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文献名1霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻
文献名2第3篇 千波万波よみ(新仮名遣い)せんぱばんぱ
文献名3第18章 船待〔1493〕よみ(新仮名遣い)ふなまち
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじスマの浜辺では、バーチル家の僕アキスとカールが水平線を眺めていた。バーチル家では、主人のバーチルと僕のアンチーが漁に出たまま三年も帰らないため、二人を死んだものとして葬儀を出していた。しかし女主人のサーベルが三日前から突然、旦那のバーチルが帰ってくるから浜に迎えに行けと僕たちに命令し始めた。二人は命令にしたがって浜に来ているが、合点がゆかず、サーベルの命令への文句やバーチル家の行く末についてあれこれ話している。そこへ酒に酔ったテクという男がやってきてアキスとカールに絡み始めた。テクはバラモン軍から金をもらって目付をやっている男であった。テクは二人をひとしきり言い争いをした後、ひょろひょろと千鳥足で港方面を指して去って行った。アキスとカールはその様子を見て笑い歌っている。するとはるか向こうの水面に船の白帆が見えだした。二人は半信半疑で近づく船を眺めて待ちあぐんでいる。白帆の形は次第に大きくなり、へさきに立っている人の影も見えるくらいに近づいてきた。二人は何とはなしに心勇み磯端に飛び回っている。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月29日(旧02月13日) 口述場所皆生温泉 浜屋 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年6月15日 愛善世界社版218頁 八幡書店版第10輯 448頁 修補版 校定版231頁 普及版87頁 初版 ページ備考
OBC rm5818
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本文  スマの浜辺の青芝草の上に胡床をかき、湖水の波を眺めて欠伸をきざみ乍ら雑談に耽つて居る二人の男があつた。此二人はバーチルが家の僕アキス、カールであつた。
アキス『おい、カール、昨日から今日で三日が間、毎日日日案山子か何かの様に湖の面ばつかり眺めて頬辺を蟆子に咬まれ、待つてるのも宜い加減のものぢやないか。まるで夢でも見て居る様だな、俺ヤもう斯んな事ア嫌になつた。さつぱりアキスだよ』
カール『何と云つても御主人が三年も行衛が分らず、何時カールか、帰らぬか分らないのだからな。奥さまがあつても主人が居らなけりや矢張アキス見たやうなものだ。然しまあアキス狙ひが出て来ぬので、まア結構だ。此頃奥さまは神経興奮して主人が帰つて来るから、迎へに行け迎へに行けと尻に火がついた様に仰有るものだから、かう来たものの、奥さまは夢でも見たのだらうかのう。本当に御夫婦仲の良いものだつたが、ああ鰥鳥となると何とはなしに淋しうなつて来てチツとは気も変になつて来やうかい。奥さまは旦那様が漁に行つたきり、番頭のアンチーを連れて、十日経つても二十日経つても姿をお見せ遊ばさないので、到頭出られた日を命日として鄭重な葬式を遊ばし、石塔までお拵へになつた位だから、もう旦那様は帰らぬと諦めて居られると思つて居つたのに、此頃は何かイソイソとして旦那様が帰つて来る帰つて来ると仰有るが本当に困つて了ふわ』
アキス『それでも今年で三年にもなるのに後添ひも入れず神妙に貞淑を守つて居なさる所は本当に見上げたものだよ。何と云つてもスマきつての財産家だから種々の男が色と欲とで言ひ寄り、初めの間は淋しからうとか、留守見舞だとか云つて出入りする罪深い奴が沢山あつたが、誰も彼も皆エッパッパを喰はされて、此頃は到底駄目だと諦めて性悪男の影も見ない様になつたのは、まだしもの幸だ。併し乍ら大変な神経質ぢやないか。あの一年祭の法事を勤められた時、俺等も一緒に旦那様の石碑の前で祭典を行ひ、奥様が一生懸命に泣声を出して口説いて厶つた時は本当に側に居る俺等も涙が零れたよ。夫婦の情と云ふものは斯んなものかと感心したよ。本当に貞淑な女だなア』
カール『うん、さうさう、俺もその時には本当に涙が零れたよ。やがて三年祭が出て来るのだが、あの時の様な滑稽は今度はあるまいね。奥様が一生懸命に石塔に向つて仰有るのには、「もし、旦那様、貴方は可愛い妻子を振り棄てて私がお諫め申すのもお聞き遊ばさず、番頭と一緒に性凝りもなく殺生をしておいで遊ばした。その天罰と申しますか、何と申すか知りませぬが到頭貴方は魚の為に尊い命を奪られたぢやありませぬか。もし貴方に霊があるのなれば何とか証を見せて下さい」とそれはそれは人目も憚らずお泣き遊ばした時は本当に側に居るのも苦しい様だつた。そした所、旦那様の石塔がガタガタと動き出した。俺は吃驚して魂が宙を飛ぶ様になつて居た。それでも奥様は泰然自若たるもので、「旦那様、貴方は石塔になつてからも私の事を思ふて下さいますと見えまして、只今石塔がお動き遊ばしたのは、全く性念がお在りになるので厶いませう。何卒一言女房と云つて下さい。お願ひで厶います」と泣いて口説かれた時は本当に気の毒で堪らなかつたぢやないか。後から考へて見れば石塔が動いたのは丁度その時、地震があつたのだ。あの時、ケルの家もタク公の家もメチヤメチヤに壊されて了つたぢやないか。その時は本当に旦那様の石塔が動いたのかと思つて、どれ丈け俺は肝を潰したか分らなかつたよ。後で思つて見れば実に滑稽だつたな』
アキス『うん、そんな事があつたね。然し余り気の毒で、地震で動いたのだと云ふ事も出来ず、奥様は一生懸命に矢張り石塔が奥様の誠に感じて動いたのだと信じて厶るのだから、本当にお憐いものだ。然しどうだらうな、本当に旦那様がお帰りになるのだらうか。昨日の日の暮れ頃に賊船が七八艘、向ふの方を通りキヨの港に行つたきり、漁船も通らねば船らしいものは、此方に来ないぢやないか。奥様の話によれば立派な船に乗つて沢山の人に送られて帰つて厶ると仰有るが、まるで雲を掴む様な話ぢやないか。この炎天に頭を曝されてはやりきれないわ。木の蔭でもあれば辛抱が出来るのだが、見渡す限り木一本もない此浜辺に居るのは、もうアキスだ。何処か友達の処にでも行つて悠くり休息して帰らうぢやないか』
カール『それだと云つて、もしや、ひよつと旦那様が帰られたなら、それこそ大変なお目玉を喰はねばならぬよ。あれ丈け奥様が喧しく狂人の様に仰有るのだから間違なからうと思ふよ』
『俺も何だか帰つて厶る様な気持もするなり、帰られぬ様な気もするなり、変な気になつて来た。もしや気が違ふのぢやあるまいかな。余り炎天に照らされたので頭がカンカンする様になつたのだから可怪しいものだぞ』
 斯る所へ一人の男、ヒヨロリ ヒヨロリと千鳥足に真赤な顔し乍ら歩み来り、
男『エ、ベランメー、貴様は毎日日日此暑いのに、斯んな処に屁太りやがつて、何をしてけつかるのだ。何程湖水を眺めて居つても、滅多に魚はお前の前へ跳んで来る気遣ひは無いぞ。空飛つ鳥がお前の前へパタリと落ちて来る筈もなからう。何だ、用もないのに荒男が毎日日日欠伸ばつかりしやがつて気の利かない野郎だな。此頃はチツと逆上せて居やがるのだな。お前の宅の女主人が変な事を口走るものだから、狂人が伝染しよつて、毎日日日斯んな処に烏の嚇しの様に来やがつて、何だ。措け措け、それよりも俺の所へ来て酒の一杯も飲んだ方が面白いぞ。此テクさまは朝から晩まで、バラモンさまから結構な御手当を頂戴して三五教の宣伝使や信者を探し廻つて居るのだ。何でも今日明日の中にキヨの港へ着くと云ふ事だが、其奴でも取ツ捉まへて見よ。結構な御褒美を頂いて、甘え酒が鱈腹飲めるのだ。チツと俺の宅へ出て来て酸ツぱい酒の一杯もやつて一働きする気はないか。こんな所へ屁太張つて居ても気が利かねーや』
アキス『おい、テク、貴様は毎日日日酒に酔つ払つて、どうして其金が出来るかと思つたらバラモンのスパイをやつてるのだな。それではスパイ酒でも飲める筈だ。然し人間と生れて犬の様な事はせぬものだな』
テク『何、犬とは何だ。馬鹿にするない。そんな事申すと、貴様を三五教の信者と申し立て、関所へ「恐れながら……」と密告するが如何だ』
アキス『ヘン、そんな嚇し文句を喰う様な俺かい。俺の主人はバラモン教の立派な信者だ。そこの宅に奉公してる俺だぞ。いつもバラモン教の宣伝使が何だか難かしいお教を旦那様の霊前に唱へに来て下さる位だから、そんな事云つたつて、お取り上げになるものかい』
テク『やア、そいつア失敗つた。それぢや物にならぬわ。然し乍ら貴様に云つて置くが、ひよつとしたら風の吹き廻しで此磯端へ三五教の奴が漂着するかも知れぬから、その時俺の所へソツと知らせに来て呉れ。さうすりや沢山の御褒美を戴いて、うまい酒を鱈腹飲まうと儘だからなア』
アキス『俺は酒は嫌ひだ。もとより下戸だからのう。そんな人の嫌がる事をして金を貰ひ、酒を飲んだ所が腸を腐らす許りで、何の得る所もないから、まア御免蒙つとこかい』
テク『ヘン措きやがれ。唐変木奴、酒の趣味の分らぬ数の子舌では話がないわい。馬鹿らしい、これから一つ浜辺を迂路ついてよい鳥を見つけ出して酒銭を拵へよう。まア貴様等は其処で悠くり酒甕の背を干して居るが宜からうぞ』
カール『構ふて呉れない。お金が欲しけりや奥さまに何程でも俺は頂戴するのだ。チツと貴様とは境遇が違ふのだからな』
テク『ナナナナ何だ。虎の威を借る古狐奴、主人が何程金持だつて、それが何になる。貴様はド甲斐性の無い、「ヘーヘー、ハイハイ」と首陀の家に、こき使はれ五斗米に腰を屈する卑劣な奴だ。此方は独立独歩の御主人様で十日に十人口だ。こんな大家族を支へて行く丈けの腕前があるのだからな。ヘン、チツと身魂の製造が違ふのだから、余り馬鹿にして貰ふまいかい』
アキス『アハハハハ、独身生活をし乍ら十人口の大家族だなんて、何、馬鹿吐きやがるのだ。俺だつて百日に百人口だ。十人口の家族よりも百人口の家族の方が余程世帯が大きいぞ。よい加減に酒喰ひは、ここを立去つて呉れ。熟柿臭くて鼻が曲りさうだ、八百屋店でも広げられ様ものなら堪りきれないからのう』
テク『エー、こんな没分暁漢に係り合つて居つても鐚一文にもならないわ。此テクさまも一つテクテクと其処辺中をテクツて見て、犬ぢやないが棒に当つて見ようかい。酒も酒も分らぬ奴だなア』
と悪垂れ口を吐き乍らヒヨロリ ヒヨロリ浜辺伝ひにキヨの港方面さして足許危く歩み行く。
 アキス、カールの両人はテクの後姿を見送つて、時にとつての慰みと手を拍つて笑つて居る。

アキス『テクテクとテクの棒奴がやつて来て
  グデングデンと舌を捲きつつ。

 千鳥足ヒヨロリヒヨロリと浜伝ひ
  酒の肴を漁りつつ行く』

カール『いつとてもテクの棒奴がスパイをば
  勤めてスツパイ酒を飲むなり。

 バラモンの俺はスパイと偉さうに
  法螺吹き散らしスパイ屁を放る』

アキス『待ち詫びし主人の君は帰りまさず
  家に帰りて如何に答へむ。

 あてもなき主人の君を待ち詫て
  暑さに悩む吾ぞ果敢なき』

カール『どうしても主人の君が帰りますと
  云ひきり玉ふ奥様の口。

 口ばかり帰る帰ると云つたとて
  向ふみずなる湖に影なし』

アキス『今日も亦空しく待ちし信天翁
  羽ばたきするも心曳かるる。

 鵜の様に首を傾げて待つ二人
  只風の音のみぞ聞く』

 斯く歌ふ折しも遥か向ふの水面に霞の間から小さき白帆が浮んで居るのが目についた。アキスは手を拍つて打喜び、

アキス『有難し向ふに見ゆる白帆こそ
  主人の君の御船なるらむ』

カール『船見れば主人の君と思ひ込む
  その喜びは水の泡ぞや』

アキス『今日で三日船の姿も見ざりけり
  何は兎もあれ床しくぞ思ふ』

カール『頼みなき船を眺めて吾主人
  帰りますぞと思ふ果敢なさ』

アキス『何となく心の勇み来るを見れば
  主人の君と信ぜられける』

カール『あの船にもしも主人の在しまさば
  吾身の疲れ頓に癒ゆべし。

 さり乍ら竿にて星をがらつ様な
  果敢なき夢を見る人ぞ憐れ』

アキス『何故か白帆の影は懐しく
  思はれにけり心勇みて』

カール『真帆片帆揚げて通ふ此湖は
  量り知られぬ魔の湖と聞く。

 吾々が迷ふ心を推し量り
  醜の魔神の図るなるらむ』

アキス『待ち詫びし船の姿を眺むれば
  半心は安まりにける。

 吾主人もしも居まさぬその時は
  一つの首を汝に与ふる』

カール『面白い自信の強い其言葉
  アタ邪魔臭い首を貰ふか』

アキス『此首は一生使ふ吾宝
  うかうか渡す馬鹿があらうか。

 吾主人乗ります船と知りしより
  かたき誓ひを立てしものぞや』

カール『誠ならば吾も喜び手を拍つて
  雀踊りを舞ふて見せなむ』

アキス『おひおひに近づく船の影見れば
  心楽しくなり増さり行く。

 かたい事云ふぢやなけれど彼の船は
  主人の君が屹度在します。

 もし之が違ふた時は約束の
  首をお前に渡す覚悟だ』

カール『ほんにまアお前の強い自我心に
  俺も呆れて物が云はれぬ。

 あの船にもしも主人が在しまさば
  お餅を搗いて大祝ひせむ』

アキス『村中に酒や肴に餅配り
  十日二十日と祝ひつづけむ。

 奥様が俺に確り云はしやつた
  主人の顔は望月の神』

 斯く二人は半信半疑の念に駆られ、近づき来る船を眺めて首を鶴の如く延ばして、もどかしげに待ち倦んで居る。白帆の形は次第々々に大きくなつて舳に立つて居る人の影さへ肉眼にて認め得る迄近づいて来た。二人は手をつなぎ磯端にキリキリ舞をして、何とはなしに心勇み跳び廻つて居る。空には巨鳥が一文字に羽を拡げ微風をきつて、いと鷹揚げに前後左右に自動飛行機の演習をやつて居る。
(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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