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文献名1大地の母
文献名2第2巻「霊山の秘」
文献名3三大学則
著者出口和明
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC B138902c05
本文の文字数20888
本文のヒット件数全 5 件/余部=5
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本文  牛の背にまたがって小幡川に入った。真夏の日ざかりを水浴びさしてやろうと思ったのだ。が、何のはずみでか、牛は驚いて喜三郎を背から振り落とした。ざんぶと川の淀みに沈み、不意打ちをくらってしたたか水を呑んだ。川から這い上がってみると、乳牛はとっとと喜三郎を捨てて逃げていく。濡れ衣を絞ってあわてて追いかけた。乳牛は勝手に牧場へ帰っていた。
「こん畜生、馬鹿にすない」と腹だちまぎれにどなりつけ頭を打つと、ぽろりと角が落ちた。牛は痛そうに呻き、頭を下げて寝てしまった。いつも愛情をもって牛に接してきたのに、どうしてこんなことをしたのか、父の病気の回復せぬのが苛々の原因なのか。
 抜け落ちた角の根もとに、やわらかい一寸ばかりの若角が血にまみれて生えていた。喜三郎は落ちた角をひろって傷あとに継ぎ、手拭いでしばってみるが、首振るたびにぽろりと落ちる。片角を失くした牛の哀れさに、喜三郎は牛の首を抱いて謝った。
 片角を落とした乳牛は今が乳の出盛りで、搾乳量は他の牛たちに比べて一番であった。お産をして乳を多量に出す時は、角の根が細まる。だから乳量の豊かな牛ほど、角は落ちやすいのだ。板塀や柱にぶつかったり、牛同士でちょっと突つき合っても、はずみで落ちることがある。角は根元からのびていくからその角節、つまりお産と搾乳によって角にできた凹みを数えることで過去の出産数が知れるぐらい、角は微妙であった。
 乳牛は買い足して四、五頭に増えていたが、突然の角の怪我のため搾乳量が激減した。需要に供給が足らぬ。喜三郎は慌てて他の牛乳屋に頭を下げ、高価な乳を買い足して配った。信太郎は激怒して、口を極めて罵倒する。何と言われても返す言葉はなかった。
 去年生まれた二頭の仔牛は、母牛と変わらぬくらい育っていた。が、この初夏に生まれたばかりの仔牛は、乳を求めて啼きたてる。乳ばなれまで三か月はかかるのだ。配達の乳も足りぬくらいだから、喜三郎は糯米を買ってきて粥をつくり、朝な夕な仔牛に喰わせる。それでも乳には及ばぬのだろう、仔牛は痩せて悲しい目付きで喜三郎に訴える。夜は、仔牛に襲われる夢をみて、幾度となく床をはね起きた。
 眠れぬまま起き直って頭をかかえる。不吉な予感に胸がふるえた。二本そろった角が一本欠けて落ちる。叫び出しそうに不安だった。何者かに祈りたかった。夜の明けるのを待ちかねて生家に帰り、父をのぞいた。吉松は深く眠ったまま、呼んでも起きない。鼾だけは、むやみに高かった。生きているとも思えぬほど、痩せこけて蒼い。
 喜三郎は、京都に養子に行った政一や、亀岡・園部・河内などの親族に危篤の電報を打ち、由松には三男幸吉を呼びに佐伯の奉公先まで走らせた。
「喜三や……」
 吉松が幽かに呼んだようであった。
「父さん」
 喜三郎が吉松を抱いた。が、父は鼾を止め、苦しげな息をつき……やがてそれもふうっと消えて、くらりと頭が揺れた。
「母さん……」
 喜三郎はそっと呼んだ。父を驚かせまいとするように。世祢は気づかず、土間で、集まってくる親族のために炊事をしている。歯をくいしばる喜三郎の口から、悲痛な泣き声が洩れる。世祢が駆け寄った時、すでに夫は喜三郎の腕の中でこと切れていた。
 明治三十(一八九七)年七月二十一日吉松五十四歳。重い労働と心労から永遠に解放された。

 久しぶりに親戚兄弟全部が集まった。しめやかな葬儀が型通り行われたが、心から悲嘆にくれている風なのは母だけであった。にこにこしている七つになったばかりの末の妹君を抱き上げて、喜三郎は聞いた。
「父ちゃん死んで、悲しないのけ」
 君は色白の丸い頬を傾げて、きょろんと答える。
「何んでえな、うち嬉しいで。父ちゃんが死んだらもうどついてやないもん……」
 喜三郎はどきりとした。君の口をふさぐようにして、あわててまわりを見た。由松が薄笑いを浮かべ、幸吉はうつむき、雪も政一も面をそむける。暗然と喜三郎は涙をのんだ。父になぐられた思い出は数限りなくあった。しかしそれは霞の奥に遠ざかり、いま喜三郎の脳裏に去来するのは父の素朴で無器用な愛情ばかり。弟、妹たちには、その父の愛情は通じなかったのか。
 吉松はいわゆる大食漢であった。朝暗いうちから晩おそくまで、時を惜しんで激しい労働に励んだ父には当然のことであったろう。だが貧しい家では、それすら自制し、どれだけ我慢を重ねていたことか。
 養子――確かにその二文字が、終生父の胸から消えなかった。律儀な吉松は、子供らにはどんなに持病の癇癪をつのらせても、決して祖母や母にそれを向けることはしなかった。
 思いめぐらせば、父に対する母の態度のどこかにつき放した冷たさがなかったろうか。
 父は素麺が好きであった。酒も煙草ものまぬ父の楽しみは、ただ食うこと。そのうちでも殊に素麺には目がなかったのだ。
 喜三郎は少年の日を思い出す。夏の夕暮、母が素麺を茹でた。父がそれを笊に入れて、清水の流れにひたしに行く。冷たくなった素麺を持って父が戻り、母が、銘々のうつわに盛りわけ始める。
「何や、えろう少のうなったようや」と母が呟く。
「うっかり川に流してもたんじゃ……」と父が口ごもった。
 素麺はたしかに半減していた。ちょんぼりと底にのったうつわを恨めしげににらみつけて、五つ六つになっていた雪が泣き出した。
「うち、知っとる。父ちゃんが食べてもたんや。川でつるつる食べとるの、うち見とったで」
 父は黙った。母もぎこちなく何も言わなかった。白けきった座の中で、喜三郎は泣きわめく雪に、自分の分を分けてなだめた。由松がぷいと座を立って出て行った。母は二度と素麺のざる洗いを父に頼まなかった……。
 正直者の父の、一生で一度のまずい嘘であったか知れぬ。が、その一言がどれだけ母と子を、否、父自身の胸を酷くえぐっただろう。川端に膝まずき、手づかみで、ただ夢中で素麺を頬ばる。だしもつけずに。
 その父の幻影が幾度も喜三郎の心に刺さる。父母の間にある翳りを、その姿の内に、喜三郎は見た。可哀相な父。一生、ベタ牛のように働きつめて、一家の主が好物の素麺すら、そんな形でしか満足に腹に入れられなかったのか。
 喜三郎は貧を憎む。父にそうまでさせた貧を憎む。同時に心のどこかで、美しい母をも憎んでいたかも知れぬ。胃病を患った父は、晩年まで衰えぬ食欲を医者や母に抑えられたまま、骨と皮ばかりになって死んだ。
 喜三郎は涙のうちに心に誓った。わしは妻子に愛される父親になりたい。子供らをどつくことはしまい。哀れな父の轍は踏むまい――と。
 金剛寺住職の手で、吉松の遺体は西山墓地に葬られた。淋しい野辺の送りの後から、黒い着物を着た大きな女が泣き泣きついてくる。喜三郎の心中を知って上田家をとび出し、しばらく寄りつかなかった多田琴であった。

 吉松の野辺の送りをすませて以来、琴はまた、上田家に居ついた。しかし、喜三郎の心中はそれどころではない。死んだ父吉松の借金返しが残っていた。催促はすべて喜三郎に集中する。一家を背負う長男としての責任が、改めて自覚させられる。貧乏世帯の主として、今後はいやおうなしに穴太の地に縛られねばならぬ。次弟の由松は博奕を止めぬし、老祖母・母・弟妹たち、食わさねばならぬ家族は多い。
「吉松はんは艮の椋の枝伐ったさけ、死んだそうや」
「艮の祟りや。喜楽が椋伐ったんが悪かったんや」
 誰とはなしに噂が流れて、喜三郎の耳にも入った。
「今時、鬼門もへったくれもあるけい」と笑いとばしたものの、喜三郎の心にその噂はずんと重たくのしかかってくる。

 椋の枝を伐って音立てて落ちた時以来、父の病気が重くなったのは確かであった。艮の椋の木、未申の久兵衛池、本当に鬼門、裏鬼門は祟るのか。小さい頃からの懸案であった鬼門がまた気にかかり出す。穿鑿癖が頭をもたげる。 
 新聞広告で見た東京哲学館発行・井上円了博士著の妖怪学講義録を取り寄せて研究した。井上円了は越後三島郡浦村の慈光寺の子である。明治十八(一八八五)年東京帝大文科哲学科を卒業、仏教界最初の文学士となる。東洋文明は仏教のなかにあるとし、東洋大学の前身である哲学館を本郷に創立、東洋思想の哲学的理解と普及に努めていた。明治二十四(一八九一)年、民間の迷信打破のために妖怪研究会を設立し、その講義録を発行していたのだ。
 多大の期待を寄せて読み進む喜三郎であったが、博士の説に心服はできなかった。ただその文中に、「妖怪学は仮怪を聞きて真怪に入るの門路であるから、此の妖怪学を目標として真理の方面に向かって進まば終に心天の中に智光の日月を仰ぎ、心海尤も深き所に真如の月を浮ぶる事を得ん」とあった。だから喜三郎はこの講義録を以て足れりとはせず、なお切り開かれるべき深奥への足がかりに止めて目を転じた。
 宮川の妙霊教会や亀岡五軒町の神篭教会などを歴訪して問答を求めた。どの教会でも要領を得ないまま、喜三郎は模索する。

 天地間の真理を求めてやまぬ喜三郎は、満足できる解答が手近な宗教からも哲学からも得られぬと見きわめると、産土神への直談判を再開した。初秋の夜々を小幡神社の冷たい石畳に額づき、それで足りず、拝殿の階段を上がってにじり寄り、もどかしく神のみ胸を叩こうとする。
「神よ、在わすなら、吾に応え給え。み教えを。お導きを吾に、神よ」
 二十一日満願の夜半、訴えるべき言の葉すら枯れ果てて喜三郎は社前に伏していた。虫の音が消え、全くの静寂が深く喜三郎を支配した。声のない声に起こされて喜三郎の瞳はかっと開き、闇の一点を凝視する。
 次第に漆黒の闇から浮き出る蛍光の文字

 一、天地の真象を観察して真神の体を思考すべし
 一、万有の運化の毫差なきを見て真神の力を思考すべし
 一、活物の心性を覚悟して真神の霊魂を思考すべし

 その文字の一つ一つが喜三郎の無明の闇を照破していく。見えぬ何かと五尺の肉体が内からとけあい、熱く一体になりつつあるのを感じる。喜三郎の頬を滂沱と涙が伝う。夢とも現ともつかぬ法悦の世界がこれか。
 喜三郎は渾身で叫んだ。
「吾が神、畏し! さらに真義のお示しを」
 打てば響くように、神の声が耳朶をつらぬく。
「三条の学則は、これ神の黙示なり。汝よく天地を俯仰して観察すべし。宇宙はこの霊と力と体との三大元質を以て充たさるるを知り得ん。この活経典をもって真神の真神たるの故由を知らん。なんぞ人為に成れる書籍を学習するに及ばんや。ただ宇宙間にはこの不変不易たる真鑑実理あるのみ」
 再び闇に返った。なまじいな理屈を振り廻し、神のみ姿を求め続けた我が身の幼さが恥ずかしい。それこそ古流の唯物論の糟粕を嘗める者の言だ。しかし今、神典の「隠身」の真義をしっかと把握した。
 かくりみの四字をつづめてかみという。かみとは幽体、すなわち肉体を持たぬの意だ。肉体を持たぬ神が凡夫の眼に見えるはずがない。見えたとすれば、それは幻影に過ぎぬ。妄視の作用なのだ。あるいは精神異常のもたらした病的現象だ。
 園部へ行く以前にも、「迷信家よ」と笑われながら、ここ小幡神社に毎夜、憑かれたように額ずいた。その一夜、白馬に打ちまたがる異様の神人が社殿に吸いこまれる姿を確かに視た。それをしも幻視と断ずることこそ、真の神へ近づく一歩だ。
 神さまを知りたいという素直な心で天地間のあらゆるものを観察する時、悟りの種はいつどこでも在る。大自然は無言の経典であり、神は「三大学則の鍵を持って神秘の扉を開け」とお諭しだ。
 それでは先ほどの闇に浮いた文字は幻視か、あの声は幻聴か。わが魂が神と一体化した時、わが魂みずからの生み出した文字であり、声ではなかったか。
   教えとは人の悟りの及ばざる
       天地の神の言葉なりけり
 思わず喜三郎はそう呟いていた。
 吾に返ると、虫のすだきは耳を聾するばかりであった。喜三郎は教示し給うた神の御名を聞き忘れていたことに気づいた。

 小幡神社で三大学則の神示を得た喜三郎だが、それを深く突きつめて考える間もなく、新しい事件にまきこまれていく。
 夕方、牛乳配達から帰った喜三郎を見るなり、村上信太郎が血相を変えて詰め寄った。
「き、喜楽、どうしてくれる。由松が牛一頭、連れ出して行ったぞ」
「え、ほんまこ。どうして止めんのや」
「あんな無茶な奴、年寄りのわしが止められるけい。兄貴のお前の責任じゃ」
「そらそうや。無茶はあいつの生まれつきやさけ。よっしゃ。待っとれよ」
 喜三郎は亀岡に向かって走り出した。
 吉松が死んで以来、怖い者のなくなった由松は、一層博奕に身を入れ出していた。大っぴらに家財を持ち出して売っては博奕の資とした。そのうえ、牛を。
 ――あんまりや、無茶苦茶や、畜生。名前こそ穴太精乳館上田牧場としているけど、三人の共同出資だ。他の二人に言い訳立つけい。否、二人どころか、朝夕、乳を待っているたくさんの得意客。痩せた仔牛はどうする。情けなさ、口惜しさに涙も出ぬ。
 亀岡の心当たりの博労の家に駆け込んだが時すでにおそく、由松が投げ売りした後であった。つながれている我が乳牛の首を抱きつつ、買戻しの交渉に入るが、埒があかぬ。明日は高い口銭を持って連れ戻す約束をし、暗くなった外へ出た。腹わたが煮えくり返った。由松の行先は分かっている。余部の賭場である。亀岡周辺の博奕場は、伊勢参りの道筋にあたる余部や樫原が本場で、「余部で博奕せぬのは村の地蔵さんくらいや」と言われていた。
 この頃の関西地方の大親分は、京都南座の傍に住む山本格太郎という男であった。その系列下の親分は、亀岡・園部・綾部・福知山など三丹地方に土岡甚平、京都の西陣島原方面にいろは組の房ぼんと呼ばれる長谷川房次郎、伏見方面に勇山と呼ばれる増田伊三郎、篠山に山中某、北桑田に石田某がいた。その三丹の大親分土岡甚平(本名治三郎)は安政六(一八五九)年生まれの三十九歳、余部に住み(明治三十六年柳町に移転)、各地に多くの子分を擁した。亀岡周辺では、土岡の下に九人の幹部が、それぞれかなりの子分を持ち、縄張りを分け合っていたらしい。
 大石某(鶴渡)寺村。八田三之助(河内屋勘吉)穴太。多田亀吉(多田亀)中村。竹岡庄太郎(庄六)田野。寺本馬吉(馬公)旅篭町。土岡満次郎(満さん)西堅町。八田玄之助(八田玄)呉服町。上羽宗太郎(宗太)京町。川勝九吉(突抜町)突抜町。( )内は通称。
 九人の幹部のうち、多田亀と並んで穴太を牛耳る河内屋勘吉こと八田三之助は、血気盛んな二十六歳。いま売り出し中の侠客だった。力は強い。宮相撲でも遠近に鳴らした豪の者だ。父三右衛門もまた、三哲という侠客だった。
 勘吉は千代川村字川関の八木たみを内縁の妻にし、穴太寺の東門の前で、河内屋という小さな宿屋をさせていた。たみは背の高い器量良しのしっかり者、まだ十八歳のうら若さだが、客引きの口のうまさにかけては誰もかなわなかった。
 たくみに客を連れこんでも、家族の居間を含めて六畳三間の狭さである。客の多い時は隣の万屋から蒲団を借りて来て台所にまで客を寝かし、自分達は風呂場の横に板を敷いて寝た。客のいない日は風呂を炊かず、万屋まで勘吉親分と生まれたばかりの長男を連れて貰い湯に来た。むだな設備投資をせぬ模範的な健全経営といえようか。
 昔から、穴太は博奕が盛んだ。正月になると、羽織を着て前髪分けた侠客たちが穴太寺の北門を抜け、ぞろぞろ角のうどん屋へ入る姿が見られた。万屋に泊まった西本梅の餅屋の主人が四ヵ月余も居続けて博奕を打ち、負けて宿賃四十円を踏み倒して逃げ帰った。宿賃は朝夕二食に昼の弁当つきで一泊三十銭。万屋の嫁ゆたが西本梅まで借金取りに出かけたが、やっと五十銭だけ貰って帰った。以後、万屋では、博奕打ちの客は泊めぬことにしたという。
 山の墓地でも、男たちが集まり、夜昼、焚き火しては博奕を打ったらしい。深夜、時ならぬ悲鳴が聞こえると、博奕に負けて金が払えず、折檻されている者の声と思って間違いなかった。
 河内屋勘吉が博奕の本場余部に賭場を開いたのは明治二十八年秋のこと。以来、穴太の若者たちが、鼠が餅をひくように今日も一人、明日も一人と賭場にひきこまれ、金銭を持ち出しては親兄弟を悲しませている。意見をしても、勘吉親分を嵩にきて言う事を聞かぬ。うっかり勘吉の耳に入っては後の復讐が恐ろしく、泣き寝入りするしかなかった。
 由松は初めからこの賭場の常連である。
「五円なかったら殺される。つもりしてくれい」とか「仲間が泣いとる。助けなんだら男が立たん」などといって母をくどき、しばしば家財を持ち出していく。今度も博奕に負けた埋め合わせに、牛を持ち出したに違いない。
 喜三郎はしもた屋風の家の前に佇み、騒ぐ心を押し鎮めた。なにがなんでも今度は由松を連れ帰り、亡き父に代わって諫めねばすまぬ。牛の代金もとり戻さねば精乳館が行き詰まる。祈る心で表戸をあける。眼の鋭い三下が立ってきて睨みつけた。
「へい、今晩は。弟来てまっか」
「お前は誰じぇい。何しに来たんじゃ」
「わしの名知らんとはぬかっとるのう。上田由松の兄の喜楽はわしや」
「あ、あ、多田親分とこの……」
「うーん、ま、お琴はわしの女の一人じゃわい。……入らせてもらうで」
 三下がへこへこしているすきに、土間にかかった鳶口を取るなり、さっと奥へ踏みこんだ。見当つけた部屋の襖をあける。半裸の男たちが車座になって、丁半の真っ最中である。背を向けている由松の帯にいきなり鳶口をひっかけ、ぐぐっと引きずった。奇声を上げてころがる由松。男たちは一せいに立ち上がった。
「おい、喜楽。な、なにさらしに来た」
 勘吉親分が声をとばす。
「見ての通りや。弟を連れて帰ぬわい。文句あるけえ」
 喜三郎は胸を張って答えた。
「ふん、男を売った河内屋の賭場を一人で荒らしに来るとは、ええ度胸や」
「大げさな奴ちゃのう。おれの弟一匹、ひきずってでも連れ帰る言うてるだけや。おい由松。あとはわしに任して先に帰ねい」
 由松は起き直ってふてくされ、横を向いた。
「由松は帰すけい。今日は派手に張っとるとこや。ええお客さんじゃ。まさか勝負の途中で水さして、五体満足に帰ねるとは思とらんやろ」
 ドスのきいた勘吉の言葉で周囲を身廻すと、数人の子分たちがぐるっと取り巻いている。殺気がせまる。こんな奴らに腕の一本も折られては間尺が合わぬ。
「こらおもろい。堅気のわし一人に、男を売る家業のわいら(お前ら)が束になってかかってくるのか。さぞ見物やろ。ここでは狭いわい。表へ出い」
 鳶口を構えて、子分達に道をあけさせ表通りへ出た。月のない夜だから道は暗く坦々と穴太まで続いている。構え直した鳶口をがらっと放り捨てるや、くるっと向きをかえて絶叫。
「人殺しい、たすけて!」
 あっけにとられる子分たちを尻目に、闇にまぎれて必死に逃げ出した。
 牧場に走り込んだ喜三郎、戸の閂を固く締めて椋の棒を握った。
 その気配に怯えた牛が目をさましたのだろう、にわかに物音を立て始める。追っ手は途中であきらめたのか、外はしんと静まり返っている。が、見逃すような奴らではない。きっと来る。作戦を練り直してやってくる。可愛い牛たちとも今宵が最後の別れになるかと、悲壮な思いに身内がしびれる。ごろりと敷き放しの蒲団にもぐりこんだ。
 由松はどうしただろうと思うと、口惜しさに代わって哀しさが涙になった。兄の牛を叩き売ってまで賭ける由松には、それなりの追いつめられた事情があろう。牛一匹、くれてもやれぬ兄。明日からの配達をどう言いわけして断わろうと考えると、嗚咽がこみ上げる。
 かっとして腹立ちまぎれに賭場へ乗りこんだものの、結果は、自分と由松をのっぴきならぬ窮地に追い込んだだけではないか。
 戸を叩く音がする。いよいよきた。
「喜楽さんよ、ちょっと用があるさけ顔貸してくれまへんこ」
 勘吉のいやらしい声である。ほかにも四、五人いる気配。喜三郎は椋の棒を傍へ引き寄せ、息をつめた。がたがたと戸が鳴る。裏手へまわる二、三の足音。冷汗が脇をすべり、憶病風が体のしんを突き抜ける。
「おい、起きい。出てこなんだら叩っこわすぞ」
「火ィつけたろか。喜楽と牛の丸焼きもオツやのう」
 がっと表戸に鳶口が喰いこんだ。と、不意に女の声がとんだ。
「あれ、河内屋の親分、こんなとこで何したはるの」
「や、お琴姐さん……何か御用で……」と勘吉のとぼけた声。
「いややわあ。何か御用ってここはうちの家え。用があるなら、うちがお宅へ伺います」
「なに、姐さんのお手わずらわす程やないのや。喜楽はんがわしんとこの賭場荒らしにきはったさけ、ちょいとお礼に……」
 地獄で仏――涙が出るほど琴の声が頼もしい。一縷の望みを託して、喜三郎は耳をすました。
「まあ、大そうに……ここに寝とるのん堅気のうちの人と牛だけえ。親分じきじき身内の衆引きつれて牛小屋へなぐり込みかいさ……まさか。人が笑うてやで」
「け、けどのう、けちつけられて捨てとくのも何やし……」
 琴が笑いとばした。
「ほほほ……男はんのお顔なら、うちが立てさしてもらいます。下の桑酒屋へ飲みにいきまひょかいな。それとも多田亀の琴では、役不足かいさ」
「いやいや、わしも飲みたいとこやったんや。お琴姐はんと連れどうて……そらよいのう。おい、お前ら先帰っとれよ」
 琴に色っぽく持ちかけられて、勘吉はたちまちぐんなりとなる。五、六丁下の吉川村の桑酒屋に飲みに行く様子。桑酒は桑の実で醸造した酒。八木町一帯が本場であった。
「ちぇっ、あほらし」
 子分たちもぶすぶす言いながら引きあげていく。喜三郎はほっとして、全身の緊張をゆるめた。己の無力さ、意気地なさが思い知らされる。貧者や弱者は、どうあがいても富める奴、強い奴らに存分にしいたげられ、いじめられて泣き寝入りするほかないのか。強い者の言いなりになって生きのびようとする事大主義から、己もまた畢竟抜け切れぬのか。いやだ、いやだ。馬鹿にされ、頭から踏みつけられつつ、ただ食わんがために生きてなんになる。喜三郎は輾転とした。
 深夜、足音が近づく。喜三郎は、はっと椋の棒を握りしめた。
「喜楽はん、起きとってか。うちや」
「お琴やん、いま開けたる」
 ランプの灯をつけて急いで迎え入れる。
「河内屋、どないした」
「よいかげん酔いつぶして、置いてきたえ」
「おっきに……時の氏神やったで。わし、恐ろしゅうて震えとったんや」
「誰かて、あんなん恐いのえ。相手にならん方が賢いのや。けどうち……」
「何んやい」
 琴はほっと酒の香の混じる息を吐き、喜三郎の胸に顔をうずめた。
「うち、ほんまに喜楽はんの女房いうて、世間の人に認められたい。うちを嫁はんにしてえさ。何でもする、働くえ」
「……」
 分厚い頼もしい琴の背を抱いて、喜三郎の心は迷う。学歴がなければ、官吏や軍人への道も閉ざされているのだ。あこがれの国学や哲学・国体の究明・宇宙観などといってみても、ちっぽけで弱い自分には、手の届かぬ高みでしかない。せめて、人に踏みつけにされぬところまで抜け出ようとするなら、生命がけで奴らに張り合う力がいるのだ。力と力でしのぎ合う侠客の世界に入って名を挙げるほか、道はなかろう。やくざになったからとて、悲しむ父ももう居ないのだから。
「喜楽はん、うち嫌い?……」
 琴が涙でいっぱいの目をあげる。
「いや、好きや。覚悟がでけた」
「うれしい。祝言、挙げてくれはるのん」
「今はそんなどこかい。わしはやくざになる。生命かけて奴らに負けん男になる。弱虫・憶病ったれの喜楽は捨てちゃる。明日からはお前の父さんについて侠客修業や。明治の幡随院長兵衛になって、百姓いじめの弱い者泣かせの河内屋ばらを蹴散らしてやるぞ。式はその後にしてくれ」
「おっきに、うちも立派な強い姐御になるえ」
「これ以上強うならんでもええわい」
 牧畜のあいまに喜三郎は多田亀のいる中村に通った。老侠客は得たりとばかり張り切って、やくざ教育を吹き込み始める。
「まず賽ころの握り方、いかさま博奕のやり方、見破り方から教えちゃる。よいけ、博奕というのはのう……こうっと」と賽ころのつぼを持ち出す多田亀の手を押えて、喜三郎が言った。
「わしはのう、どうもその賽ころはかなん。親父の遺言やさけ、その四角いの見るだけで蕁麻疹がでけるのや」
「厄介な餓鬼やのう。博奕打たん侠客もないことはないが……」
「わしは喧嘩に強うなりたい。弱きを助け、強きを挫き、仁侠の世界で命を張る男伊達になるつもりやさけ……」 
「それにはまず旅に出て渡世人の修業をするのが一番や。親分衆を頼って一宿一飯の世話になれ。そのうち、義理にからんだ生命知らずの出入りにぶつかるやろ……」
「あかんあかん、牧場があるわい。旅人にはなれん」
「しやないのう。ほなまず仁義の切り方からや。やくざの挨拶にはそれなりの儀式も方法もあるのや。仁義とちって仕損じよったら、どんな因縁つけられてバッサリやられても文句は言えへん。よう覚えとけよ。まず新の手拭いをこう差し出して、腰を落とす……その尻もっと引っこめい……何や、便所へ入ったんと違うど」
 多田亀はとみこうみして、喜三郎に格好つける。
「早速おひかえ下さって有難うござんす。軒下三尺お借りして失礼でござんす。手前生国と発しまするは丹波でござんす。丹波と申しましてもいささか広うござんす……おい、やってみろ」
 喜三郎が巻き舌になって、すらりと真似する。
「一回で覚えちもうたのう。じゃ、次や。縁もちまして親分中村在住多田亀吉の身内上田喜楽と申すけちな野郎……」
「けちな野郎はつまらんのう」
「ふざけるない、この野郎」
「やくざの仁義もつまりは紋切り型。荒神山の昔と変わらんやんけ。穴太流で切ったらあかんやろか」
「どう言うんじゃい」
「わしゃのう、生まれ在所は丹波の穴太。うどんを作れば天下一品、多田亀親分の身内安閑坊喜楽と申す粋な男や。仲良うやってかへんこ」
「ドスがきかんわい、あほんだら」
 次に心得。
「一に度胸、二に度胸、三に度胸で四に機転じゃ。侠客になって名を挙げようと思たら、頭を割られたり、腕の一本ぐらいとられなんだら、本物にならん。こっちが命を捨ててかかれば、何百人の敵も逃げるものや」
 それから凄みをきかした声になって、一本釘をさす。
「俺の子分もようけおるが、跡目を継がすほどの大物はおらん。お前を琴の婿養子にもろうて、若親分に仕立てちゃるさけ、恥ずかしないよう、しっかり修業せいよ」
「その養子の件やがのう……」
「なんや、不足こ。わしの一人娘をお前の勝手にさして黙っとるのは、ちゃんと考えがあってのことや。まさか、一時の冗談で、嬲り者にしたんやないやろのう」
 しげのとの結婚の苦い思い出がよみがえる。知り尽くしているつもりの女が、結婚という座に直ると更に一枚皮をはぐ。想像もしなかった別の女になる。琴にしても、そうでないとどうして言えよう。さらに、自分のうつろいやすい心がこわい。
 とっさに、今習った機転で答える。
「わしはお琴はんをなぶり者にした気はおへん。けど、いま婿になって若親分を継いでみなはれ。あいつは多田亀親分や女房の威光を借りてあれだけにのし上がったと言われんならん。それがくやしいのや。わしは、裸一貫、男度胸で上田喜楽の名を売ってみたい。押しも押されもせん実地の親分になったら、堂々と嫁はんにお琴やんもらいます。それまで待っとくれやす」
 多田亀は、うなった。
「琴の見込んだ男や。さすがに間違いないわい。よっしゃ、骨は俺が拾うてやるさけ、琴にはかまわんと命を捨てる気でやれ」

 秋も深まった十月十九日、快晴。牛乳配達の暇をみて、母の稲刈りの手伝いに帰る。腰をかがめた老婆が稲田によろめき入ってきた。
「喜三やん、えらいこっちゃ。早よ来ていな」
 親戚の治郎松の母親このである。
「どうしたんや、顔色わるいで」
 喜三郎をつかまえては小言しかいわぬこの婆が、縋るような目で言った。
「河内屋が松をなぶっとる。二百両ださねば、俵に詰めて地獄川へ放りこんじゃる言うとるんや。救けてえな。早よ早よう……」
 地獄川というのは、丁塚山から天川の里の脇を通って犬飼川に注ぎ入る小川である。
「そうか、やっぱり来よったか」
 喜三郎には河内屋の腹が見えすいていた。治郎松がつい先日、蒼くなって喜三郎に告白していたからだ。
 大阪から田舎下りの舞の師匠にお玉という四十くらいの年増がいたが、治郎松はやもめ暮らしの淋しさから、五十二歳の老の分別も忘れてつい手を出した。この治郎松、女にだらしないばかりか、今も淋病に苦しんでいるのに。ところがぬっとその現場に現れた男がある。河内屋勘吉親分だ。
「おい、わしの女房どないしてくれたんや」
 治郎松は動転して、お玉からとび離れた。
「あっ、あっ、ありゃ、あんたはんの女房で?……」
「きまったるわい。わしの女、ようも汚しくさったな」
「か、河内屋はんには、たみさんいう嫁はんが……」
「一人おろうと、二人おろうと、お前の知ったことけい。わしの顔に泥ぬりくさって、この始末どないする気じゃ」
 勘吉は、逃げる治郎松に襲いかかった。したたか殴られ、真っ青になって逃げ帰り、蒲団をかぶって震えているところへ来合わせたのが同じ株内の上田長吉・通称チョキ、二十五歳。小柄なためか、まだ十五、六の小僧っ子に見える。
「どえらいことになったのう。河内屋にかかったらほんまに殺されんなんで。けど気の毒や。わしが仲に入って、勘吉親分に話つけたろか」
「頼む。長吉、恩に着るわい」
 治郎松は手を合わした。
「けどのう、詫びのしるしに百両は包まなあかんやろ」
「百両。ひゃー、あんまりじゃ」
「命と引き替えなら安いもんやで」
 生まれついての吝嗇家治郎松、百万だらぐちりつつ、かき集めた五十円を、血を吐く思いで長吉に預けた。
 そのいきさつを喜三郎は治郎松から聞いた。同じ手口で、村の若者がお玉にひっかかり、さんざ勘吉に金をむしり取られた噂も、喜三郎は聞いていた。つまりお玉と腹を合わせての美人局だ。喜三郎は、上田長吉の仲裁が不調だったことを察した。
「なに思案しとるんや。早う来とくれ、松がやられてしまう」
 母が眼で「行くな」と必死で止めている。行けば、治郎松と共に地獄川に叩きこまれるに違いない。喜三郎が逡巡していると見て、おこの婆さんは、薄い白髪頭を振りたておどしにかかる。
「身内の者が殺されそうじゃというに、救けにも来てくれんのかい。は、薄情者。お前んとこには先から二十円貸しとるのん忘れたか。すぐ返せ。いま返せやい。お前が見捨てる気いなら、わしにも覚悟があるど」
「それとこれとは話が別でっしゃろ。無法者の河内屋相手に、喜三が大怪我でもしたら……」
 世祢がたまりかねて口を出した。
「わしとこの松は、殺されてもよい言うんやな。よっしゃ。喜三は勘吉が恐ろしゅうて逃げ出した、身内見捨てる卑怯者やと、村内ふれてやらんなん……」
 肚はできていた。多田亀から学んだ侠客修業の実地が向こうからやってきたのだ。命を投げ出してかかれば何とかなろう。おこの婆さんの毒づきをよそに、
「ちょっと行ってくるで、母さん」
 喜三郎は稲刈り鎌を置いて歩き出した。
「逃げる気か、喜三。待て、待てい」とおこの婆は、喜三郎の腰に喰い下がる。
 裏藪の垣を二つもくぐり抜け、顔中蜘蛛の巣だらけにしながら、喜三郎とおこのは、背戸口から治郎松の奥の間に入った。河内屋のドスのきいた怒声が、ぴりぴり鼓膜に響く。そっと襖の隙からのぞくと、あがり框には、表の観客の視線を斜めに受けた勘吉がふんぞり返り、その前には治郎松がひれ伏している。土間には、留公・与三公の兄貴分の他三人の三下奴。
 農繁期というのに、物見高い村の衆が遠巻きに見物している。彼らは、勘吉も憎いが、日頃人の災難をとび上がって喜び、あることないこと吹聴し廻る憂い松こと治郎松を、いい罰だと思っている顔だ。
 陰陽道によれば、破軍星(北斗の第七星、剣の形をしている)の剣先の示す方向は万事不吉だとか。治郎松の背にある長火鉢を前に座を占めれば、今宵のぼる破軍星の柄にあたり、剣先が勘吉たちに向くことになる。とっさにそんな計算を心頼みにしながら、震えてくる歯の根をかみしめた。男を売るからには格好よくと壁にかかった井筒模様の褞袍を引っかけ、初舞台に上がった役者のように上の手から喜三郎は膝小僧を震わせつつ長火鉢の前に歩み寄った。
「喜三やん」
「よう、喜楽はん。がんばって」
 村の衆がどよめいて、熱い視線を送ってくる。
「おい、勘吉っつぁんよ、いやさ河内屋の親分さんえ。こんなひょろひょろ爺に、大の男が五人も六人もよってたかって人騒がせな、何事じぇい。文句あんなら、治郎松さんに代わってこの喜楽が聞いたるで。さ、もういっぺん言い直してみい」
「き、喜楽。また差し出口さらすな。この爺い奴が、俺さまの女房にちょっかい出しやがって、わしの面に泥ぬりやがった。地獄川に叩きこんでやらな気が済まねえ。四の五のぬかしやがったら、喜楽もろとも袋叩きだ」
 のっそり立ち上がった大熊のように、赤い口腔をみせて、狂暴に吠え哮る勘吉。治郎松が、喜三郎の背にしがみつき、泣き声で叫んだ。
「喜楽はん、言うとくれな。わ、わしはほんまに長吉に五十円、わ、渡して、た、た、救けてくだはるよう、た、た……」
「うるさいやい。わしが受け取ったのは二十五円ぽっきり。そんな端金でこの河内屋が引っ込めっかい。なめてくれるなよ、爺さん」
 そこへ村の衆を押しわけて、長吉が兄の嘘勝にこづかれながら入ってきた。嘘勝は本名上田勝吉、村の若い衆にはちょっと顔のきく男で、弟の長吉と違って度胸もある。嘘が上手で、嘘勝が通り名。本人はむしろそれを名誉に思っている。
 嘘勝の叔父もまた嘘鶴といい、嘘つき自慢だ。嘘をつく時はきまって、「今度こそ嘘やないど」と前置きする癖がある。亀岡から穴太への途次、松と桜の古木が抱き合って立つ〈松の下〉という淋しい地に住んでいる。豚小屋のような一軒家だ。五斗俵に籾殻をいっぱい詰めこみ、狭い庭に二十俵も積んでいた。金持ちと見ると、引っ張り込んでこの俵を見せ、「米が十石や。みてくれい。値が出るまでもうちっと待つのや。この十石を抵当にちょっと貸してくれやい」と交渉し、巧妙に金を融通させる男であった。うっかり俵に触れようものなら、「さわるな。さわり三百円の罰金や」と宣言する。しまいには、鼠防ぎだといって柊の小枝を俵一面に植えていた。
 この嘘鶴の血統を受けた嘘勝も長吉も、嘘では免許皆伝に近い腕を持つ。しかしながら、なぜだかわりと村人の信用を得ている。天下御免の嘘つき一族なのだ。
 治郎松は長吉の胸倉つかんで、ふるえ声でわめき出した。
「やいチョキ(長吉)、わしの金どこへやった。五十円預けた金の半分、どこへ消えたい」
 長吉もがたがた震えて泣き出す。
「う、嘘やないど。お、お玉はんに渡したど」
「お玉が、わしに嘘いうけえ。ド阿呆」
 すると長吉は急にだまりこみ、妙な泣き笑いを浮かべた。
「どうやら残り二十五円の行方は、チョキとお玉はんのどっちゃかが嘘ついとることになるのう」と喜三郎が間のびした調子でいった。
「嘘つきは、嘘勝一家のチョキに決まってらあな」と勘吉。
 すると嘘勝が、蟹みたいに肩を怒らし、横歩きで進み出た。
「言うちゃろけい。大嘘つきはお玉じゃい。チョキが何もかも白状したんじゃ。お玉が長吉にこうしなだれかかって『五十円の半分、親分に内緒でうちにくれはったら、よいことしたげる』言うたんじゃと。据え膳喰わぬは男の恥……そこでチョキは男になった。つまりじゃ、治郎松っつぁんの五十円は半分は親分へ、あとの半分はお玉はんの懐や。嘘やないのう、長吉」
 わっと見物人が笑った。勘吉も子分衆も一瞬ぽかんと立っている。素早く逃げかける長吉を、喜三郎がおさえた。
「やい喜楽、そのチョキをこっちに渡しやがれ。じ、地獄川に叩っこんでやるぜ」
 真っ赤に逆上した勘吉が、小鼠みたいな長吉の襟首につかみかかる。ここで喜三郎の出番だ。
「おっと待ちな、河内屋はん。さっきから聞いてれば、けったいな話やないこ。お玉という女、侠客の女房とも思えん恥知らずやのう。転んでは金まき上げるなんぞ、治郎松やチョキだけのことやあろまい。洗えばまだまだありそうや。察するところ、男伊達をもって任ずる今売り出し中の河内屋親分は知らぬこと。まさか女を玉に使うて転がさせ男から金をせしめるなど、卑劣な手段をとるようなお人柄とも思えぬわい。ともかく、こんな噂が流れては男がすたる。村の名もすたる。お互いお玉のためにえらい迷惑やないかいな」
 嘘勝がたちまち大声で調子を合わせる。
「喜楽はんの言う通りや。こらお玉はんの一人芝居やろ。わしの親分の島原のいろは組の房ぼんやら河内屋はんの甚平親分の耳にでも入ったら、えらい名折れや。ことによったら親分同士一悶着……」
 勘吉の顔面が朱色から青に変わった。
「こ、こりゃ、ほんまに濡れ衣や、誤解やで。わしゃ女をだしに金をせびった覚えはないど。だ、誰や、治郎松はんに金出せなどぬかしよったのは」と子分たちをにらみつける。
「へー別に……言うたことおまへん」
 風向きが変わって妙なことになり、子分たちは恨めしげに口の中でもがもが言っている。勘吉は、江戸前の巻き舌もいつの間にやら生地にもどって、
「ようけ子分がおると、親分の心も知らんで勝手ぬかす不心得もんも出てきよる。禍は下(舌)からちゅうたもんや。わしは治郎松はんに筋道立てて詫びてもろたら水に流したる気でおったんや……」
「へっ、重々、年甲斐もないことでして。思わぬホテテンゴを致しまして……河内屋はん、どうぞお許し下はーい」
 ここを先途と治郎松が這いつくばる。その後に連なって、長吉も尻を立て、額を床にすりつける。
「ことが分かれば結構じゃい。けどわしも素人の喜楽はんにこみ割られたとあっては男が立たん。日を改めて埒をつけな……」
「よっしゃ、仲直りの手打ち式をしましょう。治郎松はん、十五円出しなはれ。親分からも十五円出してもろうて、明晩でも宴会を開こやないか」
 喜三郎の提案で抜いた刀の納め所に困っていた河内屋勘吉、二つ返事で承知して宴会の打合せに入った。治郎松は、生き返った顔である。

   広い亀岡の十三町に
       後を見返す女郎はない
 俗謡にもうたわれる亀岡町は、芸者仲居に至るまでみな京都の田舎下り。三味線をひくといっても、襷に三味線をくくりつけて座敷中ひき廻すのが関の山。不見転芸者、つまりこの地の表現を借りれば、股で挟んで金をとる「釘抜き女」が三、四十人、あちこちの料亭にうろついている。
 十月二十日夕、勘吉の馴染み芸者お愛のいる呉服町の小料理亭正月屋の玄関に、喜三郎、治郎松、長吉の三人が立った。
「穴太の上田喜楽です。河内屋はん、来たはりまっか」
「へー、あんたが喜楽はん、昼頃から、親分は身内衆と遊びに来たはるえ」
 冷笑を浮かべたお愛である。
 八畳程の二階座敷には、すでに足のない膳に五、六品の料理が並べられ、盃洗にはランプの影が映っている。勘吉側は六人、じろりと殺気立った目で迎えた。この宴会、勘吉側にとっては実に不本意に違いない。それだけに、機会さえあれば、いつでも修羅場と変ずる空気である。
 勘吉の挨拶ははじめから刺を含んでいた。
「喜楽はん、遠方ご苦労さん。お前はんも世話好きやのう。けど、今の人間は、困った時はチンコハイコして頼むやろけど、難儀が過ぎたら、はい、それまでや。あほらしい、人の世話もいい加減にしなはれよ」
「河内屋はん、今度の一件だけは乗りかけた船や。なんせ治郎松はんは、わしんとこの親戚やさけ」
「そやろそやろ。金を借りたり、いろいろ世話になっとってんらしいのう。呑みこんでらあな。こう見えたって河内屋は、血も涙もある男でござんす。ちったあ可愛がってやって下せえ」
 箱根越えずの江戸っ子弁で見得を切ったつもりが、かえって拍子が抜ける。次に治郎松に向き直り、
「治郎松さん、えらいお玉といちゃいちゃしてくれたそうなが、今後も見捨てんと世話したっとくれやっしゃ。わしも男一匹、お前はんにちょっかい出される女なぞに未練などあるもんけえ」
 治郎松はだらしなくぺこぺこする。
「おい、チョキ、手前もお玉とこそついたそうやのう。へっ、こんな小僧ったれに河内屋も安うなめられたもんや」
 がたがた震えて頭も上げられぬ長吉に、河内屋はからみつき、ちくちくといじめにかかる。
「だいたい手前ゆえにこんなに事件がもつれたんや。どの面下げて、この席に出られたんじゃい」
 下手に出てはつけ上がるばかりだと、喜三郎が坐り直した。
「河内屋はん、今夜は、きれいさっぱり男らしゅう仲直りする言わはるさけ、わざわざそろって穴太から出て来たんや。それともお玉はんの一件、も一度すっかりむし直して、世間にぶちまけたいんですかい」
 せっかくの手打ち式を自分からこわして、喜三郎の後にいる多田亀の口から土岡甚平親分にでも告げられては、勘吉の立場が悪くなる。勘吉は急に笑顔をつくり、
「いや、こいつは悪かった。つい、虫の居所が悪うて喜楽はんに気をもませたが、さ、これで仲直りの盃をさしてもらおかい」
「初めにおことわりしておきます。こっちはずぶの素人や。侠客の盃ごとには、どんなむずかしい儀式があるかわしらには分からん。失礼があっても勘弁してもらいまっせ」
「わかっとるで。盃をかわしたら兄弟分や。さ、与三、まず喜楽はんにおつぎせんかい」
 与三が喜三郎の持った朝顔の花形の盃に注ぐ、喜三郎はそれを一息に呑みほして勘吉に渡した。
「ハーイ、よろしい」と勘吉は間のびした声で盃を受けた。与三がつごうとすると、盃を上へ上へと上げて一滴も入れさせぬ。いかにも呑んだふりをして見せるのは、「へん、表面はともかく、きさまの盃など誰が呑んだるけい」との意志表示らしい。その盃を治郎松にさし出して、
「さ、色男の松さん、わしの盃では気に入らんやろが、今夜はとっぷり飲んでくれや」
 治郎松がいざり寄って両手で盃を差し出すと、勘吉は与三の徳利を引ったくった。
「えー、もう結構。あっ、散る散る、こぼれる、ひゃー」
 治郎松の悲鳴もかまわず、燗徳利一本の酒をたぶたぶと膝にぶちまけた。
「ははあ、わしの盃が、よほど気に入らんそうや。皆こぼしてしまいよったわ」
「めっそうな、もったいない、この結構な酒を……」
 治郎松は膝の上や畳の上にこぼれた酒を平手に吸わし、卑屈にもぺろぺろなめた。
 主客双方九人、表面仲直りと言いながら、深い谷にかかった危ない丸木橋を渡る心地だ。
 長吉は階下へ下りて小用をすますと、殺して飲んでいた酒が急に廻ってきた。恐い二階より、お愛はじめ二人の不見転芸者が長火鉢を囲う下の座敷の方が居心地がよさそうだ。長吉は図々しく入りこんだ。
「よう姐ちゃん、えらい暇そうなが、なんで二階に酌しにこんのじゃい」
「あほらしい、喜楽みたいなけちな男に何で酌に行くかいさ。五円ぽちで十円の料理出せいやと……」とお愛はつんと横を向く。
「五円ぽちやて。なにぬかしてけつかる。治郎松から十五円、河内屋から十五円、勝ち負けなしに合わせて三十円の仲直りちゅう約束じゃけど」
「あほな。喜楽の奴が河内屋親分に泣きを入れに来たくせに……」
「ひゃ、誰がそんなでたらめぬかした。一方は侠客の親分、一方は牛乳屋の安閑坊喜楽……そんな者と喧嘩して、五分五分の別れではつまり河内屋の負けや。ほんまやで、嘘やないど。けど、三十円の宴会にしてはえらい貧弱な料理やのう。吉川の桑酒屋へ行ってみい、五円もあれば、もっと御馳走出しよるわい」
 おしゃべりの長吉、お愛と河内屋の関係を知らぬから、べらべらと酔いの舌はまわる。お愛は顔色を変えて二階へ上がった。
「河内屋の旦那、ちょっと……」
 別室でお愛と立ち話をした河内屋は下の座敷へ来るなり、手枕で寝そべっている長吉の襟首をつかんで廊下へひきずり出した。
「おい、長吉、今度の事件は手前が起こしたようなもんや。俺や喜楽はんがまだ坐っとるのに、ちんぴらの手前が席をはずして何してけつかった。仲直りの式を破り、侠客の面に唾吐きくさったな。この野郎……」
 罵り終わらぬうちから、長吉の頭や腰を踏んだり、蹴ったりし始めた。怒声と泣き声に、喜三郎は二階から駆け降りる。
「仲直りの盃がすんだ以上、長吉がどこへ行こうとかまへんやんけい。長吉に悪いことがあるなら、わしに言え。明日の朝までは、長吉の親兄弟からわしが身柄を預かっとんじゃ。文句あんなら、わしが相手になったるわい」
「よし、分かった。喜楽はんに免じて、今夜だけは許したる」
 長吉は鼻をすすり上げて弁解しだす。
「すんまへん、親分。わし、何も悪気があって言うたんやないで。下の女中が、五円ぽちで十円の御馳走や言うさけ、そんなはずはない、三十円やと……」
「じゃかまし(やかましい)わい。手前はさっさと出て行け。喜楽はん、治郎松はん、機嫌直して、夜が明けるまで飲んどくれやす。前席が十円、二次会が二十円という段取りがしたるのに、わけもきかずに長吉の野郎が勘ぐりやがって、これから芸者をあげてパーッとやりますさけ……」
 喜三郎は、引き揚げ時とみた。
「いや、わしも牛乳配りが朝早いさけ、二次会にもおりたいのやが失礼しますわ。どうぞお身内衆と、わしらの分まで飲んで騒いどくれやす」
 まさに虎口を脱した心地で、二人を連れて正月屋を後にする。勘吉の手下がいつ先廻りして襲いかかるかも知れぬ。早く早くとあせっても、治郎松も長吉もへべれけに酔うて、同じ所ばかり行きつ戻りつ、なかなか足がはかどらぬ。
 旧暦九月二十五日の月が東の山の端をかすめて昇っている。けれど満天雲に包まれ、月の光すら、ただわずかな薄明でそれと知るばかりである。やがて長吉の叔父嘘鶴の住む〈松の下〉にさしかかった。
 三間山の麓の大樹の影から、四、五人の影が湧いて出た。
「松、長吉、にげろ」
 喜三郎はわめきつつ山に駆け上がる。まごついた治郎松は崖から蹴落とされて下の泥田にのめりこみ、人影は長吉一人に群がった。魂消る悲鳴。と、突然、山の中腹の暗がりから割木や石がとんできた。
「わっ、誰じゃい」
 悲鳴は新たに凶漢どもから上がった。喜三郎も歓声を上げ、手当り次第投げつける。正体の見えぬ新手の敵を恐れてか、襲撃者たちは、先を争い逃げていく。
「ひっ、ひっ、ひ、思い知ったか河内屋めら」
 山腹から現れた思いがけぬ救い主は、長吉の兄嘘勝であった。喜三郎らをここで待ち伏せる勘吉の計画を事前に知って、先まわりし裏をかいたのだ。
 長吉を救け起こしてみると、幸いたんこぶ三つ四つぐらいで、血も流れていない。
「ホーイ、ホーイ」と哀れな声で泥田の中から呼んでいるのは治郎松だ。酔いもさめ果て、泥だらけで這い上がってきた。
 その日はそれで済んだが、勘吉一派はことごとに喜三郎を目の仇とねらった。一方、「喧嘩の仲裁は喜楽はんに限る」と村人たちはおだて上げる。つい頼まれもせぬ喧嘩の仲裁に顔を出す。救けられた者は、喜楽はん、喜楽はんと慕い寄ってくる。味をしめると、しまいには無頼漢相手に喧嘩を買って出て、僅かの間に八回も袋叩きにあった。叩かれながら、喜三郎は、腹の中で考える。
「これでええのや。こっちが人を傷つけたら、きっと夜は眠れんやろ。わしはいつもまわし一ちょうで、石だらけの道で相撲をとるが、力一杯張りきった時は、ちっとも怪我もせぬし、痛いとも思わぬ。全身に力をこめておれば、どんなに叩かれても痛みは感じまい」
 指の先から頭の先まで力を入れ、体を硬くして敵の叩くに任せる。もう叶わぬ。謝まろか……と我慢の限界にくると、いつも誰かが出て来て敵を追い散らしたり、仲裁に入って、危難を救ってくれる。
 牧畜・搾乳・配達・農耕のかたわら、侠客修業の喧嘩沙汰に夢中で、明治三十年が暮れた。
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