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文献名1霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻
文献名2第1篇 相縁奇縁よみ(新仮名遣い)あいえんきえん
文献名3第3章 鶍の恋〔749〕よみ(新仮名遣い)いすかのこい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-08-24 22:54:02
あらすじ宇豆姫は一人述懐の歌を歌っていた。その歌には、宇豆姫が鶴公を慕っていることが歌われていた。そこへスマートボールがやってきて、宇豆姫の力になりたいと申し出た。宇豆姫は自分の心を見透かされたような気持ちになり、また鶴公派のスマートボールを頼もしく思ったが、その場は単に、神様に感謝を捧げていただけだと答えた。そこでスマートボールは、宇豆姫が清公と結婚するという城内の噂について問いただした。宇豆姫は即座に否定し、また清公は好かないときっぱり言ってのけた。スマートボールは宇豆姫を問い詰めて、ついに宇豆姫の口から、意中の人が実は鶴公であることを聞き出した。スマートボールは、自分はこの恋を成就させるために力を尽くすことを宇豆姫に誓った。そこへ、黄竜姫がやってきた。黄竜姫は人払いをして宇豆姫と二人きりになった。黄竜姫は、地恩城の左守である清公の妻に宇豆姫を任命する、と厳然と言い渡した。宇豆姫は道理を交えた黄竜姫の申し渡しに同意する以外はなかった。黄竜姫が去った後、宇豆姫はその場に泣き崩れてしまった。たまたま廊下を通りかかった鶴公は、宇豆姫を介抱する。二人は互いに思いを打ち明けあい、互いにその心を知ることができただけで思い残すことはない、と覚悟を決めた。
主な人物 舞台地恩城 口述日1922(大正11)年07月07日(旧閏05月13日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月25日 愛善世界社版49頁 八幡書店版第5輯 48頁 修補版 校定版51頁 普及版23頁 初版 ページ備考
OBC rm2503
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本文の文字数8226
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本文 宇豆姫『神素盞嗚大神の  御言畏み顕恩の
 郷に現れます梅子姫  二八の春の花盛り
 木の花姫の一時に  匂ひそめたる唇を
 開いて宣らす三五の  神の大道に心より
 麻柱ひ奉りバラモンの  神の教を振り捨てて
 梅子の姫の侍女となり  貴の教の宇豆姫と
 慈しまれて仕へ居る  時しもあれや太玉の
 神の司の宣伝使  顕恩郷に現れまして
 鬼雲彦を初めとし  鬼熊別や其外の
 拗け曲れる枉人を  雲の彼方に逐ひ払ひ
 ここに太玉神司  顕恩郷に三五の
 教の射場を建て給ひ  妾は各々八乙女の
 神の司に従ひて  エデンの園に臨まれし
 五十子の姫や梅子姫  今子の姫と諸共に
 波斯の国原彼方此方と  教を伝ふ折柄に
 バラモン教の宣伝使  片彦釘彦其外の
 枉の司に捕へられ  棚無小舟に乗せられて
 荒波猛る海原に  押流されし恐ろしさ
 吾等四人は皇神の  救ひを求めて各自に
 天津祝詞を宣りつれば  万里の波濤も恙なく
 音に名高き竜宮の  黄金の島に上陸し
 小糸の姫と諸共に  地恩の郷に現はれて
 三五教の大道に  仕へまつれる折もあれ
 思ひがけなき蜈蚣姫  数多の供人引きつれて
 此処に現はれましましぬ  地恩の城は日に月に
 神の恵の加はりて  一度に開く兄の花の
 匂ふが如く栄え行く  アヽさり乍らさり乍ら
 往く手に塞る恋の闇  千歳の松の鶴さまが
 月照る夜半に庭の面  彷徨ひ遊ぶわが姿
 認めて後より抱きつき  心の丈を繰返し
 誘ひ給ふ嬉しさに  胸轟きて何となく
 河瀬の鯉の一跳に  昇り詰めたる吾が恋路
 水泡と消えて跡もなく  云ひ寄る術も泣くばかり
 後に至りて吾心  天を仰いで悔めども
 心の中の曲者に  取り挫がれて胸の火の
 消ゆる術なき苦しさよ  妾が心を白雪の
 冷たき魔の手に捉へられ  退引ならぬ言の葉に
 解くる由なき冬の雪  心の色も清公が
 左守神を笠に着て  云ひ寄り給ふ苦しさよ
 情なく当りし恋人に  詫びる事さへ口籠り
 心の悩みを大空の  月に向つて歎つ折
 又もや一つの影見えて  吾手を掴み木下暗
 四辺憚り声ひそめ  吾は清公ブランジー
 左守神と選ばれし  栄の身なれど何時迄も
 一つ柱に三五の  道を支へむ事難し
 汝宇豆姫クロンバーの  神の司と成りなりて
 吾身と共に地恩城  三五教の神徳を
 天地四方に輝かし  開かば如何にと執拗に
 度重なりし口説ごと  断る力もないじやくり
 神に任せし身の上は  如何なる事の来るとも
 覚悟の前とは云ひながら  心に添はぬ夫を持ち
 長き月日を送るより  一層気楽に独身者
 やもめとなりて大神の  教に仕へまつらむと
 決心するはしたものの  清公さまの矢の使ひ
 引きてかやさぬ桑の弓  撥き返さむ由も無く
 如何がはせむと煩ひつ  憂目を忍ぶ折もあれ
 金銀鉄の三人は  かたみに妾の前に出で
 左守神の妻たれと  言葉尽して説き立つる
 嗚呼如何にせむ今の吾  千尋の海に身を投げて
 此苦しみを脱れむか  神の咎めを如何にせむ
 千思万慮も尽き果てて  今は苦しき板挟み
 恋しき人に肱鉄を  喰はせて御心怒らせつ
 心に合はぬ清公に  日に夜に口説き責められつ
 心の暗も知らぬ火の  砕けて落つる吾涙
 汲む人もなき地恩郷  あゝ惟神々々
 御霊幸倍坐まして  日夜に慕ふ鶴さまに
 夢になりとも吾思ひ  伝へ給へよ三五の
 道を守らす須勢理姫  神の命の御前に
 心を清めて願ぎまつる  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  仮令大地は沈むとも
 鶴公さまに吾思ひ  通さにや置かぬ桑の弓
 女の思ふ真心は  岩をも射貫くと聞くからは
 通さざらめや吾が恋路  恋し恋しと朝宵に
 積る思ひの恋の淵  浮ぶ涙は滝津瀬の
 水に流してスクスクと  落ち行く末は海の原
 情も深き恋の海  男波女波を乗り越えて
 棚無船に梶を取り  太平洋の彼方まで
 互に手に手を取り交し  真の神の御教を
 開かせ給へ惟神  御霊幸倍坐ませよ』
と、四辺に人無きを幸ひ、宇豆姫は述懐の歌を歌つて胸の縺れを解かむとして居る。
 此処へ慌しく駆来れるスマートボールは、
スマートボール『コレハコレハ宇豆姫様、御機嫌は如何で御座います。貴女のお顔は何処となく憂愁の色が漂うて居るやうで御座います。如何なる事か存じませぬが、スマートボールの力に及ぶ事ならば、何なりと仰せ下さいませ』
と出しぬけの言葉に、宇豆姫は心の底まで見透かされたやうな驚きと、嬉しさをもつてスマートボールに向ひ、赭らむ顔に笑を湛へ、
宇豆姫『コレハコレハ何方かと思へばスマートさまで御座いましたか。御親切によく仰有つて下さいました。余り神様の御神徳の無限絶対なる御仁慈を思ひ出し、感謝の涙に暮れて居りました。貴方も相変らず御壮健で御神業に御奉仕遊ばされ、何よりも結構で御座います』
スマートボール『ハイ、有難う御座います。私が唯今参りましたのは他の事では御座いませぬ。貴女に折入つてお尋ね致したい事が御座いますので、失礼をも顧みず唯一人、男子の身を持ち乍ら女御一人の処へ参りました。貴女に取つては嘸々御迷惑にお感じなさるでせうが、決して私は不潔な心を持つて、女一人のお居間をお訪ねしたのでは御座いませぬ。何卒悪からず思召し下さいませ』
宇豆姫『スマートさま、其お心遣ひは御無用にして下さいませ。清廉潔白にして、信心堅固の誉高き貴方様、如何して左様な事を思ひませう。誰だつて貴方の行動を疑ふ者は有りませぬから、お気遣ひなさいますな。人間は平生の行ひが肝腎です。貴方の如く信用のある方なれば、何時お越し下さいましても些しも苦しうは御座いませぬ』
スマートボール『ヤア、それで安心致しました。私は御存じの通りの周章者、円滑な辞令を用ひて遠廻しに貴女の御意中を探る様な事は到底出来ませぬから、唐突乍ら、手つ取り早くお伺ひ致し度い事が有つて参りました』
宇豆姫『妾に対してお尋ねとは、それは何う云ふ事で御座いますか』
 スマートボールは頭を掻き乍ら、
『エー、実は………』
と云ひ悪さうにモジモジして居たが、斯くてはならじと腹を据ゑ、
『宇豆姫さま………』
と改まつたやうな口調で切り出した。
宇豆姫『ハイ』
スマートボール『貴女の御存じの通り、此地恩城も三五教の大神の御神徳にて日に月に栄え、国民は其徳に悦服し、天下泰平に治まり、其上素盞嗚大神様の御娘子、梅子姫様を初め黄竜姫様の御母上まで、黄竜姫女王の神務を内助され、地恩城の組織は稍完全に定まりましたのは、お互に大慶の至りで御座います。就きましては、今迄教務に老練なる高山彦様がブランジーの職に就かせ給ひ、黒姫様はクロンバーのお役を遊ばし、夫婦息を合して陰陽合体の神務に従事されて来ましたが、御両人が当城を出立遊ばしてより、清公様が左守神としてブランジーの職を継がせられ、大変に吾々迄が喜んで居りまする。就てはクロンバーとして奥様を迎へねばなりませぬが、一寸人々の噂を聞けば、貴女様が清公さまの妻となり、クロンバーの職をお継ぎ下さるとの事、吾々は是を聞いて衷心より歓喜の涙に打たれました。併し乍ら人の噂は当にはなりませぬ。それ故失礼乍ら、直接貴女様にお目にかかつて御意中を承はらむとお尋ね致した次第で御座います。何卒御腹蔵なく私迄お漏らし下さいますまいか』
 宇豆姫はさも迷惑さうな顔をしながら、
『左様な事、何方にお聞きなさいましたか。ほんに嫌な事で御座いますな』
『イヤ誠に恐れ入ります。失礼な事をお尋ね致しました。併し貴女として、まさか……さう……ハツキリと、左様だと云ふ事は仰有り悪いでせう。其処は人情ですから、矢張……ヤア分りました。さうすると貴女の御精神は、クロンバーの職にお就き下さるお覚悟と拝察致します。何卒私のやうな愚者なれど、末長く可愛がつて下さいませ』
 宇豆姫は周章て、
『モシモシ、スマートさま、滅相な事仰有いますな。妾は清公さまの妻にならうなぞとは夢にも思つた事は御座いませぬ。何卒誤解の無きやうにお願ひ致します』
スマートボール『さうすると貴女はモウ好い年頃、何処までも独身生活を遊ばすお考へですか』
宇豆姫『ハイ……イヽエ』
とモガモガする。
スマートボール『ハヽヽヽヽ、流石は乙女心の恥かしさ、ハツキリと仰有らぬワイ。三月の壬生菜と同じぢやないが、仕たし怖しと云ふ所ぢやな』
宇豆姫『オホヽヽヽ、好い加減な当て推量は止めて下さいませ。妾はまだ外に……』
スマートボール『エヽ、あなたはまだ外にと仰有つたが、其次を続けて下さいませな』
宇豆姫『厭なこと、好い加減に堪忍て下さいな』
スマートボール『イエイエ、貴女の一身上の大事は申すも更なり、本城に取つて重大な問題ですから、何卒ハツキリと私迄云つて下さいませ』
宇豆姫『妾は嫌で御座います』
スマートボール『これは迷惑、決して私は貴女に対して野心は持つて居りませぬ。又私のやうな軽薄な人間は嫌と仰有るのは当然です』
宇豆姫『さう悪く気を廻して貰つては困りますよ。決して決してスマートさま、貴方を嫌ひと云つたのぢや御座いませぬ』
スマートボール『ハテ、合点のゆかぬ。さうすると権要の地位にあるブランジーの清公様を嫌ひと仰有るのですか』
宇豆姫『ハイ、仮令天地が覆るとも、絶対に嫌で御座います』
と思ひ切つたやうに、ハツキリと云うて退けた。
スマートボール『ハテナ、実際当つて見なくては分らぬものだ。人の噂と薩張り裏表だ』
と呟く。
宇豆姫『どんな噂が立つて居りますかなア』
スマートボール『余り貴女に対して気の毒だから、もう云ひますまい』
宇豆姫『チツとも構ひませぬから云うて下さいませ。お願ひで御座います』
スマートボール『城内の噂では、貴女はあれだけ人気のある鶴公さまを蛇蝎の如く忌み嫌ひ、権要の地位にある左守神の清公さまに秋波を送り、非常に御熱心だと云ふ噂が立つて居りますよ。蓼喰ふ虫も好き好きとやら、何程地位が高くても、あれだけ大勢の者が忌み嫌ふ清公さまに電波をお送り遊ばすとは、貴女の日頃の立派なお心に照り合して、些しも合点が参らぬと思うて居りました。併し乍ら、今仰有つたお言葉が真実としますれば、何事も氷解致しました』
宇豆姫『ハイ、有難う御座います』
スマートボール『貴女は意中の人があれば、女房におなりなさるのでせうな、神の道は女としては夫を持つのが本当です。何卒私に包まず匿さず仰有つて下さいませ。どんな斡旋でも致しますから』
宇豆姫『ハイ、有り難う御座います。何うも不束な妾、何程此方から恋しい意中の人があつても、先方様にそれ丈けのお心が無ければ、到底末が遂げられませぬから、マア今の処、妾の夫になつて下さると云ふ人は御座いますまい。妾の好いと思ふ方は先方からエツパツパーとお出かけ遊ばすだらうし、先方様から妾をお望み下さる方に限つて妾の方から虫が好かず、何うも思ふやうに行かないものです。何と云つても長い一生の間暮さねばならぬ夫婦の間柄、気の合はぬお方と一生暮すのは不快で堪りませぬ。女は夫に絶対服従すべきものだと云ひますが、妾としては些しく道理に合はない様に思ひます。夫が如何なる事を云つても、妻として絶対服従を強らるるのは残酷です。夫婦は互に意見を交換し、相携へて行かねばならぬもの、然るに世間の夫婦を見ますると、女房は殆ど夫の奴隷か、玩弄物のやうな扱ひを受け、夫が何んな不始末な事を致しても、妻として是を云々する権利もなく、まさか違へば髻を掴んで打ち打擲をされ、不貞腐れ女、不柔順な妻と無理やりに醜名を着せられ実に無告の民も同様で御座いますから、妾は夫を持つならば、この間の消息をよく弁へた、物事のよく分つた方と夫婦になり、円満なホームを作り、神界の御用に面白く嬉しく、潔く奉仕する事の出来る夫を持ち度う御座います。男女同権と云つて、男子も女子も同じ神の分霊、どちらも無ければなりませぬもの、然るに夫婦となれば、最早同権ではありませぬ。夫唱婦随と云つて夫によく仕へ、何事にも服従するのが妻たるの道、併し乍ら無理解な夫に無理難題を強られ、夫の権利を振りまはされては不快で耐りませぬから、心の底より妻の境遇を憐れみ、同情心をもつて添うて下さる夫が持ち度いので御座います』
スマートボール『成る程、承はれば御尤も千万だ。吾々は未だ妻を持つた事もなし、夫婦の味は知りませぬが、女の心理状態はそんなもので御座いますかなア。ヤアもう承はつて人情の機微を窺ふ事が出来ました。併し貴女の最前のお言葉に、意中の人は先方から応じない……との意味を漏れ承はりましたが、意中の方と云ふのは何方で御座いますか』
宇豆姫『ハイ……』
と云つて俯いた儘、顔を匿す。
スマートボール『貴女、意中の人にエツパツパーをやられた時のお心持は、どんなにありましたかな。女の心も、男の心も同じ事、意中の女に撥かれた男は、層一層残念なものですよ。七尺の男子が女の為に肱鉄を喰はされ、天地の神に対して合す顔が無いと云うて、庭先の松で、首を吊らうとした立派な男がありますよ。併もその男は貴女に撥かれて……』
宇豆姫『エヽ何と仰せられます。妾に撥かれて首を吊りかけたとは、それは本当の事で御座いますか』
スマートボール『白ばくれ遊ばしてはいけませぬ。現に貴女は撥いたぢやありませぬか。撥かれた男は此の庭先の松で、プリン プリンと空中活動を開始して居た。私はフト通り合せて、驚いて命を救つた哀れな男が御座います』
宇豆姫『エヽ……』
と云つた限り、又俯く。
スマートボール『貴女は右守神鶴公さまを月照る夜半に、素気なくも蜂を払ふやうな目に遇はせ、恥を掻かせたのでせう、其男が寝ても覚めても貴女の事を思ひ詰め、此頃は貴女が清公さまの女房になられるとの噂を聞き、真実に可憐さうに、大悲観の極に落ちて居ますよ。貴女も余つ程罪な方ですな』
宇豆姫『エヽ、あの鶴公さまが、そんなに御熱心でゐらつしやるので御座いますか』
スマートボール『貴女のお嫌ひな鶴公さまが、そこ迄執着があるとお聞きになつては、聊か御迷惑でせうな』
宇豆姫『何うして何うして御勿体ない。妾はあんなお方に、仮令半時なりとも添うて見たう御座いますワ』
と真赤な顔をして、思ひ切つたやうに云ひ放ち、クレツと後を向き顔を匿した。
スマートボール『ヤア、それでやつと安心しました。流石は貴女お目がよう利きます。恋も其処迄ゆけば神聖ですよ。屹度私がお力になつて此恋を叶へさせますから、御安心下さいませ』
宇豆姫『…………』
 斯かる所へ、金、銀、鉄の三人を従へ入り来つた黄竜姫は、言葉静に、
『宇豆姫様、……ヤア貴方はスマートボールさま、御都合の悪い所に参つたのではありますまいかな。お話が御座いますれば、暫く彼方に控へて御遠慮致しますから、御両人、お話を済ませて下さい。妾は次の間に控へてお待ち申して居ります』
 此言葉を聞いた宇豆姫は容を改め、襟を正し、座を立つて下座に坐り、
宇豆姫『コレハコレハ、女王様、よくこそ被入せられました。どうぞ此方へ御着座下さいませ』
黄竜姫『左様なれば着座致しませう。時に宇豆姫様、貴女に折入つて申上げ度い事が御座いますから、……スマートボール、暫く席をお外し下さい。金、銀、鉄の三人も暫し遠慮召されや』
 スマートボールは、
『ハイ、承知致しました』
と素直に此場を立ち退いた。三人も次の間に姿を隠した。暫く両人の間には沈黙の幕が下りた。屋外には嵐の音轟々と鳴り渡り、庭園に咲き乱れたる花弁を惜気もなく散らして居る。晃々たる太陽の光は戸の隙間より細く長く線を引き、煙のやうな塵埃がモヤモヤと飛散して居るのが、キラキラと日光に輝いて不知火の如く見えて居る。
黄竜姫『モシ宇豆姫さま、御覧遊ばせ。斯の如く咲き乱れたる百の花に向うて、日天様が晃々と輝きたまふにも関はらず、雲も無きに暴風吹き荒み、落花狼藉、庭の面は一面に花蓆を敷き詰めたやうでは御座いませぬか。実に花永久に梢に止まらむとすれど嵐来つて是を散らす。樹木静ならむとすれど風止まず、子養はむとすれども親待たずとかや、世の中は或程度迄は、吾々人間の自由には成らぬもので御座いますな。夫婦の道だとて同じ事、自分の添ひ度いと思ふ夫に添へなかつたり、自分の嫌で耐らぬ男に一生を任さねばならぬ事は、まま世界にある習ひで御座います。何事も天地の間に生れた以上は、神様の大御心に任し、何う成り行くのも因縁と諦めて我を出さぬのが天地の親神様に対して、孝行と申すものでは御座いますまいか』
と遠廻しに網を張つて居る。其言葉を早くも感づいた宇豆姫は、ハツと胸を躍らせ乍ら素知らぬ顔にて、
宇豆姫『女王様の仰せの通り、世の中は人間の勝手にはならぬもので御座います』
と僅に応酬した。
黄竜姫『今改めて黄竜姫が、宇豆姫に申し渡す事が御座います』
と儼然として立ち上り、最も荘重な厳格な口調にて、
黄竜姫『此地恩城は、清公を以て左守神と神定め、ブランジーの職を授けたる事は、和女の既に知らるる所、就てはクロンバーとして和女を清公が妻に定めまする。黄竜姫の申す事、よもや違背はありますまい。サア直様御返事を承はりませう』
 宇豆姫は胸に警鐘乱打の響き、地異天変突発せし狼狽へ方をジツと耐へ、さあらぬ態にて胸撫で下し、
宇豆姫『ハイ、有り難う御座います。不束な妾の如き者を、勿体無くもクロンバーの位置に据ゑ、畏れ多くも驍名隠れ無き清公様の妻にお定め下さいました仁慈無限の思召し、早速お受致しますのが本意では御座いますが、何卒暫く御猶予を下さいませ。熟考した上で御返事を致しませう』
黄竜姫『黄竜姫が心を籠めた夫婦の結婚、一時も早く良き返事をして下されや』
宇豆姫『ハイ、兎も角も熟考の上御返事を致しませう』
 黄竜姫は些しく言葉を強め、
黄竜姫『もはや熟考の余地は有りますまい。神様の為め、お道の為め、身命を捧げた貴女、仮令少々お気に足らぬ所があつても、其処を耐へ忍ぶのが三五の道の教ゆる所、必ず必ずお取り違ひのないやうに……』
と退つぴきならぬ釘鎹、進退維谷まつた宇豆姫は、何の答もないじやくり、涙を呑み込む哀れさよ。
黄竜姫『一時の猶予を致しまする。其間に良く熟考をなさいませ。本末自他公私の大道を誤らないように、呉れ呉れも注意して置きます』
と又一つ千引の岩の重石をかけられ、宇豆姫は、煩悶苦悩の極に達し、慄い声になつて、
宇豆姫『黄竜姫様の御親切、有り難う存じます。暫くの御猶予をお願ひ致します』
と僅に口を切つた。黄竜姫は莞爾としてこの場を悠々と立ち去る。
 後に宇豆姫唯一人、夢か現か幻か、夢ならば早く覚めよと、とつおいつ、思案に暮れて居たりしが、
宇豆姫『嗚呼矢張夢ではない。アヽ何うしようぞ。何うして是が耐へられよう。神様の御為、お道の為とは云ひながら、妾程因果なものが世に在らうか。何故に男に生れて来なかつただらう』
とワツと許り、大河に濁水氾濫し、堤防を崩潰せし如く、一度にどつと涙川、身も浮く許り泣き叫ぶ。廊下を通りかかつた右守神鶴公は、耳敏くも此声を聞きつけ、何事の変事突発せしかと慌しくドアを押開け進み入り、
『モシモシ、宇豆姫様、如何なさいました。腹が痛みますか……介抱さして下さいませ』
と親切に後に廻つて横腹の辺りを抱へた。癪を止むる男の力、恋の力と一つになつて宇豆姫は一生懸命、
『是がお手の握り納め』
と云はぬ許りに、日頃恋慕ふ右守神の手も砕けむ許りに力限り握り締め、涙の顔を振り上げて、鶴公の顔を打ち眺め、
宇豆姫『鶴公様、何卒お許し下さいませ。情無き女と御蔑み、御恨み遊ばしたで御座いませう。妾の心は決して貴男様を忌み嫌つて居るのでは御座いませぬ。余りの嬉しさと驚きに、御無礼の事をいつぞやの夜致しました。御無礼のお咎めも遊ばさず御親切に御介抱下さいまするお志、妾は此儘息が絶えても、最早此世に恨みは御座いませぬ』
と又もや咽び泣く其可憐らしさ。
鶴公『アヽ其お心とは夢にも知らず、情無い貴女と、今の今迄恨んで居りました。何卒お許し下さいませ。仮令貴女と偕老同穴の契は結ばずとも、其のお言葉を一言承はつた上は、私は最早何一つ恨みは御座いませぬ。アヽよく仰有つて下さいました』
と両眼に涙を浮べ目をしば叩き、声を出して男泣きに泣く。割りなき恋路の二人の男女他の見る目も哀れなり。
(大正一一・七・七 旧閏五・一三 加藤明子録)
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