文献名1出廬
文献名2〔二〕心の岩戸開きよみ(新仮名遣い)
文献名3(十一)よみ(新仮名遣い)
著者浅野和三郎
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データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ93
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きまりの悪いのを辛抱して、腋の下から冷汗を流し乍ら、自分は審神者の位置に就いた。勿論石笛などを持つて居る筈もないので。出口先生や田中さんが、後見役として代理に石笛を吹いて呉れることに決めた。受ける方は宮沢理学士、上村工学士、その外三四人の海軍将校連であつた。
それでも自分は型の如く手を組み、神名を唱へ、一所懸命、真紅になつて霊を送つた。冷汗でなく、今度は熱い汗が総身から迸り出る。
『うまくこれでも利くかしら』
心の中には多大の懸念があつたが、五分とたたぬ中に、利く利かぬの問題どころの話でなくなつて来た。
見よ、宮沢氏の状態が何時の間にやら甚大い変り方を始めたではないか。総身棒を呑んだ如く強直したのはまだ宜しい。鼻息が鞴の如く烈しい丈ならまだ驚かない。宮沢氏の今まで閉ぢてあつた上下の唇が前後左右上下、縦横十文字に猛烈な運動を開始したではないか! それと同時に下腹部からは、円い球でもあるかと疑はるるものが、グウグウゴロゴロ濁音を発し乍ら胸の方へとコミ上げて行く。
『これア大変なことに成つたものだ。これで別条が無いものかしら。若しやこのまま気息でも填つたら……』
新参の審神者は大に遽てて、心配と気味悪るさとに堪へ兼ねて、出口先生の方を振り返る。ところか先生の方は泰然自若たるもので、巻莨をくゆらし乍ら微笑を以て此光景を眺めて居られる。
『モウ直に口語が切れます。お憑りの神様の御名をお訊きやす』
小声で与へられた先生の注意に、幾分自分は安心はしたもの、さて何と言うて訊くべきか、勝手が判らぬのには一寸まごついたが、この場合乗りかけた船で、間違つても間違はんでも、何とか行つて見るより外に致方がない。
『御名前は何と仰しやる神……神様で厶りますか。宮沢君の口を使つて御……御返答を希望します』
としどろもどろの質問振りには、自分ながら呆れるばかり。が、その埋め合はせに、兎も角も満身に力を籠めて、指が痛いのを我慢して、無茶苦茶に霊を送つて見た。
宮沢氏の身体が、この時ぐつと一段反身になつて、平生の赭顔一しほの紅を潮したと見ゆる程こそあれ、火薬の爆発かと怪しまるる音声が、その肚の底の方から突発して来た。
『カ……カアカアカアカア!』
驚いたのは自分をはじめ、一座の人々だつた。宮沢氏以外の人々の鎮魂どころでなく、皆眼を明けて了つて呆気に取られた。
大音声は尚続いてこみあげて来る。
『ラアラアラアラアラアラア!』
仕方がないから自分はウンウン霊を送る。宮沢氏の肚の声は益々高まるばかり、とても普通の肉声では真似が出来ぬ程の大音声となつて来た。後で聞けば近隣の人々も喫驚して戸外へ飛び出し、自家の門前は数十人の人だかりとなつたさうだ。
『お後を続いて伺ひます』と出口先生が見兼ねて口を添へる。神憑者の発声は幾分づつ楽に上手になる。
『カラカラカラカラカラカラ! クルクルクルクルクル! ロ……ロオロオロオロオロオロオ! クウクウクウクウ! ロクロクロクロクロクロク!』
自分には何の事やら薩張り見当が取れない。宮沢氏は宮沢氏で、熱汗を滝のやうに流しつつ呶鳴り呶鳴る。
『何んと仰しやるか分りません。落着いてモ一度纒めて言うて載きます』と再び出口先生が口を添へて呉れた。すると、神憑者は聊か落着いて、
『カラカラクルクルロクロクジヤ! カラカラクルクルロクロクジヤ!』と同じことを数回、繰返して呶鳴つた。
自分には依然として文句の意味が何の事やら判らなかつたが、神懸者の肉体が疲労したから中止せよとの先生の注意で、教へられた通りポンポンと二回拍手して、
『お引取を願ひます。終りツ!』とやつて見た。
すると不思議な事には、今まで殆ど夢中になつて怒号して居た宮沢君は、忘れたやうにけろりと平生の状態に復した。
質問の矢は一座のものから宮沢君に蝟集した。
『君一体什麼したのだ? カラカラクルクルとはありア何の事かネ』
『そりア僕にも何の事か判りはしない。肚から何かが呶鳴るんだから……』と頻に汗を拭きつつ割合に平気である。
『君、自分で呶鳴つた文句を聴いては居るだらう』
『そりアよく聴いて居る。しかし僕はただ口を貸て居るだけだから、其意味は判りはしない』
『苦しかつたかネ』
『苦しい事は苦しいですナ。最初何か言ひ出しさうになつたから、一所懸命歯をくひしばつて抵抗して見たが、無理に歯をコジ開けられてしまつた。あの時が一番苦しかつた。自由に呼吸が出来んもんだから……』