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文献名1出口王仁三郎全集 第8巻 わが半生の記
文献名2【上巻】故郷の弐拾八年よみ(新仮名遣い)
文献名3城跡よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ67 目次メモ
OBC B121808c33
本文の文字数1063
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本文 ─二十三四歳の頃─

形原神社正遷宮式に参拝し余興の武術に興じたる春
形原神社祭典のために亀岡の旧城内の開放されたる
旧城趾銀杏のしたにたたずみてわれ回天の偉業をおもふ
この城趾われの住家と口ばしり空想家よと父にしからる
青垣山四方にめぐらす亀山の城趾にたてばこころうごきぬ
卑賤なる身にしあれども志如何で通はむと雄たけびなしたり
暇あれば亀山城趾に忍びゆきて無言の銀杏といつも語れり
古世町の伯母上の家に来るたび帰りは何時も城趾にたちよる
吾が為に何かゆかりのあるごとくなつかしかりし亀山城趾よ
洋洋と水をたたへし内濠の深きおもひの消ゆるときなし
風流心夢にも知らぬ持主の千歳の老松伐るを惜しみし
亀山の城趾の風致はことさらに丹波の国のほこりなりしを
千引岩積みかさねたる濠ばたの石垣くだくさまを惜しみし
城内に大八車ひき入れて珍石都へはこぶを惜しみぬ
千年の老松欅の大木を伐りはらひつつ檪植ゑをり
金にさへなれば記念の旧城趾風致なんかはかまはぬ持主
田中家の所有となりて旧城趾いよよますます荒されにけり
亀山の士族一同あつまりて形原神社に涙石はこベり
三百年の亀山城趾は商人の手に入り士族の淋しさを思ふ
せめてもの記念と亀山士族等は形原神社に巨石をはこぶ
旧城趾落ちたる瓦の片あつめ城のかたちをつくりて遊びぬ
旧城の記念と運びし涙石は亀山士族の真心のあらはれ
いとけなき頃は雲間に天守閣白壁映えしをなつかしみけり
角櫓一棟淋しくのこれるを心無き持主こぼてるみじめさ
角櫓こぼてるそばに佇みて吾さめざめと泣き伏しにけり
栄枯盛衰移りゆく世といひながら英雄の心事想ひて涙す
待てしばし昔の城にかへさむと雄たけびしたる若き日の吾
亀山の稲荷の祠檪生のかげにさびしく建てるををがみし
旧城趾荒れゆく様に憤慨し稲荷の祠にむかつてどなりぬ
神ならばしつかりせよと稲荷社の前に地団駄ふみし若き日
旧士族なりしなるらむ白髪の老翁杖にすがりてのぼり来
老翁は銀杏の木かげにたたずみて感慨無量の青息をつく
世が世ならこんなことにはなるまいと独言ちつつ涙こぼせる
士族にはあらねど吾も憤慨し雑草の上に伏して泣きたり
高台ゆ形原神社の棟を見て世のはかなさをつくづくおもひぬ
石を割る石工の槌の音つよく胸にこたゆる夕べの城あと
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