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文献名1霊界物語 第64巻上 山河草木 卯の巻上
文献名2第3篇 花笑蝶舞よみ(新仮名遣い)かしょうちょうぶ
文献名3第11章 公憤私憤〔1640〕よみ(新仮名遣い)こうふんしふん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-24 11:55:41
あらすじ
主な人物テク、トンク、ツーロ、ブラバーサ 舞台橄欖山の山頂 口述日1923(大正12)年07月12日(旧05月29日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年10月16日 愛善世界社版121頁 八幡書店版第11輯 422頁 修補版 校定版121頁 普及版62頁 初版 ページ備考
OBC rm64a11
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本文  夏風に青葉のそよぐ橄欖山の頂上に三人のアラブが立つて雑談に耽つてゐる。キドロンの谷からは白い煙のやうな雲がしづしづと橄欖山上目がけて襲うて来る。ユダヤ人の計画したシオン大学の基礎工事は殆ど落成に近付き、樵夫や大工や手伝が幾十人となく忙しげに活動を為し居たり。
 アラブはテク、トンク、ツーロと云ふ三人である。
テク『オイ、吾々は回々教のピユリタンとして朝夕忠実に神に仕へ、そして僅の賃金を貰つて異教徒の頤使に甘んじ、駱駝のやうにこき使はれてゐるのも、余り気が利かぬぢやないか。たうとうユダヤ人奴、パレスチナの本国を取返し、此聖地を吾物顔に振舞ひ、おれ達の仲間を見ると、丸で奴隷の様に虐待するだないか、朝から晩迄同じ様に働いて、ユダヤ人は一弗の俸給を貰ひ、おれ達は半弗よりくれやがらぬのだから……本当に亡国の民になりたくないものだなア』
ツーロ『何と云つても仕方がないサ。強い者の強い弱い者の弱い時節だからなア。ユダヤ人だつて、二千六百年が間、亡国の民として今迄苦んで来たのだから仕方がないよ。チツとは威張らしてやつてもよかろ。なア、トンク』
トンク『彼奴ア、世界統一を夢みてゐやがつたのだが、到頭時節が到来して神の選まれたパレスチナの本国を吾手に入れたのだから、何といつても世界の覇者だ。長い物に巻かれ……と云ふのだから、おれ達の身の安全を計らうと思へばマア辛抱するのだな。半分でも月給くれるのはまだしも得だよ、贅沢さへしなけりや、生活を続けて行けるのだからなア。さう不平を云ふものだないワ、何事も有難い有難いで暮さへすれば世の中は無事泰平だ。神様の為に働くと思へば何程月給が安くても待遇に差別があつても構はぬぢやないか。それを忍ぶのが回々教のピユリタンたる務めだからなア』
テク『何と云つても、おれは不平でたまらないワ。おれは自分一人の生活が何うだのかうだのと云つて、ソンナケチなことをボヤクのだない、アラブ一党の為に此差別的待遇を憤慨するのだ。不平にも色々の色合があつて、公憤と私憤がある。おれたちのは決して私憤ではない天下の公憤だよ』
ツーロ『何程公憤だと云つても、蚯蚓が土中でないてるよなもので、何の影響も及ぼすまい、おれ達だつてテクの言位には興奮し、大にアラブの為に気焔を吐く所迄は行かない。何事も時節だからなア』
テク『貴様はそれだから、何時迄もラクダの尻叩き計りして居らねばならぬのだ。公憤のないやうな人間は最早人間の資格がないのだ』
ツーロ『ヘン、汝のは余り公憤でもあるまいぢやないか。大体の問題が僅半弗の喰違ひから起つたのだらう、そんな所へ公憤を使つて貰つちや、公憤が落涙するだらう。抑も公憤とは社会とか団体とか、国家とか云ふ大問題に対して、自分の主張を充たすに到らない場合に起す意気の発動であつて、極めて愉快な面白い男性的気分を有したものでなくてはなるまい。自己の欲望を満たすに足りないと云つて、発動する所の感情の動作といふものは所謂私憤だ。そんな女性的気分に充たされたことを云ふと、ユダヤ人が聞いたら馬鹿にするぞ。国家社会を憂慮する念最も強しと雖も、時代は其意志を容れてくれず、感慨措く能はずして切腹する如き、或は社会を思ふの情急激にして刻苦勉励能く其用をなし、社会に尽す如き、時に自分が他人に冷笑されて大に憤慨する所あり、日夜自分の向上に勉励して、以て能く社会的立場を作る如き、此等は皆公憤に属するもので男らしい面白い不平だ。天の配剤其妙を得ず嬶の待遇其当を得ざるに憤激し、吾家を飛出し、青楼に上つて、酒と女で其不平を忘れむとする如き、又夕食の膳部がお粗末だといつて、膳を投げたり、茶碗を破壊する如き、或は自分のズボラを棚に上げ他人の賃金の多きに反感を抱き不平を起す如き、又は主人の乱倫に不平を起し、妻君が役者狂をする如き、又妻君の乱行に主人が自暴自棄となり、芸者買をなすが如き、或は世人に冷笑嘲罵されて不平のやり所なく、自宅へ帰つて、嬶の頭や窓硝子を叩きわるが如きは、皆私憤に属するものだ。それよりも怒るなら、ドツトはり込んで天地の怒りを発したら何うだ。汝のやうにホイト坊主が貰ひ酒をこぼしたやうに、あはれつぽい声を出して涙交りにボヤいてをるやうなことでどうならうかい。卑屈極まる行動だ。それだからおれ達は時勢を見るの明があるから、ここ暫くは隠忍してゐるのだ。何れ日出島から救世主が降臨になれば、上下運否のなき様桝かけ引ならして、おれ達迄も安心さして下さるのだからなア』
『実際そんな事があるだらうか。おれ達はキリストの再臨を、聖書に仍つて先祖代々から待ちあぐみ、到頭此聖地で年をよらして了つたのだが、これ丈の不公平の世の中を神様がなぜ公憤を起して、早く平等な愛の世界にして下さらぬのだらう……と私かに公憤をもらして居つたのだ』
トンク『アハヽヽヽ』
ツーロ『私かの公憤が聞いて呆れるワイ。併し乍ら天道様の不平といふのは、暴風を起し、豪雨を降らして大洪水とし、地の不平は地震を起して、山川草木を転覆させ、悪人を亡ぼし、大掃除をなさるのが、天地の公憤だ、汝の公憤とは大分違うだろ。窓硝子の一枚位壊いでみた所で、余り世界の改造も出来ぬぢやないか』
テク『一体此シオン大学とか云ふのは何をするのだらうな。又してもユダヤ人が頭をもちやげて、おれ達を圧迫する機関だあるまいか。それだとすれば、世界人類の為におれ達は節義を重んじ、仮令半日でも人足に使はれる訳には行かぬだないか、鷹は飢ても穂をつまぬといふからなア』
ツーロ『世界の所在哲学者を集めて神政成就の基礎を固めるのだ。此シオンの国は太陽の天に冲した真下に当る霊国だから、云はば時計の竜頭のやうなものだ。茲に於て世界を支配するのは最も天地の経綸上適当の場所だから、さう心配するには及ばないよ、おれ達だつて、やつぱり其恩恵に浴する時が来るのだから、辛抱せい、回々教だとか基督教だとか猶太教だとか、自分の心の中に障壁を設けてひがむから妙な不平が起るのだ。誠の神様は唯一柱よりないのだ。人間を相手にする必要はない。何事も皆神様の御経綸だからなア』
テク『それでも余りユダヤ人がイバリちらすだないか。それが俺は気にくはないのだ。チツタ不平も起らうかい』
ツーロ『ユダヤ人にも種々あつて、ポンポンぬかす奴ア、カスピンのコンマ以下の代物だよ。丁度おれ達と同じ様な境遇にゐる劣等人種が威張るのだ。あんな者を数に入れて不平をもらすやうな馬鹿があるかい。キリスト再臨の近付いた今日、そんな偏狭な心はスツカリ放擲して天空濶日月と心を斉しうする襟度にならぬか。アラブの為にいい面汚しだぞ。所は世界の中心地、エルサレムの橄欖山上に身をおき乍ら不平を云ふ奴がどこにあるかい。のうトンク』
トンク『ウン、そらさうだ。人は何事も思ひ様が肝腎だ。おれ達のやうな労働者は労働者らしくして居つたらいいのだ、紳士の真似をせうたつて、到底出来ないからな、あの紳士だつて、元は俺達と同様労働者だつたのだ、精神的労働をやるか、肉体的労働をやるか丈の違ひだ。仮令アラブでも紳士紳商となればユダヤ人を頤で使ふことが出来るからなア』
テク『俺は紳士なんか大嫌ひだ。本物の紳士は今日の世の中には一人もない。皆我利々々紳士ばかりだよ。虚偽的生活に甘んじて紳士なんて云つてる奴の面を見るとなぐり度くなつてくるワ、先づ今日紳士といふ奴は第一、美装をなすこと、第二、大建造物に住居すること、第三、一箇所以上の別荘を有すること、第四、妾宅を設くる事、第五、物見遊山のしげきこと、第六、一切の労働を禁じ、茶一つ自分の手より汲まぬこと、第七、一日に何回となく宴会に列して、妖婦を枕頭に侍らし、妖婦の膝を枕に痛飲馬食して、其胃袋に差支へなき程度のものたること……此位のものだ。どこに紳士の本領があるかい』
ツーロ『そりや汝の云ふ紳士と、俺の云ふ紳士とは大に趣が違ふ。俺の云ふ紳士は……第一、人格の最も高きこと、第二、慈悲心に富めること、第三、礼儀を守ること、第四、政治欲を断ち社会の為に私財を擲つて貢献すること、第五、一夫一婦の制を遵奉すること、第六、沢山な住宅を有ち無料にて他人に自由に使用せしむること、第七、神を信じ、家内睦じく感謝の生活を送ること……マアこんなものだ。これを称して紳士といふのだ』
トンク『そんな紳士が今日の世の中に一人でも半分でもあるだらうかな』
ツーロ『ないから尊いのだ。ダイヤモンドだつて金だつて、ヨルダン河の砂礫のやうにそこらにごろついてあつてみよ、誰だつて貴重品扱ひはしてくれないよ。無いから尊いよ、太陽だつて一つだから皆が拝むのだよ。あの星みい、誰も一つホシイといふ奴がないだないか』
テク『オイ、ツーロ、ソンナ ツーロくせぬことをいふない。それよりも現代の紳士を標準として考へるのが適確だ、其紳士といふ奴を、俺達が労働総同盟でも起して、警告を与へ改良さしてやるのだなア。今日の紳士の資格を考へてみると、妾宅の数如何に仍つて、紳士仲間の等級に差別を生じ、宴会の度数と妖婦相識の数如何は人気に大なる関係を及ぼすのだ。これが今日の所謂紳士規定だ。何と不道理な見解だないか。今日の彼等が健康状態は日夜刻々に害されつつあるのだ。殊に性欲の随時随所でみたさるるその半面を考へて見よ。幾多の忌はしい病毒の為に睾丸内に発生する精虫は追々と減殺され、子孫は漸次減少するに至るの種を蒔いてゐるのだ。彼奴等の乱淫乱行は益々民力を減殺せしむるのみならず、家庭の妻女は其反動で、狂気的に異性の男子を求め、性欲の満足と反感の慰安に家を外にして飛出し、役者部屋へ這ひ込むのだ。紳士の家庭の妻女といふものに婦徳や貞節は薬にしたくも無い位だ。そして冷い深窓に、男も女も呻吟してゐるのだ。体質の貧弱なる彼奴等の子孫は世の中に立つて何事もなすの力なく、遂には子孫が滅亡するより途は無い。だと云つて之も自業自得だから仕方があるまい。今の内に彼奴等が目をさまし、共同の友や同族の友と共に働くの妙味を見出し、貧民と共に今迄の態度を改めて社会に活動する様にならなくちや、彼奴等も最早世の終りだ。いつ迄も世は持切りにはさせぬと、どこやらの神さまが仰有つたからなア』
トンク『オイ、俺達はまだ時間が来てゐないのに、此木の小蔭でさぼつてゐるのだから、ユダヤ人と同じよに月給をくれないといつて不平を云ふ訳に行かない。ユダヤ人は勤勉だから、仕事の能率が倍以上になるのだから、汝たちのやうに俸給の額のみで不平を云つたつて駄目だ。サア、チツト働かう。土木監督に見付つたら大変だぞ』
テク『エヽ仕方がないなア、食はぬが悲しさかい』
とスコツプを手に提げ乍ら、作事場の方へ厭相に進んで行く。日は漸く暮れ果て、労働終結のラツパが橄欖山の峰に轟いて来た。三人はスコツプをかたげた儘逸早く団子石のゴロゴロした坂路を嬉しさうに下つて行く。
 数多の大工や手伝人足は、単縦陣を張つて黒蟻のやうに各家路を指して帰り行く。此等の連中は皆エルサレムの街に寄宿してゐる。ユダヤ人が大多数を占めてゐた。そこへ金剛杖をついて上つて来る一人の男があつた。これは日出島から遥々聖地へ、キリスト再臨の先駆としてやつて来た、ルートバハーの宣伝使ブラバーサであつた。ブラバーサは山上の最も見はらしよき地点に停立し、居柄輝く八日の月を眺め、
『仰ぎ見れば、月は真空を稍過ぎて
  あたり輝く星のかずかず

 たまさかの月の夜なればこもりゐの
  たへ難くして登り来りぬ』

 かく歌ひて、月の光にエルサレムの街を見おろし乍ら懐郷の念に駆られてゐる。そこへ慌だしく上り来たる一つの影がある。果して何人ならむか。
(大正一二・七・一二 旧五・二九 松村真澄録)
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