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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第2篇 春湖波紋よみ(新仮名遣い)しゅんこはもん
文献名3第8章 糸の縺れ〔1710〕よみ(新仮名遣い)いとのもつれ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2019-05-08 04:47:46
あらすじ
主な人物【セ】コーズ、シーゴー、梅公、ヨリコ姫、花香姫、バラック、アリー(船長)、ダリヤ姫【場】-【名】コークス(アリーの部下)、アリス(ダリヤ姫の父)、アンナ(アリーとダリヤ姫の母)、アリスタン(アリーの父、アンナの夫) 舞台 口述日1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所祥雲閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版105頁 八幡書店版第12輯 68頁 修補版 校定版106頁 普及版68頁 初版 ページ備考
OBC rm6708
本文のヒット件数全 5 件/甲板=5
本文の文字数4981
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本文  海賊の頭目コーズは数十人の手下と共に甲板上に雑談に耽つて居た船客を一々赤裸となし勢に乗じて階段を下り船室にバラバラと侵入して来た。さうして数多の船客に向ひ大刀を引き抜いたまま、例の脅し文句を並べ、
コーズ『持物一切を提供せよ。否応申すに於ては何奴も、此奴も刃の錆だ』
と脅迫して居る。老若男女は悲鳴をあげて泣き叫び乍ら右往左往に逃げ廻る。船室内は俄の大暴風に見舞はれて秋の木の葉の散り乱るるが如き光景となつて来た。特別室に睡つて居たシーゴーは怪しの物音に目を覚し、よくよく見れば海賊の張本コーズが数十人の部下と共に今や哀れな船客に掠奪の手を恣にして居る真最中であつた。シーゴーは大喝一声、
『オイ、コラツ。貴様はコーズぢやないか。此船に俺が居る限り掠奪は許さないぞ。サア掠奪品をスツカリとお客人に返戻してお断りを申せ』
 此声にコーズは怪しみ乍らよくよく其面体を見れば日頃大親分と頼むシーゴーであつた。此コーズはシーゴーの部下で別働隊となり、軍用品調達の為めに大活動をつづけて居たのである。さうして海賊が最も安全で、且つ収獲の多い事を知つたので沢山の海賊を部下に従へ、羽振を利かして居たのである。オーラ山に立て籠つて三千の部下を支配して居ると思つたシーゴーが、今此船に乗つて居たのに驚き、大刀を其場に投げ捨て恭しく両手をついて、
『これはこれは大親分シーゴー様で厶いましたか。思はぬ所でお目にかかりました。私は親分の為に斯の如く危険を冒して大活動をやつて居るのに、何故お止めなさいますか』
シー『貴様の不審を打つのは尤もだが俺は最早堅気になつたのだ。今日のシーゴーは先日のシーゴーではない。正真正銘の真人間だ。神様の御子だ。神の精霊の宿り給ふ生宮だ。貴様もよい加減に足を洗つて俺と同様に善心に立ち帰り、今迄の罪業を謝するために粉骨砕心天下救済の大神業に帰順してはどうだ。人間と生れて山賊又は海賊をやる位不利益な、そして引き合はない危険な商売はないぢやないか』
 コーズは大口を開けて高笑い、
『アハヽヽヽ。ても扨ても異な事を承はるものかな。一旦男子が決心した事業に対し中途に屁古垂れるとは、てもさても親分に似合ぬお言葉、最早今日となつてはシーゴー殿は足を洗ひ真人間になられたとの事、このコーズは断じて道は変へませぬ。かうなる上は貴方と私は親分乾児の関係も自然と消えた道理だ。お前さまの言葉に服従する義務は毛頭ない筈だ。コーズはコーズとしての商売を勉強せなくてはならない。どうか邪魔をして下さるな。オイ部下共、何を躊躇逡巡して居るか。片つ端から何奴も此奴も剥いてしまへ』
と下知すれば、部下一同は先を争うて又もや掠奪を擅にせむとする。老弱男女はまたもや悲鳴をあげて泣き叫ぶ。其惨状目も当てられぬ計りなりける。
シー『これやコーズ、どうしても俺の云ふ事をきかぬのか。いや改心せぬのか。天道は恐しくないのか』
コー『エヽ構うて呉れない。今迄は三千の部下を有する大親分だと思つて尊敬もし服従もして居たのだが、何に感じてか男らしくもない俄に屁古垂れよつて菩提心を起すやうな奴は、吾々盗賊社会の恥辱だ。貴様も序に剥いてやるから覚悟をせい』
シー『アツハヽヽヽ、猪口才千万な。それ程剥きたければ剥かしてやらう。サアどつからなと剥け。其代りに一つより無い命を要心せよ』
コー『何減らず口を叩きやがる。貴様の部下になつて居た最初には僅に四五人の部下しか無かつたが、今日はハルの湖に出没する五百人の海賊の大親分だぞ。サア神妙に裸になつて持物一切をコーズさまに引きつげ。腰抜野郎奴』
 かかる折しも、特等室の一隅より天地も割るる計りの生言霊が聞え来たる。
『一二三四五六七八九十百千万ウーウーウーウー』
 此言霊に不意を打たれたコーズは真青となつて数十の味方と共に此場を逃げ出し甲板に架け渡した縄梯子を伝つて吾船に飛び乗り、命辛々湖面に俄に波を打たせながら、八挺艪を漕いで雲を霞みと逃げて行く。シーゴーは……一般の船客に怪我はなかつたか……持物は安全か……と一々尋ね廻り、幸一物をも紛失して居ないのに安心し、拍手再拝して神恩を感謝せり。茲に梅公、ヨリコ姫、花香姫はニコニコしながら現はれ来り、船客一同の遭難を慰問したるが、船客一同はシーゴー其他を生神の如くに尊敬し、大難を救はれし事を涙と共に感謝する。
シー『ハルの湖往来の人を脅かす
  曲のコーズは脆くも逃げける。

 吾霊に神の御光幸はいて
  人の艱を救はせたまひぬ。

 あゝ神よ守らせ給へ此船を
  スガの港の埠頭につく迄。

 梅公の神の司の言霊に
  脆く失せけり百の醜神』

梅公『ありがたし吾言霊の幸はひは
  瑞の御霊の助けなりけり。

 天地の神の心に叶ひなば
  何をか恐れむ醜の荒浪』

ヨリコ姫『君こそは神にますらむ曲神も
  ただ一言に逃げ失せにけり。

 吾は今かかる尊き師の君に
  従ひて往く事の嬉しさ。

 目の当り生言霊の神力を
  拝みまつりて心も勇む』

花香姫『勇ましき吾背の君の言霊に
  滅び失せけり醜の曲霊も。

 かく許り神の御稜威の高きをば
  悟り得ざりし吾の愚かさ。

 今はただ尊き神の御教に
  身も霊魂も任さむとぞ思ふ』

 かかる所へ甲板に縛られて居たバラックは赤裸の儘、階段を下り来つて、
『もし誰か甲板に来て下さいませぬか。誰も彼も赤裸に繋がれて居ます。私はやうやく綱を切つて此所に参りましたが、何か刃物がなけねば丸結びにして厶いますから解く事が出来ませぬ』
シーゴー『何、デッキの上にも船客が縛られて居ると云ふのか。それや可愛さうだ。ヨシヨシ今俺が助けてやる』
と云ふより早くバラックと共に甲板に立ち出て見れば、数十人の船客は手足を厳しく縛められ、所々にカスリ傷を負い、呻吟して居た。シーゴーは手早く懐剣の鞘を払つて一人も残らず、縛の縄を切り放ち、衣服持物等を念入に取調べて各自に渡してやつた。一同の船客はシーゴーを神の如く尊敬し、感極まりて嗚咽するものさへあつた。
 船長室には船長のアリーと一人の美人が何事か泌々と掛け合つて居る。
アリー『其方はどうしても吾輩の妻になつてくれないのか。生殺与奪の権を握つた此俺に背けば、お前の為にはならないぞ。性念を据ゑてキツパリと返答をしろ』
ダリヤ『ハイ、何と仰せられましても私は親の許しのない以上は御意に応ずる事は出来ませぬ。況して私は母に早く別れ今は父一人。私の帰るのを今か今かと待つて居るで厶いませうから、何卒これ許りはお許しを願ひ度いものです』
アリー『お前は俺を普通の船長と思ふて居るか。俺は表面波切丸の船長となつて居るものの、実は海賊だ。お前を部下のコークスに掻つ攫はしたのは大いに目的があつての事だ。お前の父はアリスと云つたであろう。スガの港の薬種問屋であらうがな』
ダリヤ『どうして又貴方はそんな詳しい事を御存じで厶いますか』
アリー『知るも知らぬもあるものか。お前の父は吾父母の仇だ。不倶戴天の仇とつけ狙ひ、どうかお前の父の命を取つて親の仇を報ひたいのだが、余り警戒が厳しき為め近寄る事が出来ず、遂には海賊となり、船長と化け済まして、お前達父子がこの湖を渡る時を待つて居たのだ。然し乍ら悪運の強い其方の父アリスは吾船に未だ一度も乗り込んだ事がないので仇討の望も達せず、怏々として日夜煩悶して居たのだ。お前の母と云ふのはアンナと云つたであらうがな』
ダリヤ『ハイ左様で厶いました。どうして又私の父が貴方様の親の仇で厶いますか。詳い事をお聞かせ下さいませ』
アリー『俺は実の所お前を女房にしたくはない、何故ならば父の仇の娘と一所に暮すのは良心がとがめ、かつ親の霊に対して済まないからだ。夫よりもお前の首を取つて父の墓前に供へ、父の修羅の妄執を晴しさへすれば俺はそれで満足だ。然し乍らお前の命を取るに先立つて深い因縁を聞かして置かう。恨んで呉れな。実はかうだ、俺の父は極貧しい生活をして居たアリスタンと云ふ売薬の行商人であつたが、俺の母即ちお前を生んだ母のアンナは吾父の恋女房であつた。お前の父が吾父の留守宅へやつて来て、色々雑多と手段を廻し、吾母を連れ帰つて蔵の中へ閉ぢ込めおき、否応いはさず、無理往生に女房となし、その中に生れたのがお前だ。父は女房を取られた残念さに此湖に身を投げて死んだのだ。曰はばお前は胤異の兄妹だ。併しながら吾母のアンナはお前の父に愛情を濺いで居なかつた。お前には母の愛情が注がれ居るのぢや無い。狂暴なる父の悪血が固つて吾母の体内に因果の種が宿つたのだ。お前の其美しい顔を見る毎にお前の父を思ひ出し、どうしても殺さねば承知ならないのだから、殺す俺も、殺されるお前も因果だ、諦めてくれ。俺は父に対する義務がすまないからなあ、哀れと思はないではないが、心を鬼にしてお前の生命を取るのだから』
 ダリヤは船長の物語を聞いて大に驚き、溜息をつき乍ら、
ダリヤ『アリー様、貴方の御立腹は御尤で厶います。どうか私を殺して下さいませ、さうしてお父上に孝養をおつくし下さいませ。同じ腹から生れた兄に殺されると思へば、私も得心して、成仏致します。南無阿弥陀仏』
と、両掌を合せ紅涙滴々として祈願して居る其不愍さ。遉のアリーも可憐なる妹の姿を眺めては首切りおとす勇気もなく、燃へさかる胸の炎を消しかねて両手を組み吐息をついて居る。
ダリヤ『咲き匂ふダリヤの花も木枯の
  冷き風に散るぞ悲しき』

アリー『あゝお前の姿を見るにつけ、又其決心を聞くにつけ日頃仇とつけ狙ふた俺の心も折れ、刃を下す勇気も無くなつた。然しお前と俺とは腹は一つでも霊は一つでない。愛情無き母の体内には愛情のない霊と肉とが宿つて居る。お前はお前の父の片身だ。どうしてもお前を討たねばならぬ、どうか勘忍して呉れ。併乍今日はどうもお前を打つ勇気が出て来ない、いつもの密室に暫く監禁して置くから、決して自害などしてはならないぞ、俺の手にかかつて死んで呉れ』
ダリヤ『ハイ、どうぞ貴方のお好になさいませ。私は最早命は惜しみませぬ。父はスガの港に私の帰りを待つて居ませうが、そんな悪魔と聞いては、もはや父の家に帰る心も起りませぬ。又貴方のお心を聞いては、潔よう貴方のお手にかかつて死たうございます。たとへ母の血と霊とが私の体内に宿つて居無いとしても、貴方は私の兄上に違いありませぬ』
 かくする内に夜の帳は下された。アリーはダリヤの手を曳いて密かに密室に導き入れ堅く錠前をおろしておいた。
 ダリヤは密室に繋がれ死を覚悟し健気にも辞世の歌を声も静に歌つて居る。
『あゝ味気なき人の世や  天地の間に人と生れ出でて
 二八の今日の春迄も  蝶よ花よと育くまれ
 スガの港の名花ぞと  謳はれ居たる吾身にも
 夜嵐の襲ひ来るものか  あゝ懐しき吾母上は
 アリーが父のいとも愛せる恋人なりしと  初めて聞きし身の驚き
 また吾父上の富の力に任かせつつ  道ならぬ道を歩ませ給ひ
 人妻を手に入れて  恋てふ心の曲者に
 囚れ給ひし悲しさよ  父と父とは敵同志
 一人の母の胎内ゆ  生れ出でたる兄妹は
 又もや浮世の敵と敵  如何なる宿世の悪業が
 吾身の上に廻り来しぞ  思へば思へば味気なき
 浮世の雲をいかにして  払はむ由も泣くばかり
 継母の腹より生れたる  吾兄一人在しませど
 何とはなしに睦じからず  妾は今迄吾兄の
 吾に対する情なさを  怪しみ居たりしが
 今やアリーの物語  聞くに及びて吾兄は
 吾父上の先妻が  腹に宿りし珍の子と
 悟りし上は是非もなや  最早此世に生ながらへて
 何をか楽しまむ  同じ母から生れたる
 アリーの君の手にかかり  情なき浮世を後にして
 恋しき父と母上の  居ます霊界に進むべし
 吾垂乳根の母上は  先の夫と諸共に
 吾等を待たせたまふべし  血潮の因縁はなけれども
 母の夫となりましし  アリーの父は吾義父ぞ
 あゝ惟神々々  神の光に照らされて
 三途の川も剣の山も  安く越えさせ給へかし
 六道の辻天の八衢の  関所も無事に過りて
 恋しき父母の坐します  天津御国に至らせ給へ
 偏に祈り奉る  偏に念じ奉る』
と祈願を籠むる時しもあれ、密かに錠前をコトリコトリと捻じあけて覆面頭巾の儘忍び入る一人の男有りけり。
(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 加藤明子録)
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