文献名1大本史料集成 3
文献名2第2章 裁判所資料 >第4節 地裁判決書(抄)よみ(新仮名遣い)
文献名3地裁判決書(抄)(4)よみ(新仮名遣い)
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概要王仁三郎、出口スミ、出口伊佐男ら指導部が、いかにして組織の目的を遂行し、天皇の尊厳を冒涜したかという具体的犯罪事実である。王仁三郎は教主として教団を統轄し、各地で講演を行うとともに、『霊界物語』や『瑞祥新聞』に皇室を誹謗・呪詛し、皇統の断絶を暗示するような短歌や記事を掲載させたとされている。
また、二代教主の出口スミや教主補佐の出口伊佐男も、王仁三郎の意図を了知しながら、最高幹部会議での方針決定や、教義の鼓吹に積極的に関与したとして、それぞれの罪状が詳細に記されている。
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データ最終更新日2026-06-17 10:04:19
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第一 被告人出口王仁三郎は前記大本なる新結社を組織したる以後該結社の拡大強化を図り其の目的を達成する意図の下に叙上活動方針に基き
㈠ 前記の如く昭和三年三月四日大本総裁、天恩郷主事、大本瑞祥会長、天声社長と為り右結社の内容整備を為したる後、昭和十年十二月上旬迄の間に大本教主輔佐及大本総統等の最高役職に就任して該結社を統轄主宰し、其の間右綾部町本宮及亀岡町天恩郷等に於て、
㋑ 同結社の重要なる組織方針及活動方針を樹立して幹部役員をして之を実行せしめ、
㋺ 各種建造物を増築して同結社の設備を充実し、
㋩ 同結社の最高幹部総務及大宣伝使等を任命し、
㋥ 駐在宣伝使及特派宣伝使を選任して各地に派遣し分所、支部等の宣伝活動を指揮監督せしめ、
㋭ 信者より同結社の活動資金及建築資金を徴収し、
㋬ 大本の教義及根本目的の宣伝を使命とする大本機関雑誌神の国、真如能光、同機関紙瑞祥新聞及前記明光社の機関雑誌明光、前記人類愛善会の機関紙人類愛善新聞(同新聞社発行)並に右同様の使命を有する前記霊界物語及出口王仁三郎全集其の他の刊行書を発行し、
㋣ 同結社の活動機関として前記昭和青年会、昭和坤生会を同結社の補助機関外廓団体として前記昭和神聖会を各創立し、
㋠ 幹部、役員をして天恩郷大祥殿に於て大本の主義、主張の講義、講演を為さしめ、
㋷ 昭和三年三月十四日以降昭和十年十二月八日検挙せらるる迄の間に山陰地方由良分所其の他各地の分所、支部を巡回して役員信者等に対しみろく神政成就の為活動すべき旨激励し、且講演会、座談会等を開催し随行の役員をして一般聴衆に対し大本の主義、思想を宣伝せしめ、
㈡ 前記亀岡町天恩郷に於て大本の主義、思想を鼓吹し其の拡大強化に資する為北村隆三外数名をして、
㋑ 昭和七年六月三十日前記霊界物語第六十巻の再版を発行するに当り其の第四百二十七頁以下に、
「天の岩戸開が段々と近寄りたから是までの如うな事には行かんから一か八かと云ふ事を悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ今の番頭のフナフナ腰では兎ても恐がりてコンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸はありは致すまいなれど 神の申すやうに致したら間違は無いぞよ 一の番頭の守護神が改信が出来たら肉体に胴、が据わるなれど 到底六け敷いから今に番頭が取替へられるぞよもう悪の頭の年の明きであるから悪い頭から取払ひに致すぞよ」なる畏くも、天皇陛下を称し奉るに「悪の頭」なる語を用ひて、御皇統の断絶を暗示したる記事を
㋺ 昭和七年十月三十日同物語第七巻の第三版を発行するに当り其の第六十一頁に、
「月の光昔も今も変らねど大内山にかかる黒雲」
なる畏くも御皇室を呪詛し奉りて詠じたる短歌を、
㋩ 昭和八年四月十日同物語第三十八巻の第四版を発行するに当り其の第九十四頁に、
「千歳経し聖の壺も地震の荒びに逢はばもろく破れむ」
「つがの木の弥つぎつぎに伝はりて宝の壺もひびぞ入りぬる」
なる畏くも御皇統の断絶を暗示し奉る短歌を
㋥ 同年六月十日同物語第六十一巻の第四版を発行するに当り其の第百九十七頁に
「現世の君より外にきみなしとおもふ人こそ愚かなりけり」
なる畏くも天皇陛下の御外に猶天皇あるが如きことを暗示したる短歌を
㋭ 昭和九年十二月二十五日同物語第十巻の第三版を発行するに当り其の第二百八十五頁に
「日の光昔も今も変らねど東の空にかかる黒雲」
なる畏くも御皇室を呪詛し奉りて詠じたる短歌を
㋬ 昭和八年七月一日前記瑞祥新聞を発行するに当り其の第七頁及第八頁に
「大きな取違ひを致して居りたといふことが日本の上の守護神や下の人民に解りて来るのは何れは向ふの国から攻めて来るから昔の世の本から日本の国にはこんな大望な経綸が為てありたことが何方の国にも解りて来て、世界の人民がアフンと致して手も足も能う出さずに途方に暮れることが出来するぞよ」
「今の日本の上に立ちて居る守護神は九分九厘までは外国の行り方を結構なやうに思ふて居るが今に大きな量見違ひでありたと申すことが判りて来て頭を掻いてちりちり悶えを致すぞよと申して明治二十五年から変性男子の手で書かしてありたが一分一厘の違ひも無いぞよ」
なる畏くも天皇陛下を称し奉るに「日本の上の守護神」又は
「日本の上に立ちてをる守護神」なる語を用ひて御皇室の御施政を誹謗し奉る記事を
㋣ 同年十月一日同新聞を発行するに当り其の第五頁に
「艮の金神変性男子の霊がすつくり現はれる時節が参りて来て世界には騒がしきことが始まるぞよ。世界の大洗濯が始まると上が一旦は破れるし 下も砕げて了ふぞよ。上から汚れて来て居るから下の制統は出来は致さんぞよ。かうなる事は前の世から能く判りて居る元からの活神でないと、三千世界の世を持つのは自己よしの行方では此の世は持てんぞよ。」
なる畏くも天皇陛下を称し奉るに「上」なる語を用ひて御皇室の御施政を誹謗し奉る記事を
㋠ 昭和九年九月一日同新聞を発行するに当り其の第七頁以下に
「末代の事を仕組致すのは綾部の大本より外には無いのであるのに 今迄上へあがりて末代の仕組をして居りた上の守護神に余り大きな間違で日本の経綸は早速には見当が取れまい 何も判らん守護神が外国の方がよく見えて肝腎の本源を下に見下して 日本の国をえらい見損ひを致してをるぞよ。」
なる畏くも天皇陛下を称し奉るに「上の守護神」なる語を用ひて御皇室を誹謗し奉る記事を
㋷ 昭和十年三月一日同新聞を発行するに当り其の第七頁に
「日本の国には世の根本の太古から天地の先祖の神が仕組が致してあるので、二度目の世の建替は末代に一度より為られんのであるから、何につけても大望なことであるぞよ、肝腎のことはあとへ廻して何も知らぬ、いやな方の血統や下劣の守護神が大事の仕組も知らずに我好のやりかたで、ここまでとそとそ拍子に出て来たなれど、九分九厘といふ所で往生いたさなならん世になりたぞよ」
なる畏くも御皇統を称し奉るに「いやな方の血統」なる語を用ひて歴代天皇の御施政を誹謗し奉る記事を
㋦ 昭和十年四月一日同新聞を発行するに当り其の第六頁及第八頁に
「日本も余り外国の真似を致して全部外国の性来に成りて了うて居るので上の守護神と人民に一日も早く改心致せと申しても改心致すやうな優しい守護神がないからもう神は一切りに致すより仕様がないぞよ」
「邪気は世界中を自由自在に荒廻りて斯世を乱さうと掛りて居るから、八頭八尾大蛇は露国の土地に育ちて、唐天竺までも混ぜ返し其の国の王の身魂を使うて色々と体主霊従の仕組を致して、終には其国の王まで苦しめて世に落し、露国と独逸の王も亦道具に使うて同じく其王を苦しめて世に落し、悪魔は蔭から舌を出してまだ飽き足らいで、大海を越え更に仕組を致して最後には日本へ渡りて来る悪い経綸を致してをるが、道具に使はれる肉体は真に気の毒なものであるぞよ、今に神国へ手を出したら亦露国や独逸の大将のやうに落ちて苦しむが、神は世界の人民が可哀相なから三千世界の総方の守護神の、地の高天原から気を注けてやりて居るなれど、余りの甚い曇りかたであるからちつとも理解が出来ぬから残念乍ら目に物見せてやらねば改心させて助ける方法がないから、是からドンナ事が出て来るかも知れんから世界中の守護神に重ねて気を附けてあるぞよ」
なる畏くも天皇陛下を称し奉るに「上の守護神」又は「道具に使はれる肉体」なる語を用ひて御皇室の御施政を誹謗し奉り天皇陛下の御退位を暗示せる記事を
㋸ 昭和九年十一月九日昭和十年日記を発行するに当り其の第三百四十七頁の欄外に
「言さやぐ君が御代こそ忌々しけれ山河海の神もなげきて」
なる畏くも御皇室を呪詛し奉りて詠じたる短歌を
各掲載せしめて之を信者等に頒布せしめ
以て右結社を組織し且其の目的遂行の為にする行為を為すと共に天皇陛下に対し奉り不敬の行為を為し
第二 被告人出口スミは出口ナカの五女として生れ出口王仁三郎の妻となり、大正八年八月以来二代大本教主の地位に就きたるものにして、予てより教祖ナカの直筆に係る筆先を熟読し且同人より種々大本教義に関聯せる事項の教示を受けたる結果、大正九年十二月頃出口王仁三郎が冒頭記載の如き㈠㈡の大本教義に所謂国常立尊又は素盞嗚尊等の霊代なりとし前記不逞のみろく神政成就なる根本目的の達成を企図するものなることを了知するに至りたるも之に共鳴の上活動を続け、次で前掲経緯により昭和三年三月三日出口王仁三郎等と共に新に前示国体変革を目的とする大本なる結社を組織したる後 前記活動方針に基き右結社の拡大強化を図り、其の目的の達成を期する意図の下に同年同月四日より昭和十年十二月上旬迄の間に右大本教主として
㈠ 前記綾部町及亀岡町の大本本部に於ける大祭、其の他役員、信者会合の席上に於て数十回に亘り大本の主義、主張に関する講話を為し
㈡ 島根県下其の他全国各所の大本別院、分所、支部を他の大本役員等と共に巡廻し講演会、座談会等を開催して、大本の主義、主張を宣伝し
㈢ 前記大本の宣伝機関雑誌神の国及真如能光に大本の主義主張を基礎とし其の思想を鼓吹するに足る自己の所説及短歌を十数回に亘り掲載せしめて、之を右亀岡町、綾部町等に於て信者等に閲読せしめ以て右結社を組織し且其の目的遂行の為にする行為を為し
第三 被告人出口伊佐男は愛媛県立八幡浜商業学校本科一学年在学中大正七年八月前記綾部町の皇道大本に到り講話を聴き、右大本が皇道に基き惟神の大道を宣伝布教するものなりと信じ同校を退学して、同年十月大本に入信し大正十一年四月内事係大正十二年夏頃大本史実編纂部長と為り、大正十二年二月出口王仁三郎の三女八重野の婿養子と為りたる者にして爾来大本教主補佐、大本海外宣伝部長、大宣伝使の要職に就き、大本の活動に従事し居りたるが其の間神諭、霊界物語及其の他諸種の大本刊行書を熟読研究の結果、大正十四年十一月末頃出口王仁三郎が冒頭記載の如き㈠㈡の大本教義の理由の下に前記不逞なるみろく神政成就の実現を企図するものなることを了知するに至りたるに拘らず依然之に共鳴して、大本に留り其の後前掲経緯により昭和三年三月三日出口王仁三郎等と共に新に前示国体変革を目的とする大本なる結社を組織したる以外、前記の如き活動方針に従ひ該結社の拡大強化を図り、其の目的達成を期する意図を以て
㈠ 昭和三年三月四日大本大宣伝使に就任したる後、昭和十年十二月上旬迄の間に大本瑞祥会長、大本総務、皇道大本本部統理等の要職に就き該大本の最高幹部として、前記綾部町本宮及亀岡町天恩郷に於て井上留五郎、高木鉄男、東尾吉三郎等と共に毎月一回乃至数回に亘り最高幹部会議を、又毎年約四回に亘り総務会議を各開催し、右大本の組織並活動方針を協議決定して之を実践に移し
㈡ 同期間内に前記大本の宣伝機関雑誌神の国に大本教義を基礎とし其の主義、思想を鼓吹するに足る所説其の他の文章を数十回に亘り、執筆掲載したる上之を右亀岡町等に於て信者等に閲読せしめ
㈢ 同期間内に右亀岡町天恩郷及北海道、山形県、宮城県、石川県、京都市、大阪市、丹後地方、鳥取県、島根県、長崎県等に於て大本の主義、主張に関する講話、講演を為し
以て右結社を組織し且其の目的遂行の為にする行為を為し
中略(第四 被告人、井上留五郎から=始めの三〇丁表三行目、たるものなりまで=中の九丁末行)
而して被告人出口王仁三郎、高木鉄男、桜井重雄、浜中助三郎、伊藤伊助、中野与之助、関由太郎、武田仙蔵、竹原弘、富井徳太郎の不敬、被告人高木鉄男の出版法違反、被告人高木鉄男、桜井重雄、浜中助三郎の新聞紙法違反の点は夫々犯意継続に係るものとす