した。鬼春別も、久米彦が辞職したら自分が一人で軍隊を統率しなければならなくなるから、利発なカルナ姫を副将軍にそればいい、と勝手な理屈をひねって、カルナ姫を自分のものにしようと野心を起こしだした。久米彦はあわてて、行きがかり上そう言っただけで辞職するつもりはない、と言い改めた。鬼春別はむっとして、自分は上官の権利で久米彦を免職し、カルナ姫を副将軍にすると言い張った。二人がにらみ合っていると、鬼春別の副官・スパールが一人の美人を連れて鬼春別に献上しに来た。女の顔を見ると、カルナ姫に勝る美人である。これはヒルナ姫が、やはりカルナ姫と同じ作戦でわざとバラモン軍に捕らえられたのであった。鬼春別はこれを見て久米彦との矛を収め、ヒルナ姫を自分のテントに連れてこさせた。ヒルナ姫はわざと隣のテントに聞こえるように、自分はビク国の豪農の娘で、カルナ姫は侍女だということを歌ってきかせた。鬼春別がヒルナ姫とのろけていると、久米彦がやってきた。久米彦は、カルナ姫がヒルナ姫の侍女だと聞いて、ヒルナ姫が鬼春別の妻となったら、自分はその侍女をめとったというkとおが面白くなく、談判に来たのであった。ヒルナ姫はバラモン軍を内部から瓦解させようとという作戦だから、久米彦にも秋波を送り、気を持たせた。ついに鬼春別と久米彦は言い争いになり、互いに刀を抜いて切り合いを始めた。様子を聞いて驚いたカルナ姫が鬼春別のテントに飛んできたが、ハルナ姫は目で合図をした。二人はわざと、恐そうにテントの隅で震えている。副官たちはテントに戻ってくると二人の将軍が刀を抜いて切り合いをしているので驚いて中に割って入り、二人をいさめた。鬼春別と久米彦は潮時と剣をさやにおさめて腰を下ろした。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年02月13日(旧12月28日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月8日 愛善世界社版123頁 八幡書店版第9輯 548頁 修補版 校定版128頁 普及版62頁 初版 ページ備考
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本文  鬼春別は厳然として姿勢を整へ、佩剣の柄を左手に握り、蠑螈が立上つたやうなスタイルで、
『久米彦殿、陣中に女を引入れる事は、軍律の上から見ても許す可らざる所で厶る。何故斯の如き美人を陣中に引よせ、軍務を忘れ、狂態を演じらるるか』
久米彦『ハイ、拙者が軍律に反き、女を引入れたと云つてお咎めになるならば、是非は厶いませぬ。只今限り責任を帯びて辞職を仕ります』
 鬼春別は久米彦将軍に今辞職されては大変だと心に驚き乍らも、平然として、
鬼春別『貴殿が辞職が望みとあらば、辞職を許してもやらう、併し乍ら今日は許す事は罷りなりませぬ。一時も早く此女を追出しめされ』
久米彦『此女を追出す位ならば、只今限りお暇を頂きませう』
 カルナ姫は二人の中に葛藤を起さしめ、バラモン軍を根底から攪乱するは此時と、心中に画策を定め、
カルナ姫『これはこれは、勇壮な活溌な、凛々しき男らしき、最敬愛する、音に名高き英雄豪傑、其御威勢は日月の如き鬼春別将軍様、初めて御目にかかりまする。女の身として陣中に入り来る事は、軍律上不都合かは存じませぬが、妾は決して自ら望んで陣中を御訪問申したのでは厶いませぬ。ビクトル山の神王の森へ参拝せむと、一人のお友達と共に来る折しも、貴方の部下に出会ひ、路傍に蹴り倒され、目を眩かしてゐました。実に無残な武士もあるもので厶います。そこへエミシ、マルタの士官様が御通り遊ばし、妾を助けて此処へ送り届て下さいました。其御親切は決して忘れは致しませぬ。之も全く将軍様の日頃の御訓練と御統率の宜しきを得たるが為で厶いませう。妾が救はれましたのは、全く鬼春別将軍の御余光と感謝致して居ります。何卒々々仁慈の御心を以て、此陣営に静養さして下さいますれば、お肩も揉みまするし、御飯も焚かして貰ひます。如何に軍律厳しき陣中なればとて、三軍を指揮遊ばす将軍様に、女がなくては不都合で厶いませう。一兵卒ならばいざ知らず、苟も尊貴の身を以て、仮令軍中とはいへ独身生活とは恐れ入つた事で厶います』
 鬼春別はカルナ姫の阿諛諂侫の言葉を真に受けて、俄に態度を一変し、閻魔顔は忽ち地蔵顔と変じて了つた。そして言葉やさしく、カルナに向ひ、
鬼春別『成程、其方の云はるる通りだ。久米彦将軍は辞職を致すと云ふなり、さすれば拙者は只一人、此軍隊を統率するには、最不便を感ずる次第だ。其方は察する所、高等教育を受けてる様だから、女だつて将軍が勤まらない筈はあるまい。只今より久米彦将軍の後を襲はしめ、女将軍として任ずるであらう。伊邪那岐大神は黄泉比良坂の戦ひに、松竹梅の女将軍を使はし、大勝利を得られた例しもある。女房としておくのは軍律に反くかは知らねども、将軍として相並び軍機に尽すは軍律違反でもない』
と勝手な理窟を捻り出し、カルナ姫を自分のものにせむと早くも野心を起し出した。
カルナ姫『ハイ、有難う厶います。妾は久米彦将軍様が、軍籍に将軍としてゐられるのが大変気に入りましたので、実の所は仮情約を締結致しましたなれど、女に心を奪はれ、千騎一騎の場合に、将軍職を辞するといふやうな腰の弱いハイカラ男子にはホトホト愛想が尽きまして厶います。何卒鬼春別将軍様、憐れな女で厶いますから何卒々々可愛がつて頂きたう厶います。其代り妾はあらむ限りのベストを尽し、其任務を恥しめない考へで厶います』
 久米彦は慌てカルナ姫の口に手をあてる様な風で、
久米彦『イヤイヤ、カルナ殿、決して拙者は辞職は致さぬ。御安心なされ、鬼春別将軍が余り拙者の恋愛を干渉なさるものだから、つひ言ひ上りになつて、辞職を致すと申したのだよ。ここ迄捏ね上げた地位を、さうムザムザと捨てる馬鹿者があるか、よう考へてみよ。吾々の自由意志を束縛し、圧迫せむとする者あらば、仮令上官と雖も自己保護の為に切り捨ててみせる。マアマア安心を致すがよい、かう見えても拙者は沈勇だ。ハツハハハ』
カルナ姫『ああさうで厶いましたか、それを聞いてヤツと安心致しました、然らば貴方様と夫婦たることを予約致しませう。ねえ久米彦将軍様』
 鬼春別はムツとした顔で又もや怒り出し、
鬼春別『いかに久米彦将軍が軍職に止まらむと致す共、総司令官たる某が承諾致さぬ限りは駄目だ。一旦武士の口から辞職を申出た以上は、ヨモヤ撤回することは出来まい、それでは男子とは申されぬ。覆水は盆に返らず、吐いた唾は呑めない道理、鬼春別は断然と久米彦が職を解き、カルナ姫を以て副将軍と致すに仍つて、久米彦殿、剣を投出し、軍服を着替へて、早々に此場を退却めされ』
久米彦『これは又理不尽な、何咎あつて、大黒主より任命されたる拙者の将軍職を褫奪せんとなさるるか、チツとは僣越で厶らうぞや。そんな乱暴な御命令には、久米彦断じて服従仕りませぬ』
と声を尖らし抗弁した。
鬼春別『何と云つても、上官の命令は大黒主の命令だ。グヅグヅ言はずに退却めされ。カルナ殿、如何で厶る。拙者の権威は此通り、仮令久米彦将軍たり共、只一言の下に左右する権能があるのだからなア、ワツハハハハ』
カルナ姫『成程貴方は本当に好もしい将軍様、私、貴方になれば命まで差上げます、本当に凛々しい威厳の備はつた、絶対無限の権力者で厶いますな』
 久米彦は形勢益々不良と見て、焼糞になり鬼春別を睨つけ、刀の柄に手をかけて、只一打に斬り倒し、一層の事、自分が総指揮官とならむかと決心して、隙を狙つてゐる。鬼春別も久米彦の様子の只ならざるに心を許さず、寄らば斬らむと柄に手をかけ、互に阿吽の息を凝らして、山門の仁王の如くつつ立つてゐる。カルナは此態を見て、
カルナ姫『ホホホ、何とマア御両人様の凛々しいお姿、どちらを見ても、花あやめ、甲を取らうか、乙を取らうか、花と花、月と月、揃ひも揃うた立派なお方だ事、あああ体が二つあつたなら、一つは鬼春別将軍様に従ひ、一つは久米彦将軍様に仕へるのだに、儘ならぬ浮世だなア』
 鬼春別、久米彦はカルナの美貌にゾツコン心を盪かしてゐた。カルナの精神を測りかね、仁王立になつた儘、眼計りキヨロつかせてゐる。そこへワイワイとどよめき乍ら一人の美人を舁いてやつて来たのは鬼春別の副官スパールであつた。
スパール『モシ鬼春別様、陣中に於て斯様な美人を手に入れました、どうか貴方の御用に立ちますればと存じ、ワザワザ伴れて帰りました。城内の戦ひは味方の大勝利、最早後顧の患は厶いませぬ。何卒此女をトツクリお調べ遊ばして、よきに御処分を願ひます』
と慇懃に述べた。鬼春別は此声にハツとして、女の面を見れば、カルナ姫に優る数等の美人である。そして何とはなしに気品高く、潤ひのある黒い目、如何なる男子も悩殺する程の魅力が備はつてゐた、鬼春別は久米彦との争ひをスツカリ忘れて了ひ、
鬼春別『スパール、其方は愛い奴だ、ここは久米彦の居間だ、此方の居間へ此女を通せ』
と言ひ乍ら先に立つて自分のテントに帰り、胡座をかいてニコニコして居る。スパールは美人を伴なひ、鬼春別の前に手を仕へ、
スパール『君の御命令に依り、城内を指て攻め行く折しも、吾部下のシヤム、某が計画通りよく遵奉して、刹帝利を始め左守司其他の勇将を生捕に致しました。最早戦ひは大勝利、御安心なさいませ。然るに、これなる女、ビクトル山の神王の宮へ参拝の途中、癪気を起し路上に倒れて居りました故、救ひ上げて御前へ伴ひ参りました。どうぞ可愛がつておやり下さいませ』
 鬼春別はニコニコし乍ら、
鬼春別『ウーン、よく伴れて来た、褒美は後より遣はす。汝は之より陣営に向ひ、十分の注意を払つて、違算なき様に致すがよからう』
 スパールは『ハイ』と答へて、後振返り振返り、出でて行く。
 此女はヒルナ姫である。
ヒルナ姫『これはこれは将軍様、始めてお目にかかりまする。妾はスパール様の仰せの如く、神王の森へ参拝の途中癪気を起し、命危き所を助けられた者で厶います。バラモンの軍人といふものは実に仁慈深い方計りですなア。之も全く貴方様の御訓練宜しきの致す所と感謝致します。要するに妾の命を助けて下さつたのは貴方様で厶います。貴方様は妾の為には命の親さま、不束な者なれど、どうぞ何なりと御用をさして頂ければ有難う存じます』
 鬼春別は満面に笑を湛へ、ニコニコし乍ら、
鬼春別『ウン、ヨシヨシ、汝は之から此方の側近く仕へて、某が顧問となり、内助の労を執つて下され』
 ヒルナ姫は、
ヒルナ姫『将軍様有難う厶います』
と鬼春別の手をワザと固く握り、鬚武者の頬に、白き柔かき頬をピタリとあてた。
 鬼春別はグデングデンになり、背筋の骨迄ぬかれたやうな調子で姫の膝を枕にし、ゴロンと横たはり、
鬼春別『鬼春別の将軍は  神力無双の大勇士
 神の御言を蒙りて  音に名高きエルサレム
 黄金山へと攻めのぼる  其行がけの副事業
 ビクトリヤ城をば占領して  刹帝利始め其后妃
 左守右守は云ふも更  百の軍や司人
 皆悉く斬りなびけ  戦は予定の大勝利
 帷幕の中に画策を  めぐらしゐたる折もあれ
 木花姫か棚機の  姫の命にまがふなる
 古今無双の美人の其方  媚びを呈してやつて来る
 仁義の軍に敵はない  吾名声に憬れて
 やつて来たのはバラモンの  神の命の御たまもの
 ホンに愉快な事だなア  隣に陣取る久米彦は
 カルナの姫とか云ふナイス  側に近付け脂さがり
 現をぬかす不態さよ  軍律厳しき中なれど
 女に目のない久米彦は  ドン栗眼を細うして
 此上なき者と慈み  恥しげもなくデレてゐる
 カルナの姫に比ぶれば  天と地との相違ある
 古今無双のヒルナ姫  どこの娘か知らね共
 気品の高い此ナイス  鬼春別が枕辺に
 朝な夕なに侍らして  久米彦将軍に見せたいものだ
 ああ面白い面白い  男と生れた其甲斐にや
 こんなナイスを一夜でも  宿の妻よと愛しつつ
 楽しく嬉しく此世をば  渡つて見たいものだなア
 アハハハハ、アハハハハ  コリヤコリヤ久米彦将軍よ
 俺の腕前此通り  女房の容貌を比べようか
 霊相応といふ事は  ヤツパリこんな時に現はれる
 烏は烏鷺は鷺  権威の強い男には
 格別綺麗な女房がつき添ふものだ  神の教にウソはない
 ホンに愉快な事だなア  ヒルナの姫の膝枕
 こんな所を久米彦が  一目見たならさぞや嘸
 妙な面してさがるだろ  イヒヒヒヒ、イヒヒヒヒ』
と止め度もなく涎を流し、ヒルナ姫の小袖を通して、柔かい太腿をぬらした。ヒルナ姫は、
ヒルナ姫『アレまあ、何だか温たかいと思つたら、将軍様の涎だわ、ホホホホ』
鬼春別『オイ、ヒルナ、貴様も一つ歌つたら何うだ。戦争も大方カタがついたなり、最早殺伐の空気も一掃されるに間もなからうから、其方と楽しく仮のホームを造つて、陣中の花と謡はれる気はないか』
ヒルナ姫『ハイ、御勿体ない其お言葉、不束な妾、どうぞ可愛がつてやつて下さいませ、左様ならば不調法乍ら歌はして頂きませう』
と鈴のやうな声で、隣の久米彦やカルナ姫に聞えよがしに、比較的透き通る声で歌ひ出した。
ヒルナ姫『私の生れはビクの国  キールの里の豪農で
 骨姓は賤しき首陀の家  数多の下僕にかしづかれ
 今日は花見よ明日は又  月見の酒と四方八方の
 山野に遊び贅沢の  限りを尽しゐたりしが
 妾の侍女のカルナ姫  引伴れまして神王の
 森に参拝せむものと  スタスタ進み来る折
 殺風景な軍人  槍や剣を抜きかざし
 雲霞の如く進み来る  其権幕の恐しさ
 身を逃れむといら立ちて  侍女に別れてマチマチに
 逍ひゐたる折もあれ  俄に起る癪病
 命たえむとする時に  情も深きスパールさま
 妾を助け親切に  労はり乍ら将軍の
 御前に送らせ玉ひける  ああ惟神々々
 盤古神王自在天  神々様の御恵
 惜き命を助けられ  今又名望いや高き
 バラモン軍の総指揮官  鬼春別の将軍が
 尊き陣営に運ばれて  思ひもよらぬ御寵愛
 蒙る妾の身の冥加  旭は照る共曇る共
 月は盈つとも虧くるとも  仮令天地はかへる共
 月おち星は失するとも  此大恩はいつの世か
 忘れませうぞバラモンの  軍の君よ妾をば
 いや永久に慈しみ  汝が御側に朝夕に
 使はせ玉へ惟神  神かけ念じ奉る
 ああ惟神々々  御霊幸倍ましませよ』
と歌ひ了はり、
ヒルナ姫『将軍様、何分無教育の妾、歌なんか詠めませぬ、何卒これでこらへて下さい』
鬼春別『アハハハハ、てもさても立派なものだ。久米彦が命の親と頼んでゐるカルナに比ぶれば、器量と云ひ、学識の程度と云ひ、犯す可らざる気品と云ひ、年頃と云ひ、着物の着こなしと云ひ、肌の艶、可愛らしい手足、瑪瑙のやうな爪の色、どこに点のうつ所のない、最奥天国の天人も跣で逃げるやうな天下無二のナイスだ、アハハハハ』
とワザと高声にて久米彦将軍にヘケラかしてやらうと呶鳴り立ててゐる。
ヒルナ姫『ホホホホ、妾のやうな醜女を、さうお賞め下さいますと何だかクスぐつたいやうな心持が致しますワ。将軍様、貴方は今妾をその様に寵愛して下さいますが、又外の美しき美人が現はれた時には、キツと妾をお捨て遊ばすので厶いませう。それを思ふと何だか恨めしうなつて参りましたワ』
鬼春別『ハハハハ、さすがは女だ。何でもない事に取越苦労を致すものでない、其方の為なら命でもやらうといふ決心だ』
ヒルナ姫『ホホホホ何とマア辞令のお上手なお方、もし妾が今命を下さいと言つたら、すぐに臂鉄をくはすクセに、貴方は男に似合ず愛嬌のよい事を仰有いますね。流石は敏腕なる外交家丈あつて、仰有ることが垢抜が致して居りますよ、ホホホホ』
鬼春別『アハハハハハ』
と悦に入つてゐる。そこへ久米彦はヌツと顔を出し、
久米彦『将軍殿、其狂態は何のザマで厶るか、軍紀を何と心得めさる。拙者の目にとまつた以上は、最早了簡は致しませぬぞや』
鬼春別『アハハハハ、オイ久米彦、何だ其スタイルは、肩まで四角にして、何を気張つてるのだ、陣中は相身互だ、チツと気を利かさぬかい』
久米彦『将軍に一寸談判があつて伺ひました。確り聞いて頂き度い』
鬼春別『アハハハハ、戦も大方済んだのだから、さう固くなるものだない。それより早く帰つて、カルナ姫に肩でも揉んで貰うたがよからうぞ』
 ヒルナ姫は久米彦将軍の面体をツラツラ眺めて、笑を湛へ、
ヒルナ姫『貴方様はバラモン軍中に於て驍名かくれなき久米彦将軍様で厶いましたか、これはこれは失礼を致しました。妾の侍女が御世話になつた相で厶います。有難う、御懇情の程侍女に代つて、主人の妾が御礼を申上げます』
 久米彦は自分の折角手に入れたカルナ姫が、ヒルナ姫に比して美人ではあるが、どこともなしに劣つてゐること、及第一癪に障るのは、鬼春別将軍が妻となさむとするヒルナ姫の侍女だといふ事を聞いたので、何だか自分の声望を傷つけられたやうな気分が仕出し、且鬼春別の妻の侍女を女房にしたとあつては、世間の聞えも面白くない、同じ事なら、何とか云つて理窟をつけ、とつ換へつこをしてやらうと、虫のよい考へでやつて来たのである。ヒルナ姫は明敏な頭脳に早くも、久米彦の心中を洞察した。何とかして両将軍の間に隙を生ぜしめ、バラモン軍を内部から破壊せむと思ふ心はカルナ姫同様である。ヒルナはワザと体をシヨナ シヨナさせ乍ら、久米彦の側にツツと寄り、固い手を餅のやうな手でグツと握り、二三遍揺つて、妙な視線を向け乍ら、ワザとに頬を赤らめ、
ヒルナ姫『ああお恥しう厶います』
と意味ありげに顔をかくす。久米彦は益々悦に入り、顔の相好を崩して、
久米彦『エヘヘヘヘ、これはこれはヒルナ姫どの、貴女は鬼春別将軍様と、既に業に情約を締結なさつた事は、隣室に於て、御両所の御歌に仍つて確め得ました。どうぞ肚の悪い、おだてないやうにして下さいな』
ヒルナ姫『ホホホホ仰の如く、恥かし乍ら情約は結びましたが、まだ予定で厶います。其次は内定、次に確定と、順序が厶いますから、予定内定の間は何うとも融通のつくもので厶います。ラブは神聖で厶いますから、到底権力や美貌や、金銭や圧迫、又法律などで定めらるべきものでは厶いませぬ。さうでなくつてはコンヂーニアル・ラブが完全に成立ませぬからねえ。結婚問題は人生一代の大切な事で厶いますから、本当のディヴァイン・ラブでなければ、末が遂げられませぬから、夫を定むるのは互の自由で厶いますからねえ』
 久米彦は既にヒルナ姫が自分に秋波をよせたものと早合点し、色男気取になつて面の紐迄解いてゐる、之に反して鬼春別は顔面忽ち緊張し、眉をつり上げ、顔に殺気を帯びて来た。
鬼春別『久米彦殿、ここは拙者の居間で厶る。貴方は自分の居間へ帰つて軍務に鞅掌なされ、不都合で厶るぞツ』
久米彦『ヘヘヘヘ、拙者が参りますと、定めて不都合で厶いませう。然らば吾居間へさがりませう。アイヤ、ヒルナ殿、拙者に跟いてお越し遊ばせ、貴女の侍女が待つて居りますよ』
ヒルナ姫『ホホホホ、妙な事を仰有いますね、侍女を主人から訪問するといふ道理がどこに厶いませう。カルナ姫の方から妾の御機嫌伺ひに来る筈だ厶いませぬか。どうぞカルナにさう仰有つて下さいませ』
久米彦『成程、姫様のお言葉には条理が立つて居ります。然らばカルナ姫を伺はせます、一寸待つてゐて下さい』
鬼春別『汚らはしい、カルナの如き女を拙者の居間へ伴れ来る事は罷り成らぬ……ヒルナ其方は何と思ふか』
ヒルナ姫『将軍様の仰の通り、斯様な尊きお居間へ、侍女などを侍らすは畏れ多う厶います』
 鬼春別は顔色を和げ、稍得意となつて、
鬼春別『ああさうだらう、ヒルナの言ふ通りだ、流石は才媛だ。そして侍女と情約を締結する如き下劣な人格者は吾居間に来るべきものではない、トツトと帰つたがよからう久米彦、これに違背はあるまいな、アハハハハ』
久米彦『これは怪しからぬ。貴方のお説では公私混淆といふもの、貴方も将軍ならば拙者も将軍、軍務上の打ち合せも時々致さねばならず、又吾々は将軍としてお居間をお訪ね申したもの、決して一個人の資格だ厶らぬぞ』
鬼春別『其方は弁舌を以て、此場を糊塗せむと致せ共、左様な事に巻込まれるやうな迂愚者では厶らぬ。サ、速にお立ちめされ、拙者のラブの妨害になり申す』
 久米彦は軍刀をヒラリと抜いて、矢庭に鬼春別に斬りつけた。鬼春別はヒラリと体をかはし傍の軍刀取るより早く又もやスラリと引抜き、カチヤカチヤと刃を合せ火花を散らし、数十合に及んだ。されど何れも手利きと手利き、竜虎の争ひ、何時果つべしとも見えなかつた。此物音に驚いて、カルナ姫はヒルナ姫の身の上を気づかひ、慌ただしく飛んで来た。ヒルナはカルナの顔を見るより、目を以て合図をし、……キツと仲に這入るな……といふ意味を牒した、そして二人の美人はワザと怖相に室の隅に机をかぶつて慄うてゐる、そして……何方か一人が……早くやられたら都合が好いがと、心の中に念じてゐた。
 斯かる所へ、スパール、エミシの両人は帰り来り、此態を見て驚き、二人は中にわつて入り、
スパール『モシ鬼春別将軍様、少時お待ち下さいませ』
エミシ『久米彦将軍様 暫く暫く』
と大手を拡げてつつ立つた。これ幸と両人は剣を鞘にをさめ、ハアハアと息を凝らし乍ら、俄作りの椅子に腰をおろした。
 ヒルナ姫、カルナ姫はヤツと安心したものの如く、ワザと不安な面をし乍ら、ハアハアハアと息を喘ませ、胸を撫で下ろし居たりける。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
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