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文献名1霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻
文献名2第2篇 愛国の至情よみ(新仮名遣い)あいこくのしじょう
文献名3第8章 春乃愛〔1753〕よみ(新仮名遣い)はるのあい
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ伊佐彦の妻、樽乃姫は嫉妬深く、残虐な性格であった。連夜、政務に追われる夫が帰ってこないことを怒り、ついに春乃姫からの手紙を勘違いして、狂乱してしまう。街中に剣とピストルを携えて飛び出し、誰彼かまわず切りつけ、狙撃する。ついに、取り締まりに捕縛され、牢獄に投げ込まれる。隣の牢獄に入れられていた愛州は、樽乃姫の狂乱の様から世の中の乱れを見て取り、その感興を歌に詠んでいる。一方、春乃姫は侠客たちに約束したとおり、牢獄にやってきて愛州を開放し、城を抜け出す手引きをする。春乃姫は、兄・国照別から知らされて、愛州が実はヒルの国の国司の長子・国愛別であることを知っていたのであった。
主な人物 舞台 口述日1924(大正13)年01月23日(旧12月18日) 口述場所伊予 山口氏邸 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1927(昭和2)年10月26日 愛善世界社版119頁 八幡書店版第12輯 317頁 修補版 校定版124頁 普及版66頁 初版 ページ備考
OBC rm6908
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本文  高砂城の世子国照別が、何時とはなしに城内より姿を消してから、松若彦、伊佐彦の両人が必死となつて其捜索にかかつてゐた。松若彦は大老として大小の政治を監督し、伊佐彦は賢平、取締などを使役し、専ら国照別世子の捜索に全力を挙げてゐたが、深溝町俥帳場に車夫となつて化込んでゐた事が新聞紙によつて喧伝されてからは一層打驚き、自ら変装して昼夜の別なく市井の巷を探り、車夫らしき者は片つ端から面体を査べ、家を外に活動を続けて居た。そこへ又横小路の侠客愛州が不穏な演説をやり、益々人心悪化の徴候が見えたと云ふので、眠たい目を腫らして自ら探の任に当つてゐた。
 伊佐彦の妻樽乃姫は、四斗樽の如き大きな腹を抱へた不格好な女である。そして彼は極端なるサデスムス患者であつた。さてサデスムスとは嫉妬でもなく憎悪でもなくして、自分の最も愛する異性に対し、普通一般人の想像だも及ばざる様な残虐な行為を加へて、性欲の興奮と満足を得ると云ふ病的な人間を云ふので、医学上から斯かる部類の人間を、サデスムス即ち性的残忍症といつてゐる。斯くの如く変態的性欲狂は、如何なる名医も薬剤も殆ど治療の望み無き者である。樽乃姫は此病気に冒されてゐた。脂こく肥満した元気な肉体を有ち、性欲の興奮を抑へ切る事が出来ず、毎夜空閨に嫉妬の角を生やし、連夜夫伊佐彦の帰つて来ないのを見て、外に増花が出来たのではあるまいか、自分は元来不格好な女性である、到底夫の愛し相なスタイルではない。かう毎晩家を外にして、国家の老中ともあるべき者が、女房にも顔を見せないのは、キツトどつかの待合へどつかの女性を引張り込んでヤニ下つてるに違ひない。かうなれば可愛さ余つて憎さが百倍だ。今に主人が帰つて来たら、ピストルに丸をこめ、いきなり眉間を狙つて一思ひに打殺し、他の仇し女の弄具となつた股間の珍器を油揚にして、狐に食はしてやらうと、恐ろしい瞋恚の炎を燃やし、悋気の角を生やし、おみつ狂乱の様なスタイルで髪を逆立て、眉毛を縦にして、吐息をつき乍ら待構へてゐた。家臣や下女には事毎に八当りとなり、見るもの、触はるもの、癪に障り、家具をブチ破り、箪笥の引出から夫の衣類を引出してはベリベリと引裂き、夫の用ゐた食器や下駄、靴に至る迄、メチヤメチヤに壊して了ひ、どうにもかうにも、鎮撫の仕方が無くなつてゐた。そこへ高砂城から春乃姫様のお使だと云つて、伊佐彦に向ひ、一通の書状を送つて来た。
 樽乃姫は其書状を手早く手に取り、表書を見れば、『伊佐彦老中殿、春乃姫より』と記してある。此文字を見るより、又もや髪を逆立てて、歯をくひしばり、大きな鼻の孔をムケムケさせ乍ら、バリバリと封押切り、披いて見ればいとも美はしき水茎の跡、お家流でサラサラと流るる如くに書流してある。樽乃姫は……サアいい証拠を掴んだ……と息を喘ませ乍ら読んで行くと、

一筆示しまゐらす。先日は妾が身の上につき色々と御親切に仰せ下され、一度は否まむかと思ひ候ひしも、国家の前途を考へ、又両親の意見を斟酌し、貴殿の赤心を容れて、遂に貴意に従ふことと相成りたるは、既に貴殿の知らるる所なり。今後は互に胸襟を開き、上下の障壁を断ち、抱擁帰一互に心裡を打開け、恰も夫婦間の愛情に於けるが如き親密なる態度を以て、国家の為、尽力致し度、此段貴意を得参らす、めでたくかしこ

と記してある。……サア、サデスムスの樽乃姫は怒髪天を衝き、忽ち残虐性を発揮し、ピストル大剣を左右の手に携へ、行きがけの駄賃にと、家令、家扶、下女などを、或は狙撃し、或は斬捨て、往来の人々に当るを幸ひ何れも敵と見なして、斬り立て薙ぎ立て、打まくり、……吾怨敵の所在は高砂城内……と夜叉の如くに髪振り乱し、泡を吹き乍らあばれ行く。たまたま高砂城の馬場で駿馬に跨り、此方に向ひ駆け来る夫伊佐彦に出会ひ、矢庭に馬の足を切り、馬腹に風穴を穿ち、其場に顛倒せしめた。伊佐彦は形相変つた其面体に、自分の妻とは知らず、賢平、取締を指揮して、苦も無く之を捕縛せしめ、町はづれの牢獄に投込ましめた。
 樽乃姫は侠客の親分愛州の繋がれてゐる隣の牢獄に、四肢五体を厳しく縛られ投込まれた。そして殆ど半狂乱状態となり、無性矢鱈に喋り立ててゐる。
樽乃『エー、残念や口惜しや、妾に何科あつて斯様な醜き牢獄へブチ込んだのか。妾は勿体なくも高砂城に於て、老中と尊敬されたる伊佐彦が女房、樽乃姫様だ。然るに賢平の奴、尊き身の上も知らず、盲滅法界に妾を縛り上げ、穢しい牢屋に投込むとは何の事だ。今に仕返しをしてやるから、思ひ知つたがよからうぞ。エー残念やな、クヽ口惜しやな。此縛めが解けたならば、斯くの如きヒヨヒヨの牢獄只一叩に打破り、吾夫を寝取つた春乃姫を始め、夫伊佐彦の生首を引抜き、みん事敵を討つて見せうぞ。坊主が憎けりや袈娑まで憎い。国依別の国司も末子姫、松若彦も片つ端から斬り立て薙ぎ立て、恨を晴らさでおかうか。モウかうなる上は樽乃姫は鬼だ、悪魔だ、夜叉明王だ、阿修羅王だ。此世の中を泥海にしてでも、恨を晴らさにやおくものか』
とキリキリキリと歯切をかみ、昼夜の別なく、同じ事を繰返し繰返し呶鳴り立てて居る。
 隣室に繋がれて居る愛州は、樽乃姫の狂的独語を聞いて、興味を感じ歌ふ。
『うば玉の暗の世なれば曲津神
  牢屋の中まで忍び来るかな。

 サデスムス病みて夜昼あれ狂ふ
  烈しき性欲に狂ひタルの姫。

 吾は今正義の為に捕へられ
  ままならね共心は平らか。

 吾身をば殺す魔神の来る共
  指もさされぬ魂の命は。

 国さまや幾公、浅公其外の
  真人はいかに世を過すらむ。

 ヒルの国ヒルの都を後にして
  思ひもよらぬ悩みする哉。

 暗の世のいと深ければ黎明に
  近きを思ひて独り楽しむ。

 世の中に真の神のゐます上は
  救ひ玉はむ吾の身魂を。

 今しばし牢屋の中にひそみつつ
  神にうけたる霊きよめむ。

 可憐なる樽乃の姫の繰言を
  聞きて世のさま明かに知る。

 樽乃姫暫く待てよいかめしき
  鉄門の開く春や来らむ。

 汝が身を救ひやらむとあせれ共
  儘ならぬ身の如何に詮なき』

 斯く口吟んで居る。
 其処へ盛装を凝らした妙齢の美人が従者をも連れず、牢屋の巡視を名目に愛州の在所を訪ねてやつて来た。数多の科人が沢山の牢屋の中に放り込まれてゐるので、一目も見た事のない春乃姫には、どれが愛州だか見当がつかなかつた。春乃姫は淑やかな声にて歌ひ乍ら愛州を尋ねてゐる。
『ここは名に負ふ珍の国  高砂城の町はづれ
 罪ある人も罪のなき  人も諸共盲たる
 司が縛りあつめ来て  無理に投込む地獄道
 珍の都に名も高き  白浪男の愛州は
 どこの牢屋に潜むやら  乾児の源州其他の
 数多の乾児に頼まれて  汝を救ひに来た女
 名乗れよ名乗れ愛州よ  仁と愛とは天地の
 神の尊き御心ぞ  今常暗の世の中は
 表に愛を標榜し  蔭に潜みて悪をなす
 牢屋にいます愛州は  悪を表に標榜し
 普く愛を発揮して  市井の弱者を扶けゆく
 神か仏か真人か  かかる尊き侠客を
 己の都合が悪いとて  あらぬ罪名をきせ乍ら
 牢屋に投込む憎らしさ  これぞ全く醜司
 表に忠義を飾りつつ  己が野望の妨げと
 なる真人を悉く  苦しめなやまし吾望み
 立てむが為めの企み事  看破したれば春乃姫
 人目を忍び今此処に  現はれ来りて愛州の
 命を救ひ助けむと  心を千々に砕くなり
 早く名乗れよ愛の神  愛の女神は今此処に
 汝が在所を尋ねつつ  下り来にけり逸早く
 名乗らせ玉へ愛の神  珍の都の男伊達
 珍の都の男伊達』
と歌ひつつ愛州の牢屋の前に来る。愛州は此歌を聞くより、驚喜し乍ら、稍疲れたる声にて、
『雪霜にとぢこめられし白梅も
  春乃光に会ひて笑はむ。

 曲りたる事しなさねど醜神の
  忌憚にふれて捕へられける。

 吾身をば救ひ助くる春乃姫の
  あつき心に涙こぼるる』

 春乃姫は此歌を聞くより、愛州なることを悟り、手早く錠をはづし、暗き牢屋に打向ひ、
『花は開き木の葉のめぐむ春乃姫
  いざ導かむ花の御園へ』

愛州『有難し辱なしと述ぶるより
  宣る言霊を知らぬ嬉しさ』

春乃姫『いざ早く出でさせ玉へ此牢屋
  醜の司に見つけられぬ内』

愛州『男伊達心ならずも汝が君の
  恵にほだされ牢屋を出でむ』

と返し乍ら春乃姫に導かれ、非常門口より両人手に手を取りて夜陰に紛れ、何れともなく落ちのび、二人は一生懸命に北へ北へと町外れの道を、転けつ輾びつ、日暮の森へと駆けつけ、古ぼけた鎮守の宮の床下に夜露を凌ぐこととなりぬ。
愛州『尊き姫様の御身を以て、侠客如き吾々一人を助けむが為に御苦労をかけまして、誠に感謝に堪へませぬ。此上は如何なる事が厶いませう共、命の親の貴女様、命を的に御恩返を仕ります』
と改めて感謝の辞を述べた。
春乃『貴方は侠客の愛州さまとは此世を忍ぶ仮の御名、貴方はヒルの都の楓別様の長子国愛別命様で厶いませうがな』
と星をさされて、愛州はハツと胸を押へ、
『イエイエ決して決して左様な尊い身分では厶いませぬ。ホンの市井のならず者、博奕を渡世に致す酢でも蒟蒻でもゆかない、ケチな野郎でごぜえやす。勿体ない そんな事を云つて貰ひますと、罰が当つて目が潰れるかも知れませぬよ、アツハヽヽヽ。御冗談も可いかげんにして下さいませ』
春乃『イエイエお隠しには及びませぬ。吾兄国照別からソツと手紙が参つて居ります。其手紙によれば、横小路の侠客愛州といふのは自分の兄弟分だが、実際の素性を明かせば、ヒルの国の城主の御長子国愛別様だと書いて厶いましたよ。そしてお前も理想の夫が有ちたいだらうが、兄の目から見たお前に適当な夫は、あの愛州様だと書いて厶いましたもの。貴方は何程お隠しになつても、兄が証明してゐるから駄目で厶いますよ』
愛州『拙者やア、国さまとか、国照別さまとか、そんな尊いお方と一面識も厶いやせぬ。ソラ大方人違ひで厶いやせう。愛といふ名はわつち一人ぢや厶いやせぬ。どうか、御取違ひのない様御願申しやす』
 春乃姫はポンと肩を叩き、
『国愛別様、駄目ですよ、お隠しには及びませぬ。サア之から横小路のお館へ帰らうではありませぬか。妾は源州さまにキツと親方を近い内に手渡しすると、約束がしてあるのですから、是非一度は源州さまに、貴方の身柄を御渡しせねばなりませぬからね』
愛州『ヤア御親切は有難う厶います。然し乍ら只今となつては、破獄逃走者としてズキがまはり、吾館は賢平取締を以て、十重二十重に取まいてをりませう。左様な危険な所へ帰るのは考ものですな。世の為、人の為命を捨てるのは、少しも惜みませぬが、ムザムザと命を捨てるのは残念で厶いますから……』
春乃『御心配なさいますな。妾は不肖乍らも高砂城の世継春乃姫で厶います。仮令幾万の捕手が来る共、只一言にて解散をさせてみせませう。そして此後は役人共に指一本さへさせませぬから、御安心なさいませ』
愛州『有難う厶います。左様なればお言葉に従ひ、吾家へ帰りませう。送つて貰ふのも何だか乾児の前、恥しいやうな気分が致しますから、貴方はどうぞお帰り下さいませ。私はボツボツ乾児が待つてゐませうから、吾館へ帰ることに致しませう。何分後の所は宜しく御願致します』
春乃『左様なれば、妾は之から城内へ帰ることに致します。今少時城内に止り、世子の位地に立つてゐなければ、何かの都合が悪う厶いますから……然し乍ら何時迄も清家的生活は致したくありませぬから、将来は夫婦……否兄妹の如くなつて、世の為に尽さうでは厶いませぬか、ねえ国愛別様』
愛州『ハイ、有難う厶います』
と右と左に立別れ、朧夜の影に包まれて了つた。
(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)
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