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文献名1霊界物語 第75巻 天祥地瑞 寅の巻
文献名2第4篇 千山万水よみ(新仮名遣い)せんざんばんすい
文献名3第19章 日南河〔1913〕よみ(新仮名遣い)ひなたがわ
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじここに語られている物語は、おとぎ話でなく、伝説や伝奇物語でもなく、言霊学上から見た史詩(シャンソン)である。『霊界物語』は、人に伝わったものではなく、天地に充満した水火(いき)の妙用原理にもとづき、宇宙創造の状態より、諸般の事象について説き示したものである。この物語を著すにあたっては、日夜神界の枢機に参じ、宇宙万有発生の歴史的事実に至るまで開示したものなので、現代の学者たちが怪しく思うのも当然のことである。未だ誰も見たことも聞いたこともなく、伝わっていない宇宙の物語であり、有史以前の事象であるので、誰も善悪の批判を加えることはできないのだ。惟神(かむながら)の道徳上の義務に服し、天界に奉仕し、自己を制して自己以外のひとたちに寛大な神人(ひと)は、実際上、精神の上で自由なのであり、一切万事、公共のために活動して、成功しないことは一つもないのである。天之峯火夫の神が皇神(すめかみ)として君臨したまう紫微天界は、未だに霊と言霊の世界であり、形のあるものはただ、気体が凝ったものだけである。だから、意思想念の世界ともいうべきものである。善良な意思想念は、善良な神人の姿と現れる。そして、醜悪な意思想念が醜悪な形となって現れるのも、自然の理なのである。大蛇、鬼、半鬼、巨人、山、河、岩石等、さまざまな形の神々が多数あるのも、意思想念があわられた姿なのであれば、驚くにあたらないのである。顕津男の神は、七日七夜、旅を続けて、濁流がとうとうと流れる日南(ひなた)河の南岸に着いた。このとき、日は三十度の位置に昇り、こうこうと輝いて、日南河の波を金銀色に彩らせた。顕津男の神は、激流を眺め、スウヤトゴル山を前に旅の述懐の歌を歌った。そして、河の中に波をせき止めてそびえる岩を曲神の化身と見破り、言霊歌を歌うと、巨巖はたちまち蛇体となって逃げていった。すると、河の水は減っていき、向こう岸まで渡れるほどになった。顕津男の神は駒にまたがり、最後まで見送りに従ってきた四柱の神々に、別れの歌を歌った。宇礼志穂の神、魂機張の神、結比合の神、美味素の神は、顕津男の神の無事を祈る歌をそれぞれ歌った。顕津男の神が悠々と向こうの岸へ渡り上ったのを見届けると、見送りの四柱の神々は真鶴国の聖地へと戻っていった。
主な人物 舞台 口述日1933(昭和8)年11月29日(旧10月12日) 口述場所水明閣 筆録者谷前清子 校正日 校正場所 初版発行日1934(昭和9)年2月3日 愛善世界社版 八幡書店版第13輯 388頁 修補版 校定版369頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm7519
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本文  ロシヤの俚言に、お伽噺は作り事にして、伝説は実際あつた事なりと言つてゐるのは、要するに伝説の確実性を言つたものである。わが唱ふる物語は、お伽噺でもなく、伝説でもなく、伝奇物語でもなく、確実なる言霊学上より見たる史詩である。伝説とは後世の人々の口に伝はり、其の事実が次第々々に誇張され、又は濃厚の度を重ねて面白く出来上つてゐるが、この『霊界物語』は何人にも伝はつたものでなく、只単に天地に充満せる水火の水火の妙用原理にもとづき、宇宙創造の状態より、諸般の事象に就いて説示したるものである。
 この物語を著すに就いては、日夜神界の枢機に参じ、宇宙万有発生の歴史的事実に到るまで開示したるものなれば、現代学者の耳目には怪しく思はるるは当然である。
 未だ見ざる、聞かざる、伝はらざる幽玄微妙の宇宙の物語にして、有史以前の事象なれば、何人も善悪の批判を加ふる余地はなかるべし。万々一この物語に対して、批判を加ふる者あらば、そは迂愚の骨頂にして、論議すべき価値なきものである。
 惟神的道徳上の義務に服し、天界に奉仕し、自己を制して自己以外に寛大なる神人は、其実際に於て精神上の自由を有し、一切万事公共の為、何一つ成らざるはなきものである。之に反し、惟神的道徳上の義務を省みず、自己の欲望にのみ執着し、自己に寛大に、他に対して残忍である所の神人は、其の実運命の手に縛られてゐるのである。
 天之峯火夫の神の、皇神として君臨し給ふ紫微天界は、未だ霊と言霊の世界にして、形あるものは気体の凝れるもののみなれば、一に意志想念の世界と称しても他なき事である。故に善良なる意志想念は、善良なる神人の姿を現じ、醜悪なる意志想念は、最も醜悪なる形を現ずるも、自然の理である。八岐の大蛇神あり、十二の頭を持つ鬼神あり、半鬼あり、大山を懐に包みて提げ歩く如き巨大なる神あり、山の姿を為し、河の形を為し、岩石の形を現ずる神等数多あるも、意志想念の現ずる姿なのである。我説くところの物語も、種々の神、動物の現るる事あれども、決して怪しむに足らずと知るべし。
 顕津男の神は、七日七夜の旅を重ねて、濁流滔々と漲る、幅広き水底深き日南河の南岸に着かせ給ひけるが、この時早くも天津日の神は三十度の位置に昇らせ給ひ、晃々と輝き渡りて、日南河の速瀬の波を、金銀色に彩らせ給ひける。
 顕津男の神は、日南河の岸辺に駒を下り立ち、激流を眺めて御歌詠ませ給ふ。

『日並べて荒野が原を渡り来つ
  日南の河の岸辺に着きぬ

 滔々と流るる水の波頭に
  かがやく太陽の黄金色はも

 日南河黄金白銀紫の
  波を交へて永遠に流るる

 目路はるか彼方の岸に霞めるは
  大蛇のすめるスウヤトゴルの山

 スウヤトゴルの山に立ちたつ黒雲は
  曲神の水火か天をにごせる

 駿馬は嘶き勇めど日南河
  流れを渡る術もなきかな

 さりながらわが言霊に光あれば
  この河水も暫しは引かむ

 日並べて昼夜の旅をつづけつつ
  諸神も亦つかれけるかな

 駿馬の脚を休めて今暫し
  河水引かむ時を待たむか

 足引の山はあなたに霞みをり
  燃ゆるが如く雲立ち昇る

 真鶴の国の広原渡り越えて
  今や進まむ西方の国土へ

 河中に波せき止めて聳え立てる
  巌は曲の化身なるらむ

 いざさらばわが言霊に払はばや
  醜の大蛇の化身の巌。

 一二三四五六七八九十
 百千万千万の
 生言霊の神々は
 ここに天降りて醜神の
 御魂をきため給へかし
 国土を生み御子生みの旅にさやりゐる
 この曲神は主の神の
 神業にそむく醜大蛇
 守らせ給へ神々よ
 瑞の御霊の言霊に
 真心こめて願ぎ奉る
 ああ惟神々々
 御霊の幸を給へかし』
 斯く歌ひ給へば、激流をせき止めて、峙ちし千引の巨巌は、忽ち水中に沈むよと見る間に、巨大なる蛇体となりて、北側の岸辺にかけ上り、忽ち暴風雨を起し、黒雲に乗り、一目散に逃げゆきぬ。
 この巨巌の怪物退きしより、河水は次第々々にその量を減じ、時ならずして向つ岸辺に渡り得る所まで引きたれば、ここに顕津男の神はひらりと駒に跨り、河に向つて御歌詠ませ給ふ。

『主の神の生言霊の助けにて
  わが宣る水火は輝きしはや

 曲神は千引の巌と身を変じ
  わが行く道にさやりゐしかも

 わが目路のとどかぬ迄にいや広き
  河の流れもあせにけらしな

 言霊の水火の光の尊さを
  今更ながら悟らひしはや

 この先は曲津のすさぶ醜の国土よ
  心そそぎてわれは進まむ

 四柱の神勇ましくわが後を
  守りて此処に送り来ませり

 四柱の神よこれより帰りませ
  真鶴国土を開かむために

 いざさらば別れて行かむ西方の
  国土は真近に迫りけらしな』

 ここに宇礼志穂の神は、顕津男の神の乗らせる神馬の轡に手をかけ乍ら、御歌詠ませ給ふ。

『ヒーローの岐美とは知れど斯くまでも
  光りますとは思はざりしよ

 吾は今岐美に別れむ苦しさに
  空にしられぬ雨ぞ降るなり

 いざさらばまめにおはして国土生みの
  神業𪫧怜に仕へませ岐美よ

 いや広き日南の河の河水も
  岐美の言葉にあせにけらしな』

 魂機張の神は、別れの御歌詠ませ給ふ。

『八十日日を岐美に仕へて今此処に
  別るる思へばさみしかりけり

 恙なく道の隈手を渡り来て
  光の岐美に別れむとすも

 真鶴の翼そろへて送りける
  この河岸は国の境よ

 わが岐美の生言霊に醜神の
  巌は砕けて河あせにける

 斯くの如水火の光を満たせます
  岐美の行く先き思はるるかな

 果しなき思ひ抱きて玉藻山
  真鶴山に吾等は帰らむ

 遠見男の神に仕へて今日よりは
  神国守らむ安く思ぼせよ』

 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。

『はろばろと岐美を送りて今此処に
  別ると思へば何か悲しき

 愛善の国に悲しみなけれども
  今は涙の止めどなきかも

 嬉しさに又悲しさに迸る
  わが目の涙いぶかしきかも

 スウヤトゴル山にひそめる曲神を
  言向和すと出でます岐美はも

 山も河も巌もことごと醜神の
  化身なりせば心し行きませ

 この河は高照山の溪々ゆ
  流ると思へば尊かりけり

 日南河見るにつけても思ふかな
  如衣の比女神神去りし日を』

 美味素の神の御歌。

『高照の山より落つる日南河の
  水はあせけり生言霊に

 河底の岩むら見えて水浅み
  大き小さき魚族はねをり

 魚族も神の水火より生れたる
  御魂なりせばおろそかならじ

 いざさらば岐美に別れむ真鶴の
  国治むべく後にかへさむ

 さりながら向つ岸辺に着かすまで
  われは佇み見とどけ奉らむ』

 顕津男の神は諸神に答へて御歌詠ませ給ふ。

『種々の悩みしのぎてわが旅を
  送りし功うれしみ思ふ

 玉野比女生代比女神その外の
  神につたへよわが河越を』

 ここに顕津男の神は諸神に別れを告げ、馬背に鞭を加へ、水あせし河底を悠々として、またたく間に彼方の岸に上らせ給ひければ、四柱神は安堵の胸を撫で下し、ひらりと駒に跨り、元来し道をたどりたどり、両聖地をさして急がせ給ひける。
(昭和八・一一・二九 旧一〇・一二 於水明閣 谷前清子謹録)
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