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文献名1出廬
文献名2〔二〕心の岩戸開きよみ(新仮名遣い)
文献名3(五)よみ(新仮名遣い)
著者浅野和三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ69 目次メモ
OBC B142400c22
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本文  其晩は広間の二階に床を延べて貰つて寝に就いた。よく人は大本へ来ると神霊の気に打たれて身体が引緊まるやうだなどといふ。自分は余程鈍覚と見えて、それ程にも思はない。この最初の一夜なども一向呑気なもので、軽い旅の疲労を覚ゆるまま、ゴツゴツの蒲団も高い枕も、然まで苦にならず、翌朝までぐつすり安眠して了つた。つらつら考へて見るにドウも神霊に対する受感性は各人皆其程度を異にするやうだ。感じ易い人になると、大本の門前まで来て、ハツと霊気に打たれて了ふのが屢次ある。大正八年の春頃であつたかと思ふ。仙台の熱心な大本信者で、中條さんといふ人が、村のお寺の住職を連れて大本へ来たことがあつた。其和尚さんは非常な大本反対者である。中條さんはそれを説破しようとする。和尚さんは又中條さんの迷ひを解かうとする。二人は仙台から綾部まで汽車中ずつと議論を闘はし乍らやつて来た。が、大本へ着くと同時に其和尚さんは何かしらん神霊の偉力に打たれて耐まらなくなつたと見え、帽子、傘、手荷物一切を玄関先きに放り出したまま、一言の挨拶もせず、汽車に飛び乗つて仙台にまで逃げて帰つたことがあつた。これに似た実例は自分が綾部滞在の五年の間に何回か出会して居る。霊的受感性の鈍不鈍は人毎に皆違ふ。恰も酒に対する抵抗力が人によりて甚だしく差異があるのと同一のやうだ。自分が鈍いから他人もさうだらうと思ふと飛んだ間違ひである。是は何事によらす皆さうだが、殊に霊覚上の問題となると余程注意しなければならん様だ。世人の大本に対する批評論難なども皆この点の用意に於て甚だしく欠けて居るらしい。自分が判らんから嘘だらうといふのでは、何所まで行つたとて判りつこはない。
 理屈は別問題として、自分は熟睡後の善い気持で二階から降りて来て、朝餐を済ましたが、早速又澄子刀自をつかまへて談判を開始した。
『今日はこれでお告別せんければなりませんが、一度教祖さまに逢はせてください。それからお筆先の御真筆を五六冊拝見したいものです』
 お筆先は早速役員が取り出して見せて呉れた。その時見たのは、半紙二十枚綴の大正三四年頃の筆先だつた。例の肉ぶとの、こればかりは他に類のない。巧拙是非を全然超越した独特の書風で書かれてある。無論その当時の自分にはよく読めない。自分は小首をひねつて、鹿爪らしく、繰拡げて見るより他に致し方がなかつた。
『ふうむ、これですか。随分六ケ敷いものですナ。とれが七八千冊もあるのですナ』
『大方それ位ありますぢやろ』とあつさりした澄子刀自の答へであつた。大きな長持にぎつしり三杯つまつて居ります。今でこそお筆先の有難い事が少しは判つて参りましたがナ。妾などは元は教祖に反対ばつかり言ひました。──教祖はん、あんたは毎日々々同じ事ばつかり書いて、どむならん方や。紙食虫の墨泥棒とはあんたのこツちや──こないな事をよく言ひましたナ』
 思つた通り、あつた通りを、どしどし平気で話される。聴者は自然つり込まれぬ訳には行かぬ。
『近頃も矢張お筆先は出ますか』
『大方今朝も書いて居られますぢやろ。神様が書けと仰しやると、教祖はんは夜中でも起きて書かれます。書いてる時は一所懸命、人が呼んでも耳には入らんらしうおす』
『如何でせう、これからお目にかかれますかしら』今の言葉で、自分は聊か懸念して尋ねた。
『一遍伺つて来ますよつて、しばらく此処でお待ちくだされ』
 澄子刀自は出て行かれたが、直に戻つて来て、『只今伺つて見ましたら、お目にかかると仰しやられます』
 自分は澄子刀自の後について行つた。廊下の階段を上つた、突き当りが教祖の居間だつた。障子は半ば開けたままにしてある。澄子刀自は廊下から、
『教祖はん、此お方は大変遠方からお出でなすつたお方どすがナ、一遍お目にかかつてお話をきかしてお呉れンされ。──さアお入り……』と自分を残して置いて、そのままバタバタ行つて了つた。
 自分は教祖の居間に入つた。
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