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文献名1出廬
文献名2〔二〕心の岩戸開きよみ(新仮名遣い)
文献名3(九)よみ(新仮名遣い)
著者浅野和三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ85 目次メモ
OBC B142400c26
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本文  今では鎮魂帰神の名称だけはそろそろ人口に膾炙して来た。無論その内容、その真髄を知つて居るものは、日本全図を挙げても数へる程しかない。ヤレ催眠術の一種だの、妖術だの、邪法だのと、多くは出鱈目を吹聴して居るに過ぎないが、しかし五年前の大正五年といふ頃には、鎮魂といふ名称すら殆ど何人も知らなかつた。自分も其中の一人で、出口先生から聴いて初めて、成程さうかと合点した位のものであつた。誤解はやがて正解の径路であると思へば、現在の日本の状態は寧ろ慶賀すべきことだと思ふ。
 兎に角かかる実験は独占すべきではないと考へたので、自分は横須賀在住者の中で、これならばと思はるる人々を物色して檄を飛ばした。土地柄とて海軍将校と海軍文官とが多かつた。今日私の記憶に残つて居るのは、木佐木機関中将(当時少将)、岩辺機関少将(当時大佐)、竹内機関中佐(当時少佐)、宮沢理学士、上村工学士、北村高等女学校長、吉田中学校長などであつたが、事故の為めに不参の人も居た。晩の七時頃迄に来会したものが全部で七八人であつたらう。出口先生の方は助手として綾部から東上した村野瀧州氏と、それから横須賀滞在の川中氏と都合三人であつた。
 鎮魂を行る前に一時間許り先生の座談的説明があつた。主として霊学上の説明で、鎮魂法が日本太古から伝はれる天授の神法であること、二千年前迄は朝廷に於て国家の大事を決するに当り、常にこの神法を用ひて神慮を伺つた事から説き起し、人間には肉体の外に霊魂があり、霊肉一致して爰に活力を生ずること、人の肉体は死と共に滅びるが、そめ霊魂は決して死と共に滅びることなく、個性を帯びて永久に実在すること、霊魂の姿は肉の五感にはかからぬが、身魂を研きて修業すればよく其姿を見、其声を聴き、其臭を嗅ぎ得る事、人の肉体は神の生宮として造られ、いかなる人にも終生付き通しの守護神があること、従来二千年間守護神は神界の掟によりて全く沈黙を守つた結果、現在の人間は夢にも守護神の宿つて居る事実を知らずに居る事、併し明治二十五年教祖の御出動を境界とし、今では守護神の発動が始まつたこと、堕落した人間には低級邪悪なる動物霊が副守護神として普通憑依して居ること。人間の精神は頭脳を機関として働き、之に反して守護神その他の憑依霊、皆臍下丹田に根拠を置くこと──詰まり大本霊学の初歩が一と通り説明されたのであつた。
 自分は幾分準備があつたから、余りこの説明に驚かなかつたが、他の人々は且つ訝かり、且つ疑ひ、容易に承服する模様が見えなかつた。誰でも現代人には神、霊等につきて、一と通り皆型に篏つた先入主がある。神といへば全智全能で、ただ一つであると思ひ、霊といへば普遍的で抽象的なものと考へる。是は近代の哲学者とか、宗教家とかがさう教へたから、さう思ひ込んで居るといふ丈で、別に深邃なる討究推理の結果是非さうあらねばならぬとの断定を下したのでは無い。要するに大概の先入主に上滑りで根拠も何もない。甚だしいのに成ると。非物質的の無形の霊が什うして有形の物実を動かす力があるか、などと低脳な辜をいふ。そして無形の引力が林檎を地に墜落せしめたり、無形の電力が機械を自由に運転させたりするのは毫も怪しまない。大本の霊学に対する世人の批評論難は多くはこの類で、取るに足りるのはないが、長年月を費して植つけた異端邪説は、小児の時から人の頭脳に浸み込んで居るので、容易に之を除去することが出来ない。右に向つて居るのを左に向はせようとするのであるから、中々大変な仕事だ。とても口で説明した位で成程さうかと首肯するやうな人は千人に一人も見出し難い。仍で是非実験体得といふことになるのだが、その機会に接し得る人は誠に特別な神の恩寵に浴した人といふべきてある。
 出口先生の説明について起つた議論質問は中々多く、夜を徹しても到底鳬はつかぬと見て取つたので、自分は一座の人々を促して一と先づ談論を切りあげ、兎も角も鎮魂法の実験を試みるといふことにした。中にも気味を悪がつて臀込したのも二三人はあつたが、自分等夫妻を併せて六七人は席に着いた。
 式の如く足を重ね手を組み、暝目して坐ると、出口先生は一同の前面に席を占めた。それが審神者といふ資格のもの、又被術者を神主といふ事は此時初めて覚えた。
『さア何んな事になるのかしら。下腹から狐か狸の動物霊にでも飛び出されるとキマリが悪い』などと自分も考へた。その他頭脳の中は雑念だらけ、とても精神の統一どころの騒ぎではなかつた。これは自分ばかりでなく、大概の人が初めて鎮魂する時は大抵そんなことを思ふらしい。
 すると、この時不意に『ビイーイ』と抑揚のある、冴えた、透つた、滲み亘るやうな笛声が起つた。いささか驚いたが、二三分それが続く中に幾分その麗しい音調に誘はれて善い気分になりかけた。
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