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文献名1霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻
文献名2第2篇 光風霽月
文献名3第11章 思ひ出(二)〔1048〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ自分を排斥しようという反対者たちの活動は、次第に露骨になってきた。大原というところに泊まった帰り、地獄谷というところにさしかかると、羽織の紐がほどけて脱げようとする。
不思議に思って鎮魂していると、十人ほどの暗殺隊が待ち伏せしていることが霊眼に見えた。四方春蔵が自分に同行していたが、四方も共謀者だったのである。
そこで、四方春蔵に先に行くようにと命じると、四方は計画に気づかれたことに驚いて逃げてしまった。少し先に行くと、暗殺隊は計画が漏れたことを知って、辺りからごそごそと出てきてお迎えに上がったのだ、などと出まかせを言う。
喜楽は彼らに先に歩くように言い、自分は一番後からついていった。一人逃げ二人逃げ、とうとう残りは五人になってしまった。
そうして帰ってくると、教祖様は家の前の岩に赤い真綿と白い真綿を重ねて、喜楽の無事を祈願してくれていた。逃げ帰った連中は教祖様に叱られて、お互いに罪をなすりあっていたが、喜楽は済んだこととして許した。
幹部たちは、喜楽の言動は悪の小松林だから改心させなければならないが、肉体は神様の御用でお使いになるのだから綾部に居なくてはならぬ、と無茶と言ってさんざん自分を苦しめた。
神様からは早く布教の活動をしろと言われ、往生した。また別の機会に京都へ来ないかと言われて出立したが、これは自分を途中で待ち受けて殺そうとするたくらみであった。向こうが短刀を抜いたので、こちらも短刀を抜いて覚悟を示したところ、怖気がついたようで、とうとう勝負はせずに連れだって綾部に帰ったこともあった。
また苦心して大阪に出て、内藤氏の家に落ち着いていた。すると偶然、中村、竹原、四方らが家の前を通った。声をかけると、自分の留守中に喜楽が書いた書物を五百冊ほど焼いてしまったという。
あわてて園部までもどったが、四方平蔵氏がまた小松林の四足の守護神、とやりだす。癪に障ったから、揚げ豆腐と牛肉を牛乳で煮させて、洋服を着て四つん這いになって食べて見せてやった。
園部の信者たちは、そんなことをするとますます誤解されるからやめてくれ、と泣いて頼み込んできた。
四方氏らは小松林が喜楽の肉体から抜け出るよう証文を書け、と言ってきた。彼らが字が読める者がないのを幸い、漢字で出鱈目な証文を書いてやったが、後でまた、喜楽が幹部をだました、やはり悪の御魂だと言って責められた。
帰ってみると、喜楽が書いたものはすべて焼かれてしまっていた。自分の言うことはまったく聞いてくれないので、久しぶりに教祖様に面会したところ、もうよそへは行かないように、とのお言葉であった。
喜楽は幹部連中が書物を焼いたことを報告したので、教祖様は幹部たちをお叱りになった。それでこの件は決着がついた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月16日(旧08月26日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所
OBC rm3811
本文の文字数3652
本文のヒット件数全 11 件/教祖=11
これ以外の情報は霊界物語ネットの「インフォメーション」欄を見て下さい 霊界物語ネット
本文  自分を排斥しやうと云ふ、幹部の中の野心家連中の活動が段々露骨になつて来た。川合の大原に泊つた時、十人ばかりの暗殺隊がやつて来た。自分の霊眼には誰と誰とが来て居ると云ふ事がすつかり分つて居る。翌日大原を出発して上谷と西原との間の、俗に地獄谷と云つて居る処へさしかかると、如何したものか、自分の羽織の紐がほどけて羽織が脱げやうとする。不思議だと思つて鎮魂をして見ると、暗殺隊の待ち伏せである事が分つた。四方春三が供をして居たが、是も一つ穴の貉だから、自分は捩鉢巻腕まくりをして居たが、
喜楽『大きな割木を握つて後に目が無い。どんな事をするか知れたものでないから先へ行け』
と云ひつけると四方は吃驚して逃げ出した。少し行くと、彼方からも此方からもガサガサと出て来たが機先を制せられて張り合ひ抜けがしたと見えて、
『先生、お迎へに参りました』
などと云つて居る。
喜楽『馬鹿を云へ、こんな怪しからぬお迎へが何処にあるか、後に目が無い、先へ行け』
と云つて喜楽は一番後から跟いて行つた。手持無沙汰になつたものだから、一人逃げ二人逃げ、到頭四方権太郎、王原常太郎、村上春之助、谷口熊吉、それに喜楽と五人になつて了つた。一人が股を広げて放屁をやると又一人が放屁をやる、自分も負けぬ気になつて復讐的に又放屁する。誰も彼も、やるともやるとも能くも出たものだと思ふ位盛に連発して、西原から綾部の大橋迄一里の間放りづめであつた。帰つて来ると、教祖様が家の前にある岩に赤い真綿と白い真綿とを重ねかけて、縮緬の紐で縛つて自分の無事な様にお呪ひして居られた。赤白の真綿は、艮と坤の金神様、紐は竜宮様だ。逃げて帰つた連中は、教祖様から叱られてお互に罪のなすり合ひを始めた。喜楽は済んだ事だから構はぬ構はぬと云つて、一場の夢と観じて無事に済ませた。
 無事に済む事は済んだが、其後も喜楽の云ふ事は用ひて呉れない。
教祖様は経を説かれる、会長は教祖様のお話の分る様に緯を説くのである』
と説明しても如何しても信用せない。そして自分の肉体は教祖様のお筆先にある通り、神業のために居なくてはならぬ肉体であるが守護神が小松林と云ふ四つ足の悪の守護神だから、如何しても其化けの皮を剥かさねばならぬと考へて居るのである。こんな風で喜楽の云ふ事は一向聞かぬから、いつそ飛び出さうとすると、四方平蔵氏が仲裁して、
四方『百のものなら、教祖様のお話を九十九聞いて、先生の話を一つだけ聞かう』
と云ひ出した。すると中村竹蔵が、
中村『それも可かぬ』
と云ふ。喜楽は、
喜楽『君等は教祖様の御馳走される糞尿と、喜楽が御馳走する飯と鯛と何ちらを取るか』
と聞いて見ると、
中村『教祖様の糞尿なら有りがたく頂戴する』
と云ふ。これでは到底駄目と考へたから、大阪の内藤七郎氏の処へ行つて了つた。
 其後用が出来たので、一度洋服を着て綾部へ帰つて来た事がある。すると自分の行衛を探して居つたと見えて、喜楽が帰つたのは喜んだが、又小松林の四ツ足の悪の守護神呼ばはりを始め出した。洋服は引き剥いて雪隠へ投り込む。誰かの着物を着せて、鞄は何処へか片付けて了ふ。そして張番をして何処へ行くにも附いて来る。不自由千万な事、お話にならない。とても辛抱しきれぬから、出て行かうとするけれども如何しても出しては呉れぬ。強て出やうとすると『これでも行くか』と云つて木下慶太郎、後野市太郎、村上房之助、竹原房太郎等が出刃庖丁を持つて来て切腹しやうとする。嚇かしではなくて本気なんだから耐らない。仕方なしに往生して一ケ年ばかり、又腰を据ゑる事に決心した。
 自分の身体は自分の自由にならず、幹部は依然として云ふ事を聞かず、と云つて一方では神様が憑られて切りに活動せよ活動せよと責められる。自分としても為す事もなく、斯う云ふ風にボンヤリして居る訳には往かぬから、分るやうに平たく説明したものを書いて西田元吉に渡して、布教のため活動の余地を作らうと努力した。すると京都から杉浦万吉がやつて来て、喜楽に、
杉浦『西田と相談して京都へ来い』
と勧めてくれた。自分も其気になつて、或夜用意のためにお守刀を一本携へて飛び出した。綾部から二里八町向ふの山路の大原の新屋といふ宿屋の便所へ這入ると、便所の脇でヒソヒソ話の声がして居る。聞くともなしに聞くと『来たか来たか』と云つて居る。段々聞くと、杉浦が例の野心家連中と喋し合せて、先廻りをして待ち伏せして居たので、目的は自分を殺さうと云ふのである事が分つた。便所の壺をくぐつて出ると其処に川がある、川を渡つて藪の中へ這ひ込んで一晩震へて居た。其内夜が明けたから、台頭と云ふ処へ行くと、暗殺隊の連中が自分の行くのを待ち受けて居た。そして短刀を出して決心を示したから、喜楽も短刀を出して見せて勝負しやうと云つてやつた。自分の決死の意を見て取つて少しく恐気がついたものか、到頭勝負はせずに連れだつて綾部へ帰つた事があつた。
 こんな風で、自分の体は何時何んな目に遭はされるか分らず、活動は依然として出来ぬ不自由さに耐へず、其後又大阪へ高飛びして、内藤氏の家へ落ち付いた。大阪に居て稲荷下げを縛つて歩いたり、四千円ばかりの金を出し合つて人造精乳会社を起して、京都に店を出したりした。
 さうして居る内、或る日四方、中村、竹原等が偶然家の前を通つた。長髪の妙な男が揃つて通るので犬が盛んに吠へつく。ヒヨイと見ると四方等であるから、声をかけてやると吃驚した。家へ這入られると煩さいから、近松の処へ同行すると、
『お蔭で六ケ月かかつて漸う立替の御用をさせて頂いたから誠に結構だ』
と妙な事を云ふ。何の事かと聞いて見ると、自分の書いた本をスツカリ集めて五百冊ばかりも留守中に焼いて了つたのださうだ。
 一緒に園部の奥村の内まで行つた。さうすると四方平蔵が又、
四方『小松林の四つ足の守護神』
とやり出す。癪に触つて耐らぬから、一つ、四つ足の真似をしてやれと思つて赤小豆の飯を焚かせ、揚豆腐と牛乳と牛肉とを煮させて洋服を着たまま、四つ這になつて口をつけてムシヤムシヤと食つた。さうすると、
『あゝお筆先は争はれぬ、四つ足の本性が露はれた。有難い有難い』
と云つて無暗に有り難がつてゐる。園部の信者は、
『そんな真似をなさると益々誤解をさせる基だから……』
と云つて泣いて止める。煙草がのみ度いと云ふと、すぐ傍に火鉢があるにも拘はらず、火打石で火を打つて煙草の火を呉れる。そして、
『小松林の四つ足の守護神は、もう憑らぬ。上田喜三郎の肉体は返上すると云ふ証文を書け』
と云ふ。仕方が無いから漢字で以て出鱈目の証文を書いてやる。字の読める者が一人も無いのであるから、後生大事と喜んで受取つたが綾部へ帰つて、それが出鱈目だと云ふ事が分つたので、又四つ足の悪の守護神が役員までも騙したと云つて怒り出した。
 綾部へ帰つて見ると、自分の苦心して書いた本は悉く焼かれて了つて居る。神と云ふ字は勿体ないと云つて御苦労千万にも一々調べて神の字だけを切り抜いて焼いて了つたのだ。其切り抜いた神の字だけが蜜柑箱に数杯あつたが、その一杯丈は今も保存してある。八木清太郎と云ふ男は喜楽の書いたもので、方々へ散つて居るのを軒別に廻つて集めて歩いて、それを表具屋へ売つて酒を飲んで、虎列剌に罹つて死んで了つた。こんな風で喜楽の云ふ事は、依然として聞きいれて呉れぬから、今度は教祖様に会はして呉れと云つて久し振りでお目にかかつた。教祖様は喜ばれて、
教祖『能う帰つて来て呉れた。もう何処へも行かんといてくれ』
と云ふお言葉であつたから、これまでの逐一を悉くお話ししたら、幹部の連中を呼び出されてお叱りになり、幹部の連中が一同で謝罪して、これで又一段落がついた。
(大正一一・一〇・一六 旧八・二六 北村隆光録)
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