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文献名1開祖伝
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名331 二つの性格よみ(新仮名遣い)
著者愛善苑宣教部・編
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ 目次メモ
OBC B100600c31
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本文  大社まいりの終ったころから、一たび神がかりの状態に入られますと、開祖様、聖師様は非常な勢いで相争われ雄たけびされるので、役員たちはどうなることかと心配しますが、しばらくして神がかりが終りますと、全く以前にも増して御親密になり、
「開祖様お茶が沸きました」
「先生えらいことでございましたな」
とそれは親しそうになされるので、傍で見ていると狐につままれたようなものでした。この神がかりでの霊的たたかいは、深い神事によることですが、ここでは省略いたします。
 開祖様は聖師様が寿司が食べたいといわれれば、すぐに寿司をこしらえてあげられ、お菓子が欲しいと言われればお菓子、蜜柑と言われれば蜜柑をわざわざ町まで買いに行ってあげられるというふうに聖師様のいわれる通り、したい放題のことを、好きなようにさせておいででした。
 しかしあまり聖師様がやり過ぎられますといろいろ心配されて、神様にお伺いになると、
「直よ安心いたされよ。この者なくては神業が成就せぬのじゃわい。三千世界、鉄のワラジで捜してみても直の力になってこの御用をさせる者は他に一人もない。今本性を現わすと欲の深い悪神が取りあいに出て来て、神の経綸をワヤにするからワザと化かして、落としてあるのじゃぞよ。あれは化物じゃわい」
と仰せられますので、開祖様は素直に神様の御言葉通り聖師様を大切にされていました。
 開祖様と聖師様は全く二つの異った性格の典型でありまして、例えば、開祖様は八十歳の高齢に達しながら、厳寒に役員が火鉢を持って来ても、神様の御用をするのに火鉢にあたるはもったいないといっておあたりになりませんでしたが、聖師様はせっかく役員が火鉢を持って来てくれたのに、灰にしてしまうのはもったいないといってあたられました。
 開祖様は日常生活においても御質素で生涯綿服をつけ、あくまで「謹厳直正」でしたが、聖師様は一つもとらわれることなく、和服も着れば、洋服も着るというふうで、「自由闊達」でした。
 また開祖様は色花を嫌われましたが、聖師様は「神様が人間の目を楽しませるために美しい花を造っておられるのに、何で植えて悪いのだ」と言われる。聖師様がお植えになると開祖様が引き抜かれる。二代様はいつも板ばさみになって困られ、とうとう鉢植を縁の下にかくして育てられたこともありました。
 開祖様のお筆先に、
「結構な田地に木苗を植えたり、いろいろの花の苗を作ったり、大切な土地をいらぬことに使うたりいたして、人民のかんじんの命の親の米、麦、豆、粟を何とも思わず、米や豆、麦は何ほどでも外国から買えると申しておるが、いつまでもそうはゆかんことがあるから、猫の額ほどのとこにも五こくを植えつけねばならんようになりてくるぞよ」
と示されているように、開祖様は常に、土地を粗末にすることをいましめられました。
 かように平素のお言葉や動作にも、開祖様は、人をしておのずからえりを正さしめる威があり、聖師様は春風駘蕩の感がありました。
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