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文献名１冬籠
文献名２〔二〕春から夏にかけてよみ（新仮名遣い）
文献名３（六）よみ（新仮名遣い）
著者浅野和三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ107
目次メモ
OBC B142500c28
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本文
綾部へ引越して五箇月余、その間自分はただの一度も綾部以外に踏み出さなかつたが、四月二十四日に至つて、突然大和の吉野川の上流に向つて出発し、途中三泊の上二十七日に戻つて来た。同行は男女こきまぜて総勢十一人、出口先生を先頭に、梅田、牧、豊本、村野、秋岡、金谷、星田、千代殿及び自分等夫妻といふ顔触れであつた。
今日では長髪は世人の眼を惹くものの、最う長髪といへば綾部、綾部といへば長髪と、大概世間の相場が決つて了つた。所が、大正六年の春には、まだ其処までは行亘つて居ぬので、一行は到る所衆人環視の中心となつた。但し当時真に長髪なのは、出口先生と梅田さん位のもので、自分の頭髪は半歳の間に、やつと襟を没する所まで伸びたに過ぎなかつた。それでも余程人相が変つたものと見え、京都の停車場で、半歳振りに横須賀の成川さんと出会した時は、
『まア貴下が浅野さんで……』と言つたきり、しばらく呆れ返つて居たことを記憶する。頭髪一つで人間の相貌は余程変るものと見える。相貌の変るのはいいとして、今の世の中は長髪を蓄へるのを、不思議に思ふくせに、やんごとなき姫君達が、緑の髪を惜気もなく、ゴソと剃り落すことなどは、左程不思議に思はない。理屈から言へば延びるべき筈の頭髪を切る方が余程奇抜だ。伸びるものを伸ばすに何の不思議もない筈だ。この一事を見ても、因襲を打破し、時代に先駆けすることの困難は明かであると思ふ。
吉野の奥へは何の用事で行つたか。これは自分にもよくは判らぬ。又判つても言はれぬ。二十年も前から出口先生の霊眼には、吉野の奥、柏木在の八幡の社と、其付近の地上地中の光景が映つて仕方がない。仍で今回千代殿夫人の参拝を機会として、実地踏査を決行した迄であつたやうだ。出口先生が一人の道案内も頼まず、柏木の奥五十丁許りの山奥に在る八幡社へ、一行を事もなげに連て行つたなどは、霊覚の何たるかを知らぬ人には、到底見当も取れない芸当であらう。八幡社頭では、一行中の四人が鎮魂をやつたが、四人の霊限には何物かが映じたやうであつた。
吉野から帰ると、翌二十八日には、福知山在の八幡宮並に一宮神社の参拝があつた。教祖さんがあの老躯を提げて先頭に立たれ、出口一家の人々をはじめ、役員信者等三百余人の大衆であつた。朝来雨模様であつたが、一同汽車で福知山に着いた時分から、篠着く如き土砂降りとなつた。不思議なことには、この二十余年間、教祖さんが出修される時には必ず雨降りと決つて居る。之に反して出口先生の場合には、降つて居る雨でも必ず晴れる。
大本信者の大挙参拝を見ると。何もわからぬ新聞記者などは、長髪族の大示威運動などと書き立て、そして一同が御神前に跪坐して大祓祝詞を奏上するのをきいて、『物凄い声で呪文を唱へる』などと途方途轍もない文句を並べる。日本の国情の何たるかを知らぬ亜弗利加人かエスキモーででもあるならば、さう思ふのも不思議はないが、日本国に生を享けて居る人間のいふべき言葉ではないやうだ。
尤も大本の神社参拝は、世間並み形式一遍ものとは選を異にし、飽まで熱がこもり、飽まで真剣であるから、門外漢には少々薄気味わるいのかも知れない。殊に教祖さんや出口先生になると、神のお姿を参し、神のお声をきき、直接御命令を受けられるものであるから、一層世間の参拝とは訳が違ふ。大本の神社参拝といふことは、常に神示神勅に接する為の実用向きの仕事であるのだ。神さまの実在を知らぬ人には容易に真相が汲み取れぬ筈だ。
この時の八幡参拝の如きは、神界では極めて意義深長なるもので、大正維新の御神業の発展の上に重要無二のものであつたらしい。詳しい事は知るよしもないが、神功皇后の御神霊が御現れになり、教祖の肉体を使つていろいろ御神勅を下し給はれたのである。それかあらぬか、当時八幡神社の松の梢には、一羽の丹頂の鶴が舞ひ下り、参拝が済んでから又何処とも知れす飛び去つた。これは該神社の社司其他も熟知せることで、今に奇瑞とされて居る。
八幡社の参拝が済むと、今度は産土の一宮神社に参拝した。福知山は教祖生誕の土地であるから、主として御礼参りの意味で行はれたものらしかつた。一宮さんは、『飛んだ氏子を綾部の方に取られて了つた』とよく愚痴を溢されたさうだ。産土の神でも御自分の氏子の中に霊分の高いものが居ると、自然鼻が隆いのであらう。大正維新の大基礎を築きあげたる大本教祖出口直子刀自の如き人を他へ連れて行かれては、産土の神さんも成程掌中の珠を奪はれたやうな気がするに相違あるまい。
今日では長髪は世人の眼を惹くものの、最う長髪といへば綾部、綾部といへば長髪と、大概世間の相場が決つて了つた。所が、大正六年の春には、まだ其処までは行亘つて居ぬので、一行は到る所衆人環視の中心となつた。但し当時真に長髪なのは、出口先生と梅田さん位のもので、自分の頭髪は半歳の間に、やつと襟を没する所まで伸びたに過ぎなかつた。それでも余程人相が変つたものと見え、京都の停車場で、半歳振りに横須賀の成川さんと出会した時は、
『まア貴下が浅野さんで……』と言つたきり、しばらく呆れ返つて居たことを記憶する。頭髪一つで人間の相貌は余程変るものと見える。相貌の変るのはいいとして、今の世の中は長髪を蓄へるのを、不思議に思ふくせに、やんごとなき姫君達が、緑の髪を惜気もなく、ゴソと剃り落すことなどは、左程不思議に思はない。理屈から言へば延びるべき筈の頭髪を切る方が余程奇抜だ。伸びるものを伸ばすに何の不思議もない筈だ。この一事を見ても、因襲を打破し、時代に先駆けすることの困難は明かであると思ふ。
吉野の奥へは何の用事で行つたか。これは自分にもよくは判らぬ。又判つても言はれぬ。二十年も前から出口先生の霊眼には、吉野の奥、柏木在の八幡の社と、其付近の地上地中の光景が映つて仕方がない。仍で今回千代殿夫人の参拝を機会として、実地踏査を決行した迄であつたやうだ。出口先生が一人の道案内も頼まず、柏木の奥五十丁許りの山奥に在る八幡社へ、一行を事もなげに連て行つたなどは、霊覚の何たるかを知らぬ人には、到底見当も取れない芸当であらう。八幡社頭では、一行中の四人が鎮魂をやつたが、四人の霊限には何物かが映じたやうであつた。
吉野から帰ると、翌二十八日には、福知山在の八幡宮並に一宮神社の参拝があつた。教祖さんがあの老躯を提げて先頭に立たれ、出口一家の人々をはじめ、役員信者等三百余人の大衆であつた。朝来雨模様であつたが、一同汽車で福知山に着いた時分から、篠着く如き土砂降りとなつた。不思議なことには、この二十余年間、教祖さんが出修される時には必ず雨降りと決つて居る。之に反して出口先生の場合には、降つて居る雨でも必ず晴れる。
大本信者の大挙参拝を見ると。何もわからぬ新聞記者などは、長髪族の大示威運動などと書き立て、そして一同が御神前に跪坐して大祓祝詞を奏上するのをきいて、『物凄い声で呪文を唱へる』などと途方途轍もない文句を並べる。日本の国情の何たるかを知らぬ亜弗利加人かエスキモーででもあるならば、さう思ふのも不思議はないが、日本国に生を享けて居る人間のいふべき言葉ではないやうだ。
尤も大本の神社参拝は、世間並み形式一遍ものとは選を異にし、飽まで熱がこもり、飽まで真剣であるから、門外漢には少々薄気味わるいのかも知れない。殊に教祖さんや出口先生になると、神のお姿を参し、神のお声をきき、直接御命令を受けられるものであるから、一層世間の参拝とは訳が違ふ。大本の神社参拝といふことは、常に神示神勅に接する為の実用向きの仕事であるのだ。神さまの実在を知らぬ人には容易に真相が汲み取れぬ筈だ。
この時の八幡参拝の如きは、神界では極めて意義深長なるもので、大正維新の御神業の発展の上に重要無二のものであつたらしい。詳しい事は知るよしもないが、神功皇后の御神霊が御現れになり、教祖の肉体を使つていろいろ御神勅を下し給はれたのである。それかあらぬか、当時八幡神社の松の梢には、一羽の丹頂の鶴が舞ひ下り、参拝が済んでから又何処とも知れす飛び去つた。これは該神社の社司其他も熟知せることで、今に奇瑞とされて居る。
八幡社の参拝が済むと、今度は産土の一宮神社に参拝した。福知山は教祖生誕の土地であるから、主として御礼参りの意味で行はれたものらしかつた。一宮さんは、『飛んだ氏子を綾部の方に取られて了つた』とよく愚痴を溢されたさうだ。産土の神でも御自分の氏子の中に霊分の高いものが居ると、自然鼻が隆いのであらう。大正維新の大基礎を築きあげたる大本教祖出口直子刀自の如き人を他へ連れて行かれては、産土の神さんも成程掌中の珠を奪はれたやうな気がするに相違あるまい。
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