文献名1冬籠
文献名2〔一〕綾部の冬籠よみ(新仮名遣い)
文献名3(一)よみ(新仮名遣い)
著者浅野和三郎
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データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ5
目次メモ
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本文
十二月十一日の午前八時四十分、汽車は出口先生、村野さんをはじめ、自分の一家及び八丈島の奥山さん親子等を無事に綾部の停車場に送りとどけた。
昨夜の中に雨はカラリと霽れ上り、山陰地方に珍らしい快晴であつたが、丹波名物の霧が探く籠めて、四周の山々は所々顔を出して居るに過ぎない。寒気は骨を刺すばかり、さすがに丹波は丹波だけの事はあると思はれた。
大本からは役員信者数十名、旗を立てて停車場まで出迎へに来て居てくれた。自分達は俥上の人となり、一同行列を作り、綾部の街を徐行したが、何んだかギロギロ見られるやうで、少々キマリが悪かつた。
一旦統務閣に落着いて、教祖や澄子刀自その他の方々にお目にかかりて久闊を叙したり、又朝餐を振舞はれたりして、午前十一時頃、漸く例の六百円で買ひ取つた並松の新居に入つた。この夏買ひ取つた時は、外から一寸一瞥しただけであつたが、いよいよ家の中に入つて見て、いかにも田舎臭いのには聊か驚いた。入口が広い土間になつて居るのはいいが、二階の八畳への階段が、土間から直ちにつけてあるのが先づ人を驚かす。台所が意外にも奥の方について居たり、土間に大きな丸石を置いて、右と左との室を連絡させてあつたり、壁が泥塗のままで置いてあつたり、見晴らしの絶佳である川沿の方面が全部押入れにして塞いであつたり、井戸端が不可思議な構造にしてあつたり、そのままでが随分勝手も悪く、体裁も拙く出来上つて居た。殊に関西式に柱も天上も赤く塗つてあるのと、光線の取りかたが不足であるのとは、何となく陰気な、ムサ苦しい感じを与へた。
『矢張り丹波は丹波らしい家を建ててあるネ』
と自分は妻を顧みて笑つた。
『でも、地所とも併せて六百円の家ぢや厶いませんか、余り文句をいふのが間違つて居ります。少し手をかければこれで立派なものになります』
と妻は早くも間取などをアチコチ査べる。子供達は又子供達で家屋の事などには全然無頓着、早くも戸外に飛び出してキヤツキヤツと騒ぎまはる。
『好い河だネ新ちやん。船を造つて魚を釣ると面白いネ』
『面白いとも! 夏になると水泳も出来る!』
伴れて来たトム(狗)までが、羽目を外して跳びまはり、ジヤレ回つて歓んだ。
荷物を積込んだ貨車も自分達と同時に到着し、早速その運搬が始まつた。荷物は余程減らした筈であるのだが、今度の家にはこれでも多過ぎた。家の中は荒菰で包んだ荷物で一パイに成り、殆ど足の踏みどころも無い位、従つて食事などもなかなか思ふやうに行かず、橋の袂の饂飩屋から取り寄せて、両三日は饂飩腹で日を過ごした。
かかる混雑の最中に於て、自分は早くも二階に閉ぢ籠つて、原稿も書かねばならなかつた。綾部に引退した上は、早晩自分の手で機関雑誌を刊行せねばならないとは、この秋から考へて居たところであつたが、今度汽車の中で、その話が出口先生と自分との間に持ち出された。
『ドウせ出すなら早い方が宜しい。早速この一月一日の刋行としませうか』
と例によりて出口先生の計画は電光石火的で、一日の間も、グヅグヅ考へ込んで居ることを許さない。正月といへば後がモウ二十日足らずだ。これには自分も少なからず躊躇した。
『間に合ひませうか。そんなに早く……』
『間に合ひますとも!』
この一言に一月一日刊行の事だけは忽ち決定したが、さて其雑誌を何と命名しようかといふのには少々頭脳を悩ました。在来の大本の機関誌は「敷島新報」といふのであつたが、余り気が利いた名称でもない。現代臭くても行けず、古臭くても面白からず、一寸困つたが、たうとう最後に「神霊界」と命名することに決定した。
『綾部へ着いたら早速筆を執ることにしませう。併し私も近頃執筆を廃して居ましたから、果して甘く書けるか什麼か疑問です。それに神界の事はまだ一向判つて居ない。これからそろそろ研究に着手しようといふのですからネ』
実際皇道大本の真相を、いかに世間に発表し、紹介すべきかに就いては、自分はまだ何等の定見もなく、又纏りたる材料も有つて居らぬので、内心少からず心配に堪へなかつた。かかる時に一道の勇気を与へ、光明を与へらるるのは常に出口先生である。
『神さんが助けてくれなはります、心配することはありません』
さてこそ自分は、奮励一番、山積せる荷物の中から、兎も角も筆と紙と硯とを捜し出し、二階に立籠つて、万事を放擲して原稿を書き出したのであつた。