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文献名1大本史料集成 3 >第2部 第二次事件関係
文献名2第2章 裁判所資料 >第2節 地裁公判速記録(出口王仁三郎)よみ(新仮名遣い)
文献名3地裁公判速記録(11)よみ(新仮名遣い)
著者
概要
備考
タグ データ凡例長いので12ページに分割した。行頭●記号で始まる小見出しは底本にはない(うろーの狭依彦氏作成)。底本は漢字と片仮名だが、読みづらいので片仮名を平仮名に直した。 データ最終更新日----
ページ456 目次メモ
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本文の文字数14224
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本文 ●争点 不敬関係書籍の編輯者
午後一時十分開廷
出口 何でしたら、六日間一杯調べて戴きたいと思ひます。
 えらかつたら休まして戴きたいと思ひます。
裁判長 もう少し……。
出口 それは、しつかりして居りますけれども。
問 午前中に問題になつて居る。「不敬事実の掲載になつて居る文献の発行人は、本を見たら判る」と云ふから、調べて見たら大体判つたが、昭和十年の日記を見ると編輯者は皇道大本総本部史実課となつて居るが、是は誰ですか。
答 それは知りまへぬ。
 他の人を調べて見て貰うたら判ります。
問 史実課の人を調べたら判るのですね。
答 さうです。
●争点 霊界物語の第六十巻の「悪の頭」
問 昭和七年六月三十日、霊界物語の第六十巻の再版を発行するに当つて、其の四百二十七頁以下に、
 天の岩戸開が段々と近寄りたから、是までのやうな事には行かぬから、一か八かと云ふ事を悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ、今の番頭のふなふな腰では兎ても恐がりてこんな事を書いて見せてやるだけの度胸はありはすまいなれど、神の申すやうに致したら間違は無いぞよ、一の番頭の守護神が改信が出来たら、肉体に胴が据わるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭が取替へられるぞよ、もう悪の頭の年の明であるから悪い頭から取払ひに致すぞよ。
と云ふ文句を掲載して発売したことは違ひないな。
 此処に問題になつて居る「悪の頭」と云ふのは誰を指すのか。
答 詰り、矢張り、霊界にある所の霊界の「悪の頭」を言ふたのです。
問 霊界の「悪の頭」か──悉くがか。
答 是が、仏教で言へば、阿修羅王とか、大黒天とか、天魔波旬とか、四魔波旬とかは「悪の頭」です。
 それから、又、外国の方で言へばクレノス・ゴロス、是は「悪の頭」で、日本で言へば八十禍津神などは是は「悪の頭」であります、総ての宗教には善の神の頭もあれば悪の神の頭もある。
 悪の神の頭が色々のものに移つては、さうしては左右して世の中を紊す。それで是は極く前のことでありますが、三十四、五年頃に「悪の頭」に見せて置かなければならぬと云ふので、教祖が筆先に書きますと、それを中村竹造やとか、四方藤太郎やと云ふ連中が弥仙山の上へ持つて行つたりして、書いてある筆先を拡げてさう云ふことをやつた。
問 「悪の頭」と云ふのはさう云ふ意味ですね。
答 さう云ふ意味です。
問 それで同一文章の中に……
 出口の午前の注意に依つて読んで見たが、「悪神の頭目」とか、「極悪の頭」とか「悪の霊」と云ふものがあるが、是はどう云ふ意味だ。
答 是は詰り、猶太の悪神の大将と云ふやうなものとか、或は悪神の霊と言つたり……。
問 之に書いてあることは判つて居りますか。
 今書いてある所が判つて居りますか。
(此の時筆先を示す)
答 目が悪くてとても斯んなものは見えない。
 ちよつと眼鏡を掛けまして……
 是は直の筆先です。
問 さうすると、是は本件に於て問題になつて居る「悪の頭」とか、「悪神の頭目」とか書いてあるのと同じ意味か。
答 同じ意味です、書き方が違ふだけです。
問 同じ文句でも同じ字句でも、場所に依つては別に取るやうなことはないか。
答 私は、同じこつちやと思うて居ります。
 詰り、其の時の具合で言うたのだから──。
●争点 霊界物語の第七巻の歌「月の光の…」
問 宜しい。
 昭和七年十月三十日、同物語第七巻の第三版を発行するに当り、其の六十一頁に、
  月の光の昔も今も変らねど
      大内山にかゝる黒雲
と云ふ歌があるが……。
富沢弁護人 それを御訊きになる時にお願があります。
 それは証拠をちよつとお示しを願ひたいと思ふのであります。
裁判長 証拠……。
富沢弁護人 えゝ、第十巻のに百六十七頁、先づ之を御覧をお願ひ致したいと思ひます。
裁判長 歌ですか──。
富沢弁護人 歌です。
 其処を御覧下さいますと、大正十一年二月二十六日、旧一月三十日、是は六個となつて居ります、それから次に三百四十七頁、之を御覧を願ひたい。之も大正十一年二月二十七日、旧二月一日、北村隆光録となつて居りますが、さうしますと、其の歌のある所ぢやなく……言霊学と云ふのが其の前にありまして、三百二十八頁(完)となつて居ります。
 さうしますと、三百二十九頁に五首歌がある。
 最後に、大正九年一月十五日講演筆録外山豊一と、斯うなつて居ります。
 そこで、「大正九年一月十五日講演筆記録と云ふことを書くべきものは、三百二十八頁の終り(完)の次に書くのぢやないか」、之を御訊きを願ひたい──と申しまするのは、此の作は大正十一年の作だと斯うなつて居りますから。
裁判長 どうぢや。
出口 十一年の作ぢやありませぬ、十年の作です。
富沢弁護人 九年の一月に拵へたものぢやありませぬか。
(此の時清瀬弁護人、富沢弁護人に私語す)
 違ふのですか、版で見て居るから。
出口 「日の光」が「月の光」になつて居ります。
裁判長 版は──。富沢弁護人初版です。
清瀬弁護人 今仰しやることは必要ですが、其の事は予審の決定書に付ての五の所でお確かめを願ひたいと思ひます。
富沢弁護人 それぢや間違ひました。
裁判長 此の十年の作、七巻の三版を発行する際に、今言うた歌を掲載して発行したことは間違ひないだらう。
答 其処に載つて居れば間違はないだらうと思ひます。
問 どう云ふ意味ですか、此の歌は──。
答 「月の光昔も今も変らねど……」の「月の光」は「日の光」でないと云ふと、さうやないと云ふと、文句が違ひます。
問 書いてあるぞ。
答 それでも文句が合ひませぬ。
 「日の光」と云ふことは、詰り我が皇室の天津日嗣の御光は昔も今も万世一系で変りはないけれども、そやけども其の時の陛下には御悩があつて、国民が非常に苦しんで居るから、「大内山にかゝる黒雲」と云ふ名詞で止めてありますが、歌の方は名詞で止つてる時は、三十一文字で名詞になつて終つて居たら、其処に深い意味が──書外の書、言外の言がありまして、黒雲が一時も早く霽れさせ給へ、と云ふ意味が含んで居るのです。
 歌と云ふものは名詞で止つて居ると、後に残つて居る文句があるのです。
問 歌の説明は宜い、此の歌の趣旨はどう云ふのだ。
答 それは、「陛下が御悩をなさつて居るのを痛み奉る」と云ふ意味を書いたのです。
問 どなたの。
答 大正天皇様です──
 其の時は私が未決から出して貰ひまして四、五日した時に、大変御重態だと云ふことが新聞に出たりして、綾部の官民一同が八幡神社へ御平癒の祈願に参拝した時です。
 それで、十年と云ふことを考へ出したのであります。
問 それぢや、大正天皇の御悩のことを歌つたと云ふのだね。
答 それで「黒雲」に、一時も早く霽れさせ給へと云ふ意味が含んで居るのです、総て歌は、
  君が代は千代に八千代にさゞれ石の
      巌となりて苔のむすまで
と云ふのも、茲に、言霊学者から聴きますと、「君が代は千代に八千代に『栄へませ』、さゞれ石の巌となりて苔のむす迄『在はしませ』と云ふ文字が隠れて居るのださうです、それで三十一文字で「君が代は千代に八千代に……」とあるやうに、それと同じで、かゝる黒雲「一時も早く霽れさせ給へ」と云ふ祈の言葉ですけれども、三十一文字にした為に言外の言、書外の書があるのであります。
●争点 霊界物語の第三十八巻の歌「千歳経し…」
問 昭和八年四月十日、霊界物語の三十八巻の第四版を発行するに当つて、其の九十四頁に、
  千歳経し聖の壷も地震の
  荒ひに逢はゞもろく破れむ
  つがの木の弥つぎつぎに伝はりて
  宝の壷もひゞぞ入りぬる
 是はどうぢや。
答 是は、前にも申上げてあるから、或は二重になるかも知れませぬが、又申上げますが、仏教が渡来してから千年以上になります。「千歳経し聖」と云ふことは基督教にもあります、聖徒と書いてひじりと読まして居る。総て仏教では坊さんを皆な聖と云ふのです、此の問言ひましたやうに、
  初雪や高野聖の笈の色
 詰り、坊主のこと、兼好法師の徒然草には、京都の「しんせい」院に坊主が居つて、其の和尚が木餌上人やと言うて居つたのに、それはおかしいと思うて、木の葉ばかり食つて居るのに不思議やと思うて、小坊主が床下を見たら、さうしたら、米の糞があつたから、是は「こくむそう」聖やと云ふことが書いてありますが、それで聖と云ふことは予審や何かで陛下のことのやうに言はれ、さう云ふ意味に取られましたけれども、是は決してさうでない、仏教の坊さん或は基督教の宣教師などを皆聖と云ふのでありまして、「聖の壷」と云ふことから、……壷は総ての局部です、仏教を統一する所ならば──真言宗なら真言宗は高野山とか、或は天台宗は叡山とか、其処の房は総て局と云ふ、局は都房とも言ひ、漢字で本当の壷を書いたので……。
問 地震は何だ。
答 地震と云ふことで、是は本当の……。
問 房と云ふのは局と云ふのか。
答 詰り教務所みたいのものです、宗教を本当に統括する所……。
問 教務所がどうしたと云ふのか──。
答 ……のやうなものです、総括するやうな意味です。
 それが、「壷も地震」と云ふたらば、地震の意味ですが、信者が目覚めて来て、今日迄の所は、坊主が巧いことを言うて善男善女を弄らかして、甘い汁を吸ふたりして居るけれども、段々文明の世の中が進んで来て、若い者──今日の若い者が進歩して真理を悟つて来ると、今迄馬鹿にして居つたと云ふので、皆一緒くたになつて宗教反対論を唱へて来ることは、是は人造地震です。
 其の地震が揺れば、直ぐに破れてしまふと云ふ、皆が悟つて来たら直ぐに駄目になると云ふことを言うたのであります。
 其の意味を書いたのであります。
問 其の次は「つがの木の云々」は。
答 それも同じやうな意味で、是は、私が丸山貫長と云ふ人に依つて──「つがの木」は「つぎつぎ」と云ふことの枕言葉で、「つがの木の弥つぎつぎに」と云ふのは、是は真言宗の坊さんの丸山貫長と云ふ人に聴いたのですが、「千年余りも高野山は伝つて来たが、併し、其の当時には高野山にも仏法僧と云ふ鳥が居つて、仏と法と僧と鳴いて、三宝鳥と言つて三つの宝の鳥が居つて仏法僧と鳴いた。処が今日は坊主が女を置いたり、高野山の女禁制の山に向つて上げたり色々なことをして穢れ切つて居るので、それで仏法は動かないが僧──一つの宝、それに罅が入つてしまつた」と云ふのです。
 それで、千年も続いて来たのが、今日は斯う云ふ具合に仏教にも罅が入つて来たと云ふ意味です。
問 仏教のことを言ふのか、高野山のか──。
答 高野山の……丸山貫長が高野山の話をして、「仏教がさう云ふやうになつて居る」と云ふのです。
 それは丸山貫長の話に依つて作つた歌です。
●争点 霊界物語の第六十一巻の歌「現つ世の…」
問 其の次だが、同年六月十日、霊界物語六十一巻の第四版を発行するに当つて、其の百九十七頁二
  現つ世の君より外に君なしと
      思ふ人こそ愚かなりけり
 と云ふ歌があるが……。
答 それは六十一巻に……是は連作と申しまして、歌を作る場合に、一つの意味を五首とか六首とか七首とか十首とか竝べて歌つて、其の中に一つの意味を説く時の方式に依つてやつたもので、是は連作の中の唯の一首、一部であつて、それだけでは本当のことは判らぬのです。全部読んで貰はぬと判らぬのであります。
問 是だけの歌の意味はどうぢや。
答 是だけの意味でも、現つ世には詰り君が在はしますが、現界幽界にも救ひ主と云ふものがある。救ひ主を君と言ふのである。又、其の他の御歴代の帝王でも御崩御になつて、神隠れになつて霊界に入られたのは是は皆幽世の神である。救世主も君である。基督も君である。さう云ふ意味を言うたのであります。
 君と云ふものは──君も神も同じことであります、三界て……此の世ばかりぢやない、幽界にも君がある。
 宗教の方から救世主、即ちそれを信仰させる為の歌なんです。霊界にも矢張りあると──それで聖書の中にも。
問 判りました、準備手続の時と同じなんだね、連作と言うて居つたが、同じ頁の所に、前の頁の所に斯う云ふことが書いてあるな──。
  君と言へど此の世を治める君ならず……
答 同じ所でせう。
問 
  神と言ひ君と言ふのも一つなり
  生み誤つな神の御子なり
と云ふ是は連歌と云ふ意味か。
答 皆連歌です、連作です。
(此の時霊界物語を示す)
問 連作と云ふのか、是が。
答 全部八迄を連作歌と言ふのです。
 此の一つの意味を言はむが為に、之を分けて言うたのです。
問 一つのことを言はむが為に作つたのだ、と言ふのだな。
答 さうです。
問 一つだけで判断されては困ると言ふのだな。
答 連作だから、全部読まぬと判らぬ。総て是は皆連作になつて居ります。
問 「神と言ひ」とか「君と言ひ」。
 是は何か、本件の問題になつて居るものと同じ意味だと言ふのか。
答 「神と言ひ、君と言ふ……」のですか。
問 是はどう云ふことを言はむとするのだ、此の連作歌は──。
答 詰り、其の意味なんです。
問 其の意味とは──。
答 神様と言ふのも、君と言ふのも同じことである。
 日本の天皇陛下は、矢張り、現界でも現御神と言ひ、又現人神とも言ひ、又、大君とも言ひます。
 霊界では、矢張り、霊界にも神様もあれば伊邪那岐、伊邪那美尊さまでも居られて、総べて君とも言ひ神とも言ふ。
 現界でも幽界でも神とも言ひ君とも言ふ、と云ふことを知らしたのであります。
問 幽界ですか。
答 幽界でも同じです。
 現界でも神も君も同じことであります。
問 霊界にも神があると云ふこと。救ひ主と云ふ意味か。
答 はい。
●争点 霊界物語の第五十五巻の歌「日の光の…」
問 其の次は、曩に問題になつた、昭和九年十二月二十五日霊界物語の第五十五巻の三版を発行するに当つて、其の二百八十五頁に。
富沢弁護人 裁判長。
裁判長 ちよつと……。
  日の光の昔も今も変らねど
      あづまの空にかゝる黒雲
と云ふのは是はどうぢや。
富沢弁護人 其の前の、伊都の御子と云ふ段に、それは二百七十六頁になつて居りますが、大正十一年二年二十六日外山豊二録と斯うなつて居ります。
 それから邪神征服と云ふ所に、一日遅れて二月二十七日北村録となつて居りませぬか。
裁判長 現れて居りますね。
富沢弁護人 其処で、是が大正九年一月十五日外山豊二となつて居ります。
 是が此処二入るのぢやないか、講演の録に歌が講演の中に入つて居りませぬから──それで是が十一年にならぬと云ふと、九年だからおかしくなつて来るのです、それで此処に入るのぢやないかと思ふのですが。
出口 霊界物語は十一年の十一月前には発行して居りまへぬ。
富沢弁護人 霊界物語の中に言霊界が入つて居る。
 其の言霊界は大正九年一月十五日に外山さんが筆記して居るのです。
 貴方の講演を──それを此の歌迄も講演と云ふことになつて居るのですが、瑞能神歌……此の括弧する奴が此処に付くのぢやないか、と斯う思ふのです。
裁判長 どうぢや。
出口 それは別です、瑞能神歌と云ふのは別です。一つ時ぢやありまへぬ。
裁判長 空いてるから、余白に入つて居るのだと言つて居ります。
富沢弁護人 其処に入るのぢやなく、其の次の附記に入るのだらうと思はれるのですが。
出口 是は違ひます。
 此処に持つて来なければならぬ、前の頁の仕舞に……
 置場が間違つて居ります。
裁判長 それぢや瑞能神歌と云ふのは、是は二百八十四頁の完と書いてある所に加はらなければならぬと云ふ訳だな。
田代弁護人 要するに、其の歌の所には何々筆記と云ふ括弧書がないのですよ、外の部分には、歌を余白に入れた時には……其処だけに大正十五年となつて外の所にはないからミス・プリントで、こちらに置くのが適当ぢやないかと云ふのです。
裁判長 ミス・プリントのことを言つてるのですね……
 歌の意義は。
出口 私が初めて控訴院の控訴裁判〔第一次大本事件〕に行くので、皆寄つてずつと京都迄来ました。
 京都の駅で、号外々々、と言つて売つて居りました。其の号外には、原敬さんがやられたと言つて二頁大の号外が出て居つた。其の時に其の歌を作つた。
 其の汽車の中で──それを加藤明子と云ふのが私に随いて居つて、自分で筆記して置いてそれを移して居つた。
 それは原敬さんのやられたことを言うたのです。
問 何時だつて。
答 何時やつたろ……原敬さんのやられたと云ふ朝です、翌日の朝です。
問 時期は──。
答 大正十年……十一年かいな、十一年か……何しろ、初めて行く時ですから。
問 控訴院の裁判に行く時か。
答 日日は余り覚えて居りませぬ、十年の末か十一年の初めです。
問 原敬がやられた、と云ふことを聞いたのか。
答 さうです。
 それで、「あゝ、悼しき哉」と云ふことを、尻に含んで居るのです。
問 原敬が斃れた、と云ふことを言つてるのですか。
答 やられたことを「気の毒や」とか「悼しい」と言ふ所です。
 けれども、三十一文字だから上の句から考へれば、下の句に於て悼んで居ることが判るやうに書いてあります。
足立弁護人 原敬さんの兇刄に遭ひましたのは大正十年十一月四日……息子の書いたものがあります。
裁判長 時期のことは能く判らぬ。私等も能く覚えて居りませぬから──。
足立弁護人 之に、息子さんが父を想ふ文に書いてあります。
裁判長 原敬が亡くなつた時と書いて置けば宜いでせう。
足立弁護人 正確のことを……。
裁判長 原敬が亡くなつたのぢや、此の文句が少し大きいのぢやないか。
答 けれども、陛下の代用ですから──御皇室は無事であるが、宰相総理大臣はこんな目に遭うた、と云ふ意味です。
 御皇室の御委託を受けて総理大臣になつて居るのですから。さうやから、そこは矢張り「日の光」と言はなければならぬ、総理大臣ですからさう思うたのです。
問 「──昔も今も変らねど」と云ふのは──。
答 御皇室は変らぬが、宰相はこんなだ、と言ふ意味です。
問 あゝさうか、上の方は御皇室か。
答 さうです、それで「日の光」と言うたのです。
●争点 昭和八年七月一日の瑞祥新聞
問 それから、昭和八年七月一日の皇道大本の機関紙瑞祥新聞を発行するに当つて、其の七頁乃至八頁の所に、斯う云ふことを書いたことがあるかね、宜いかね……腰掛けて居つても宜いよ。
答 腰掛けて居ると聞えまへぬので──どつか言うて貰うたら判ります。
問 判るかね。
 大きな取違を致して居りた、と云ふことが日本の上の守護神や下の人民に解りて来るのは、何れは向ふの国から攻めて来るから、昔の世の本から日本の国にはこんな大望な経綸が為てありたことが何方の国にも解りて来て、世界の人民があふんと致して手も足も能う出さずに途方に暮れること出来するぞよ
とあるが……。
答 判ります。
問 是は間違ないね。
答 それは向ふから出て来た時に、日本は神国やから、神が入れさせない。
 愈々になつたら敵を神徳で神が亡してしまふ。
 さうすると、日本人が、如何にも日本全体が本当の神国やと云ふことを悟る、と云ふ意味なんで、早く言へば──。
問 「日本の上の守護神」と云ふのは誰を指すのか、「日本の上に立ちてをる守護神」と云ふことは……。
答 それは、矢張り現界で言へば総理大臣──。
問 総理大臣か。輔弼の臣だね。
答 守護神と云ふのは、守護神ですから輔弼の臣です。
問 さう云ふ意味かね。
答 はい、けれども、警察とか、他では守護神と言つたら違ふやうに言やはりましたけれども──。
●争点 昭和八年十月一日の瑞祥新聞
問 其の次、昭和八年十月一日発行瑞祥新聞第五頁に、
 艮の金神変性男子の霊がすつくり現はれる時節が参りて来て、世界には騒がしきことが始まるぞよ、世界の大洗濯が始まると、上は一旦は破れるし、下も砕げて了ふぞよ、上から汚れて来て居るから下の統制は出来は致さぬぞよ、かうなることは前の世から能く判りて居る、元からの活神でないと、三千世界の世を持つのは自己よしの行方では此の世は持てぬぞよ
と云ふ文章を出して居ることは間違ひないね。
答 はい。
問 処がね、「上は一旦破れるし」、「上から汚れて来て」と云ふ其の「上」と云ふのは、どなたを指したのか。
答 是は総ての国の「上」を指したのです。
 是は日本の一番上の天皇陛下は指して居りませぬ。
 何故かと言へば、此の御三体の神様は、即ち、天照皇太神様の御命令を受けて、艮の金神が出てやつてるのだから、御命令した方は別なんですから、矢張り其の延長たる天皇陛下は別ものです。
 それを除いての「上」、「下」で、世界中の「上」、「下」のことが書いてある。
 それをちよつと読んで見て下さい。
問 「上」と云ふのは誰を指したのですか。
答 守護神です。守護神を指したのです。
問 守護神と云ふのは具体的に誰を指したのです。現界で言へば──。
答 現界で言へば、「上」は総理大臣以下です。詰り、それが「上」ですが、併し、是は其の大臣を守護して居る所の霊を指したのです。大臣を守護して居る霊です。
 皆、人には一人づつの守護神が付いて居る。それで、肉体で言へば大臣であるが、霊界で言へば、即ち、守護神です。
問 下層階級に対する上級階級、と云ふ意味はないのだな。
答 それもあります。
 上層も下層もあります。上層が破れたら下層も破れ、一旦はさうなります、大戦争が起つて来たりすると無茶苦茶になる。
 それは一旦滅茶苦茶になると云ふことです。
問 おかしいな。
 上層階級と云ふ意味もあるし、下層階級に対する上層階級と云ふ意味もあるし、それから総理大臣以下の守護神のことも言ふと言ふのだね。
答 そんな意味です。
 役人とすればさう云ふ意味です。さうでなければ、上層階級、下層階級の方の意味です。
 意味を一つばかり言つたのでありませぬから……。
問 さうかね、それから──。
答 戦争が起らいでも、是から其の最前の予言は世界戦争の意味になつて居りますが、日本も一緒くたになつて戦争が起らなくても「上」が──上層階級は滅茶苦茶に砕げて居る、人道上……。
●争点 昭和九年九月一日の瑞祥新聞
問 それから、昭和九年九月一日瑞祥新聞七頁以下に斯う云ふことが書いてある。
 是は掲載して発行したことは間違ひないのだね。
 末代の事を仕組致すのは綾部の大本より外に無いのであるのに、今迄上へあがりて末代の仕組をしてありた上の守護神に余り大きな間違で日本の経綸は早速には見当が取れまいよ、何も判らぬ守護神が外国の方がよく見えて肝腎の本源を下に見下して日本の国をえらい見損ひを致してをるぞよ。
と云ふことが書いてあるが、此の「上の守護神」と云ふことは、誰を指したのですか。
答 矢張り最前申した総理大臣以下です。
問 総理大臣以下を指したのか。
答 さうです、それから仏教で言へば、仏教の管長とかさう云ふ意味も入つて居ります、それには──。
問 霊界のことか、現界のことか。
答 それは霊界のことです。
 現界で判るやうに言へば総理大臣です、けれども、それは全部霊界のことです。
 「綾部に守護して見下す」と云ふことは霊界のことです。現界ではそんな綾部はえらい所ではありませぬもの。
●争点 昭和十年三月一日の瑞祥新聞「いやな方の血統」
問 昭和十年三月一日の瑞祥新聞の七頁に斯う云ふ記事を書いて、掲載したことがありますか、内容は──
 日本の国には世の根本の太古から天地の先祖の神が仕組が致してあるので、二度目の建替は末代に一度より為られぬのであるから、何につけても大望なことであるぞよ、肝腎の事はあとへ廻して何も知らぬ、いやな方の血筋や下劣の守護神が大事の仕組も知らずに、我好しのやり方でとんとん拍子に出て来たなれど、九分九厘と云ふ所で往生致さなならん世になりたぞよ。
と書いてありますが、是は記載してあることは間違ひないね。
問 はい。
問 此処で「いやな方の血統」と云ふのはどなたを……。
答 「いやな方」と言つたら悪霊です。
 日本で言へば馬子やとか、道鏡とか、北条義時の血統とか、さう云ふものを言ふのです、「いやな方」と云ふことに付てもう一つ言へば、猶太の血統やとか、ロシヤの赤い奴の血統とか、さう云ふ意味を言ふのです、「いやな方」と云ふのは……。
問 能く判りました、日本では弓削道鏡とかさう云ふ方の血統を言ふ、と言ふのですね。
答 はい。
●争点 昭和十年四月一日の瑞祥新聞
問 それから矢張り十年の四月一日の瑞祥新聞の発行に当りて六頁及八頁に斯う云ふことが書いてある。
 日本も余り外国の真似を致して、全部外国の性来に成りて了うて居るので、上の守護神と人民に一日も早く改心致せと申しても改心致すやうな優しい守護神がないから、神はもう一切に致すより仕様がないぞよ。
と書いてあります、それから又、其の次に行つて、
 邪鬼は世界を自由自在に荒廻りて斯世を乱さうと掛りて居るから、八頭八尾大蛇は露国の土地に育ちて、唐天竺までも混ぜ返し、其国の王の身魂を使うて色々と体主霊従の仕組を致して、終には、其国の王まで苦しめて世に落し、露国と独逸の王を亦道具に使うて同じく其王を苦しめて世に落し、悪魔は蔭から舌を出してまだ飽き足らいで、大海を越え更に仕組を致して最後には日の本へ渡りて来る、悪経綸を致して居るが、道具に使はれる肉体は真に気の毒なものであるぞよ、今に神国に手を出したら……
 そこで言ふ所の、「上の守護神」と云ふことが書いてあるが、是はどなたをお指ししたのですか。
答 是はどなたでもありませぬ。其の時に「上」に立つて居る役人に対しての意味です。
問 前の方は。
答 ちよつと忘れてしまうた。
問 「日本も余り外国の真似をして……上の守護神と人民に一日も早く改心致せと」と云ふのは──。
答 日本は、詰り、言うたら余り西洋の文物を日本へ吸収するのが急速な為に、日本の精神を忘れてしまうて、今迄は外国の精神ばかり、外国の主義ばかりをやつて居つたから、それで日本の「上の守護神」──為政者に対して、日本の本当の神国たることを示してやらなければいかぬ、と云ふ意味なんです。
問 「上の守護神」と云ふのは。
答 為政者です。
問 為政者とは──。
答 政治を為す人であります。「上の守護神」と云ふのは為政者の意味であります。
問 それから後の「道具に使はれる肉体」と云ふのは。
答 誰ぢやと云ふことは決つて居りませぬ。其の時其の時に使はれるのだから……
 其の思想に感染した者が使はれる。悪い思想に感染したものが使はれる。日本精神をしつかり握つて居らぬと云ふと皆使はれてしまふ。
●争点 昭和九年十一月九日の瑞祥新聞
問 それから、其の次の昭和九年十一月九日に、「昭和十年、日記を発行するに当つて」三百四十七頁の欄外に──
  言さやぐ君が御代こそ忌々しけれ
      山河海の神もなげぎて
 と云ふのがあるが、是はどうです。
答 それは違ひありませぬ。
問 是はどう云ふ意味です。
答 それは日本は惟神、論げせぬ国で、黙つて居つても唯陛下の御命令だけで治るべき国です。
 日本は惟神の論げせぬ、又は言霊幸国で、善言美詞を用ひたら宜い国です、「言さやぐ」と云ふことは、コミンテルンやとか、或は社会主義やとか、無産党やとか、共産党やとか、自由主義やとか、無産主義やとか、さう云ふやうな色々の個人主義、さう云ふ説が日本に入つて来る。
 さうすると、是を銘々の学者連中が説き、傍の者がそれに做うて色々の説を取つて喋べると云ふことが「言さやぐ」と云ふのです。
 近い例を申しますと、大学の立派な先生が斯う云ふことを言うて居ります。──「人類学の上から言うて見ると、此の古事記に書いてある出雲国譲りと云ふことは、是は初に骨の……人骨から調べて来ると、出雲地方には何が居つたかと言ふと、アイヌが住んで居つた。それをモンゴリヤ人が出て来てアイヌを他所へやつてしまつた。さうして、其処を占領した。そこへ又、馬来半島から馬来人が出て来て其のモンゴリヤ人を追ひ払うてしまうた。是は古事記では巧く国譲のことに使うて居るのだけれども、実際は是は馬来人とモンゴリヤ人──蒙古人、是等の者の喧嘩であつた」──斯んなことを帝大の名誉教授の小金井博士が言うて居ると云ふことは確かで、私が此処の支所に入つて来た時に、昭和十一年の四月に発行して居る「人」と云ふ新聞があります、週刊新聞があります。入監者が見せて貰うた新聞ですが、それの五百三号の十頁にそんなことが立派に書いてある。
 斯んなことを言ふと、国体を尊重し古事記を日本の宝と思ふて居るのに、馬来人と蒙古人の喧嘩であつたと云ふと、どうも天孫瓊々杵尊は馬来人やないかと云ふやうな具合に人は思ふのぢやないかと思ひます。
 斯う云ふことが「言さやぐ」だと思ふのであります。
問 色々な悪思想が入つて来てと云ふ……。
答 現在私が読んだのだから──それから「山河海の神」と云ふのは、柿本人磨の万葉集にも、時の帝が河内国へ船に乗つて御遊びになつた其の時に、山は錦を照らして、さうして、紅葉して神様の……天皇陛下の御目を喜ばせようとし、河は清い清流が流れ、魚が出て来て、さうして、陛下の御儀になつた、と云ふやうな意味の歌がある。
 総て陛下に仕へて居るのに、斯う云ふ山河までが、海までが陛下に仕へて居るのに、斯う云ふことが出て来ると言ふと、山の神も河の神も嘆く、我々のみならず山河海の神までも嘆く、と云ふ意味なんです。
●争点 不敬の歌の総括
問 さうか、それで訊ねるが、総括した点は、只今迄訊ねた所の中で「悪の頭」、瑞祥新聞に出て居る「日本の上の守護神」、「上に立つて居る守護神」とか、「いやな方の血統」、「上の守護神」、「道具に使はれる肉体」と云ふものは、畏多くも日本の陛下を称し奉つたのではありませぬか。
答 そんなことは何処にもありまへぬ。
問 それから、
  月の光昔も今も変らねど
      大内山にかゝる黒雲
それから
  言さやぐ君が御代こそ忌々しけれ
      山河海の神もなげきて
と云ふ此の歌なるものは、御皇室を呪咀し奉つた歌ぢやありませぬか。
答 そんなことはありませぬ、絶対にありませぬ。
 能く考へて貰うたら、盲人が見ても、素人が見ても判ると思ひますが。

   千歳経し聖の壷も地震の
   荒ひに逢は父もろく破れむ
   つがの木の弥つぎつぎに伝りて
   宝の壷もひゞぞ入りぬる
と云ふ此の歌は、御皇統の断絶を暗示したやうな歌ぢやありませぬか。
答 そんなことはありませぬ。思も寄らぬことであります。
●争点 不敬の歌「現世の君より…」

   現世の君より外に君なしと
       おもふ人こそ愚かなりけり
と云ふ此の歌は、畏くも天皇陛下の外に天皇がある如く暗示したのぢやありませぬか。
答 それは違ひます、「現世の君より外に」と云ふのは「幽世にある」と云ふ意味です。
 現世の君だつたら、現界の外に幽界と云ふ意味が含んで居ると思ひます。
 其の意味を書いたのであります。
問 此の点に関しては、被告人に対する五十一回の五問答の(一)、(二)(四)、(五)、(六)、六問答の中の(一)、(二)、(三)、(四)、(五)、(六)、それから七問答、是等の個所に於て何れも今本職が訊ねたやうな趣旨の意味なりと云ふことが供述してあるがね、読まぬでも判りますかね。
答 はい、判ります。
問 どんなことだ。
答 それは、余り思も寄らぬこと許りお訊ねになりますから、此の歌は常識で見ても判るもので、此の歌でさへも斯う云ふ具合にもじつて仰しやるのだから、之を見ても知るべし、と云ふ訳で、私は態と答へた所が、又、吝を付けられると思ひましたから──「表看板や」とか、「保護色や」とか言はれてしまひますから、是は何も言はぬで向ふの仰しやる通り「はあはあ」と言つて居つたのであります。
 是は私の意思ぢやありませぬ。
 之を見て貰うても、其処の場所に書いてあるやうなことは意味を成さぬと云ふことは誰が見ても判ることですから、斯う云ふ判り易いことを書いて置いて貰うた方が宜いと思うた。
問 そしてね、予審で言うたやうにも解釈出来まいかね。
答 予審では私は言うたことはありまへぬ。私は言うて居やしまへぬ。勝手に書かれて、さうして、御書きになつたのです。私は言うたらかなはぬから言はしなかつたのです。
問 尚、王仁三郎は他の文献や行動に於て不敬に亘るやうな行為は為したことはないか。
答 私はないと思ひます。
小山(昇)弁護人 ちよつと裁判長、「言さやぐ君が御代こそ忌々しけれ」と仰しやつたのですけれども、「忌々しけれ」と云ふやうに読むのぢやなく、「忌々しけれ」と読むのぢやないでせうか、「忌々しけれ」ではちよつと……。
出口 「忌々しけれ」と仮名も付いてあります。
小山(昇)弁護人 非常に読み方に依つて、意味が違つて参りますから……。
●争点 王仁三郎登極
裁判長 千四十三号の証拠物に、
(此の時証拠を示す)
出口王仁三郎聖師と宛名が書いてあるが、是はどうした。
答 持つて来たのです。
問 是は何だね。
答 私は此の人を初めて其の時に見たのですが、此処にあるやうなことは思も染めぬことです、私を能く盲信して居る人がありますけれども私は知らぬことです。「何と云ふことを書くのか」と言つて叱つて、私が其処の所を消したのです、破らうと思つたが、他所へ慌てゝ行つてしまうたのです。
問 十年だな。
答 十年です。
問 信者か。
答 信者やと思ひます、初めて会うた人です。
問 「聖師登極の日近し」と書いてあるな。
答 「登極」と云ふことは何と云ふことだ、と言つて怒つたのです。
問 何で消した。
答 畏多いことを書くから消したのであります。
問 中には、「聖師が畏多くも陛下になるのだ」と云ふ考の人もあつたのぢやないか。
答 あつたに違ひないのです。そんな迷信家もあつたのかも知れませぬ。なければそんなことを書いて来やしまへぬから……
 私はそれで非常に迷惑したのです。
問 此の証拠は……。
(此の時証拠を示す)
知つて居るか。
答 知りまへぬ、それはおかしなことが書いてありました、初めて見ました。
●争点 外国で聖師の写真を祀る
問 兎に角、外国に居る大本信者に対して、被告人王仁三郎の写真を祀らして居つたやうだな。
答 さうです、外国では神さんがない。基督教ばかりですからそれで何もないから写真なんか祀らうと云ふことになつたのでせう。私に、「写真を送れ」と云ふから写真を写して……それを持つて行つたのです。
問 是はどこですな。
答 シヤムと思ひました。
問 シヤムの方の宣伝師か。
答 筧と云ふ人がシヤムの方へ宣伝に行つて居たけれども、直ぐに後から、「写真を送つて呉れ」と云ふので送つてやつたのです。
問 十年の九月頃に行つたのか。
答 さうだと思ひます。
出口 ちよつと、五分間ばかり……。
裁判長 よしよし、素盞嗚尊は再び世に現はれて……。
出口 それは何の事です。
裁判長 休んで居つて宜しい。
出口 頭がさつぱり……。
富沢弁護人 本人が疲れたやうですから、又、お調べ中御迷惑かも知れませぬけれども、五分間ばかり休憩さして戴きたいと思ひます。
裁判長 よしよし、五分間ばかり休憩します。
午後二時十五分休憩
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