文献名1惟神の道
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3愛善の道よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考出典不明
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ページ12
目次メモ
OBC B123900c005
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今日の天下の形勢は、実に五十年前に私が神界から聞かされてその時筆記して置いたことと寸分の相違もない状態であります。今までに言ってあることが間違ひないとすれば、これから先も間違ひはないのであります。それはあだかも刀剣の鑑定人が鯉口一寸ほどあけて見て切先までを判定するのと同じやうなものであるが、今までに既に五六寸もあけて見たのだから三尺先までも鑑定がつき、前途は明らかに計算が出来るのであります。
神示に依れば、世界は一旦はもう叶はぬといふところまで行くとありますから、この上は神助を以て切り抜けて行くよりほかに方法はないと信じます。今までに随分智者、学者が色々説を立てて見ても世界のこの行詰りを前知することが出来なかったことを思へば、今日の智者、学者は一人も頼むに足らぬといふことを証明してゐるのであります。人間は同じ市に生まれても一生言葉を交はさぬ人もあります。そのやうな中に山河幾千里を越えても同じ愛善会員となり、また紙上に共鳴者となって共に国事を思ひ人類の生活を思ふのは決して偶然でなく、非常に深い因縁があるのであります。
昔から躓く石も縁の端といふ語がありますが、一生に自分の躓く石といふものは幾らもありませぬ。同じ愛善の道でも解らぬ人には何ほど説いても耳に入らず、また解るだけの能力も誠もない。親兄弟でも解らぬ者には解らず、前に述べたやうに、現に今日の形勢すら察知することの出来なかった学問などを今に信じてゐる人が多いのであります。
人類愛善の道は既成宗教や学説から真実に卓越した神様から直接示された天地の大道でありますから、この道を幾分でも耳に入れることの出来る人は現代における聡明の人といふべきであると信じます。これは学問で仕上げたのでなく生まれながら有つてゐる大智の人といふべきであると思ひます。
ついてはこの満州のことでありますが、これは日本にとって離すことの出来ないいはゆる生命線でありますから、私は先年入蒙以来夢寐にも忘れず万全の策を講じて時期を待ってをるのであります。若い時なら急ぎますが、これは急いだり騒いだりしても天の時に応じて人の和を講ずる必要があるのでありますから、人類愛善会の満蒙における仕事は手ぬるいやうでありますが、実はこれの方が真実の近道となることを私は信じてをります。
私は先年蒙古のパインタラで既に死線に立って辞世まで詠んで置きましたから、いはゆる背水の陣はその時から布いてあるのであります。大いに世界人群万類のために尽す考へでありますから、会員をはじめ読者の方も大日本神国のために御尽力を希ふ次第であります。