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文献名1冬籠
文献名2〔五〕並松雑話よみ(新仮名遣い)
文献名3(七)よみ(新仮名遣い)
著者浅野和三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ226 目次メモ
OBC B142500c60
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本文  霊夢の話をしたから、これから天眼通の話でも少しばかり漏らすとせう。実を言ふと、自分は並松に引越してから、約一箇年間許りは、殆ど連日の如く妻を鎮魂して、天眼通に関する幾多の実験を重ねて居た自分が最も多く苦心したのは、審神者としての職務の遂行で、妻の天眼通力も多くは之に連関して使はれた。何しろ相手が神だの、霊魂なのであるから、その正体をつきとめ、その正邪善悪を審判するといふのは、実に至難中の至難の業である。うつかりすると、天狗などに騙されて、飛んでもない失敗を演ずる。
 自分は横須賀に居る時分に、天眼通の見本だけは、自身体験せしめられたが、その後は見えなくなつた。僅かに許されたる天言通と、直覚と、常識とで、他の憑依霊を審判せねばならぬのであるから、随分心細い話だ。出来る丈念入りにはやるが、見損なつて居りはせぬかといふ、懸念の常に脱けたことはない。一年二年と歳月を重ね、一千二千と日数を重ねるに従つて、些しづつは上達しては行くやうでもあるが、実は現在でも斯麼六ケ敷い、斯麼気骨の折れる仕事はないと思つて居る。止むことを得ずしてやることはやるが、ドウも人間には、少々荷が勝ち過ぎた仕事のやうにしか思へない。
 幸自分の霊眼の不足は、妻の方で幾分補うて呉れて居る。少々不便だが他人に依むことを考へれば、余り文句は言はれまい。で、少し重大な問題となると、自分は直に妻を鎮魂して、自分の審判の裏書きをさせ、自分が無形で下せる審判と、妻の天眼に映ぜる有形の神示とが、ぴツたり合一せるのを見て、初めて安心するといふ始末だ。大正六年から七年の初め頃にかけては、殆どすべての人の守護神、副守護神を断定するのにも、自分は毎度この二重手段を取つた。
『矢張り俺の思つた通りのやうだ。彼の守護神は○○に相違ない』
 斯麼事を言つて、自分は初めて聊か胸を撫下すのであつた。
 しかし審神に属することは、自分だけの参考材料として、当分胸の奥深く秘め置くべきことで、爰で一々素破抜く訳には行かぬ。目下は尚ほ和光同塵の百鬼夜行の時代である。神様はしばらく審神の手を緩めて、鬼でも蛇でも改心すれば成るべく赤恥をかかせず、場合によりては守護神の転換までもやつて、救はれやうとされて居る。人間心では、いささか癪に触る連中も、そんじよそこいらに沢山あるが、飽まで虫を殺して、最後の大審判の日を待つべきであらうと思ふ。
 斯うなると書くことは甚だ些くなゐ、詰らん話だが天眼通を実地に応用したことでも書いて置かう。
 たしか大正七年の二三月頃かと記憶する。自分が二階で原稿を書いて居ると、役員の西谷さんが大急ぎでやつて来て、「神霊界」に掲載すべき出口先生の原稿が紛失したから、自分に見つけて貰ひたいといふのであつた。
『モウ植字に掛らんければならんので、今朝から総掛りで捜して居ますが、何処へ什麼蔵ひ込んだものか、ドウしても見当りません。大先生からは大変なお目玉で、皆なが青くなつて了つて居ります。仕方がないからお宅へ御相談に来ました』
 自分もこれには弱つた。其原稿といふのは、一度も見たことはなし、近視眼ではあるし、他の多数の役員が、総掛りで捜して判らんものを、とても自分が見付け出すといふ柄ではない。自分は、
『什麼です、モ一度念入りに捜しては……』
と逃げを張りにかかつたが、西谷さんは承知しない。
『二時間も掛つて、捜せる丈捜しても判らんのですから、この上人力で捜しやうはありません。一つ神様に窺つて戴きます』
 自分は止むことを得ず、神前で鎮魂して御神示を仰ぐと、
『役員室の戸棚の、向つて右の端に在る』
といふことが判つた。仍でそのまま出掛けようとしたが、待てしばし、万が一にも違つたら善い恥哂しだ。一つ天眼通で確めて見るに如ずと思つて、妻を神前に呼び寄せた。早速鎮魂を命じて、
『原稿の所在地を見せて戴きたい』
と神様にお依みした。
 間もなく妻は天眼に見えた通りを報告した。
『押入れの内部でせうか、書籍だの、雑誌だのが沢山あります。そしてその前列に、日本綴の書物が四五十冊積んでありますが、その真中辺にあるのが、原稿のやうに思はれます』
 自分は直に西谷さんと連れ立つて大本に行つた。そして真直に役員室に入つて行つて、戸棚の右の端をガラリと明けた。其中には書物や雑誌がゴチヤゴチヤして居たが、成程前列に四五十冊の和書が積んであり、そして其中央の辺に、三十枚ばかりの原稿がハミ出して見えるではないか。
『へえ、これでせう』
 そのまま引張り出して西谷さんに渡すと、
『これですこれです! たツた一遍で見つけられて了ひましたなア……』
 問題は甚だ小さいが、これなどは自分の行つた仕事の中で、比較的手際のよいものであつたかも知れない。
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