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文献名1霊界物語 第30巻 海洋万里 巳の巻
文献名2第5篇 山河動乱
文献名3第21章 神王の祠〔863〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ国依別一行は、アラシカ峠の頂上に至り、東北方面に平原に伸びるヒルの都を見渡した。一方西南には日暮シ山がそびえている。三人はこの様子を見て、ヒルの都は無防備だが交通の便に勝れ、一方日暮シ山は要害堅固だか交通に不便である点を比べ評している。
三人が峠を下っていく途中、二三本の樟の大木に守られて、古い祠があった。ウラル教の神・常世神王を祀った祠であるという。その前に、妙齢の女が跪き、何事かを熱心に祈願している。
三人は祠に近づき、天津祝詞を奏上すると傍らの石に腰掛けた。女は涙を流して祈願している。キジは女に近づき、同情の言葉をかけて、何か悩み事があれば力になろうと申し出た。
女はエリナと名乗り、父・エスはウラル教の宣伝使であったが、ある日三五教の宣伝使が家に立ち寄ったところ、その宣伝使の話に感銘を受けて投合し、家に何日か泊め、またウラル教徒たちにも三五教の美点を説いて聞かせたという。
しかしそのことが日暮シ山の本山に伝わり、教主ブールに呼び出されてその後消息が絶えてしまった。日暮シ山本山から親切に消息を知らせてくれた者があり、それによると、ブールの逆鱗に触れた父・エスは、水牢に投げ込まれて苦しんでおり、家族にも危害が及ぶかもしれない、とのことであった。それを聞いた母は重い病に倒れてしまったという。
国依別、キジ、マチはこの話を聞いて、自分たちが三五教徒でであることを明かし、力になろうと申し出た。国依別は、キジとマチに日暮シ山に引き返して、エリナの父・エスを助け出すように命じ、自分はエリナを送って行き、エリナの母に鎮魂を施すこととした。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月16日(旧06月24日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所
OBC rm3021
本文の文字数4412
本文のヒット件数全 1 件/教祖=1
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本文  国依別一行は足に任せて、旭を浴び乍ら、東南に向ひ前方に突当つたアラシカ山の大峠をソロソロと登り始めた。此地点は最早今年の旱魃にも遭ず、極めて安全にして、山々の草木は色美はしく、旭に照り輝き、活々として居る。一行は心も勇み、何となく愉快げに此急坂を知らず知らずの間に半日を費やして、峠の頂上に達した。
 東北を眺むれば、ヒルの都は細く長く帯の如く人家が並んで居る。戸数に於て殆ど二三千計りの、此時代に取つては大都会である。又西南を瞰下すれば、ウラル教のブールが立籠りたる日暮シ山は手に取る如く、青々と緑の衣を被り、八合目以上は雲に包まれてゐる。
 キジは国依別に向ひ、
『モシ、宣伝使様、あの未申の方向に当つて白雲の帽子を着てゐる高山が、例の日暮シ山で御座いますよ。随分景勝の地点を選んだものですなア。三方山に囲まれ、一方に日暮シ河の清流を控え、四神相応の地点だと云つて、ウラル教の連中が非常に誇つて居る所で御座いますよ。ヒルの都はあの通り、茫々たる原野の中に築かれてありますから、大変に便利は宜しいが、要害の点に於ては、日暮シ山に比ぶれば、非常に劣つて居る様ですなア』
国依『成程ウラル教も恰好な地点を見付け出したものだなア。併し此頃の様に肝心の日暮シ河があの通り涸切つて了つては、交通の点に於て最も不便であらう。何事も一利あれば一害ある世の中だから、吾々なれば矢張ヒルの都の方が余程気に入るよ』
マチ『気に入ると云つたら、此涼風、暑い坂を汗タラダラと流して登り詰め、山上に息を休めて四方の景色を見晴らし、浩然の気を養ふ吾々は、実に天国へ登りつめた様な心持になつて来ました。何と云つても人は高山に登り下界を見下すに限りますなア。コセコセと狭い谷間に潜んで、日々何とかかとか云つて騒いで居るよりも、時々は山登りも又愉快なものです』
 国依別は、
『サア皆さま、参りませうか』
とスタスタと坂路を降り行く。二人は『モウ少し休みたいなア……』と小声に囁き乍ら、已むを得ず後に従ひ、急坂を下りて行く。
 見れば坂路の傍に一つの祠が建つて居る。樟の大木は二三本天を封じ此祠に対し、雨傘の役を勤めて居る。ふと見れば、面やつれのした妙齢の女、社前に跪き何事か切りに祈願をこめてゐる。マチ、キジの両人は早くも之を認め、
『ヤア宣伝使様、アレ御覧なさいませ。あすこには常世神王を祀つた祠が御座います。さうして何だか一人の女が荐りに祈願して居るやうですが、一つ立寄つて様子を聞いて見ませう。此淋しい山路、若い女の身として、此祠へ参つて来るのは何か深い曰く因縁が無けねばなりますまい』
国依『アヽ成程、古い社が立つてゐるなア。実に立派な楠が栄えて居る。これ位な大木にならうと思へば数千年の星霜を経て居るであらう。吾々の様に二百歳や三百歳で死んで了う弱い人間と違つて、数千年の寿命を保ち、尚青々として枝葉を繁茂させ、所在暴風雨に対し依然として少しも騒がず、此高山に生活を続けて居る楠は、実に偉いものだ。これを思へば植物位偉いものはない様な気がするネ。樟の木に霊あり、且言語を発するならば、遠き神代の有様を聞かして貰ふのだけれど、併しそれも仕方がない』
マチ『モシモシそれはさうと、あの女を御覧なさい。随分痩衰へて居るぢやありませぬか? 兎に角祠の前へ立寄つて調べて見たら如何でせう』
国依『兎も角神様に参詣した序に尋ねて見るもよからうよ』
と云ひ乍らツカツカと祠の前に進みよる。三人は祠の前に跪き拍手再拝、天津祝詞を清く涼しく奏上し終り、傍の長き石に腰打掛息を休めた。
 キジは祠前に跪き何事か切りに、落涙と共に祈つて居る女の側近く寄り、いたいたしげに脊を撫でさすり乍ら、
キジ『モシモシ、何処の御方か知りませぬが、大変な御信仰で御座いますな。此お社は、常世神王様の御神霊が御祀り申してあると云ふことで御座いますれば、貴女がここへ御参りになつてることを思へば、大方ウラル教の御方でせうネ。かよわき女の只一人、此高山の祠に詣でて御祈りをなさるのは、何か深き御様子のある事と御察し申します。吾々の力に及ぶ事なれば、何とかして御相談に乗つてあげたいと思ひますが、どうか御差支なくば、大略丈なりとお話下さいませ。及ばず乍ら御力になりませう』
 此同情のこもつたキジの言葉に、女は漸く顔をあげ、
『ハイ、私はアラシカ山の山麓に住居いたすエリナと申す者で御座います。私の父は、ウラル教の宣伝使でエスと申しますが、一ケ月以前に三五教の宣伝使様が御立寄りになり、いろいろと尊きお話を父と共に、夜中遊ばした結果、父も非常に喜びまして、四五日の間其宣伝使を吾家に止めおき、ウラル教の信者にも三五教の美点を説き聞かせ、神様の御神徳を受けて、大変に喜び勇んで居りました。所が此事忽ち日暮シ山の岩窟に聖場を立ててウラル教をお開き遊ばす、云はばヒルの国に於けるウラル教の総大将、ブールの教主の耳に入り、至急吾父のエスに参れとの御使、父は喜び勇んで、其霊地へ参りましたが、其後は何の音沙汰もなく非常に母と共に心配を致して居りましたが、四五日前にウラル教の宣伝使が尋ねて来られ、エスさまは三五教の宣伝使を自宅に宿泊させ其上ウラル教の信者に対して三五教を説き勧めたと云つて、日暮シ山の岩窟内の暗き水牢に投げ込まれ、大変な苦しみを受けて居られる、お前達も妻子たる廉を以て、何時召捕りに来るかも知れないから、気を付けよと、秘密に知らして呉れた親切な方がありました。母はそれを聞くより忽ち癪気を起し、重き病の床に臥し、日に日に体は弱り果て、見る影もなく痩衰へ、一滴の水も食物も喉を越さず、此まま死を待つより外に途なき悲運に陥つて居ります。それ故私はウラル教の教祖常世神王様の祠に日々詣でまして、父の危難を救ひ、母の病気を助け玉へと、祈つて居るので御座います』
と涙片手に包まずかくさず事情を物語る。
キジ『それはそれは、承はれば実にお気の毒です。私も今迄ウラル教の信者で日暮シ山の霊場へは、二度計り参拝した事もある位で御座いますが、実にウラル教は、今となつて考へて見れば残虐な教ですよ。人の死ぬ事を何とも思はず、天国へ救はれるのだから、無上の光栄だなんて、訳の分らぬ事を教へるのですからたまりませぬワ。併し乍らあなたの御父上が三五教の宣伝使を四五日も御泊めになつたと云ふのは、ウラル教に愛想をつかし、三五教の美しい所をお悟りになつた結果でせう。コリヤ、キツと因縁があるに違ひない。こんな所でこんな御話を聞くのも、神様のお引合せに違ない。必ず必ず御心配なさいますな。キツと吾々が御父上や御母アさまを助けて上げませう』
エリナ『どこの御方か知りませぬが、初て会うた此私に、御親切によく云つて下さいます。何分にも憐な私の今日の境遇、どうぞ御助け下さいませ』
と手を合せて、涙乍らに頼む憐れさ。
国依『モシ、エリナさまとやら、必ず御心配なさいますな。吾々一同がキツとお父さまを、如何な水牢の中からでも、日ならずお助け申して、あなたの宅へ送り届けませう』
エリナ『ハイハイ、有難う御座います。何分宜しう御願致します。……あなたは、さうしてウラル教の宣伝使様で御座いますか』
国依『イエイエ、吾々は三五教の宣伝使国依別と申す者、今此処に居る両人は、チルの国の方で、キジ、マチと云ふ非常な豪傑ですよ。キツと助けて上げますから、機嫌を直して早く家路に帰り、お母アさまにも安心させて上げなさい』
エリナ『ハイ、有難う御座います』
と嬉し涙にくれ、地に伏して泣いて居る。
国依『キジ、マチの両人、御苦労だが、モ一度ウラル教の霊場へ引返し、モウ一戦を始め、エスさまを救ひ出して来ようぢやないか?』
キジ『ハイ、それは大変に面白いでせう。併し乍ら、たかの知れたブールやユーズにアナンの如き木端武者が大将株をして居る様なウラル教へ、宣伝使にワザワザ往つて貰ふのは実に畏れ多いぢやありませぬか。あんな者は吾々一人にて余つて居ります。どうぞ私一人を日暮シ山に差向けて下さい。さうしてマチはエリナさまに従いて行き、お母アさまの病気を鎮魂して直して上げる役となり、宣伝使様は之よりヒルの都へお越しになり、吾々が芽出たく凱旋して帰る迄、待つてゐて下さいませぬか?』
国依『随分偉い元気だが、必ず油断は出来ないぞ。夜前大勝利を得たからと云つて、何時迄も勝つ計りにきまつたものぢやない。随分気を付けて、両人共一時も早くエスさまを救ひ出す様に御苦労にならうかな。エリナさまは私がヒルの都へ行く途中だから、お宅迄送り届け、お母アさまの大病を治しておいて、ヒルの都へ行くことと致しませう』
 キジはニタリと笑ひ乍ら、
キジ『宣伝使様、中々抜目がありませぬなア』
と心ありげに笑ふ。
マチ『きまつた事だ。神様のお道に一分一厘、毛筋の横巾も抜目があつて堪るかい。お前こそ今度は抜目なく、気を付けて行かないと、思はぬ失敗を演ずるぞよ』
国依『マチさまも是非同道を願ひますよ。どうもキジさま一人では心許ないからなア』
キジ『宣伝使様、余りひどいですな。高が知れたウラル教の霊場、私一人にて喰ひ足らぬ様な気分が致して居ります。マチの様な男、連れて行くのは何だか足手纏ひの様な気が致しますけれど、あなたの御命令とあらば伴れて行きます。……コレ、マチ、貴様は余程果報者だ。征夷大将軍キジ公の副将となつて行くのだから、さぞ光栄に思つてゐるだらうなア』
マチ『アハヽヽヽ何を吐かすのだ。余り調子に乗つて失敗をせぬ様にせよ。……そんなら宣伝使様、キジ公の後に従ひ、これより日暮シ山に立向ひ、ウラル教の大将ブール其他の奴原を片つ端から言向け和し、エスの宣伝使を救ひ出し、日ならず凱旋の上、ヒルの都の楓別命が御館に於て御面会申しませう。……サア、キジ公の大将、早く出立遊ばせよ』
と、からかひ乍ら、早くも此場を後に、先に立つて元来し坂路を帰り行く。
キジ『オイオイ大将を後にして、先へ行くと云ふ事があるものか。待つた待つた』
と呼はり乍ら、
キジ『宣伝使様、エリナ様、左様なら、後日お目にかかりませう』
と言葉を残し、マチの後を追つかけ行く。
 これより国依別はエリナと共にアラシカ山の山麓エスの宅に至り、エリナの母テールの病を癒やさむと祈願し、数日逗留の後ヒルの都を指して進み行く。
(大正一一・八・一六 旧六・二四 松村真澄録)
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