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文献名1大地の母
文献名2第10巻「九尾の狐」
文献名3大の字逆さま
著者出口和明
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC B138910c03
本文の文字数23385
本文のヒット件数全 1 件/稚姫君命=1
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本文  梅田信之……常次郎が王仁三郎からもらった新しい名前である。
 名と共に、確かに信之は変わった。茶屋遊びを忘れたわけではなかったが、一誕生を過ぎたばかりの伊都雄に土産を買って帰るようになった。伊都雄を中にして、その愛らしい片言に笑い声を立てる日もあった。
「とーたん、かーたん」と安子は口うつしに伊都雄に教えこんでいた。危うい足運びで寄ってきて、そのぷっくりした指で信之をつかまえ、「とーたん」と笑みかければ、どんな鬼心の親でも蕩けずにはいられない。思わず笑んで、あわてて信之は頬を引き締める。
 無心な幼な児の呼び声の陰にこめられる安子の作意を感じとって、信之は抵抗してみる。それでもなお、伊都雄の笑顔を買いたいために、外出先からはかなり遠回りの道を歩いて土産を捜した。
「この子がしゃべり出したら、ちっとは楽になります」
 伊都雄が生まれた当座、直は安子にそう言ってくれた。小力を落籍せてからの地獄のような日々、その言葉は一筋の光となって安子を耐えしのばせた。時には口をこじあけてでも伊都雄に人語をしゃべらせたかった。今、安子の心はやわらぎ、母としてすがりつく伊都雄の小さな手にあたためられる。
 身も心もささくれ立ち凍てついた冬をつき抜けて、雛鳥を抱く安子の巣にも春が来たのだ。安子は伊都雄を授けてくれたまきに感謝する。
 王仁三郎はこの頃、月のうち二十日ぐらい梅田家に逗留して、宣教に歩いていた。信之も信仰を取り戻していて、王仁三郎と肩を並べ、大阪あたりまで嬉しそうについていく。大本式に髪すら伸ばし始めていた。
 梅雨上がりのある日、東洞院二条上ルの梅田家の門前に人力車が止まった。
「ああ、やっと見つかった。ここや、ここや、お安さん、せんど捜したでよ」
 やれやれといった風に下りて来たのは、赤ん坊の一二三をねんねこに背負った澄である。
「二条駅に下りることは知っとったんやが、あとは番地も何も聞いて来なんださかい……」と澄が言う。
 俥夫が梶棒を上げながら、あきれたように安子に訴えた。
「生まれて初めて京へ出て来たお人やそうやが、所番地も知らんと『門に松のある家捜してくれ』と言われたんは、わしも生まれて初めてどすわ。せんど捜しましたで」
 俥夫が走り去ったあと、二人は吹き出して笑った。
「でもまあ、よう分かりましたなあ」
「なんと京というとこは家が仰山つまっとるなあ。先生、おってかい」
 王仁三郎も信之も前日出て行ったきり帰らなかった。それを伝えても、澄はさして失望の色を見せなかった。
 安子は澄を案内して烏丸通りから電車に乗せ、市内見物に出掛けた。澄は流行の二百三高地というハイカラな髪に結い上げ、思い切ったお洒落が得意げであった。
 澄と安子と並んで坐ると、電車の客たちの視線は自然美しい二人に寄ってくる。と、澄は背に負うた一二三を膝におろしておむつをはずし、車内のまん中の通路に悠々とさし出した。
「さあ、シッー、シッー」
「あっ、ここではあきまへん」
 赤くなって、安子が引きとめる。
「そうかい……」と澄はうなずいて、今度は運転台の方へ行き、運転手の横に並んで、ぷりんと白いお尻を出した一二三を抱き、中腰になる。
 あわてて追って行き、安子は囁いた。
「おシッコは下りてからおさせやす。電車の中ではあきまへん」
「あ、そうかい。都はなした不便なこっちゃろ」
 二人は元の座席に戻ったが、安子はあたりの人に恥ずかしいやら、おかしいやら、そっと横を見ると二百三高地の澄はなんの屈託もなげにすましていた。
 新京極へ出て、華やいだ店々をのぞき歩いた。珍しそうに眺めながら、澄は言う。
「お安さん、うちはもうこういうとこへは来とうないで」
「なんでどす」
「欲しい欲しいの霊ばかりでいっぱいや。都はこわいとこやなあ」
 帰り道、うどん屋に入って、しっぽくを注文した。澄はふたをとって、ため息をついた。綾部での暮らしには縁遠い、きれいなかまぼこ・麩・しいたけ・菜っぱなどが、彩り美しくうどんの上にのっている。一二三も手足をばたつかせて欲しがった。うどんやかまぼこを口に運んでやりながら、澄も食べる。
 しいたけを箸につまんだところ、一二三が小さな口を開けて待った。
「これか、これはオーカミやでよ。わしが食べちゃるで」
 ぱくっと、澄が自分の口に入れた。狼は怖いものと、一二三は仕込まれているらしい。何とも言えぬ奇妙な目つきで、一二三は母の口元を見つめた。
 その夜もふたりの夫は帰らない。宣教に夢中で飛び回っているのだろう。
「のんきにもしておれんさかい、またくるでなあ」
 名残惜しそうに、澄は帰っていった。
 梅田家の二階神前の間に京都大本本部が設立され、梅田信之がその教統となったのは、それから間なしの明治四十五年(一九一二)七月十二日である。

「聖上御不例」の官報号外が公表され、世上を悲痛と恐慌に陥れたのは明治四十五年七月二十一日である。日露戦争の頃から急に年を取られ健康を害された明治天皇は、大逆事件に至るふり積もる御心労に倒れられたのか。
「十九日午後ヨリ御精神少シク恍惚ノ御状態ニテ御脳症アラセラレ、同日夕刻ヨリ突然御発熱、御体温四十度五分ニ昇騰……」
 尿毒症である旨が続いて明らかにされた。
 綾部の大本本部でも、直ちに出口王仁三郎以下詰めかけた信徒たちが神前に御病気平癒を祈願する。
 正確には七月二十九日午後十時四十分天皇崩御、御年六十一歳。
 崩御の正式発表は七月三十日午前零時四十三分であった。号外が津々浦々まで流るや、明治の終焉を惜しみ、慟哭する声は朝野に満ちた。
 皇室典範第十条「天皇崩ずる時は、皇嗣即ち践祚し、祖宗の神器を承く」により、皇太子嘉仁親王が即日践祚し、その日、明治は「大正」と改元された。
 ――昔のみろくさまの世になるのは、大の字逆さまになりて居りたのが、上を向いて大の字まっすぐになりたから、世の立替えが伸びただけは、後の立直しも何も一度になりてきて、たいへんに大本の中がせわしうなるぞよ。(大正元年旧十一月六日)
「大の字逆さまて何でっしゃろ」
「さあなあ……大の字いうたら大本の大、大将の大……」
「大将が逆さま……妙やなあ」
 筆先に傾倒している信者たちの間で、こんな囁きが交わされ始めたのは、もうずいぶん前からであった。教祖の直も、王仁三郎も、その確とした説明は避けているようであった。明治三十二年旧四月の筆先にも、「大の字逆さま、丸に十をかいて、八分まで黒くして見せてあろうがな。世が変わるしるしぞよ」とあった。上谷の修行時代、雪の降り積もる夜の庭で「 」の字に逆立ちした福島寅之助がよく神がかり口調で叫んでいたが。
 まさに世が変わり、そのしるしの年号は「大正」と改まった。大の字が上を向いて、まっすぐに姿勢を正した世が来たというのか。艮の金神は、ずっと前から大正の年号を予言しているのか。
 そういえば改元の半月程前、本宮町新宮坪の内の出口家元屋敷が二十年ぶりで大本の手に帰していた。直の夫政五郎が新婚の居と定めたのはここであった。貧窮のために転々として、明治九(一八七六)年、売れ残った四十八坪のこの地に舞い戻り、紅殻染めの小さな家を建てた。澄が生まれ、政五郎が病みついてこの家で死んだ。艮の金神国常立命が初めて直に神がかられ、あげくに座敷牢に押し込められたのもここである。
 大槻鹿蔵に家屋敷を売り払われて、天涯に身を置くところもなくちりぢりに散った親子にとって、どんなに恋しい地であったことか。直・澄はじめ信者たちの喜びは深かった。
 またこの年(明治四十五年)の四月二十四日(旧三月八日)直・王仁三郎・澄・直日他百二十四名の一行が綾部を立ち、二十五日、伊勢の内宮、外宮に参拝。翌二十六日には香良洲神社に参拝している。
 香良洲神社の所在地は三重県一志郡香良洲町小字山添、伊勢湾岸に面した片田舎の一隅にあり、ひときわ高くそびえ立つ神木と緑の森に囲まれた神域は、岸打つ波の音を近くに聞きながら、千古の面影を今に残す。通称「おからすさん」として親しまれるこの社の祭神は稚姫君命。国常立命の直系分霊であり、出口直の霊魂とされるから、直にとっては因縁の宮である。
 ――三月八日立ちで、お伊勢の大神宮殿に参拝をいたしたのは、まだ昔からないことでありたぞよ。おからすの宮に同じ身魂の出口直と引きそうて、お迎えに参りたお供は結構でありたぞよ、世の変わり目の金輪際のおりでありた……。(明治四十五年旧三月十五日)
 神苑となるべき土地は次々に買収され、さらに交渉中の土地も多い。大正になれば、大本の中は忙しくなるだろう。はたして吉か凶か。

 小西松元は、京都市中京区神泉苑町三条下ルの山中惣吉宅の一室を借りて勝手に大本の支部を作り、得意の病気治しと鎮魂帰神で信者を集めていた。反王仁三郎運動に失敗して綾部におられなくなり、明治四十三(一九一〇)年二月には郷里の宇津へ帰って祈祷をしていたが、宇津では満足できず、間もなく御嶽教教導職の資格をとって単身京都へ出てきたのである。
 どこへ行っても食いはぐれのない男だ。すぐに小西松元の評判は高まり、間もなくつめかける参拝者で山中惣吉の一間だけでは収容しきれなくなる。
 支部新築の話が信者間に持ち上がる。山中惣吉が、積極的に自宅横の空地の貸与を申し出た。支部役員の一人である佐藤政治郎(二十四歳)は、山中家に近い大宮通り三条上ルで大きな材木商を営んでいた関係で、新築に必要な木材その他一切を請負い、その資金の立替えを約束した。とんとん拍子に話は進み、支部役員たちからは献金が集まり、一般信者へは奉加帳がまわされて、予算を越えんばかりであった。
 すぐに普請にかかり、十畳・六畳二間の平家はもう九分通り完成し、後は新春の吉日を選んで落成祝賀会をひらくばかりである。小西松元は、得意の絶頂であった。
 大正元年を締めくくる大晦日である。小西松元にとって、やりきれぬ汚辱にまみれたこの日は、すこぶる出だしよく始まった。
 家主の山中惣吉は、衣服・布帛の染色、染返しなどの請負い(大阪では悉皆屋と呼ばれる)を業としていたので、常々留守がちであった。特に今日は本年最後の集金で、いつもより早く家を出た。
 ――おそらく今夜は除夜の鐘を出先で聞くまで帰らんやろ。こんな日に祈祷の依頼に来る馬鹿もなかろうから、めったにない機会やと、松元はほくそ笑んだ。
 惣吉が出掛けると、その妻いねが玄関に鍵をかけ、松元の枕元に朝酒を運んできた。くたびれ、古ぼけ、しかも意地ばかりいっそう磨きのかかった松元の女房すえは、宇津に置き放したままであった。それで、松元の身の回りいっさいは、惣吉の妻いねがこまごまと世話してくれる。
 この夏、初めての子を産んだばかりのいねは、美人とはいえぬまでも小粋なところがあって、老妻すえとは比べようもないほどぴちぴちしていた。酒と女に目がない松元が、鈍重な物言い、決断の鈍い醜男の夫にあきたらないこの妻女の隙を見逃すはずはなかった。一度あやまちを犯すと、いねは覚悟が出来たかのように情をこめてきた。信者たちの手前すら、松元に対するしぐさは夫にもみせぬような情愛を匂わせる。
 一夜明ければもう五十九歳、還暦に手が届く年齢というのに、松元は老いてはいない。朝酒にあからんだ胸をはだけ、寝乱れた床に無造作にいねの体を抱き込む。

 次兄政治郎が神泉苑町の大本支部新築現場に出ていったあと、佐藤忠三郎は、仕事をさぼって二十二歳の最後の日を女郎買いに抜け出す計画であった。
 材木商の父捨次郎は大きな製材工場を持っていて、かなり裕福であった。けれど兄弟姉妹がぞろっと十三人、そのうちの三男だから、忠三郎は蝶よ花よと格別大事に育てられた覚えはない。真面目な兄たちに比べて遊び好き、早いうちから店の金をごまかして廓遊びを覚えた。端正な顔立ちで、女にはよくもてたから、親の説教などくそくらえだ。
 製材工場から戻って、洗面所で鼻下にのばし始めた八字髭の手入れにかかっていると、政治郎が勢い込んで帰ってきた。
「お前、今日はどこへも行かんと留守番しといてや。ちょっと厄介なことができよった。あと頼んだぞ」
 政治郎は、父捨次郎を連れ出して、またあたふたととび出して行った。何のことやら分からぬまま、忠三郎は大晦日の一日をしぶしぶ家でごろ寝していた。
 父や次兄が帰ってきたのは暮れ方であった。小西松元がいっしょだ。おやと、忠三郎は見直した。
 松元は別人のようにしおたれていて、日頃の傲岸さはない。両耳のあたりから一尺あまりものびている黒白まじりの顎髭が……素盞嗚尊の八束の髭じゃとうそぶいていた貫録もどこへやら、震えてみえる。
「どないしたんや」
 忠三郎がそっと訊くと、政治郎が苦り切って答えた。
「小西先生が年甲斐もなく困ったことをしでかしてくれた。山中惣吉はんが集金の途中に用事を思い出して帰ったそうや。玄関がしまっとったさかい裏口から入ったら、朝っぱらから小西先生とおいねはんが……」
 忠三郎は、ははあと思った。その後を言いしぶっているまじめ人間の兄に代わって、口を出した。
「ぬれ場に踏み込まれたわけどっしゃろ。昔からよくあるこっちゃ。『不義者見つけたり』ちゅうんで……それからあの親父、どうしたんどす」
「すぐ警察を呼んだんや。えらい勢いでわめかはる。庭の仕事場にいたあてもびっくりしてとび出す。近所中が集まってくる。動かぬ証拠があるさかい、さすがの小西先生も弁解できへん。警察は姦夫姦婦をすぐしょっぴいて行く。あてらは、山中はんの親戚やら支部の役員さんたちと善後策を講じとった。というより、惣吉はんをなだめるのにてこずっとったんや」
「にぶいなあ。あてでさえ、あの二人妙やないかと、初め見た時からピンときとったのに……」
 忠三郎が生意気な口調で言った。
「今更いうな。知らぬは亭主ばかりなりや」
「それでこれからどうするんどす」
 政治郎も、途方にくれた風に舌打ちする。
「『二人を引き取りに来い』いうて連絡があったさかい、あてと二人の役員さんが身受け保証人になって、ともかく身柄をもらい受けてきた。今後の監督は警察から任されたんや。まさかこの正月を、このまま山中家に三人睨み合わせてもおいとけんさかい、しばらく先生は家で預かることにした」
「おいねはんの方は……」
「惣吉はんに監禁されとる。今頃は大変やろ、新派大悲劇や。惣吉はんにねちねち油をしぼられとるこっちゃろ」
 姦通罪は親告罪の一、旧刑法第一八三条で「有夫の婦姦通したるときは二年以下の懲役に処す。その相姦したる者また同じ」と規定していた。妻が夫以外の男と通じた時は本人も罰せられるが、夫が妻以外の女と通じても相手が人妻でないかぎり罰せられない。昭和二十二年の刑法改正でこの規定が削除されるまで、女性に不利なこの条目は生きていた。
 惣吉夫婦と小西松元の顔を思い出して、忠三郎は思わず笑いがこみ上げた。政治郎に連れられて、ひやかし半分に忠三郎も何度か松元の支部へ参拝したことがあった。いつ行っても十名から二十名近い人がぎっしり詰まっていて、鎮魂や託宣を受けている。中には発動気味の男女がいたりして、その異様な雰囲気に幾度か固唾をのんだ。
 松元自身が霊を受け、発動する時もあった。憑霊がかきくどくたび、松元の目から涙が流れ、鼻汁といっしょになって髭まで濡れる。つき添っているいねが、ぬれ手拭で丹念にふいてやっていた。
 まだ独身の忠三郎でさえ、目をそむけたいほど情の通いあった姿であった。
 松元は日頃から、「わしは小松林命、瑞の霊魂の本山であるぞよ」と宣言し、信者たちに生神扱いされていた。小松林命や瑞の霊魂のなんたるかを知らぬ忠三郎は別にありがたいとも思わなかったし、疑いもしなかった。その生神さんが、間の抜けた親父に間男の現場を押えられるとは。
 忠三郎はにやにやしながら言った。
「兄さん、そんなけったいな先生のいる大本教やとすると、やっぱりあては入信を見合わせた方がよさそうどすなあ」
「勝手にせい」
 政治郎は泣き出しそうに顔をゆがめた。
 次兄政治郎が大本へ入信したのは、もう一年以上も前である。政治郎は徴兵で陸軍に入隊、二ヶ年の満期後、続いて軍人生活をしたが、現役中に瘰癧(頸腺結核)をわずらい、兵庫県淡路島の軍の療養所で手術して療養生活を送っていた。除隊後は自宅で養生していたが体は衰える一方で、再発の兆候さえあった。
 たまたま知人から小西松元を紹介され、山中家で鎮魂を受けた。三、四回通ううち体が軽くなり、快方に向かっていくのが自覚できた。
 小西松元を通じて霊験あらたかな艮の金神への信仰を深めていった政治郎は、「自宅に大本の神を奉斎し祖霊さまも復祭したい」と言い出した。これには両親も長兄市治郎・弟忠三郎も反対で、政治郎と家族全員の間に大論争が始まった。
「お前一人の信仰なら自由やが、家の中に特別の床を作り、仏壇におさまっとる先祖さままで引き出して神として祀り直すなど大問題や」
 これが反対する側の共通の意見である。しかし政治郎の熱意には勝てず、まず父捨治郎が動かされて支部に出入りし始める。次第に反対派の結束が乱れ、ついに自宅に大本神を奉斎し、祖霊を復祭してしまった。奉斎はしても、さわらぬ神に祟りなし、朝夕のお給仕・礼拝に家族は関せず、政治郎一人でしていた。遊びの面白さに夢中になっている忠三郎には、兄の信仰心が年寄りじみていて滑稽であった。
 今度の小西松元の姦通事件は、こんな家族の手前もあって、政治郎にとって実に迷惑な出来事であったに違いない。
 ――若いくせに神さんに惚けるさかいや、これでちっとは目が覚めるやろと、忠三郎は次兄のために喜んだ。

 大正二(一九一三)年正月の三ヵ日は事態収拾のため、山中家では親戚縁者の会合、佐藤家では支部役員の会合、そして両者の会合と、屠蘇を祝う暇もなく重苦しい慌ただしさのうちに過ぎた。
 まだ松飾りの取れぬある夜、山中家では深更までいねの処分についての論議が続けられた。同じ文句が繰り返され、くどくどと愚痴が続くだけで、いつ果てるともなかった。集まっては刺激的な情事を種に酒を飲みたい奴らばかりなのだ。
 惣吉本人は、今さら騒ぎすぎて少々後悔していた。告訴する、裁判にかけてふたりとも牢にぶち込む、だれが何といってきても許さんとわめいていた威勢も萎えてきて、物を言う元気もなかった。
 考えてみれば、いねにはたっぷり未練のある惣吉だった。妻を牢に縛られれば困るのは自分なのだ。まして赤ん坊を置かれて離縁など……かたくなに黙しているばかりで、飯も食わぬいねが面憎い。しかし、何を考えているか分からぬだけに不安だった。親戚の中にやくざ者がいて、一層事態を紛糾させようとする気配があった。
 決断もつかぬままに夜が更け、散会となった。気がつくと、隣室に閉じ込めていたはずのいねの姿がない。赤ん坊だけが安らかな顔で眠っている。
「しまった。いねを逃がしたわい」
 惣吉は慌てた。一同は手分けしてさして広くない家の中・庭・近所中を探し回った。小西松元のいる佐藤家にも使いは飛んだ。
 提灯を持って庭に出た一人が、古井戸の隅に脱いである下駄を見つけた。隣家の一文字屋の倉が月光を遮って、そこだけ取り残されたように暗かったのだ。いつもは蓋のしてある井戸が、闇の中になお黒々と無気味に口をあけている。
「ぎゃあー」
 惣吉を呼ぶつもりで上げた声が悲鳴となった。井戸の回りに集まった人々も、すぐには提灯を上げて覗く勇気がなかった。ようやくかざした灯が水面に届く。その淡い光の輪の中で、髪が藻のように広がっていた。
 佐藤家から捨治郎・政治郎・忠三郎が駆けつけた時、いねの遺体は井戸から引き上げられ、ぐしょぬれのまま床に寝かせてあった。放心して一層間の抜けた顔の惣吉が、時折しゃくり上げて泣いた。
 いねの死は小西松元の故郷宇津へも知らされ、小西家の身内二人が出てきた。綾部の本部からは湯浅仁斎・竹原房太郎の役員が出張してくる。
 忠三郎は、この事件の推移を終始、興味深く眺めていた。
 山中家親戚代表・小西家親戚代表・大本役員の三者で話し合いが行なわれたが、問題は一層こんがらがっていった。山中家代表のやくざ者が、「今度のことはただではすまさんぞ。お前ら、馬鹿にすんなよ。どうしてくれる」といきまくばかり。小西家・本部役員が繰り返し謝ると、「謝って済むことか、ただで済ます気か、返事はどうや、え。済むか済まぬか、性根を据えた返事をせい」と凄む。いつ解決つくとも知れない。
 本部役員でもやくざ者は扱いにくいのか、いねの葬式を見送ると、「一度綾部で相談してきます」といって引き揚げた。
 ――本部の役員いうても頼りないもんや。何にもでけんやないか。
 忠三郎は、紋付きのはげた羽織に木綿の袴、風采の上がらぬ役員のしょんぼり帰る姿を見て思った。
 佐藤家で謹慎中の小西松元は、その夜、捨治郎にぽつんといった。
「佐藤はん、今度はあんたんとこにほんまに迷惑かけました。わしはこれからどうなりまっしゃろ」
 何とも心細い問いかけだった。
「あんたは瑞の霊魂の本山じゃと言うとってどっしゃろ。人はんのこれから先のことならぴったり当てなはるあんたが、自分のことは分かりまへんか」
 捨治郎が皮肉混じりに問い返すと、松元はうなだれた。
「それが、自分のこととなると、さっぱり分かりまへんのや」
 忠三郎はかたわらにいて、この言葉を印象に刻んだ。瑞の霊魂か何か知らんが、この男の超能力も去ったのだと思えば哀れだった。
 湯浅らが帰綾して二日後、今度は綾部から松井元利が一人でやって来た。仙台平の袴に五つ紋の羽織を着こなし、颯爽とした登場であった。目に凄味があり、貫禄もあった。松井が乗り出してきて、どういう政治的手腕を発揮したのか、やくざ者は縮こまっておとなしくなった。
 問題は一挙に解決した。小西松元も親戚に連れられて、影さえ薄げに宇津へ去った。
 この事件によって次兄政治郎の信仰熱が冷却することを忠三郎は願ったが、朝夕神前に仕える政治郎の態度に変わりはなかった。政治郎の信仰は、すでに小西松元という媒介なしに神と直結するまで高まっていたのだ。

 事件の噂もようやく下火になった頃、忠三郎は、赤ん坊を背負った山中惣吉に町で出会った。
「山中はん、大変やなあ」
 あまりにみじめったらしいその風体に、忠三郎は胸が痛んだ。
「乳を貰いに行ってきたんどすわ……ほんまに仕事も何もできしまへん。一番損したのはあてどすがな……」
 惣吉は泣き笑いした。
「けど、可哀そうなんは、何というてもこの嬰児やなあ。何も知らんと……」
「それでもあんたはん、おいねが夜中に乳呑ましに出て来てくれるさかい、まだ助かってますわ」
「へえ、それはまあ……あの……おいねはんって誰どす」
 忠三郎はきょとんとした。
「はあ、おいねどす。この子の母親の……」
「そんな阿呆な……冗談言わんときなはれ」
 言いながら、冗談など言いそうな男でないのに気がついた。
「ほんまどっか山中はん。出てくるってあの……こう、井戸の中から……」
 忠三郎は芝居で見るように両手を胸前に垂れてみて、慌ててその手を懐へ隠した。
「さあ、どこから出てくるんやろ、それは聞いとらんで。あてがもの言いかけると、すぐ消えてしまうんどっせ」
 惣吉は、うそ寒げに鳥肌たった頬を撫でる。
「……ちょっと聞きますけど、足ありまっか」
「そやなあ、足、あったやろか……」
 惣吉自身、幽霊のように頼りない目でぼうとしている。
 賑やかな三条通りを折れて、神泉苑通りまで忠三郎はついて来た。
「そいで山中はん、おいねはんの幽霊は恨んではりまっしゃろなあ。どんなあんばいどす」
「あんた、恨んどるのはこのあてどっせ。夜半に赤ん坊が泣いてかなんさかい、『おいね、何とかしてくれえ』言うて蒲団かぶってもぐってましたんや。すると赤ん坊が泣き止んで、チューチューと乳吸う音が聞こえまっしゃろ。首出してみると、おいねが襟をはだけて赤ん坊に乳呑ましてるやおへんか。まるで何事もなかったように……ちょっとも前と変わってえへん……」
 惣吉は垂れかかる涙と鼻を手で拭いた。
「おいね……あてが呼んで手ぇ伸ばしたが、かき消えて手ごたえあらへん。確かにいつもの茶縞の袂を握ったのやが……」
「顔見たんどすか。どんな眼ぇしてなはった?……」
「それがなあ、見たようでもあるし、見なんだようでも……」
 忠三郎はいらいらして来た。姦婦として夫や親戚中から手ひどく責め立てられ、追い詰められて自殺したのだ。恨みの一言も述べずに化けて出るなど、信じ難い。
「それっきりどすかい、おいねはんは……」
「いいや……」
 鈍い物言いで、惣吉が続けた。
「そんなことが二晩続いたんどす。けど、乳を呑み切らんうちに振り向くと、おいねが消えて、赤ん坊が乳欲しがって夜泣きしてどもならへん。それからはなんぼ乳吸う音がしても、絶対に目を開けんことにしてますのや」
 一間幅の路地を入って、山中家の前庭の井戸が見えるところで、忠三郎は足を止めた。長々とつきあっている暇はなかった。しかし、この話を聞き捨てにするのは惜しまれた。何によらず、好奇心の強いことではひけを取らない。
「お願いどす。嘘やなかったら、あてにおいねはんの幽霊、見せとくれやす」
「無茶言わんといて。あてに見られるのさえ、おいねはいやがっとるのや。そんな事して、赤ん坊が夜中に乳呑まんと泣きよったらどんなにしんどいか……」
 惣吉は急いで忠三郎から離れ、家の中に引っ込んでしまった。
 家に帰って家族にその話をすると、だれも笑って取り合わない。政治郎だけが、神前に灯をともして、山中いねのために長々と祈願していた。
 忠三郎はどう疑って考えてみても、あの山中の親父がでたらめをしゃべっているとは思えなかった。もし幽霊を実地にこの目で見れば、作り話としか思えない霊魂の実在も信じられるかもしれない。
 その晩遅く、一人では気味悪いので、友人の友禅の型彫り職人伊佐とふたりで山中家へ押しかけた。惣吉に「幽霊を見せてくれ」と一升酒を差し出して再度依頼する。惣吉も、深夜一人で自分に背いた女房の幽霊と同室する気づまりに耐え切れなかったのだろう、二人を上げて滅入るような陰気な顔で、ともかく酒を汲み交わした。
 隣室から乳を吸う音だけ聞かせてもらう約束で、ふたりが蒲団に入ったのは十二時も回った頃だった。更けて行く家内の気配に、ふたりは鋭く耳を澄ませていた。
 とろりと眠ったらしい。忠三郎がはっと目覚めた時、隣室から弱々しい赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。酔いのせいか、だらしなく鼾をかいて眠っている伊佐をつつき起こした。
 泣き声はやがて止み、変わって確かに乳を吸うような音がする。ふたりは目を見合わせ、身じろぎもせず聞き入った。
 ――いや、親父が、乳に代わる何かをしゃぶらせとるかしれん。
 疑いが起こってきて、忠三郎が身を起こす。それより先に伊佐がいち早く体をずらせ、障子に穴を開けて覗いた。たまりかねた忠三郎が伊佐の体を押しのけ、急いで片目を穴にあてた時、赤ん坊が手足をばたつかせて泣き出した。
 泣きわめく赤ん坊とその向こうで布団をかぶっている惣吉が見えるだけである、忠三郎は不服そうに言った。
「なんにも見えんやんか」
 伊佐が震えながら、忠三郎の耳元に熱い息を吹きかけた。
「見たで、ほんまや。おいねはんは、ほんまに幽霊になって乳呑ましに来よった」
 嘘を言っている顔ではない。惣吉がぶつくさ言って起きる気配がした。

 小西松元の姦通事件で、完成間近の支部建設も一頓挫した。責任者がなくなり、奉加帳に記入した金額がほとんど集まらなくなった。政治郎は連日信者宅を説いて駆けずり回った。綾部の本部からの指令で、四条大宮の原嘉明が新支部長に任命されると、ようやく信者たちは立ち直った。原を中心に再び建設に取り組み、どうにか完成までこぎ着けた。
 陽春の一日、その竣工式が執行され、王仁三郎の命名で、新しく京都日の出支部として発足することになる。
 この朝、佐藤忠三郎は、例の友人伊佐と二人で神泉苑通りを曲がって支部への路地で待機していた。発会式に出席するという出口王仁三郎管長に興味があったからだ。信者らの話を総合すると、生神と言われた小西松元をまだ二まわりも三まわりも大きくしたような怪人物で、まさに瑞の霊魂の本家らしい。そのせいか、新築の支部に入り切れない参拝者たちは、管長の到着を迎えようと忠三郎らの両脇に居流れていた。
 十時、四台の人力車が次々と神泉苑通りに止まった。先頭から降り立ったのは、長髪・質素な木綿の着物を着た男。出迎え人の列にひょろりと頭を下げ、すたすたと歩いて路地に入ってきた。王仁三郎らしいと、すぐに分かった。
 二台目は京都大本本部長の梅田信之と妻の安子の相乗り。役者のような信之の容姿はすらりと伸びた美しい安子と似合っていて、人目を引かずに居れぬ。梅田夫妻は忠三郎も見知っていた。三台目の俥から降りた若い女の姿を見て、忠三郎は驚いた。安子と丸髷の結い方も一緒なら、着物から持ち物、履物まで寸分違わぬ。四台目から信之の長男伊都雄を抱いた乳母が降りてきたが、前の俥の女性に気を取られて誰も見向きもしなかった。
 安子の心持ち固い冷たい美しさに比して、若い女はおっとりと暖かい春の風が通り過ぎる感じである。
 たちまち好奇の目を光らせて、忠三郎はそばの政治郎に聞いた。
「兄さん、あの若い女はだれどす」
 政治郎は口ごもった。
「本部長はんの家族やろ。今日は家中で参拝する言う話やったさかい」
「へえ、奥さんの妹やろか」
 事情を知っている信者の一人が、物々しく忠三郎に教えた。
「そやない。あれはあんた、今度来た新しいお妾はんどすで。おあいさんいうそうな」
 その信之は、本妻と二号を従え、恬然と王仁三郎の後につく。京都本部長という信者の手本になるべき立場にいながら、神をも恐れぬ傍若無人の振る舞い。
 信者たちのどよめきをよそに、忠三郎は伊佐に言った。
「羨ましいのう。あっぱれやんか」
 忠三郎が信仰に踏み切れない心の底には、好きな女遊びを神はとがめはせぬかという、おじけ心がなかったとは言えぬ。しかし、本妻と妾を同道させる梅田信之を出口管長が認めているとなると、大本の神さんは割に話が分かるのかもしれん。
 祭典が始まって、粛と空気が引き締まった。忠三郎は伊佐と後ろの席から会場の模様をもの珍しく眺め回した。祭典の進行係は、政治郎である。
 玉串奉奠後、王仁三郎は神前の正中の円座に出座し、よくとおる声で、やや口早に天津祝詞を奏上した。信者たちは平伏していたが、祝詞も知らない忠三郎と伊佐は頭を上げたまま、何をやるのかとばかり凝視していた。
 祝詞が終わるや、突然、うーむとうなり声が洩れた。おやっと忠三郎が目を見張った瞬時、王仁三郎の肉体は坐ったまま風を切って舞い上がった。九尺ばかりの高さの天井近くで髪がなびき、袂を翻して落下する。ドスンという響きがあたりを揺るがした。
 いつそうなったのか、落ちた王仁三郎はこちら向きに坐っている。神前を背にもとの円座の上、羽織袴の折目も整然とした姿で、呼吸一つ乱れていない。
「うーむ、神わざや」
 伊佐が感に耐えぬ声を上げた。忠三郎も同感だった。坐したまま飛び上がることは、一尺ぐらいなら修練によって不可能でないかも知れぬ。しかしいきなり頭が天井につくほど飛び上がるなど……。
 王仁三郎の白い頬に赤味がさし、体全体が一種の光輝の輪郭をにじませていた。そのせいか二倍も三倍も人より大きく見える。
「小松林命であるぞよ。このたび、京都市内に初めての支部の新築が完成し、まことにめでたい。なお一層心をあわせて神業発展のため邁進せよ」
 凛とした声は確かに王仁三郎の唇から出た。しかし目は閉じたなりであった。
 すっと横を向いて、政治郎に言った。
「筆を持て」
 政治郎が用意してある筆記用具を持参する。王仁三郎はゆるやかに三首の歌を読み上げ、さらさらと書き残した。
「では引き取る」
 そう宣るやいなや、王仁三郎の体は再び舞い上がり正確に円座に着席、肉体は元の神前に向かっていた。
 この時の光景は参列者全員がはっきり見ていたので、潮騒のような感動の波が部屋に満ちた。
 祭典が終了する。王仁三郎は定めの席につき、「小松林命さんが来られたなあ」と、けろっとしている。
 忠三郎は、伊佐に言った。
「やっぱり、神さんはあるらしいなあ」
「うん、幽霊もあれば神さんもある」と、伊佐は真剣に考え込んだ。
 忠三郎は冷笑する。
「あることはあるやろ。けど、わしは別段信仰しようとは思わん」
 咎めるように、伊佐が訊いた。
「なんでやい」
「お前、赤ん坊がどこから生まれるか、わしに教えてくれたやろ。そんな阿呆なと、わしは信じんかった。子供の頃、それでよう喧嘩したなあ。けどやなあ、子供が腹割って生まれてこようと、そうでなかろうと、分かってみれば大して変わらん。神さんや霊魂があったとしても、ないと思とった時と世の中は違とらんやないか。別に拝まんならん必要はないわ」

 妻妾同居と信仰が、梅田信之の心の中で、どう折り合ったのだろう。安子には理解しえぬ男心である。季節が冬から春、春から夏へと移り変わるように、信之の心境もまた変化しているようであった。
 坪川あいは十八歳。祇園の芸者に出てまだ間もないせいか、遊芸が身につかぬまま、落籍されてきた。
「奥さん、お世話になります。どうぞよろしゅう」
 初めて信之に連れられ梅田家の敷居をまたいだ時、あいは両手をつき、片頬にえくぼをつくって安子を見上げた。
 予告なしのこの仕打ちに、安子は立ちすくんだ。
「わしのやっと見つけた理想の女や。ここに一緒に住ませるさかい、お安、仲良うしいや」
 信之は、優しい声音で安子にそう告げた。惑乱する心を落ち着けようと安子は台所に立った。乳母が眼を吊り上げて、あいをにらみつける。
「あの、あて、何さしてもろたらよろしおすやろ。鈍どすさかい、何もでけまへんけど、どうぞ用事を言いつけとくれやすな」
 安子は、振り向いてあいを見た。言葉通り、それ以外には何もないことが嫌でも分かるほど、あいの眼はあどけなかった。素人娘のおぼこさである。
「おあいさん、気いつかわんといとくれやす。あんたは旦那はんのお相手するために来ておくれやしたんどっしゃろ」
「はい、そうどす……」
「きれいな着物着て、旦那はんのお傍にいてもろたらよいのんえ。あてと違うて、それがあんたの仕事どっしゃろ」
 安子は構わず茶碗を洗い出す。
 手持ちぶさたに立っていたあいは、やがて納得したふうに言った。
「そうどすなあ。何や気づつないようどすけど、ほんな奥さん、そうさしてもらいます。おおきに……」
 語尾に、正直に喜びがにじみ出ていた。あいはまっすぐ信之の膝元に行き、安心したように寄り添っていた。
 言い難い怒りと絶望が安子を襲った。こちらの陰湿な瞋恚が相手にはうつらない。
 小力の時よりも、まだ衝撃は底深く安子を打った。
 信仰の徳というものか、坪川あいと小力の人柄の差か、あいを得てから、信之は安子にかつてのような残酷な仕打ちはしなかった。否、この十五年の結婚生活の中ですら、今ほど優しく機嫌の良い夫を安子は知らない。茶屋への足もほとんど絶えた。
 あいにやさしくする分、きまって安子を大事にした。まるで妻妾へだてなく公平に愛を分配しようとつとめているかのごとくである。
 心配りばかりでなく、形にも同じく現わした。高価な品々を買ってくる。同じ物を必ず二つ、着物も帯も、かんざしも、煙管も、何もかもお揃いになった。
 お揃いの姿で綾部に連れてゆかれ、京都支部の祭典にも出た。信者たちの呆れた眼に安子は面をかぶって素顔を覆いたかったが、あいの表情にはどこにも痛みはない。
 外出の時は、信之の好みのままに装うほかなかった。けれど家の中では、安子はかたくなに自分で買い求めた木綿の縞ものしか着ない。化粧も止めて、台所と伊都雄の部屋のほかへは行かぬ。
 だれが十八の小娘とお揃いなど――三十二になって、美貌の中にも争われぬ年輪の見えだした安子にとって、平等がどれほどの屈辱であるか。むしろ、小力の時のように生の心をむき出して、女中以下に、いや、便利な道具として扱われたほうがましだと、安子は思った
「旦那はん、旦那はん……」
 あいは信之と片時も離れたがらぬ。天地の間で頼りになるのは信之ただ一人とでも言うように、慕い寄っていた。
 信之のいない時のあいは哀れであった。自分の居場所が分からない子供のように、心細げに安子につきまとう。気もきかぬかわりに、悪意というものの持ちようすら知らぬのか。
 夜は、夫とあいとの寝室の隣に、安子は伊都雄を抱いて寝た。夜ばかりは、信之の平等思想も眠ってしまうらしい。
 どんな些細な物音でも聞き漏らすまいと、安子の全神経は耳になる。技巧も何もない、あいの無邪気な睦言やひそやかな笑いにも、安子の血は逆しまに流れた。思えば台所にいても茶の間にいても、安子の耳は常にあいを追ってとぎすまされる。その異常さを恐れながら、聞くまいとしながら、耳は勝手な生き物のように休まない。
 ある夜半、境の襖をからりと開け、信之が安子を呼ぶ。眠ったふりをしていた安子を強引に起こして、布団を部屋に引き入れた。信之を中にして右は安子、左はあい。
 安子は固い背を夫にむけて、伊都雄を抱きしめた。
「おあい、今何考えとる」
 信之は暗い天井を見詰めて声を掛ける。
「旦那はんのことどっせ」
 甘い声で、あいは答える。
「お安、おまえは今何考えとる」
「考えてえしまへん、何も……眠たいだけどす」
「阿呆やなあ、お安は何も考えてへんのか……わしがいま何考えとるか言うたろか。この世で何が一番うまいかいなあと、思案しとるとこや」
 くっくっとあいが笑った。
 まもなくあいの安らかな寝息が聞こえてくる。すると天井を向いたままの信之の手が伸びてきて安子の手を探り当て、ぐっと握りしめた。そして顔も動かさずに呟やく。
「わし、ほんまはなあ、ほんまはお前が一番好きなんやで……」
 安子の凝りしこった魂がしびれ、おかしいほど立ち騒いだ。我にもなくその手を握り返した時、あいの寝息が止まって、
「おおきに……旦那はん……」
 またすうすう寝入る。安子は信之のからくりに気づいた。右手で安子の手を、左手であいの手を、信之は同時に握りしめているのだ。
 ――馬鹿にしている。
 火花の散る恥辱に、安子は夫の手を振りもいだ。憎いと思いつつ、闇の中に涙がこぼれ散った。

 鋭い羽音が空を切って舞い下りる。蝙蝠のような羽が目前いっぱい、真っ黒に広がった。
 ――また来た、魔王めが……。
 一はもがいた。起きようと身もだえたが、手も足もこわばって一寸も動けない。
 ――坊、おいで、こっちへおいで。
 いつものあの声が、いやらしく、めった息を吐きかけてくる。
 ――嫌だ、ぼく行くもんか。
 ――おいで、こっちだよ、ほら……。
 骨ばかりの腕が伸びて、冷たい指が一の足に絡む。つかんで引きずる。
 ――嫌だ。行かない。お母さん、お母さーん……。
 深い淵から浮き上がるように、はっと目覚めた。激しい動悸に喉が焼けついていた。
 ――ここはどこやろ。もしかして矢代の家やないか。矢代の僕の勉強部屋……。
 とっさにそう思った。急いで眼だけを動かし、あたりを見た。明け方の薄明かりに浮き出た白々とした壁、ばか高い天井、いつもの病舎の固い寝台……絶望的に声を上げた。
 ――同じや、やっぱしあいつ、放しはせんのや。
 骨ばかりの指が、しっかり一の足首を握った感触が、まだ生々しく残っていた。ずきん、ずきん、この半年、絶え間ない激しいうずきが両足によみがえってくる。
 ――僕ばかり、なぜぼくばかりが……。
 理不尽な、どうにも納得できない運命の悪意に押しひしがれ、身も魂も疲れ切っていた。既にさからう気力も失せた。未来は十五歳の一の前になかった。
 年寄りのように、一は過去を恋うる。思うがままに振る舞った、あのまぶしいまでの過ぎし日々を……。
 吉田一は、北桑田郡周山村矢代の富豪吉田龍治郎の次男坊に生まれた。その年の秋、長男稔が三歳で夭折したので、一は幼児から長男の立場にあった。
 五町歩余りの田畑と歩き切れぬばかりの広い山林を持つ父、優しく強い母、京都府立第一高女を出た美しい二人の姉、やんちゃでかわいい弟、ほかに三人の男衆と二人の女中を加えた広々とした邸に、一は何不自由なく育った。
 体は丈夫だったし、学業は群を抜いていた。京都の名門同志社中学に進んだのも、やがては高校、大学を出て北桑田の山国には稀な学識を身に着けたいからだ。
 一の小さな胸には、はちきれんばかりの夢があった。半年前のあの日までは――。

 楽しい冬休みに名残りを惜しんで、一は矢代の家から同志社の寄宿舎に帰って来た。
 三学期が始まって間もない雪の日のこと。二年生全員は、先生に引率されて比叡山へ兎狩りにでかけた。降り積もる雪の中を、一は歓声を上げて走り回った。思いがけなく多い獲物に、我を忘れて友らと手柄を競った。少年期最後の痛快極まる一日であった。
 黄昏近くまで奮闘し、かなり重量のある獲物を担いで下山した。この時になって、一は右足の踵に鈍い痛みを感じた。靴ずれだった。
 さして気にもとめずに帰り着いて、寄宿舎の風呂に飛び込む。まだ覚めやらぬ興奮と、快い疲労を布団にくるんで眠りについた。
 明け方、刺すような痛みが、少年を貪欲な眠りから引きずり起こした。踵の靴ずれに昨夜の風呂の湯が入って、ぷっくりふくれている。一は木綿針を持ち出して水腫れを刺し、簡単に水を出した。
 丹念に消毒することを怠った素人療法が悪かったのであろう、右足の痛みは一層激しくなった。熱も出てきたらしく、便所へ行く気力もない。二、三日学校を休んで、寮で寝ていた。診察に来た校医は、全治までにかなりかかると宣言した。
 寺町一条に外国製玩具の店を持つ叔父吉田英吉家に運ばれた時は、高熱のために半ば意識を失っていた。矢代から母つるが来て数日看病に手を尽くしたが、苦痛は増すばかりである。容易ならぬことを知って、父龍治郎も駆けつけてきた。
 慌ただしい相談の結果、京都帝国大学外科五病舎に入院した。紀元節の二月十一日である。すぐには病室がなかった。どちらを見ても寒中火の気なしの大部屋の板敷の上に、包帯鉢巻の患者たちが横たわっていた。苦悶の声すら隠さない。
 今後の運命の予測に、一の心は怯えた。
 院長の診断は化膿性骨髄炎という難病で、すぐに手術室に運ばれた。申し訳程度の局部麻酔で切開手術が行なわれたが、痛みは言語に絶した。一は切り裂く声で母の名を呼び、助けを求めた。四、五人の看護婦に押えられたまま、人の知覚しうる痛苦の極限をさまよった。
 手術室の西側の干割れ――あれは僕の叫び声でできたのだと、虚脱した心で一は思った。
 手術は成功しなかった。以来、何人かの医者の執刀で四回の手術が繰り返され、その度に死ぬほどの苦しみをなめた。病菌は、急速に左足まで転移していた。
 痛みを少しでも和らげようと、つるは按摩を呼んで身動きもならぬ一のマッサージをさせた。指が痛い部分に触れた時、反射的に一は体をずらした。ただそれだけなのに、激痛が貫き走った。
 右足の骨が折れたのはその時である。病菌による骨破壊と度重なる手術に痛められ、骨はそれほど脆弱になっていたのであろう。
 骨髄炎と骨折が重なって、両足ともギプスに固定された。足が曲がるのを防ぐためといって、片方のギプスの足首から寝台の下へ重たい鉄の分銅がぶら下げられた。
 ――あんまりや、なんで僕ばかりが……。
 弱々しく一はうめいた。病舎の窓外に初夏の風は薫り、若葉の蔭にはニイニイ蝉が生命の喜びを歌いあげているのだ。ただ一度、消毒を忘れた針のひとつきがこうも人の運命を狂わすなど。靴ずれくらい大半の友らにもあったのだ。あの夜、一緒に風呂に入った奴もいるのに、僕ばかり……。不運と諦めよというのか。この過酷な責苦に耐えよというのか。嫌だ、この僕がどんな罪を犯したというのか。
 今日もまた果てしなく繰り返す愚痴であった。
 これ以上生きるのは苦しく、といって死の安楽を信ずることは出来なかった。眠るときっとやって来る悪夢からさえ、一は身を守る術を知らない。
 母がそっと入って来て、目覚めている一の額にぬれ手拭を当て、目尻の涙を黙ってぬぐった。
 父龍治郎がふたりの男を連れて来たのはその朝である。二人が連れ立って見舞いに来たのはこれで三度目だから、一は名前を覚えていた。
 出口王仁三郎と梅田信之。父母が信仰している綾部の大本の先生だ。一には信仰心などなかったから、特に有難いとも思えぬ。
 王仁三郎は一を見る前に病室を見渡し、机に落ちた煙草の灰でも払うようにフッフッフッとそこらに息を吹きかけ、手を横に振った。
「わー、ようけの邪神や。こんな邪神がうようよしとるとこにおったら、この子の病気は治らへんわい」
 一はビクリとして首を縮めた。王仁三郎は寝台に近寄り、ギプスにぶら下がっている分銅を見て笑いだした。
「やあ、あんまりや。がっちり死神に片足つかまれとる図やないか」
 今度は父も母も顔色変えて一を見た。まっ蒼に血の気の引いた一はしんとした目で王仁三郎を睨んだ。怒りの代わりに悲しみが、悲しみの代わりに不思議な感動が、入れかわって湧き上る。
 王仁三郎は一の手を握りしめ、明るく言った。
「よし、助けたるわい。死神を突き放しちゃるで。安心して綾部へおいで。神さんに任せて綾部へ来る気になれば、なに、道中の痛みなどすぐ止まる。綾部の空気はうまいぞ」
 一の答えを待つ間もなく、王仁三郎はさっさと別れを告げ、信之とともに出ていった。
 一は耳を澄ました。消え残る王仁三郎の笑いの尾が四方の壁から壁へと響きあい、長年にわたって浸み入った病舎の血と膿と涙の汚点を洗い澄ますかのように思えた。不快な笑いではない証拠に、一の心から朝の根強いイライラが去っていた。
 定刻通りに主治医が回診に来た。
 龍治郎が廊下に追って出て、思い詰めた声音で食い下がった。
「先生、この子の足はほんまにこのままで治りまっしゃろか。半年お世話になって、手術もようけして、それでも今は何ともなかった左足の関節まで曲がらなくなってしもうた。どこまで進めば化膿菌を抑えられるのどす。先生、どうか本当のことを教えとくれやす」
 主治医は龍治郎の目を避けて、窓外の木の梢を眺めた。
「化膿性骨髄炎が慢性化すれば、全治させることは甚だ困難です。ご相談しなければならんと思っていたところですが……敗血症の心配があります。お気の毒ですが、実は右足は切断しないと命が危ない」
「……」
「それも急を要します。二、三日のうちに……」
 夫の背で聞いていたつるが、蒼白になって叫んだ。
「あんまりどす。あんた、すぐ退院させとくれやす」
 龍治郎が妻をさえぎった。
「いや、お前……ことは命の問題や。足一本と命のどっちが大切や」
「先生には切らさしまへん。足を、あての子の足を切るんどしたら、あてが鉈で切り落としてやります」
 つるが言い切った。看護婦が驚きの声を上げた。龍治郎も妻の見幕に立ちすくんだ。つるは身を返して病室に駆け入る。
 黴菌は寸秒の休みなく息子の細胞を破壊し続けているのだ。右足切断の次は左足、両足切っても生きていけるかどうか、死は時間の問題であった。
 医学が頼りにならぬのなら、すがるのは神しかない。閃くように、綾部ヘ行こうとつるは思った。
「一、ここにはもういられんのやで。すぐ退院しましょう」
 母の言葉に、一の頬が輝いた。
「うん、僕、綾部へ行く」
 綾部へ行けば、治る見込みのない手術の責苦から逃れることができる。途中で死んだとしても、この生き地獄から逃れることができる。綾部へ行こうと決意したと同時に全身に勇気が満ち、痛みが薄れていくのを感じた。
「おつる、退院の許可はもろてきた。綾部ヘ行こう」
 龍治郎もまた思いは同じなのだろう。見合わす三人の顔に希望と不安が入り乱れて交錯した。

 翌日、ゴム輪の寝台に寝たきりで、長い長い廊下を玄関へ運ばれた。近くの手術室へ運ばれるさえ、なめくじほどにのろのろしながら、苦悶のうめきを抑えかねた一であった。帝大の博士に反抗して重体のまま退院する以上、見苦しいざまは見せまい。一は覚悟して歯を食いしばった。耐え切れぬほどの痛みではなかった。しかし、綾部への道中はこれからである。
 病院の玄関には、大時代な駕篭が待っていた。両足のギプスもろとも、父母に抱きかかえられて駕篭に乗った。駕篭かきは吉田家の男衆がつとめた。一行はゆっくりと二条駅に向かう。
 一両貸し切りの貨物車に駕篭ごと乗った。両親も駕篭かきも一緒であった。
 列車に乗り込むまで、一は不安でならなかった。何かの弾みで、廃物化しかかっている足が、またいつ骨折しないとも限らない。人形のように硬直させていた体が列車の軽い振動でほぐれてくる。一はふと痛みが去っているのに気づいた。
「あれ、ちっとも痛うない。へんやなあ」
 一の頭を抱くようにしていたつるが、涙にぬれた頬を擦り寄せた。
「神さまが守ってくれとってんどす。綾部へ行く決心さえついたら痛みは止まる。管長さんのお言いやした通りどっしゃろ」
 苦痛からの開放は半年ぶりであった。花園・嵯峨とまだ見ぬ綾部へ近づくにつれ、ひもじくてたまらなくなった。園部で駅弁を買ってもらって、蓋についた飯粒まできれいに食べた。
「かあさん、もう一つ買うとくれ」
 貪欲な育ち盛りの中学生に返って言った。病院では粥一杯食べるのさえ疎ましげだったのに。
「調子に乗ったら後が怖い、我慢せい」
 たしなめる父龍治郎も、髭を震わせてうれし涙をこらえている。無事に運ぶことだけに全神経を使っていたのに、旺盛な息子の食欲を懸念することになろうとは。
 駕篭で大本へついたのはその夜、忘れもせぬ大正二年六月二十八日の八時頃であった。以来、神苑内に建てられた湯浅仁斎宅の一室を与えられて療養生活に入る。
 母つるがつき切りで看病した。ご神水で練った「お土」を二つ折りにした和紙に挟み、患部にあてがう。ただそれだけの原始的な治療法である。
 冷たい土がぐんぐん病熱を吸い取るのが感じられて、小気味よかった。神に念じつつ一日十数回お土を取り替える作業の連続である。乾燥度が早いのはそれだけお土が病熱を吸収している証拠と思えば、つるは苦にならなかった。
 やがてお土は血膿を吸い出し始める。乾いた土を取り替えるたび、こわいほど流れ出る。肉を切り刻むばかりのかつての疼痛は、もう実感としては思い浮かばなかった。
 横町の吉川五六医師が週一度診察に来たが、「ほう、大本はんのお土はたいしたもんやなあ」と、率直な感慨を漏らしながら、ギプスを覆っているガーゼの包帯を巻き替えてくれた。
 戸外では、朝から初々しい少女たちの声がはじけとんでいた。寝たきりの一は、大発見したような声を上げた。
「そうや、かあさん、学校は今日から夏休みなんや」
 開け放った縁先で固いお土を砕いていたつるは、横槌を置いてふっと胸を詰まらせた。
 ――あの兎狩りの日さえなかったら、今ごろ私は女中たちを指揮して、寄宿舎から帰ってくるはずの一の好物のごちそう作りに大わらわ。弟の兌三は、子鹿みたいに跳びはねて駅まで出迎えに行くに違いない。
 母の感傷が無言のうちに伝染したように、一は五つ違いの弟兌三を思い浮べた。
 ――あいつ、五年生の夏休みや。かあさんは居らんし、さぞ如衣姉さんの手を焼かしとるやろ。
 襖がそっと開いて、抜き足さし足、誰かが忍び込んできた。頭の中で歌を歌っていると、関係のない人が不意に同じ歌を口ずさみ始めることがある。それと同じ驚きに、一は声を上げた。
「あ、なんや、兌三……」
「まあ、誰と来たんどす」と、つるは腰を浮かした。
「父さんとや、神さん拝んだり、挨拶しとるさかい、僕、先に来たんや。あ、それ、僕にやらして」
 母の手から横槌を取り上げた。面白そうにてんてん槌を打つ。やがて龍治郎が入ってきた。一の明るい顔色を見て安心したのか、龍治郎は妻に笑いかける。
「兌三はおかしな奴や。大本の黒門についとる十曜の御神紋が気に入って動きよらん。『この紋、欲しい。僕の紋にする』言うてきかんのや」
 龍治郎とつるが連れ立って湯浅家へ挨拶に出てゆくと、さっきから垣の外で遊んでいた数人の女の子たちが、庭先へ駆け込んできた。
 縁側の戸が開いていたので、彼女たちは寝たきりの一を見つけてのぞきこんだ。真夏の暑さに投げ出していた一のギプスの両足が異様であったのだろう。
「こら、あっちへ行け」
 兌三が縁側に立ちはだかった。同い年ぐらいの女の子がアカンベエした。兌三もここぞとして返すと、女の子は端正な顔の造作をしかめて長い舌を出し、かわいい顎をしゃくる。兌三が横槌を大きく振りかぶって脅すと、女の子たちは黄色い声を上げ面白そうに逃げ散った。
「ちぇ、生意気な奴、あいつだれやろ」
「管長はんの次女の梅野はんや。ごんたやけど、かわいいで」
 一が天井を眺めながら、つぶやくように言った。
 まだ一つ、立木の陰に残っている視線に兌三は気がついた。男の子かと思った。黒帯に男下駄、しかし、荒々しい感じに似合わず、ぶざまなギプスに向かう眼には、いたわるような光があった。その子はゆっくり立木を離れた。
「あの子、誰やろ」
 一は首だけ上げて直日の後ろ姿を見た。
「あれは三代さん、直日はんや」
 兌三には、このとき、三代さんの意味がのみこめなかった。
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