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文献名1霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
文献名2前付
文献名3総説
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ回顧すれば、今から三年前(満二年)の今月今日(二月十二日)は大本にとってもっとも深刻な記念日である。大阪梅田の大正日日新聞の本社社長として大活躍を試みていた折りしも、突然二三の冥使にさらわれて、牢獄の中に収容された日である。
裏の筆先にも、大正十年は変性女子の身魂にとって後にも先にもないエライ事ができる年であるが、節分祭が済んだら女子の肉体を神が連れ参る、と示されてあった。
それから世界は御神示のごとく時々刻々と変転し、満二年を経た今日、新聞に取り上げられている主な事実を挙げても、実に今昔の感に打たれざるを得ないのである。
普通選挙の実施を求める運動、労働運動、浄土宗内の内紛、ローマ法王庁使節交換への仏教界の反発、フランスによるバーデン地方占領とドイツとの対立、メソポタミヤにおける欧米諸国とトルコの対立、アメリカでの排日運動の高まり等、いまわしき報道が全紙面を埋め、世界はさながら地獄餓鬼畜生修羅の光景を暴露している有様である。
吾人は大神の神示によって前途の暗澹たる光景を洞察し、世界のために憂慮に堪えざるものである。ゆえに一日も早く世界の人類に対し五六七神政の福音を伝達せんと昼夜寝食を忘れてこれに従事しつつある。
されど、地獄道に霊の籍を置ける当局者をはじめ、現代人は自然愛と世間愛のみに惑溺し、神の光明にそむき、智慧証覚を曇らせている。いかなる大声叱呼の喊声も、雷霆の響きも、継承乱打の声も、とうてい耳には透らない悲しむべき世態である。
記してもって後日の参考に供する。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所
本文の文字数3742
本文のヒット件数全 1 件/竜宮館=1
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本文  回顧すれば今より三年以前(満二年)の今月今日は我大本に取りて、最も深刻なる記念日である。都鄙十万の読者に対して、大責任を負ひ、大大阪の玄関口、梅田の大正日々新聞本社に於て、社長として大活躍を試みて居た折しも、突然二三の冥使の為に攫はれて、インフアナルに等しき牢獄の中に収容された日である。裏の筆先に……大正十年は変性女子の身魂に取りて、後にも先にもないエライ事が出来る年であるぞよ。節分祭が済みたら、女子の肉体を神が連れ参るから、心配して下さるなよ。誰もお供は許さんぞよ。後には金勝要神、木花咲耶姫の御魂が御守護あるに仍つて、役員は安心して御用をして下されよ……と示されてあつた。併し乍ら過去を繰返すは余り気分の好いものでないから、其時の事情は省略する。
 世界は御神示の如く、時々刻々に変転し、満二箇年を経たる今日、新聞紙に依つて紀元節当日の内外の出来事中、其主なるものを挙ぐれば、実に今昔の感に打たれざるを得ないのである。首相枢府の容易ならざる会見問題、及貴族院の外交問題追及に付いて、政府側大に狼狽し、研究会に泣付いて、此難関を切抜けんとしてゐる。幸無両派又密々に凝議して外交振粛の道を講ずるあり。全国の普選論者は、普選即行の宣言決行をなして、東京での普選聯合大懇親会の席上にて火の如き熱弁を揮ひ、満場を白熱化するあり、東京、名古屋、岡山、福岡、八幡などにては、大に気勢を挙げ、事態容易ならざる形勢を示して居る。労働総同盟と向上会一派四千名、朝鮮人二百名を先頭に、警戒線を破つて警官隊と争ふあり。社会主義者の検束東京丈にて三千名の大衆に及び、又八幡の官労示威行列三千名、待伏せに社会主義者現はれ、ビラを撒布し数名引致され、もと労友会長の浅原健三は八幡市で暴漢に襲撃され、瀕死の重傷を負ふあり。農民大会にては…土地を国有にせよ、而して管理権を小作人に与へよ、医術を国有にせよ…と決議をなし、全国百五十万の所謂部落民は…自分たちも水平線上に浮び出たいもの…と主張し、其運動愈熾烈となつたが、折角の努力も相互の意思疎通せず却て反感を増すのみにて、収拾す可らざる破目になり、内務省は非常に頭を悩まして居る。性の悪い流行性感冒猖獗を極め、内務省からは各府県に通牒を発し、其予防に苦心してゐる。浄土宗の内訌爆発し、宗会選挙の紛擾、愈大袈裟となつてゐる。返咲の農村振興策は又一頓挫し、陸縮の憲政案は遂に延期となつて了つた。普選聯合大懇親会では、襷がけの暴漢が、木剣や鶴嘴を振つて、会場に突入し、大乱闘を始め、負傷者を出し、阿鼻叫喚場と化した。労働団の気勢は益々烈しく、示威運動各地に起り、在野党からは警視庁に向つて、会場不法取締の難詰問題を持出すあり。羅馬法王庁使節派遣問題に付き、外務省の弁明の妄を破らんとし、姉崎、吉村両博士が弁護論の矛盾を駁撃するあり、京都の無産者大会にては、時代に反する悪法たる、過激社会運動取締法案、労働組合法案、小作争議調停法案反対の狼火をあぐべく、岡崎市公会堂で、京都無産者大会と銘打つて、激烈なる演説会を開いた。西陣織友会、京都印刷工組合有志、京都水平社有志、日本労働同盟、其他参加の数団体では、当日大会の気勢を煽るべく、午前中八台の自動車を飛ばして、市内の要所々々に、数万枚の宣伝ビラを撒布し、時間と共に喊声を揚げつつ大会会場へ繰込んだ。一方警察部ではそれが為異常の狼狽を来し、府高等課では、早朝から所轄川端署に陣取つて、凄い目をギヨロつかせてる外、別室には市内各署の高等刑事連が額を鳩めて、重大らしく構へ込み、久家別室主任の机の上には各方面から時々刻々に集まつて来る報告書類が堆く積まれ、主任者が青い顔をして頭をひねくるなど、市内高等警察総出の大警戒振は実に仰々しい事である。十一日正午から岡崎公園市公会堂に開かれた無産者大会は、朝来自動車を以て、市中に宣伝ビラを配布したのと、祭日日曜の事とて、十一時頃から早昼飯をすまして、電車や徒歩で押寄せる群衆は引も切らず、十二時には既に会堂の大半を埋むる盛況を呈してゐたが、万一を慮つてゐる府警察部では、其警戒の為、市内の非番巡査全部を召集し、場の内外を警戒する、其物々しさ、仮川端署たる妙伝寺境内では焚火をなして、サーベル連が之を囲んでゐる有様は、宛然戦場を思はしめるものがあつたと報告してゐる。大正十年の今月今日は二百数十人のサーベル連が火を囲み慄ひ乍ら、どこかの境内で要らざるおせつかいをやつてゐた事を思ひ出すと、実に面白き対象であると思ふ。東本願寺の大谷光瑩伯の遺骸愈東京から本山に着し、京都駅に迎へた三百余の坊主に前後を守られて、手輿に移乗され、黄色の水干を纏つた十二名の力者に担ぎ上げられると、直に列を整へて本山に向ふ、駅頭からは七条署の前田警部が恭しく御先頭を勤めた。
 次に全国仏教の管長が東京に集まり、羅馬法王庁使節交換反対運動も漸く効を奏し、十二日の下院予算委員総会に於て、該案は削除され、愈十三日から本会議にかかる筈であるが、之も大多数にて削除さるる事に確定し、貴族院に於て該予算案は復活する様なことはなからうと思はれる。右の次第により、仏教聯合会にては、十四日の伏見元帥宮国葬には各宗教管長の参列を促し、之も同時に十五日午前十時より、芝の増上寺にて、各宗管長会議を開き、本問題の経過を報告すると同時に、将来の聯盟を益々鞏固にせむものと協議を重ね、僧参問題は下院請願委員会に於て、参考として本会議に送附することとなり、境内還附問題も本会議で片付けようと意気巻いてゐる。又海外にては独逸政府はバーデン地方の占領に対し、仏国に抗議した。独逸食糧大臣ルーテル氏は仏国の行動により、ルール地方の鉄道交通中止とならば、同地方住民に食糧の定期供給をする為自動車の用意をした。一方仏軍はエルベルフエルド地方に対し、侵入を継続し、独逸人は食糧殊に馬糧及家具の徴発益々急なる為、甚しく困窮してゐる。生活必要品の価格は絶えず騰貴してゐる。又英国政府は巴里当局に対し、土耳古に対する一定の定案は之れある事を諷刺した。併しローザンヌ会議は此上継続する事は拒絶した。印度より派遣された英国の数個大隊は、モスール油田に向ふ様命令に接した。併しバリマタン紙はかかる手段で英国が土耳古を能く脅迫し得るやを疑つてゐる。一方土耳古が種々威喝した試みを意とせず、英国海軍は十分なる着弾距離を備へた軍艦二隻をスミルナに派遣した。英国商議院総裁ロイドブリーム其他ロンドンの主なる政客中、英国がメソポタミヤより手を引く事を主張し、同地に手を出す事は性質不良にして危険であると云つてゐる。尤も英、仏、米三国とも、土耳古がスミルナより外国軍艦の退去を要求したるには反対してゐると、電通ロンドン特電九日発にて、新聞紙に記載されてある。又米国下院の移民委員会は、市民権獲得の資格なき者の米国入国禁止法案に関する報告をした。因に米国大審院は最近日本人は米国人民たるを得ずといふ判決を下した。右の排日法案は千八百九十年に母国を離れて米国に移住せる国民の未亡人等を除く外、すべての者に制限を加ふるものであると、合同ワシントン十日発電に現はれてゐる。
 仏軍は更に独逸の西南及西北に亘る各地点を占領し、オツフエンベルヒ及アンテムワイアールに来た。此等地方住民代表者や市長等はバーデインに会合し、協議する所があつた。独逸大統領エベルト氏は外国の暴戻なる圧迫の下には少しも屈する所なく守勢的反抗を継続する手筈を整へた。尤も仏国の占領地域に於ては、追放逮捕相次ぎ旅客列車は閉鎖され、郵便物の押収も頻々と起つてゐる。生活費、必要品の価格は仏軍が未だ占領しなかつた一箇月前に比し四百倍に昂騰した。而して仏軍は去る八日初めて白耳義に向け、石炭を三列車輸送するを得たと、電通ロンドン特電十日発にて報告されてゐる。又電通巴里特電十日発に依れば、ルール地方に於ける形勢に関し、仏国首相ポアンカレーは、代議院外交委員会の要求にかかる報道を拒絶した為に、巴里にては人心震動したと伝へてゐる。其他種々雑多のいまはしき報道は全紙面を埋め、世界は宛然地獄餓鬼畜生修羅の光景を暴露してゐる有様である。今後忌はしき諸種の出来事は何処まで発展するか測り知る可らざるものがある。吾人は大神の神示に仍つて、前途の暗澹たる光景を洞察し、世界の為に憂慮に堪へざるものである。故に一日も早く世界の人類に対し、五六七神政の福音を伝達し、無明暗黒の現代をして、神慮に叶へる黄金時代に化せしめんと、昼夜寝食を忘れて、之れに従事しつつあるのである。
 ああされど、地獄道に霊の籍を置ける当局者を始め、現代人は自然愛と世間愛のみに惑溺し、神の光明に反き、智慧証覚を曇らせ居れば、如何なる大声叱呼の喊声も、雷霆の響も、警鐘乱打の声も、到底耳には透らない悲しむべき世態である。記して以て後日の参考に供するのみ。ああ惟神霊幸倍坐世。
   大正十二年二月十二日(旧十一年十二月廿七日)
      於竜宮館 王仁識
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