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文献名1大地の母
文献名2第11巻「天下の秋」
文献名3神授の石笛
著者出口和明
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC B138911c02
本文の文字数15637
本文のヒット件数全 2 件/橘姫=2
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本文  夏休みまで綾部に行く自由はない。といって、安閑と腕をこまねいて待っておられるか。よし、それなら……。
 ――出口管長を何とか横須賀までお迎えしよう。この家に滞在してもらえば説明も聞け、修行もでき、まことに好都合だ。けれど管長がはたしてこんな遠方まで来てくれるかしらん。
 思い立ったら矢も楯もたまらない。
 ――そうだ、いっそ多慶を迎えの使者にやろう。
 四月下旬、浅野多慶は王仁三郎迎えの全権を帯び、西へ向かって出発した。長男勝良も同行する。三郎の病気が治ったかと思えば、今年の春から勝良の頭の具合が悪く、大事をとって中学校を休学させていた。出来ればしばらく、横須賀の俗塵を避けて大本に預け、教祖出口直の霊威のもとで静養させたかった。

 四月二十八日午前八時四十一分綾部発の汽車で、出口王仁三郎・浅野多慶・湯浅仁斎・内田官吉(小西松元の弟)・その妻歌子・尾寺忠雄一行六人は東向の途につく。見送り人の中に心細そうな勝良の姿もあった。
 午前十一時半、京都分営につく。分営での事務を処理し、京都発午後十時四十分の夜行列車に乗り込んだのは、王仁三郎と多慶の二人きりだった。発車するや否や、王仁三郎は睡魔に襲われたらしい。こっくりこっくりやり出した。ひやひや多慶が見守るうちごろんと座席から転落、はずみに向かいの座席で寝ていた男と鉢合せした。相手の大阪人の前額部には、たちまち瘤が盛り上がる。
「いやあ、どうもすんまへん……こらえておくなはれ……」
 ふくれている大阪人に、その座で王仁三郎は一首狂歌を奉る。
   大江山王仁(鬼)は眠りて大阪(逢坂)の
       人の頭にうたたねの瘤
 その機知に相手も噴き出した。
 大船駅で乗り換えて、二十九日の正午前に横須賀駅に着く。迎えに来た田中豊頴と三浦屋旅館の女主人成川浅子に出会う。人力車を連ねて汐入の皇道大本横須賀分所へ行く。分所は市内を見下ろす丘陵の中腹にあった。田中豊頴が本部の指令を得て成川浅子と相談し、この地に家を借りて分所としたのだ。関東では初めての拠点で、すでに何人かの信者もできていた。
 ここで二、三時間の休憩の後、迎えに来た浅野に案内されて、浅野家離れの書斎に腰を据えた。参綾以来ためにためた浅野の質問の矢が、次々に発せられる。王仁三郎の応答は実に的確であった。驚くばかり該博で、深遠で、常に第一義的で、ぴしりと肺腑をつく。
 綾部で交わした不得要領の問答と比べ、なぜこうも違うのであろう。そのうち、浅野はその理由を悟った。初めての時は、時間の不足ばかりか、自分の質問があまりに貧弱であり、愚劣であり、幼稚であったので、王仁三郎の真価が発揮されなかった。撞木が悪いので、鐘が鳴らなかった。
 王仁三郎の大釣鐘は、常に叩く者の力次第で音色も変わる。王仁三郎に心服し得る者は叩き方の上手な者、罵る者は叩き方の下手な者か、もしくは叩きもせぬ者。水が器の方円に従って形を変えるが如く、百姓と話す場合はたちまち百姓と変じ、学者と話す場合は堂々たる学者と化す。相手が何者であろうが、「王仁三郎という人は自分よりは少し偉い」ぐらいにのみ込ませる。
 綾部に行って教祖出口直の人格の高潔さと二代澄の天真爛漫さに心打たれた浅野は、改めて出口王仁三郎の偉大さの一端に触れ、「こりゃ途方もない化物だ」と心ひそかに舌を巻いた。
 夜になって、浅野に招かれていた機関少佐竹内泰民・海軍機関学校教官理学士宮沢虎雄、それに成川浅子が訪ねてきて、座談は深更に及ぶ。
 翌三十日朝、王仁三郎は迎えに来た田中豊頴と共に浅野家を出て、三浦屋に向かう。分所の大井増吉も来ており、女将の成川浅子をまじえて信仰談に花が咲く。
 三階のこの部屋は、飯森正芳機関中佐が三日三晩思案のあげく海軍の辞職を決意した記念のところ。その飯森が浅野和三郎に大本の存在を知らせ、その浅野が王仁三郎を招いて、今、この部屋にこうして自分がいる。因縁とは妙なものだと、つくづく思うのだった。
 午後一時半を過ぎて、王仁三郎は田中を同道、急ぎ長源坂の頂上の浅野家に戻った。書斎には海軍機関学校校長木佐木泰民少将夫妻・高等女学校長北村包直・宮沢虎雄が待ちかねていた。
 王仁三郎は例の極めて簡略な挨拶をし、箱火鉢の前に坐って敷島四、五本をたちまち灰にした。四方から降りかかる質問を明快に裁き続けて夕刻に至り、浅野は当惑したように言った。
「出口先生の御説明で、霊魂の実在はどうやら知識の上でわかりかけた気がします。でも知識だけではどうもぴったりできん。どうにかして、霊魂そのものを実験体得する方法はないものでしょうか」
 王仁三郎は、ちょっと逡巡してから答えた。
「ないわけではない。鎮魂帰神の法を修すれば……」
 問われるままに、王仁三郎は鎮魂帰神の法を説明する。結局、明日からしばらく王仁三郎は東京方面へ所用で出かけるので、五月四日の夜、鎮魂帰神の実習をすることを約した。
 その夜、王仁三郎は早目に床に就いたが、夜中に再三再四妖魅が襲って来た。審神すると、三峰山の石井ふゆに憑依する霊と言う。うるさいので放って寝ているうち、あきらめたのか消えてしまった。
 五月一日、王仁三郎と田中豊頴は、宮沢理学士と同行して東京へ向かった。宮沢は柏木の脳病院に入院中の作家石橋思案を見舞いに行くと言う。思案の代表作『京鹿子』は王仁三郎も読んだことがあった。つい最近まで雑誌『文芸倶楽部』の編集をしていたのに、今は脳病院に監禁される身とは意外であった。
 車中、宮沢の質問に答えて、王仁三郎は催眠術と鎮魂の差、岡田式正坐法や座禅法と鎮魂法の違いなどについて語る。「ついでに石橋思案を鎮魂してもらいたい」という宮沢の請いを入れて、王仁三郎と田中もついていくことになった。
 品川駅から池袋行きの電車に乗り換え、新大久保駅に下車、それより数町の地点に脳病院があった。どう交渉して見ても、親族関係にある宮沢以外の面会は許されぬと言う。王仁三郎と田中は、寒々とした待合室で待たされた。
 さらばと王仁三郎は、思案外史の病室を霊眼で透視すべく構える。そこへ一人の老女が寄って来て、王仁三郎にくどき出した。
「どうぞあなた、聞いて下さい。病院は人を救うところではありませんとも。人を殺したり気違いにする魔窟です。この世の地獄の八丁目です。ここに入院しているのは、わたしの主人ですよ。ちょっと腹を立てると荒々しくなりますが、決して気違いじゃありません。なまじ財産があるばかりに、親戚の野心家が妻の私に何の相談もなく、むりやり入れてしまったのです。病院と結託しているのでしょうよ。
 こんな仕打ちをされりゃ、短気なあの人でなくたって、口惜しさのあまりに暴れ狂い、ついには本当の気違いになってしまいますとも。そうじゃありませんか。まだいっぺんだって、妻であるわたしに逢わせてもくれないんですからね。院長に談判しようにも、『今日は留守だ、今日はお差し支えがある』と言って……
 ああ、こんなことを言っていると、わたしまで気違いにされて、病院に入れられてしまうかもしれない」
 泣いて訴えられては、いかな王仁三郎とて透視どころではない。老女を優しく慰めながら、別の頭で石橋思案・田中豊頴・宮沢虎雄・王仁三郎の名を詠み込んだ狂歌が生まれる。
   思ひきや鬼ばかりなるこの館に
       丹波の王仁(鬼)も角を折るとは
   虎雄(を)野に放ちしごとく恐れしか
       思案外史と会はせない館
   石橋をたたいた上で会はすとよ
       かい抱人も止め田(た)中の間
 宮沢が出て来て、ようやく哀れな老女から解放される。
 再び新大久保駅から電車に乗り、池袋駅で宮沢と別れ下車した。本部で奉仕している尾寺忠雄の兄武雄の家を訪問するためだ。田舎者は仕方ない。池袋駅でさっそく出口を間違え、田中と共に田圃の中を彷徨する。
   四方八方をかすみに包む池袋
       出口たづねて田中さまよふ
 ようやく尾寺家をたずねあて、神前に招じ入れられる。尾寺家には、綾部から直霊軍軍監村野龍洲が来ていた。村野龍洲は筆が立ち、諧謔をもてあそぶのが得意である。王仁三郎と二人が寄ると、たちまち笑いの渦が起こる。
 尾寺家に三日まで滞在して、その間に多くの客に面会し、皇道大本の教えを説く。
 三日午後四時過ぎ、鎮魂の助手として村野龍洲も同伴し、横須賀へ戻って三人は三浦屋に投宿する。
 翌四日、午前中に浅野家を訪問した。浅野も多慶も不在で、女中だけが留守番していた。
 書斎に通されて、王仁三郎は机上にあった雑誌『太陽』を読み始めたが、村野と田中は時間を持て余した。二人は王仁三郎の許可を得て、狗神研究探訪へと出かけて行った。浅野が大本を知る機縁となった三峰山こと石井ふゆ宅へである。
 女中が昼飯を運んで来て驚いた。王仁三郎が長い髪をばさっと前に垂らし、四つん這いになっている。思わず甲高い声を走らせた。
「あれまあ先生、どうなさったんです」
 王仁三郎は多量の髪をかき分け、その間から片目をのぞかせた。
「これはお女中殿、よいところへ来られた。ちょっとそこへ坐って拝みなはれ。今のう、わが頭に鎮座あらせ給う正観世音に梳櫛の供養を勤行つかまつっとる最中や。ああ、惟神霊幸倍坐世」
 とにかく、わけはわからぬながらえらい先生のことだ、どんな神示が出るのだろう。
 女中は襟を正して厳粛な顔でのぞき込んだ。と、王仁三郎は頭を下げ、髪をかき回しては、畳に落ちた虱を爪でつぶし始めたのだ。
「あれまあ、いやな先生……」
 女中は二度びっくり、台所へ逃げ出して笑いころげた。
 やがて多慶が使いから帰ってくる。浅野が機関学校から戻る。三時頃には村野と田中が三峰山訪問から帰って来る。
 三峰山は村野を出口王仁三郎と誤認して、「管長、管長」と呼ぶ。そばから田中が、「管長じゃない、村野さんです」といくら訂正しても耳に入らず、最後まで管長(勘定)違いしていた話で大笑いした。そういわれれば、王仁三郎も村野も長髪垢面の化物然とした風体をし、太く短い布袋さんのような体格だから、狗神さんが間違えるのも偶然ではなかろうと言う結論に落ちた。誰も、王仁三郎の霊が村野に憑って三峰山探訪に出かけたとは気がつかない。
 それを見抜いた三峰山の霊力もなかなかのものと、王仁三郎は思った。村野が三峰山の迷信性をおもしろおかしく語った。
 鎮魂帰神の実習は、その夜八時頃から始まった。浅野は、横須賀在住者の中からこれならばと思える人を物色して、檄をとばしていた。土地柄、海軍将校と海軍文官が多かった。すでに面識のある木佐木少将・北村女学校長・宮沢理学士のほか、海軍機関大佐岩辺某・同中佐松尾雅三・同少佐竹内某・同少佐堀内仁四郎・同教官上村清治工学士・吉田横須賀中学校長・同教頭庄司万太郎文学士・浅野の実兄である浅野正恭少将の養子遥、それに浅野夫妻が参加した。
 一時間ほど王仁三郎の鎮魂帰神の講義があり、大本霊学のごく初歩が説明された。聴く者は、一様に腑に落ちぬ顔つきである。幼児の頃から頭脳に染み込んでいる観念とはおよそ相容れない説が、次々と王仁三郎の口から出るからである。
 特に理解しがたいのは、「人間は肉体と霊魂からなり、いかなる人にも終生憑き通しの本守護神がある。ところが本守護神を押しのけて低級邪悪な副守護神(憑依霊)が肉体を占拠する場合が多い。その人間は本守護神の働き、いわば良心の作用が鈍って副守護神の好みのままに行動しやすい」などという説だ。
 質問が続出して夜を徹しても鳧がつかぬと見た浅野はひとまず談論を切り上げ、ともかく鎮魂法の実習にかかることにした。審神者は王仁三郎。村野龍洲と田中豊頴が助手をつとめる。一同、助手の指示により神主の座につき、教えられた通り足指を重ね、手を組み、瞑目して坐る。
 ――さあ、どんなことになるのか。下腹から狸や狐の動物霊にでもとび出されるといい恥さらしだと浅野は思った。誰しもそんな考えらしく、二、三人は尻込みして見物にまわった。しかしこのためにわざわざ綾部から王仁三郎を呼んだのだ。決戦に臨んで、ひるんではおられない。
 ふいに「ピイーイ」と抑揚のある石笛の音が、冴え冴えと魂に滲みわたるように響き始めた。浅野は、音色に誘われてふっと良い気分になりかけ、急いで気をとり直す。五分、十分と続くうち、しびれてきた足の方に気が散って、早くやめてくれんかしらと思い出す。
 傍で誰かが嫌に荒い鼻息をし始めた。それは次第に早くなり、何事かと驚くばかりの勢いになってくる。やがて審神者の二拍手が聞こえて、第一回の鎮魂は終わった。
「いま大変荒い息遣いが聞こえたが、誰でしたか」
 浅野が聞くと、宮沢理学士が赤い顔をして、
「あれはぼくだ。途中から妙に体がつっぱって来て、息がはずんで苦しかった。体の具合は少しも悪くないんだが……」
「霊が発動し始めたんや。もう一、二回やると、口が切れまっしゃろ」
 王仁三郎が笑った。
 浅野多慶ともう一人が、「閉じた瞼が妙にしばしばして、目の中に鮮やかに赤や紫が見えた」と訴えた。
「それはふつう、天眼通のひらける兆候です」との王仁三郎の答えに、一同がざわめいた。何らの感応のなかった浅野は、妻に先を越されたようで残念な気がした。
 ひとしきり座談の後、再び鎮魂をする。すぐ宮沢の鼻息が荒くなる。
 浅野自身も不思議な現象を感じた。鎮魂の時は両手のひらを組み、二本の食指(ひとさし指)を垂直に構える。その指先が感電したかのようにびりびりし、だんだん下へ下がってくる。満身の力を込めて指先をもとの位置に戻そうとするが、さらにじりじり下がっていく。精神ははっきり覚醒状態にあるので、目こそ閉じていても、頭の中ではしきりに考える。
 ――へんだなあ。この現象は、自分の意志以外に、ある他の、より優勢な外力が加わっていると思う他はない。本か副かの守護神がこの手に圧力をかけているのかしら。
 鎮魂の終わるまでに、とうとう九十度以上も指は押し下げられてしまった。
 誰もが、この夜の実験で何らかの内面的な経験を得たらしい。
「どうも妙だが、明日の晩も是非やってもらいたい」と言い合って、夜半に散会した。
 翌五日、王仁三郎は浅野和三郎と同道し、汐入の横須賀分所に出張する。十四、五人の熱心な信者に、村野龍洲が教えを説いていた。
 夕方、村野を連れて浅野家に帰る。海軍機関学校の教官荒川乙吉・上村清治がもう手ぐすね引いて待っていた。
 その夜、前の晩とほとんど同じ顔ぶれで鎮魂が始まる。神主の座につこうとする浅野を、王仁三郎が引き止めた。
「浅野さん、今晩からあんたが審神者をやってみなはれ」
「え……」
「あんたは審神者に向いとるんや」
「とんでもない。ぼくは昨夜鎮魂を受けただけで、それも眼をつむっていたから、審神者がどんなものか見てもいませんよ」
「大丈夫、あんたならできる」
 無造作な王仁三郎の言い方に、浅野の気がふと動いた。何事も体験だ。管長さんが後についていてくれる。願ってもないチャンスではないか。ままよ、やってみるか。
 大急ぎで鎮魂の歌を習うやら、神名を教わるやら、即席に審神者の作法を詰め込んだ。腋の下から冷や汗を流しつつ、神主たちに向き合って審神者の位置につく。石笛は熟練しないと音が出ないので、代わりに王仁三郎が吹いてくれる。
 型の如く手を組み、神名を唱え、夢中で食指に霊を送る。こんなことで利くのかしらと懸念が頭をかすめたが、今更引っ込みはつかぬ。冷や汗に変わって熱い汗を噴きながら、下腹に力を込めた。
 利くどころの話ではなかった。宮沢理学士の状態が、五分とたたぬうち、異常な変わり方を始めたのだ。頭から背へ鉄棒をさしたように硬直し、鼻息が鞴のように激しくなったばかりではない。閉じていた唇がつり上がり、食いしばった歯を現わして縦横十文字に奇妙な猛運動を開始しだしたではないか。さらに下腹部から発した大きな濁音が、ゴロゴログウグウ上へ上へ、胸へ、喉へとこみ上げる。苦しいのだろう、宮沢は歯を噛み合わせて悶えている。
 ――大変なことになった。息が詰まって死ぬのじゃないか。
 新米審神者の浅野は恐怖に襲われ、助けを求めて振り返る。微笑しつつ煙草をくゆらしていた王仁三郎が、小声で言った。
「もうじき口が切れる前兆です。浅野はん、落ち着いて、お憑りの神さんのお名前をお聞きやす」
 王仁三郎の泰然とした態度に安心し、浅野は再び無茶苦茶に霊を送りながら、しどろもどろの口調で訊いた。
「お名前は……あの……なんという神さまでござりますか。宮沢君の口を使って……ご、御返答を希望します」
 宮沢の硬直していた体がぐっと反身になり、日頃の赭顔が一段と紅くなるや、もの凄い怪声が耳をつんざいて噴き上がった。
「カッ……カッカァカァカァ……」
 啼き声につまずいた郭公が人間ほどの大きさになれば、あるいはこんな声になるか。ほかの将校連も鎮魂どころではなく、あっけにとられて眺めるばかり。ここは離れ座敷なのに、近所の人たちも皆驚いて戸外へとび出し、浅野家の門前にたかって来た。さらに続いて怪音はこみ上げる。
「ラ……ラァラァラァラァ……」
 尻上りに声はますます高潮し、人間の肉声とも信じ難いまでになる。
 のぼせ上がる審神者に見かねて、王仁三郎が口を添える。
「おあとを続けて伺います」
 憑霊の発声は、ようやく障害物を突破したふうに、滑らかに早まって来た。
「カラカラカラクルクルクル……ロ……ロォロォロォ……クゥクゥ……ロクロクロクロク……」
 王仁三郎は畳みかける。
「なんのことかわかりません。さあ、落ち着いて、最初からまとめて言って下さい」
 滴る汗をぶるっと振るって、憑霊はやや調子を落した。
「カラカラクルクルロクロクジャ、カラカラクルクルロクロクジャ……」
 同じ言葉を数回繰り返すが、その意味は浅野にもわからぬ。
「神主の肉体が疲労してきた。もうやめましょう」
 王仁三郎の注意で、浅野は教えられた通り拍手を二回打ち、
「お引き取り願います。おわりっ……」と怒鳴った。とたんに怪音は吹っ切れて、宮沢は腰を落とした。
 四方八方から宮沢を囲んで質問が集中する。
「君、どうしたんだ。カラカラクルクルロクロクジャって、ありゃ何のことだね」
 確かにふだんの宮沢の声で、少々息をはずませて答える。
「知るもんかい。腹の中から勝手に何かが怒鳴ったんだから……」
「でも、あの大声だもの。何かが怒鳴った文句は聞いているんだろう」
 汗を拭き拭き、宮沢は割に平然と答える。
「そりゃよく聞いている。だけどぼくに意味なんか聞いてもらったってしようがないさ。断わっておくけど、ただぼくは何かに口を貸しただけなんだからね」
「苦しかったかね」
「そうだな、最初は苦しいことは苦しかった。何しろ息ができない。何か腹の中から飛び出しそうになったから、畜生っと歯を食いしばって抵抗したんだ。中から凄い力で無茶苦茶にこじあけるんだ。驚いたなあ、あの声じゃ、喉も引き裂かれるかと思ったが……」
 ようやく赤味が抜けてきて、宮沢は理学士らしい本来の容貌をとり返して来た。
 宮沢当人の告白とまた十数人の目撃者の観察によって、人間には頭脳による支配以外に、もう一つ全く別個に独立した腹中を根城としての働きが存在し得ることを、一同認めぬわけにはいかなかった。
「物理学専攻の理学士が発動状態で原子論か電子論でもぶったんなら、まだ彼の潜在観念の発露だとか自己催眠だろうとかも言えるんだが、どうも『カラカラクルクル』ではね」と木佐木少将が苦笑する。
「しかしですね、あれだけ力んで何者かが繰り返したんですから、カラカラクルクルには何らかの密意があるんじゃないでしょうか」
 上村工学士が真面目に言った。
 その解釈について、単なる憑霊の口慣らしとする説と、一種の予言で「カラが来る。それは六年六月、あるいは六月六日である」などの説が出たが、さてカラが何かと言ってもわからぬ。わからぬながら、浅野・宮沢をはじめ、みんな深刻に考え込んでいた。 こうなってくると、世の中が根本から違う色合いに見えてくる。大本の憑霊説、守護神説以外に説明がつかぬではないか。
 王仁三郎の説明によると、宮沢の神憑りは霊学上、天言通といわれるもので、天眼通がひらけさえすれば、声の主の姿は見られると言う。しかし何故か、その憑霊の正体を王仁三郎は明らかにしてくれなかった。
                                       五月六日の朝食の時であった。
「今日は走水神社へ参拝したいと思うのやが……」と王仁三郎が言いだした。浅野は、すぐに応じた。
「いいですね、お天気はよし、土曜日の半ドンと来ている。午後からでよかったら、ぼくもお供しましょう。ぼくは横須賀へ来て十七年になりますが、あの辺の風景が好きでね、幾度参拝したか知れやしませんよ」
 多慶も口を添える。
「昨年の春でしたかしらね。境内の芝生の上で日光浴しながら、子供たちと揃ってお弁当を開いた楽しさはほんとに忘れられませんわ」
 浅野が勤務に出かけてまもなく、「出口管長先生はおいででございますか」と三峰山こと石井ふゆが面会に来た。
 多慶に案内されて離れの書斎に入るや、ふゆは妙な顔で立ちすくんだ。長髪髭もじゃの王仁三郎と村野が並んで、にやにやしている。先日、村野を王仁三郎と誤認した三峰山は、いよいよどちらがどうか分からなくなったらしい。
 村野に説明され、ようやくふゆは王仁三郎の前に進み出て、ぼそぼそと弁解した。
「ああ、あなたがやっぱり管長さんでしたか。何しろ年が寄ると目がトロくさくなってなあ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
 王仁三郎は筆をとって一首したためた。
   管長蛇と思うた人は代理者じゃ
       真の館長は鬼でござった
 午後二時近く、王仁三郎・浅野和三郎・村野龍洲・田中豊頴の一行四人、三浦半島の東南端・浦賀町の走水神社を目指す。深田まで歩き、そこからガタ馬車の中の貨物となった。一輌借り切りで、大津の海岸伝いに痩せ馬を走らせる。左に海を眺めながら行くこと一里余、浦賀街道と別れ二つのトンネルをくぐり抜けると、はや走水に至る。
 郷社走水神社の鳥居前で馬車を止め、浦賀小学校を右手に石段を上る。手を清め、口をすすぎ、一同社前で天津祝詞を奏上した。これまでは脱帽一礼ぐらいですまして、もっぱらあたりの風光に心を奪われていた浅野だが、神霊の実在を身近に感ずる今、敬虔な祈りを捧げずにいられなかった。
 走水神社縁起によると、祭神は日本武尊。尊が東夷御征伐の時、総の国に渡られるため、ここ走水で数日御滞在になったが、風雨はいつやむとも知れぬ。ついに決意されて荒天の中を船出する。船は激浪に翻弄されまさにくつがえろうとする時、后の弟橘姫命は神に祈って言われた。
「これは龍神が祟りをなすのでしょう。妾が身をもって夫君の難に代わらしめ給え」
 身を翻して波涛に投ぜられるや、にわかに海は凪ぎ、木更津に安着される。
 尊を敬慕し船人として供奉していた民に、船が走ること速やかなので「水走る」とのお言葉があった。なお、尊は冠を脱ぎ下されたので、後世、冠を石櫃に納めて地中に埋め、尊を勧請して走水神社という。
 姫のかざせる櫛が漂着した地もここで、上総房州を一望のうちに見渡せる中腹に弟橘姫命を祀った走水観音がある。
 参拝を終わると、王仁三郎は玉垣の中に歩み入った。
「一つ、神さまにお願いして、石笛を授けていただこう」
 村野も田中も玉垣の中に入り、玉砂利の中を捜し出す。鎮魂の時に審神者が使用する石笛であることは知っていたが、さてどんな石が石笛になるか見当がとれず、浅野一人祠前に立って傍観するしかなかった。
 彼らは石笛探しに夢中である。待ちあぐねた浅野は玉垣の中に歩み入り、無意識に爪先の石を一つ拾い上げてみた。
「どうです、この石はちょっと変な格好してるでしょ」
 浅野がそれを三人に見せると、王仁三郎が頓狂な声を上げた。
「おお、それそれ、今朝、霊眼にふっと映じたから、急に走水神社参拝を思い立った。わしの探していたのはこれや。ちゃんと神さまが浅野はんに授けて下さったわい」
 その石は龍の頭に似た形をし、両眼とも見える穴が自然に二つえぐられている。
 泥のついているのもかまわず、王仁三郎はその石を唇にあてる。幽玄な高い調子の音が鳴り響いた。
 社の上に上ると、広い芝生に三体の石の宮があった。王仁三郎は石の宮の前に歩み寄り、うなった。
「うーん、ここにあったのか」
 中央が天照大御神、左右に素盞嗚尊と建御名方富神。
 いぶかしげな三人に、王仁三郎は熱っぽく語る。
「実はなあ、昔から、わしの霊眼に御三体の石の宮が見えて見えてしようがなかった。わしは霊眼で見た通りに大本に石の宮を建てたのや。現界のどこかにわしの見せられた型があるとは思っていたが……。うーん、ちょっと小さいだけで、そっくりそのままの形や。しかし、この石の宮を祀った神官は誰か知らんが、言霊学上から解釈しても実によくできとる」
「それはどういう意味です」と浅野。
「神の本質は霊力体の三元をもって成る。万物の本質もまた然り。この石の宮の中央天照大御神は霊系、建御名方富神は力系、素盞嗚尊は体系にあらせられる。この霊力体の三元論を旗幟として、わしは現代哲学の変革を迫るつもりや。唯心論・唯物論、また唯力論の迷妄を切って、この世の行きづまりを打開せんならん」
 四人は清らかな芝生の上に坐して祝詞を奏上、人っ子ひとりいない静寂さの中に浸って、そのまま鎮魂に入った。
 終わって村野が王仁三郎に向かった。
「先生、花木って何のことでしょうな。今、瞼の中にはっきり文字が横に並んで見えましたが……」
「神さんに何を伺うたんや……」
「さっきの石笛を授けられた神さまの御名を教えてもろたんですが……花木の下には縦に小桜……」
 ちょっと考えて王仁三郎は言った。
「村野はん、それは読みちがいや。花木ではなくって木花、つまり木花咲耶姫のことやろ。小桜とは、その系統の姫神やと思うが……」
「なるほど、もう一遍伺ってみましょう」
 村野はいそいそと中央の祠の前に坐り込んだ。
 ――なんと天眼通とは便利なもんだなあ。宮沢君の天言通のけたたましいのには辟易したが、こっちの注文次第ですうと字を現わして答えて下さるなんて……。
 と、浅野は少々村野の天眼通を羨んだ。聞けば村野は播州の産で、大阪の印刷会社の活字工だったとのことだが、大本へ来てわずか一年ぐらいの間に、あれだけの霊力を授かったらしい。
 間もなく、村野は石の宮の前を下がって来た。待ち構えていた浅野が聞いた。
「いかがです。何かまた見えましたか」
「いや、神さんもひどい。今度は釘をさされてしまった」
 村野は、髭をしごきながら不平らしげに言った。
「さっきあなたが拾われた石笛だが、もしやわしに授けられるはずだったんやないかと思ったんだす。神さんに念を押したところがどうですいな、今度はいやにはっきり文字が出ました。『木花咲耶姫尊の命により小桜姫之を浅野に授く』ちゅうて……」
「じゃ、やっぱりこれは神さまがぼくに……」と、浅野が目をみはる。
「あんたは羨ましいお人や。わしなんか、霊眼に石笛が見え出してからその所在地を突き止めて手に入れるまで、半年もの苦労を重ねたもんや。それを浅野さんたら、昨日の今日、わずか一日の審神者で立派なヤツを授かるんやから……」
 村野の愚痴に皆が笑った。羨ましいと思った当人に羨ましがられて、浅野もまんざらではない。
「しかし、小桜姫がなぜぼくに鎮魂の石笛を……」
「小桜姫のお心当たりでもありますかい」と、王仁三郎が訊いた。
「この三浦半島の油壷の南岸に小桜神社というのがあります。そこの祭神が小桜姫ですが……」
「歴史上の人物ですなあ」と王仁三郎。
「はあ、確か足利末期の今から四百年ぐらい前の人ですが、地元にはいろんな伝説が残っているようです」
 浅野はうろ覚えの伝説をかいつまんで話した。
 小桜姫は相州三浦小網代の城主三浦道寸の子、荒次郎義意の奥方として武州の金沢から嫁いで来た。当時、三浦一族は小田原の北条氏と確執を続けていた。幾度かの合戦と三年ごしの篭城のあげく遂に落城、三浦一族は荒次郎初めほとんどが城を枕に討死にした。小桜姫や女たちは城外に隠れ住んでいたが、落城後、姫は一年ばかりで若くして三浦三崎に没したらしい。
 里人の同情敬慕は深く、のちに小桜神社に祀られている――。
「おっつけ小桜姫と浅野はんとの関係もわかってきますやろ」
 王仁三郎はこともなげに言う。

 その晩も大急ぎで食事をすませて、浅野は審神者をつとめた。神授の石笛は吹き方の熟練を要するため、残念ながら今夜は村野に変わって吹いてもらった。例の宮沢理学士は発動が早すぎ騒がしいのであとにまわってもらい、四、五人の神主相手に鎮魂を始める。
 妻多慶の様子が真っ先に変わって来た。どことなく力が抜けて来て、上体は雲の上を漂うように揺れている。恍惚とした表情のうちでも唇がもの言いたげに開き、しきりにこみ上げる唾をのみ込んでいる。
 ――ああ、しゃべりたいのだなと浅野が気づいた時、村野が多慶の前に進みよった。
「どなたさまでござります。御名を伺いとう存じます。どうぞ……」
 多慶は頬を上気させ、何か言おうと息をはずませる。が、声にはならぬ。
「さあ、お名乗り下さい。今回は不束者の自分も審神者の席に坐らせていただきました。どうぞお早く御名をお聞かせ下さい」
 やさしい調子ながら、しきりに村野は発声を促している。一座の空気は張りつめて、すべての目が多慶の口元に注がれた。
「こ……こ……」
 とうとう、かすかに唇が動き始めた。嘆息くらいの囁きである。
「こ、ですね。はい、わかりました。で、そのお次は……」
「ざ……く……ら、ら……ひめ……」
「こざくら姫、はあ、そうでございますか。あの……今日走水で石笛をお授け下さったのはあなたさまで……」
 多慶はこっくりうなずく。
「お伺いいたします。小桜姫さま、なぜ浅野氏にあの石笛をお下げになられました」
 もどかしげに唇が動きながら、まだ自由にならない。村野は察したように、こちらから言った。
「ああ、わかりました。小桜姫さまは、この肉体の……つまり浅野夫人の守護神で……それで間違いござりまへんか」
「はい……」
 今度ははっきり返事が返ってきて、安堵の表情が浮かんだ。
 多慶の初めての神憑りはそこで打ち切った。正気に戻った多慶に、村野が聞く。
「奥さん、小桜姫と言うのはどんなお方か御存じなんですか」
「さあ、存じません。今初めて聞いたようですけど……」
「あの石笛のことは」
「石笛って、あなた、どうなさったんです」
 逆に多慶が夫に問う。浅野が言った。
「実は走水から帰ってから、湯に入ったり飯を食べたりに忙しくてね、みんなを待たせたらいかんと思って、お前には何も報告するひまがなかったんだ。今日、小桜姫から授かった石笛っていうのはこれだが……」
 石笛の由来を聞いて、多慶も驚いている。
「口を切った時は苦しかったかい」と、浅野が妻に問う。
 宮沢の荒々しさとは、あまりに手ごたえが違っていたからだ。
「いいえ、でも口に出すまでは、何べんも『こざくら、こざくら』とお腹の中で低い声が聞こえましたわ」
 人間の体は神の宮・容器であって、神は臍下丹田に宿り給うとの大本の説はどうも否定し切れない。思えば不思議であった。浅野は、深い考えもなくこの横須賀へ来て、とうとう十七年間もの間住まう身となった。また海軍士官を父としてここ横須賀で生まれ、少女時代の幾年かをここで送った妻多慶は、自分に嫁してともにこの地に移り、更に十七年を送った。三浦半島と小桜姫と自分たち一家……、昨日までは思いもうけもしなかったその因縁に、浅野はとらわれていた。
 その夜の二度目の鎮魂には、また意外なことが起こった。王仁三郎が審神者の役を引き受けたので、浅野は気楽な見物役にまわる。王仁三郎は低声に神歌を繰り返し、村野が石笛を吹く。おりふし軍港の方で小蒸気船の汽笛が響くほか、万籟みな鳴りをひそめる夜半であった。神主はおとなしく、誰もが動かぬ。
 ――あ、まさか先生、居眠りでもあるまいが……。
 浅野は首を傾げた。審神者の王仁三郎の両眼が閉じられ、反り気味の上体が微かに揺れ始めたのだ。
「むっ……」
 底力のあるうめきと同時に、まりのように王仁三郎の体が宙に飛んだ。膝組みのそのままの形を崩しもせず、ただ肩にかかった長髪が天井近くで黒雲のようになびき、袴の裾が高々とひろがった。
 低い気合いと巻き起こった気配に、誰もが驚いて目をみひらいてしまった。その目前の元の位置に、地響きを打って王仁三郎は落下した。しかし飛び上がったことなぞ気もつかぬように、依然として眼は閉じたまま、唇だけが動いた。
「小松林命、出口王仁に神憑りして神歌を詠む」
 はっと浅野は机上の鉛筆をとって構えた。
 早い口調で、はっきりと二度ずつ神歌が唱え出された。
「大君のよはあじさいの七がわり代わりしのちぞ白梅の花……みよしのに小桜姫のかがやきて大内山に紫の雲……」
 他に三首ほど水の流れるようによどみなく出る。神霊が去った王仁三郎は、浅野の筆記した歌を眺めてこういった。
「やはり小松林命はんの方が、歌はわしよりいくらか巧いわい。しかしどうもわしは霊が憑り易うてかなわん。鎮魂するのやらされるのやら判りゃせん」
 種々豊富な話題をまいたあげく、王仁三郎が横須賀を離れる日が来た。五月八日午前八時、人力車を連ねて横須賀停車場に入る。浅野夫妻・宮沢理学士・田中豊頴・成川浅子がホームに見送り、王仁三郎・村野の二人が車中の人となる。
 東西に引き分けられて遠ざかる王仁三郎の眼に、涙があった。鎮魂帰神の神法を横須賀の地に種蒔きながら、審神者の卵と正体の知れぬ神憑りとを置き去りにして離れていくのだ。穴太での初期の迫害、上谷での千辛万苦の苦行を思えば、今また同じ修行を浅野和三郎の肩に負わせて知らぬ顔で帰るのはつらい。けれどそれは、王仁三郎の本意ではなかった。これから起こるであろう横須賀でのさまざまを十分予知しながら、その子を千仭の谷に蹴落す親獅子となるのは、「自力で立て、自力で悟れよ」との神命を奉ずるからにほかならぬ。
 西行列車に身を委ねつつ、王仁三郎は祈らずにはいられない。どうか神の試練を切り抜けて、神命の重さに耐え得る役に立つ男になってくれと――。
 横須賀から京都・大阪と、王仁三郎は綾部へも帰らず動きまわる。
 五月十日辰の刻(午前八時頃)、村野龍洲の執刀で一年あまりたくわえた髭を剃り落とし、まさに十年も若返った心地がした。
   かみそりの刃風に髭は落ちにけり
       口もと涼し秋心地して
 十一日、肝川支部へ。十三日、車末吉・内藤正照と近くの川で瓶漬け漁をする。明治三十二年、園部大橋の下流で瓶漬け漁をしている時、四方平蔵が綾部よりの迎えの使者としてきた思い出が懐かしくよみがえる。あれから十八年、東奔西走に明け暮れ、一度として瓶漬け漁をしていなかった。
 さらに大阪、京都とまわり、電報で呼び戻されて王仁三郎が帰綾したのは、ようやく五月十七日であった。
 この頃、王仁三郎は、神示によって『立替えのいろは歌』を「敷島新報」誌上に発表している。

 あめつち(天地)ひらく うふこゑ(産声)に ほ(吠)えたけるゐ(毛類)や さ(去)りゆきぬ われはすなお(素直)を むね(旨)として よのもろかみ(世の諸神)へ そ(添)いません
  たいしゃう五年五月二十三日
 あめつちひらく うふこゑに やみ(闇)のゐせい(威勢)は き(消)えさりぬ ま(舞)へよおもしろ(面白) て(手)をとるそ すなほ(素直)にかた(語)れ むね(旨)わけん
  たいしょう五年五月三十日
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