文献名1出口王仁三郎著作集 第3巻 愛と美といのち
文献名2美 >うたの道よみ(新仮名遣い)
文献名3色紙と短冊よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
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ページ198
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OBC B195303c331
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色紙、短冊の起源は、はつきりわからぬが、藤原定家が百人一首をえらんだ時に、小倉色紙というものをつかつた。それ以前には歴史にみあたらない。小倉色紙より今の色紙の方が型は大きい。これはその後上つ方のほうにおいてお定めになつたものであつて、京都のある特定の所で許されてつくつたものである。他では同じものを作ることができなかつた。そこの色紙は非常にかつこうがよかつた。もし他で作る時は、型を異にしなけれは許されなかつた。他でまねて作れは、盗んだことになつたのである。
短冊、色紙の真つ白なのはいけない。雲をおくのが真実である。
歴史にはないが古書によると、素盞嗚尊さまが「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」の歌をお詠みになつて、短冊、色紙ができたと記してある。
短冊は歌のご神体であつて色紙は八重垣である。これは昔、歌祭りというものがあつて、短冊に「八雲立つ」の神詠を書き(これは位のあるものでないと書けなかつた)、これを中心に色紙八枚に歌を書き(この歌はだれの歌でもよかつた)、その短冊をとりまいた。大勢の時には色紙を八重にとりまき、一枚々々、色紙の歌を詠みあげてはずしてゆき、傍に積んでおく。最後に短冊の歌を詠んでその上にのせる。
短冊はご神体で霊降木、色紙は、天津磐境である。歌祭りは「八雲立つ」の神詠にきまつていた。こうして垣をはずしてゆく意味は、神歌の終句「その八重垣を」とつてしまうということなのである。
歌祭りは重大な国家の一種の祈祷であつたのである。
(色紙、短冊に就て、「明光」 昭和10年10月)