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文献名1霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻
文献名2第1篇 清風涼雨よみ(新仮名遣い)せいふうりょうう
文献名3第2章 老断〔1747〕よみ(新仮名遣い)ろうだん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ岩治別が行方をくらました後、松若彦と伊佐彦は、善後策について、謀議をめぐらします。そこへ再び国照別が入ってきて、二人の古い考え方をやっつけます。国照別は、近いうちに城を出て、社会改革のために自ら民間に下るとの謎をかけて、その場を立ち去ります。また、次に妹の春乃姫がやってきて松若彦、伊佐彦に隠退を勧告し、その古い頭を非難して、去って行きます。
主な人物 舞台高砂城 口述日1924(大正13)年01月22日(旧12月17日) 口述場所伊予 山口氏邸 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1927(昭和2)年10月26日 愛善世界社版47頁 八幡書店版第12輯 288頁 修補版 校定版49頁 普及版66頁 初版 ページ備考
OBC rm6902
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本文  松若彦、伊佐彦の大老、老中株は数多の目付を指揮し、急進派の老中岩治別を捉へしめむとしたが、何時の間にやら耳ざとくも城内を脱け出し姿をかくして了つたので、心配は益々深くなり、煩悶苦悩の吐息をもらし、両人は再び評定所に卓子を囲んで、コーヒーをすすり乍ら善後策を協議してゐる。
 松若彦は悲痛な声で、
『伊佐彦殿、国家は真に暴風の前の灯火に等しき危機に瀕したでは厶らぬか。少し許進歩した頭だ位に思つて、彼れ岩治別を老中に推薦し、国務の枢機に参加せしめむとし、彼を招いて吾退職を口実に意見を叩いてみれば、天地容れざる国家の逆賊、大野望を包蔵してゐる岩治別、如何にせば此珍の国家を泰山の安きにおく事が出来るであらうかな』
と早くも両眼より紅涙滂沱と滴らしてゐる。伊佐彦は深い吐息をつき乍ら、
『如何にも閣下のお言葉の通り、実に深憂に堪へませぬ。乍併最早かくなる上は閣下と拙者とあらむ限りの努力を以て国家を未倒に救ひ、国司の御心を慰め奉り、国民安堵の途を開かねばなりませぬ。乍併彼れ岩治別、敏捷にも罪の其身に及ばむことを前知し、鳩の如く鼠の如く、暗に紛れて姿を隠しました以上は、何れどつかの国の涯にひそみ、三平社や労働者、対命舎等を駆り集め、国家顛覆を企図し、己が欲望を達せむとして、時を俟ち捲土重来せむは案の内、何とか予防の方法…否彼を討滅の手段を講究しなくてはなりますまい。かかる天地容れざる逆賊を国内に放養しおくは、猛虎を野に放つよりは危険なことで厶りませう。閣下に於ては、定めて妙案奇策のおはしますことと存じますが…』
と心配気に松若彦の顔を眼鏡越に覗きあげ、光つた頭を右の手でツルリツルリと二三べん撫でまはし、薬鑵の尻を手巾で拭うた。
松若『本当に困つた事だ。最早斯うなる上は手ぬるい手段では駄目であらう。此城下に保安令を布き、目付やサグリを増員し貧民窟の隅々迄も、疑はしき者は否応言はさず拘引し、大老の権威を見せなくては、到底此人心を収攬することは望まれないであらう。現代の如き人心悪化の頂点に達した社会には、最早、煎薬や水薬の治療では駄目で厶る。外科的大手術を施し、彼等醜類を根底より剿滅し、国難を未然に防ぐより方法は厶るまい。幸ひ吾々は目付の権を手に握り、且有事の日には大名、士を使役するの特権を有し居れば、吾々の今日の立場として、最早懐柔も善政も駄目で厶らう』
伊佐『成程仰せ御尤も乍ら…私は考へます、先づ衆生の喜ぶ相談権を与へ、徳政案とか其外衆生の人気に投ずる政策を標榜し、以て今や破裂せむとする噴火口を防ぎ曠日瀰久、以て一時登りつめたる人心を倦ましめ、骨を抜き、血を絞り、元気を消耗せしめて、併して後絶対無限の権威を示しなば、さしもに熾烈なる衆生運動も、投槍思想も其の他の悪思想も首を擡ぐるに由なく自滅するで厶らう。閣下の御意見は如何で厶いまするか』
松若『拙者とても妄りに国家の干城を動員し、或は衆生を目付やサグリを以て鎮圧するは拙の拙なるものたる事は承知し居れ共、焦頭爛額の急に迫つた今日の場合、之より方法はあるまいと存ずるからだ。直相談案の餌に、民心を籠絡するも一策だらう、徳政案も一時の緩和剤となるだらう。今日は最早正直では執れない。某々の如き政治家は正直過ぎるから、何時も内甲を見すかされ、失敗を繰返し、遂には党の分裂を来したではないか。非常の時には非常の手段が必要だらう。伊佐彦殿、如何で厶らうかな』
伊佐『成程、今日の時局に対しては清廉潔白とか正直とか云ふ事は、害あつて益ないことで厶いませう。仰せの如く権謀術数、或は妥協政治を以て現代に処するのが最も賢明なる行方で厶いませう』
と次第に声が高くなり、両人は拳を握り、卓を叩いて花瓶にさした山吹の花弁を一面に散らしてゐる。そこへ軽装をして又もや国照別が現はれ来り、
国照『ハヽヽ御両所共、国家の為心慮を悩ませられ、国照別身に取り恐懼措く所を知らざる次第で厶います。何と云つても珍の国第一流の大政治家の巨頭の会合、定めて神案妙策がひねり出された事でせう』
と揶揄ひ始めた。二人は若君に茶化されて怒る訳にもゆかず、「チエー」と秘かに舌打し乍ら、ワザと謹厳な態度で椅子を離れ、直立して両手を帯の下あたりまで垂直に下げ、立礼を施し乍ら、
松若『若君様、能くこそ入らせられました。微臣等には国政上の問題に就き、秘密の相談も厶いますれば、どうか暫く、恐れ乍ら奥殿へ御帰り下さいませ』
伊佐『大老の仰せの如く、只今国務上の件に就き、大至急相談を要する場合で厶いますれば、恐れ乍らどうぞ少時お引取を願ひまする』
国照『ハヽヽ岩治別の投槍老中が消滅したので、定めて、円満な熟議が凝らされるだらう。ヤ、国家の為拙者は大慶至極に存ずる。併し乍ら両老に尋ねたい事がある』
松若『ハイ恐れ入りました。何事なり共御尋ね下さいませ』
国照『お前は今廊下で聞いて居れば、某々は正直すぎるから、党の内紛を醸し失敗したと云ふたぢやないか。正直すぎるとは、ソラ一体何の事か。要するに正直もよいが、チツとは詐欺もやれ、権謀術数を用ひなくては今日の政局は保てないといふのであらう。某の如く正直過ぎる為失敗したのならば、本望ではないか。上下一般の人間を詐つてまで、政権を掌握する必要がどこにあるか。正直過るといふ其意味を聞かして貰ひたいものだ』
とつめかけられ、両人は返答に詰まり、顔赤らめて、『ハイ』と云つたきり俯向いてゐる。
国照『ハヽヽ、ヨモヤ返答は出来ようまい。正直過ぎる政治家が用ひられない世の中だから、お前達の羽振が利くのだらう。そしてモ一つ問ひたい事がある……国家枢要の事務を協議してゐる最中だから、奥へ引取つてくれといつたでないか。なぜ政治の枢機に俺が参加することが出来ないのだ。若輩者と見くびつての故か、但しは俺を信用しないのか、言葉の上に於て若君々々と尊敬し乍ら、汝等の心中に於ては、已に俺を認めてゐないのか、サア其返答を聞かして貰はう』
と二の矢をさされて二人はグウの音も出ず、俯むいて慄うてゐる。
国照『アツハヽヽヽ、オイ、両人、薬鑵が漏つてゐるぢやないか、みつともないぞ。一層の事、両人共国家の為に老職を廃業して、市井の巷に下り、饂飩屋でもやつたらどうだ。それの方が余程国家の利益になるかも知れないぞ。岩治別のやうにトツトと尻をからげて退却した方が、何程衆生の気受がよいか分つたものぢやない。腐り鰯が火箸にひつついたやうに、いつ迄もコビリついてゐると、誰も見返る者がなくなつて了ふぞ。一にも権力、二にも暴力を唯一の武器として国政を維持するやうな事で、何うして王道仁政が布かれると思ふか。お前達の行る政治は所謂権道だ、覇道だ、強きを扶け、弱きを圧倒せむとする悪魔の政治だ。僕はお前達の陰謀を前知し岩治別に内報して裏門より遁走させ、お前達の計略の裏をかかしてやつたのだ。それが分らぬやうな事で、どうして一国の大老がつとまるか。沐猴の冠するといふは所謂デモ大老の状態を遺憾なく云ひ現はした言葉であらうよ、アツハヽヽ。テモ扨もつまらな相な……心配相な面付だのう。到底其顔は二年や三年では復興せうまいよ。自転倒島の震災の様に復興するのは容易だあるまい、アツハヽヽ』
 松若彦は容を正し、
『コレハ コレハ若君様の御諚とはいひ、余りに理不尽なお言葉、此老臣を見るに牛馬を以て遇せらるるは怪しからぬ事では厶らぬか。拙者は正鹿山津見神様の御代より祖先代々国政を預り、御母上末子姫様に此国土を奉還致し、御父上を迎へて国司と仰ぎ仕へまつり来りし者、外の臣下とは少しく違ひますぞ。如何に珍の国司の若君なればとて、拙者をさしおき、自由に施政方針をおきめ遊ばす事は事実に於て出来ないといふ不文律が定つて居りますぞ』
と祖先を引張出して気色ばみ乍ら一矢を酬うた。
 国照別は平然として、
『ハツハヽヽヽ、昔の歴史を引張出して、何某の国司累代の後胤などといふ様なバラモン的言草は数十年過去の時代に用ゐられた言葉だ、さやうな古い脳味噌だから国家が治まらないのだ。今日珍の国の人心の荒んでゐるのは、要するに国司の罪でもない。此国は神様のお守りある以上、決して亡ぶるものではない。併し乍ら汝の如き没常識漢が上にある間は世はいつ迄も平安なることは望まれない。珍の国を今日の状態に導いたのは汝等の大責任であるぞ。能く両人共胸に手を当て、自ら省み、自ら悔い、其無能を恥ぢ、無智を覚り、時代に目を醒まし、天命を畏れ、以て最善の処決をしたが可からう。俺も何時迄も若君様では居られないのだから………』
松若『そらさうで厶いませう共、国司様は御老齢、何時も御病気勝、何時御上天遊ばすかも知れませぬ。さうなれば若君が一国の柱石、いつ迄も嬢や坊でも居られますまい。それだから少しは爺の云ふこともお耳に止めて頂かねばなりませぬ』
と顔の居ずまひを直し、仔細らしく述べ立てる。併し今国照別が………何時迄も若君様ではをられない……と云つたのは、近い内清家生活から放れ、民間に下つて徹底的に社会を改造せむと考へてゐた事をフツと漏らしたのである。併し乍ら両人は若君にそんな考へがあるとは神ならぬ身の夢にも知らなかつたので、此場は無難に済んだのである。
 国照別は冷笑を泛べ乍ら、足音高く吾居間に帰つてゆく。後に二人は首を鳩め、声を低うして、
松若『伊佐彦殿、若君様があゝいふ御精神では吾々も到底職に止まることが出来ぬでは厶らぬか。一層のこと潔く辞職を致し、閑地については如何で厶らうかな』
伊佐『貴方のお言葉とも覚えませぬ。貴方は国司を補佐すべき御家柄の生れ、吾々の如き氏素性の卑しき者と同日に考へることは出来ますまい。仮令御退隠遊ばしても、内局組織の時には国司からもキツとお尋ねもあるだらうし、又腰抜の政治家共がお百度参りをしてお指図を仰ぎに行くでせうから、到底貴方は珍の国の政治圏外を脱することは出来ますまい。それが貴方の珍の国に対する忠誠で厶いますからな』
松若『なる程、それも思はぬではないが、余りのことで実は心が迷ふのだ。あゝ人生政治家となる勿れ……とはよく言つたものだなア』
と青い吐息をつく。
伊佐『御苦心御察し申します。併し乍ら国司様の前で、貴方は仮りにも辞意をお洩らしになつてはいけませぬぞ。御老齢の国司に御心配をかけては、臣子たる者の役がすみませぬからなア。それ丈は伊佐彦が命に替へても御注意を申上げておきます』
松若『いかにも貴殿の言はるる通りだ。併し乍ら進みもならず退きもならず、実に困つた世態になつたものだなア。アヽ何うしたら可からうかなア』
 次の間から若い声で
『展開の道は只辞職の一途あるのみだ』
と叫ぶ声が聞えて来る。二人はハツと驚き耳欹てて考へ込んでゐる。少時すると、隔の襖を無雑作に押開き、浴衣の儘現はれ来たのは春乃姫であつた。
春乃『二人の老爺さま、お兄さまのあれ丈の御注意が未だ分らないのかい。本当に古い頭だね』
 二人は春乃姫の顔を見るより、俄に威儀を正し、頭を下げ乍ら、
松若『恐れ入ります。何分任重くして徳足らず、実に国司様の御心慮を悩まし奉り、申し訳が厶いませぬ』
春乃『ホヽヽヽ嘘許り爺達は云ふぢやないか。任重くして徳足らぬといふ事の自覚がついてゐるのなら、なぜ早く挂冠をせないのか。今妾に云つた事は表面を飾る辞令にすぎないのだらう。任は重し、徳あり智あれ共時代の進展上此上施すべき手段なし、吾にして斯の如しとすれば、其他の末輩共が幾度出でて其任に当るとも、到底吾以上の政治はなし能はざるべし。忽ち国家を滅亡の淵に投入るるならむ。乃公出でずむば、此国家と蒼生を如何にせむ底の自負心にかられてゐるのだらう。それに違ひはあるまいがな、ホヽヽヽ。若い女の分際として経験深きお爺さま達に失礼なことを申しました。神直日大直日に見直し聞直し、速に許して頂戴ね。大きに失礼さま、ホヽヽヽヽ』
と笑ひ乍らスタスタと廊下を伝うて奥殿に進み入る。二人は少時熟議を凝した上、相携へて国司の居間に、何事か進言せむと進み行く。俄に聞ゆる警鐘乱打の声、フト廊下の高欄から城下を瞰下せば、遠方の方に黒煙天を焦し、可なり大きい火災が起つてゐる。
(大正一三・一・二二 旧一二・一二・一七 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)
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