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文献名1冬籠
文献名2〔四〕秋の丹波よみ(新仮名遣い)
文献名3(七)よみ(新仮名遣い)
著者浅野和三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ193 目次メモ
OBC B142500c51
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本文  あくる十八日は昨日の雨がカラリト晴れ亘つた秋日和であつた。もう一日と、牧さんからは引留められたが、何も彼も十二分に、丹波の山奥の秋の真味を味つた上、何時まで神の御用を外にして、行楽に日を送る訳には行かぬ身の上、もしや修業者が来て待つて居はせぬかなどと思ふと、気でないところもあるので、いよいよ綾部に帰るべく一同身仕度を整へた。
『これはお土産に』
と言つて、昨日の松茸をそれぞれ籠に入れて、所有主の名札を付けられる。そして携帯の荷物と一つに纏めて、下男が担げて先きに立てば、牧さんも街道筋の乗合馬車の立場まで見送りすべく共に出掛ける。
 飽までも山奥の秋色を味はふべく、わざと景色のよい間道を選んだが、案外に路が良い。谷を越え、峠を登り、林をくぐり、水をわたり、兎角して里に出で、又田園の間を過ぎ行く。
 半里、一里と進むにつれて、次第に汗がにじみ出し、足が重くなる。綾部に住んで居る丈で、已に浮世ばなれのして居る連中、北桑田へ来てここ数日、山奥の空気を吸つたこととて、一層脱俗気分を発揮して了ひ、男子は暑いとて長髪の上に手拭を頬冠りすれば、女は煩いとて衣服の裾を端折る。それがぞろぞろ十人余りも、不規則な、間延びのせる行列を作つて、荷物を担がせて通るのであるから、余り世間に類のない旅姿だ。
『この辺の人はわれわれを何と見るでせうナ』
『さア自分にさへ何が何やら判らない、謎の身の上ですから、他人には尚ほ判り難いでせうよ』
 無駄口をきき乍らやつて来ると、とある小川の橋の袂に一軒の茶店があつた。
 自分は莨の火を借りるべく、つと入つて行くと、二三人の村人が茶を飲んで居た。自分の顔をジロジロ見乍ら、
『貴所方は弓削の方からお回りどしたか。今度の興行の座頭はんは何といふ名どすな?』
『何です……。座頭て』
『貴所方は今夜幕を開ける一座どすやろ……』
 さては今夜この近所に村芝居が掛るのだナ。そして吾々一行を田舎回りの旅役者の一座と見立ててくれたのだナと思ふと、噴飯すほど可笑しくて耐らないのを僅に耐へて、
『イヤ大きに有難う。今晩は是非御見物を……』
 自分は大急ぎで莨に火を点けて、そこそこに逃げ出し、一行に追ひついてこの話をすると、何れも転けんばかりの大笑ひ。
『成る程旅役者とは甘く見立てたもんや。取りあへず座頭は大先生、それに女形もあれば浄瑠璃語りもあり、道具方もあり、何なりと一と通り揃うて居る。今まで誰も役者といふ所に気がつかなんだとは迂潤どしたナ』
などと星田女史の大感服。
『一つ大本一座を組織して打つて出ますかナ』
『イヤこの一座に打つて出られれば、世界中がひつくりかへります……』
 戯談を言ひ合ひながら五六丁も行くと、右手の畠中に竹と蓆とで急造した芝居小屋が目についた。そして付近には「……丈え」などいふ幟が七八本立てられて、芝居気分をそそつて居た。
『これだ! これだ!』
『一つ花々しく乗り込んでやりませうか』
 思ひがけなき役者ばなしに花が咲いて、一行足の疲れも打忘れ、二里許り歩いて乗合馬車の立場まで辿りついた。それから三里の路を馬車に揺られて殿田に出たが、この路は出口先生が、明治三十一二年頃の修業時代に、何回となく徒歩で往来された所ださうで、先生は右に左に、馬車の窓から、因縁の場所やら、奇抜な神憑現象の起つた家などを指摘しつつ、懐旧談に耽らるるのであつた。
 就中自分に取りて尤も興味深く感じたのは、自分が曾て「野天狗の話」として書いた、駄菓子屋の親爺の家が、街道から五六間引込んだ所にあつたことであつた。
『あの親爺さんはその後什麼なりましたかしら』
『今でも生きて居ます。憑いて居る野天狗はその後鎮まつて居るらしうをす』
 まるまる五日の旅は、徹頭徹尾、愉快に、ノンキに結了して、殿田から又汽車に乗り、無事に夕暮近く綾部に帰着した。
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